城門の横にある戸を開き外に出て手足の腱を伸ばしていると、重厚な音を鳴らし門が上がり始め、トリニティを始めとした十数人が四足歩行の竜に跨り出てきた。
「アルマさん!後ろに乗ってください!」
「助かる!」
トリニティが騎乗する竜の背に跨る。
「では出発します!」
手綱をしならせ首を軽く打つと、竜が地を蹴り走り出す。
山まで走るつもりであったが、これならば体力の消費を抑えることができる。
天狗と争う可能性がある以上、万全な状態で挑むに越したことはない。
「無関係な貴方をこのような事に巻き込んで申し訳ありません」
「気にするな、それよりも山ヘ着く前に伝えておきたい事がある」
「伝えておきたい事……?」
「生徒達が向かったという山、そこに恐らく『天狗』と呼ばれるモノ達がいる」
「天狗……」
「翼を持った異形、謂わば風の化身だ、そこらの魔物では到底届かない力と人と同等かそれ以上の知能がある」
「風の化身、だとしたら風属性の魔術は通用しない……?」
「恐らく、火属性の魔術も気をつけてくれ、暴風によって逆に利用される可能性がある」
「成る程……」
「それともうひとつ」
「はい」
「その天狗を取り纏める存在がいる、私は到着次第単独で突入しその者と対峙する」
相手がそこいらの魔物であったならば背中を預けるという選択肢もあった、だが相手が天狗の勢力となれば話は別だ、一瞬の乱れが一気に危機に追い詰められる切っ掛けになる。
「分かりました」
天狗達を取り纏める存在、『大天狗』。
初代の書にはこう遺されていた、その力は神に匹敵する程だと。
今の私の力で大天狗を斬れるかなど分からない、だが人々を守るためならば何があっても斬らねばならない。
握り締めた手綱が軋みを上げた
――
「見えましたあの山です!」
森の中に突如として山が現れたかのような、そんな違和感を覚えた。
小さく見える空を舞う姿は、恐らく哨戒役だろう。
「一度ここで止まりましょう、情報を共有します」
止まった竜の背中から降りる。
「私は一足先に山へ入る、そちらもくれぐれも気を付けてくれ」
「……分かりました、ご武運を祈ります」
「そちらもな」
両足に力を込め強く走り出し、一気に最高速まで上げていく。
木々を最低限の動きで駆け抜け、道を邪魔する枝をへし折り突き進むと、山の裾へ辿り着いた。
立ち止まり大きく息を吸い込む。
「天狗姿を現せ!お前が望む通り山ヘ来たぞ!」
声を張り上げるとすぐさま風が吹き荒れ、黒き翼の妖たちが現れた。
だがどれも姿の小さい者達ばかりであり、呼び寄せた当人である烏天狗の姿は無い。
『ニンゲン!ニンゲン!』
『ツカマエロ!』
『サムライダ!カタナヲモッテルゾ!』
言葉を発しはするが烏天狗のような知性は感じ取れない、この様子からしてこの者達は下っ端だろう、こいつらをいくら潰そうと意味は薄いと言える。
『ケケー!』
飛びかがってきた天狗を掴み、投げ飛ばし、地面に叩きつける。
『グゲっ!』
『ゲギャ!』
『ゲギっ!』
意識のある天狗の足を掴んで、引き摺りながら山へと足を踏み入れる。
『ヤ、ヤメロ!』
「烏天狗の元へ案内しろ」
妖刀を引き抜きながら告げるが天狗は喧しく喚きながら暴れるのみであり、此方を恐れたりする様子はない。
(猫又はよりは格が高い、もしくは感じ取る力すら貧弱か)
「大人しくしろ、頭を潰すぞ」
『ハナセ!ハナセ!』
「……!」
近場にあった太い木に強く蹴りを入れへし折って見せると、途端に黙り込み暴れるのをやめた。
『ニンゲンジャナイ……、オニダ……』
「理解したのなら烏を呼び寄せるか場所を示せ」
力の差を理解したのか上側に向かって翼を指し示す、周りで見ていた天狗達も喚くのを辞めその場で立ち尽くしている。
「お前達、この山に捕らえられた者達は何処にいる」
『シラナイ!』
『シラナイシラナイ!』
「嘘を言えば羽根を引き千切る」
『シラナイ!!』
『オシエテモラッテナイ!!』
