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「──で、自分達が住んでた場所に帰れないって言ってたから、シロコ先輩はその二人を連れてきたってこと?」
「ん。空き教室で生活してもらえば良い」
シロコは長机を両手で叩き、これは決定事項だと言わんばかりの威勢を見せる。しかし、強気で迫られることに慣れているからか、既に登校していたセリカもホシノも、さして大きな反応をしない。
「シロコちゃん。気持ちは分かるけど、今すぐ決めるのは流石に早いんじゃないかな〜?」
「二人に助けてもらったから。恩を返すのは当然」
「まずは、何者なのか詳しく教えてもらわないと。シロコちゃんが良い子に育ったのは嬉しいけどさ?」
ホシノは視界の中心に身元不明の二人をじっと据える。銀髪の少女は値踏みされていることに気付いたようで槍をぎゅっと握ったが、もう片方の騎士の少年は変わらずゆったりとしていた。
しばしの沈黙の後、銀髪の少女が口を開く。
「皆様、お初にお目にかかります。私はコッコロと申します。主様──ユウキ様の従者です。普段はアストライア大陸の中央部に位置するランドソルという王国で暮らしているのですが、突如ここに転移しまして。原因も帰る方法も分からずに大変困っていたところ、シロコ様にご助力を頂けるとお聞きし、こちらに参った次第でございます」
「ふ〜ん? アストライア大陸、ランドソルねぇ。どれも聞いたことすらないな〜」
「……左様でございますか」
コッコロの口から力無い声が零れる。帰還の手掛かりが全くないと言われているようなものなのだから、それも仕方のないことではあるが。
「それで、そっちの男の子がユウキ君?」
「うん! 僕はユウキ。よろしくね!」
対照的に、ユウキは元気いっぱいに答える。図太い子だな、とホシノは思った。
「じゃ、こっちも自己紹介を。私の名前は小鳥遊ホシノ。ここ──アビドス高等学校の生徒会長だよ」
「生徒会長……ギルドマスターのようなものでしょうか」
「多分そんな感じ? かも?」
投げやりな返事をすると、ホシノはセリカの方へと顔を向ける。
「セリカちゃん、先生に連絡をお願い」
「分かったわ。寝床についても伝える?」
「そうだね〜。先生なら良い所を用意してくれそうだ」
「ホシノ先輩、ここで匿うって話は?」
「えぇ? それは流石にこの子達にゾッコンすぎるよ、シロコちゃん」
呆れたような声をよそに、セリカはスカートのポケットからスマホを取り出し、先生宛の文面を打った。
「先生というのは……?」
「ん、先生は皆の先生。キヴォトスで一番頼りになる大人」
「超法規的機関の人だから、こういう非常事態の時には相談するのが得策なんだ〜」
「なるほど。先生というのは通称で、その実態は別物なのですね」
「別というか、それも含むって感じかな。コッコロちゃんは頭良いんだね〜」
「……ありがとうございます」
「あ、先生から返信来たわよ!」
セリカのその言葉に、全員の視線が集まる。
「『教えてくれてありがとう。だけど、今日はどうしても外せない用事があるから行けないんだ。本当に申し訳ない。明日行くから、その子達はどこかで寝泊まりさせてあげてほしい』……だって!」
セリカがそう言った瞬間、シロコがホシノの両肩を掴み激しく揺らす。
「ん! ホシノ先輩、もう断る理由はない!」
「……うへ〜」
ホシノは溜息にも似た鳴き声を発し、もう降参だと言わんばかりにひらひらと左手を振った。
「貰いっぱなしってのも気を遣うだろうから、私達が空き教室を貸す代わりに、君達から情報を提供してもらうってことで。それでいいかな?」
「それは願ってもないことなのですが……本当によろしいのですか? 失礼かと思いますが、シロコ様から借金がおありだと聞いております」
「いいのいいの〜。そこのシロコちゃんも拾ったからね」
