武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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魔導学術園

 

 

 木々(きぎ)の密集(みっしゅう)した傍(そば)に荷車を止め|轅(ながえ)を飛び越(こ)える。

 

「今日の所はここで休むとしよう」

 

 搭乗者(とうじょうしゃ)がいる事で最高速度を出す事が出来ず、今日中に到達する事は出来なかった。

 

『眠(ねむ)る度に速度を上げよって、貴様のせいで休めなかったではないか……!』

 

 とはいえ明日の朝には辿(たど)り着くことだろう、烏天狗(からすてんぐ)の言っていた事は気にかかるが、一先(ひとま)ずは荷物の移送(いそう)を優先させて貰(もら)う。

 

「妖(あやかし)とは存外繊細(ぞんがいせんさい)な物なのだな」

 

 落ちている枝を拾い集め地面に横に並べ、それを挟(はさ)むように石を置く

 

「猫又、火を起こしてもらえないか?」

 

『なぜ我が人間に手を貸してやらねばならぬのだ』

 

「そうか」

 

 樹脂(じゅし)を置いて火打金(ひうちがね)で火花(ひばな)を発生させ着火(ちゃっか)する。

 

『……』

 

 鍋に水と干し肉を入れ焚(た)き火の上に置く。

 

「お前も中にある物は好きに食うといい」

 

『礼は言わんぞ』

 

「そのくらい気にはしない」

 

『ふん』

 

 ――

 

「猫又(ねこまた)とは人と共に暮らしていた者が妖になったと知識(ちしき)にあるが、お前もそうなのか?」

 

『……昔の事などとうの昔に忘れたわ』

 

「そんなものか」

 

 荷台に柱を立て、布を被せていく。

 

『おい、一体何をしている』

 

「寝床(ねどこ)を作っている」

 

 猫又を持ち上げて、座っていた布を取る。

 

『なっ、貴様(きさま)!何処(どこ)を触(さわ)っている!』

 

「布を敷(し)く、外に出ていろ」

 

 暴れる猫又を地面に置き、布を広げ馬車に敷(し)き、刀を外して端(はし)に寄(よ)せて置く。

 

 装備をすべて外し、それも端の方へ寄せておく。

 

『異様(いよう)な気配(けはい)のする刀だ、それを持つ貴様の気が知れん』

 

 猫又が荷台に飛び乗り横になり始めた。

 

「ある種(しゅ)運命(うんめい)のような物だ」

 

『運命?呪(のろ)いの塊(かたまり)だろう』

 

 これを手にして間違いなく世界が広がった、何であれ運命的な出会いであったことには変わりない。

 

 靴(くう)を脱(ぬ)ぎ荷台に乗り込み横になる。

 

『おい貴様!我の寛(くつろ)ぎを邪魔(じゃま)するつもりか!』

 

「小さいお前にはそれだけの場所があれば十分だろう」

 

『ここは既(すで)に我(わら)の場所だ、貴様は外で転がっていろ』

 

「これは私が金を出して買ったものだ、お前に指図(さしず)される謂(いわ)れなどない」

 

『くっ、人間の癖(くせ)に生意気(なまいき)な……、その首噛(くびか)み切ってやろうか』

 

「その小さな口で出来るものならな」

 

 喧(やか)しく暴(あば)れる猫又を放っておき目を閉じる。

 

 ――

 

『――っ!』

 

『――!――なせっ!』

 

『……あっ!やっやめ、撫(な)でるなあ!』

 

 余(あま)りの喧(やかま)しさで起こされ目を開けると、人の姿になった猫又が私の腕の中に収(おさ)まっていた。

 

「……何をしている」

 

『此方(こちら)の台詞(せりふ)だケダモノめ!我(われ)が貴様のような男に身体を許すとでも思ったか……!』

 

「ケダモノはお前の方だろう」

 

『だまれ!離(はな)せ!』

 

 猫又を解放(かいほく)してやると素早(すばや)く傍を離れ、自らの身体を抱(だ)き締(し)めながら赤い顔で睨(にら)みつけてきた。

 

「なぜ人の姿になっている」

 

『うるさい』

 

 外を見るがまだ日が昇(のぼ)る様子もなく、焚(た)き火が高く燃(も)え続けていた。

 

「……まあいい、私は寝る」

 

 また同じ状況(じょうきょう)にならないよう、背中を向けて横になってやる。

 

『……』

 

 寝ている間も気を抜いてはいなかったが、悪意(あくい)という物は感じなかった。

 

 これならば人里(ひとざと)へ連れて行っても問題は無いだろう。

 

 隣に横になる音を聞きながら再び目を閉じた。

 

 ――

 

