騎士団詰所の正門を通り、建物の傍に止まった所で御者台から降りる。
続いて馬車を操縦していた騎士が降り、胸に手を当て敬礼をする。
「アルマ指揮官、お疲れ様でした」
「ああ、手を貸してくれて助かった」
「私達は自らの役割を果たしたまでですから」
「そうだな」
馬車の扉をゆっくりと中を確認する、まだ眠っているようだ。
「彼女達を連れてきてくれ、私は人を呼んでくる」
「了解しました」
幾ら相手が助けられた人間とはいえ、寝覚めて直ぐ目の前に男が現れるのはまだ恐ろしいだろう。
人を呼ぶ為に建物を目指し歩き出すと扉が開かれ、見知った騎士達が現れた。
「アルマ殿、無事に戻ったか」
「ああ、馬車に保護した者達が居る、五人が休める程度の部屋を用意してくれ」
「すぐに用意させよう」
騎士が手を上げると控えていた一人が建物の中へ走っていった。
馬車から五人が降りてきたのを見て騎士達が駆け寄ろうとするのを手で制止する。
「……彼女達の案内役は同性の者だけにしてくれ」
五人に気を使わせていると思わせないよう、なるべく抑えた声で告げると騎士は目を見開き小さく頷いた。
「私が案内をします」
「任せたぞ、アルマ殿も中へ、シーラン様より預かっている物がある」
騎士の後に続き建物の中へ入ると、石積の外観からは想像できない豪勢な空間が広がっていた。
広間の中央には青く透き通った巨大な鉱石が設置され、壁際には左右対称の様に置かれた装飾の凝った金色の鎧や勇ましい魔獣を模した像が並べられ、壁には何処かの風景を描いた絵が掛けられている。
「……これらは商人達から
困ったように苦笑する騎士。
「領地内の者達と友好的であるのは悪い事ではない」
増長して各地から買い付けている訳ではないようだ、そういう者達であれば中になど飾らず表に並べているか。
広間を抜け階段を登り、通路を奥へ行った位置にある一室へ通された。
「アレを持ってきてくれ」
「はい」
騎士の一人が部屋の外へ出ていく。
「今回の件もそうだが、アルマ殿には随分と迷惑を掛けた」
「自らやった事だ、問題ない」
「そう言って貰えるのは有り難いがな……」
何やら複雑そうな気がしている、騎士ではない民間人が活躍するのは民からの信頼を揺るがす程の事だろうか。
「失礼します、例のものをお持ちしました」
部屋に戻ってきた騎士が中央に置かれた机の上に、2人がかりで大きな包を乗せる。
「これはアルマ殿への礼だ、中を確認してみてくれ」
言われるがまま包に近づき上の方で縛られている封を解くと、その中には金に輝く硬貨が大量に詰められていた。
「是非受け取ってほしい、これは騎士団の総意だ」
「気持ちは有り難いが私も旅の最中だ、このような物を渡されても荷物なってしまう」
重量に関しては大したことは無いだろうが、これを身に着けていては行動に制限が掛かってしまう。
「ならばこれを使って欲しい」
「これは?」
騎士が机に置いたのは中央には赤い石が埋め込まれた黒く薄い板だった。
「これは騎士団の技術部が開発した通貨専用魔道具、つまりは財布だ」
「魔導具……」
「使い方を見せよう」
布袋の中に手を入れ数枚の硬貨を取り出し机に並べ、魔導具を硬貨の上に載せて赤い石の部分に人差し指を乗せる。
「この部分に魔力を流し込む事で……、収納する事が出来るんだ」
赤い石が光ったその直後、効果が板の中へ吸い込まれていった。
「見事な物だな……」
手渡された板の赤い石に触れてみるが、何も起こらない。
やはり魔力を扱えなければ、使用できない代物のようだ。
「アルマ殿?」
「私には魔力が無くてな、魔導具の類を扱う事は出来ないんだ」
故郷にあった魔導具はみな充填式であり、魔力を操る事の出来ない私でも扱えていた。
初代当主が魔術無い世界出身の人間であり、そのままでは不便だとそういった物を揃えていたのだろう。
「……!済まなかった、盗賊の討伐やリゾールの件で魔術を扱える前提で考えていた」
騎士は深く頭を下げる。
「気にしないでくれ、そう考えるのが普通の事だ」
不要な事で頭を下げさせてしまった、今後は気を使わせないよう予め魔術が使えないと伝えていく方が無難なのかもしれない。
「そうか……」
「しかし
先程まで黙っていた、眼鏡を掛けた騎士が疑問を口にする。
「おい……!」
