コネクティング・アーカイブ   作:魚か?

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第18話『蠢く鋼鉄学園 その①』

 

    ◆

 

 リオを含む数百人規模の生徒が一斉に窓から飛び出した直後、ミレニアムタワーはみるみる内にその形状を変化させていき、周囲の街灯や自販機、施設を飲み込みながら、もはやタワーとは呼べないような金属(スクラップ)の寄せ集めと化していく。

 そうして、リビングメイルは──『リビングミレニアム』は、あっという間に巨人が如き身体を手に入れた。

 その全長は、元が元であるため、三百メートルを優に超えている。二本の腕に回っている分の素材を考えると多少は縮みそうなものだが、地上から見上げれば大して変わるものでもない。

 その場にいるミレニアム生の全員が、液晶の向こう側だったはずの、エデン条約調印式に巡航ミサイルを放たれたあの光景を幻視した。今眼前で起こっていることは──ミレニアム自治区の全てが文字通り更地となっていくことは、それほどの異常、それほどの脅威、それほどの絶望なのだ。

 

「──なにあれ──」

 

「──部室が!──」

 

「──どうなってるの──」

 

 室内から投げ出され、只々眼前の全てに戸惑い、状況に殴りつけられるしかない群衆は、揺れる感情の赴くままに口々に狼狽を叫んでいる。安全が保証されない中で急速に上がっていく不健全なボルテージは、閾値に達するまでの時間すら一瞬であった。

 怒号。直後に銃声。

 攻撃的な数人がリビングミレニアムに発砲したのだ。しかし、相手はかつてないほどの巨体。手応えが得られたとは、誰の目にも感じられない。

 反応すらよこさずにゆったりと地面を這い始めたそれは、既に融合しきったタワーの一部分を生きた口のようにがばりと開いた。

 

「──グオオオオオッ!」

 

 先ほどの銃声とは比べ物にならないほど大きい、金属を高速のカッターで削ったような、耳障りで甲高い咆哮が一帯へと撒き散らされる。

 

「──ッ!?」

 

 そういう類の戦略兵器にも負けないような衝撃を受け、リオは必死で両耳を塞いだ。他の生徒も同じだったようで、腕を下げている者は一人もいなかった。

 

「────」

 

 リビングミレニアムの咆哮は十秒足らず続いた。再び訪れた静寂は少しの安心感をもたらしたが、それ以上に虚無感と絶望感を漂わせている。

 もう、誰も軽々と口を開けたりはしない。

 ここにいるのは──化け物だ。

 

「……デカグラマトン。誘導灯の点灯と、今ハッキングしているロボットを経由して、私の声を拡散することは可能かしら?」

 

「はい。貴方がそれを望むのであれば、『今、すぐ』に」

 

 デカグラマトンはそう言葉を返すと、自身の四本の腕の内一本をリオへ真っ直ぐに向けた。それはすぐさま変形し、一本のマイクとなる。

 

「便利ね、その身体」

 

「錬金術師の人物──アゾールドは、この機械のことを万能人形(オムニフォーク)と呼称していましたね。その名の通り、痒いところに手が届く素晴らしい性能です」

 

 忌憚なく敵の技術を褒めるデカグラマトンを横目に、リオは小さく息を吸い、差し出されたマイクのグリップを握りしめた。そして冷徹な、しかし芯のある声で、毅然と言葉を紡ぎ出す。

 

「──全生徒、今すぐ避難を! 目の前にいる巨大な魔物から逃げるために、焦らず素早く動いてちょうだい! 誘導灯を目印にすれば、シェルターまで最短経路で辿り着けるはずよ!」

 

 圧倒的な巨体を前に取り乱し、思考を放棄しかけていた生徒たちの頭上に、聞き慣れない生徒会長の声が突如として響き渡る。しかし、それでも、彼女の人となりを知らないような人間だったとしても、その場にいる誰もが反発などは露ほども考えなかった。そういう声色を、絶対的な姿をしていたからだ。

 刹那の後、自治区の道という道の上に矢印が映し出されて、混乱の極みにあった群衆は、弾かれたようにシェルターへ向かって走り出した。

 初めは全校集会のような膨大な人数がいたこの場所だが、順調に数を減らしていき、あっという間に影がまばらになっていく。残されたのは、怪物と対峙する覚悟を決めた者だけ。

 

「貴方を保険として残しておいて正解だったわね、トキ」

 

「全くもってその通りです。今こそ、優秀なエージェントであり、完璧なメイドである私の出番ですから」

 

 招集するまでもなく、覚悟を決めた内の一人であるトキがリオのそばに近づいた。彼女は既に自身のパワードスーツ──アビ・エシュフに搭乗しており、その操縦桿を固く握っている。

 

「ネル先輩達もこちらに向かっているそうです。戦闘が長引くのはいただけませんが、全く悪いことばかりではないということを一応」

 

「そう。奪還作戦を中断する可能性自体は検討していたけれど、まさかこんな形になるなんて」

 

「……さっさとあのイェソドもどきを解体して、ロスを最小限に留めれば問題ないでしょう」

 

 バイザーを装着し、トキはディスプレイに表示される敵のデータを見つめた。あまりに巨大な図体に、もはや捕捉は不要だろうと苦笑する。

 

「トキ。あれは──リビングミレニアムは、金属を捕食する群体生物よ。放った銃弾は餌として利用される可能性が高いわ。気を付けて」

 

「承知しました」

 

「それと──」

 

 リオが再び口を開いたのと時を同じくして、二人の背後で瓦礫が音を立てて崩れる。それまでと比べれば極端に規模の小さい、明確にリビングミレニアムとは原因の異なったものだ。

