武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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この物語はフィクションです。登場する人物や団体などは実在のものとは一切関係ありません。
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アルマ=リュウガンジ

 

「すぅ――、ふう――」

 

 (まぶた)を閉じてゆっくりと深呼吸を()り返し、全身の神経と感覚を()()ませる。

 

 左手で(さや)を握り右手を(つか)()え、最後に息を大きく吸い込み、姿勢を(わず)かに下げる。

 

「フンッ!」

 

 息を止め、目前にある大木を()りつける。

 

 樹皮(じゅひ)は砕け、衝撃の伝わった枝から()の葉が()い落ちる。

 

「はあああ!」

 

 息を吐きながら(さや)から(やいば)()き放ち、不規則(ふきそく)()い落ちる木の葉が着陸する前に全てを両断(りょうだん)する。

 

「すぅ――ッ!」

 

 再び大きく息を吸い込み、右脚を後ろに下げると同時に、刀を胸の横の位置にまで引き左手を前へ伸ばす。

 

「ハァッ!」

 

 右脚を大きく前方に踏み込みながら、左腕を引きながら右腕を前方に突きだした。

 

 地面に足が沈む程の踏み込みによって(しょう)じた力が刃を(ふる)わせ、大木にめがけて放たれた一刀は樹皮を裂き(みき)容易(たやす)容易く貫いた。

 

 そして流れるように刀を引き抜くと同時にその場で体を回転させ、勢いのままに太い(みき)(やいば)を走らせた。

 

 青年は(わず)かに刃を確認してから鞘に(おさ)めると、大木を裏拳(うらこぶし)で軽く叩きその場を離れる。

 

 大木は(きし)みながら、青年の元々立って居た場所に倒れていく。

 

「悪くない――」

 

 大きく息を吐き緊張(きんちょう)の糸を(ほど)く、布で汗を拭き取りながら空を見上げると日は沈みかけ赤く染まっていた。

 

「少々熱中しすぎたな――、急げば夕食に間に合うか」

 

 木に立て掛けてあった弓と矢筒(やづつ)を背負うと、(たお)れた木に(つな)を結び付けそれを掴み走り出した

 

 ――――

 

「おーい、アルマー!」

 

 長い期間の往復で踏みならした道を歩いていると、聞き馴染(なじ)みのある声が聞こえて来た。

 

「……ん?なんか聞き覚えのある引き摺り音?」

 

「私に何か用事か、リッド」

 

 聞こえるようにやや大きな声で返事をしながら近づくと、同じ年の青年リッドがビクりと震え、勢いよく振り向いた

 

「うわっ!そこにいたのか!――ってなんだその木!?」

 

「森で切って来た、(まき)置きに持っていく」

 

「相変わらずの馬鹿力だなまったく――、てか最近修練場(しゅうれんじょう)で見ないけどいつもどこ行ってるんだ?」

 

 やれやれといった表情のリッドが横に並び歩き出す。

 

「今は森の奥に場所を移し個人で修練を積んでいる」

 

「森の奥?どうしてまた」

 

「あそこならば全力を出そうとも誰にも迷惑は掛からないからな」

 

 数年前までは村の修練場などを使用していたが、歳を重ねて力を増していく程に行く事も少なくなり、今では森の中が修行の場となっている。

 

「まあ凄いもんなぁ、お前のアレは」

 

「普通で無いとは自覚している」

 

 一度全力を出した時には、周囲の人間には引かれていたとリッドが教えてくれた。

 

 とはいえどそれを辞めるつもりも無い為、こうして人が来ることのない森奥(もりおく)へ時間を掛けて往復(おうふく)を続けている。

 

「それにしたって林の所にも修練場はあるんだから、そっちを使えばいいだろうに」

 

「あそこは兄上がよく使用しているからな」

 

 村には(いく)つも修練場があるとはいえ。基本的にそこを使うことは無い。

 

「兄上って言うと――、あっちの方か」

 

 兄は二人いるがどちらともあまり親しくはない、とくに次兄(じけい)はどうにも私の事が気に入らないという様で、どのように歩み寄ればよいのかと半ば(あきら)めた状態だ。

 

「私が居ると気を悪くする、なるべくならば不和(ふわ)を起こしたくはない」

 

