武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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逃避の終焉

 

 

 (あか)りの無い一室に一人の男がいた。

 

 ガルマ=リゾール、この(しろ)(あるじ)だ。

 

 壁に掛けられた絵画(かいが)には精悍(せいかん)な顔付きをした壮年(そうねん)の騎士と、金の髪が美しい妻、そして白金(はくきん)の髪を肩まで伸ばした幼い娘が描かれている。

 

 しかし、そこに描かれていた人物は今や何処(どこ)にもいない。

 

「そろそろ妻達と()う時間だ……」

 

 リゾールは酒を飲み干し空き瓶を投げ捨てると、ゆらりと立ち上がり床に転がる酒瓶(さかびん)蹴飛(けと)ばすのも構わずに扉を目指す。

 

 一歩進む度に酒で(ふく)らんだ腹が()れ、鼻の辺りまで伸びた白髪(しらが)の混じった金髪が()れ動く。

 

 髪の隙間(すきま)から(のぞ)くその双眸(そうぼう)生気(せいき)はなく、表情筋(ひょうじょうきん)()れ下がり実年齢よりも圧倒的(あっとうてき)()(くさ)っている。

 

「何やら(さわ)がしい――どうでもよいか……」

 

 ただ聞こえたから反応したという様子で立ち止まるが、その事をすぐに頭の外へ追い出し扉に手を掛けようと手を伸ばす。

 

 その瞬間(しゅんかん)(いきお)いよく扉が開き若い青年が表れた。

 

 息も()()えながも顔を上げた青年はリゾールの余りの人相(にんそう)に表情を固めるが、すぐに思考(しこう)を切り替える。

 

「リゾール様!ケンド侯爵(こうしゃく)(つか)いと名乗る者が現れました!」

 

「どういう事だ」

 

「リゾール様に用があって来たと……!」

 

「人数は」

 

「それが、一人でして……」

 

 リゾールは地下の事がバレたのかと(まゆ) 顰(ひそ)めるが、そんなはずはないと、取引相手は情報が()れる脆弱(ぜいじゃく)さや口の軽さとは真逆の存在だと考え直す。

 

「追い返せ、人と会っている時間など無い」

 

 そう吐き捨て再び歩き出す。

 

「いえ、その者は既に城へ入って来ています!」

 

「何……?騎士達は何をしている!」

 

 リゾールは足を止め(つば)()()らしながら怒鳴(どな)ると、青年は(こま)ったような表情をした後に口を開く。

 

(ほとん)ど騎士は、ザーウェイの騎士と合同訓練を行う為に城外へ出ています……」

 

 リゾールは不愉快(ふゆかい)そうに表情を(ゆが)めると、部屋に戻り(ほこり)を被った剣を引っ掴み再び廊下(ろうか)へ歩き出す。

 

「リゾール様、何を……」

 

「騎士を城へ呼び戻せ!侵入者(しんにゅうしゃ)を捕らえ処断(しょだん)する!」

 

 リゾールは肩で息をしながら、大股(おおまた)で歩き出す。

 

「ケンド侯爵(こうしゃく)使者(ししゃ)を捕らえれば、反乱(はんらん)だと受け取られる可能性が――」

 

(だま)れ!私に口答えをするな!」

 

 大量に出没(しゅうぼう)している魔物共に対応(たいおう)を追われ、森に住み着いた盗賊を追い出す事すらも出来ない兵力なぞ恐れる必要はない。

 

「し、しかし……!」

 

 男が食い下がるとリゾールは剣を抜き払う。

 

「――っ!」

 

「くどい!貴様も逆らうか!」

 

 リゾールが(さや)(ほう)り投げ剣を()り上げた直後、一本の矢が二人の間を通過し部屋の壁へ深く()き刺さった。

 

「――何者だ!」

 

  リゾールと斬りかかられた男が視線を向けると、黒い髪の男が(するど)い視線と共に大型(おおがた)の弓を向けていた。

 

領主(りょうしゅ)ケンドの(めい)によりガルマ=リゾール、お前を拘束(こうそく)する」

 

 黒髪の男は矢を二本を掴み、一本を弓に番え(つる)を引き(しぼ)る。

 

「今すぐ武器を捨て床に膝を付けよ」

 

「『フレア・ス』――ぐっ!」

 

 リゾールが魔術を起動(きどう)しようとした瞬間に放たれた矢は、右肩に浅く突き刺さり身体を仰け反らせ、無理矢理に剣を手放させた。

 

「ぐっ……!」

 

魔術障壁(まじゅつしょうへき)か」

 

(咄嗟(とっさ)障壁(しょうへき)を作っていなければそこで終わっていた……!)