ホシノの言葉に、シロコが得意気に鼻を鳴らす。
「ホシノ様、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
「ありがとう、ホシノさん!」
「はいは〜い」
「この内容、委員会のグループに送っておくわね」
セリカが送信ボタンを押す。ホシノはシロコを退け、コッコロに向き直った。
「じゃ、早速色々聞いちゃっていい?」
「はい、お好きにどうぞ」
ホシノの目が少し鋭くなった。
「砂漠中にうじゃうじゃいる生き物達。昨日まで何もいなかったのに、今日になって突然現れたんだけど……あいつらは一体なんなの?」
「魔物でございます。人や動物に危害を加える凶暴な生き物のことです。稀に敵意のない魔物もいますが、基本的には敵だと考えて問題ありません」
「さっきのシロコちゃんの話に出て来たのも、魔物の一種なんだよね?」
「その通りでございます。恐らくですが、ゴーレムとランドスネークでしょう」
「なるほどなるほど……」
ホシノはコッコロの話に耳を傾けながら立ち上がり、丁寧にホワイトボードに情報をまとめていく。そのあまりの手際の良さに、シロコとユウキはうっとりと眺めていた。
「シロコちゃんの周りにお花が生えて傷が治ったっていうのは?」
「それは魔法でございます」
「原理は? どうして使えるの?」
「一般的な魔法は、体内や空気中を漂うマナという物質を利用しています。しかし私の場合は精霊術師と呼ばれる特殊な魔法使いですので、主に使役している精霊が蓄えたマナを使用していますね」
その言葉に、シロコはあの時一瞥した若草色の光を思い出した。
「マナね。魔法が使えるなんて、正直信じ難いけど」
「あるよ。私、見たから」
「私もあると思うわ! 覚えてるでしょ? ほら、ゲルマニウムの──」
「あ〜、あったね、あった……うん」
ホシノは分かりやすくバツの悪そうな顔を浮かべた。鋭利な視線が少し和らぐ。
「その花ってまだ咲いてるの?」
「いえ、厳密に言うと咲かせたのではなく、魔力で植物を具現化しただけなのです。しばらく経つと跡形もなく消えてしまいます」
「……おいしい話は存在しないってことね」
ホシノが魔法についてメモした部分を丸で囲う。
「じゃ、次に……ユウキくんだっけ?君の話が聞きたいな」
ユウキは自分に話題を振られることを想定していなかったのか、キョトンとした表情を浮かべている。
「僕?」
「そう。シロコちゃんの話だと君が声を出した時にその場にいる全員が光ったってことになってるんだけど、それも魔法なんだよね?」
「魔法っていうか……やった方が早いかも」
彼はそう言うと唐突に剣を鞘から引き抜き、それを正面に構えた。ホシノは突然の移行に反応し、無意識下で持っていない拳銃を掴む。
「ホシノさんを強化するね。はぁっ──!」
その瞬間、ホシノは目を疑った。ユウキが腹に力の入った声で叫ぶと、彼の周りに奇妙な光が──魔法陣としか言いようのないものが展開したのだ。その光は部屋中を満たし、またホシノ自身も鈍い光を発し始めた。
「おお、何これ……!」
身体の底から活力が湧くのを感じ、ホシノはそれを確かめるように拳を握ったり開いたりする。何回かジャンプをすると、いつもより身体が軽く感じられた。
「あったかくて、力が湧いてくるよ〜!」
「それが主様の特別な、『プリンセスナイト』のお力でございます。人はもちろんのこと、動植物に働きかけることも出来ますよ」
「すごい、私もやりたい!」
「分かった! はぁっ──!」
「……そんなに安売りしていいものなの?」
『プリンセスナイト』の強化能力から漏れ出た熱にあてられたのか、テンションの上がったシロコの輝いた目にあてられたのか、教室に一層温かい空気が生まれる。
「ありがと。君達が普段過ごしてる世界のことは大体分かったよ」