「私の身体は生まれつきおかしくてな、魔力は無いが普通の人間よりがずっと力が強く、頑丈だったのだ」
「なんと……!それは非常に面白いですねぇ、いつか貴方の身体を調べさせていただきたいものです」
騎士は目を見開き、輝かせる。
その視線からは何処か熱が籠もっているような、純粋な何かが伝わってくる。
「すまんな、こいつはずっとこうなんだ……」
「僕が変みたいな言い方をするなんて失礼ですねぇ」
呆れたように頭を抱える隊長と、眼鏡を光らせながら抗議する騎士。
「哀れまれるよりずっといい、それに元より魔導学術園にて調べて貰うつもりだ」
「ほう、僕の母校にですか」
「あそこまで続く道も魔物が多くでている、それに行方不明者も増えているらしくてな、まったく情けない話だ」
騎士は壁を叩き、悔しさを滲ませる。
近年の魔物の活発化、その対応に追われ盗賊をのさばらせていた、騎士の誇りをこれ以上と無く傷つけられていることだろう。
「だが私達は戦い続けるしか無いだろう、この武は民を護るためにあるのだから」
「ああ……、そうだな!」
何故魔術が使えない身体に産まれたのか、何故人よりも頑丈な身体をしているのか、その意味は未だ見出せてはいない。
だがこの力にはきっと理由がある。
旅を続けていればいつか見つかるかもしれない。
その為にも、先へ進まなければ。
「素敵な心意気ですねぇ!……所でこのお金どうします?」
「まったくお前は……、街には金融屋があるから邪魔になるようならそこへ行くといい、俺も金を預けている」
「僕もです、我々騎士の目もありますから、そこが一番安心かと思いますねぇ」
金融屋という施設を聞いたことは無いが、騎士の面々が使っているのなら多少は安心出来る。
「ふむ、良いことを聞いた、後ほど行ってみるとしよう」
「話したいことはこれで全部だ、付き合わせて悪かったな」
「構わない、したくてやった事だ」
硬貨の詰まった布袋を肩に担ぎ上げる。
「おお、流石の怪力っぷり」
「入り口まで送ろう」
「その前に人と会ってもいいか?」
「ああ」
騎士達の後に続き広間へ降り、セレナ達が居るという部屋まで向かうとカルミナが壁を背にして立っていた。
「出立前には声を掛けてくれ」
「分かった」
騎士達は広間の方へと戻っていった。
「カルミナ」
「!」
歩きながら声を掛けると、カルミナが勢いよく振り向き駆け寄ってくる。
「アルマ様……!貴族へ挑まれたとお聞きしておりましたが、お怪我はありませんでしたか……?」
「ああ、この通り無事だ」
カルミナは安心したように、胸に手を当て小さく息を吐く。
どうやら心配を掛けさせていたようだ。
「他の者達はこの中か?」
「はい、セレナさんとアーティアさん、それと使用人の方々はこの中に、他の方々は先程迎えが来られお帰りになられましたわ」
「一足遅かったか……」
出立の前に挨拶をしておきたかったが、無事に家の者と合流できたのは喜ばしい事だ。
「カルミナは何故部屋の外に?」
「折角の再会ですもの、水入らずにして差し上げようかと」
「そうか、優しいのだな」
「ありがとうございます……、ふふっ」
カルミナは表情を綻ばせると、口元を隠して笑う。
「カルミナの迎えはまだ来ていないのだな」
「はい、
「そうか」
談笑を続けているとふと部屋の扉が開かれた。
「カルミナさんごめんなさい!話すのに夢中になっ……て……て?」
部屋を飛び出して来たセレナと視線がぶつかった、また泣いていたのか目の周りが赤くなっている。
「あ、あ……アルマ様!」
胸に飛び込んで来たセレナを受け止める。
「セレナさん、いきなり殿方に抱き着くなんてはしたないですわよ」
「あ……、ご、ごめんなさい、うれしくてつい」
顔を赤くしたセレナが素早く側を離れ、両手で顔を隠す。
「一先ず部屋へ入ってもいいか?話がしたい」
二人姉妹とその使用人達のこれからについてだ、頼る者の居ない彼女達がどうするべきなのかを考えておきたい。
「はい……!」
共に部屋へ入ると、緊張した様子の使用人達に出迎えられた。
助けた張本人とはいえ警戒するのは当然か。
「あるまさまー!」
勢いよく飛んできたアーティアを受け止めると、身体に抱き着いてきた。
「すごいすごい!本当に三人共助けてくれたんだ!」
