武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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黒き翼

 

 

 日が暮れるまで全力で走り続け、森林と草原の境に当たる所まで辿り着いた。

 

 周囲の景色や地形を地図と比較して見てみれば、距離にしてまだ三分目といった所だろうか。

 

 地図上の道は森を迂回して進むとあるが、ここは真っ直ぐ森を抜ける事にした。

 

「付近には山も無く、大きな川も無い」

 

 だが直に魔物が活発になる頃合いだ、出発は明日の早朝に回すべきだろう。

 

 馬車を道の外に置き、転がっている岩に裏拳を打ち付け程良い大きさに破壊して円形に並べる。

 

 森の手前に落ちている枝を拾い、石の囲いの中に細い物から重ねていく。

 

 荷台に置いた布袋から『燃料樹脂』二つ取り出して細い枝の傍に転がし、火打ち石を叩いて発生させた火花を浴びせて着火させる。

 

 揺らめく炎が枝へと移り、段々と登り上がっていく。

 

 燃料を喰らいながら発せられる炎が、薄暗い世界を照らしていく。

  

 依頼の品が誘き寄せる魔物に効果があるかは分からない、だが光が苦手な種であれば多少の効果はあるだろう。

 

 荷台に載せてある水樽の蓋を開け、金属の器で中身を掬い上げ口に含む。

 

「冷えている……」

 

 気温は低くないというのに樽の中に満たされた水は冷たく、透き通るような舌触りがする。

 

 樽の中を水流が渦巻いており、奥の方には魔術陣のようなものが刻まれていた。

 

「これは水を長く持たせる工夫ということか」

 

 水も放置していては腐ってしまうと聞く、これはそれを防ぐ為の対策なのだろうか。

 

 だとすればこれは革新的な発明だと言っていいだろう。

 

 鉄鍋に水を汲み、干し肉を幾つかと野菜を短刀で適当に刻んでから中に放り、燃え盛る薪の上に乗せておく。

 

「屋根とやらを使ってみるか」

 

 荷台の側面に金具で固定されていた細い木材を引き抜いては、周りに矢印の描かれている穴に差し込んでいく。

 そして木材を繋ぎ目の部分で曲げ、先端同士を噛ませる。

 

「この上に布を被せる、……ほう」

 

 被せた布の端から馬車と同じ色へと変わっていき、最終的には全体が暗い木材の色になった。

 

 軽く触れてみるが布のような柔らかさはない、指の関節で優しく叩くと厚い木材の様なしっかりとした感触が伝わってくる。

 

「多少の雨風も防げそうだ」

 

 これがあれば無駄に身体を冷やすことも体力を消耗することも無い、さらには弱い弓程度の威力であれば十分に身を守る事が出来るだろう。

 

「さて」

 

 深呼吸をして集中力を高め、目を閉じて周囲の気配を探る。

 

 聞こえてくる音は焚き火の弾ける音、そして草木が風が揺らされる音。

 

 小さな虫の鳴き声が僅かに聞こえているが、魔物の足音や息遣いは未だ聞こえて来ない。

 

「絶えず魔物が襲い来るような口振りだったが」

 

 昨夜に連盟の依頼を受けた際も魔物が集まってくる様子は無かった、寧ろ近づく程に気配が遠ざかって行き、標的を探し出す事に苦戦を強いられた。

 

「良い修練になると確信していたが、(いささ)か期待外れだ」

 

 基礎も大事ではあるが実践は何よりの修練になる、依頼を引き受けたのも少しばかりそれを期待しての事だったが、来ないのであれば仕方がない。

 

 妖刀と弓矢を外して馬車に置き、『白』をゆっくりと引き抜く。

 

 刀を上段に構え、一気に振り下ろす。

  

 日課の素振りを何度も繰り返す。

 

 終わる頃には鍋の水嵩(みずかさ)が殆ど消え去っており、水を追加して温め直す事になってしまった。

 

 ————

 

 上体を起こし、荷台から降りる。

 