「いえ、こちらこそ話を聞いてくださってありがとうございます。いきなり訳の分からないことを話されて、戸惑ってもおかしくないというのに……」
「こうまで実際に見せられちゃったら信じるしかないよ。シロコちゃんを助けてもらったしね」
「ホシノさんは優しいんだね!」
「いやいや、そんなことないよ〜」
「ん、ホシノ先輩は優しいし強い」
その時、『ぐぅ〜』と大きな腹の虫が鳴った。とっさに腹を押さえたのはシロコだ。
「シロコ様、お腹が減ったのですか?」
「……ん」
「それは困りましたね。今はご飯を持ち合わせておりませんし……」
コッコロが顎に手を添え俯くと、それを見てかホシノはのそりと左手を挙げた。
「じゃあ、親睦会も兼ねて皆で柴関ラーメンにでも行く?」
「柴関ラーメン……お店の名前でしょうか?」
「そ、セリカちゃんのバイト先のラーメン屋さん。美味しいんだよ〜!」
「それは実に魅力的でございます。主様、どうなされますか?」
コッコロは少しの感想を言ったかと思えば、ユウキに決定を一任した。意見を聞かれたユウキは、「う〜ん」と少し唸った後、
「でも、僕達はお金を持ってないよ」
と、感情の掴みづらい声で答えた。
「ホシノさん……ううん、それだけじゃない。アビドスの人達、皆がお金に困ってるって言ってたよね」
「うへ、別に心配されなくても大丈夫だよ? ラーメン何杯かなら大した出費じゃないし──」
「お金は大切だから」
柔らかく、しかし真っ直ぐで強かな声。先生と雰囲気が似ているな、とホシノは思った。
「なら、君達はご飯をどうやって食べるの?」
「作れば大丈夫だよ」
「作る? この辺りにはただで食べられるものなんて何も──」
ない、と言おうとしたホシノの口が止まる。いるのだ。料理の材料が。
「……もしかして」
「うん、そのもしかしてだよ」
ユウキは満面に笑みをたたえ、右手を前に突き出し、親指を立てた。
「魔物料理を作る!」
「魔物、料理……! ホシノ先輩、さっさと作ろう!」
再びシロコが目を輝かせる。彼女の野生児な部分が何かに通じたのだろうか。
「私も賛成! 滋養強壮? とかに良さそうだし!」
「……うちの後輩もこう言ってることだし、まずはやってみよっか。それで、何を食べるつもりなの?」
「それについては、私から説明いたします」
ひょこっとコッコロが横から顔を出す。その小動物感にホシノは出会ったばかりのシロコを重ね、懐かしい気分になった。
「ここ……アビドス砂漠がどういった生態系を作り出しているのかは今のところ分かりませんが、恐らく私達が知っている砂漠と近いと考えます。実際、ゲヌア砂漠に生息しているゴーレムとランドスネークが現れた訳ですし」
「へ〜、じゃあ何がいるかは大体分かるんだ?」
「その通りでございます、ホシノ様。そうなりますと、今回の狩猟の大当たりは──」
そう言いながら、コッコロは肩に掛けたバッグの中から一冊の本を取り出す。表紙には『魔物生態大全 ランドソルレンジャー協会 編』と印字されていた。
「少々お待ちください」
コッコロがその分厚い本をパラパラとめくっていく。小さい体躯の子が大きな本を熱心に読んでいる様子が、なんというか微笑ましい。
「えーっと、えーっと……ありました!」
コッコロは本を長机に置き、対策委員会の3人に見えやすいようにページを広げる。
「このページに描かれている魔物、その名もサンドボアでございます」
「サンドボア……砂の毛皮かな?」
「ん、私に似てる」
「平たく言えば、砂を纏ったイノシシです」
「イノシシ!?」
その一言を聞いた瞬間、セリカの目の色が変わった。唾を飲み込んだのか、喉がごくりと鳴ってもいる。
「セリカ、イノシシを食べたことあるの?」
「ないけど、かなり美味しいって聞くわ! 口に入れた瞬間に広がる濃厚な旨味と自然な甘味がたまらないらしくて……!」
