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二日目の朝は早かった。まだ日が昇ったばかりで、鳥の鳴き声すら聞こえないくらいの時間に、空き教室へと慌ててやって来たホシノに起こされたのだ。
「二人とも、早く運動場に来て!」
言われた言葉はこれ一つ。質問しようにも、彼女もまた余裕がなさそうなので、コッコロとユウキは黙って言うことを聞くことにしたのである。
寝ぼけ眼を擦りながら二人で校舎を出ると、運動場の中心に目を引く乗り物が一台。頭頂部に回転する刃が取り付けられた、小型の飛空艇のような印象だ。ババババ、と凄まじい音を放ち続けている。
「これに乗って!」
ホシノは言いながらスライドドアを開き、飛び乗って二人へ手招きをした。見よう見まねで後に続き、席に着く。席は思っていたよりずっとふかふかだった。
「お二方が、例の?」
「はい。お願いします」
運転手の言葉に、ホシノはこれまでにない程きっちりとした雰囲気で返す。そして二人へと向き直った。
「シートベルト付けてね」
「シートベルト? それは一体、何でございますか?」
「ああ、知らないのかぁ。この帯みたいなやつを付けないと、揺れて危ないんだよ」
「そうなんだ」
言われるがままにシートベルトを付けた直後、一瞬身体がふわりと浮いたかと思えば、全員は機体ごと離陸をした。つい先程までいたアビドス高校がジオラマのように小さくなり、ヘリコプターはどこかへ向かって真っ直ぐに飛んで行く。
「これはどこに行くの?」
「サンクトゥムタワーって言う塔。キヴォトスの首都みたいな感じかな」
「首都……ソルの塔と似ておりますね」
「なにそれ? 君達がいた所にもそんなのがあるの?」
「うん。町の上に浮かんでて、すごく大きいんだ」
「うへ〜、そこまで似てるなんて!」
ホシノは「こっちも大きいんだよ〜」と言いながら、両腕を目一杯上へと伸ばした。コッコロもまた「イワアライグマの威嚇のようですね」と目を細める。
「そこで先生が待ってるってこと?」
「いやぁ、実は違うんだ」
「そうなのですか? では何のために──」
「昨日、先生が行方不明になったらしいから」
行方不明。予想だにしていなかったその事実が、二人の背筋をひやりと感じさせた。
「遠足気分に水を差すようで申し訳ないけど、歓迎パーティーが開催される訳じゃない。これから開かれる『キヴォトス非常対策委員会』において、君達は身元不明の不審者として、今後の処遇を決めるために出席するんだよ」
◆
「コッコロちゃん、大丈夫?」
「……はい? えーっと、何でしょう?」
「あんまり大丈夫じゃなさそうだね……」
サンクトゥムタワーの中に作られた巨大な会議室の前で、二人は入室の合図を静かに待っていた。窓の外にある風景、天井の照明、地面の劣化──どこを見ても、アビドス高校の廊下とはまるで違う。それはまるで──
「『現実』みたいで、なんだかソワソワするよ」
「はい。ここは本当に別世界なのですね」
ただでさえ知らない土地だと言うのに、ここまで発展している町を見せられれば、すっかり気持ちは肉食動物の縄張りに迷い込んだ草食動物というもの。このまま断頭台にでも登らされるのかもしれない、と余計な心配まで頭に浮かぶ始末だ。
「しかし、キヴォトスは本当に不思議な都市でございます。議会であれば、王侯貴族らしい見た目の方が一名でもいらっしゃると思ったのですが……」
「部屋に入った人達、みんな年齢が近そうだったよね」
「そういった制限が設けられているのでしょうか? ランドソルで言うところのギルドのような」
その時、目の前の扉が開いた。中から白い装いに身を包んだ少女が出てくると、「お入りください」と一言だけ小さく呟く。
「はい!」
ユウキは元気よく返事をし、コッコロの手を引いて入室した。
「失礼します!」
「……失礼します」
二人揃って頭を下げ、それから「こちらへ」と誘導された位置につく。正面には規則正しく並べられた大量の机と人々、背後には大きなプロジェクタースクリーン。観衆はユウキの姿を視認すると、口々に騒ぎ始めた。
「──男性が──」
「ちっちゃい子も──」
「あれが噂の──」
誰かの声が誰かの声で掻き消され、詳しい内容は上手く聞き取れない。しかし、ユウキには唯一分かることがあった。