「約束したからな」
輝く翡翠の瞳で見上げてくるアーティアの頭に手を乗せ撫でる。
――
「セレナはこれからどうするつもりだ?」
「どうする、べきなんでしょうか……」
セレナは紅茶の入った器を置き俯いてしまう。
様々な事から解放されたばかりの彼女には少々急すぎた質問だろうか、だがこのまま騎士の施設に身を置く訳にはいかないだろう。
「私達には帰る場所もありません、資産も今身に付けている物が全てです……」
着の身着のままの状態で屋敷を飛び出し、現在も身に付けているものも私が買い与えた物だ。
「
セレナが家を飛び出した要因を考えれば貴族の屋敷に匿って置くことは難しいだろう、その者達は未だに探し回っているかもしれないのだ。
「考えてくれただけでも嬉しいです」
セレナが力無く微笑む。
「貴族同士ではやはり難しいか」
「はい、信用と繋がり力の地盤を固めるのが貴族社会ですもの、もしその関係を妨害するような姿を見せれば立場が一気に危うくなります」
とはいえ貴族以外の者に彼女達を任せる事も難しいだろう、幾ら金を積み約束させようとも追い詰められ差し出される可能性もあるのだ。
貴族では薄く、戦う力があり、金銭では揺るがない確かな地位がある者で無ければならない。
「んぅ……、ある、さま……」
寝言と共に軽い金属のぶつかる音が聞こえ視線を下げると、膝の上で眠るアーティアの手でも触れたか連盟具が床に落ちていた。
「話してみる価値はあるか……」
連盟は貴族との関わりが薄く、彼女達を護るだけの戦う力があり、各地に支店を展開するだけの桁違いな資金力がある。
アーティアが起きないよう彼女の身体を抱え上げ、長椅子に移してから連盟具を拾い上げる。
「アルマ様?」
カルミナが不思議そうな目で此方を見上げる。
「少し外へ出てくる」
依頼の品を受け取るついでに相談をしてみよう、保護は出来ないにしても有益な情報が手に入る可能性は高い。
――
「ようこそれんめ……、あっ」
連盟の建物に入ると受付嬢と一番に目が合ったが、途端に表情が固まり裏へと下がって行ってしまった。
併設された酒場からも幾つもの視線を感じる。
「アルマ殿戻られましたか……!」
仕事相手だった行商人のコラルが酒場から駆け寄ってきた、その表情はやや悪く見える。
「コラルか、一体どうした」
「騎士の方々に連れて行かれたとお聞きしました……、ですがご無事なようで何よりです」
「確かに連れられはしたが……、それ程に焦るような事なのか?」
「騎士団には街の治安を維持する役目もございますからね」
「そうか」
それに連れて行かれた私は、拘束されたと勘違いされていたようだ。
「リアメインはここにいるか」
「リアメイン殿ですか?ええ、恐らく居られるかと」
「リュウガンジさん、支部長がお呼びです……」
裏から戻って来た受付嬢が怯えながら話しかけて来た、それ程に私は恐ろしいのだろうか。
「すぐに行こう」
————
「戻ったね、アルマ」
なにやら書類の作業をしていたらしい、眼鏡を掛けたリアメインに出迎えられた。
「仕事の依頼をしてすぐに騎士団に連れて行かれたと聞いたけど、無事に戻ってくれて安心したよ」
「ああ」
「小耳に挟んだけど、貴族様に喧嘩を売ったんだって……?」
あれだけの規模の騎士を動かせば、連盟の長には知られるか。
彼女が気に掛けていることは報復だろう、貴族が兵を動かせばいくら連盟であろうと一溜まりもないと。
「事は既に果たした、何も心配することはない」
「なら良いけどね……、それで荷物を受け取りに来たのかい?」
「ああ、だがその前に頼みがある」
「頼み……?」
頼みをされる事を予想していなかったのか、書類を見つめていたリアメインの視線がこちらに向く。
「貴族の娘とその使用人を保護している、その者達の……」
「待ちな、なんだって?貴族の娘を保護だって?」
リアメインの表情が困惑した物に変わる。
連盟長である彼女であってもこの反応をするというのなら、保護の依頼をするのは少し難しいかもしれない。
「その娘は今どこにいるんだい……?」
「今は騎士団の詰所に預けているが、そのまま置き続けるわけにはいかないだろう」
一時の間はあの場所に置いておくことは安全だろうが、カルミナが言っていた通りに考えるならば領主もずっと住まわせるわけにもいかないと考えるだろう。
