武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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黒き翼

 

 日が暮れるまで全力で走り続け、森林と草原の(さかい)に当たる所まで辿り着いた。

 

 周囲の景色や地形を地図と比較(ひかく)して見てみれば、距離にしてまだ三分目といった所だろうか。

 

 地図上の道は森を迂回(うかい)して進むとあるが、ここは真っ直ぐ森を抜ける事にした。

 

付近(ふきん)には山も無く、大きな川も無い」

 

 だが直に魔物が活発になる頃合(ころあ)いだ、出発は明日の早朝に回すべきだろう。

 

 馬車を道の外に置き、転がっている岩に裏拳(うらこぶし)を打ち付け程良い大きさに破壊(はかい)して円形に並べる。

 

 森の手前に落ちている枝を拾い、石の囲いの中に細い物から重ねていく。

 

 荷台に置いた布袋から『燃料樹脂(じゅしねんりょう)』二つ取り出して細い枝の(そば)に転がし、火打ち石を叩いて発生させた火花を浴びせて着火させる。

 

 ()らめく炎が枝へと移り、段々と登り上がっていく。

 

 燃料を喰らいながら発せられる炎が、薄暗(うすぐら)い世界を照らしていく。

  

 依頼の品が(おび)き寄せる魔物に効果があるかは分からない、だが光が苦手な種であれば多少の効果はあるだろう。

 

 荷台に載せてある水樽(みずだる)(ふた)を開け、金属の器で中身を(すく)い上げ口に含む。

 

「冷えている」

 

 気温は低くないというのに樽の中に満たされた水は冷たく、()き通るような舌触(したざわ)りがする。

 

 樽の中を水流(すいりゅう)渦巻(うずま)いており、奥の方には魔法陣のようなものが(きざ)まれていた。

 

「これは水を長く持たせる工夫ということか」

 

 水も放置(ほうち)していては(くさ)ってしまうと聞く、これはそれを(ふせ)(たま)対策(たいさく)なのだろうか。

 

 だとすればこれは革新的(かくしんてき)な発明だと言っていいだろう。

 

 鉄鍋に水を汲み、干し肉を幾つかと野菜を短刀で適当に刻んでから中に放り、()(さか)(まき)の上に乗せておく。

 

「屋根とやらを使ってみるか」

 

 荷台の側面に金具で固定されていた細い木材を引き抜いては、周りに矢印(やじるし)の描かれている穴に差し込んでいく。

 

 そして木材を(つな)ぎ目の部分で曲げ、先端    同士(せんたんどうし)()み合わせる。

 

「この上に布を被せる、……ほう」

 

 被せた布の端から馬車と同じ色へと変わっていき、最終的には全体が暗い木材の色になった。

 

 軽く()れてみるが布のような(やわ)らかさはない、指の関節(かんせつ)で優しく叩くと(あつ)い木材の様なしっかりとした感触(かんしょく)が伝わってくる。

 

「多少の雨風(あまかぜ)(ふせ)げそうだ」

 

 これがあれば無駄に身体を冷やすことも体力を消耗(しょうもう)することも無い、さらには弱い弓程度(ゆめていど)の威力であれば十分に身を守る事が出来るだろう。

 

「さて」

 

 深呼吸をして集中力を高め、目を閉じて周囲の気配を探る。

 

 聞こえてくる音は()き火の(はじ)ける音、そして草木が風が()らされる音。

 

 小さな虫の()き声が(わず)かに聞こえているが、魔物の足音や息遣(いきづか)いは未だ聞こえて来ない。

 

「絶えず魔物が(おそ)い来るような口振(くちぶ)りだったが」

 

 昨夜に連盟の依頼を受けた際も魔物が集まってくる様子は無かった、(むし)ろ近づく程に気配が遠ざかって行き、標的(ひょうてき)を探し出す事に苦戦を()いられた。

 

「良い修練になると確信していたが、(いささ)か期待外れだ」

 