「圧布を敷けば苦も無く過ごせるか」

 

 前を開いて上体だけを露出させ、手拭いを器で救った水で湿らせ身体を拭う。

 

 服を戻して籠手を身に着け足鎧と膝当てを履き、刀二振りと弓矢を装備する。

 

 馬車に被せた布を剥がして畳み、支柱の木材を外し荷台の側面に固定しておく。

 

 もうすぐ日が昇る、まだ森の中は薄暗いが魔物達も大人しくなる頃合いだ。

 

 (ながえ)を乗り越え持ち手を掴み、馬車を押し始める。

 

踏破(とうは)性能はどれ程のものか、確かめさせてもらおう」

 

 足を強く踏み込み森の中へ走り出す。

 

 小石や木の根程度なら軽く乗り越えて欲しいものだが、職人の腕前を見せてもらうとしよう。

 

 馬車が通れる程度の木々を通り抜け、速度を上げていくが荷物に衝撃が届いている様子は無い。

 

「いい仕事をしている」

 

 心の中で職人達を称えながら、さらに地面を強く踏み込んだ。

 

――

 

「なあ、ほんとに入んのか……?」

 

「ここまで来て何言ってんだよ、まさかビビってんのか?」

 

「いやビビってる訳じゃ無いけど、なんか雰囲気が変じゃん」

 

「突如出現した巨大な山、変じゃない方がおかしいだろ」

 

 とある(ふもと)、三人の少年達が山へと入ろうとしていた。

 

「先生が山には入るなって言ってたしさ、絶対なんかあるって」

 

 短髪の少年は山へと入る事には消極的なようで、やたらとこの場から帰りたがっている。

 

「確かにいきなり山が出来たのはおかしいけどな、それでいきなり立ち入り禁止なんてされてたまるかよ、なあ?」

 

 髪を逆立てた少年は同意しながらも、行動が制限されている事には納得していないようで、剣をフラフラと振り回しながら雑草を切りつけている。

 

「もう外に出てんのはバレてるだろうし、今更戻っても遅いでしょ、だったら行ってから怒られた方がマシだよ」

 

 長い髪を横に流し一本で纏めた少年が、冷静な口調で告げる。

 

 その表情はいつもの事だと慣れた様子で、僅かに諦めの雰囲気を漂わせている。

 

「それに、まだ日にちも経っていないから、生息する魔物はそこまで変わっていないだろうしね」

 

「そういうことだ、さっさと行くぞ」

 

「クライン!待てって!」

 

 髪を逆立てさせた少年、クラインは返事も聞かずに山へと入っていく。

 

 やれやれと溜め息を吐きながらも長髪の少年もその後へ続いた。

 

「これって多数決……?あっちょっと待てって!」

 

 頭を抱えていた少年も置いていかれた事に気付き、慌てて背中を追いかけようとして、足を止めた。

 

「何だ……?」

 

 何者かの視線を感じて辺りを見回すが、ただでさえ薄暗い早朝で何かを見つけられる筈もなく。

 

 気の所為だと脳を無理矢理思い込ませて、全力で友人達の後を追いかけた。

 

――

 

「あれは……」

 

 暗い山道の中、長髪の青年が立ち止まり獣道の端へ行きしゃがむ。

 

「アムニスどうした?」

 

「いや……」

 

 長髪の少年、アムニスは咲いていた花を摘み取ると匂いを嗅いでから、天に(かざ)しそれを見つめる。

 

「美しいなって」

 

「なんだそりゃ……」

 

 クラインは呆れて歩を進めようとするが、肩を掴まれて振り返る。

 

「今度はなんだよ」

 

「この花、見たこと無いんだ」

 

「ああ……?お前が知らないだけじゃねえの?」

 

「僕は花が好きだってこと、君も知ってるだろう?」

 

「そりゃあな、女に色んな花を送っては突き返されてんの何度も見てるしよ」

 

「……それはさておき、この花はこの国の物じゃないよ」

 