「まさかその娘を私ら連盟で預かって欲しいなんて言わないだろうね……」
「そのつもりであったが、やはり難しいか」
「いくらここが連盟と言ってもね、貴族様直々に仕事を任されることも有るんだ、そこ迄は背負えないよ」
この回答は想定していた。
国に依頼をされる程には重要な立場だ、貴族が頼りにする事も有るのだろう。
「では人が隠れ住むに適した場所の情報は無いか?」
「……」
リアメインは目を閉じて何かを思案するように口に手を当て、暫く静止した後にゆっくりと目を開く。
「連盟で経営している宿屋がある、そこの一室なら貸してやらんこともない」
「本当か」
「ただし、部屋代は頂くし使用人にも従業員として働いてもらう、それでも構わないね?」
セレナの性格を考えれば、対価も無く護られたままで居るのは居心地が悪いはずだ。
雇い主として労働力を差し出すことで住む場所が出来ると考えれば、あまり引け目を感じずに済む事だろう。
「その条件で構わない、宿代に関してはここで先払いをさせて貰う」
騎士団で受け取ったままの金が入った袋を、そのままリアメインの机に置く。
「……随分な世話の焼き用だね、恩人て訳でも無いだろうに」
恩人と呼ばれるのは寧ろ私の方だろう。
「これだけの金を用意するなんて、その娘に一目惚れでもしたのかい?」
揶揄う様に目を細めて笑うリアメイン。
「救う者には救われた者へ対する責任が生じる、救っておきながら捨て置くなど私はしない」
その人物に惚れていようがそうではなかろうが、その者が悪人でないのならば手を貸す。
自身の要件を投げ捨ててまで助けようとは思ってはいない、他者を気遣える余裕がある今だからこそ助けた。
それだけの話だ。
「眉の一つすら動かないとはね……」
溜め息を吐くと収納の中から地図を取り出し広げ、その中の一部分に指をさす。
「宿屋はここにある、話は通しておくから連れて行ってやると良い」
宿の場所はここからさほど離れてはいない、いざという時に逃げ込める場所が近いというのは役に立つだろう。
「感謝する」
リアメインは一つ頷くと、棚から依頼の箱を持ってくる。
「後は、これもしっかり頼んだよ」
箱をうけとり腰の布袋に閉まっておく。
「確実に届けて見せよう」
セレナを事実上匿ってもらう以上、この依頼も確実に達成させなければならない。
元より失敗するつもりは無いが、さらに気合を入れて挑ませてもらうとしよう。
――――
「連盟が経営をする宿屋ですか?」
「ああ、そこならば知られることもなく、暫くは過ごせるだろう」
連盟から騎士団詰所に戻り、セレナ達に宿屋の事を説明するも反応はあまり良くない。
「あの……、私達は今お金が無い状況で、それで一室を占拠してしまうのは気が引けてしまいます……」
「宿泊費は私が既に払っている、だから気にするな」
「……へぁ?」
「さらに条件として使用人である三人には、宿屋で従業員として働いてもらうことになった」
「……」
彼女達の表情は正に絶句と言った所だろう。
自分達の知らない所でここまで話が進んでいるのだ、事に驚くのも当然か。
「悪いが断らないでくれ」
困惑した四人とアーティアを連れ教えられた場所に向かうと、しっかりとした作りの大型の宿屋に辿り着いた。
「見事な作りだ」
三階建ての建物を高い塀が囲い、その上には鋭い鉄柵が設置されている。
扉の前には連盟員だろうか、武装した人物が挟むように二人置かれている。
扉を開き受付へ向かうと、女性の従業員に笑顔で迎えられた。
「いらっしゃいませ!宿泊ですか?」
「アルマ=リュウガンジだ、リアメインの紹介でここへ来た」
「!、かしこまりました、ではこちらへどうぞ」
従業員に続き階段を登り、廊下を奥へと進む。
「此方がお貸しする部屋です、どうぞ中へ」
先に部屋へ入らせてもらい、中を確認し窓の外を見る。
「此方が鍵です」
「ああ、だが一つは不要だ」
従業員が取り出したのは六つの鍵の中から、五つだけ受け取る。
「……かしこまりました」
あくまで五人が生活をする為に借りた部屋であり、私がここで寝泊まりすることは無い。
「すごーい!広いねお姉様!」
「そうね……、でもあんまり走り回っちゃダメよ」
「はーい」