 基礎(きそ)も大事ではあるが実戦(じっせん)は何よりの修練(しゅうれん)になる、依頼を引き受けたのも少しばかりそれを期待しての事だったが、来ないのであれば仕方がない。

 

 妖刀と弓矢を外して馬車に置き、『白』をゆっくりと引き抜く。

 

 刀を上段に構え、一気に振り下ろす。

  

 日課の素振りを何度も繰り返す。

 

 終わる頃には鍋の水嵩(みずかさ)(ほとん)ど消え去っており、水を追加して温め直す事になってしまった。

 

 ————

 

 上体を起こし、荷台(にだい)から降りる。

 

「布を()けば苦も無く過ごせるか」

 

 前を開いて上体だけを露出(ろしゅつ)させ、手拭(てぬぐ)いを(うつわ)で救った水で湿(しめ)らせ身体を(ぬぐ)う。

 

 服を戻して籠手(こて)を身に着け(すね)当てと膝当(ひざあ)てを()き、刀二振りと弓矢を装備する。

 

 馬車に被せた布を()がして(たた)み、支柱(しちゅう)の木材を外し荷台の側面に固定しておく。

 

 もうすぐ日が昇る、まだ森の中は薄暗(うすぐら)いが魔物達も大人しくなる頃合いだ。

 

 (ながえ)を乗り越え持ち手を掴み、馬車を押し始める。

 

踏破(とうは)性能はどれ程のものか、確かめさせてもらおう」

 

 足を強く踏み込み森の中へ走り出す。

 

 小石や木の根程度なら軽く乗り越えて欲しいものだが、職人の腕前を見せてもらうとしよう。

 

 馬車が通れる程度の木々を通り抜け、速度を上げていくが荷物に衝撃が届いている様子は無い。

 

「いい仕事をしている」

 

 職人達を称えながら、さらに地面を強く()み込んだ。

 

――

 

「なあ、ほんとに入んのか……?」

 

「ここまで来て何言ってんだよ、まさかビビってんのか?」

 

「いやビビってる訳じゃ無いけど、なんか雰囲気(ふんいき)が変じゃん」

 

突如(とつじょ)出現した巨大な山、変じゃない方がおかしいだろ」

 

 とある(ふもと)、三人の少年達が山へと入ろうとしていた。

 

「先生が山には入るなって言ってたしさ、絶対なんかあるって」

 

 短髪の少年は山へと入る事には消極的(しょうきょく)なようで、やたらとこの場から帰りたがっている。

 

「確かにいきなり山が出来たのはおかしいけどな、それでいきなり立ち入り禁止なんてされてたまるかよ、なあ?」

 

 髪を逆立てた少年は同意しながらも、行動が制限されている事には納得(なっとく)していないようで、剣をフラフラと振り回しながら雑草を切りつけている。

 

「もう外に出てんのはバレてるだろうし、今更戻っても遅いでしょ、だったら行ってから怒られた方がマシだよ」

 

 長い髪を横に流し一本で(まと)めた少年が、冷静な口調(くちょう)()げる。

 

 その表情はいつもの事だと慣れた様子で、(わず)かに(あきら)めの雰囲気(ふんいき)(ただ)わせている。

 

「それに、まだ日にちも経っていないから、生息(せいそく)する魔物はそこまで変わっていないだろうしね」

 

「そういうことだ、さっさと行くぞ」

 

「クライン!待てって!」

 

 髪を逆立てさせた少年、クラインは返事も聞かずに山へと入っていく。

 

 やれやれと溜め息を吐きながらも長髪の少年もその後へ続いた。

 

「これって多数決……?あっちょっと待てって!」

 

 頭を抱えていた少年も置いていかれた事に気付き、慌てて背中を追いかけようとして、足を止めた。

 

「何だ……?」

 

 何者かの視線を感じて辺りを見回すが、ただでさえ薄暗い早朝で何かを見つけられる(はず)もなく。

 

 気の所為(せい)だと脳を無理矢理思い込ませて、全力で友人達の後を追いかけた。

 

――

 

