武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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悪鬼断ち

 

『ブオオオオオ!!』

 

 日の沈んだ森の中腹、激しい衝突音と軋みが木々の合間を抜け響いていた。

 

『ブオオオオオ!』

 

『ブオオオオオ!』

 

 太い四肢を持った大型の二足魔物が巨木に身体を打ち付けては威嚇(いかく)するように雄叫(おたけ)びを上げる、その度に二本の牙で締まりきらない口から粘液性(ねんえきせい)の高い(よだれ)がこぼれ落ちていく。

 

 下手な岩よりも頑丈な生きた巨木でさえも、度重なる一撃に悲鳴を上げ始めていた。

 

「畜生……」

 

「なんでこんなことになんだよ!」

 

「……魔力を流す事に集中して、出来るだけ木を長持ちさせるの、そうすればきっと助けが来る」

 

「ほんとかよそれ!」

 

 かつて魔物が住処としていた穴の中では、三人の若き冒険者が身を寄せ巨木の根に魔力を送り続けていた。

 

『ブオオオオオ!』

 

「……!」

 

 強い衝撃と共に何かがバキリと折れる音が響き、厚く塗り固められた土壁が僅かに崩れる。

 

「こんなんじゃ!とてもじゃねえがもたねえぞ……!」

 

 力の無い左腕を地べたに垂らした剣士が、汗を流しながらも無事な方を木に押し当て魔力を流し続ける。

 

「なんだってここにオーク共がいるんだろうなあ、あいつらは奥地の中でも洞窟に住んでるらしいのによ」

 

 もう一人の剣士は半ば諦めながら巨木に魔力を送り続ける、その膝下には半ばで折れた諸刃の剣だった物が転がっていた。

 

「あんなブヨい身体つきで斬った剣のほうが折れるってどうなってんだよ、これ滅茶苦茶高かったのに……」

 

解剖図(かいぼうず)を見たことがあるから知ってる、オークはとても頑強(がんきょう)

 

「じゃあ言ってくれよ!」

 

「私は逃げる事を提案した、聞かずに攻撃を仕掛けたのは貴方」

 

「う……!」

 

 剣士は無表情で()めてくる魔術師にいたたまれなくなり視線をそらし、魔力操作に没頭しようとする。

 

 だが、それを阻止するかのような途轍(とてつ)も無い衝撃が木を襲い、操作を中断させられてしまった。

 

「なっ、なんだ!」

 

『ブロオオオオオオオオオオオン!』

 

 鼓膜を付くような、心臓に響くような雄叫びが響き渡り、反響した音が巨木を揺らす。

 

「うぐっ、クソ、耳が痛え……!」

 

 魔術師の少女は無機質にも見える表情を僅かに暗くする。

 

「……木の命が尽きた」

 

「それってどういう意味だ!」

 

「時間切れということ」

 

 状況は絶望的、正に最後の砦と言えた巨木の命は尽き、含まれていた水分が急速に失われていく。

 

『ブロオオオオオオオン!!』

 

 そして、鼓膜が潰れそうな雄叫びと共に衝撃が響き渡り、巨木が打ち砕かれた。

 

「……っ!」

 

 砕けた巨木の隙間から覗き込んできた魔物は、単なるオークでは無かった。

 

「オークキング……」

 

 巨木を打ち砕いた魔物の正体はオークの巨大個体、オークキングであった。

 

「どうなってんだよこの森……!」

 

『ブボボ……!』

 

 オークキングは獲物を見つけたと興奮した様子で鼻を鳴らし、周りのオーク達を威嚇しながら木を手で引き千切っていく。

 

「木に魔力を流せば応援が来るまで耐えられるんじゃないのかよ!」

 

「それは間違ってない、でもこの魔物は別」

 

「もう手は無いのか……」

 

 単なるオークの群れであったなら、魔力が尽きるまでは巨木の命を持たせることは出来た事だろう。

 

「……一つある」

 

「なんだ!」

 