アーティアが走り回れるくらいの広さはある一室だ、これならば五人居ようとも問題なく生活できるだろう。
ここは連盟員専用の宿屋であり、さらに宿泊費も高めに設定されている為、客層に付いては安心できるだろう。
「気に入って頂けましたか?」
「はい、とっても素敵です……!」
費用が高いだけあって置かれている物の質がどれも高く、部屋には埃の一つも見当たらない。
恐らく日頃から徹底した清掃を行っているのだろう。
「従業員として働くのはこの三人だ、明日から働けるように作業内容に付いて教えてやって欲しい」
「成る程彼女達が……、分かりました」
無理矢理自身を納得させたような表情をした三人を連れ、従業員は部屋の外へ出て行った。
「後で使用人達に渡してやると良い」
セレナに鍵の束を纏めて手渡すと、申し訳なさそうに両手で受け取り胸に抱えた。
「ありがとうございます……」
これで一先ずの目的は果たした、解決に至ったわけでは無いが暫くの時間は稼げるだろう。
「あの、私達はいつまでここに居ることが出来るのでしょうか……」
「全てが解決する迄だ」
リアメインが言うには、あの袋一杯に入っていた金を使えば、この街の一等地を買い取ることだって出来たそうだが。
見知らぬ土地に見知らぬ人間を用心棒を立て、そこに力の無い者達を住まわせるなど論外だ。
であれば連盟が経営しているこの宿屋に住まわせた方がよっぽど安全だろう。
「慣れない地で不安はあるだろうが、今は辛抱してくれ、必ず平穏に暮らせるようにする」
「……っ!、うぅっ……!」
突如、セレナが床に膝を付くと、涙を零し始めてしまった。
「大丈夫か」
セレナの隣に片膝を付き、彼女の背中に手を置きゆっくりと叩く
「ううぅ……!ご、めんなさい……!」
「おねえさま……?どこかいたいの……?」
アーティアは困惑しながらも、慰めるかのようにセレナの頭を撫でる。
――――
漸く落ち着きを取り戻したセレナが、目元に布を当てながら口を開いた。
「アルマ様は、どうしてそんなに、お優しいのですか?」
泣いていた影響か、その声は微かにざら付きを帯びている。
「私は、優しいか?」
「はい」
「アルマ様はとっても優しいよ!皆のこと助けてくれたんだもん!」
アーティアが私の背中に伸し掛かりながら、誉めの言葉を掛けてくる。
「優しい理由か……」
初代当主、父上、アニスやアルス達使用人、親しい友人達。
影響は色々と思い浮かぶが、私の中で最も占めている要因、それは。
「一つ上げるとすれば、『力』だ」
「力ですか?」
セレナは予想外といったような、やや困惑した表情を見せる
「ああ」
人の域を超えた怪力、身体の頑丈さ。
「私には生まれた時から魔力が無いんだ」
「!、あ、あの……、ごめんなさい……」
「気にすることは無い、……私は魔術も魔道具も使えないが、その代わりに人よりもずっと力が強かった」
それがあったからこそ腐らず前に進み続け、人に優しいとまで言われるようになったのだろう。
「だからこそ、人にも優しく出来ているのかもしれないな」
人前で自分の事を分析するのは少し気恥ずかしくもあるが、見つめ直すのに良い機会になった。
アーティアを背中から降ろして立ち上がり、服を直して弓を背負い直す。
「私は行く、何かあった時は連盟を通して知らせてくれ」
「あ……」
セレナは何かを言おうとして口を閉じる、その表情は心細さを必死に抑え込もうとしているように見える。
「心は鍛えし鋼が如く、決して折れる事なかれ」
「アルマ様……」
「私の家に古くから伝わる言葉だ」
セレナの手を引いて立たせ、肩に手を置く。
「!」
「どんな苦境に立たされようとも、心は強く保ち続けるんだ」
「はい……!」
セレナの表情から陰りが消え、目に強い光が宿った。
「アーティア、セレナの事を支え護ってやるんだぞ」
「うん!」
「良い返事だ」
アーティアの頭に手を乗せて髪を撫でてやると、擽ったそうに笑顔を見せた。
「ではな」
「はい!ありがとうございました……!」
「またね!」
深く頭を下げるセレナ、大きく手を振るアーティアに片手を上げて返し部屋を後にした。
「後は、貴族達がどう動くか……」
彼女達の父親、そして婚約者となっていた相手の貴族。
そのもの達の事がどう動いているかは分からない、だが今も捜索を続けていることだろう。