 暗い山道の中、長髪の青年が立ち止まり獣道(けものみち)(はし)へ行きしゃがむ。

 

「アムニスどうした?」

 

「いや……」

 

 長髪の少年、アムニスは咲いていた花を()み取ると匂いを嗅いでから、天に(かざ)しそれを見つめる。

 

「美しいなって」

 

「なんだそりゃ」

 

 クラインは(あき)れて歩を進めようとするが、肩を(つか)まれて振り返る。

 

「今度はなんだよ」

 

「この花、見たこと無いんだ」

 

「ああ――?お前が知らないだけじゃねえの?」

 

「僕は花が好きだってこと、君も知ってるだろう?」

 

「そりゃあな、女に色んな花を送っては突き返されてんの何度も見てるしよ」

 

「――それはさておき、この花はこの国の物じゃないよ」

 

 アムニスは(かばん)から分厚(ぶあつ)い本を取り出し見せる、そこには花図鑑の文字と美しい花の絵が描かれていた。

 

「僕はこの図鑑に(しる)されている花は全て憶えてるけどね、この花は()っていないんだ」

 

「新種とかだろ?」

 

「だったら良いけどね」

 

 青年は同じ花を幾つか摘み取ると、紙に(はさ)んで金属製の箱の中にしまう。

 

「まあ、もし新種なら怒られるのも耐えられるかな」

 

 満足そうに(うなづ)くと箱を鞄の中にしまい、先を行く友の背中を追う。

 

「おーい!」

 

「どうしたの?」

 

「見てみろよこれ、かっこよくね?」

 

 駆け寄って鍛え短髪の青年がアムニスに見せたのは、頭部に頭に大小二本の角を伸ばした小さな虫だった。

 

「どうしたのそれ」

 

「木の(みき)に居たのを見つけたんだよ、アムニスなら知ってるかと思ってさ」

 

「リカンドに期待して貰ってるところ悪いけど僕の専門は花なんだよね、だからこれが何の種かは分からないな」

 

「うーん、それもそうか……」

 

 短髪の青年、リカンドは少し頭を悩ませると近くの木に虫を()まらせる。

 

虫博士(むしはかせ)なんか知ってるかなー」

 

「どうだろうね」

 

 再び歩き出す二人。

 

「クラインの背中があんなに小さく」

 

「どうする?走る?」

 

「いいだろ、ゆっくり行こうぜ」

 

「そうだね」

 

 その直後。

 

 歩を緩めた二人の背を、猛烈(もうれつ)な風が追い()した。

 

「うわ!」

 

「な、何だ!魔術か!?」

 

 突然の事に驚き体勢を崩され、二人は地面に倒れ込んでしまう。

 

 倒れてもなお暴風(ぼうふう)は続き、二人が起き上がる事を許さない。

 

「魔物の仕業(しわじ)か――!?」

 

「分からないけど、どうにかしないと、まずそうだよ……!」

 

「だな、あれ、使うぞ……!」

 

「了解!」

 

 二人は体中の魔力を(めぐ)らせ()り上げていく。

 

(うな)れ、雷霆(らいてい)眷属(けんぞく)よ」

 

「目覚めよ、地母(ちぼ)(つるぎ)よ」

 

「『トニトルイ・ビスティア』!」

 

「『ルペム・グラディオ!』!」

 

 全身が雷で形成された四足の獣が、雷鳴(らいめい)(とどろ)かせ木々を焼き()がし。

 

 地面から伸びる岩盤(がんばん)(やいば)暴風(ぼうふう)事周りの全てを切り(つぶ)した。

 

「……!風が止んだ」

 

「ほんとだ起き上がれる!」

 

 リカンドは勢いよく立って剣を抜き放ち、アムニスは無から杖を召喚してそれを支えに立ち上がる。

 

「どうやらあの魔物達の仕業(しわざ)みたいだね」

 

 アムニスが見据(みす)える崩壊(ほうかい)した木々の下には、二対の黒い翼を生やした様な人型の魔物の亡骸(なきがら)下敷(したじ)きとなっていた。

 