「私がここに残って魔物を引きつける、比較的傷の軽い貴方達は逃げられる」

 

「置いてけって事かよ!」

 

「もう時間が無い、オークキングの腕が届く瞬間に最大限の魔術を打つ、その間に逃げて」

 

 魔術師は杖を構え魔力を練り上げていく。

 

 そして、広げられた巨木の穴からオークキングの太い腕が伸ばされる、その瞬間に魔術師は魔力を解き放った。

 

「『ディスティク・ストーム』」

 

「うわ!」

 

 魔術師を中心に魔法陣が展開され、猛烈な旋風が巻き起こり剣士2人を吹き飛ばし、オークキングの身体を僅かに持ち上げながら裂傷を付けていく。

 

 風の膜に覆われ無傷で地面に着地した剣士の一人が振り返ろうとしたのを、もう一人が腕を掴んで走り出す。

 

「見てる場合じゃねえだろ!無駄にすんな!」

 

「クソっ!」

 

 僅かな魔力を振り絞り加速力を上げ、剣士達は迫るオークの群れを振り切っていった。

 

 ――

 

(残った魔力量は中級が一回分撃てる程度、さっきの効きを見る限りオークキングは倒せない)

 

 もしもの為にと首から下げていた短剣の鞘を引き抜き、目を固く閉じて切っ先を喉元に当てる。

 

(お母さん、お父さん、ごめんなさい……)

 

 心はやけに落ち着いていた、それは死を受け入れているからだろうか。

 

 だからか、先程まで喧しくない続けていたオーク達の声が聞こえなくなっていた。

 

 僅かに違和感を感じ瞼を開くと、動きを固めたオーク達が一点を見つめる様子があった。

 

 オークキングだけは気づいていないのか、傷付いた身体怒りに震わせながらゆっくりと近づいてきている。

 

(何かが、近づいてきている……?)

 

 魔力は感じ取れず、オークが警戒するほどの巨大の足音がするわけでもない、たが何者かがこの場所へ近づいているということだけは分かる。

 

(希望はまだある……)

 

 その正体が人間である事だけを祈りながら、残る魔力の殆どを込め魔術を構築していく。

 

(理想は可能な限り効果が続いてオークキングを怯ませる魔術、なら)

 

 幸いにして此方へ意識が向いているのはオークキングだけであり、他のオーク達は迫る何かを警戒して動こうとしない。

 

(絶好の機会)

 

「『ゲイル・ケイジ』……!」

 

 オークキングを囲うように八つの魔法陣が現れ、そこから烈風(れっぷう)が吹き荒れ空高くまで土煙を巻き上げていく。

 

 風が土や小石を高速で持ち上げ茶黒い障壁を作り出し、触れたオークキングの身体を打ち付ける。

 

 出血をするまでには至らない、だが細かい粒達が目や鼻、そして口に入り込んで行く。

 

『――――ッ!』

 

 痛みに悶えるオークキングは顔を抱え、土風が直撃しないようにその場から横向きに飛び地面に倒れ悶える。

 

(想定よりも脱出が早い、でも間に合った)

 

 枝葉の揺れる音と乾いたものがへし折れる音が段々と大きくなっている。

 

『ビギイイイイッ!』

 

 突如一体が悲鳴のような雄叫びを上げると、オーク達は一斉に散らばり木々に身体をぶつけながら走り去っていく。

 

 その直後、一人の男が木々の合間から飛び出し、オークキングと隔てる様に着地した。

 

(人間……?魔力が感知できない)

 

 黒い髪、腕と脚だけに防具を付けた変わった装い、腰には二本の剣を差し背中には大きな弓を背負った青年。

 

「無事か」

 

「……右足が折れてる」

 

 僅かに警戒心を抱きながらも、何処かを安心感を覚え思わず身体の力が抜けてしまう。

 

 男は足を一瞥だけして周囲を見渡すが、この場には人間が二人とオークキングしか残っていない。

 

「他の者達はどこに」

 

「先に逃げさせた、足手まといになるから」

 

「勇気のある決断だ」

 

 男が腰の剣に手をかけると、背後でオークキングがゆっくりと起き上がる。

 

 その表情は怒りに満ちており、獲物を破壊し尽くすまで止まりはしないだろう。

 

 オークキングは男を見つけると身体中の血管を浮かび上がらせ、咆哮を上げながら威嚇するように地面を叩き始める。

 

(すぐに飛び掛からない……、オークキングが人間を警戒している?)

