武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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尾の道

 

 早朝、まだ日も(のぼ)らぬ頃に連盟の扉を開き中へはいると、数人の外套(がいとう)(まと)った者達が開店前の酒場の席で談笑をしていた。

 

 近づいていくとそのなかの一人がこちらに気づき片手を上げる、それを見て他の三人が此方を向いた。

 

「よ、アンタが例の助っ人か」

 

「ああ」

 

「ふーん、がっつり戦闘型って感じだな、ここ空いてるから座れよ」

 

 促されるままに空けられていた席に座る、他の面子を確認してみると皆同じように顔を隠していた。

 

「しっかし珍しいな、調査隊に参加したいなんてさ」

 

 黒い仮面が拳の上に頬の部分を乗せながら、こちらを興味深そうに見てくる。

 

「今回参加したのは気になることがあっての事だ」

 

「気になることですか?」

 

 やや高めの声で緑の仮面が相槌を打つ、体格は小さくで椅子の背に細長い剣を立て掛けている。

 

「森に起きている異常、その原因は流れ者だと私は見ている」

 

「流れ者……?」

 

「異世界から流れ着いた者をそう呼ぶんだ、君も気付かない内に見ていると思うよ」

 

 穏やかな声をした青い仮面が補足をする。

 

「へー」

 

「流れ者だと判断した要因はなんだ」

 

 黒い画面をした大男が低い声で問いかけてくる、外套を着込んでいても分かるその体格からし て、相当な力を持っているだろう。

 

「森で起きた現象、オークの群れに気付かない冒険者達、単なる魔物にこのような事は出来ないだろう」

 

「確証はあるのか?」

 

「それを確かめに向かう」

 

「なるほどね……」

 

 流れ者の仕業(しわざ)で無いのならばそれで良い、だが妖が原因であるならば、普通の人間には対処(たいしょ)(きび)しい物になるだろう。

 

「なんにせよ戦力が増えんのは歓迎(かんげい)だ、今回はよろしくな」

 

「よろしく頼む」

 

 足音が聞こえ視線を受付の方へ向けると、裏口から出てきた連盟関係者がこちらに歩いてきた。

 

「皆様おはようございます、こちらが今回の依頼内容ですので、目を通すようにお願いします」

 

 手渡される紙に視線を落とすと、そこには回収対象と魔物や植物の名が並んでいる。

 

 さらにその下には異変調査及び、可能であれば不明物の回収と明記されている。

 

「不明物の回収ね、簡単に持って帰れるもんなのか?」

 

「あくまでも可能であったらで構いません、目撃されたのは石の建物や石像でしたので」

 

「石像か……、人もしくは同等な知能を持った存在が作り出したと考えて間違い無さそうだな」

 

 赤仮面は顎に大きな手を当てる。

 

「石像とか建物が流れ着いた例ってあるんですか?」

 

「いくつか見つかっているよ、有名な物だと東の国境付近に現れた角張(かどば)った巨大な顔の石像かな」

 

「角張った顔……」

 

「しかも縦に長いんだってさ、学者の人達は何らかの信仰(しんこう)を目的として作られたと見ているようだね」

 

「なるほど」

 

 青仮面は随分と詳しいようだが、研究者達と繋がりでもあるのだろうか。

 

「ほーん……、まあ考察はさておいて、さっさと向かおうぜ」

 

 黒仮面は興味なさげに相槌を打つと、席を立ち武器を腰に差す。

 

「うむ」

 

 赤仮面がそれに続くと、残り二人も同じく席から立つ。

 

「まだ面白い話はあったんだけど、まいっか」

 

 彼等に続いて席から立ち刀を差す。

 

「てか長剣の二刀流なんて珍しいな」

 

「二刀の修練もしているが基本は一刀流だ、対象に応じて使用する武器を変えている」

 

「そうなのか、だとしても凄えけどな」

 

 (もっと)も、この二振りで二刀流をする事はこれからも無いだろう。

 

 一同で建物の外へ出ると黒仮面が懐から、(にぶ)く光る黒の小鐘(こがね)を取り出す。

 

「馬車呼ぶぞ、あと見た目に驚くと思うけど攻撃すんなよ」

 

 揺らされた小鐘から高く美しい音色と共に、黒い(もや)(こぼ)れ落ち地面に影を作り出す。

 