「でもさ〜、臭みがひどいとも聞かない? ほんとに大丈夫?」
嬉しそうに話すセリカに悪いと思いながらも、ホシノは良くない線を捨てきれずにいた。しかし、
「それは下ごしらえをきちんとしていない場合の話でございます。私の料理に抜かりはありません」
「コッコロちゃんが作る料理は全部美味しいよ!」
二人共に自信満々で返された。
「……うへ、ユウキくんはコッコロちゃんが大好きなんだね〜」
これ以上は平行線だと感じたホシノは適当な言葉を言って引き下がり、話を戻す。
「じゃあ、そのイノシシを捕まえたら良いってことなのかな?」
「はい。ですが、一つ大事なことがございます。」
言いながらコッコロが人差し指をぴんと立てる。
「皆様がお使いになっているその銃という物。弾をぱちんこのように打ち出すのだとお聞きしていますが、それを使ってしまうと処理が大変になってしまいます。ですので、刃物や己の肉体等で狩猟していただきたいのです。」
「……え? それ、めちゃくちゃ大変じゃない?」
あまりにも当然のように言われたため、セリカは若干遅れて反応した。コッコロ達にとっては当たり前だが、普段銃撃戦ばかりしているキヴォトスの生徒なら切った張ったはむしろ不慣れなはずなのだ。普通は。
「ん、結構面白そう」
「そ〜かな? おじさんは面倒臭くて敵わないや」
「なんで先輩達は出来る前提で話を進めてるの!?」
セリカが化け物を見るような目で2人に視線を送る。しかしシロコは無表情を貫き、ホシノは左手をひらひらと振った。
「まあまあセリカちゃん、何事も経験だよ〜」
「それは経験すれば何でも出来るって意味じゃないでしょ!?」
「ん、刃物を調達する」
シロコはセリカの抗議に聞く耳を持たずにそう言うと、長机に置かれた銃のスリングを首に通して立ち上がり、
「イノシシ肉は早い者勝ち。文句があるなら私に勝ってからにして」
安い挑発だけをを残して部屋を去った。
「……ええっと……自由な方でございますね」
「シロコちゃんはああなったら止まらないからね〜」
「僕達も行こう!」
続いてユウキも立ち上がって部屋の外へ向かい、
「あぁ、待ってくださいまし、主様!」
更にそれを追うようにコッコロも出ていった。
つい先程までこれでもかと騒がしかった対策委員会の教室に、突然静けさが訪れる。
「……ダメだ。ストッパー不在の委員会に常識を求めた私が間違いだったわ」
将来性のない反省で沈黙を破り、セリカもまた銃を持って扉を開ける。廊下の窓から、校門の辺りを走っているユウキ達がちらりと見えた。
「元気だなぁ、あの人達」
なんの捻りもない独り言を口に出し、
「……ホシノ先輩? 早く行かないとイノシシ肉独り占めにされるわよ?」
セリカが動いても尚一つの音も立てないホシノに声を掛ける。彼女は何か考え事をしていたのか、少し俯いた顔をセリカに向けると、
「セリカちゃんは先に行ってて。おじさんはちょっとすることがあるから」
腹から出た、ほんのちょっとだけぶっきらぼうな声でそう言った。
「ホシノ先輩だけご飯抜きになっても知らないからね!」
軽く返し、セリカは既に向かったメンバーに追いつくよう走る。階段を駆け下り、下靴に履き替え、一昨日綺麗に掃除した正門までの道を行く。
魔物、魔法、『プリンセスナイト』の力。正直な所分からないことだらけだし、いつも皆にチョロいと言われる私でも簡単には信じられない。シロコ先輩はともかく、表面上ではああ言っていたホシノ先輩も、全てを信じ切ってはいないだろう、とセリカは思った。
「……でも、悪そうな人ではないのよね。」
彼はホシノ先輩からの誘いを断った。それも対策委員会の事情を鑑みて、だ。同時にセリカは「優しそうな人ほど気を付けてね」とホシノに言われたことを思い出す。
「も〜!どうすれば良いか全然分かんないし!」
複雑な胸中を抱いて、セリカは校門を抜けた。