嘘を言っているようには思えない、力に屈するようなこいつらにそのような秘密など教えたりはしないか。
「まあいい、お前達は山の陰にでも引っ込んでいろ」
天狗達は一斉に飛び立ち、山の何処かへと消えていった。
「お前は私と来い」
『ギゲーーーっ!』
起き上がろうとした天狗の足を引っ張り山を駆け上がる。
『イタイ!ハネガイタイ!』
「妖がその程度で喚くな」
『ギギャーーーーー!』
さらに速度を上げると、より喧しく喚き始めた。
仕方なく足から手を離し、頭を掴んで再び走り出す。
『トレル!アタマトレルーー!』
「猫又といいお前達のような天狗といい、妖がここまで軟弱だとは、鬼とはここまで違うものなのか」
血霧童子であればこの程度は傷すら付かないだろう。
天狗の胴に腕を通し脇に抱え上げ再び走り出す。
『イッショニスルナ!オニ!』
「私は人間だ」
『ウソツケオニ!オニサムライ!』
再び喧しく騒ぎ始める天狗。
「烏の居場所を指し続けろ、木で嘴を削られたいのか」
『……』
大人しくなった天狗は案内を再開した。
――
「天狗という魔物はいったいどのような物なのでしょうか」
「俺も魔物は色々見てきたが、そんな種聞いたこともねえ」
走竜の背に跨った学術園の教師達が森を駆け抜ける。
「彼の言ったことは信じられるんですか?」
トリニティは周囲の警戒をしながらも、リベットと会話をしていた時のアルマの穏やかな表情や、生徒の話を聞き出した時の真剣な眼差しを思い出す。
「出会ってまだ間もないですが、状況を考えずに嘘を付く方ではないと確信しています」
「まあ、トリニティ学長がそう言うのなら信じますけども……」
「翼を持つ風の化身か……」
『ふむ、『木の葉天狗』が喧しいと思って来て見れば』
見知らぬ声が聞こえたトリニティは長杖を召喚し、その方向を睨みつける。
「何もんだてめえ!」
仲間が声を荒げるが、黒き翼はただ腕を組み空中で此方を見下ろしている。
「本当に人の言葉を……」
「天狗……!」
黒い嘴に大きな黒い翼、右手に金の飾りが先端に着いた黒い長物をもつ異形。
「子供達を何処へやったのですか!」
トリニティは怒声を上げる。
『お前達は小童共の身内か、用が終わるまで待っていろ』
「一体なにをしている!」
『ただこの地の術を撃たせ続けているだけだ、安心せよ』
「術を撃たせ続ける…?」
「術は無限に撃てるものじゃない!止めさせろ!」
天狗は怒る人間達を眺め、なにか妙案が思いついたかのように目を見開く。
『お前達、我が稽古を付けてやろう』
「何を言って――」
『近頃は山伏も少なくてな、これでは我等の術の腕も鈍ってしまう』
天狗は懐から何枚もの木の葉を取り出すと、風を操って周囲にばら撒いていく。
それらが地面に着くと、木の葉のしたから甲冑を纏った人間が生えるように現れた。
その手には刀や槍、弓などの武器が握られている。
『まずは小手調べだ』
「これは一体……、使い魔――いや召喚術か?」
「皆様なるべく距離を離さないようにしてください!」
トリニティが長杖を召喚し構え、魔術を発動する。
地面から岩の棘が無数に飛び出し、甲冑達の胴体を次々と貫いていく。
『ほう、人型では物の数にすらならんか、……む?』
幾つもの太い雷針や鋭い岩が次々と天狗に襲いかかるが、その全てが身体に到達する寸前に弾かれてしまう。
『やはり陰陽師共の術とは性質が違うな』
「中級が届きすりゃしねえ……、上級の準備しろ!」
『では次だ』
天狗が手の平を天に向けると、周囲の風が落ち葉を運びながらそこへと集まっていく。
『受け切ってみせよ』
「――!集まってください障壁を張ります!」
走竜から飛び降りたトリニティが長杖を地面に突き立てると、地面に大きな魔法陣が展開され、その中に教師達は駆け込んでいく。
『風の嘶きを受けてみよ』
天狗が腕を振り下ろすと、球状となった暴風の塊がゆっくりと降下していく、その中では集められた木の葉が切り刻まれ粉へと姿を変えていた。
