◆
すっかり日が暮れ、夜になったアビドス高校。その運動場の中心で集まった一同は、焚き火と美味しそうな料理を囲んでいた。
「いただきます!」
一斉に手を合わせ、合図と共にそれぞれが気になる料理を食べ始める。スナノヅチのテールスープ、サンドボアの焼肉炒め、サボテンのサラダ等々。
「ん〜! すごく美味しいです☆」
「ほんとに君達が作ったの?」
「左様でございます。日頃からこういった料理を作っていますので」
「うへ、すごいね〜!」
「ホシノ先輩、そういう聞き方は肝が冷えるからやめてよね?」
「いえいえ、遠慮なくおっしゃってくださいまし。食事の一時は無礼講、そういうものでしょう」
「ん。マナー違反を指摘する方がマナー違反」
「シロコ先輩のそれは無限ループを引き起こしていませんか……?」
各々が食べたい物を食べ、話したいことを話す。夜の冷えた空気とは裏腹に、ここには確かな温かさを伴った時間が流れていた。
「さ、主様。サボテンのサラダでございます。あーんしてください」
「分かった! あー……ん……うん、美味しいね!」
「……ふふっ。よく出来ましたね、主様。えらいえらい、ですよ」
「いやお母さんすぎない!? えっ、これ私がおかしいのかな?」
「全然おかしくなんてないよ。おじさんもセリカちゃんにしてほしいけどな〜」
「セリカ、ホシノ先輩のお世話好きだもんね」
「勝手に話を進めないでくれる!?」
「いやいや、セリカちゃんは──」
「ところで、今日あったことなのですが──」
「昔はシロコちゃんも──」
馬鹿騒ぎを何度も繰り返す内、気付けば時計の針は随分と進んでいて、大きかった焚き火の炎もすっかり小さくなっていた。その場にいる誰もがまだここにいたいと思っていたが、現実はそうはいかない。
「……じゃ、時間的にここいらでお開きかな」
口火を切ったのはホシノだった。
「そうですね。そろそろお家に帰らなきゃですし」
「でしたら、私もアヤネちゃんと一緒に帰りましょうか☆」
「ホシノ先輩とシロコ先輩はどうするの?」
「私はコッコロちゃんとユウキ君を空き教室に案内しなきゃだし、護衛も兼ねてここで寝ようかな〜って」
「私は──」
「あ、シロコちゃんも付いてきてね」
「……ん」
有無を言わさぬ命令に、シロコは何も言い返さずに縦に振る。反対に、アヤネ、セリカ、ノノミの三人は校舎に背を向けた。
「それじゃおやすみなさい。良い夢見れたらいいわね」
「おやすみなさ〜い!」
ホシノ、シロコ、コッコロ、ユウキの四人は手を振り、帰宅する三人へ別れを告げた。離れていく背中に何かを言いたくもなるが、それは無粋というものだ。
「ではホシノ様、案内をお願いします」
「りょーかい」
ホシノは調子良く返事をすると、校舎へゆったりと向かっていく。シロコ達も彼女の後を追い、階段を上って少し歩いた。
「ここ。別館って言うんだけど、本館の二階から入ってすぐの教室を寝泊まりに使ってもらいます」
「ここにする理由があるの?」
「お、鋭いね〜、ユウキ君」
ホシノは嬉しそうに指をパチンと鳴らした。
「この教室、ドアの位置が本館の廊下と重なってるでしょ? 出入りの様子が見やすいんだよね」
「なるほど。しっかり見張ってくださるということなのですね」
「そゆこと〜。てな訳で、好きに使ってね。私は対策委員会室にいるから、何かあったらそこに行くように」
そう言うと、ホシノはコッコロとユウキに背を向け、ひらひらと手を振った。
「おやすみ。ほら、シロコちゃんも」
「ん。二人とも、おやすみ」
「おやすみ!」
「おやすみなさいませ」
二人は言った通りに委員会室へと入っていく。
「では、私達も休みましょうか」
「うん。お疲れ様だね、コッコロちゃん」
こちらの二人も、互いに労う言葉を言い合いながら教室に入った。中には二人分の布団が敷かれている。
「本当に優しい人だね、ホシノさんは」
「はい。この恩に報いるよう、明日も頑張りましょう」
見知らぬ土地で寝泊まりをするなんて予想だにしていなかった彼らは、当然着替えを持ってなどいない。身に付けていた装甲を外し、その服のままで布団を被った。
月明かりのみが窓越しに照らす薄暗い教室の中、一日ぶりの静寂が訪れる。
「……主様、その──」
「ん!」
ユウキは何が言いたいのか分かっているといった様子で、寝転がったままに両腕を広げた。
「……ありがとうございます」
それだけ言うと、コッコロは広げられた両腕の間にすっぽりと入る。主に身を預けた彼女は抱き寄せられ、ゆったりとした手つきで頭を撫でられた。
「よしよし。コッコロちゃんはよく頑張ってるね」
「……実を言うと、私、怖くて仕方がないのです。何の脈絡もなく見知らぬ土地に飛ばされてしまって。ペコリーヌ様もキャル様も、もう一度会えるのか、見当すらつかず」
「うん」
「それでも、私は主様をお守りしなければなりませんから。私は、主様のガイド役ですから」
「ずっと助けられてるよ。ありがとう」
「……主様……」
小さな身体がとても大きな何かに押し潰されまいと震える。ユウキは彼女を強く抱き締めた。それは、どこにも行かないという意思表示でもあった。
コッコロとユウキは、見知らぬ土地での一日目を噛み締め、まだ見ぬ明日へ思いを馳せながら眠りへ落ちた。
◆
「なんで私をここに連れてきたの?」
シロコは委員会室に入るなり、ホシノへ直球の質問をぶつけた。彼女も予想していたようで、その理由そのものを棚から取り出してシロコに見せる。
「……え?」
「ねぇ、シロコちゃん。なんでこれがここにあるんだと思う?」
それは、青い目出し帽であった。
「今日の朝、生徒会室で見つけたんだけどさ。二番ってもう一人のシロコちゃんに渡したやつだよね。ここにあるはずがないんだよ」
「……うん。そうだよ、おかしい」
「それで、もう一人のシロコちゃんに直接聞こうとしてあちこち探したんだけど……まだ見つかってないんだ」
「……そっか、それで今日、ホシノ先輩は──」
「だから、ここからは単なる推測なんだけど」
ホシノの語気が少し強まる。シロコは背筋が伸びる心地がした。
「私達の記憶ともう一人のシロコちゃんの存在。そのどちらかが、今の事態に大きく関わってるんじゃないかって」
「……それを頭に入れておけ、ってこと?」
「そ。いっぺんに皆に言っちゃったら余計な混乱を招くだけだろうから、とりあえずはシロコちゃんだけに伝えとくね」
「……ん、悪い癖だよ」
「言いたいことはそれだけ。帰っていいよ、シロコちゃん」
ホシノは露骨に柔らかい声を出した。指摘されて耳が痛いのだろう。シロコはもっと掘り下げてやろうかとも思ったが、こんな夜更けにすることではない気がして、代わりに溜息を一つ吐いた。
「おやすみ。ホシノ先輩」
「うん、おやすみ〜」
シロコは扉を開け、委員会室を出た。分からないことだらけだが、今はあの二人が手掛かりになると信じるしかないのだろう──そう思いながら、二人がいる教室、廊下の奥を見やる。
すると、一瞬だったが、確かに見慣れた人影を見た。
「……セリカ?」
忘れ物でもしたのだろうか。妙な胸騒ぎに駆られたシロコは、彼女の後をつけることにした。