「……翼人種は絶滅(ぜつめつ)した(はず)だよな?」

 

 アムニスは近くに転がった亡骸(ねきがら)に近づき、杖を使って仰向(あおむ)けにさせる。

 

「とても人には見えないね」

 

 黄色い目に黒い瞳孔(どうこう)、魔鳥の様な(するど)(くちばし)、背中から伸びる大きな黒い翼。

 

 全身を(おお)う短い羽毛、薄い鉄など容易(たやす)く貫通するであろう鋭い鉤爪(かぎづめ)は突起のある木の塊を掴んでいる。

 

「服着た魔物なんかいたか?」

 

「武器を使うのが居るんだから、服も着るでしょ」

 

「そらゴブリンとかは使うけどよ、コイツラにはなんつうか文明(ぶんめい)を感じるというか」

 

 リカンドが慣れない考察に頭を悩ませそうになったその瞬間、巨大な炎の塊が空へと燃え広がった。

 

「っと、今はそんな事を話してる場合じゃ無さそうだよ」

 

「だな、さっさと合流しよう」

 

――

 

「焼き尽くせ炎帝(えんてい)!」

 

 荒ぶる赤い業火(ごうか)が空を飛び()う黒い翼を焼き()くしていく。

 

「ちっ……」

 

 ()ちていく魔物達を(にら)み付けながら、剣を振り払い(さや)に収めるクライン。

 

「クライン!」

 

「遅かったな」

 

「それがいきなり風に(おほ)われてさ、魔物の仕業(しわざ)だったみたいだけど」

 

「そっちもか」

 

「どうする?出直す?」

 

 アムニスの提案(ていあん)にクラインは思案(しあん)をすると無言で頷いた、それを見てリカンドは安堵(あんど)の溜め息を吐いた。

 

「見たことない魔物だった、強さは大した事ねえがあれ以外にも居るってんなら準備がいるな」

 

「あれ……?また来る感じ?」

 

「当たり前だろ」

 

 そう言ってクラインが帰路へ歩き出そうとすると、眼前(がんぜん)に金色の大きな羽根(はね)が舞い落ちた。

 

『カッカッカ!見事な術を使うなあお主らは!』

 

 笑い声が聞こえると同時に三人は武器を構えながら空を見上げる、そこには陽の光に照らされ金色に輝く大きな翼を、羽ばたかせること無く宙に浮かぶ大柄(おおがら)の人型が居た。

 

『部下達をこうも容易く(ほふ)るとは、人の子も中々捨てたものではない!』

 

 豪快(ごうかい)な笑い声を上げ、人型は羽を集めて作ったかのような大きな団扇(だんせん)で自らを(あお)ぐ。

 

「魔物が、人の言葉を……」

 

只者(ただもの)じゃ無さそうだね、あれ」

 

 アムニスは何時でも魔術が起動(きどう)できるよう体内の魔力を練り続け、頭の中で詠唱(えいしょう)を続ける。

 

「どうすんだよ、なんか親玉(おやだま)っぽいの出てきちゃったぞ!」

 

 リカンドは冷や汗をかきながらも集中を切らすこと無く、人型の金色の目から視線を逸らさず剣を強く(にぎ)()める。

 

「……」

 

 クラインは人型(ひとがた)の次の挙動(きょどう)見逃(みのが)さぬよう見据(みす)えながら、体内の魔力を全身に巡らせ肉体を強化し、状況(じょうきょう)相応(ふさわ)しい魔術の選別(せんべつ)をする。

 

『ふむ、中々の気よ』

 

 人型は地に立つ三人を見下ろし観察する。

 

「……奴が戦う意志(いし)を見せたらすぐに魔術を撃て」

 

「うん」

 

「わ、分かった」

 

『どれ、お主らの力、ワシが試してやろう』

 

「……今だ!」

 

 人型が羽団扇(はねだんせん)を振り上げると同時に、三人が魔術を起動し放った。

 