「『ホーリー・フィールド』!」
トリニティを中心とした魔法陣から眩い光が溢れ出し、円柱状の白き結界となり世界を隔てた。
それと同時に風の塊が結界にぶつかり、閉じ込められた暴風が解き放たれ周囲に圧を撒き散らしていく。
『ぐううっ!』
トリニティは途轍も無い消費に襲われ、突き抜ける圧力に身を打たれながらも、絶えず魔力を注ぎ込んでいく。
結界に弾かれた風は周囲を切り刻み、押し潰していく。
漸く風が晴れトリニティが結界を解除すると、半径百米の木々が根こそぎ吹き飛ばされていた。
『耐えたか、見事だ』
「はあ……はあ……」
「トリニティ学長大丈夫ですか!」
「はあ……、大丈夫です」
トリニティは額の汗を拭うと、地面から杖を引き抜き構える。
『術の威力、耐久性に関してはこちろの人間の方が高いようだが、消耗はその分大きいようだな』
天狗はゆっくりと地面に降り立ち、腰の刀に手を掛ける。
『さて剣の腕の方はどうだ……』
教師達は警戒心を最大限に上げ迎え撃てるように構えるが、不意に天狗の動きが止まる。
『……』
天狗は刀から手を離すと、翼を広げ飛び上がった。
『山伏達よ、中々興味深かったぞ』
天狗はその身を翻し、山へと飛び去っていった。
「逃げた、のか?」
「というよりは見逃してもらった、という方が近いんじゃないですかね……」
教師達は困惑と、どこか安堵したような心境だった。
ただ一人、トリニティを除いては。
「このまま山ヘ向かいましょう」
「それは勿論ですが、また『天狗』とやらに遭遇する可能性が……」
「確かに力の差は歴然だと言えます、ですが生徒達を放って置くという選択肢はありません」
トリニティは走竜の背に跨り再び走らせる。
教師達も後に続き山へと突入した。
『予想よりも早い到着だな、人間』
「捕らえた者達は何処にいる」
空に立つ烏天狗と、地に立つアルマが向かい合う。
『安心せよ、そのもの達は生きている』
「――なぜこの様な真似をした、喰らうためか」
心の内で湧き上がる安堵と怒りを鎮めながら問いかける、だが烏天狗は馬鹿馬鹿しいと眉間に皺を寄せる。
『我等は誇り高き天狗ぞ、人など喰らわぬわ』
当然の事だと烏天狗は言い切る。
『ついてこい』
烏天狗はアルマに背を向けると、山の頂上へ向けて翼を羽ばたかせる。
「どういうつもりだ!」
アルマは意味が分からないながらも、離れていく天狗の背を追いかけ山を駆け上がる。
『アノ……』
アルマの脇に縮こまっていた木の葉天狗が小さく手を上げる。
「なんだ!」
「ヒエッ!アンナイハモウイラナイデスヨネ……?」
「……」
アルマはどうでもいい事だと無視して、烏天狗を追う速度をさらに上げる。
『人間とは思えん速度だ』
前を飛ぶ烏天狗は僅かに振り返り後ろで追いかけてくる人間の姿を見る。
人には適さない山の傾斜、それを木の葉天狗を抱えながら人間が苦もなく走っている。
それどころか、その速度は段々と増していっている。
『奇妙な奴だ』
人間でありながらこれだけの速度を出し、妖刀を持ちながらも正気を失わず、それに加え鬼を斬ったと言う。
普通の人間ではない、だが普通では無いからこそ、この人間であれば大天狗様は気に入るだろうと、烏天狗は最早確信していた。
「あの霧は……」
烏天狗の背が白く広がる霧の中へ消えていく、だが迷っている暇など無いだろう。
烏天狗の背を追い霧へ飛び込むアルマ、そこには広い空間が広がり、中央には一本の太い木とその横に並ぶ白い天狗達がいた。
『息の乱れも無いとはな、今まで鍛えてきた人間のどれにもその域に達した者はいないぞ』
烏天狗が木の前に降り立ち、アルマの全身を眺める。
空間に穏やかな風が流れ、木の枝が揺れる。
すると、並ぶ白天狗と烏天狗が地に片膝を着けた。
「この途轍も無い妖気は――」
『ふむ、確かに混ざっているな』
一本木の裏から妖が現れた。
