武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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魔導学術園

 木々の密集した傍に荷車を止め(ながえ)を飛び越える。

 

「今日の所はここで休むとしよう」

 

 搭乗者がいる事で最高速度を出す事が出来ず、今日中に到達する事は出来なかった。

 

『眠る度に速度を上げよって、貴様のせいで休めなかったではないか……!』

 

 とはいえ明日の朝には辿り着くことだろう、烏天狗の言っていた事は気になるが、一先ずは荷物の移送を優先させて貰う。

 

「妖とは存外繊細な物なのだな」

 

 落ちている枝を拾い集め地面に横に並べ、それを挟むように石を置く

 

「猫叉、火を起こしてもらえないか?」

 

『なぜ我が人間に手を貸してやらねばならぬのだ』

 

「そうか」

 

 樹脂を置いて火打金で発生させ着火する。

 

『……』

 

 鍋に水と干し肉を入れ石に橋をかける。

 

「お前も中にある物は好きに食うといい」

 

『礼は言わんぞ』

 

「そのくらい気にはしない」

 

『ふん』

 

 ――

 

「猫又とは人に飼われていたものが妖になったと遺されていたが、お前もそうか?」

 

『……昔の事など等に忘れたわ』

 

「そんなものか」

 

 荷台に柱を立て、布を被せていく。

 

『おい、一体何をしている』

 

「寝床を作っている」

 

 猫又を持ち上げて、座っていた布を取る。

 

『なっ、貴様!何処を触っている!』

 

「布を敷く、外に出ていろ」

 

 暴れる猫又を地面に置き、布を広げ馬車に敷き、刀を外して端に寄せて置く。

 

 装備をすべて外し、それも端の方へ寄せておく。

 

『異様な気配のする刀だな、それを持つ貴様の気が知れん』

 

 猫又が荷台に飛び乗り横になり始めた。

 

「ある種運命のような物だ」

 

『運命?呪いの塊だろう』

 

 これを手にして間違いなく世界が広がった、何であれ運命的な出会いであったことには変わりない。

 

 靴を脱ぎ荷台に乗り込み横になる。

 

『あっ、おい貴様!我の寛ぎを邪魔するつもりか』

 

「小さいお前にはそれだけの場所があれば十分だろう」

 

『ここは既に我の場所だ、貴様は外で転がっていろ』

 

「これは私が金を出して買ったものだ、お前に指図される謂れなどない」

 

『くっ、人間の癖に生意気な……、その首噛み切ってやろうか』

 

「その小さな口で出来るものならな」

 

 喧しく暴れる猫又を放って目を閉じる。

 

 ――

 

『……っ!』

 

 

『……!……なせっ!』

 

 

『……あっ!やっやめ、撫でるなあ!』

 

 余りの喧しさで起こされ、目を開けると、人の姿になった猫又が私の腕の中に収まっていた。

 

「……何をしている」

 

『此方の台詞だケダモノめ……!我が貴様のような男に身体を許すとでも思ったか……!』

 

「ケダモノはお前の方だろうに」

 

『だまれ、離せ……!』

 

 猫又を解放してやると素早く傍を離れ、自らの身体を抱き締めながら赤い顔で睨みつけてきた。

 

「なぜ人の姿になっている」

 

『うるさい』

 

 外を見るがまだ日が昇る様子もなく、焚き火が高く燃え続けていた。

 

「……まあいい、私は寝る」

 

 また同じ状況にならないよう、背中を向けて横になってやる。

 

『……』

 

 寝ている間も気を抜いてはいなかったが、悪意という物は感じなかった。

 

 これならば人里へ連れて行っても問題は無いだろう。

 

 隣に横になる音を聞きながら再び目を閉じる。

 

 ――

 

 屋根に止まった魔鳥の鳴き声で目を開く、逃げ出さない魔物もいるということだろうか。

 

 動きづらさを感じながらも視線を外に向けると、僅かに明るく朝日が昇り始めていることが分かる。

 

