◆
ギルド【レイジ・レギオン】の錬金術師・アゾールドが放った魔物、通称『リビングミレニアム』。金属を捕食し擬態する性質を持つ群体生物であるそれは、ミレニアムタワーを含むあらゆる鉄骨、配管、電子機器、そして銃弾を喰らい尽くし、その全長を優に300メートルを超える巨体にまで肥大化させた。
この最悪な絶望的状況に対し、リオはケイとアリスが所持しているレールガンに打開の糸口を見る。銃弾が通じないなら、超高火力の質量エネルギーそのもので撃ち抜けばいいだけのことだ。
トキが操縦するアビ・エシュフの背面には、二門のレーザーキャノンにしがみついているアリスが。アゾールドの駒である
「──グオオオオオッ!」
それらの勢いよく突撃する姿に、人体の上半分を模倣したリビングミレニアムは、迷わず咆哮による威嚇を選択する。しかし、勇者一行がその程度のことで怯むはずもない。
「アリス! 早速撃ちますよ!」
「はい! 魔力充電百パーセント、行きます!」
全くスピードを緩めない両者は、巨体の頭部らしき部分を見据えて、ジリジリと火花を散らすレールガンを構えた。
「「光よ──!!!」」
直後、沈みゆく太陽よりも眩い光線が二本、周囲の空気を押し出しながら、真っ直ぐに放たれる。対するリビングミレニアムは、その脅威を瞬時に理解したのだろう、両腕を交差して構えた。
それらは正面からビームを受け止め、矢のような弾道を明後日の方向へ曲げたが、暴力的な余波には耐えきることが出来ない。数秒もしない内、無残にも千切れて、更地となった地面にその残骸が墜落した。土埃が吹き荒れる。
「やりました! 部位破壊、成功です!」
「流石は可愛いアリスですね。もはや、私達に敵はいないも同然のようです」
「あーもう、いちいち調子に乗らなくていいんですよ!」
各々がやかましく意見を飛ばし合う中、少しずつ、視界を染めた茶一色が明度を低くしていく。それはただの巨影ではなく、まばらに闇を濃くした部分も多く見受けられた。
「先ほどの串刺しですか。王女、鍵、再び攻撃を」
「はい!」
「ケイ、ですから!」
デカグラマトンの指示に、二人は迷わずトリガーを引いた。超高密度のビームは舞い上がった塵をかき分け、その向こう側でずる賢く並んでいる鉄の集合体を突き抜ける。
「……こいつら、私達を囲んでいたんですか……!?」
「その通りです──メイドの方、こちらで射角を制御しますよ。もう片方の光線に当たらないよう、お気を付けて」
「優秀なエージェントである私が当たるはずないでしょう。余計なお世話です!」
そして、支えているトキとデカグラマトンが、縦横無尽に動き出した。彼らは身体を捻り、跳び、二人が握っている砲塔の向きを的確に調節することで、まるでビームサーベルかのように、四方八方から串刺しを目論んでいたそれらを軽々と切り裂いたのだ。
「上です!」
包囲網から脱してすぐに、とっさのケイの報告を受け、全員が視線を跳ね上げる。
その一点──リビングミレニアムが、覆いかぶさるように大口を開けて上方から迫るのを視認した。
「本来は追い打ちのつもりだったのでしょうが……こうも上手く捌いてしまっては、むしろこちら側が大打撃を与えるチャンスですね」
「出力上げますよ、アリス!」
「はい!」
二人は真上を穿つため、レールガンの持ち方を縦方向へと変え、更に強くトリガーを押し込んだ。
「「光よ──!!!」」
「──グオオオオオッ!」
一層駆動音を強くした、希望の狼煙にも似たそれらは、真っ直ぐにリビングミレニアムの頭部を貫き──その大部分を抉り抜く。さしもの向こうも深手を負ったようで、散り散りとなった群体の一匹一匹が重力に従って振り注ぎながら、これまでにないほどの深い悲鳴を上げた。
「この調子で削っていけば……!」
今の一撃で吹き飛んだのは、全体のおおよそ三割程度。崩落した腕部も合わせれば、そう簡単に完璧な統率を取り戻すのは至難の技。そのような思考が、ケイに珍しくポジティブな独り言をもたらす。
「まだ残ってるのは──」
言いながら、首を回して状況を確認した。
その時。
その場にいる全員が、一瞬だけ思考を手放した。
「──は? 何も、いない?」
先ほどまでしつこいくらいに存在感を放っていた、あのデカブツが。落とした腕部が、まだ手を付けていなかった胴体が。
いない。姿が見えない。
「い、一体何が起こっているのですか!? 透明化なんて、チートです、チート!」
「あれだけの数を残しているのですから、地上で今すぐに隠れることは非常に難度が高いでしょうが……」
動こうにも、何が裏目になるかが分からないのではどうしようもない。一刻も早く情報を集めなければならない。