「そりゃそうだけどな……」

 

 私自身あまり気にしてはいないが、周囲の人間に負担(ふたん)()かるのは(しの)びない。

 

「いずれ向き合う事もあるだろう」

 

「お前がそれでいいんなら俺からはなんも言えないけどさ」

 

 父上の事を思えばここままで良い訳では無いのだろうが、こればかりは私だけではどうしようもない事だ、たとえ私に原因があるとはいえど。

 

「それよりも私の名を呼んでいたが、何か用件があったのか?」

 

「あーそうだった」

 

 リッドは立ち止まると身体からこちらへと向き直る。

 

師範(しはん)が呼んでたぞ、何やら急用だとか」

 

「父上が?」

 

 何があったか分からないが、すぐに向かった方が良いだろう。

 

伝言(でんごん)ありがとう」

 

「おう、じゃあな」

 

 木に巻いていた綱を解いて回収し足に力を込めて一気に走り出す、この距離であればそう時間は掛からない。

 

  ̄ ̄ ̄ ̄

 

「失礼します」

 

 部屋の戸を開け中に入ると視線が集まる、どうやら他の面子(めんつ)(すで)(そろ)っていたようだ。

 

(おせ)えぞアルマ」

 

 次兄であるジリアンに苦言(くげん)(てい)される、傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)を人の形にしようだと周囲には言われているそうだ。

 

 だがその実力は確かであり、長身と十文字(じゅうもんじやり)の長さを活かした戦いは中々に厄介(やっかい)だ。

 

何分(なにぶん)距離が遠かった物で」

 

 いつかは本気での手合わせをしてみたいものだ。

 

「まあいいじゃないか、アルマも座りなさい」

 

「はい父上」

 

 父上の言葉に従い空いている敷物(しきもの)に座り、腰帯(こしおび)から外した刀を身体の左側に置く。

 

「さて、これで全員(そろ)った訳から早速用件を伝えるよ」

 

 『ミリザレフ=リューガンジ』、リューガンジ家現当主にしてヤナギ流剣術師範代(しはんだい)、私の師であり父親だ。

 

 刀、槍、弓、全ての武器を使いこなす持つ私の憧れの一人だ。

 

 今よりもずっと幼かった頃に何度も勝負を挑んでみたものの、結局一度も勝つことは出来なかった記憶がある。

 

 あの時から成長した今はどれほど通用するのかを確かめてみたいのだが、どうやら近頃(ちかごろ)は忙しい様でその機会が中々(おとず)れてはこない。

 

 その隣では次期当主であり長兄であるガイウスが座っている、腰ほどまである青みがかった黒髪を揺らし流麗に戦う姿が非常に美しいと村内で評判らしく、彼が主に使っている修練場は他よりも女性の数が多いようだ。

 

 魔術と剣術を合わせた彼の戦闘法は相当な練度であると私も知っているのだが、私が何度も試合を申し込もうとも全く引き受けてはくれない。

 

 理由を聞いた時には『殺し合いになってしまう』とだけ、双方(そうほう)ともそこまでの戦闘狂では無いと思っているのだが、言葉を発したガイウスの瞳には嘘が見えなかった。

 

 それ以来、一度も試合を挑めずにいる。

 

「近々この道場でイルマ騎士団との合同訓練が行われることになってね、君達には騎士の方達との模擬戦をお願いしたいんだ」

 

 『イルマ騎士団』、この国の首都であるイルマの名を冠した騎士団だ。

 

 日夜厳しい修行を行っているであろう彼らとの合同訓練ならば、強者へと至る道のさらなる糧を得られるだろう。

 

「といってもここもそんなに広くないからね、今回来てもらうのは希望者の中から選抜された人たちだから君達の修行にもなるはずだよ」

 

 それを聞いてより一層楽しみになった、強者との戦いは己を強くすることにおいて大事な要素の一つだ。

 

「戦ってくれる人が来るの?やったやったー!」

 

 隣で小さな体躯ながらに、自分の背丈よりも長い刀を持った少女が喜び飛び跳ねている。

 

 彼女の名は『サリア』だと父上から聞いている、村の修練場を使っていた頃に数度見かけた事がある。

 

「ふふっ、きっと君の期待に沿える人が来てくれるよ」

 