『……すぅ』

 

 背中に熱と息を感じる。

 

 起こさないように腰に回された手を離させ、ゆっくりと荷台から降りる。

 

「人に飼われていた頃の名残か……?」

 

 猫又となる前の『猫』という獣は人と暮らしを共にしていたともあったが、それは妖となった今でも友好的な存在なのだろうか。

 

 身体を水拭きし装備を身に着け、轅を掴み歩き出す

 

 猫又が起きるまでは余り速度は出さないでおくとしよう。

 

 ――

 

「あれが魔導学術園」

 

 暫く走り続けていると比較的長大な城壁と、幾つかの建造物が見えてきた。

 

「少し速度を上げるぞ、しっかり捕まっていろ」

 

 強く踏み込み一気に加速する、後ろで猫又がまた喧しく騒いでいるが落ちはしないだろう。

 

 巨大な門の前で立ち止まり周囲を見渡す、門兵は配置されていないようだ、分厚い壁と魔道士達が集えば必要ないということか。

 

 城門の横に見つけた小さな金属の扉の前に立ち、三回叩く。

 

「連盟の者だ、依頼の品を持ってきた、ここを開けてくれ」

 

 返事は無い、傍には誰も居ないのだろうか。

 

 人を呼ぶにはどうしようかと一瞬考え、手の甲で巨大な方の門を叩き、大きな音を発生させる。

 

『な、なにをしている……!』

 

「人を呼んだ」

 

 門の向こうから人の叫び声と幾つもの足音が聞こえてくる、そして門の横にあった扉から青い鎧を身に着けた者達が飛び出し展開を始めた。

 

「何者だ貴様!」

 

「門に攻撃をするなど何を考えている!」

 

「連盟より依頼の品を持ってきた、通してほしい」

 

「なに……?一体何を運んできた」

 

「結界の核だ」

 

「結界の核?……おい、上に話を聞いてこい」

 

「は、はい!」

 

 青鎧の一人が扉の向こうへと走っていく。

 

「お前一人か?」

 

「いや、あと一匹いる」

 

 隠れていた猫又の首を掴んで見せる。

 

「見たことが無い使い魔だな、……あんまり懐いていないようだが」

 

「素直じゃないようでな」

 

 暴れる猫又を荷台に降ろすと、布袋の中に入り込んでしまった。

 

「馬がいないようだが、逃げ出したのか?」

 

 別の青鎧に馬車を観察しながら問いかけてくる。

 

「最初からいない、私が自力で引いてきた」

 

「引いてきた……?どこから」

 

「ザーウェイからだ」

 

 青鎧達が一斉に此方を向く、それ程驚くことではないだろうに。

 

「おいおい……、街の中じゃ比較的近い方とはいえそれは無理だろ」

 

「試してみれば無理が分かるだろう」

 

「なんか馬車に工夫してんのか……?俺がやってみてもいいか?」

 

「構わない」

 

 大柄の青鎧の一人が轅の下を潜り掴む、そして思い切り押すと馬車がゆっくりと動き出した。

 

「おお、流石力持ち」

 

 青鎧の全身が発光すると、馬車は質量が消えたかのように軽く移動し始める。

 

「いや、強化しないとやっぱきついな」

 

 荒い息を吐きながら青鎧は轅から手を離し、くぐって馬車から離れた。

 

「強化してでもこれを一日押して歩くのは拷問が何かだろ」

 

「そういうものか」

 

 門の向こう側に消えた青鎧が再び走って戻ってきた。

 

「依頼の確認取れました!門を開けて良いそうです!」

 

「そうか」

 

 一団を纏めているような青鎧が腰袋から金色の棒を取り出すと、門のすぐ横に開けられた穴にそれを差し込み半回転させる。

 

 すると、巨大な門が半分ほど持ち上がった。

 

「何を想定してこれ程の門が作られた?」

 