 業炎(ごうえん)雷撃(らいげき)土槍(どそう)が人型に襲いかかり爆煙(ばくえん)を巻き起こす。

 

「今のうちに逃げよう!」

 

『この程度では防風(ぼうふう)()ぶれぬぞ』

 

「なっ――!」

 

 瞬間(しゅんかん)、人型を中心に暴風(ぼうふう)が巻き起こり地上の三人を(のぞ)いた周囲の全てが吹き飛んだ。

 

『どうした、もっと撃ってこい』

 

 人型は何事も無かったかのように自身を(あお)ぎながら、片膝(かたひざ)に足を乗せ空中に座る。

 

「……今、何をした?」

 

「魔物が使う魔術の規模(きぼ)じゃないよこれ……」

 

「周辺を吹き飛ばすなんて余っ程でかいか、それこそドラゴンぐらいだろ……」

 

 信じられないという表情で人型を見つめる三人、心には(すで)(ひび)が入っていた。

 

『ふうむ、お(ぬし)らが来ないのならばこちらから行くとしよう』

 

 人型が羽団扇(はねだんせん)を天に目掛(めがけ)けて振るうと、空に浮かぶ雲が集まり日の光を(おお)(かく)し大雨が振り始める。

 

愉快(ゆかい)な術を見せてくれた礼だ、天狗(てんぐ)神通力(じんつうりき)、とくと味わえ』

 

 雨雲(あまぐも)(うな)雷鳴(らいめい)()(めぐ)る、さらに風が吹き荒れ三人の身体を打ち付けていく。

 

「クソっ」

 

天候(てんこう)(あやつ)ったって事?冗談(じょうだん)じゃないねえ……」

 

「やっぱ来るんじゃなかった……!」

 

 轟雷(ごうらい)()(そそ)いだ。

 

 

「ぐ――がっ!」

 

 最後の一人が地面(じめん)に倒れ込み、(ようや)落雷(らくらい)(おさ)まった。

 

『これは(おどろ)いた、随分(ずいぶん)頑丈(がんじょう)だ』

 

 地面に降り立った天狗(てんぐ)羽団扇(はねだんせん)を振るい(くも)霧散(むさん)させると、傍に白い毛並みをした二足歩行の獣達(けものたち)が降り立ち片膝(かたひざ)を付いた。

 

 しかし通常の獣と違うのは、その白い獣も衣服(いふく)を身に(まと)っているということだ。

 

哨戒(しょうかい)をしてまいりましたが、やはり山ごと切り離されたようです』

 

木っ端(こっぱ)(あやかし)共も見当たりません、(われ)天狗(てんぐ)のみがこの地へ移されたと考えられます』

 

『山を少し離れ周囲を飛んでみましたが、(けもの)や植物もかなり様相(ようそう)が違います』

 

大天狗(だいてんぐ)様、これからどういたしましょう』

 

 大天狗は羽団扇(はねだんせん)(あお)ぎながら思案(しあん)する。

 

『まずはこの地を知らねばならぬ、近くの人間を連れて来い』

 

『は!』

 

『倒れている人間達はいかが(いた)しましょう』

 

(おり)(つな)いでおけ、まだ聞く事がある』

 

『は!』

 

 白い獣は二手に分かれると、片側が倒れた三人を(かつ)ぎ山の頂上(さんちょう)へ飛んでいき、片側は人里を目指し山の下側へと飛んでいった。

 

『あの性悪の術であってもここ(まで)の事は出来まい……、であれば(かみ)(ほとけ)か』

 

 大天狗は周囲を振り払うように羽団扇を一回転させる、すると(くず)れた木々を押しのけるように、地面から新たな草木が急速(きゅうそく)に伸び始めた。

 

(わず)かだが別の妖気(ようき)を感じる……、この地に連れてこられたのはワシらだけでは無いらしい』

 

 さらに大きく羽団扇を振るうと、倒れていた一部の天狗達がのそりと起き上がる。

 

