変身ヒロインの内なる敵だけど乗っ取りとか考えてない。いやマジで 作:三重雑巾
「……」
顔を洗い、朝食を食べ、制服に袖を通す。
どれも精神世界で真似た事のある動作だが、義務的な行為として行うと負担を感じ、かなり窮屈にも思える。人間というのは存外楽しくないのかもしれない。
「……行ってきます」
家族には、少し口数を少なくして乗り切った。
フレイムルビー……日向 苺は典型的な母子家庭だ。父は彼女が産まれる前に事故で死亡、それ以来は母親が女手ひとつで苺を育てている。
……まだ怪しまれてはいないだろうが、やはり長期間だとボロが出てくるかもしれない。この調子で1ヶ月も乗り切るというのは少し骨が折れそうだ。
「…風か」
朝のひんやりとした空気が突き抜け、髪が微かに揺れる。フレイムルビーの中から知識として知ってはいたが、外の世界と言うのは想像以上に気持ちがいい。
目に映る景色はどれも見覚えがあるが、肉眼に映るそれらは新鮮さに満ちていた。歩く感覚と、優しい日差しが穏やかさを感じさせてくれる。少し楽しくなってきてしまった。
「苺」
聞こえてくる小鳥のさえずり、登校する学生の話し声。何処か落ち着く新鮮な空気の匂いと空の青さ。流れる雲や飛行機の飛ぶ音すらも情熱的で刺激的で魅力的に感じてしまう。
「苺!」
「──うおっびっくりした!」
一瞬、遅れはしたが日向 苺らしい反応はできた。不意の事態ではあったが何とか取り繕えた事に安堵して、声のした方へぐるりと振り向く。
しかし、視界に映った相手の顔は、私が今1番会いたくない少女のものだった。
「…なんだぁしずくちゃんかー!もーびっくりさせないでよー!」
「私が何度苺を呼んでも気付いてくれなくて…つい」
雨唄 しずく。またの名を閃光戦姫 アクアサファイア。
フレイムルビーの相棒にして、政府機関所属の正式な閃光戦姫。青みがかった黒髪のボブカットと、柔らかい物腰が特徴的な少女だ。
しかしなぜ私が会いたくないかと言うと……
「……苺、何か私に隠し事してませんか?」
「いやいや!しずくちゃんに隠し事なんてしてないよー!それに、そもそもしずくちゃんには隠し事できないしさ!」
この妙に鋭い洞察力だ。
彼女はあらゆる観点から対象を観察し、時には仮定や憶測も織り交ぜながら分析する事で相手の能力や目的を解明する事を特技としている。彼女の推理は、現代の名探偵と呼んでも差し支えないほどに正確だ。
故に日向 苺ではない私はその事実を悟られないように一挙手一投足、一語一句に細心の注意を払わなければならない。
「本当に、ですか?」
「本当に本当だよ!」
しかし、このままでは不味い。
確信はないようだが、どういう訳か既に何かを感じ取っているようだ。このまま無策で彼女と顔を合わせ続ければ正体がバレるのも時間の問題だ。
選択肢は3つある。
1つ 情報を与えない様にこの場から逃げる。
これはより疑念を深くしかねないしこの瞬間をどうにかできるだけで後々になって苦しくなるのは私の方だ。もしこの後に真実が露見すれば私は何かしらの手段で倒されるか封印されるだろう。
2つ 本当の事を話す
納得してくれるかもしれないが、閃光戦姫である以上ネガデビルの私をどうにかこうにか始末しようとする方がよっぽど可能性が高い。それにどうにか生き延びても元に戻った後の安全が保証できない。
3つ どうにか嘘を信じさせて丸め込む。
針に糸通すような作戦だが、これが一番か。
そう笑顔の裏で検討を重ねていたら、意外な事に相手が先に口を開いた。
「苺が元気なら、いいのですが……」
そう心配そうにしつつ、その後は特に追求してこなかった。
これ幸いと私は視線を彼女と合わないように……いや、抑えきれない好奇心のままに、彼女にバレないようにチラチラと景色を堪能しながら登校の足を進めていくのだった。
〜〜〜
雨唄 しずくは、思考を巡らせていた。
日向 苺。
私の大事な親友で、戦友。
閃光戦姫としての名前はフレイムルビー。
最初は行方不明になっていた試作品ルミナス・ギアの回収任務の一環として、閃光戦姫同士で戦う事になりました。訓練を受けた私と違う荒削りで乱暴な戦い方、そして何度言っても渡さないの一点張り。そんな彼女が戦うのは危険と判断して無理矢理にでも回収しようとしました。しかし数回の交戦の末、最後には私が負けてしまいそれも失敗に終わりました。
そうして、彼女のネガデビル討伐の実績と適任者が長らく見つからなかったルミナス・ギアを使いこなせる事から私を監視役とし、この地域で増大し続けるネガデビル被害が収束するまでの間だけ機関の外部協力者として扱う、という形で苺……フレイムルビーの活動は承認されました。
それからは二人で共闘したり、ご飯を食べに行ったり、喧嘩したり授業を受けたり、機関で訓練していた時よりも色鮮やかな日々を送ってきました。
ですが最近、苺の様子が変なのです。
昨日までは異様に眠い、少し動いただけで疲労困憊、筋肉痛が酷いと身体の不調を訴えていました。以前戦った大型ネガデビルの影響かもしれないと、念の為機関の息のかかった施設で精密検査をしてみるも判定は至って正常。だがそれでも体調不良は改善せず昨日はゲームセンターに行くのも断る始末でした。あの遊ぶの大好きな苺が、です。
でも今は……
「〜♪」
昨日までの不調が嘘のように鼻歌を歌い、私の隣を歩いています。
どういう訳かスッキリ全回復、体調不良もサヨナラバイバイ。顔色も元通りですっかり元の苺でした。
嬉しい筈なのに、どこか腑に落ちない。
苺はなんでも無いと言っていますが、私にはその言葉もどうしてか信じられない。なにか致命的な間違いがあるというのを、私の経験が告げています。
「……」
目線を動かし、隣で歩く苺の顔を見る。キョロキョロと周囲に目線を忙しなく向けている、と思えば時々何かをぼーっと見つめている。そう、ただそれだけなのにどうしてか引っかかるのです。
結局、この違和感を拭えぬまま私達は校門を潜り抜けました。
この疑問符の解を見つけられないままに。
機関
ネガデビル対策の為に活動している極秘機関。ルミナス・ギアとかもここが開発した。
雨唄 しずくは現時点で唯一の機関所属の閃光戦姫であり、現場権限を一任されている。