 それはゆっくりと広がると、そこから黒い(ひづめ)が伸び、黒いナニカに引かれた赤い車体が飛び出した。

 

「これは……」

 

 首のない黒獣に引かれる、赤き馬車。

 

 妖刀が僅かに震え出し、金属の小さな衝突音が聞こえ始める。

 

 鬼や天狗、猫叉が発していた妖気は感じ取れない、だがこの世のモノとは思えない異様なナニかが溢れ出している。

 

 魔物のそれとも違うまったく別のナニカだ。

 

「この鈴も所謂(いわゆる)流れ者ってやつだよ、んじゃ乗ってくれ」

 

 そう行って黒仮面が馬車へ乗り込むと、他の面々も慣れたようにそれに続く。

 

 馬車に乗り込むと赤と黒、その二色の車内が広がっていた。

 

「適当な所に座ってくれ」

 

「……ああ」

 

 入口に近い席に座り車内を見渡すが、どう見ようとも外から見えた馬車の中身とは違っている。

 

「じゃあ出発するぞ」

 

 窓の外へ目を向けると、馬車が再び闇の中へと沈み始める。

 

 程なくして景色の全てが闇に染まると、車内の壁に掛けられた燭台(しょくだい)に青い火が(とも)る。

 

「あんま警戒しないでくれよ、これ使って何かが起きたことなんて一度もないからさ」

 

「ボクも最初に乗る時は少し怖かったし、気持ちは分かります」

 

「いやそうじゃなくてな、殺気がバシバシ跳んでて怖えのよ……」

 

 無意識の内に気が立ち過ぎてしまっていたらしい。

 

「すまない」

 

 『白』の柄を握り、息を吐き心を鎮める。

 

「いや、まあ気にすんなよ」

 

 旅に出てからというもの、感情の抑制(よくせい)が難しくなっているように感じる。

 

 以前は瞬間的な怒りや焦りなどすぐ消し止められていたと言うのに、これも妖刀を振るってきた事によるものなのだろうか。

 

「そうだ、向こうに着く前に編成の話をしようか」

 

 青面が明るい声音で提案をする。

 

 確かに初めて組む相手だ、戦い方などを知っておく必要があるだろう。

 

「まず僕自身の紹介だけど、この弓と水属性の魔術を使うよ」

 

 青面が空間から呼び出したのは青い枝のような物、内側に湾曲(わんきょく)してはいるが(つる)は張られてはいない。

 

 長さで言えば短弓の部類だろうか。

 

「それは魔力弓か」

 

「そうそう、矢も持ち歩くのは嵩張(かさば)っちゃうからさ、僕はこれを使っているんだ」

 

 『魔力弓』、その名の通り魔力を矢のように射出することが出来る弓だ。

 

 所有者の魔力を込めることで弦を生成し、それが尽きぬ限りは矢が途切れることは無い。

 

 その特性から通常の人間には不可能な矢の連射を可能にしており、魔術士の主要武器として扱われることが多いと聞いている。

 

「オレはこの二本と闇属性の魔術、中近が得意な距離だな」

 

 黒仮面が取り出したのは二振りの三角に尖った小剣、斬ることも出来るだろうが突くことに適した刀身をしている。

 

「ボクは基本的に魔術専門です、自衛用に細剣は持ってるけどあまり使う機会はありませんね」

 

 緑画面は椅子に立て掛けていた細剣を一応はと持ち上げ、そのまま立て掛け直した。

 

「俺の武器はこの鎚矛《メイス》だ、魔術は火属性を主に使っている」

 

 赤仮面が出現されたのは、人の頭よりも大きな金具に長い柄が着けられた巨大なメイスであった。

 

 床に置いた際の音からして、常人には振るうこともすら難しい代物だろう。

 

「私が現状扱っている武器はこの二振りと弓だ、例えどのような距離であろうとも最大限に活躍してみせよう」

 

「……なんというか、戦争に行くみたいな装備だよな」

 

「重そう」

 

「長剣二振りと長弓って組み合わせは僕も初めて見たかも、動き辛くは無いの?」

 

「重さも動きの制限も覚えは無い」

 

 余程の閉所であれば弓が邪魔になる事もあるだろうが、それはその時に外せばいいだけのことだ。

 

「頼もしい発言だな、じゃあ遊撃(ゆうげき)を任せてもいいか?」

 