 アムニスは鞄から分厚い本を取り出し見せる、そこには花図鑑の文字と美しい花の絵が描かれていた。

 

「僕はこの図鑑に記されている花は全て憶えてるけどね、この花は載っていないんだ」

 

「新種とかだろ?」

 

「だったら良いけどね……」

 

 青年は同じ花を幾つか摘み取ると、紙に挟んで金属製の箱の中にしまう。

 

「まあ、もし新種なら怒られるのも耐えられるかな」

 

 満足そうに頷くと箱を鞄の中にしまい、先を行く友の背中を追う。

 

「おーい!」

 

「どうしたの?」

 

「見てみろよこれ、かっこよくね?」

 

 駆け寄って鍛え短髪の青年がアムニスに見せたのは、頭部に頭に大小二本の角を伸ばした小さな虫だった。

 

「どうしたのそれ」

 

「木の幹に居たのを見つけたんだよ、アムニスなら知ってるかと思ってさ」

 

「リカンドに期待して貰ってるところ悪いけど僕の専門は花なんだよね、だからこれが何の種かは分からないな」

 

「うーん、それもそうか……」

 

 短髪の青年、リカンドは少し頭を悩ませると近くの木に虫を留まらせる。

 

「虫博士なんか知ってるかなー」

 

「どうだろうね」

 

 再び歩き出す二人。

 

「クラインの背中があんなに小さく」

 

「どうする?走る?」

 

「いいだろ、ゆっくり行こうぜ」

 

「そうだね」

 

 その直後。

 

 歩を緩めた二人の背を、猛烈な風が追い越した。

 

「うわ!」

 

「な、何だ!魔術か!?」

 

 突然の事に驚き体勢を崩され、二人は地面に倒れ込んでしまう。

 

 倒れてもなお暴風は続き、二人が起き上がる事を許さない。

 

「魔物の仕業か……!?」

 

「分から、ないけど、どうにかしない、とまずそうだよ……!」

 

「だな、あれ、使うぞ……!」

 

「了解!」

 

 二人は体中の魔力を巡らせ練り上げていく。

 

(うな)れ、雷霆(らいてい)眷属(けんぞく)よ」

 

「目覚めよ、地母(ちぼ)(つるぎ)よ」

 

「『トニトルイ・ビスティア』!」

 

「『ルペム・グラディオ!』!」

 

 全身が雷で形成された四足の獣が、雷鳴を轟かせ木々を焼き焦がし。

 

 地面から伸びる岩盤の刃が暴風事周りの全てを切り潰した。

 

「……!風が止んだ」

 

「ほんとだ起き上がれる!」

 

 リカンドは勢いよく立って剣を抜き放ち、アムニスは無から杖を召喚してそれを支えに立ち上がる。

 

「どうやらあの魔物達の仕業みたいだね」

 

 アムニスが見据える崩壊した木々の下には、人に二対の黒い翼を生やした様な魔物の亡骸がそこにはあった。

 

「……翼人種は絶滅した筈だよな」

 

 アムニスは近くに転がった亡骸に近づき、杖を使って仰向けにさせる。

 

「とても人には見えないね」

 

 黄色い目に黒い瞳孔(どうこう)、魔鳥の様な鋭い(くちばし)、背中から伸びる大きな黒い翼。

 

 全身を覆う短い羽毛、薄い鉄など容易く貫通するであろう鋭い鉤爪(かぎづめ)は突起のある木の塊を掴んでいる。

 

「服着た魔物なんかいたか?」

 

「武器を使うのが居るんだから、服も着るでしょ」

 

「そらゴブリンとかは使うけどよ、コイツラにはなんつうか文明を感じるというか」

 

 リカンドが慣れない考察に頭を悩ませそうになったその瞬間、巨大な炎の塊が空へ燃え広がった。

 

「っと、今はそんな事を話してる場合じゃ無さそうだよ」

 

「だな、さっさと合流しよう」

 

――

 

「焼き尽くせ炎帝!」

 