 

「おのれ……!」

 

 リゾールは黒髪の男を(にら)みつけながら、この状況(じょうきょう)からどうやって逃れるかを久方振(ひさかたぶ)りに頭を回転させて考える。

 

(私が最速で発動できる魔術でもこの男の弓より(おそ)い、どうにかして(すき)を作らなければ……)

 

「一体なんの権利(けんひ)があって私を拘束(こうそく)するなどと!」

 

 リゾールは相手に気取られないように少しずつ体内の魔力を練り上げ、全身に行き渡らせ肉体を活性化(かっさいか)させていく。

 

「このような事が知れ渡れば!諸侯達(しょこうたち)反乱(はんらん)()けられぬぞ!」

 

(あの頃であればこの程度の魔術なぞ苦にせず起動できたというのに――!)

 

 日頃の不摂生(ふせっせい)による肉体の(おとほ)えに歯噛(はが)みしながら、どうにかして相手の気を()らすべく口を動かし続ける。

 

「私がこの地にどれだけの貢献(こうけん)をしてきたか!その(むく)いがこれだというのか!」

 

「お前も分かっているのだろう」

 

(乗ってきた……!)

 

 リゾールは相手が会話に乗ったことに内心(ないしん)狂喜(きょうき)する、この者は容易(たやす)(ぎょ)する事ができる素人(しろうと)だと。

 

「なんのことか……」

 

 会話を続けると共に、脳内(のうない)で複数の魔法陣を描いていく。

 

「私にはさっぱり……」

 

(廊下(ろうか)は直線で逃げ場は無い、多少(しろ)被害(ひがい)を受けるだろうが後で直させれば良いだけのことだ)

 

「分からんなァッ!」

 

 リゾールは脳内(のうない)で描いた複数(ふくすう)の魔術を同時に展開する。

 

「―ーっ!」

 

 黒髪の男が放った高速の矢は、リゾールの前に何重にも展開された障壁(しょうへき)(ふせ)がれ(くだ)()った。

 

 それを認識(にんしき)すると同時に男は刀に手を掛け走り出すが、幾つも放たれた魔術の雨が襲い掛かり廊下の中を爆煙(ばくえん)を満たす。

 

(一人で乗り込んでくるような男だ、この程度(ていど)で死んだとは思わん!)

 

 リゾールはさらに巨大な魔法陣を展開する、だがそれと同時に、黒煙(こくえん)()き破り(ほとん)無傷(むきず)の男が表れた。

 

(やはりか!)

 

「『イラエ・コルマーナ』!」

 

  三色の膨大(ぼうだい)な魔力の塊が合わさり、巨大な一つの柱となって男を飲み込まんと、壁や天井を(えぐ)りながら(せま)っていく。

 

「消し飛んでしまえ!」

 

 そして、轟音と共に光の柱が過ぎ去り、魔術に()まれ崩壊(ほうかい)した(かべ)と熱で(すす)けた空間(くうかん)(のこ)った。

 

「おい、魔力探知をしろ」

 

「は、はい!」

 

 命令を下された男が魔術を起動(きどう)し周辺を(さぐ)るが、探知されるのは日頃(ひぞろ)見知った魔力の反応だけだった。

 

「……反応ありません」

 

「ふん、肉片(にくへん)(のこ)らず消滅(しょうめつ)したか」

 

 (きょう)()がれたような表情をしたリゾールが歩き出そうとすると、窓を砕きながら黒髪の男が飛び込んで来た。

 

「なにっ!?」

 

 リゾールが咄嗟(とっさ)障壁(しょうへい)展開(てんかい)するが一刀(いっとう)(もと)(きり)り裂かれ、男に腕を掴まれ床に引き倒される。

 

「ぐあっ!」

 

 その場から離れようするが全く動かす事が出来ず、膝で背中を押されその場に固定される。

 

(なんという力……!)