「引き受けた」

 

「よし、役割も決まったし、森も近いから浮上するぞ」

 

 馬車の揺れが収まると、闇の風景から薄明るい世界にきり替わっていく。

 

 街から森へはそれなりの距離があったはずだが、これ程の短時間で辿り着くとは、余程速度が出ていたか特殊な力が働いていたかのどちらかだろうか。

 

「はい到着、忘れ物しないでくれよな」

 

 黒仮面が出ていくのに続き、武器を持って馬車から出降りる。

 

「取り敢えず中域付近まで走らせたけど、何か感じるか?」

 

「……いや、特にそういった気配は感じない」

 

 妖刀を掴み意識を集中させてみるが、妖気などの気配は特に感じ取ることは出来ない。

 

「そんな簡単には見つからないよね、取り敢えずオークキングが出たって所まで行ってみようか」

 

「案内しよう」

 

 一同を引き連れ、記憶を辿りながらオークキングを斬った場所まで向かうと、骨だけの姿へと変えられたオークキングの亡骸(なきがら)が見つかった。

 

 緑仮面は小走りで亡骸の方へ近づくとその周囲をぐるりと周り、しゃがんで首の辺りを観察し始める。

 

「わぁ、すごく綺麗な断面……」

 

 やや興奮した様子でその場から立ち上がると、転がった頭蓋(ずがい)の前で再びしゃがむ。

 

「もしかしてその剣で斬ったんですか!?」

 

「ああ」

 

「すごいすごい!オークキングの骨は硬いオークよりもずっと丈夫なのに!」

 

 何をそんなにはしゃぐ事があるのか、緑仮面は小さく飛び跳ねながら近づいてくる。

 

「はあ……」

 

 黒仮面が呆れたように溜息を吐くと、その場から歩き出し周囲の様子の探索を始める。

 

「色々質問して良いですか!」

 

「今は任務中だ、後にしておけ」

 

「はーい……」

 

 赤仮面に(たしな)められると、再びオークキングの亡骸の元へ戻り観察を始めた。

 

(未だ気配は感じない……)

 

 感知できないほどの距離があるか、隠すことが余程上手いのか。

 

 正体が妖で無いのであればそれに越したことはない、だが自らの妖気を抑えるだけの力量があるとすればかなり厄介だと言える。

 

「死体を調べてみましたけど、特におかしな事はありませんでした」

 

「魔術を受けたような痕跡も特に無かったね」

 

「はい、骨には別の魔物が(かじ)った(あと)なんかはありましたけど、死体が分解される時は絶対に付きますし」

 

「私が見た段階では奴の肉体に目立った傷は無かった」

 

 正確な姿が思い出せるわけでは無いが、出血した様子は無く(むし)ろ活力に(あふ)れているように見えた。

 

「争わないで住処を追い出されたって事かなー、結構厄介かもね」

 

「もしかして、竜とかですかね……!」

 

 緑仮面の息がやや荒くなる。

 

「竜であれば飛ぶ姿が目撃されているはずだ」

 

 赤面が冷静に否定する。

 

「痕跡だって分かりやすく残すだろうからねー、中域以降に行っていた連盟員達がいない訳ではないんだし」

 

「すみません、言ってみただけです……」

 

 竜であれば良かったというような言い草だが、私としてもそちらの方が分かりやすい相手ではある。

 

「これ以上調べても意味なさそうだし、住処に行ってみるか」

 

「それがいいね」

 

 巨木の跡を離れ、洞窟を目指し歩き出す。

 

 ――

 

「森の中でゆっくり歩くのってなんか久々だなー」

 

「そうだね」

 

「魔物に一回も会わないなんて森に来て初めてです」

 

 私がいるから魔物がやってこないのだと、果たしてどう説明するべきだろうか。

 

 一時背中を預ける間柄とは言え、妖刀について話すことはあまり好ましくはない。

 

「待て、何かがある」

 

 赤仮面が立ち止まり前方を指差す。

 

 その先にあったのは、一列に立ち並ぶ小さな石像であった。

 

「これが依頼にあった石像かな?」

 

 穏やかな幼子のような顔つきに、ゆるく表現された衣服、そして額に乗せたように表現された木の葉。

 

「なるほどね、確かに石像だ」

 

「これは持って帰れませんよね?」

 

「小さいとはいえ石像を担いで帰るのは勘弁だな」

 