「話は終わりか?それだけならわざわざ呼ぶ必要ねえだろ」

 

 ジリアンが気怠そうに立ち上がると、部屋から出ようと戸に手を掛ける。

 

「ジリアン、話はまだ終わっていない」

 

 ガイウスが鋭い視線を向けジリアンを(たしな)める、その際に放たれたとてつもない圧力は見事と呼ぶ他にない。

 

「ああ?」

 

 だがジリアンはその圧力にまったく動じることもなく、(むし)ろ更なる圧を放ちガイウスを(にら)み返した。

 

 正に即発(そくはつ)といった様子だが、この二人が顔を合わせると大抵はこうなる為、この場に呼び集められるような人間にとっては慣れたものだろう。

 

勿論(もちろん)それだけじゃないよ、今回は騎士団長も視察(しさつ)(おとず)れるそうだから」

 

 『騎士団長』の単語が出た途端(とたん)にジリアンは目を見開き視線を父上に向け、先程まで発していた圧を綺麗に消しさった。

 

 それを見たガイウスも同様に圧を収め再び(まぶた)を閉じる。

 

「これは君にとっても価値があるものだと思っているよ、ジリアン」

 

 ジリアンもそう判断したのか再びドカリと座りなおす。

 

 何でもジリアンにとって騎士団長という人間は憧れの存在らしく、いずれ彼の右腕として副団長になることが目標らしいとはリッドの(だん)だ。

 

 あまりそういうことは吹聴(ふいちょう)してやるなとは言っておいたが、ジリアンの態度(たいど)を見れば大抵(たいてい)の者はそれを(さっ)することは出来るだろう。

 

「それともうひとつ――、近隣の村近くで(ぞく)を見たって報告があった」

 

「賊が?」

 

 ジリアンが聞き返す。

 

「少人数みたいだけど、偵察(ていさつ)という可能性は高いからね、応援に来て欲しいとの話だよ」

 

(すで)に本隊が山のどこかに(じん)取っている可能性が高いと?」

 

 別の質問の声が上がる。

 

「恐らくはね」

 

 壁に貼られた地図を見ながら賊の規模(きぼ)と、自分ならばどこを取るかと狙われそうな立地を考える。

 

 情報を得る為に少数の先遣隊(せんけんたい)を組み偵察(ていさつ)させる慎重(しんちょう)さがあり、人員を容易(たやす)く割り当てられるだけの規模(きぼ)があると想定するならば。

 

 多くの人員を(かく)せる場所かつ、人里からそれほど遠くない場所であり、いざという時にすぐ逃げられる場所を探すだろう。

 

 相手の全容が(つか)めぬのならば、最大の脅威であると想定し、最悪を回避する対策を取るべしと書には記されていた。

 

 であれば今の想定すらも超える程の相手であると警戒をしておこう。

 

「つまりはその賊達をぶっ潰してくりゃいいんだな?」

 

 ジリアンが自身の拳同士を打ち付けながら気合を高めている。

 

 騎士団長がこの地へ来ると分かった今、何かを手土産にと考えているのだろう。

 

 だがこちらから攻め入るという案には賛成だ、相手が油断(ゆだん)をしている夜間などに攻め込めば相手の混乱(こんらん)を巻き起こし、さらには周辺への被害を最小限に抑えることが出来るだろう。

 

「いいや、君達には私とガイウスの二人が留守にしている間の護りを任せたいんだ」

 

「親父と兄貴だけ……?」

 

「えー!そんなのつまんないよ!」

 

 隣でサリアが私も行きたいと駄々(だだ)()ね始める、彼女の力の全容は分からないが流石に子供を戦わせるわけにはいかないだろう。

 

「サリア、(まも)ること立派(りっぱ)な戦いなんだ」

 

「せっかく実戦ができると思ったのに……」

 

 父上が(さと)すように声を掛けるも納得(なっとく)できないと(ほほ)(ふく)らませるサリア、やけに血の気が多いが一体どこから来ているのだろうか。

 

「それとアルマ」

 

「はい」

 

「近頃森の奥に行ってるようだけど、この件が解決するまでそれは(ひか)えてほしい」

 

「……」

 

「とは言っても賊をどうにかするまでの間だからね、その後は自由にしてくれて構わないよ。」

 