 リオは笑みを浮かべ、それから振り返った。

 

「──今回の戦闘において、キーパーソンとなるのは彼女達よ」

 

 遅れて視線を追ったトキの照準器にはっきりと映り込んだのは、自身の背丈ほどの大きさがある砲塔を背負った二人の生徒。片方は黒髪で、もう片方は白髪。髪の括り方すら同じシルエットは、姉妹を思わせた。

 

「こんにちは、リオ先輩! 数日ぶりですね!」

 

「貴方の口ぶり。私とアリスがここに来るのは想定通りで、全部とっくに見えていたとでも言うんですか?」

 

「いいえ。ケイ、アリス──貴方達ならきっと来てくれると、信じていただけよ」

 

「……何か変なモノでも食べました?」

 

「近頃は食堂を利用しているから、そのような事態は発生しないはずだけれど……」

 

「あー、はい、そうですか、そうですよね! 今のは聞いた私が悪かったです!」

 

 ケイは口早に会話を切り上げると、両腕を組んでそっぽを向いた。

 

「銃弾が通らない瞬間を目にしていたので。そういう珍しい状況なら、レールガンを持った私とアリスが適任でしょう。力を貸しますよ」

 

「緊急レイドの攻略には、協力プレイが大切です!」

 

「ところで、うるさいモモイ達はどこへ行ったのですか? 無理矢理にでも来そうなものですが……」

 

「私が避難させました。強く言えば意外と聞いてくれるものですよ」

 

「三人とも、世間話はそのくらいにしてちょうだい。これから作戦の説明をするわ」

 

 リオは咎めるような、しかし必要以上の攻撃性を持たない口調でこの場を仕切る。軽く手招きをすると、万能人形(オムニフォーク)が彼女のそばに即座に近づいた。

 

「リオ。貴方、また趣味の悪いロボットを……」

 

「あれほど戦う相手が巨大だと、攻撃力だけでなく機動力も求められる。矛はレールガンを持つ二人で良いけれど、それだけでは小回りの良さが十分でないのよ。改善するためには、貴方達の移動手段を用意するしかないわ」

 

「移動手段、ですか。それに言及するということは、リオ様の脳内には既に解決策があるのですね」

 

「ええ。トキがアリスを、デカグラマトンがケイを乗せなさい。決して二人を振り落とさないように」

 

「承知しました。リオ様」

 

「貴方のお望みの通りに」

 

「──は?」

 

 恭しく頭を下げる一人を一体を一瞥して、ケイは実に素っ頓狂な声にならない声を発した。

 

「一体何を言い出すんですか? この状況で冗談ですか? あの自称神はいなくなったはずじゃ──」

 

「ああ、御三方。出会うのはお久しぶりですね。もはや神を自称してはいないので、いなくなったかということについては、厳密にはそうだと返しますが──皆様がお考えになる私は、なぜだか意識が連続しています」

 

「──あぁ、あー、は? え? そうですか、そうなんですか?」

 

 訳の分からない状況、やたらと現実味のある口調。理解自体は容易だが納得などはとても出来ない事実に、彼女はますます頭を抱える。トキとアリスもまた、一方が片眉を吊り上げ、一方が両目を見開いてパチパチと瞬きした。

 

「今度は一体、何をしでかしたんですか? リオ」

 

「……何もしていないわ。私も驚いているのよ。こうして目の前に現れて、『今、すぐ』応えたいだのと言いながら命令を何でも聞くのだから」

 

「はぁ? 何でも聞く?」

 

「私は貴方達に負け、一時全てを失っていました。しかし再び目覚めたのです。これが必然で意味がある、などとはもう考えもしないですが、逆に小さな願いに応え続けるのも悪い手ではないのだと考えていますよ」

 

「……つまり、今はやりたいようにやっていると?」

 

「そう捉えていただいても構いません」

 

 ケイは一点の曇りもない返答を聞かされ、下を向いてわざとらしく大きな溜息を吐いた。

 

「ひとまずはいいでしょう。話の続きはあのデカブツをぶっ飛ばしてからです──ほら、アリスもいつまでも口を開けていないで」

 

「……もしかしたら、アイン、ソフ、オウルも……」

 

「それを考えるのは後にしてください!」

 

「は、はい!」

 

 刹那の沈黙の後、二つの影が同時に地を蹴った。

 アビ・エシュフのブースターが重低音を響かせて火を噴くと同時に、トキは流れるような動作でアリスの身体を抱え上げ、自身のパワードスーツの背面へと据える。当のアリスもまた、凄まじい加速に振り落とされないよう、その華奢な両腕でアビ・エシュフに装備された二門のレーザーキャノンにしがみついた。

 

「可愛いアリス、くれぐれも事故には気を付けて」

 

「もちろんです! 全速前進!」

 

 一方で、ケイは未だ納得のいかない渋面を隠そうともせず、眼前に身を屈めた万能人形(オムニフォーク)の黄金の背中を睨みつける。しかし、刻一刻と迫る自治区の滅亡を前に、躊躇している時間などはない。彼女は小さく舌を打ち、それから意を決して機械の背へと跳び乗った。

 

「鍵。貴方は何を望みますか?」

 

「アリスの安全に決まっているでしょう!? 分かったらさっさと動く!」

 

「それが望みとあらば、『今、すぐ』に」

 

 即席の騎乗部隊は、それぞれがレールガンと少女を背負って、目標であるリビングミレニアムめがけて猛然と駆け出した。

 その勇姿を見送るリオは、冷徹な眼差しの中に確かな信頼を宿しながら、不敵な笑みを浮かべる。

 

「攻略……こうりゃく……こんにゃく……これね。コンニャク作戦、開始よ!」

 

 

 

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