「間違いなく人の手による物だよねこれ」

 

「ああ、信仰の形として石像が掘られることはよくある事だが、額のこれは何を表している……?」

 

 赤仮面は石像の周りを一周すると、何処からか手帳を召喚し見比べ始める。

 

「少なくとも、今まで見てきた物の中でこれと特徴が一致した石像は一つもない」

 

「流れ者確定と見ても良いかな?」

 

「ああ、俺はそう確信している」

 

(膝丈ほどの石像、額の木の葉、そして……)

 

 石像の裏に周りその背を見ると、下部辺りから伸びた何かが石像の土台に巻き付いていた。

 

「持ち運べるようにすれば回収できるか?」

 

「あん?どういう事だ?」

 

「頭部だけであれば荷物にはならないだろう」

 

 石像の前に立ち、妖刀の柄に手を掛ける。

 

「……!待て、歴史的構造物の可能性があるこれを壊そうというのか!」

 

 常に冷静なままであった赤面が急に焦りだし、石造の前に立ち(ふさ)がり両手を上げる

 

「石の切断かー、魔術強化したらどうにかって感じか?」

 

「魔術でやった方が速くないかな?」

 

「触った感じは普通の石材って感じですけど……、オークキングの骨を切断できるならもしかして!」

 

 赤面以外の三人は賛成のようだ。

 

 鞘からゆっくりと引き抜き、石像の頬に刃を押し当てる。

 

「呪術が仕掛けられている可能性もある!物事は慎重に行うべきだ!」

 

「その時はボクが解いてあげるから大丈夫だよ」

 

 石像に押し当てた妖刀が僅かに震える、であれば間違いは無い。

 

「下手をすれば剣が折れるぞ!」

 

「綺麗な剣だな……」

 

 足元に転がっていた拳ほどの石を拾い上げ宙に放り、一太刀で両断してみせる。

 

「なっ……!」

 

「わ!」

 

 刃を一度納め姿勢を僅かに低くする、そして鞘と柄を掴み歩幅を縦に開く。

 

「ん?その構えってアレか?」

 

 息を大きく吸い込み、呼吸を止め、全力で殺意を放ちながら刀を一気に抜き放とうとした所で。

 

 石像が煙を放ち、その場から逃げ出した。

 

「へ?」

 

「やはりか……!」

 

 妖刀から『白』に持ち替え、逃げ出した石像を追いかける。

 

「あれなんだ!魔物か!」

 

「後で説明する、殺さずに捕獲してくれ」

 

「難しいこと言うじゃねえの!任せな!」

 

 飛び跳ねる石像の後頭部を掴み地面に押し付けると、白い煙を伴った小爆発が起き、石像は獣へと姿を変えた。

 

 暴れる獣の首根っこを掴み持ち上げると、特徴的な大きな尾が目に入った。

 

「やはり『化け狸か』……」

 

 鳴き声を上げる化け狸を運んで道へ戻ると、他の者達も既に捕らえ集まっていた。

 

「こんな魔物初めて見ました……」

 

 緑仮面は(かご)にいる化け狸を覗き込み観察しては、何かを本に書き記している。

 

「戻ったか、じゃあ早速だけど説明頼めるか?」

 

「ああ」

 

 化け狸の首を掴んだまま地面に座らせる。

 

「まず、こいつは流れ者だ」

 

「流れ者……」

 

「その確証は何処からだ?」

 

「私の故郷には異世界について記された書がある、そこに載っていた」

 

 それ程の情報は集まっていなかったのか、記された事は少なかったがそのどれもがこれとは一致していた。

 

「なんだと……!」

 

「もしかして、君は異世界と縁がある人なのかな?」

 

「ああ」

 

「それは、とても興味深いね」

 

 だが今やるべき事は私を知ることでは無く、この化け狸をどうにかすることだ。

 

 化け狸を再び持ち上げ、顔をこちらに向けさせる。

 

「お前、私の言葉が分かるか」

 

「それに言葉なんて通じるのかよ?」

 

 化け狸は私からそっと視線だけを外し、ゆっくりと口を開いた。

 

『こ、殺さないで……!もうイタズラしないから……!』

 

「っ!」

 

「人間の言葉を話した!?」

 

「そう、この者達は人の言葉すらも巧みに操る、『妖怪』だ」

 