 

 人間とオークキングの間には隔絶された種族差があり、本来であれば見つけ次第飛びかかるだろう。

 

 だがオークの群れは逃げ出し、オークキングも不要に近づこうとはせずに距離を保ち続けている。

 

「このような巨体であれば、挑みに来てくれるのだな」

 

 不思議な事を呟いた青年の姿がぶれると、いつの間にかオークキングの背後へと立っていた。

 

 その直後、オークキングの生首が地面に落下し、力の抜けた身体が前方へ崩れ落ちた。

 

 青年はいつの間にか抜き身になった剣の刃を紙で拭うと、そっと鞘に納め此方に歩いてくる。

 

「足は痛むか?」

 

「魔力がのこっているうちは大丈夫、だけど歩けない」

 

「そうか」

 

 青年は傍に片膝を着くと、袋から小瓶を取り出し此方に差し出す。

 

「連盟から受け取った魔力回復薬だ」

 

「……」

 

 命の恩人とはいえ異性から受け取るのは僅かに躊躇(ためら)ってしまう、幾ら相手が連盟員だとしてもこればかりはどうしようもない。

 

「やはり見知らぬ相手からは難しいか」

 

 気分を害させてしまったかと考えたが、彼は表情一つ変えず小瓶の蓋を開けると、顔を上に向けて中の液体を少し口に垂らす。

 

「これで安全の証明はできないか?」

 

「うん」

 

 首を横に振って否定し、小瓶を受け取って中の液体を一気に飲み干す。

 

(やっぱり美味しくない……)

 

 昔から飲み慣れた魔力回復薬、故郷のそれよりは味も幾らかマシではあるのだが、どうしても甘みと苦みが混ざったような味には慣れることがない。

 

「ふう……」

 

「二人はどの方向に行ったか分かるか?」

 

「あっち」

 

「順調に進んでいれば森からは出られているか……、抱える為に身体へ触れるが構わないな」

 

「うん、お願い」

 

 青年は背中と膝の下に腕を伸ばすと、表情一つ変えることなく身体を持ち上げた。

 

「あっ……」

 

 思ったよりも視点が高くて、服を強く掴んでしまった。

 

「落とす事は無いと誓うが、そのまましっかりと捕まっていてくれ」

 

「うん」

 

 青年は森の出口へと向かって歩き出した。

 

(なんだか、森が静かになった気がする)

 

 この森には依頼や個人的な採集目的で何度か来たことがあるが、いつもは魔鳥の鳴き声や何かの遠吠えなどが聞こえていて、ここまで生き物の気配のような物を感じない事は無かった。

 

 彼の表情は殆ど無いように見えるが、視線だけは何処か鋭く周囲への警戒を怠っていない事が分かる。

 

 不意に視線がぶつかるとその鋭さは消え、どうしてか直視できず目を反らしてしまう。

 

 彼は此方が怖がらない様にとても気遣ってくれているということはかなり前から分かっている、けれどどうしても。

 

(慣れない……)

 

 異性とここまで距離の近くなった経験がなく、どうしても緊張してしまう。

 

 故郷を出てから異性と組む経験は何度もあった物の、自身の性格が災いしてか一定以上の親しさになる事は無く、今組んでいる二人とも依頼関係以外では特に会話をすることも無い。

 

「身体は痛むか?」

 

「大丈夫、街まで魔力は持つはずだから」

 

「そうか、何かがあれば遠慮せず言ってくれ」

 

「うん」

 