羽根の付いた団扇、赤く染まった顔に長い鼻、黒に金の混じった大きな翼、白く上質な服。
「お前が大天狗か」
アルマは邪魔にならないよう、抱えていた木の葉天狗を解放し、妖刀の鞘を左手で持つ。
漸く解放された木の葉天狗だが、逃げ出すことはせずそのまま地に頭を着けた。
『如何にも、お主は鬼を斬ったそうだな』
羽団扇を振るうと、地面から木の根が伸び絡み合い椅子の形となった。
大天狗はそこに腰を掛け脚を組む。
『その鬼の名は』
「『血霧童子』」
『ふむ、西の朱殷も招かれたと言うことか……』
大天狗は考えるように顎に手を当てる。
「捕らえた者達を解放しろ」
『そう焦るな』
大天狗が片手を上げると、控えていた白の天狗達が一斉に飛び立った。
「……お前達の目的は何だ、どうやってこの世界に来た」
『ワシ等もそれを探っている所よ、お前は知らぬのか?同郷の子孫よ』
「……!」
なぜ私の先祖が異なる世界から来たのかがわかるのかと、アルマは驚き僅かに目を見開いた。
『代を重ねて血は薄まろうが、その魂はワシもよく見ていたモノだ』
「魂」
アルマは自身の胸に手を当てる、だが分かるのは一定の動きをし続ける心臓があるということだけだった。
ふと羽ばたきの音が聞こえ視線を空にやると、複数の烏天狗が飛んできていた。
その中の一体は片翼を失い、仲間に支えられどうにか飛行を維持している。
『随分と派手にやられたようだな』
烏天狗は大天狗の前に着陸し、跪く。
『申し訳ありません……』
『女狐は既に影から人を支配しています、帰還の協力をするつもりも無いようです』
『此方に来てもやる事は変わらぬか、奴の術ならばと思っていたが仕方あるまい』
大天狗が羽団扇を振るうと、烏天狗の失われた片翼が再生した。
『有難うございます!』
大天狗は椅子から立ち上がり手を前に突き出す、すると風が落ち葉を攫いながら手中に集まっていく。
それを見た烏天狗は一斉に飛び立ち木の傍へ整列した。
大天狗が風を握りしめると、風と共に木の葉が飛び散り、赤い柄の美しい両刃の剣が現れた。
アルマは背中の弓と矢筒を外し、木の葉天狗の服を掴んで立ち上がらせる。
『ナニヲスル――!ヤ、ヤメロ!』
小さく暴れ出す木の葉天狗に弓と矢筒を抱えさせる。
「それを預かっていてくれ、くれぐれも落とすなよ」
『ナ!ナンダト!』
やけに強気になった木の葉天狗がそれを投げ捨てようするが、ふと大天狗の視線に気づき動きが固まり、汗が滝のように流れ出す。
『お主、なぜそこの者を殺さなかった』
「その意味は無いと判断した」
『クックック……、そうか』
大天狗は愉快そうに笑う。
『そこの、弓矢を持って下がっていろ』
『ハ、ハイーーー!』
木の葉天狗は弓矢を抱え、逃げるように木の陰へと隠れた。
『お主の名は何だ』
大天狗は両刃剣をアルマに突きつけると、名を問う。
「私の名はアルマ=リュウガンジ、異世界より来訪せし武士の子孫だ」
アルマは姿勢を僅かに低くし、妖刀では無く『白』の鞘を掴み柄に手を添える。
「お前の名は」
『人が呼ぶは神の山の鳥海丸』
大天狗は手元で両刃剣を回転させ、地面に突き立てる。
『ワシの名は天津、鬼を斬ったというその武芸、見定めてやろう』
大天狗が金色に光る翼を羽ばたかせると、一瞬で空高く飛び上がった。
羽団扇を高く掲げ、大きく振り下ろす。
「……っ!」
何かを感じ取ったアルマは一息で白を振り抜き、空を切り払う。
その瞬間、金属が削り取られる様な音が鳴ると同時に、アルマを避ける様に地面に深い溝が描かれた。
『やはり防いだか、そうでなくてはな……!』
大天狗が愉快そうに、高らかに笑い出すのを見てアルマは刃を鞘にしまう。
大天狗が地面へと舞い降りると、突き刺した剣を引き抜き構える。
『ならばこちらはどうだ?』
瞬間、その場から消えた大天狗がアルマの背後から現れ、刃を振り下ろす。
「フっ!」
アルマは身体を半身にして剣の軌道から逃れ、振り返りながら刀を抜き放つ。
