コネクティング・アーカイブ   作:魚か?

6 / 14
第6話『一日は終わらない』

 

    ◆

 

 ほんの一瞬視界を掠めたセリカを、シロコは忍び足で追いかけた。曲がり角でその姿を確認する度、一体何をしているんだという気持ちになったが、それを必死に抑えてじっくりと観察する。

 当然だが、それは何度見てもセリカだ。黒い髪を生やし、ふわりとした猫耳があって、アビドスの制服を着ている。それなのに何かが違うような気もする。なんだか気味が悪い。

 

「他人の空似? でも、制服着てるし……」

 

 独り言を放り出しながらしばらくつけていると、彼女は別館の廊下を通り、そのまま鍵の掛かっていない体育館へと入っていった。

 

「……何をするつもりなんだろう」

 

 全く行動原理が理解できないそれに対して頭をハテナでいっぱいにして、シロコも扉に手を掛ける。少し開けて中の様子を伺うと、セリカは深く腰を落とし、片手を上下に動かした──つまり、エアバスケだ。

 シロコは言葉を失う。いつものセリカがこれをするなんて到底考えられない。もはや見ているだけでは何も得られないだろうという直感が、じれったく思うシロコを突き動かした。

 

「セリカ、何してるの?」

 

 何か思い詰めていることがあるなら先輩として話を聞こう、と決意を固めながら声をかけると、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「『遅いじゃないの! 結構待ったんだから』」

 

「……待った? 私を?」

 

「『……そ、それはもちろんそうだけど……』」

 

 怒気を孕んだかと思えば、一転してバツの悪そうな顔をする。やはり何かがおかしい。シロコは体調を確かめるため、顔色を見ようとセリカに近づいた。

 

「大丈夫──」

 

 瞬間、視界が縦にぐるりと回転する。シロコの身体は仰向けになり、床に痛々しい音を立てて沈んだ。

 

「──蹴ら、れた?」

 

 長年の勘がそう伝えはするが、理解と納得は全く異なる性質を持つものだ。とにかく、シロコは思考が纏まらないままに戦闘を行わなければならない。それだけを理解していた。

 両手に力を入れ、後方へバク転をして距離を取る。相手を視界の中心に据えると、セリカは──セリカだった何かは、歪な笑顔をたたえてシロコに注視した。

 

「『ばっ、バカ!! バカ!!』」

 

 彼女は両手から黒い瘴気を発し、どこからともなくセリカの愛銃──『シンシアリティ』を生み出す。そして片手で遊ばせるように軽く握ると、スコープも覗かずに発砲した。

 随分と適当なフォームにしては、不気味なくらいに精度の高い弾道。銃口から一斉に放たれた弾丸はシロコの心臓を真っ直ぐ狙い撃つ。

 

「まずっ──」

 

 シロコはすぐさま地を蹴り、絶え間ない死の宣告から横方向へと逃げ出した。それから偽セリカの周囲をぐるぐると回って弾切れを期待するが、一切その気配はない。

 

「弾切れが存在しない? 一体どんな原理で銃を具現化してる訳?」

 

 増え続ける疑問にいい加減辟易してきたところで、シロコはスカートのポケットから手榴弾を取り出した。安全ピンを抜き、狙うは腹部ど真ん中。

 

「とにかく、黙らせないと」

 

 強く踏み込み、偽セリカの頭上へと跳び上がる。それに合わせて片手を振り上げる彼女と刹那の間に目が合うが、やはり偽物という実感を得ただけだった。手を開き、手榴弾を重力に任せる。空いた両手で両耳を塞いで着地した。

 刹那の後──体育館全体を揺らす程の衝撃がシロコを襲う。天井の照明がぐらぐらと危険な音を立てて揺れ、手入れの行き届いていない床の上で埃がぶわりと舞った。しゃがんで耐え忍んでいたシロコが体育館の中央に視線を移すと、そこにはもう、先程までうるさいくらいに存在感を発していた謎の存在は見当たらない。

 

「ッ!? どこ──」

 

 言い切る前に、背中に強い衝撃を受ける。シロコが振り返れば、霧散している紫色の何かが再び偽セリカを形作っていた。

 

「──気体そのものが本体!?」

 

「『早く家に帰ってシャワー浴びたい』」

 

 偽セリカは両手から濃い瘴気を発すると、今度は手榴弾を二つ生み出した。つい先程、シロコが投げたものと瓜二つ。安全ピンはない。生成した時点で起爆のタイミングが決まっている──

 

「『こっちに来て。私と一緒に乗る?』」

 

 手榴弾が放物線を描くよりも早く、両手に握られたままで炸裂した。外側を塗り潰す轟音ですらどうでもいいと思えるくらいのパワー。シロコの身体を強制的に床から引き剥がし、反対側の壁に叩きつけた。

 

「……が、は」

 

 肺の中身をすべて絞り出されるようにあばらが軋み、呼吸を阻害する。悲鳴すらろくに上げられない。視界が白と黒をチカチカと明滅させ、空間の把握が追い付かない。

 

「盗られた」

 

 ヤツには学習能力があるのだ。セリカの姿を模している時点で当然と言えばそうなのだが。それはつまり、長期戦に持ち込まれた場合、際限なく不味くなるということを意味している。

 

「どうすれば……」

 

 何が偽セリカの致命傷となるのか分からない以上、防戦一方な上に望み薄だ。シロコはそんな冷たく残酷な現実を導き出し、ただ困惑を滲ませながら肩を上下する。

 その時だった。

 