そして遅かれ早かれ彼女達の事は気付かれる、それは何をしようが避けられはしない。
ならばどうするか。
「早急に、さらなる力を手に入れねばな……」
「……」
ふと三人分の足音が階段を上がってくる音が聞こえ、視線をそちらに向けると使用人達の姿があった。
「丁度終えたか」
三人は驚いたように一斉に此方を見あげた後、ふと何かを確かめる様に頷き合う。
「アルマさん、少しお話良いですか?」
「構わない」
何か決意を固めたような、意志の強い表情をしている。
「ありがとうございます、では付いてきてください」
使用人達に付いていくと、暗い一室に通された。
中は先程の部屋より狭く、少人数用の一室だということが分かる。
明かりが着けられると共に、扉が
「まず、貴方に感謝をさせて下さい、私達を救って頂き有難うございます」
一人が深々と頭を下げると残りの二人もそれに続く。
「さらにはこのような生活の出来る場所まで提供して頂き、大変感謝しております」
「ああ」
態々感謝を告げる為にここまで連れてきたわけでは無い筈だ、何か周囲に知られてはならない様な目的があるのだろうか。
「貴方には最大限の礼を持ってお返ししたく、この部屋へ来て頂きました」
やや緊張感を帯びたその表情と雰囲気からは、何かを覚悟しているのだと伝わってくる。
「礼など気にするな、勝手にやった事だ」
家を失い捕らわれていた様な者達に、礼を求める鬼畜外道になるつもりは無い。
「そんな訳には参りません……!、貴方は私達にとっての恩人なのですから……」
「だが返せる物など無いだろう?」
「……はい、ですから」
一つ深呼吸をした後、長髪の使用人は衣服に手を掛け留め具を外し始める。
「待て、何をしようとしている」
「私達の身体を持って、精一杯のお返しをさせて下さい……」
さらに脱ぎ進めようとした彼女の手を掴み、行動を辞めさせる。
「よせ」
その手は震えていた。
「既に
「貴方様が望むならどんな事だってしてみせますから……!」
残りの二人が抱き着いてくると、僅かに震わせた手を身体に這わせてくる。
引き剥がそうにも両手は長髪の使用人を抑える事で塞がり、怪我をさせる恐れがあって力尽くで引き剥がすのも難しい。
「ですから……!どうか二人には手を出さないでください……!」
「!」
その目には光が無い、まるで全てに絶望しているかのように。
奥底から怒りの感情が溢れ出してくる、彼女達にではない。
このような選択肢を迫らせた者共に対してだ。
「やめろ」
思わず低く出た声に使用人達の表情が固まり動きが止まる、さらに呼吸は荒く震えが強くなる。
「離れろ」
長髪の使用人の手を解放すると、三人は私を刺激しないようにと考えたのかゆっくりと傍を離れる。
彼女達を恐れさせるつもりは無かったが、優しく諭しても彼女達に届きはしないだろう。
ならば恐怖によって行動を縛り、冷静さを取り戻させた方がこの状況には適している筈だ。
「私はお前達に対価を求めて行動を起こした訳では無い、二度とこの様な真似をするな」
「……っ」
あるいはもっと速く旅に出て、彼女達を助け出していたならばこの様な選択肢を取らせずに済んだのだろうか。
「元より姉妹にもお前達にもその様な関係を迫るつもりは無い」
信じられないだろうが、示せる思いはこの言葉に全て込めた。
「話は終わりか?」
「……」
涙を溜めた使用人達が無言で何度も頷く、その表情は恐怖で満ちていた。
「そうか……、では私は行かせてもらおう」
道を開けるように左右に分かれた使用人達の間を通り、鍵を解錠して扉を開ける。
「怖い思いをさせて済まなかった」
部屋を出て、泣き声が聞こえてくる扉の前で乱れた服装を直す。
「一度助けた程度では、やはり信頼を勝ち取るのは難しいか」
彼女達の境遇を考えれば、仕方の無いことだろう。
セレナ達も一歩遅ければどうなっていた事か、やはり最初に見つけた段階で潰して置くべきだったのだろうか。
「修行不足だな……」
彼女達の予想外の行動に思考が固まってしまった。
力ずくで離そうとすれば怪我をさせてしまう恐れもあり、それで引き剥がす事が出来ないというのもあったが。
一番の原因はあの程度の事で判断力が鈍ってしまった、私の精神の未熟さだ。
「もっと心を鍛えねば、色で