「さあな、だが昔はでかい魔物をバンバン狩ってくる魔道士が居たらしい、そういう奴ら用じゃないか」

 

「通っていいぞ」

 

「ああ」

 

 轅を乗り越え門の中まで押し運んでいく。

 

「……なあ、今魔術の反応あったか?」

 

「……いや、全く感じなかった」

 

「依頼主はどこに?」

 

「……!ああ、そのまま進めば赤い屋根の建物がある、そこで案内してもらえ」

 

「分かった」

 

 幾つもの視線を感じながらも道を進んでいくと、赤い建物の扉前に立っている男と目が合った。

 

「貴方が連盟の方ですか?」

 

「ああ、依頼の品を持ってきた」

 

 懐から木箱を取り出し見せる。

 

「移送ご苦労さまです、学長がお待ちですのでどうぞ中へ」

 

「分かった」

 

 受け取りに来たのだと思ったが、直接渡しに来いということか。

 

 矢筒を身に着け、弓を背中に掛け轅を乗り越える。

 

「……お前も来るか?」

 

『人里に来た以上、貴様の力などいらんわ』

 

 猫又は荷台から飛び降りると、何処かへ走り去ってしまった。

 

「行ってしまいましたけど、良いんですか?」

 

「大丈夫だろう」

 

 男に案内されながら建物の中へ進むと、同年代の者達と何人もすれ違った。

 

「彼等はここの生徒か?」

 

「はい、皆ここ魔導学科の学友です」

 

 今は休息時間なのか各々が楽しそうに語り合っている、将来的には彼らが国を担う魔道士になるのだろう。

 

 階段を幾つか登り、廊下を進んで三つ目の扉の前で男が立ち止まった。

 

「学長、連盟の方が来られました」

 

「通してください」

 

 扉の向こうから穏やかそうな女の声が聞こえると、男が扉を開けて横にずれる。

 

「どうぞ」

 

「案内ありがとう」

 

「いえ、では失礼します」

 

 男は私と学長にそれぞれ一礼すると扉を閉めて行った。

 

「連盟のアルマ=リュウガンジだ、依頼の品を持ってきた」

 

「私は魔導学術園魔導学長のタリア=トリニティと申します、移送ご苦労さまです、予想よりもかなり早い到着で大変驚きました」

 

 トリニティが席から立ち上がると、近くまで歩いてくる。

 

 背丈が私の目線の辺りにまであり、薄い茶色の髪を腰まで伸ばし、赤い縁の眼鏡を掛けている。

 

 服装で言えば正に魔道士といった風貌(ふうぼう)だが、その恵まれた背丈からして武術の才もあるかもしれない。

 

「本当であれば昨日の内に到着したいところではあったが……、不備がないか確認してほしい」

 

「はい、お預かりします」

 

 木箱を開けば、黒い結晶の中の粒子が輝きを放ち始める。 

 

「傷一つなく完璧な状態ですね」

 

 トリニティは木箱を閉じて机に置くと、金庫から紙幣を取り出し厚い束にすると、細かい装飾が施された赤い布紐で纏める。

 

「なにか包める物があれば良かったのですが、これでも宜しいですか……?」

 

「構わない、それよりも随分と多い気がするが」

 

「この石の性質もありますが、それ程に重要な依頼だという事ですよ」

 

 石の性質とやらはいまいち実感することが出来なかったのは残念だが、無事に依頼を終えるに越したことは無いか。

 

「どうぞ」

 

「確かに受け取った」

 

 トリニティの手の平から札束を受け取り、財布の中にしまう。

 

 これにて依頼完了だ、次の目的地は天狗がいる山だが。

 

「……ここを発つ前に少しの時間、この学園の見学をしてもいいだろうか」

 

「ふふっ、是非見て回っていってください」

 

 トリニティは柔らかく微笑むと、引き出しから緑に染められた腕章を取り出した。

 

「その間はこれを身に着けてくださいね?じゃないと守衛の方に摘み出されちゃいますから」

 