 彼は私と同じで口数が多い方では無いようだが、何かを感じるとこうして言葉を掛けてくれる。

 

 人付き合いにも慣れているのだろう、それが少し羨ましく感じてしまった。

 

 ――

 

「重くない?」

 

 自分の体重は同じ背丈位の人達よりは軽い方だと自覚しているが、それでも人間を抱えてずっと歩いているなんて辛くは無いのだろうか。

 

「何も持っていないかのようだ」

 

「良かった」

 

 彼は汗の一つも流しておらず、疲労の色もまったく見せない。

 

「もうすぐ森を抜ける」

 

 結局オークキングの危機を脱してから一度も魔物を目にしなかった、こんな現象は生きてきて一度も見たことがない。

 

 オークが戦闘を放棄して逃げ出し、オークキングが最大限の威嚇をして抵抗さえも出来ずに首を落とされた。

 

(何者……?)

 

 只者では無いことだけは分かる、だが今まで見た強者達はみな魔力が(あふ)れ出ていた。

 

 だが彼からは全くと言っていい程になにも感じ取ることができない、極めし者は一切の魔力感知が出来なくなると言われているが、まさか彼がそれに値する者なのだろうか。

 

「魔物の鳴き声がする、少し速度を上げるぞ」

 

 言葉の後に景色の流れが速まるが、身体に伝わる衝撃に変わりが無い。

 

(魔物の鳴き声……)

 

 耳を澄ましてみると僅かにだが高めの吠える声が聞き取れた、彼は今両手が塞がっている状態だ、何時でも援護が出来るようにしなければ。

 

「痛みを抑えることに集中していてくれ」

 

 心を見透かされたような言葉に、思わず身体が強張る。

 

「どうして……?」

 

「恐らく戦闘にはならない」

 

 意味がよく分からない、だが彼の雰囲気にら無理矢理納得させられるだけの説得力があった。

 

「見えたぞ……!」

 

 彼の視線を覆うと引き手のいない馬車とそれを囲う四足魔物の群れ、そして荷台の上で剣を振るう仲間の二人がいた。

 

「少し揺れるぞ」

 

 その言葉の後に身体に僅かな衝撃が来て、小さな石が魔物に向かい直撃し出血させた。

 

『ギャウンっ!』

 

 厚い毛皮に覆われているにも関わらずだ。

 

 魔物達は僅かな混乱の後此方に身体を向けるが、やはりオーク達と同じようにその場から逃げ去ってしまった。

 

「おーいこっちだー!助けてくれー!」

 

 荷台に乗った仲間の一人が両手を振って存在感を示す。

 

「あの二人で間違いないか?」

 

「うん」

 

「そうか」

 

 彼は緊張を解いたのか、初めて笑みを見せる。

 

「……」

 

 その表情を見ているとどこか気恥ずかしくなるというのに、どうしてか視線を外すことが出来なかった。

 

 ――

 

「あんた連盟の救援か?よくあのオークの群れを切り抜けたな、オークキングも居たってのに」

 

 荷台に少女をゆっくりと降ろし、袋から瓶を二つ取り出して置く。

 

「近頃魔物に嫌われているようでな、戦わずして無事助けることが出来た」

 

「んな竜じゃ有るまいし……」

 

 剣士の一人が肩を竦めて笑う、この様子ならば大丈夫だろう。

 

「その二つの瓶は連盟から支給された魔力回復薬だ、彼女も既に補給している」

 

「悪いな、助かった」

 

「ありがとよ」

 

「そういやこれはあんたの荷馬車か?」

 

「そうだ」

 

「悪いな、勝手に上がっちまって」

 

「気にしなくていい、それで身を守れたのなら持ってきた甲斐があったと言うものだ」

 

 轅を乗り越え取っ手を掴む。

 

「ん?アンタが押してくのか?」

 

「正気か?人間三人だぞ……」

 

「力と体力には自信がある、それと積んである食糧は好きに摂ってくれて構わない」

 