「シロコ!」

 

 息を切らしたシロコの耳に届いた、同じく呼吸の整っていない男性の声。体育館の入り口を見れば、騒音を聞きつけたのか、ユウキが立っていた。額の汗を拭い、彼もまた肩で息をしている。どうやらここまで走ってきたらしい。

 

「大丈夫? すごい音がしたけど──って」

 

 ユウキはそこまで言って、眼前に広がる状況の理解を終えた。終えたことで、一層驚いて目を見開く。

 

「シャドウ!? なんでここに!」

 

「シャドウ?」

 

 聞いたことのない単語。シロコはただ疑問を露わにした。

 

「知ってるの?」

 

「うん。ドッペルゲンガーみたいな存在だよ」

 

「……なるほど?」

 

 それにしては説明のつかない行動を沢山しているだろうとシロコは思ったが、戦闘中にのんびりする会話ではないと切り捨てる。力を振り絞って立ち上がり、愛銃を構えた。

 

「それで、どうやったら倒せるの?」

 

「僕の力でシロコを強化すれば、いけるはず!」

 

 ユウキも鞘から大剣を抜き、両手で構える。

 

「はぁっ──!」

 

 すると、彼の叫び声と共に周囲に巨大な魔法陣が展開した。それは体育館中の床を光で覆い尽くし、シロコの身体もまた柔らかく光り出す。

 

「今だよっ! 攻撃して!」

 

「ん、了解」

 

 シロコは人差し指で引き金を引き、掛け声に合わせて発砲を開始した。銃弾が偽セリカに直撃する度、先程とは違った様子で紫色の瘴気が霧散する。身体に穴が空いても、再生が出来なくなっている。

 

「『足がふらふらする』『ゴミ箱がひっくり返った』」

 

 偽セリカは身体のバランスが保てなくなり、どさりと床に這いつくばった。

 

「……これで、終わり」

 

「『あっ、そっか! あははっ、やっと終わった!』」

 

 偽セリカの支離滅裂な鳴き声を意に介さず、シロコは頭を撃ち抜く。どうやら形を保つには気体の量が限界に達したようで、ついにもどきですらなくなった。しかし明確に違うのは、紫色の瘴気自体が見えなくなった点。

 

「勝てたみたいだね!」

 

 ユウキは剣を鞘に戻すと、得意気にサムズアップをした。足元の魔法陣も消え去り、戦場はすっかり物静かな夜の風景となる。

 

「……シャドウってのは何なの?」

 

「う〜ん……バグ、みたいな?」

 

「バグ。不思議な例えだね」

 

「実は、僕達も完全に解明してないんだ」

 

 ユウキは質問に答えながら、シロコに向かって歩いていく。そして、そうすることが当然であるかのようにシロコに肩を貸した。

 

「よい、しょっと。苦しくない?」

 

「……別に一人で歩けるよ」

 

「でも二人の方が楽なはずだから」

 

 納得したのか、強情であることを察したのか。とにかく、シロコはもう何も言わなかった。

 二人は体育館を出て別館を通り、本館に戻って委員会室への廊下を歩く。シャドウの一悶着をホシノさんに報告するべきだ、とユウキが考えたのだ。

 

「ホシノさんは委員会室にいるんだよね?」

 

「ん。見張ってるはず」

 

 シロコは言葉を返しながら、ふと窓越しの屋外を眺める。人口密度の低いアビドス自治区では夜間に光る建物の数が少ないため、他自治区よりもくっきりと星々が見えた。

 

「ねぇ、違う世界から来るってどんな感じ?」

 

「どんな。難しい質問だね」

 

「答えにくかったら別に答えなくていいんだけど」

 

「いや、そんなことはないよ」

 

 ユウキは「うーん」と低く唸り、肩を貸したまましばらく視線を泳がせる。やがてゆっくりと顔を上げると、シロコを真正面から見つめた。 

 

「始めて会う人とも、一緒にご飯が食べられたら良いなぁって感じかな」

 

「……そっか。ユウキは私達のこと、本当に知らないんだもんね」

 

「どういうこと?」

 

「私達、違う世界の私と会ってるからさ。それでどんな感じなのかなって気になって」

 

「そうなんだ。その人はなんて言ってたの?」

 

「知らない、聞いたことないし」

 

 話しているうちに、二人の足は自然と目的地──委員会室の前へと辿り着いていた。

  

「ホシノさーん! ドアを開けて!」

 

 夜の本館でユウキの乾いた声が響く。それは同時に、どこかに音が吸い込まれていくような、奇妙な静寂でもあった。

 五秒が経つ。返事はない。

 

「……ホシノさん?」

 

 ユウキはもう一度声を張った。しかし、室内からは物音すらも、呼吸の音すらも聞こえなかった。

 

「開けるよ」

 

 ユウキがノブに空いた方の手を掛け、ゆっくりと回す。軋んだ音と共に開いた扉は、彼らにありのままの真実を伝えた。照明はついているが誰もいない。

 

「ホシノ先輩はトイレが長い」

 

「……なんで言ったの?」

 

 瞬間、背後から強烈な衝撃。何かが墜落したかのようなドスンという重量のある音が二人の肌をピリピリと震わせた。互いに反射で振り向き、その震源地を見やる。そこには──

 

「ホシノさん!!」

 

「……二人?」

 

 今にも意識を塗り潰されそうな程の気迫を持った、もう一人の小鳥遊ホシノの姿があった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。