「気をつけよう」

 

 魔術の扱えない私には縁のない場所であったが、ここに来られたのも妖刀のお陰だと思うと、いささか不思議な心境だ。

 

「良ければご案内しましょうか?」

 

「それは大変有り難い話だが、学長という立場は忙しいだろう」

 

 学長という役割にどれだけの意味があるのかは分からないが、長と呼ばれるくらいなのだから任される仕事は多いのだろう。

 

「私もこれから休憩を取ろうとしていたところですから、気になさらないでください」

 

「貴重な時間を済まないな」

 

「ふふっ、それは言わないお約束ですよ」

 

 随分と出来た人間だと感じる、人を纏める立場であればこれだけの度量は求められるのだろう。

 

「まずはこの学び舎、魔導学科は魔術の基礎から応用まで、他にも魔道具の製作や錬金術を学ぶことが出来ますよ」

 

「ふむ、魔術も錬金術も同じ魔導なのか?」

 

「はい、行われる事や求められる事に差異(さい)はありますが、どちらも魔法を再現する事を目的として開発された学術です」

 

『魔法』原初の魔族達が起こす奇跡の総称、その力は世界を繋ぐことさえ出来たという。

 

「魔法を導き出す学術、それが魔導学なのですよ」

 

「魔の祖に肩を並べようとしているのか、面白い」

 

「ええ、面白いですよ、貴方も学んでみませんか?」

 

「いずれ知識を得に門を潜るのも良いかもしれないな」

 

 扱えない事を嘆く日が増える事になるかも知れないが。

 

「その日を楽しみにしていますね」

 

「ああ」

 

 彼女と共に学び舎を歩いていると、熱意のある視線で見ている学生達を多く見かける。

 

 相当に慕われているのだろう。

 

「あ、学長おはようございます!」

 

「はい、おはようございます」

 

「学長おはようございます!先日の助言のお陰で試験突破出来ました!」

 

「おはようございます、その調子で頑張ってくださいね」

 

 日頃から学生達と真摯(しんし)に接しているのだろう、負の視線を感じることが無い。

 

「隣の子って転入生ですか?」

 

「いいえ、こちら大事な物を運んできて下さった連盟員の方で、今は学園のご案内中ですよ」

 

「へー、学長直々なんて羨ましいなぁ」

 

 頭を下げてどこかへ向かう学生達の背中をトリニティは見送ると、再び歩き出した。

 

「貴女には魔術だけでなく、人から慕われる魅力というモノを学ばせて貰いたいものだな」

 

 いずれ将となり人を率いるのならば、武だけではなく求心力を鍛えねばならないのだろう。

 

「その言葉を紡げる貴方には十分な魅力があると思いますよ」

 

「そうだろうか」

 

 今まで出会った人間には好意的に見てくれている者は確かに居たが、数で言えば恐れられる事の方が多かった。

 

「ただ、余りに真っ直ぐだと相手の心を貫いてしまう事もあるかもしれません」

 

「成る程、良い勉強になった」

 

 その後生徒が普段使うという教室、魔道具を作る設備や錬金術を行う際に使われる大きな壺、魔術の練習が行える大規模な修練場を観て回った。

 

 魔導学科の学び舎を出て、その向かいにある建物に入る。

 

「こちらは魔戦学科、戦闘に重きを置いた魔術や戦闘技能を学べますよ」

 

「確かに、武器を身に着けている者が多い」

 

 リズが通っているのはこっちの方だろうか。

 

「トリニティ学長、こっちの校舎に来るのは珍しいですね」

 

「はい、こちらの方に学園の案内をしてさしあげようかと」

 

「案内、ですか……」

 

 長髪の男が此方を見てくる。

 

 背中には幅広の剣を背負いっているが、服装は他の学生と何ら変わりがないため、どこか不思議な格好だ。

 

「連盟員のアルマだ」

 

「魔戦学科のラヴェルです、宜しくね」

 