 荷馬車を推し進め、怪我人に衝撃が及ばないよう路石注意しながらゆっくりと加速していく。

 

「おいおいマジかよ」

 

「……なんか色々とがアレじゃねえか?」

 

「気にするな、私はそこらの魔物よりも速い」

 

「いやそういうことじゃねえんだけど……、まあいいか……」

 

 ————

 ———

 ——

 

「休憩なしで走り切るってどんな体力してんだ……?」

 

「オーク共が逃げだしたのも納得出来る」

 

「すごい」

 

 街の門前に着くと、困惑した様子の騎士に止められた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

「一体何をしているんだ君達は……」

 

「怪我人を運んでいる、速く行かせてもらえないだろうか」

 

 あまり無駄話に時間を取られたくないのだが、彼等も仕事でやっている事であり無視する訳にもいかない。

 

「怪我人……?ああ、止めて済まなかった」

 

「気にしないでくれ」

 

 荷台に乗る三人を確認した騎士が道を空けてくれた、物分かりのいい人間で有り難い。

 

 再び荷馬車を押し連盟を目指す。

 

「まあ、そりゃ止めるよな」

 

「俺も止めるな」

 

 剣士二人は何処か居心地を悪そうにしているが、今は我慢をして欲しい所だ。

 

「お母さんアレ何でお兄さんが運んでるのー?」

 

「しー!見ちゃだめよ!」

 

 やはり目立つのだろうか、あちこちから視線を感じる。

 

「奴隷制って廃止されたんじゃねえのか?」

 

「騎士呼んだ方が良いんじゃねえかな」

 

「いや、あんなガチガチに武装した奴隷なんていんのか?鎖もなんにも付けてないし」

 

「……」

 

 荷台の三人は耐えられなくなったのか、外套(がいとう)で顔を隠し始める。

 

 早い所送り届けてやる方が彼等の為になりそうだ。

 

 ――

 

 連盟の前で荷馬車を止めると、剣士二人が勢いよく飛び降り建物の中へ入って行った。

 

「また置いて行かれた」

 

 街中でされるのは流石に不満だったのか、無表情ままだが眉が僅かに歪む。

 

「恥ずかしかったのだろう」

 

 荷台から抱え上げると、連盟の扉が開き受付が小走りでやって来た。

 

「彼女は足が折れている、精度の高い医療士はいるか?」

 

「はい、既に連盟へ召喚しております」

 

「それと森の調査をしている者達を集めてくれ、話をしたいことがある」

 

「かしこまりました」

 

 受付が扉を空けてくれたところを、彼女の身体をぶつけないように中へはいる。

 

「医療士はどこに?」

 

「あちらです」

 

 目を向けると剣士二人に医療術をかける女性達の姿があった、その場へ足を運ぶと数名ご駆け寄って来る。

 

 長椅子にゆっくりと横に座らせ、傍を離れる。

 

「アンタはどっか怪我してないかい?」

 

「私は幸い無傷だ」

 

「そりゃ何より」

 

 受付へ向かうと報酬らしき包が置かれる。

 

「救援ありがとうございます、こちら連盟からの報酬金です」

 

「ああ」

 

 包を受け取り懐へしまう。

 

「只今連盟関係者に連絡をしています、その間は休んでお待ちください」

 

「分かった」

 

 併設された酒場に向かい、治療している様子が分かる席に座り果実飲料を注文する。

 

「お待たせいたしました」

 

「ありがとう」

 

 器に満ちた薄い紫の液体を口に含み飲み込むと、強めの甘さが全身に駆け巡り僅かな疲れが一瞬で吹き飛んでしまった。

 

「これはどのような果実を使っているんだ?とても甘味が強いが」

 

「至って普通の砲の実ですが、此方を一匙だけ混ぜているんですよ」

 

 店主は台の下から白い粉が詰められた瓶を取り出した。

 

「こちらは近頃精製方法が確立された白糖という物でしてね」

 

「白糖……」

 

「果実から作られたよりも甘みが強く、疲労回復効果もあるそうですよ」

 