 

 男は懐から手枷(てかせ)を取り出すとリゾールの手首にそれを()め、もう片方の手も掴み強引に張り後ろで固定する。

 

「魔封じの(じょう)か!――何をしている私を助けろ!」

 

「……っ!」

 

 男は仕込みナイフを抜こうとしたが、男に目を向けられただけで動くことが出来なくなる。

 

「役立たずめ……!」

 

「ガルマ=リゾール、お前を奴隷(どれい)所有(しょゆう)(およ)び、盗賊(とうぞく)への資金提供(しきんていきょう)の罪で連行(れんこう)する」

 

「し、証拠(しょうこ)何処(どこ)にあるというのだ!私が奴隷(どれい)所有(しょゆう)などと――」

 

 その時、城の上空で赤い光が弾けた。

 

「な、なんだ」

 

「地下に居た者達を城の外へ連れ出した知らせだ」

 

 男はリゾールの(えり)(つか)み、片手で立ち上がらせる。

 

「私の、妻達が……」

 

「……」

 

 ――

 

 リゾールを歩かせ修練場(しゅうれんじょう)へ向かうと、騎士達が整列して待っていた。

 

 離れた所では(とら)われていた者達が、同性の騎士達に(まも)られるように座っている。

 

「この者を(おり)馬車へ」

 

「は!」

 

 リゾールを引き渡し、次の作戦を伝える為にベガの下へ歩いていく。

 

「まさか本当に一人で完遂(かんすい)しちまうとは、もはや恐ろしいな」

 

「協力者を()られたのは大きかった、護る者が増えては行動もし辛かっただろうからな」

 

 私一人ではさらに時間が掛かっていただろう、リゾールに気付かれ取り逃してしまう事はどうしても()けたい事案(じあん)だった。

 

「アルマ殿」

 

「どうした」

 

 質の高い(よろい)を身に(まと)った騎士、恐らく隊長格であろう五人が目の前に整列する。

 

我等(われら)不甲斐(ふがい)ないばかりに!大変申し訳ない!」

 

 白い大鎧を纏った騎士の言葉と共に、一斉(いっせい)に頭を下げられる。

 

 (つか)える主の(あやま)ちを止められなかった事、部外者を事態(じたい)に巻き込んだ事への謝罪(しゃざい)だろう。

 

「頭を上げてくれ、それをするべき相手は私では無いだろう」

 

「……」

 

「そして、まだ任務が終わったわけではない」

 

 (ふところ)から紙を取り出し手渡す。

 

「これは……?」

 

「この者達を(とら)らえてくれ、恐らくリゾールから直に地下牢(ちかろう)監視(かんし)を命じられている」

 

「っ!分かった……!」

 

城内(じょうない)及びリゾールが盗賊と(つな)がった経路(けいろ)調査(ちょうさ)(まか)せたぞ」

 

「必ず成果(せいか)を出してみせよう」

 

 全てを任せることに不安が無いわけではない、だが私にもやるべき事がある、あまり立ち止まってはいられない。

 

「ザーウェイへ戻る、騎士を集めてくれ」

 

 馬車へ歩きながらベガへ指示を出す、自分の役割はここで終わりだ。

 

「分かった――」

 

「な、なにをする!」

 

 突然(とつぜん)(さけ)び声が聞こえ視線を向けると、保護(ほご)をした女性の一人がリゾールを(なぐ)り付けていた。

 

「や、やめろお!」

 

「誰がお前なんかの!アタシがお前なんかにィ!」

 

 すぐさま走り出し、女性の両腕(りょううで)を後ろから(つか)みリゾールの(そば)から(はな)制止(せいし)させる。

 

「そこ(まで)にしておけ」

 

「離せ!こんな奴殺してやる!」

 

「……この者は民衆(みんしゅう)の前で処刑(しょけい)される」

 

 女性を振り向かせて耳元に口を()せ、小声でこれから起こることを告げる

 

「……っ!」

 

 此方(こちら)の顔を見上げると、嫌悪(けんお)憤怒(ふんぬ)に満ちていた表情が、悲痛(ひつう)なものへと変わり(なみだ)(こぼ)れ落ちる。

 

「お願いします、殺させて下さい……」

 

「すまない、この者にはまだ役割(やくわり)がある」

 

 肩を以て女性を騎士達に(あず)け、リゾールと向き合う。

 

「お前!私の(つま)に何を――むぐっ!」

 

 これ以上余計な事を(しゃべ)らないよう、リゾールの口を(ふさ)ぐように顔を(つか)んで持ち上げる。

 