 握手に応じると手の平の厚みがあるのがよく分かる、魔術に頼り切っているのではなくしっかりと鍛錬が積まれているようだ。

 

「広場で武器を使った模擬戦がもうすぐ始まるから、良ければ見てってね」

 

「それは楽しみだ」

 

「では、僕はこれで」

 

 ラヴェルは軽く一礼をすると校舎の外の方へ歩いていった。

 

 剣だけなのか魔術を交えたものかは未知だが、とても興味深い。

 

「先に広場の方を見に行きますか?」

 

「いや、建物の中が先でいい」

 

「分かりました」

 

 案内されたのは生徒が座学を学ぶ教室、戦闘訓練などが行える武器用の場、大規模な魔術の行使が出来る場、そして的が並んだ射撃演習場であった。

 

「広いな」

 

 的が並ぶ方を見てみれば多様な形の大きさの物があり、中には宙を自由に飛び回る的もあるようだ。

 

「ここではいい訓練が積めそうだ」

 

「良ければ射ってみませんか?」

 

「そうだな、弓は貸りられるだろうか」

 

「背負っている弓ではいけないのですか……?勿論お貸しも出来ますが」

 

「これは少し威力が強すぎてな、以前このような場で訓練をした時に怒られてしまった」

 

 故郷の物はまだ良いだろうが、他所に来てまで壁に穴を開けるのは少し憚られる。

 

「ここでならその心配は要らないわよ、アルマ」

 

 入口の方から聞き馴染みのある声が聞こえ振り返ると、学生服を纏ったリズリーがそこには居た。

 

「リズ、来ていたのか」

 

「それはこっちが言いたい事だわまったく……、トリニティ学長、おはようございます」

 

 リズリーは呆れたような表情を切り替えると、トリニティに丁寧な挨拶をする。

 

「あ、おはようございます!」

 

「……」

 

 リズリーが挨拶をすると、その後ろにいた二人の学生が続いて頭を下げる。

 

「おはようございます、お二人はお知り合いだったのですね」

 

「故郷が同じでな、それで本当にこの弓でもいいのか?」

 

「大丈夫ですよ、壁にも標的にも修復機能が付いていますからね」

 

 トリニティが代わりに答えてくれた。

 

「では一射やらせてもらおうか、立ち位置はどこに」

 

「あそこの青い円は見えますね?その中で的の起動と動きの指定が出来ますよ」

 

「起動が必要な物なのか」

 

 背中から弓を外し立ち位置らしき青い円に向かおうとすると、何を思ったのかリズリーが先にその場へ立った。

 

「リベットさん?そこはアルマさんにこれから使って頂こうと……」

 

「彼には初めての事ですから、今回は弓に集中してもらおうかと思っていたのですが」

 

 彼女がこのような行動をとった、つまりは動かすことに魔力を要求されるのだろう。

 

 別に隠すような事では無いが、好意を受け取っておこう。

 

「ならば頼めるか?」

 

「勿論よ」

 

 リズリーが視線を前向けると、様々な種類の的が飛び回り始める。

 

「流石リズリーさん……!あれだけの的を一度に動かせるなんて……!」

 

 邪魔にならない立ち位置にいる学生が羨望の眼差しをリズに向けている、確かに的はそれぞれが意志を持ったように自由に動き回り、一つとして起動がまったく同じ物が無い。

 

「さて、どれを狙うのかしら?」

 

 挑戦的な目をリズに向けられる。

 

「ではあの一際小さな赤を狙おうか」

 

 他の的は大なり小なり中央以外の白い部分がある、だがあれには赤い部分しかない。

 

「自由に動かすといい、確実に撃ち抜いて見せよう」

 

 リズの隣に達の矢を一本引き抜く。

 

「言ってくれるじゃない、格好悪い姿を(さら)しても知らないわよ?」

 

 赤い的の動きがさらに早く、立体的なものになる、それだけでなく他の的もそれを隠すように激しく動き回る。

 