だが大天狗はその場からアルマを飛び越えることで刃を回避し、首を狙い横薙ぎを放つが、アルマは勢いのまま刀を斜めに添えて刃を滑らせ軌道を上に弾く。
『ほう!』
そして、振り返りながら回し蹴りを落下する頭に目掛けて繰り出すが、大天狗が強く羽ばたいた事で離れ空を切る。
「はあ!」
だがアルマは軸足で地面を強く蹴ることで再び距離を詰めながら、さらに勢いを付け大天狗の腹を目掛けて足刀蹴りを放った。
大天狗は両翼で前面を覆うことで一撃を防ぐ、だが勢いを殺し切ることは出来ずそのまま吹き飛ばされた。
『ふっふっふ、良いな……』
アルマは刀を納め走り出し、大天狗との距離を一気に詰める。
『その力、その技、その反応速度』
大天狗は吹き飛びながらもアルマの一挙手一投足を観察する、そして身体を回転させ地面に向けて強く羽ばたき再び空へと舞い上がった。
『剣豪犇めくあの地でさえ、お主のような者は居なかった』
アルマは地面を強く蹴り跳躍を始める、それを見た大天狗は羽団扇を振るい風の刃を幾つも発生させ向かわせるが、その悉くが切り裂かれていく。
だが、風の刃によって勢いは殺され、失速したアルマはそのまま地面に着地し刀を鞘に納めた。
『いや、例外があった、妖となった人間だ』
「……私は人間だ」
『カッカ、そうだな、お主はまだ人間だ』
大天狗は不敵に笑い、空中で脚を組み何かへ座った。
『だが、確実に近づいている』
「なんだと――?」
アルマは聞き捨てならないと戦う構えを解き、大天狗を鋭い目で睨みつける。
『お主が持つ妖刀、厄介なモノが潜んでいるぞ?』
アルマは腰の刀に目を落とす、その妖刀は何かを求めているかの様に震えている。
『妖刀を振るい、鬼を斬り、ワシと戦ったお主は相当な妖気に触れている』
大天狗はゆっくりと地上に降りると、剣を消し去り椅子に座った。
『もう既に肉体の変化は起きているかもしれんな』
大天狗はまるで不安を煽るかのように笑ってみせる。
「……だからこそ妖刀の邪気を祓うべく旅をしている」
『妖の生も良いものだぞ?』
「私は人の道を往く」
『カッカ!精々励むといいぞ人の子よ』
大天狗が立ち上がり羽団扇を振るうと周囲の霧が消え去り、天の雲が移動し日が現れた。
『捕らえた者達は解放してやろう、下の人間共に届けてさせる』
「お前達は一体何がしたい……」
『なに、探し物よ』
アルマは木の葉天狗に視線を向け呼び寄せると、弓と矢筒を受け取り身に付ける。
『モウイイカ!』
「ああ」
木の葉天狗は大天狗に頭を下げてから、役目は果たしたと全速力でその場から逃げ出した。
『アルマよ、妖になった暁には再びワシの元へ来い、生き方というものを教えてやる』
「そのような日が来ることはない」
『待っているぞ』
最悪な末路を願う大天狗に嫌気が差したアルマは、返事をすること無く山道を下って行った。
『面白い人の子よ……』
大天狗は満足そうに笑うが、すぐにその表情を消し去る。
『各地に社を建てよ、信徒を増やす』
『は!』
大天狗の号令に烏天狗達は一斉に飛び立った。
『女狐を斬らせるのはまだ尚早、奴が事を起こせば信仰も増えやすかろう』
大天狗は不敵な笑みを浮かべ、自らを羽団扇で扇ぐ。
その表情は神と呼ばれしそれでは無く、大妖の物であった。
――
『妖になった暁には再びワシの元へ来い』
(嫌なことを言う……)
山を下りる最中のアルマは、先程大天狗に言われた言葉を思い返していた。
人の妖化、確かに遺された書の中にもその記述はあった。
だがその条件は限定的であり、負の感情に包まれながら命を落とすか、妖に強い呪いを受けるというものだ。
「呪いか……」
左手で握り拳を作り体内の熱を集めるよう意識すると、赤い薄切がゆっくりと立ち始める。
間違いなく悪鬼と呼ばれる存在であっただろう、だが最後に見たあの表情に恨みや怒りは見えなかった。
「私も絆されたか……」
鉄の臭いがするそれを掻き消し、山を下りる脚を速めた。