『ただの人間と見て(あなど)ったか、まったく情けのない事だ』

 

 起き上がった天狗達は大天狗を見つけると、次々と前に膝を付いていく。

 

(からす)

 

『ここに』

 

 音もなく、黒き大きな翼に黒く(するど) 嘴(くちばし)、そして金色の錫杖(しゃくじょう)を持った5体の天狗が現れ、大天狗の(そば)(ひざまず)いた。

 

『東の山を(そな)えよ、そこを第二の地とする』

 

『ただちに!』

 

『お前達は北へ飛べ、そこで共同の話をつけて来い』

 

『はっ!』

 

『南西に飛べ、そこで妖気を辿(たど)り正体を探って参れ』

 

『かしこまりました!』

 

 烏天狗達は主君(しゅくん)(めい)()たすべく一斉に飛び立った。

 

『鬼が来るか、はたまた別のナニカか』

 

 大天狗は凶悪(きょうあく)な笑みを浮かべ、羽団扇を振るい旋風(せんぷう)と共に木の葉を巻き上げる。

 

『どちらにせよ、楽しめそうだ』

 

 そして天まで続く木の葉の旋風(せんぷう)に身を包むと、その姿を消した。

 

 高くそびえる山に木の葉の雨が降り注ぐ。

 

 その地は『神の住む山』と人々には恐れられていた。

 

――

 

 「やはりおかしい……」

 

 森を抜けた所で一度馬車を止め、(ふところ)から小箱を取り出す。

 

 結局、森の中を走る最中に魔物に襲われる事は一度も無かった。

 

 箱を開けば中の石は綺麗な輝きを発し続けているままであり、特に変わりはないようだが。

 

「――!」

 

 不意(ふいに)に、妖刀(ようとう)(ふる)え出した。

 

(あやかし)か……?」

 

 (つか)に手を掛け周囲を探ると、(わず)かにだが妖の気配を感じた。

 

 妖の気配(けはい)妖気(ようき)である事は間違いないのだが、鬼程(おにほど)強烈(きょうれつ)なそれではない。

 

「……」

 

 気配(けはい)辿(たど)りながら、ゆっくりとその位置へ身体の正面を向け、何時でも動けるように姿勢(しせい)(わず)かに下げる。

 

 殺気(さっき)を込めながら辿(たど)った先を(にら)みつけると(しげ)みが()れ、黒く小さな(けもの)が飛び出した。

 

『ミャァ』

 

 銀の(ひとみ)に黒い毛並(けな)み、二又(ふたまた)に分かれた尻尾(しっぽ)

 

 姿は小さいがその気配は間違いなく(あやかし)のものだ、だが敵意(てきい)は感じない。

 

 最小限の警戒(けいかい)(たも)ちながらも、殺気(さっき)(おさ)(かま)えを()く。

 

「お前は猫又(ねこまた)か、何用(なによう)でここに来た」

 

 『猫又(ねこまた)』、日の本で長い時を生きた猫という|獣(けもの)が妖になった姿(すがた)だ。

 

 人にとって悪戯(いたずら)の範囲を超えるような行いはしないようだが、それでも妖だ、何をするかは分からない。

 

『さぞ高名(こうめい)な妖であろう貴方様に、失礼(しつれい)承知(しょうち)でお願いがございます』

 

「妖――?」

 

『……!わ、矮小(わいしょう)な力しか持たない(わたくし)めを、どうかその庇護下(ひごか)に置いていただけないでしょうか』

 

 私の気に触ったとでも思ったのか、口調(くちょう)を早める猫又。

 

『お(のぞ)みとあれば』

 

「!」

 

 瞬間(しゅんかん)、猫又の黒い身体が青い炎に包まれた。

 

 そして炎が晴れると、黒い長髪に青い日ノ本の服を(まと)った少女が現れた。

 

供物(くもつ)でも何でも、貴方様に(ささ)げます、ですからどうか、お(そば)に置いて頂けませんか?」

 

 猫又は地に手を着き、髪が地面に着くのも構わずに頭を下げる。

 