「そうでなくてはな」

 

 弓を前に構え矢を番え、息を吸い込みながら引き絞り的へ狙いを定めていく。

 

「あ、あんなの当たるわけないよ……」

 

 息を止め身体を固定し集中力を高めていく。

 

 そして、打つ僅か前に弓の位置を右にずらし弦を開放する。

 

 解き放たれた矢は複数の的をすり抜け、一番奥で方向を転換させた赤い的を奥の壁に縫い付けた。

 

「ふう……」

 

 止めていた息を吐き出し弓を背中に戻す。

 

「……すごい」

 

 小さな声がやけに響いて聞こえる。

 

 周りを見やれば、道場中にある視線が集まっている。

 

「……やられたわ、よく私が的を引き返させるって分かったわね」

 

「長く共にいたんだ、それくらい分かるさ」

 

 軽口を言うとリズが少し(にら)んでくる、揶揄(からか)われたと思ったのだろうか。

 

「あらあら」

 

「……貴方はどうしてこう、人前で恥ずかしげもなく言えるのかしらまったく」

 

 リズが青い円を起動させると、砕けた的達が何処かへと飛んでいく、ああして修理をする場所へ運ばれるのだろうか。

 

「では広場という場所に案内してもらえるか?ここの模擬戦というものを見てみたい」

 

「それは構いませんが、リベットさんじゃなくて私で良いんですか?」

 

「彼女達も用があってここに来たのだろう、私に時間を使わせる必要は無い」

 

 リズは弓の修練、それと後ろ二人の指導と言った所だろう。

 

 彼女達にとっての貴重な時間を邪魔したくはない。

 

「分かりました、ではこちらにどうぞ」

 

「ああ、またな」

 

「……ええ、また」

 

 リズは何処か不機嫌そうだったものの、しっかりと返事は返してくれた。

 

 ――

 

 トリニティに連れてこられたのは場所は、半円球の透明な壁が張られた空間がある所であった。

 

 中央では学生の二人が剣や魔術を交わす激闘を繰り広げていた、よく見れば片側は身体の至る所から出血をしている。

 

「模擬戦と言うには随分と激しいな、あれでは死人が出るぞ」

 

「その点に関しては心配は要りませよ、とはいえこれ以上は止めたほうが良いですね」

 

 トリニティは何もない空間から光と共に長い杖を出現させると、それを天にかざす。

 

 すると、結界内に飛び交っていた魔術が全て消滅した。

 

「な、なんだ……?」

 

「あれ?トリニティ学長だ」

 

 周囲の視線が此方に集まる。

 

「結界があるとはいえ熱中し過ぎちゃいけませんよ、ここは自身を高める為の場所なのですからね」

 

「す、すみません」

 

「ごめんなさい」

 

 模擬戦を行なっていた二人は気まずそうに結界の外にでる、すると服を汚していた血と身体中の傷が全て消え去った。

 

「傷が癒えた、いや戻ったのか……?」

 

「模擬場に張られた結界は中にいる人の死を防いでくれるのですよ」

 

「そのような魔術が……?」

 

「ええ、とある魔道士が編み出したそうです」

 

 確かにこの結界があれば、相手を殺す心配もなく稽古が行えそうではあるが、一線を容易く越えるようになってしまうのではないだろうか。

 

「成る程、とはいえ白熱し過ぎてしまうのも問題だな」

 

「そうですね、どちらかが終了を宣言すれば終わるようになっているんですが、負けを認めたく無い子もいますから」

 

「気持ちは分からなくは無いがな……」

 

 続いて二人の学生が結界の中に入る、片側は先程校舎で話をしたラヴェルだ。

 

 武器はお互いに諸刃の剣であり、盾などは持っていないようだ。

 

「こっちが勝ったら、分かってるよな?」

 

「二言はないよ」

 

『両者準備は良いですか?では、……始め!』

 