 屋根に止まった魔鳥の鳴き声で目を開く、逃げ出さない魔物もいるということだろうか。

 

 動きづらさを感じながらも視線を外に向けると、僅(わず)かに明るく朝日が昇(のぼ)り始めていることが分かる。

 

「すぅ……」

 

 背中に熱と息を感じる。

 

 起こさないように腰に回された手を離(はな)させ、ゆっくりと荷台から降りる。

 

「人に飼(か)われていた頃の名残(なごり)か……?」

 

 猫又(ねこまた)となる前の『猫(ねこ)』という獣(けもの)は人と暮らしを共にしていたともあったが、それは妖(あやかし)となった今でも友好的(ゆうこうてき)な存在なのだろうか。

 

 身体を水拭(みずぶ)きし装備(そうじ)を身に着け、轅(ながえ)を掴み歩き出す

 

 猫又が起きるまでは余り速度は出さないでおくとしよう。

 

 ――

 

「あれが魔導学術園(まどうがくじゅつえん)」

 

 暫(しばら)く走り続けていると比較的長大(ひかくてきちょうだい)な城壁(じょうへき)と、幾つかの建造物(けんぞうぶつ)が見えてきた。

 

「少し速度を上げるぞ、しっかり捕まっていろ」

 

 強く踏(ふ)み込み一気に加速(かそく)する、後ろで猫又がまた喧(やかま)しく騒(さわ)いでいるが落ちはしないだろう。

 

 巨大な門の前で立ち止まり周囲を見渡す、門番(もんばん)は配置されていないようだ、分厚い壁と魔導師達が集えば必要ないということか。

 

 城門(じょうもん)の横に見つけた小さな金属(きんぞく)の扉の前に立ち、三回叩く。

 

「連盟(れんめい)の者だ、依頼の品を持ってきた、ここを開けてくれ!」

 

 返事は無い、傍(そば)には誰も居ないのだろうか。

 

 人を呼ぶにはどうしようかと一瞬(いっしゅん)考え、手の甲(こう)で巨大な方の門を叩き、大きな音を発生させる。

 

『な、なにをしている――!』

 

「人を呼んだ」

 

 門の向こうから人の叫び声と幾つもの足音が聞こえてくる、そして門の横にあった扉から青い鎧を身に着けた者達が飛び出し展開(てんかい)を始めた。

 

「何者だ貴様!」

 

「門に攻撃をするなど何を考えている!」

 

「連盟より依頼の品を持ってきた、通してほしい」

 

「なに――?一体何を運んできた」

 

「結界(けっかい)の核(かく)だ」

 

「結界の核?……おい、上に話を聞いてこい」

 

「は、はい!」

 

 青鎧の一人が扉の向こうへと走っていく。

 

「お前一人か?」

 

「いや、あと一匹いる」

 

 隠(かく)れていた猫又の首を掴(つか)んで見せる。

 

「見たことが無い使い魔だな、あんまり懐いていないようだが」

 

「素直じゃないようでな」

 

 暴(あば)れる猫又を荷台に降(お)ろすと、布袋(ぬのぶくろ)の中に入り込んでしまった。

 

「馬がいないようだが、逃げ出したのか?」

 

 別の青鎧に馬車を観察しながら問いかけてくる。

 

「最初からいない、私が自力で引いてきた」

 

「引いてきた?どこから」

 

「ザーウェイからだ」

 

 青鎧達が一斉(いっせい)に此方(こちら)を向く、それ程驚くことではないだろうに。

 

「おいおい……、街の中じゃ比較的近い方とはいえそれは無理だろ」

 

「試(ため)してみれば無理が分かるだろう」

 

「なんか馬車に工夫(くふう)してんのか……?俺がやってみてもいいか?」

 

「構わない」

 

 大柄(おおがら)の青鎧の一人が轅(ながえ)の下を潜(くぐ)り棒(ぼう)を掴(つか)む、すると馬車がゆっくりと動き出した。

 

「おお、流石力持ち」

 

 青鎧の全身が発光すると、馬車は質量(しつりょう)が消えたかのように軽く移動し始める。

 

「いや、強化しないとやっぱきついな」

 

 荒(あら)い息を吐きながら青鎧は馬車から離れた。

 

「強化してでもこれを一日押して歩くのは拷問(ごうもん)が何かだろ」

 

「そういうものか」

 

 門の向こう側に消えた青鎧が再び走って戻ってきた。

 

「依頼の確認取れました!門を開けて良いそうです!」

 

「そうか」

 

 一団を纏(まと)めているような青鎧が腰袋(こしぶくろ)から金色の棒を取り出すと、門のすぐ横に開けられた穴にそれを差(さ)し込み半回転させる。

 