 なるほど、道理で疲れが消えたわけだ。

 

「とはいえ供給はまだ安定してませんから値が張りますし、常設するかは決めていませんがね」

 

「そうか」

 

 今の状況のように一日寝ていないなら注文するのもありだと思っていたが、こればかりは仕方のないことだろう。

 

「良ければそのお飲み物に合う軽食でも如何ですか?」

 

 そう言えば学園から出発する前に軽く食事をしたくらいで、それから何も食べてはいなかった。 

 

「貰おう」

 

「かしこまりました、暫くお待ちください」

 

 店主が裏へ下がっていくのを見てから、懐から先程受け取った包を取り出し財布へ金を移していく。

 

 路銀を稼ぐという一先ずの目的は果たした、そして此処まで荷馬車を押して走ってきて判ったことがある。

 

 それはこのくらいの距離であれば、道中の食糧(しょくりょう)は用意する必要が無いということだ。

 

 最低限水さえあれば他は不要と言える、最も同行者がいる場合は例外だが。

 

「お待たせしました」

 

 店主は細い芋の小山と、赤い液体の入れられた器をそれぞれ並べる。

 

「こちら揚げ芋の香味(こうみ)味塩掛けとこうしん(こうしん)ダレです、ごゆっくりどうぞ」

 

 まず一つ摘み口へ運ぶと、爽やかな香りと程よい塩気がやって来た。

 

 揚げたばかりだからなのか、食感も楽しく飽きさせない。

 

 芋を三つ摘み赤いタレを纏わせ口に運ぶと、仄かな塩気にヒリつく辛味が加えられ味の段階をさらに上昇させた。

 

 飲み物で口内に流し込むと辛味と塩気によって白糖と果実の甘味がさらに強調され、再び芋を食すればその甘みによってまったく逆の事が起こる。

 

「……なるほど」

 

 確かに良く合う組み合わせだ、難点としては永遠と食してしまいそうになるという所だろうか。

 

 治療現場を横目に見ると、丁度魔術士の足を治し終わった所のようだ。

 

 とはいってもまだ歩き回らないほうが良いだろうが。

 

 受付の方を見れば裏口から連盟の関係者らしき数人が何か会話をしている、時折此方に視線が向くのを察するに食事が終わるのを待ってくれているようだ。

 

 芋を平らげ飲み物を完飲し、代金を置いて受付へ向かう。

 

「すみません、急かしたようで」

 

「構わない」

 

「全員の治療が終わったようなので、森での話を聞きましょう」

 

 関係者と共に身体を確かめている三人の元へ向かう。

 

「隣に座ってもいいか?」

 

「うん」

 

 刀を外し椅子に立て掛け、魔術士の隣に腰掛ける。

 

「ではまず、依頼を受けて森に行った時のことを教えてください」

 

「今日は採集依頼を受けたんだが、最後の1種類が中々見つからなくてよ、それで中域まで進んで漸く見つけたんだが」

 

 受付は中域より前で見つかる物だと言っていたが、やはり自然相手だとそう上手くは行かないか。

 

「んで帰るかってなった時になんつうか……」

 

 剣士はなぜか言葉を(にご)らせる、それ程言い辛い事なのだろうか。

 

「私達は迷子になった」

 

「地図と磁針はお渡ししましたが、それでも迷われたのですか?」

 

「俺達もちゃんと地図と方位磁針を頼りに進んでたんだ、けど地図に無い道があって分からなかったんだよ」

 

「地図に載ってない道ですか?」

 

「分かんねえけど……、何か小さな石の家とか膝ぐらいの高さがある石像が置かれてたりさ、明らかに景色が違ったんだよ」

 

「小さな石の家に、石像ですか……」

 

 三人の表情を見る限りでは、嘘を付いているとは思えないが。

 

「今までそのような報告はあったのか?」

 

「いえ、ありません」

 

 連盟職員もいまだ聞いたことは無いらしい、つまりそれが現れたのはここ最近ということだろうか。

 