 ラヴェルが腰の剣を引き抜くと、対戦相手である青髪が巨大な炎を発生させ射出した。

 

 だがその炎はラヴェルに届く事なく、何処からか飛来した雷の剣に真っ二つに裂かれ結界に直撃し消滅した。

 

「『フォースブレイド』」

 

 ラヴェルの傍に四振りの雷剣が出現しその周囲を旋回する、そして引き抜いた剣を構え青髪の元へ一気に加速をした。

 

 対する青髪は小規模な炎を幾つもの放つが、雷の剣に阻まれ有効打を与えることが出来ない。

 

「チッ!『フレイムエンチャント』!『フレアフィールド』!」

 

 青髪の剣が燃え盛る炎を発し、足元から白熱した炎が広がり地面を焼き尽くす。

 

 だがラヴェルは焦る素振りも無く高く飛び上がると、旋回する内の一本を射出する、がそれは青髪に弾かれた。

 

 だがそれによって隙ができた。

 

 ラヴェルは雷剣の一振を背後に止めると体勢を半回転し、空中に固定された雷剣を蹴り空中で一気に加速する。

 

「はあああああああ!」

 

 掛け声と共に剣を振り降ろし、青髪がなんとか構え直した炎剣を弾き落とした。

 

「……クソッ!」

 

 武器は手元を離れ、さらには二本の雷剣が貫かんと狙っている。

 

 勝負は決した。

 

 青髪の持っていた剣から炎が消え、地面に広がっていた白炎が燃え尽きた。

 

『勝負あり!勝者ラヴェル!』

 

 観戦をしていた学生達が歓声を上げる。

 

 戦いの時間は僅かだったがそれぞれの力量を測るには十分だった、雷剣に関しては手数や技量を補うだけではなく足場として活用するなど、魔術の応用に長けているのだろう。

 

「面白いものが見れた」

 

 殺し合いを抜きにした純粋な力の争い、武道大会などを観るような感覚だ。

 

「他には使い魔預かり場などがありますけど、見ていきますか?」

 

「使い魔預かり場……?」

 

 案内されたのは入り口がかなりの大きさをした建物であった。

 

「ここでは生徒達が契約している魔獣達を一時的にお世話をしているんですよ」

 

 扉が開かれると、様々な鳴き声と野性味の溢れる独特の匂いが漂ってくる。

 

「同じ所にいて争ったりはしないのか?」

 

「勿論種族や大きさによって場所を分けていますから、そういった心配もありません、さあどうぞ」

 

 誘われるまま建物に足を踏み入れると、途端に鳴き声が止み気配が小さくなった。

 

 魔獣達がいる仕切りの向こうへと目をやると小型は壁の隅に身を寄せ合い、中型以上は距離を取りながらも目を此方から離さないようにしているのが分かる。

 

「珍しいですね、いつもはもっと賑やかなんですが……」

 

 建物の奥の方に目をやると数人の黒い服を纏った者達が駆け寄って来た。

 

「トリニティ学長でしたか……」

 

「一体どうかしたのですか?」

 

「いえ、この子達が急に騒ぎ出したと思ったらまた急に静かになったので、何があったのかと……」

 

 つまり普段からこういった状況になるわけではないということか……。

 

「以前生徒が竜を連れてきた時にもこの状況に近い事が起きたんですが、今回はその姿もありませんし」

 

「成る程、竜と同じと言うわけか……」

 

 何故道中に魔物が襲って来ることが無かったと考えていたが、魔物達にそう感じられていると考えれば納得が出来る。

 

 人間に恐れられる時とは違って、魔物に(おそ)れられる事は純粋に力を認められたようでどこか悪い気はしない。

 

「あの、そちらの方は?」

 

「こちらは連盟員のアルマさんです、今は学園の案内をしている所なんです」

 

「はあ、案内ですか……」

 

 あまり歓迎をしているという表情では無い、彼等には今の原因が私だと薄々感づいているのだろう。

 

「その、ごゆっくり……」

 