 すると、巨大な門が半分ほど持ち上がった。

 

「何を想定(そうてい)してこれ程の門を」

 

「さあな、だが昔はでかい魔物をバンバン狩(か)ってくる魔導師(まどうし)が居たらしい、そういう奴ら用じゃないか」

 

「通っていいぞ」

 

「ああ」

 

 轅を乗り越え門の中まで押し運んでいく。

 

「……なあ、今魔術の反応あったか?」

 

「……いや、全く感じなかった」

 

「依頼主はどこに?」

 

「――ああ、そのまま進めば赤い屋根の建物がある、そこで案内してもらえ」

 

「分かった」

 

 幾(いく)つもの視線を感じながらも道を進んでいくと、赤い建物の扉前に立っている男と目が合った。

 

「貴方が連盟の方ですか?」

 

「ああ、依頼の品を持ってきた」

 

 懐から木箱を取り出し見せる。

 

「移送(いそう)ご苦労さまです、学長がお待ちですのでどうぞ中へ」

 

「分かった」

 

 受け取りに来たのだと思ったが、直接渡しに来いということか。

 

 矢筒(やづつ)を身に着け、弓を背中に掛け轅を乗り越える。

 

「……お前も来るか?」

 

『人里に来た以上、貴様の力などいらんわ』

 

 猫又は荷台から飛び降りると、何処(どこ)かへ走り去ってしまった。

 

「行ってしまいましたけど、良いんですか?」

 

「大丈夫だろう」

 

 男に案内されながら建物の中へ進むと、同年代の者達と何人もすれ違った。

 

「彼等はここの生徒か?」

 

「はい、皆ここ魔導学科(まどうがっか)の学友(がくゆう)です」

 

 今は休息時間(きゅうそくじかん)なのか各々が楽しそうに語り合っている、将来的(しょうらいてき)には彼らが国を担(にな)う魔導師になるのだろう。

 

 階段を幾つか登り、廊下を進んで三つ目の扉の前で男が立ち止まった。

 

「学長、連盟の方が来られました」

 

「通してください」

 

 扉の向こうから穏やかそうな女の声が聞こえると、男が扉を開けて横にずれる。

 

「どうぞ」

 

「案内(あんない)ありがとう」

 

「いえ、では失礼します」

 

 男は私と学長にそれぞれ一礼すると扉を閉めて行った。

 

「連盟のアルマ=リュウガンジだ、依頼の品を持ってきた」

 

「私は魔導学術園魔導学長のタリア=トリニティと申します、移送ご苦労さまです、予想よりもかなり早い到着で大変(たいへん)驚(おどろ)きました」

 

 トリニティが席から立ち上がると、近くまで歩いてくる。

 

 背丈(せたけ)が私の目線の辺りにまであり、薄い茶色の髪を腰まで伸ばし、赤い縁(ふち)の眼鏡(めがね)を掛けている。

 

 服装(ふくそう)で言えば正に魔導師といった風貌(ふうぼう)だが、その恵(めぐ)まれた背丈(せたけ)からして武術(ぶじゅつ)の才もあるかもしれない。

 

「本当であれば昨日の内に到着したいところではあったが――、不備(ふび)がないか確認してほしい」

 

「はい、お預かりします」

 

 木箱を開けば、黒い結晶(けっしょう)の中の粒子(りゅうし)が輝(かがや)きを放ち始める。 

 

「傷一(きずひと)つなく完璧(かんへめき)な状態(じょうたい)ですね」

 

 トリニティは木箱を閉じて机に置くと、金庫(きんこ)から紙幣(しへい)を取り出し厚(あつ)い束(たば)にし、細かい装飾(そうしょく)が施された赤い布紐(ぬのひも)で纏(まと)める。

 

「なにか包める物があれば良かったのですが、これでも宜(よろ)しいですか……?」

 

「構わない、それよりも随分(ずいぶん)と多い気がするが」

 

「この石の性質(せいしつ)もありますが、それ程に重要(じゅうよう)な依頼だという事ですよ」

 

 石の性質とやらはいまいち実感することが出来なかったのは残念だが、無事に依頼を終えるに越(こ)したことは無い。

 

「どうぞ」

 

「確かに受け取った」

 

 トリニティの手の平から札束を受け取り、財布の中にしまう。

 

 これにて依頼完了だ、次の目的地は天狗がいる山だが。

 

「……ここを発つ前に少しの時間、この学園の見学をしてもいいだろうか」

 

「ふふっ、是非(ぞひ)見て回っていってください」

 