「ヨウ、カイ……」

 

 書によれば余りに低級の妖は言葉を操ることは出来ないようだが、一定の力を得れば自然と扱えるようになると遺されていた。

 

「その妖怪がオークキングが逃げ出した原因だと言うのか?」

 

「さっき追いかけた時、それだけの力は無いように思えたけどねぇ」

 

 確かに化け狸は力の弱い妖怪だ、だが優れている所はそこでは無い。

 

「石像に化けている姿はお前達も見ただろう」

 

「確かに見ましたけど……、何かに変身する魔物はいない訳では無いですよね……?」

 

「あー、オレも何回か戦ったことあるな」

 

 この世界にも身体を他の姿に変化させる魔物は存在している、だがそれらの魔物達は自身の体格よりも大きな存在にはなる事が出来ない。

 

「お前の中で一番強い者に変化しろ」

 

 化け狸を地面に起き、首から手を離す。

 

『は……?』

 

「逃げようなどとは考えるな、私はお前よりも速い」

 

 『白』に手を掛けながら、脅すように強めの口調で続ける。

 

『わ、分かりました!』

 

 化け狸は前足で器用に木の葉を掴むと、額の上にそれを乗せる。

 

 そして発生した白煙に包まれ、それが晴れると。

 

『グラアアアアアア!』

 

 全身が赤く染まり、額から一本の角を伸ばした赤鬼がそこには居た。

 

「でっか!」

 

 その体格はオークキングよりも遥かに大きく、気性の荒い種が迷わずに逃走を選ぶ事も理解できるだろう。

 

「なるほどね……」

 

「自分よりずっと大きな身体になれるんだ……!自然に置いてかなり優位に立てる能力です!」

 

『隙ありいいいいい!』

 

 何を思ったのか、こちら目掛けて振り落した化け狸の拳を片手で受け止める。

 

『なっ!』

 

 やはりと言うべきか、見た目だけは大きくとも赤鬼と比べて力は弱い。

 

 それどころか通常のオークよりも貧弱だろう、人間が殴られれば多少の怪我はするだろうが。

 

「これ程の体躯があれば、対する魔物がオークキングであろうと逃走を選ぶ事だろう」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「問題無い、元の姿に戻れ」

 

『は、はいぃ!』

 

 赤鬼となった化け狸は再び白煙に包まれると、元の獣姿へと戻った。

 

「いかに姿を変えようとも力は大して変わらない、連盟員であれば容易く対処出来るだろう」

 

「問題は魔物が追い出されて起きる被害をどうやって防ぐか、かな?」

 

「素早い解決を求めるのならば、根本を全て断ち切れば解決するが」

 

『かかか、勘弁してください!私達も急にこの地に来て何処へ行けば良いのかも分からなくて!』

 

 囚われている化け狸達が、一斉に許しをこう鳴き声を上げる。

 

「うーん、それは可哀想な気がしちゃいます……」

 

「ボクも人語を話されると揺らいじゃうなあ」

 

「オレはどっちでもいいぞ、斬るのをアンタがやってくれるならだけど」

 

「異世界の知識を得られる貴重な機会だ、話を聞いてからでも遅くはない」

 

 無論、友好的であるのならば私も斬るつもりは無い。

 

「群れの元へ案内しろ、お前達への対応はそれから決める」

 

『わ、分かりました……!』

 

 ――

 

 洞窟の中で歩を進める程に、獣の臭いが強くなっていく。

 

 群れが近いということだろう。

 

 そして細道を抜け広間へ出ると、数十はいる化け狸達、さらに一際大きな化け狸の一匹の姿がそこにあった。

 

長様(おささま)!』

 

『長様!長様!』

 

 案内をさせていた化け狸が、大きな化け狸の下に駆け寄りその裏側に身を隠した。

 

『おや、客人かい……?』

 

 理知的な瞳がこちらを見据える。

 

『これはこれは、人間方が我らに何用で……』

 

 やや遅い口調と荒く黒ずんだ毛並みが、かなりの(よわい)である事を伝えてくるようだ。

 

「お前達妖がこの洞窟を支配したことによって、私達人間は被害を受けている」

 

『そうでしたか、それは大変失礼な事をしたようですね……』

 

 申し訳ないと言った口調こそしているが、その表情は変わらぬままであり、その瞳は未だにこちらを見定めようとしている。

 