「ああ、邪魔してすまない」

 

「あっ、いえっ!」

 

 一応はと迎え入れる言葉をくれはしたが、長居をして欲しくは無さそうだ、確かに魔物達も今の状況では心が休まらないか。

 

 足早に去っていく彼等の背中が消えてから建物の外に出る。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

「いや、ここは連盟員の私がいるべき場所では無いと思ってな」

 

「そんな事はないと思いますが……」

 

 トリニティは困惑したような表情をしながらもこちらを気づかう。

 

 雰囲気を暗くしてしまった自分に恥じながら話題を変えようと周囲に視線を向けると、しきりに辺りを見回す落ち着きのない学生達を見つけた。

 

 誰かを探しているのか人が通りかかる度に振り返ってはまた同じ位置に戻るという、無意味な行為を繰り返している。

 

「普通の様子では無いな」

 

「……そうですね、少し話を聞いてみます」

 

「私も行こう」

 

 トリニティの隣を歩き生徒の元へ近づくと、小さく呟く声が聞こえて来る。

 

「あいつら何処行ったんだよ、まさかホントにあそこ行ったのか……?」

 

「いや、いくら何でもそれはないはず……」

 

「やっぱ先生に言ったほうが良いよな?いやでも……」

 

 どうやら誰かが危険な地へ向かったようだ。

 

「どうかしたのですか?」

 

「へ……?トリニティ学長……!?」

 

 何をそんなに驚くことがあるのか、同じ学園にいれば出くわす事はあるだろうに。

 

「誰が何処に行った」

 

「お前は……?それよりも学長聞いてください!ダチが東の山に行っちまって帰ってこないんです!」

 

 東の山、その位置には天狗が居るはずだが、そこ向かったというのか。

 

「……それは一体どういうことですか?山への立ち入りは禁止していた筈ですが」

 

 トリニティの纏っていた雰囲気が変わった。

 

「そ、それが、急に山が出来たからって危険な魔物が現れる筈が無いって言い張って……」

 

「……」

 

「そこに向かった日と人数は分かるか」

 

「昨日の朝にはもう三人共居なかった……」

 

 もう既に一日が立っている、天狗が人を喰らうことは無いと書には遺されていたが、殺さないとは限らない。

 

 まだ希望は残されている、出会った烏天狗には人と話せるだけの理性があった。

 

「アルマさん、学園の案内は一度ここまでにしても宜しいでしょうか?」

 

「ああ、忙しい所済まなかった」

 

「いえ、気にしないでくださいね、では……」

 

 トリニティは魔導学科の校舎の方へ向かっていく。

 

「その者達の姿を詳しく話して貰えるか」

 

「……んなの聞いてどうすんだ」

 

「決まっているだろう」

 

 ――

 

 荷台の元へ向かい矢筒に補充をしていると、リズが校舎の方から歩いてきた。

 

「アルマ、お父様の方から私と別れた事を全て聞いたわ」

 

「そうか」

 

「気づけなくてごめんなさい」

 

 リズが頭を下げた。

 

「私もいたら貴方が人を斬ることも、その刀を背負う事も無かったかも知れないというのに」

 

「頭を上げてくれ」

 

 もし運命があるとするならば、いずれも私はこの妖刀を手にし人を斬っていただろう。

 

「私にはお前が傷付くことの方が、余程耐えられなかっただろう」

 

 妖刀を手にした者の力は常人の物では無かった、もしあの場にリズが居たとして守りきれていただろうか。

 

「アルマ……」

 

「この刀を手にした事で救えた命もある、何も気にすることはない」

 

 私の世界が広がったのも間違いなくこの妖刀のお陰と言える、少なくとも恨みの感情は無い。

 

「そう……、なのね」

 

 防具の紐をきつく縛り解けないようにする。

 

「また何処かへ行くの?」

 

「近くで依頼があってな」

 

「そう、気をつけてね」

 

「ああ、すぐに戻る」

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