 トリニティは柔(やわ)らかく微笑(ほほえ)むと、引き出しから緑(みどり)に染(そ)められた腕章(わんしょう)を取り出した。

 

「その間はこれを身に着けてくださいね?じゃないと守衛(しゅえい)の方に摘(つま)み出されちゃいますから」

 

「気をつけよう」

 

 魔術の扱えない私には縁(えん)のない場所であったが、ここに来られたのも妖刀のお陰(かげ)だと思うと、いささか不思議(ふしぎ)な心境(しんきょう)だ。

 

「良ければご案内しましょうか?」

 

「それは大変有(あ)り難(がた)い話だが、学長という立場は忙(いそが)しいだろう」

 

 学長という役割(やくわり)にどれだけの意味があるのかは分からないが、長(おさ)と呼ばれるくらいなのだから任される仕事は多いのだろう。

 

「私もこれから休憩(きゅうけい)を取ろうとしていたところですから、気になさらないでください」

 

「貴重(きちょう)な時間を済まないな」

 

「ふふっ、それは言わないお約束ですよ」

 

 随分(ずいぶん)と出来た人間だと感じる、人を 纏(まと)める立場であればこれだけの度量(どりょう)は求められるのだろう。

 

「まずはこの学(まな)び舎(や)、魔導学科は魔術の基礎から応用まで、他にも魔導具(まどうぐ)の製作(せいさく)や錬金術(れんきんじゅう)を学ぶことが出来ますよ」

 

「ふむ、魔術も錬金術も同じ魔導なのか?」

 

「はい、行われる事や求められる結果に差異(さい)はありますが、どちらも魔法を再現する事を目的として開発された学術です」

 

『魔法』原初(げんしょ)の魔族達が起こす奇跡(きせき)の総称(そうしょう)、その力は世界 を繋(つな)ぐことさえ出来たという。

 

「魔法を導き出す学術、それが魔導学なのですよ」

 

「魔の祖(そ)に肩を並べようとしているのか、面白い」

 

「ええ、面白いですよ、貴方も学んでみませんか?」

 

「いずれ知識(ちしき)を得(え)に門を潜(くぐ)るのも良いかもしれないな」

 

 扱(あつか)えない事を嘆(なげ)く日が増える事になるかも知れないが。

 

「その日を楽しみにしていますね」

 

「ああ」

 

 彼女と共に学び舎を歩いていると、熱意(ねつい)のある視線を向けている学生達を多く見かける。

 

 相当に慕(した)われているのだろう。

 

「あ、学長おはようございます!」

 

「はい、おはようございます」

 

「学長おはようございます!先日の助言(じょげん)のお陰(かげ)で試験突破出来ました!」

 

「おはようございます、その調子で頑張ってくださいね」

 

 日頃(ひごろ)から学生達と真摯(しんし)に接(せっ)しているのだろう、負(ふ)の視線(しせん)を感じることが無い。

 

「隣の子って転入生ですか?」

 

「いいえ、こちら大事な物を運んできて下さった連盟員の方で、今は学園のご案内中ですよ」

 

「へー、学長直々(じきじき)なんて羨(うらや)ましいなぁ」

 

 頭を下げてどこかへ向かう学生達の背中をトリニティは見送ると、再び歩き出した。

 

「貴女(あなた)には魔導だけでなく、人から慕(した)われる魅力(みりょく)というモノを学ばせて貰いたいものだな」

 

 いずれ将(しょう)となり人を率いるのならば、 武(ぶ)だけではなく求心力(きゅうしんりょく)を鍛(きた)えねばならないだろう。

 

「その言葉を紡(つむ)げる貴方には十分な魅力(みりょく)があると思いますよ」

 

「そうだろうか」

 

 今まで出会った人間には好意的(こういてき)に見てくれている者も確かに居たが、数で言えば恐れられる事の方が多かった。

 

「ただ、余(あま)りに真っ直ぐだと相手の心を貫(つらぬ)いてしまう事もあるかもしれません」

 

「成(な)る程、良い勉強になった」

 

 その後生徒が普段使うという教室、魔道具を作る設備(せつじ)や錬金術(れんきんじゅつ)を行う際に使われる大きな壺(つぼ)、魔術の練習が行える大規模(だいきぼ)な修練場(しゅうれんじょう)を観て回った。

 

 魔導学科の学び舎(や)を出て、その向かいにある建物に入る。

 

「こちらは魔戦学科、戦闘に重きを置いた魔術や戦闘技能を学べますよ」

 

「確かに、武器を身に着けている者が多いな」

 

 リズが通っているのはこっちの方だろうか。

 

「トリニティ学長、こっちの校舎に来るのは珍(めずら)しいですね」

 