 荒ぶる赤い業火が空を飛び交う黒い翼を焼き尽くしていく。

 

「ちっ……」

 

 堕ちていく魔物達を睨み付けながら、剣を振り払い鞘に収めるクライン。

 

「クライン!」

 

「遅かったな」

 

「それがいきなり風に襲われてさ、魔物の仕業だったみたいだけど」

 

「そっちもか」

 

「どうする?出直す?」

 

 アムニスの提案にクラインは思案をすると無言で頷いた、それを見てリカンドは安堵(あんど)の溜め息を吐いた。

 

「見たことない魔物だった、強さは大した事ねえがあれ以外にも居るってんなら準備がいるな」

 

「あれ……?また来る感じ?」

 

「当たり前だろ」

 

 そう言ってクラインが帰路へ歩き出そうとすると、眼前に金色の大きな羽根が舞い落ちた。

 

『カッカッカ!見事な術を使うなあお主らは!』

 

 笑い声が聞こえると同時に三人は武器を構えながら空を見上げる、そこには陽の光に照らされ金色に輝く大きな翼を、羽ばたかせること無く宙に浮かぶ大柄の人型が居た。

 

『部下達をこうも容易く(ほふ)るとは、人の子も中々捨てたものではない!』

 

 豪快な笑い声を上げ、人型は羽を集めて作ったかのような大きな団扇(だんせん)で自らを(あお)ぐ。

 

「魔物が、人の言葉を……」

 

「……只者じゃ無さそうだね、あれ」

 

 アムニスは何時でも魔術が起動できるよう体内の魔力を練り続け、頭の中で詠唱を続ける。

 

「どうすんだよ、なんか親玉っぽいの出てきちゃったぞ……!」

 

 リカンドは冷や汗をかきながらも集中を切らすこと無く、人型の金色の目から視線を逸らさず剣を強く握り締める。

 

「……」

 

 クラインは人型の次の挙動を見逃さぬよう見据えながら、体内の魔力を全身に巡らせ肉体を強化し、状況に相応しい魔術の選別をする。

 

『ふむ、中々の気よ』

 

 人型は地に立つ三人を見下ろし観察する。

 

「……奴が戦う意志を見せたらすぐに魔術を撃て」

 

「うん」

 

「わ、分かった」

 

『どれ、お主らの力、ワシが試してやろう』

 

「……今だ!」

 

 人型が羽団扇を振り上げると同時に、三人が魔術を起動し放った。

 

 業炎、雷撃、土槍が人型に襲いかかり爆煙を巻き起こす。

 

「今のうちに逃げよう!」

 

『この程度では防風も破れぬぞ』

 

「なっ……!」

 

 瞬間、人型を中心に暴風が巻き起こり地上の三人を除いた周囲の全てが吹き飛んだ。

 

『どうした、もっと撃ってこい』

 

 天狗は何事も無かったかのように自身を扇ぎながら、片膝に足を乗せ空中に座る。

 

「……今、何をした?」

 

「魔物が使う魔術の規模じゃないよこれ……」

 

「周辺を吹き飛ばすなんて余っ程でかいか、それこそ龍ぐらいだろ……」

 

 信じられないという表情で人型を見つめる三人、心には既に(ひび)が入っていた。

 

『ふうむ、お主らが来ないのならばこちらから行くとしよう』

 

 人型が羽団扇を天に目掛けて振るうと、空に浮かぶ雲が集まり日の光を覆い隠し、大振りの雨が振り始める。

 

『愉快な術を見せてくれた礼だ、天狗の神通力、とくと味わえ』

 

 雨雲が唸り雷鳴が駆け巡る、さらに風が吹き荒れ三人の身体を打ち付けていく。

 

「クソっ」

 

「天候を操ったって事……?冗談じゃないねえ……」

 

「やっぱ来るんじゃなかった……!」

 

 轟雷が降り注いだ。

 

 —————

 

「ぐ……がっ!」

 