「――分かりました」

 

 不要(ふよう、)な心配はさせまいと余り人には言っていなかったが、どうやら気付かれていたらしい。

 

 それでも魔物のいる森へ行く事を止められていなかったという事は、ある程度の力を認めてもらっていたという事だろうか。

 

 それでも盗賊の討伐(とうばつ)に同行させてもらえないのは、まだ私が人を斬った事が無いからなのだろう。

 

 躊躇(ためら)いは人を殺す、それを理解しているから父上の判断ならば、受け入れるしかない。

 

「あなたは森に入ってるの?私はダメだって言われてるのに――」

 

 寝転(ねころ)がっていたサリアが起き上がり顔を向けてくる、その視線には覚えがあった。

 

 最近はすっかり感じなくなっていたものだ。

 

師範(しはん)様ー、私は何で入っちゃダメなの?」

 

 サリアは興味も無さそうにこちらから視線を外すと、父上に疑問(ぎもん)をぶつける。

 

「山は危険だし、迷いやすいからね」

 

「私は魔術つかえるのに――」

 

 小さく(つぶや)いたはずの言葉がやけに大きく聞こえた。

 

「サリア、あまりそういうことを言う物ではないよ」

 

「……」

 

 サリアは()ねたように(ほほ)(ふく)らませると、壁の方を向いてしまった。

 

 静寂(せいじゃく)と謎の緊張感(きんちょうかん)に支配された室内に、父上のため息が(ひび)いた。

 

「さて、今回の用件は以上、(みんな)下がっていいよ」

 

 その言葉と同時にジリアンは立ち上がると、すぐに部屋から出て行った。

 

 それに続くように、他の面々も足早(あしばや)に部屋を後にする。

 

 ガイウスはそのまま残るようで、目を閉じたまま()している。

 

 私もここで戻らせてもらおう。

 

「失礼します」

 

 建物から外に出ると、完全に日が沈んでいた。

 

「……」

 

 この世界では魔術を使えることが当たり前であり、産まれ持って魔術の行使(こうし)できない私はまさしく異端(いたん)だ。

 

 まだ幼いサリアがあのような発言をすることも仕方ないことだが、それでも唐突(とうとつ)なことに少し面食(めんく)らってしまった。

 

 それこそ幼い頃は魔術を使えないことを揶揄(からか)われる事も多かった、歳を重ねるごとに認めて貰えたのか今ではそういった事も無くなっていたが。

 

 道場に置かれている角灯(ランタン)の1つを取り出し火をつける。

 

 村には道を照らす(あか)りもあまり無い為、夜道は非常に暗くなる。

 

 私自身は昔から夜目(よめ)が効き、暗闇の中であろうとも不自由なく動けるのだが。

 

 人と出会った際に相手が驚きのあまり気絶してしまう事あった為、今では自分の居場所を知らせる意味で灯りを持ち歩くようにしている。

 

「……?」

 

 しばらく道を歩いていると見慣れた白黒の姿を見つけた、(そば)には食材の入った(かご)と光の無い(あか)りが転がっている。

 

「……ぐすっ」

 

「アニス、大丈夫か」

 

 (うずく)まった背中を照らしながら声を掛けると、一瞬身体を(ふる)わした後に涙に()らした顔が振り向いた。

 

「……アルマ様?」

 

「どうしたこんなところで、足でも(くじ)いたか?」

 

「あっ――」

 

 綺麗な手拭(てぬぐ)いを取り出し、涙を拭ってから彼女の手に握らせる。

 

「ありがとうございます――、実は魔光機(まこうき)故障(こしょう)してしまったみたいで……」

 

 アニスは転がっていた火の無い灯りを持ち上げる、それを受け取り動作を確かめてみると確かに光を発さないようだ。

 

 『魔光機』とは魔力を充填(じゅうてん)することによって光を発生させる魔道具であり、これが発明されたことによって油を使わずとも光源を確保することができ、魔術を扱うことが苦手であっても夜間の活動が苦にならない優れものだ。

 

 ただし通常の角灯や松明(たいまつ)などと比べて高い頻度(ひんど)整備(せいび)を求められる為、技術師(きじゅつし)が少ない場所では未だに松明などが重宝されている。

 

「大変だったな、立てるか?」

 