 どうしてそこまで必死なのかは分からないが、まずは前提(ぜんてい)(ただ)しておくべきだろう。

 

「何か勘違(かんちが)いをしているようだが、私は妖ではなく人間だ」

 

「ご冗談を……、それ(ほど)の妖気を持ち合わせた人間など、ありえませぬ」

 

 妖気、妖が持つと言われる気力であるが、私からそれを感じる原因は恐らくはこれだろう。

 

「顔を上げよ」

 

 ゆっくりと妖刀(ようとう)(さや)から引き抜いていく。

 

「はい――な、何を……!」

 

 顔を上げた猫又は妖刀(ようとう)を見て、その顔を恐怖(きょうふ)()め上げた。

 

「お前達にはこの刀が何か分かるだろう」

 

「よ、妖刀ですか……?」

 

「そうだ、そしてお前が私の事を高名(こうめい)な妖だと感じたのはこの妖刀が原因だろう」

 

 鬼を斬った(さい)、奴の妖気をこの刀が吸収していた、その結果大妖(たいよう)と間違う程の妖気を宿(やど)しているのだろう。

 

「では、アナタはただの人間だと……」

 

「ああ」

 

 猫又が(まと)雰囲気(ふんいき)が変わり、ゆらりと立ち上がる。

 

人間如(にんげんごと)きに頭を下げるなど……、一生の不覚(ふかく)っ……!」

 

 怒りの形相(ぎょうそう)此方(こちら)(にら)み付けてくる。

 

「ならばどうする」

 

「お前を私の足にしてやる、精々感謝(せいぜいかんしゃ)しろ」

 

 猫又は鼻で笑うと、見下(みくだ)したような笑みを見せた。

 

「足だと?」

 

「我を人里(ひとざと)()れいてけ、人間』

 

 再び青い炎に包まれ獣に姿を変えると、荷台(にだい)に乗り込んだ。

 

 妖とは生来(せいらい)身勝手(みがって)な存在なのだと書かれていたが、鬼(しか)り猫又然り、事実その通りのようだ。

 

「猫又、お前は人を()ったことがあるか」

 

『舐めるな、我がそのような物を口にするわけが無いだろうが』

 

「そうか」

 

 嘘を付いている用には聞こえない、とはいえ相手は妖だ、信用し切ることは出来ない。

 

(われ)の事はアキ様と呼べ、人間』

 

「ならば私の事はアルマと呼ぶといい」

 

『フン、貴様など人間で十分だ』

 

 妖刀を鞘に収め荷台の(ながえ)(そば)へ歩くと、強い風と共に妖気がもう一つ現れた。

 

(こと)なる地へ来てなお人間に()(へつら)うとは、相も変わらず情けのない事だ』

 

 天から黒い両翼が舞い降りて来る、その手には金の錫杖(しゃくじょう)を持ち、一本下駄(げた)()いた黒い妖。

 

烏天狗(からすてんぐ)……!』

 

『妖気を辿って来てみれば、そこに居るのは矮小(わいしょう)猫又(ねこまた)に人間とは、(いささ)期待外(きたいはず)れだ』

 

 鬼、猫又、そして天狗。

 

 どうしてこの地に妖達がいるのかは分からない、だがそこには初代がこの地に来た秘密があるはずだ。

 

『いや……?おい、そこの人間』

 

「なんだ」

 

『お前からは妙な気配がする、一体何をした?』

 

 妙な気配、妖気とはまた違う何かを感じ取っているのか。

 

 あるとすれば。

 

「鬼を斬り、その力を受け()いだ」

 

『ア ハ ハ ハ ハ ハ!』

 

 何がおかしいのか、烏天狗が手の平で顔を(おお)い笑い出した。

 

『たかが人間が鬼を斬り、よりにもよって鬼から力を受け継いだなどと面白い事を言うなお前は!』

 

 烏天狗は懐から木の葉の(たば)を取り出し周囲にばらまいた。

 