 最後の一人が地面に倒れ込み、漸く落雷が止まる。

 

『これは驚いた、随分と頑丈だ』

 

 地面に降り立った天狗が羽団扇を振るい雲を霧散させると、傍に白い毛並みをした二足歩行の獣達が降り立ち片膝を付いた。

 

 しかし通常の獣と違うのは、その白い獣も衣服を身に纏っているということだ。

 

哨戒(しょうかい)をしてまいりましたが、やはり山ごと切り離されたようです』

 

木っ端(こっぱ)妖共も見当たりません、我ら天狗のみがこの地へ移されたと考えられます』

 

『山を少し離れ周囲を飛んでみましたが、獣や植物もかなり違いますね』

 

『大天狗様、これからどういたしましょう』

 

 大天狗は羽団扇を扇ぎながら思案する。

 

『まずはこの地を知らねばならぬ、近くの人間を連れて来い』

 

『は!』

 

『倒れている人間達はいかが致しましょう』

 

『檻に繋いでおけ、まだ聞く事がある』

 

『は!』

 

 白い獣は二手に分かれると、片側が倒れた三人を担ぎ山の頂上へ飛んでいき、片側は人里を目指し山の下側へと飛んでいった。

 

『あの性悪の術であってもここ迄の事は出来まい……、であれば神か仏か』

 

 大天狗は周囲を振り払うように羽団扇を一回転させる、すると崩れた木々を押しのけるように、地面から新たな草木が急速に伸び始めた。

 

『僅かだが別の妖気を感じる……、この地に連れてこられたのはワシらだけでは無いらしい』

 

 さらに大きく羽団扇を振るうと、倒れていた一部の天狗達がのそり起き上がる。

 

『ただの人間と見て侮ったか、まったく情けのない事だ』

 

 起き上がった天狗達は大天狗を見つけると、次々と前に膝を付いていく。

 

『烏』

 

『ここに』

 

 音もなく、黒き大きな翼に黒く鋭い嘴、そして金色の錫杖(しゃくじょう)を持った5体の天狗が現れ、大天狗の傍に(ひざまず)いた。

 

『東の山を抑えよ、そこを第二の地とする』

 

『ただちに!』

 

『お前達は北へ飛べ、そこで共同の話をつけて来い』

 

『はっ!』

 

『南西に飛べ、そこで妖気を辿り正体を探って参れ』

 

『かしこまりました!』

 

 烏天狗達は主君の命を果たすべく一斉に飛び立った。

 

『鬼が来るか、はたまた別のナニカか』

 

 大天狗は凶悪な笑みを浮かべ、羽団扇を振るい旋風(せんぷう)と共に木の葉を巻き上げる。

 

『どちらにせよ、楽しめそうだ』

 

 そして天まで続く木の葉の旋風に身を包むと、その姿を消した。

 

 高くそびえる山に木の葉の雨が降り注ぐ。

 

 その地は『神の住む山』と人々には恐れられていた。

 

――

 

 「やはりおかしい……」

 

 森を抜けた所で一度馬車を止め、懐から小箱を取り出す。

 

 結局、森の中を走る最中に魔物に襲われる事は一度も無かった。

 

 箱を開けば中の石は綺麗な輝きを発し続けているままであり、特に変わりはないようだが。

 

「……!」

 

 不意に、妖刀が震え出した。

 

「妖か……?」

 

 柄に手を掛け周囲を探ると、僅かにだが妖の気配を感じた。

 

 妖の気配、妖気である事は間違いないのだが、鬼程に強烈なそれではない。

 

「……」

 

 気配を辿りながら、ゆっくりとその位置へ身体の正面を向け、何時でも動けるように姿勢を僅かに下げる。

 

 殺気を込めながら辿った先を睨みつけると、茂みが揺れ、黒く小さな獣が飛び出した。

 

『ミャァ……』

 

 銀の瞳に黒い毛並み、二又に分かれた尻尾。

 

 姿は小さいがその気配は間違いなく妖のものだ、だが敵意は感じない。

 