「そんで、迷ってる内にオークの群れと遭遇したんだ」

 

「……洞窟外でですか?」

 

「そうそう、それで交戦して逃げ回ってた内に森の中域辺りに着いて、巨木の下にあった空洞に隠れてた」

 

「しかもオークキングまで来るんだからな、本当に死ぬかと思った」

 

「オークの群れにオークキングが洞窟外、それも森の中域付近に出没……」

 

「その後、彼が来て助けてくれた」

 

「なるほど……」

 

「明日、調査隊を編成し改めて森を調べてみましょうか」

 

「そうですね」

 

「一つ聞きたい」

 

「何でしょうか」

 

「他に依頼を受けた者達から、オークキングやオークの群れを見たという報告は無かったのか?」

 

 今日連盟で依頼を受けているのは彼等だけではない、それにオーク程の魔物が群れるならば誰も気付かないということはありえないだろう。

 

「ええ、戻ってきた方々からオークに関する報告は一つもありませんでした」

 

「嘘だろ?あんだけのオークが走り回ってたんだぞ、鳴き声ぐらいは聞こえてそうなもんだろ」

 

「そうですね……」

 

 生息地から飛び出したオークの群れ、小さな石の家に石像、そしてその事象に誰も気づけなかった。

 

「明日の調査に私も同行させてもらいたい」

 

「理由を聞いても宜しいでしょうか」

 

「恐らくだが、その原因は流れ者にある」

 

 そして、ほぼ間違いなく妖の仕業だと見ている。

 

「流れ者ですか、突然現れたと考えればこの現象にもいくらか納得は出来ますが……」

 

「……流れ者、ってなんだ?」

 

「異世界から流れ着いた様々な何かの総称」

 

「異世界ねぇ、ほんとにあんのかよ」

 

 この世界では流れ者、異世界に対する認知度はそこまで高くはない、研究をしている所はあるようだが。

 

「貴方が使っている短剣、その原型も流れ者」

 

「まじ?」

 

 剣士が後ろから取り出したのは鞘付きの短剣、ゆっくりと引き抜かれると中央に縦長の穴が空けられた特徴的な刀身が現れた。

 

「見た目が気に入ったから買ったけどそうなのか……」

 

 耐久性を上げるためなのか刀身自体は分厚く作られているが、中央の穴は軽量化の為だろうか。

 

「分かりました、同行を認めましょう、明日の日の出頃に連盟へお願いします」

 

「ああ」

 

「我々は話を詰めてきますのでこれで失礼します」

 

 連盟役員達は受付から裏へと戻っていった。

 

「はー、散々な目にあった」

 

「だな、腹減ったし飯でも食おうぜ、アンタもどうだ?」

 

「そうだな、私も共にしよう」

 

 軽食は摂ったが、明日また動くと考えればもう少し補給をしておきたい。

 

 三人と食事をした後、連盟員用宿へと共に向かった。

 

「送ってくれてありがとう」

 

「構わない、明日一日は休む事だ」

 

「うん、そうする」

 

 腕から手を離し部屋の鍵を開け、扉を開いた魔術師が此方に振り返る。

 

「……またね」

 

「ああ、また会おう」

 

 此方を見つめながら扉の向こうに消えていくのを見送り、今宵(こよい)一泊する部屋へと入り水場で汗を流す。

 

「鬼、天狗、森の異変……」

 

 いずれもあの黒い靄が原因としているという事は分かる、だがなぜそれが起きているのか、その理由が分からない。

 

 偶然が重なって起きた自然現象に過ぎないのか、はたまた荒ぶる神が混沌(こんとん)を求め引き起こしているのか。

 

「原因を突き止めなければ」

 

 流れ着く者は無害な獣や善側の妖に限らない、鬼のように争いを好む物もいるのだ。

 

 もし大天狗のような力を持ちながらも理性を持たぬ者が現れたとすれば、この国や世界は悲惨な方向へ進んで行くことだろう。

 

 

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