「何をしている――、早くこの者を連れていけ!」

 

「は、はい!」

 

 (ようや)く動き出した騎士達にリゾールを(ほう)り、放心状態(ほうしんじょうたい)の女性の背中(せなか)を押し女性隊員(じょせいたいいん)に後を任せる。

 

 その後、檻馬車へ収容する様子を見送っていると白鎧の騎士が走ってきた。

 

「紙に書かれていた者達を全員捕らえたがどうする」

 

(おり)馬車へ収容(しゅうよう)してくれ、ザーウェイへ移送(いそう)する」

 

「分かった、馬車へ連れていけ!」

 

「は!」

 

 ――

 

「リゾールの妻が亡くなられたのは、彼が戦場に立っていた時のことらしい」

 

 ザーウェイへ戻る馬車道中、情報を集めていたベガからリゾールの話を聞いていた。

 

「元々身体が弱かった娘さんも、母親の後を追うように息を引き取ったそうだ」

 

 そして倒錯(とうさく)したリゾールは盗賊から人を買った、境遇(きょうぐう)に同情は出来るが行動に理解など出来ない。

 

(やつ)と盗賊を引き合わせた者がいるはずだ」

 

「そうだな、考えられるのはやはり貴族か抱えの商人ってところか」

 

 盗賊が持っていた取引帳簿(とりひきちょうぼ)に書かれていた貴族の中に、リゾールと親しい者がいるのかも知れない。

 

 (よく)(くら)んだ商人が賊と(つな)がり貴族との橋渡(はしわた)しをした可能性も高い、危険性は高いがリゾールの状況(じょうきょう)心境(しんきょう)(くわ)しく知ることが出来たならば、甘言(かんげん)(あやつ)(まど)わす事も出来ただろう。

 

領主(りょうしゅ)がいるザーウェイの騎士団との合同訓練を怪しむこと無く受けたのだ、賊と(つな)げる事は容易(たやす)かった(はず)だ」

 

大戦(たいせん)英雄(えいゆう)所詮(しょせん)は人の子ってか、心の(すき)を突かれれば簡単に道を()(はず)すもんなんだな」

 

 (いく)心身(しんしん)(きた)え、武技(ぶぎ)(みが)き上げようとも、()の弱みを完全に消し去る事は出来ない。

 

 リゾールにとってのそれは愛する家族を失う事だったのだろう。

 

 ――

 

 (しばら)くの馬車旅を終え、ベガと共にザーウェイの地に降りる。

 

「民間人だってのにここまで巻き込むどころか、解決までさせちまって悪かったな」

 

「なに、此方(こちら)の目的も果たす事が出来た」

 

 セレナの使用人達を救出する事が出来たのはまず僥倖(ぎょうこう)だった、これで姉妹二人だけでなくなり多少は心細くも無くなるだろう。

 

「リゾールの移送だが、後は任せてもいいだろうか」

 

「それは構わんが、なにか急ぎの用事でもあるのか?」

 

「捕らわれていた者達を、無事に送り届ける約束があるのでな」

 

「そうか、じゃあそっちの護衛(ごえい)は任せたぞ」

 

「ああ」

 

 ベガと別れ護送用(ごそうよう)の馬車(ぐん)()け足で合流する。

 

「アルマ指揮官、此方(こちら)に乗って下さい!」

 

「助かる!」

 

 先の潜入作戦で共に城へ入った騎士の一人に呼ばれ、走る馬車に速度を合わせ屋根に飛び乗り御者台(ぎょしゃだい)()りる。

 

「見事な身のこなしですね……!」

 

修行(しゅぎょう)賜物(たまもの)だ、……彼女達の様子はどうだ」

 

「今は皆寝ています、(ようや)()られた心の休める一時でしょうから」

 

「そうか」

 

 皆檻(みなおり)の中では気丈(きじょう)()()っていたが、精神(せいしん)相当(そうとう)()()らしていた事だろう。

 

 時間は()かるだろうが、彼女達の心身(しんしん)(いや)される事を願おう。

 




ガルマ=リゾール
かつての戦場で英雄と呼ばれる程の戦果を挙げた男であったが
家を空けていた際に妻を亡くし、身体の弱かった娘も後を追うように亡くしてしまった
心の弱った彼は気が狂い、闇に落ち奴隷へと手を伸ばした
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