 最小限の警戒は保ちながらも殺気は抑え、構えを解く。

 

「お前は猫又か、何用でここに来た」

 

 『猫又』、日の本で長い時を生きた猫という獣が妖になった姿だ。

 

 人にとって悪戯(いたずら)の範囲を超えるような行いはしないようだが、それでも妖だ、何をするかは分からない。

 

『さぞ高名な妖であろう貴方様に、失礼を承知でお願いがございます』

 

「妖……?」

 

『……!わ、矮小な力しか持たない私めを、どうかその庇護下に置いていただけないでしょうか』

 

 私の気に触ったとでも思ったのか、口調を早める猫叉。

 

『お望みとあれば』

 

「……!」

 

 瞬間、猫又の黒い身体が青い炎に包まれた。

 

 そして炎が晴れると、黒い長髪に青い日ノ本の服を纏った少女が現れた。

 

「供物でも何でも、貴方様に捧げます、ですからどうか、お傍に置いて頂けませんか?」

 

 猫叉は地に手を着き、髪が地面に着くのも構わずに頭を下げる。

 

 どうしてそこまで必死なのかは分からないが、まずは前提を正しておくべきだろう。

 

「何か勘違いをしているようだが、私は妖ではなく人間だ」

 

「ご、ご冗談を……、それ程の妖気を持ち合わせた人間など、ありえませぬ」

 

 妖気、妖が持つと言われる気力であるが、私からそれを感じる原因は恐らくはこれだろう。

 

「顔を上げよ」

 

 ゆっくりと妖刀を鞘から引き抜いていく。

 

「はい……、な、何を……!」

 

 顔を上げた猫叉は妖刀を見て、その顔を恐怖に染め上げた。

 

「お前達にはこの刀が何か分かるだろう」

 

「よ、妖刀ですか……?」

 

「そうだ、そしてお前が私の事を高名な妖だと感じたのはこの妖刀が原因だろう」

 

 鬼を斬った際、奴の妖気をこの刀が吸収していた、その結果大妖と間違う程の妖気を宿しているのだろう。

 

「では……、アナタはただの人間だと……」

 

「ああ」

 

 猫叉が纏う雰囲気が変わり、ゆらりと立ち上がる。

 

「人間如きに頭を下げるなど……、一生の不覚っ……!」

 

 怒りの形相で此方を睨み付けてくる。

 

「ならばどうする」

 

「お前を私の足にしてやる、精々感謝しろ」

 

 猫叉は鼻で笑うと、見下したような笑みを見せた。

 

「足だと?」

 

「我を人里へ連れいてけ、人間』

 

 再び青い炎に包まれ獣に姿を変えると、荷台に乗り込んだ。

 

 妖とは生来身勝手な存在なのだと書かれていたが、鬼然り猫叉然り、事実その通りのようだ。

 

「猫叉、お前は人を喰ったことがあるか」

 

『舐めるな、我がそのような物を口にするわけが無いだろうが』

 

「そうか」

 

 嘘を付いている用には聞こえない、とはいえ相手は妖だ、信用し切ることは出来ない。

 

『我の事はアキ様と呼べ、人間』

 

「ならば私の事はアルマと呼ぶといい」

 

『フン、貴様など人間で十分だ』

 

 妖刀を鞘に収め荷台の轅の傍へ歩くと、強い風と共に妖気がもう一つ現れた。

 

『異なる地へ来てなお人間に()(へつら)うとは、相も変わらず情けのない事だ』

 

 天から黒い両翼が舞い降りて来る、その手には金の錫杖を持ち、一本下駄を履いた黒い妖。

 

『烏天狗……!』

 

『妖気を辿って来てみれば、そこに居るのは矮小な猫叉に人間とは、些か期待外れだ』

 

 鬼、猫叉、そして天狗。

 

 どうしてこの地に妖達がいるのかは分からない、だがそこには初代がこの地に来た秘密があるはずだ。

 

『いや……?おい、そこの人間』

 

「なんだ」

 

『お前からは妙な気配がする、一体何をした?』

 

 妙な気配、妖気とはまた違う何かを感じ取っているのか……?