「はい、こちらの方に学園の案内をしてさしあげようかと」

 

「案内ですか……」

 

 長髪の男が此方を見てくる。

 

 背中には幅広(はばひろ)の剣を背負(せおっ)ているが、服装(ふくそう)は他の学生と何ら変わりがないためどこか不思議な格好だ。

 

「連盟員のアルマだ」

 

「魔戦学科(ませんがぅか)のラヴェルです、宜(よろ)しくね」

 

 握手(あくしゅ)に応じると手の平の厚(あつ)みがあるのがよく分かる、魔術に頼り切っているのではなくしっかりと鍛錬(たんれん)が積まれているようだ。

 

「広場で武器を使った模擬戦(もぎせん)がもうすぐ始まるから、良ければ見てってね」

 

「それは楽しみだ」

 

「では、僕はこれで」

 

 ラヴェルは軽く一礼をすると校舎の外の方へ歩いて行った。

 

 剣だけなのか魔術を交(まじ)えたものかは未知だが、とても興味深い。

 

「先に広場の方を見に行きますか?」

 

「いや、建物の中が先でいい」

 

「分かりました」

 

 案内されたのは生徒が座学を学ぶ教室、戦闘訓練などが行える武器用の場、大規模な魔術の行使が出来る場、そして的が並んだ射撃演習場であった。

 

「広いな」

 

 的が並ぶ方を見てみれば多様な形の大きさの物があり、中には宙を自由に飛び回る的もあるようだ。

 

「ここではいい訓練が積めそうだ」

 

「良ければ射(い)ってみませんか?」

 

「そうだな、弓を貸(か)りる事は出来るだろうか」

 

「背負っている弓ではいけないのですか……?勿論(もちろん)お貸しも出来ますが」

 

「これは少し威力(いりょく)が強すぎてな、以前(いぜん)このような場で訓練をした時に怒られてしまった」

 

 故郷(こきょう)の物はまだ良いだろうが、他所に来てまで壁に穴を開けるのは少し憚(はばか)られる。

 

「ここでならその心配は要らないわよ、アルマ」

 

入口の方から聞き馴染(なじ)みのある声が聞こえ振り返ると、学生服を纏(まと)ったリズリーがそこには居た。

 

「リズ、来ていたのか」

 

「それはこっちが言いたい事だわまったく……、トリニティ学長、おはようございます」

 

 リズリーは呆(あき)れたような表情を切り替えると、トリニティに丁寧(ていねい)な挨拶(あいさつ)をする。

 

「あ、おはようございます!」

 

「……」

 

 その後ろにいた二人の学生も続いて頭を下げる。

 

「おはようございます、お知り合いだったのですね」

 

「故郷(こきょう)が同じでな、それで本当にこの弓でもいいのか?」

 

「大丈夫ですよ、壁にも標的(ひょうてき)にも修復機能(しゅうふくきのう)が付(つ)いていますからね」

 

 トリニティが代(か)わりに答えてくれた。

 

「では一射(いっしゃ)やらせてもらおうか、立ち位置はどこに」

 

「あそこの青い円は見えますね?その中で的の起動(きどう)と動きの指定が出来ますよ」

 

「起動(きとう)が必要な物なのか」

 

 背中から弓を外し立ち位置らしき青い円に向かおうとすると、何を思ったのかリズリーが先にその場へ立った。

 

「リベットさん?そこはアルマさんにこれから使って頂(いただ)こうと――」

 

「彼には初めての事ですから、今回は弓に集中してもらおうかと思っていたのですが」

 

 彼女がこのような行動をとった、つまりは動かすことに魔力を要求されるのだろう。

 

 別に隠(かく)すような事では無いが、好意(こうい)は受け取っておこう。

 

「ならば頼めるか?」

 

「勿論(もちろん)よ」

 

 リズリーが視線を前向けると、様々な種類の的が飛び回り始める。

 

「流石リズリーさん!あれだけの的を一度に動かせるなんて!」

 

 邪魔(じゃま)にならない立ち位置にいる学生が羨望(せんぼう)の眼差(まなざ)しをリズリーに向けている、確かに的はそれぞれが意志を持ったように自由に動き回り、一つとして起動がまったく同じ物が無い。

 

「さて、どれを狙うのかしら?」

 

 挑戦的(ちょうせんてき)な目をリズリーに向けられる。

 

「ではあの一際(ひときわ)小さな赤にしよう」

 

 他の的は大なり小なり中央以外の白い部分がある、だがあれには赤い部分しかない。

 

「自由に動かすといい、確実に撃ち抜いて見せる」

 

 リズリーの隣に立ちの矢を一本引き抜く。

 