「へ?あ、その……」

 

 一先ず立たせようと手を伸ばすが、こちらの手と顔を交互(こうご)に見て困惑(こんわく)するばかりで動かない。

 

「買い物を頼まれたのだろう、早い所帰らなければアルスに叱られてしまうぞ」

 

「あ、は、はいっ!」

 

 ようやく掴んでくれた手を引き立ち上がらせ、食材の()められた(かご)を拾う。

 

「ありがとうございます……」

 

「気にするな、では行こうか」

 

「はい!」

 

 返事を聞き、なるべくゆっくり歩きだす。

 

 闇を恐れているであろう彼女の方に灯りを傾けながら周囲へ気を配る、幾ら人里の中とはいえ山に賊が入ったと言われた手前だ、慎重にしておくに越したことは無いだろう。

 

 ――――

 

「さて、どうしたものか……」

 

 アニスを屋敷(やしき)に送り届けた後、食後の運動でもしようと刀を掴んだところで、父上に山へ入ることを止められていたことを思い出した。

 

 近場の修練場に行こうにも、全力を出せないため多少物足りなくなってしまうだろうか。

 

「……ふむ、弓だけなら迷惑も掛からないか」

 

 立て掛けた弓と矢筒(やづつ)背負(せお)い、一応は刀も腰帯(こしおび)()しておく。

 

 近場の射撃場にやってくると夜という事もあってか門生(もんせい)は数人程しか残っておらず、弓を(はじ)く音、的が貫かれる音だけが響いている。

 

 呼吸音すら躊躇(ためら)うような静寂(せいじゃく)に、自然と心が引き()まる。

 

 矢筒に入っている実戦用の物を取り出しておき、壁際に置かれている壺から訓練用の矢を(まと)めて掴み矢筒へ入れる

 

 立ち位置に着き、背中から弓を外し前方に構え、矢を一本引き抜き(つが)える。

 

「ふぅ……」

 

 一度息を吐き心を(しず)め、息を吸いながら(つる)引き(しぼ)っていき、そして右手を離し最初の一矢を解き放つ。

 

 放たれた矢は空気の壁を引き裂きながら突き進み、設置されている的を真っ二つにすると、その背後の丸太をも貫通し、その勢いのまま反対側の壁に深くまで突き刺さった。

 

「やってしまった……」

 

 訓練用の矢であれば全力で撃っても大丈夫だろうと()んでいたが、これは予想外だった。

 

「相変わらず、見事な剛射(ごうしゃ)っぷりね」

 

「リズ、見られてしまったか」

 

 声の方を向くと同門(どうもん)()であるリズリー=リベットが苦笑(くしょう)をしながら歩いてきていた、その両手にはそれぞれ弓を持っている。

 

 長い髪を後ろで1つに(まと)纏めているのは、彼女も修練に来ていたからなのだろう。

 

「壁を穴だらけにする前にこっちを使ってもらえるかしら?その弓は威力(いりょく)が強すぎるわ」

 

 そう言って片方の弓を差し出してくる。

 

「すまない、見誤(みあやま)ったようだ」

 

「私に謝られても困るわ」

 

 弓を受け取り、持っていた方を壁に掛ける。

 

「貴方には張力(ちょうりょく)が物足りないでしょうけれど、そのくらいの弓を使うのも良い経験訓練(くんれん)になると思うわ」

 

 リズから受け取った弓は自分の物と比べても小さく、試しに弦を引くとやはりかなりの軽さを感じる。

 

 だがリズの言葉にも同意できる、戦闘時に弓の弦が切れるなどの緊急事態が起きた際には敵の物を奪ってでも対応しなければならない、その予行演習として経験を()んでおくのも良いだろう。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして、それじゃ」

 

「ああ」

 

 歩いていく彼女を見送ってから、弓矢を構えるがやはり軽い。

 

「ッ!」

 

 試しの一射目を撃つが、矢は標的に直撃する事なく大きく飛び越し地面に突き刺さった。

 

「少し引き過ぎた」

 

 今の弓を使うまではこの弓を使っていたのだが、歳を重ねて力が強くなってからは触れる機会も無くなっていた、その為か少々力の加減が難しい。

 

 リズの方を見ると、丁度弓を構えている。

 