「──化け物が──」
「あのモンスター達──」
「──凶暴な生き物──」
それは自分達がここに呼ばれた理由。こちらを見ながら話すことが、先生をどこかへやった容疑というよりは、突如キヴォトスに出現したらしい魔物に関するものばかりだという事実に、不謹慎ながら安心を覚えた。
「お静かにお願いします」
ユウキ達から最も近い位置で背筋を伸ばして座っている、眼鏡を掛けた黒髪の少女が、騒々しい空間にメスを入れて切り開いた。
「彼らは昨日、アビドス高等学校から先生へ連絡があった、別の世界から来た可能性のある方々です。昨日の今日ということもあり、こちらも素性については把握し切れていません」
そう言い切ると、彼女はユウキの方を向く。
「私は連邦生徒会長代行、七神リンと申します。さぁ、貴方達も自己紹介を」
「分かりました!」
彼は首を縦に振り、一歩前へ出た。
「オイッス! 僕はユウキと言います。昨日の朝、買い物の途中で光に包まれて、それで気がついたらここに来ていました」
「オ……オイッス! でございます。私はコッコロと申します。ユウキ様の従者で、ここに転移した経緯は全く同じです。えっと、アストライア大陸という場所から来たのですが、ご存知の方はいらっしゃいませんか?」
静寂。時折数人が顔を見合わせ、聞いたこともないというふうにかぶりを振るのみ。やがて口を開いたのはリンだった。
「……ありがとうございます」
自己紹介に対する礼を言われる。この話題はここで終わりということだ。今すぐ叫び出したい、しかしここで言っても仕方がない。トゲを飲みこむような心地を抱きながら、コッコロは頭を下げ返した。
「ここからは質疑応答の時間にしたいと考えています。ですがその前に、本プログラムの提案者──アビドス高等学校生徒会長、小鳥遊ホシノさんより、その意図と背景についてご説明いただきます」
「はいは〜い」
ホシノはリンとは対照的に、力無く手を挙げてからのそりと立ち上がった。
「彼ら、どうやら魔物がいる世界出身らしいんだよ。あ、昨日の朝から出るようになった凶暴な生き物達を魔物って言うらしいんだけど。だからここで魔物のこととか色々聞いてもらって、この異常事態に対応出来れば良いんじゃないかなって話」
「ソイツらが嘘を吐いている可能性はないのか?」
今度は、ホシノの向かいに座った白髪の少女が口を出す。帽子も白、服も白。背負ったランドセルの赤が強く主張していた。
「レッドウィンター連邦学園の書記長であり、生徒会長であり、給食部部長であり、環境美化部部長であり、清掃部部長であり……とにかく全てのすごいことを引き受けている、連河チェリノだ! ソイツらがここに来たとか言う時間と、魔物とか言う奴らが現れた時間が近いのなら、ソイツらがキヴォトスに魔物を放った可能性が高いだろう! おいらの目は決して誤魔化せないぞ!」
「う〜ん……困ったことに、それに反論する材料はあんまりないんだよね。何しろ情報が少ないからさ」
ホシノの歯切れの悪い返しに対し、チェリノは一層疑いの眼差しを光らせる。
「でも、私は信じられると思う。まぁどう思うにしても、とりあえず話を聞いてみて、それで判断したら良いんじゃない?」
「……一理もないが、寛大なおいらが許してやろう!」
どうやら彼女は論破されたらしい。下を向き、しきりにヒゲを撫で始めた。意外と物分かりの良い人だな、とコッコロは思った。
「では、質疑応答を始めます。質問のある方は挙手をお願いします」
そこからの話の流れは、昨日ホシノが行った質問攻めと大して変わらないものだった。
魔物ってのは何なんだとか、魔法ってのは何なんだとか、この魔物の対処法は何なんだだのうんぬんかんぬん──自身が持つ知識についてひたすら伝え続けるという辞書もびっくりな重労働を強いられたコッコロは、質問の波が収まった昼過ぎの頃には、すっかり気力を使い果たしていた。
「ありがとう。参考になったよ」
トリニティ総合学園、サンクトゥスのホストであるセイアがぺこりと頭を下げて着席する。そうしてついに、質問を投げかける者が一人たりともいなくなった。
「これで……終わりでしょうか……」
息も絶え絶えに、コッコロはリンの方をじっと見つめる。彼女はそれに応えるように出席者を見回した。
「他に質問のある方はいらっしゃいますか?」