全員が焦燥を抱えた、刹那の後。
『──総員、上に跳びなさい!』
通信に入ったのは、切迫したリオの声だった。
それと同時に、トキとデカグラマトンは出来る限りの力を込め、その命令を遂行するために、高く上空へと跳び上がる。
彼女はなぜ、そんなことをさせたのか。その答えは、彼女自身の報告と、視界に入った証拠によって瞬時に理解させられた。
『ミレニアムの地下道──残兵は全て、その中に潜り込んでいるわ!』
直後、地面の至る所がひび割れ、その間から金属製の触手が、ムチのように急速に伸びていく。ずいぶんと賢いようで、その鋭利な先端はアリス達を的確に狙っていた。
「何度やっても同じことです! 行きますよ、ケイ!」
それからを焼き払うため、彼女はトリガーを──
「──あ、れ?」
引けない。ありえない、ありえないはずなのに、変わらずトリガーは動かない。どれだけ強く力を入れても、この銃は──光の剣は、怪力なアリスの言うことを聞かない。
「……やられましたね」
その時、デカグラマトンが忌々しげに溜息を吐いた。
「先ほどの攻防の際、貴方がたの銃に──レールガンに降り注いだのですよ。弱っていたとはいえ、確かに金属を捕食する群体が」
「はぁ!? じゃあ、もうレールガンは撃てないってことですか!? めちゃくちゃピンチじゃないですか!」
「はい。ですが、策はあります。メイドの方、どうか私を振り回していただきたいのです」
「……分かりました」
「それと、鍵をよろしくお願いします」
「……はい?」
トキが困惑するのも束の間、デカグラマトンはスムーズな手つきでケイを後方へ投げ──
「は!? 扱いおかしいですよね、死ぬ死ぬ死ぬ!?」
「大丈夫です、アリスがいます!」
そのまま、アリスに受け止めさせた。
同時にデカグラマトンは空中で反転、自身の脚部をトキの目前へと突き出し、彼女の両腕でガッチリと固定させる。
「器用にやるものですね」
「『今、すぐ』やらなければ終わりですから。さて、本題の策ですが」
デカグラマトンが言い切るよりも早く、鋼鉄触手の第一陣がやってくる。それは、全員の身体を貫かんと正面から伸びるが──
「私がハッキングしたこの機械は、聞く限り敵の特注のようでして。ならば、金属を捕食する魔物を扱うと分かっている上で──」
彼は四本の腕を全て、規格外の大きさの中華包丁に変化させる。そうして、トキに抱えさせている脚部を軸とし、接続している胴体できりもみ回転を始め──
「──わざわざその影響を受けるものにはしないはず。つまり、私の身体は捕食されないということです」
瞬間的に巨大な丸鋸のような軌道を描いたデカグラマトンは、風を切り、音を切り、いとも容易く触手を解体した。
一網打尽にせんと群がったそれは、接触した先から激しい火花と切削音を撒き散らし、微塵切りとなって撒き散らされていく。
「こ、れ、で、着、地、は、望、め、そ、う、で、す、ね」
「うわーん、回転しながら話されると凄まじく聞きづらいです!」
「今はそれで十分ですよ、可愛いアリス。しかし……これではジリ貧ですか」
アリスのぼやきを横目に、トキは地面の割れていない部分へと着地出来るよう、アビ・エシュフのミサイルを、反動による推進力のためだけに消費していく。
「安全に着地したとして、今の私達にはリビングミレニアムを削り切れる武器がありませんから。デカグラマトンの包丁だけで戦うのは、あまりにも心許ないです」
「ですが、もうそれ以外に道がないのでは? 厳しいことを言うようですが……」
「アリス達、お荷物になってしまうのですか?」
アリスの表情が少し曇った。大事なレールガンを封じられ、無力化されてしまったという悔しさ。不安。
彼女の縮こまった背中を、ケイは力強く叩いた。
「いやいや、そんな訳がありません! アリスはずっと頑張ってますし、これからも沢山役に立ちますから!」
「……ありがとうございます、ケイ」
弱音を振り払うように、アリスは微笑んだ。しかし、状況が厳しいことに変わりはない。頼みの綱だったはずの超火力は今や失われ、敵が地下から虎視眈々とこちらの首を狙っている。
何か、何か打開策がなければならない。
「……いや。どうやら、まだ戦えるようですよ」
その時、トキが眼下を指差した。
「えっ?」
アリスも思わず視線を下へと向ける。
土埃が舞い散る地上に、二つの影があった。一つは小柄な、ともすればアリスよりも背が低い子。もう一つは、忘れはしない、見知った姿。
「アリスちゃん! 一緒に戦いに来たよ!」
勇者──ユウキは満面の笑みを浮かべて、大きく腕を振っていた。