『ならばその腕、(はか)ってやろう!』

 

 ゆらりと地面に着いた木の葉は小爆発(しょうばくはう)を起こし(けむり)に包まれ、それが晴れると黒い羽根を持った剣士達に姿を変えていた。

 

「……」

 

 剣士達の顔には大きな木の葉が()り付き、表情を読み取る事が出来ない。

 

 姿勢(しせい)を低く構え妖刀の(つか)に手を()える。

 

 数は九、武器は刀の一振りのみであり、槍や弓などの長物を扱う者はいない。

 

『かかれ』

 

 瞬間(しゅんかん)(おそ)い来る振り下ろしを身体を半身ずらすことで(かわ)し、逆側からの一突(ひとつき)きを籠手(こて)(すべ)らせることで軌道(きどう)を変える。

 

 そのまま左の拳を作り木の葉目掛けて思い切り振りぬくと、剣士の首が抵抗(ていこう)も無く千切(ちぎ)れ飛んだ。

 

((もろ)い)

 

 そのまま駆け出し立ち(ふさ)がった剣士の腹を(いき)いのまま蹴りつけると、後方に控えた数人ごと吹き飛び、手足が折れ曲がりながら地面に転がる。

 

 その場から後方に宙返りしながら、下で刀を振り抜いた剣士の首に抜刀斬りを放つ。

 

 地面に着地し、連鎖(れんさ)のように(おそ)い来る刀を(かわ)(さば)きへし折り、三人の胴体(どうたい)横一閃(よこいっせん)(まと)めて()ち切る。

 

「ふぅ……」

 

 息を入れ直し妖刀を収め姿勢を限りなく低くしながら走り出し、強く()み込みながら抜刀斬りを放ち、(むか)え討とうと振り下ろされた刀ごと首を()ね飛ばす。

 

「こんなものか」

 

『見事な体捌(たいさばき)きと力よ、人間程度(にんげんていど)耐久力(たいきゅうりょく)人型(ひとがた)とはいえこうも容易(たやす)(ほふ)るとは』

 

 烏天狗(からすてんぐ)が腕を()るうと地面に転がった剣士達が(くず)れ、ただの()の葉へと戻った。

 

『お前であれば大天狗(だいてんぐ)様もお喜びになるだろう』

 

「大天狗だと……?」

 

北東(ほくとう)の山に来い、歓迎(かんげい)してやる』

 

 烏天狗は翼を羽ばたかせ、彼方へと飛び去った。

 

『烏だけならまだしも、大天狗も来ているというのか……?』

 

 『大天狗』、それは数多(あまた)の天狗を(たば)ねる総大将。

 

 神通力(じんつうりき)と呼ばれるその技は様々な奇跡(きせき)を呼び起こし、その力は神にさえ匹敵(ひってき)するという。

 

「鬼の次は大天狗か、面白い」

 

 己の限界を測るには良い機会だ、腕試(うでだめ)しに行ってみるのも悪くない。

 

『……人間にしては中々やるようだな』

 

「腕にはそれなりの自信がある」

 

 (ながえ)を乗り()え棒を(つか)み歩き出し、ゆっくりと速度を上げていく。

 

「自らを矮小(わいしょう)だと卑下(ひげ)しているようだが、お前が(のぞ)むのならば私が稽古(けいこ)を付けてやるぞ」

 

()かせ!誰が人間の稽古など受けるか!』

 

「そうか」

 

 妖には妖の気位(きぐらい)という物があるのだろう。

 

 —————

 

『おい人間!速度を出しすぎだ!』

 

 馬車を押しながら振りかえれば、猫又が転ばないようにしているのか、荷台(にだい)に爪を立て体勢(たいせい)を低くしていた。

 

「……」

 

 妖という者は(そう)じて人間よりも高みにいる存在だと思っていたが、案外そうではないのかもしれない。

 

『この化け物め……!』

 

「化け猫が何を言っている」

 

 これ以上荷台に傷を増やされないよう、速度をいくらか下げることにした。

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