「言ってくれるじゃない、格好悪(かっこうわる)い姿(すがた)を晒(さら)しても知らないわよ?」

 

 赤い的の動きがさらに早く、立体的なものになる、それだけでなく他の的もそれを隠(かく)すように激(はげ)しく動き回る。

 

「そうでなくてはな」

 

 弓を前に構え矢を番(つが)え、息を吸い込みながら引き絞(しぼ)り的へ狙いを定(さだ)めていく。

 

「あ、あんなの当たるわけないよ……」

 

 息を止め身体を固定し集中力を高めていく。

 

 そして、打つ僅(わず)か前に弓の位置(いち)を右にずらし弦(つる)を開放(かいほう)する。

 

 解き放たれた矢は複数の的をすり抜け、一番奥で方向を転換(てんかん)させた赤い的を奥の壁(かべ)に縫(ぬ)い付けた。

 

「ふう……」

 

 止めていた息を吐き出し弓を背中に戻す。

 

「……すごい」

 

 小さな声がやけに響(ひび)いて聞こえる。

 

 周りを見やれば、道場中にある視線が集まっている。

 

「……やられたわ、よく私が的を引き返させるって分かったわね」

 

「長く共にいたんだ、それくらい分かるさ」

 

 軽口(かるくち)を言うとリズリーが少し睨(にら)んでくる、揶揄(からか)われたと思ったのだろうか。

 

「あらあら」

 

「貴方はどうしてこう、人前で恥(は)ずかしげもなく言えるのかしらまったく……!」

 

 リズリーが青い円を起動させると、砕(くだ)けた的達が何処(どこ)かへと飛んでいく、ああして修理(しゅうり)をする場所へ運ばれるのだろう。

 

「では広場という場所に案内してもらえるか?ここの模擬戦(もぎせん)というものを見てみたい」

 

「それは構いませんが、リベットさんじゃなくて私で良いんですか?」

 

「彼女達も用があってここに来たのだろう、私に時間を使わせる必要は無い」

 

 リズリーは弓の修練、それと後ろ二人の指導と言った所だろう。

 

 彼女達にとっての貴重な時間を邪魔したくはない。

 

「分かりました、ではこちらにどうぞ」

 

「ああ、またな」

 

「……ええ、また」

 

 リズリーは何処か不機嫌(ふきげん)そうだったものの、しっかりと返事は返してくれた。

 

 ――

 

 トリニティに連れてこられたのは場所は、半円球の透明(とうめい)な壁が張(は)られた空間がある所であった。

 

 中央では学生の二人が剣や魔術を交(か)わす激闘(げきとう)を繰(く)り広げていた、よく見れば片側(かたがわ)は身体の至る所から出血をしている。

 

「模擬戦(もぎせん)と言うには随分(ずいぶん)と激(はげ)しいな、あれでは死人が出るぞ」

 

「その点に関(かん)しては心配は要(い)りませよ、とはいえこれ以上は止めたほうが良いですね」

 

 トリニティは何もない空間から光と共に長い杖を出現させると、それを天にかざす。

 

 すると、結界内に飛び交っていた魔術が全て消滅(しょうめつ)した。

 

「な、なんだ……?」

 

「あれ?トリニティ学長だ」

 

 周囲の視線が此方に集まる。

 

「結界があるとはいえ熱中(ねっちゅう)し過ぎちゃいけませんよ、ここは自身を高める為の場所なのですからね」

 

「す、すみません」

 

「ごめんなさい」

 

 模擬戦を行なっていた二人は気まずそうに結界の外にでる、すると服を汚していた血と身体中の傷が全て消え去った。

 

「傷が癒(い)えた、いや戻ったのか……?」

 

「模擬場に張られた結界は中にいる人の死を防いでくれるのですよ」

 

「そのような魔術が?」

 

「ええ、とある魔導師が編み出したそうです」

 

 確かにこの結界があれば、相手を殺す心配もなく稽古(けいこ)が行えそうではあるが、一線(いっせん)を容易(たやす)く越(こ)えるようになってしまうのではないだろうか。

 

「成る程、とはいえ白熱(はくねつ)し過ぎてしまうのも問題だな」

 

「そうですね、どちらかが終了を宣言すれば終わるようになっているんですが、負けを認めたく無い子もいますから」

 

「気持ちは分からなくも無いが」

 

 続いて二人の学生が結界の中に入る、片側は先程校舎で話をしたラヴェルだ。

 

 武器はお互いに諸刃(もろば)の剣であり、盾などは持っていないようだ。

 

「こっちが勝ったら、分かってるよな?」

 

「二言はないよ」

 

『両者準備は良いですか?では、……始め!』

 