 矢筒から一度に三本の矢を引き抜き弓に(つが)え、右手に残りの二本を持ちながら、弦を引き。

 

「ふっ!」

 

 そして弦を解放する、さらに二射、三射と続けて放つ。

 

 連続で放たれた矢は、離れた場所に設置された三つの的の中心を見事に貫いた。

 

 その流麗(りゅうれい)たる一連の動きは正しく鍛練(たんれん)賜物(たまもの)であり、精密(せいみつ)な射撃能力は門下一(もんかいち)と称されている。

 

 何か盗める技は無いかと、彼女の一連の動きを観察しているとふいに目があった。

 

「どう?あなたのお眼鏡にかなう出来だったかしら」

 

「ああ、美しかった」

 

 素直に称賛(しょうさん)を伝える。

 

 以前も弓の指南(しなん)(あお)ぎたいと頼んでみたのだが、『貴方には必要無いと思うけど』と断られてしまった。

 

 それでもたまに意見を貰えるのは彼女の優しさだろう。

 

「……はあ、まったく」

 

 ため息を吐かれてしまった。

 

 彼女はたまにこういう事がある、称賛(しょうさん)の声は素直に受け取れば良いだろうと伝えたが。

 

 『そういうことじゃないわよ』と怒られてしまった。

 

 ――――

 

 手持ちの矢を撃ち尽くした為、再び補充(ほじゅう)に向かうと矢の入った(つぼ)が空になっていることに気付く。

 

「少々一人で使い過ぎたか」

 

 昔から修行になると熱中しすぎてしまう所があるというのは自覚していたが、こうして迷惑をかける可能性があるのならば少し(あらた)めるべきかもしれない。

 

 倉庫に向かい矢を(まと)めてあるものを運び出し(つぼ)へ補充していく、正直まだ動けるのだが今日の所はここまでにしておくとしよう。

 

 訓練用の弓を戻し、持ってきていた自分の弓を背負う。

 

「あら、貴方も引き上げる所かしら」

 

 汗を拭いながらリズが近づいてくる。

 

「ああ」

 

 (くつ)()き射撃場を後にする。

 

「星が綺麗(きれい)ね、この村だとそれがよく分かるわ」

 

「そうだな」

 

 同意して名も知らぬ星々達を(なが)める、十数年この村で生きもはや見慣れてしまった景色だが、美しいと思う感情に変わりは無い。

 

「向こうでは夜もずっと明るい聞くが」

 

 彼女は王都近郊(きんこう)の魔術学園に通っており、そこで魔導弓(まどうきゅう)について学んでいるらしい。

 

「そうね、暗い夜道を歩かずに済むのは安心できるけれど、少し(さみ)しくはあるわ……」

 

 技術の発展した都市では、魔術により生み出された光によって夜空の星が(おお)い隠されてしまっていると聞いたことがある。

 

 闇から逃れられるようになった反面(はんめん)、こういった美しい景色が見えなくなってしまう事が惜しいと感じてしまうのは果たして贅沢(ぜいたく)なのだろうか。

 

「じゃあ私はこっちだから」

 

「良ければ送っていこう」

 

「ありがたい提案ではあるけれど――、今回は遠慮(えんりょ)しておくわ」

 

「そうか、ではまたな」

 

「ええ、またね」

 

 リズリーの背中が見えなくなるまで見送った後、屋敷(やしき)の方へ歩き出す。

 

「あのどれかには、同じようにこちらを見つめている者がいるのだろうか」

 

 空を眺めながら空想的な、そんな事を考える。

 

「――っ!なんだ、今の悪寒(おかん)は」

 

 底冷(そこび)えするような黒い気配を一瞬だが感じた、それも、それほど遠くない場所からだ。

 

「向こうの方か……」

 

 父上に入るなと言われた山の方角だった。

 

 こんな気配は感じたことが無い、未知の魔物か、それとも別の何かなのか。

 

「行くべきか、応援を呼ぶべきか……」

 

 リズはすでに居らず、周囲にも人の気配は感じない。

 

 見逃すという選択肢はない、力の無い誰かに被害を及ばす可能性があるというのに放ってはおけない。

 

 こうしている間にもゆっくりとだが気配は村へと近づいて来ているのだ、こうして迷っている時間はない。

 

「……」

 

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