◆
校門を抜けた瞬間、
「おーい、セリカ! こっちこっち!」
と、左からシロコの声が聞こえた。
「シロコ先輩! 待っててくれたの?」
「素手と戦うのはフェアじゃないから」
セリカはシロコに走って近づく。それによって、言葉の意味を目にした。
「……え、これ」
シロコは両手に包丁──それもすっかり刀身が錆びたものを握っていた。ないよりはいいが、セリカにとってははっきり言って手刀の方がマシだ。
「ん、包丁。倉庫から持って来た」
「……ありがとう。そういえば、あの2人はどこに行ったの?」
「向こうに行って食べられる魔物を探してる」
シロコが指を差した先、光る二人と動くサボテンが見えた。サボテンが自身の針を飛ばし、コッコロがそれを槍で弾いている。それはつまり、高低差を利用しない限りはここら一帯に遮蔽が存在しないことを意味していた。
「……もう既にハードに見えて仕方ないんだけど?」
「包丁は取り回しが良い。セリカも頑張ればいける」
「いやいや! そう言えるのは先輩達だけで──」
瞬間、激しい金属音。黒板を引っ掻いたような不快感と共にセリカの目に映ったのは、左腕に人間の頭くらい大きい棘球が付いたカニが、私の元へ飛び込む姿だった。
「──ッ!?」
「……折られた。せっかく取りに行ったのに」
棘球ガニは少し離れた間合いに着地する。そのタイミングで、庇われたのだとセリカはようやく気が付いた。
「セリカ、気を引き締めて。ここは私達専用の遊び場じゃない」
狩るか狩られるか、奪うか奪われるか。知らない危険生物と対峙しているからか、簡単に死なないと分かっていてもセリカの全身に緊張感が走る。
「……了解!」
セリカは錆びた包丁を投げ捨て、愛銃を両手で握った。敵を殴るために。
「……私があげた包丁……」
「気を引き締めてって言ったのシロコ先輩だよね!? ほら、来るよ!」
「ん」
棘球ガニが跳躍し、先程と同じように左腕の棘球を振りかぶる。
「同じ手は通じない」
シロコは上半身を斜めに傾けて軌道から逃れ、そのまま回転した勢いを利用して、棘球ガニの背に横回転蹴りを打ち込んだ。バキッ、と大きな音が鳴り、棘球ガニは力なく地面に激突する。
「ひえ~、シロコ先輩の蹴りってこんなに強いんだ……」
「セリカも鍛えたらこうなるよ」
シロコが周囲を確認しながら言葉を返す。二人も丁度サボテンを倒したところのようだ。
「負けてられない。私はもっと奥に行く」
そう言うと、相槌の暇もなくシロコは走り出した。
「あっ、ちょっと、シロコ先輩!」
シロコはセリカの呼び掛けに反応せず、どんどん距離を離していく。セリカには申し訳ないがもっと長く話せるほど時間はない、と考えていたのだ。
「……ホシノ先輩が見つける前に捕まえないと」
ホシノは強い。それがシロコにとっての自然の摂理である。ならば、勝つ方法はスピード勝負のみだ。なぜまだ姿を現さないのか、今何をしているのか、それらの疑問がシロコの頭の中を渦巻いている以上、この結論は揺るがない。
シロコは砂の山を越え、越え、標的を探す。しかし見つかるのはゴーレムやランドスネーク、サボテン、岩トカゲ、そして棘球ガニばかりだ。
「邪魔……!」
突進して来るバックパックサイズの岩トカゲを横に流して真上に蹴り上げ、シロコの背中を殴ろうとするゴーレムの背後にバク宙で回り、それをサボテンが放つ無数の棘の盾にする。発射が終わった所で跳躍してゴーレムの頭に乗り、砂中に毒牙を忍ばせたランドスネークの噛みつきを回避した。
「……厄介だね。数が多い」
落下して来た意識のない岩トカゲを掴み、ゴーレムに乗っていてもお構いなしに飛び込んでくる棘球ガニを掴んだそれで迎撃する。少し確保した時間で足に力を貯め、更に砂漠の奥へと跳躍した。身体を宙に放っている最中も周囲の捜索を怠らない。
「いた!」
シロコは目を見張る。砂丘を一つ越えた砂砂漠と岩石砂漠の境界──そこに標的、サンドボアがいた。それも数匹の群れだ。まだこちらを認識しておらず、のんびりとしている。
「……勝たせてもらうよ、ホシノ先輩!」
シロコが着地した。サンドボアの群れとの距離は十数メートル。直後に先頭が存在に気付き、バタバタと足音を立てて突進を始めた。木を切断するチェーンソーのような耳が痒くなる雄叫びを辺りに響かせるそれは、たちまちこの場所を戦士の闘技場に染め上げる。
「いいよ。正面から受け止めてあげる」
左手でスリングを下方向に引いて銃が背中に接するようにポジションを調整し、相撲のぶつかり稽古のように足を大きく広げ、どっしりと腰を下ろした。サンドボアはぐんぐんと速度を上げ、シロコを突き抜けんとする。
「……フゥー」
深く息を吐き、相手を見据える。決死の一撃を前にして、シロコは極めて冷静であった。全体重を掛けて足の裏で地の感触を味わい、残り三メートル、二メートル、一メートル──
「──ッ!!」
ドン、と表現するのが適切な、全身を液体と錯覚するほどの強い衝撃を正面から受け止めた。
「ぐうッ……!!」
シロコはサンドボアの胴体を掴み、吹き飛ばされないよう全身全霊を懸けて踏ん張るが、パワーを受け止めきれずに大きく後方に押される。しかし、
「……はぁぁぁあああ!!!」
それでも一切覇気の衰えないシロコの執念に、サンドボアは少しずつ、それでいて確かに速度を失い始めていた。
「オオカミに……イノシシが勝つ道理なんて……ッ!!」
サンドボアがシロコの拘束から逃げようと頭をぶんぶんと振り回すが、対するシロコは腕をピクリとも動かさない。当然のことだ。既に力比べの土俵から転がり落ちているのだから。
「──ある訳ないッ!!!」
左手でサンドボアの腹を掴み、そのまま勢いに任せて身体を大きく右に捻る。背負い投げのような軌道を描き、それはけたたましい鳴き声と共に砂の大地に沈んだ。
「……はぁ……はぁ」
振り返ると、他のサンドボアは背を向けて逃げ出していた。他の方法を取ればもっと捕まえられたかもと思い、少し反省する。
「でも……確保できた」
シロコは向き直り、横になって伸びているサンドボアを抱えようと手を伸ばした──が、その時。激しい振動、ゴリゴリと岩石が削れる音。
「……まさか、群れの残りが逃げたのって──」
シロコは肌がピリピリする感覚を感じながら、音のする方を向いた。