 ラヴェルが腰の剣を引き抜くと、対戦相手である青髪が巨大な炎を発生させ射出した。

 

 だがその炎はラヴェルに届く事なく、何処からか飛来した雷の剣に真っ二つに裂(さ)かれ、結界に直撃し消滅(しょうめつ)した。

 

「『フォースブレイド』」

 

 ラヴェルの傍(そば)に四振りの雷剣(らいけん)が出現(しゅつげん)し周囲(しゅうい)を旋回(せんかい)する、そして引き抜いた剣を構え青髪の元へ一気に加速(かそく)した。

 

 対する青髪は小規模な炎を幾(いく)つも放つが、雷の剣に阻(はば)まれ有効打(ゆうこうだ)を与えることが出来ない。

 

「チッ!『フレイムエンチャント』!『フレアフィールド』!」

 

 青髪の剣が燃(も)え盛(さか)る炎を発(はっ)し、足元から白熱(はくねつ)した炎が広がり地面を焼き尽(つ)くした。

 

 だがラヴェルは焦(あせ)る素振(そぶ)りも無く高く飛び上がり、旋回(せんかい)する内の一本を射出(しゃしゅつ)する、がそれは青髪に弾(はじ)かれる。

 

 だがそれによって隙(すき)ができた。

 

 ラヴェルは雷剣の一振を背後に止めると体勢を半回転し、空中に固定された雷剣を蹴り空中で一気に加速する。

 

「はあああああああ!」

 

 掛け声と共に剣を振り降ろし、青髪がなんとか構え直した炎剣を弾(はじ)き落とした。

 

「……クソッ!」

 

 武器は手元を離れ、さらには二本の雷剣が貫かんと狙っている。

 

 勝負は決した。

 

 青髪の持っていた剣から炎が消え、地面に広がっていた白炎(はくえん)が燃え尽きた。

 

『勝負あり!勝者ラヴェル!』

 

 観戦(かんせん)をしていた学生達が歓声(かんせい)を上げる。

 

 戦いの時間は僅かだったがそれぞれの力量(りきりょう)を測(はか)るには十分だった、雷剣(らいけん)に関(かん)しては手数や技量(ぎりょう)を補(おぎな)うだけではなく足場(あしば)として活用(かつよう)するなど、魔術の応用(おうよう)にも長(た)けているのだろう。

 

「面白いものが見れた」

 

 殺し合いを抜きにした純粋(じゅんすい)な力の争い、武道大会(ぶどうたいかい)などを観るような感覚だ。

 

「他には使い魔預かり場などがありますけど、見ていきますか?」

 

「使い魔預かり場……?」

 

 案内されたのは入り口がかなりの大きさをした建物であった。

 

「ここでは生徒達が契約している魔獣達(まじゅうたち)を一時的にお世話(せわ)をしているんですよ」

 

 扉が開かれると、様々な鳴き声と野性味(やせいみ)の溢(あふ)れる独特(どくとく)の匂いが漂(ただよ)ってくる。

 

「同じ所にいて争ったりはしないのか?」

 

「勿論(もちろん)種族や大きさによって場所を分けていますから、そういった心配もありません、さあどうぞ」

 

 誘(さそ)われるまま建物に足を踏(ふ)み入れると、途端に鳴き声が止み気配が小さくなった。

 

 魔獣達がいる仕切りの向こうへと目をやると小型は壁の隅(すみ)で身を寄(よ)せ合い、中型以上は距離を取りながらも目を此方(こちら)から離さないようにしているのが分かる。

 

「珍しいですね、いつもはもっと賑(にぎ)やかなんですが……」

 

 建物の奥の方に目をやると、数人の黒い服を纏(まと)った者達が駆け寄って来た。

 

「トリニティ学長でしたか……」

 

「一体どうかしたのですか?」

 

「いえ、この子達が急に騒ぎ出したと思ったらまた急に静かになったので、何があったのかと……」

 

 つまり普段からこういった状況になるわけではないということか。

 

「以前生徒がドラゴンを連れてきた時にもこの状況に近い事が起きたんですが、今回はその姿もありませんし」

 

「成る程、ドラゴンと同じと言うわけか……」

 

 何故道中に魔物が襲って来ることが無かったと考えていたが、魔物達にそう感じられていると考えれば納得(なっとく)が出来る。

 

 人間に恐れられる時とは違って、魔物に畏(おそ)れられる事は純粋(じゅんすい)に力を認められたようでどこか悪い気はしない。

 

「あの、そちらの方は?」

 

「こちらは連盟員のアルマさんです、今は学園の案内をしている所なんです」

 

「はあ、案内ですか……」

 