リンの問いかけが広い会議室に静かに落ちる。返って来るのは、椅子が軋む音と書類をめくる小さな気配だけ。
「では、質疑応答の時間は終了とさせていただきます」
その宣言がなされた瞬間、コッコロの肩から力が抜ける。張り詰めていた糸がぷつりと切れたかのように身体がふらつき、今にもその場に崩れ落ちそうになった。咄嗟にユウキが腕を伸ばし、彼女の身体を支えた。
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのは僕の方だよ。頑張って質問に答えてくれたんだから」
彼はコッコロの頭を愛おしそうに撫でた。
「ありがとう。コッコロちゃん」
「……えー、コホン!」
リンがわざとらしく咳払いをする。それによって、一瞬だけ緩んでいた会議室の空気がすぐさま元の形に引き締まった。
「ここからの議題は、彼らをどの学園が保護するかについてです。意見のある方は挙手をお願いします」
その一言が発せられた瞬間、場の温度がガラリと変わる。書類をめくって情報を整理していた者たちの視線が、一斉にユウキとコッコロに集まった。それは決して好奇心などではない。計算と利害の下に置かれた、純粋な価値の取り合いである。
そうなってから、初めに手を挙げたのは──
「トリニティ総合学園生徒会長、桐藤ナギサです。現状から推測するならば、彼らは被害者である可能性が高いでしょう。丁重に扱うべきです。トリニティ総合学園であれば、そのような扱い方を心得た人材が多数在籍していますので、問題なく保護することが出来るでしょう」
「キキキッ、内紛が頻発している学園がよく言うものだ」
「毎日風紀委員会が出動してるスラム学園にだけは言われたくないな〜?」
「……ミカさん」
ナギサの隣に座った桃髪の少女が、わざとらしく肩をすくめて笑う。その目に光はない。誰が見ても理解出来る、もっとも分かりやすい敵対視だ。対する席からは、今にも机を叩きそうな勢いの視線が返ってきた。いや、実際には既に机に脚を乗せているのだが。
「ゲヘナ学園生徒会長、羽沼マコトだ。まともに考える頭があるなら、こんな腹黒やかまし総合学園に保護対象を入れる奴などいないだろう。ウチに入れるべきだ」
「え〜? ゲヘナってのは保護する利点すら言えない頭よわよわなの?」
「言うまでもない。マコト様がいる、それだけで十分な利点だ。そんなことも分からないのか?」
二人のやり取りに会場のあちこちから小さな失笑が漏れる。保護を巡る議論というより、もはや学園同士の意地の張り合いに近い。
すっかり雰囲気の変わった会議室の中で、コッコロは場違いな場所に立たされている感覚に思わず背筋を縮こまらせた。
「山海經門主、竜華キサキじゃ。そもそもじゃが、最初に接触したアビドスが責任を持って保護するのが道理というものではないかえ?」
「うへ、そうなっちゃう感じ? 個人的には二人には色んな所に行ってほしいんだよね〜、そうした方が帰る方法も見つかりやすいだろうし」
「ほう。そういうことなら、アビドス抜きで検討するのが適切かの」
「であれば。ウチはどうかしら」
次の瞬間、会場の視線が一斉に流れた。静かに手を挙げていたのは黒髪の少女。その圧倒的な存在感に、ざわめいていた空気が不思議と落ち着きを取り戻す。
「ミレニアムサイエンススクール生徒会長、調月リオよ。ウチには立場上の政治的対立はないわ。その上、彼らを安全に保護するための機器も開発出来る。例を挙げるなら、特注の銃や偽装ヘイローなどね」
「ミレニアムは大規模な事故が常態化していると聞いているが?」
「基本的に悪意が介在しないから、危険性のある地点は高い精度で予測可能よ。それを回避すればいいだけ」
理路整然とした返答。マコトはしばらく腕を組んだままリオを睨みつけていたが、やがて小さく舌打ちをすると、椅子の背もたれに体重を預けた。
「……では、投票で決定しましょうか」
リンの一言で会議室の空気が再び変わる。各学園の代表者達は彼女の学園名の羅列を聞きながら、一人、また一人と手を挙げていった。
数を確認するため、リンは淡々とそれらへ視線を巡らせていく。そして終わりを迎えた。
結果は、誰にとっても予想通りのものだった。
ミレニアムサイエンススクール。
異世界から来た二人の保護は、同学園が引き受けることとなる。