 

 あるとすれば。

 

「鬼を斬り、その力を受け継いだ」

 

『ア ハ ハ ハ ハ ハ!』

 

 何がおかしいのか、烏天狗が手の平で顔を覆い笑い出した。

 

『たかが人間が鬼を斬り、よりにもよって鬼から力を受け継いだなどと面白い事を言うなお前は!』

 

 烏天狗は懐から木の葉の束を取り出し周囲にばらまいた。

 

『ならばその腕、測ってやろう!』

 

 ゆらりと地面に着いた木の葉は小爆発を起こし煙に包まれ、それが晴れると黒い羽根を持った剣士達に姿を変えていた。

 

「……」

 

 剣士達の顔には大きな葉が張り付き、表情は読み取る事が出来ない。

 

 姿勢を低く構え妖刀の柄に手を添える。

 

 数は九、武器は刀の一振りのみであり、槍や弓などの長物を扱う者はいない。

 

『かかれ』

 

 瞬間襲い来る振り下ろしを身体を半身ずらすことで躱し、逆側からの一突きを籠手を滑らせることで軌道を変える。

 

 そのまま左の拳を作り木の葉目掛けて思い切り振りぬくと、剣士の首が抵抗も無く千切れ飛んだ。

 

(脆い……)

 

 そのまま駆け出し立ち塞がった剣士の腹を勢いのまま蹴りつけると、後方に控えた数人ごと吹き飛び、手足が折れ曲がりながら地面に転がる。

 

 その場から後方に宙返りしながら、下で刀を振り抜いた剣士の首に抜刀斬りを放つ。

 

 地面に着地し、連鎖のように襲い来る刀を躱し捌きへし折り、三人の胴体を横一閃に纏めて断ち切る。

 

「ふぅ……」

 

 息を入れ直し妖刀を収め姿勢を限りなく低くしながら走り出し、強く踏み込みながら抜刀斬りを放ち、迎え討とうと振り下ろされた刀ごと首を跳ね飛ばす。

 

「こんなものか」

 

『見事な体捌きと力よ、人間程度の耐久力の人型とはいえこうも屠るとは』

 

 烏天狗が腕を振るうと地面に転がった剣士達が崩れ、ただの木の葉へと戻った。

 

『お前であれば大天狗様もお喜びになるだろう』

 

「大天狗だと……?」

 

『北東の山に来い、歓迎してやる』

 

 烏天狗は翼を羽ばたかせ、彼方へと飛び去った。

 

『烏だけならまだしも、大天狗も来ているというのか……?』

 

 『大天狗』数多の天狗を纏める総大将。

 

 神通力と呼ばれるその技は様々な奇跡を呼び起こし、その力は神にさえ匹敵するという。

 

「鬼の次は大天狗か、面白い」

 

 己の限界を測るには良い機会だ、腕試しに行ってみるのも悪くない。

 

『……人間にしては中々やるようだな』

 

「腕にはそれなりの自信がある」

 

 轅を乗り越え掴み歩き出し、ゆっくりと速度を上げていく。

 

「自らを矮小だと卑下しているようだが、お前が望むのならば私が稽古を付けてやるぞ」

 

『抜かせ、誰が人間の稽古など受けるか!』

 

「そうか」

 

 妖には妖の気位という物があるのだろう。

 

 —————

 

『おい人間!速度を出しすぎだ!』

 

 馬車を押しながら振りかえれば、猫又が転ばないようにしているのか、荷台に爪を立て体勢を低くしていた。

 

「……」

 

 妖という者は総じて人間よりも高みにいる存在だと思っていたが、案外そうではないのかもしれない。

 

『この化け物め……!』

 

「化け猫が何を言っている」

 

 これ以上荷台に傷を増やされないよう、速度をいくらか下げることにした。

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