 あまり歓迎(かんげい)をされているという表情では無い、彼等は今の原因が私だと薄々(うすうす)感づいているのだろう。

 

「その、ごゆっくり……」

 

「ああ、邪魔してすまない」

 

「――あっ、いえっ!」

 

 一応は迎え入れる言葉をくれはしたが、長居(ながい)をして欲しくは無さそうだ、確かに魔物達も今の状況では心が休まらないか。

 

 足早に去っていく彼等の背中が消えてから建物の外に出る。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

「いや、ここは連盟員の私がいるべき場所では無いと思ってな」

 

「そんな事はないと思いますが……」

 

 トリニティは困惑(こんわく)したような表情をしながらもこちらを気づかう。

 

 雰囲気を暗くしてしまった自分に恥(は)じながら話題を変えようと周囲に視線を向けると、しきりに辺りを見回す落ち着きのない学生達を見つけた。

 

 誰かを探しているのか人が通りかかる度に振り返ってはまた同じ位置に戻るという、無意味(むいみ)な行為(こうい)を繰(く)り返している。

 

「普通の様子(ようす)では無いな」

 

「……そうですね、少し話を聞いてみます」

 

「私も行こう」

 

 トリニティの隣を歩き生徒の元へ近づくと、小さく呟(つぶや)く声が聞こえて来る。

 

「あいつら何処行ったんだよ、まさかホントにあそこ行ったのか……?」

 

「いや、いくら何でもそれはないはず……」

 

「やっぱ先生に言ったほうが良いよな?いやでも……」

 

 どうやら誰かが危険な地へ向かったようだ。

 

「どうかしたのですか?」

 

「へ……?トリニティ学長――!?」

 

 何をそんなに驚(おどろ)くことがあるのか、同じ学園にいれば出くわす事はあるだろうに。

 

「誰が何処に行った」

 

「お前は……?それよりも学長聞いてください!ダチが東の山に行っちまって帰ってこないんです!」

 

 東の山、その位置には天狗(てんぐ)が居るはずだが、そこ向かったというのか。

 

「それは一体どういうことですか?山への立ち入りは禁止していた筈ですが」

 

 トリニティの纏(まと)っていた雰囲気(ふんいき)が変わった。

 

「そ、それが、急に山が出来たからって危険な魔物が現れる筈(はず)が無いって言い張って……」

 

「……」

 

「そこに向かった日と人数は分かるか」

 

「昨日の朝にはもう三人共居なかった……」

 

 もう既(すで)に一日が立っている、天狗が人を喰(く)らうことは無いと書には遺(のこ)されていたが、殺さないとは限らない。

 

 まだ希望(きぼう)は残されている、出会った烏天狗(からすてんぐ)には人と話せるだけの知性(ちせい)があった。

 

「アルマさん、学園の案内は一度ここまでにしても宜しいでしょうか?」

 

「ああ、忙(いそが)しい所を済まなかった」

 

「いえ、気にしないでくださいね、では……」

 

 トリニティは魔導学科(まどうがっか)の校舎(こうしゃ)の方へ向かっていく。

 

「その者達の姿を詳(くわ)しく話して貰えるか」

 

「……んなの聞いてどうすんだ」

 

「決まっているだろう」

 

 ――

 

 荷台(にだい)の元へ向かい矢筒(やづつ)に補充(ほじゅう)をしていると、リズリーが校舎の方から歩いてきた。

 

「アルマ、貴方のお父様から私と別れた事を全て聞いたわ」

 

「……そうか」

 

「気づけなくてごめんなさい」

 

 リズが頭を下げた。

 

「私もいたら貴方が人を斬ることも、その刀を背負(せお)う事も無かったかも知れないというのに」

 

「頭を上げてくれ」

 

 もし運命(うんめい)があるとするならば、いずれも私はこの妖刀を手にし人を斬っていただろう。

 

「私にはお前が傷付(きずつ)くことの方が、余程(よほど)耐えられなかっただろう」

 

 妖刀を手にした者の力は常人(じょうじん)の物では無かった、もしあの場にリズリーが居たとして守りきれていただろうか。

 

「アルマ……」

 

「この刀を手にした事で救(すく)えた命もある、何も気にすることはない」

 

 私の世界が広がったのも間違いなくこの妖刀のお陰(かげ)と言える、少なくとも恨(うら)みの感情は無い。

 

「そう……なのね」

 

 防具の紐(ひも)をきつく縛(しば)り解(ほど)けないようにする。

 

「また何処(どこ)かへ行くの?」

 

「近くで依頼があってな」

 

「そう、気をつけてね」

 

「ああ、すぐに戻る」

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