「一つ聞こう」

 

『何でしょうか……』

 

「森の人間達に迷いの術を掛けているのはお前か?」

 

『ええ、この巣に入られては困りますので……』

 

 化け狸は自身がしているとはっきりと認めた、我らは何も悪いことなどしてないと認識しているのだろう。

 

「そうか」

 

『人間方は我らを退治しに来られたのですか……?』

 

「お前達が危害を加えないとなれば退こう、傍に住む人間達にもこの場所へ近寄るなとも伝える」

 

『分かりました、我らは人間方に危害は加えません……』

 

 大狸はあっさりと提案を受け入れた、(いささ)拍子(ひょうし)抜けではあるが事を荒立てずに済むのならそれでいい。

 

「森の中へ閉じ込める事もしないで欲しい、近づけたくないのならば遠ざけてくれ」

 

『ええ、勿論です……』

 

 話が早い妖怪で助かった、たとえ妖怪と言えども斬らずに済むのならばそれに越したことは無いのだ。

 

「行くぞ」

 

「え?あっ、待ってくださーい!」

 

 細道を抜け洞窟を後にする。

 

「あれで良かったのか?」

 

「向こうは敵対の姿勢を取らなかった、ならばこちらも取る必要は無い」

 

 少なくとも街の人間に被害が及ぶ可能性は低いだろう、森に入った連盟員に対しても迷わせる事も(しばら)くは無いはずだ。

 

「異世界の知識を得られる可能性が無くなったのは惜しいがな……」

 

「ボクもそこが惜しいかな、仕方ない事だけどさ」

 

「平穏を望むのならば不可侵である方がいいだろう」

 

「そうだね……」

 

 今回は相手が穏やかであり警戒をしていたからこそ対話を無事に終えることが出来た、刺激してまで情報を得たとして、被害が出ては意味が無い。

 

「一応の目的は達成したし街に戻るかー」

 

 黒仮面が小鐘を鳴らし馬車を呼ぶ。

 

彷徨(さまよ)っているオークの対処はしなくても良いのか?」

 

「それに関しては、連盟が討伐依頼を出して調整するから問題無いよ」

 

「オーク一体の討伐報酬は結構高いからな、あっという間に減るだろうさ」

 

「そういうものか」

 

「そういうもんよ、んじゃ帰ろうぜ」

 

 ――

 

 アルマ一行(いっこう)が出て行った洞窟内(どうくつない)、交戦することもなく人間達を返した大狸に、捕まえられていた化け狸達は疑問を覚えていた。

 

『長様、どうしてあのまま行かせたのですか?』

 

『平穏に暮らすのなら、争わないに越した事は無いよ……』

 

 大狸は何処からか木の葉を丸めた塊を取り出すと、それを咥えて端に火をつける。

 

 草の焼ける臭いと煙を嫌がり化け狸達は散っていく、その様子を一瞥(いちべつ)すらせずに一息で持ち手の辺りまで燃焼させると、紫煙(しえん)を吐き出し葉巻を地面で擦り消した。

 

(嫌な臭いだ)

 

 長く生きる妖で有ろうとも、長生きをしたければ生き方を選ばなければならない。

 

 千年を越える寿命を持とうが、殺され喰らわれてしまえばそこ迄の命である。

 

 短気はすぐに焼き切れるのだ。

 

(大妖の気配をあんなにも纏わせて、……それにあの刀)

 

 一目見ただけでも理解が出来た、あの者は(ただ)の人ではないと。

 

 もし死合(しあ)うならば、大将としてこの者らを全て逃がしてみせるが、私の首を守り切ることは難しいだろう。

 

 小妖(しょうよう)であった頃から強者を見極める嗅覚(きゅうかく)があった、ここまで生きて力を付けることが出来たのも、それのお陰だと言える。

 

 この世界に(かどわ)かされた当時は狼狽(うろた)えたが、土地を占める大妖(たいよう)から離れる事が出来て喜ばしいとも考えていた。

 

 この世界の妖達は賢くはない、脅かしてやればすぐに追い払える程だ。

 

(春が来たと思っていたが、越冬の期間はまだ続くか……)

 

『嫌な臭いだ』

 

『口に入れていたそれのせいじゃないですか……?』

 

 大狸は指摘をしてきた小狸を一瞥だけした後、改良した術を森に掛け直した

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