武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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尾の道

 

 早朝、まだ日も(のぼ)らぬ(ころ)に連盟の扉を開き中へはいると、数人の外套(がいとう)(まと)った者達が開店前の酒場(さかば)の席で談笑(だんしょう)をしていた。

 

 近づいていくとそのなかの一人がこちらに気づき片手を上げる、それを見て他の三人が此方(こたら)を向いた。

 

「よ、アンタが例の(すけ)()か」

 

「ああ」

 

「ふーん、がっつり戦闘型って感じだな、ここ空いてるから座れよ」

 

 (うなが)されるままに空けられていた席に座る、席に着く者達は皆仮面(かめん)で顔を(かく)していた。

 

「しっかし珍しいな、調査隊(ちょうさたい)参加(さんか)したいなんてさ」

 

 黒い仮面が(こぶし)の上に(ほほ)の部分を乗せながら、こちらを興味深そうに見てくる。

 

「今回参加したのは気になることがあっての事だ」

 

「気になることですか?」

 

 やや高めの声で緑の仮面が相槌(あいづち)を打つ、体格(たいかく)は小さくで椅子(いす)の背に細長い剣を立て掛けている。

 

「森に起きている異常、その原因は流れ者だと私は見ている」

 

「流れ者……?」

 

「異世界から流れ着いた者をそう呼ぶんだ、君も気付かない内に見ていると思うよ」

 

 (おだ)やかな声をした青い仮面が補足(ほそく)をする。

 

「へー」

 

「流れ者だと判断(はんだん)した要因(よういん)はなんだ」

 

 赤い仮面をした大男が低い声で問いかけてくる、外套(がいとう)着込(きこ)んでいても分かるその体格からして、相当な力を持っているだろう。

 

「森で起きた現象(げんしょう)、オークの群れに気付かない冒険者達、単なる魔物にこのような事は出来ないだろう」

 

確証(かくしょう)はあるのか?」

 

「それを確かめに向かう」

 

「なるほどね……」

 

 流れ者の仕業(しわざ)で無いのならばそれで良い、だが(あやかし)が原因であるならば、普通の人間には対処(たいしょ)(きび)しい物になるだろう。

 

「なんにせよ戦力が増えんのは歓迎(かんげい)だ、今回はよろしくな」

 

「よろしく頼む」

 

 足音が聞こえ視線を受付の方へ向けると、裏口から出てきた連盟関係者がこちらに歩いてきた。

 

「皆様おはようございます、こちらが今回の依頼内容ですので、目を通すようにお願いします」

 

 手渡(てわた)される紙に視線を落とすと、そこには回収対象と魔物や植物の名が並んでいる。

 

 さらにその下には異変調査(いへんちょうさ)(およ)び、可能であれば不明物(ふめいぶつ)の回収と明記(めいき)されている。

 

「不明物の回収ね、簡単に持って帰れるもんなのか?」

 

「あくまでも可能であったらで構いません、目撃されたのは石の建物(たてもの)石像(せきぞう)でしたので」

 

「石像か――、人もしくは同等な知能(ちのう)を持った存在(そんざい)が作り出したと考えて間違い無さそうだな」

 

 赤仮面は(あご)に大きな手を当てる。

 

「石像とか建物が流れ着いた例ってあるんですか?」

 

「いくつか見つかっているよ、有名な物だと東の 国境付近(こっきょうふきん)に現れた角張(かどば)った巨大な顔の石像かな」

 

「角張った顔……」

 

「しかも縦に長いんだってさ、学者の人達は何らかの信仰(しんこう)を目的として作られたと見ているようだね」

 

「なるほど」

 

 青仮面は随分(ずいぶん)(くわ)しいようだが、研究者達(けんきゅうしゃたち)(つな)がりがあるのだろうか。

 

「ほーん……、まあ考察(こうさつ)はさておいて、さっさと向かおうぜ」

 

 黒仮面は興味(きょうみ)なさげに相槌(あいづち)を打つと、席を立ち武器を腰に差す。

 

「うむ」

 

 赤仮面がそれに続くと、残り二人も同じく席から立つ。

 

「まだ面白い話はあったんだけど、まいっか」

 

 彼等に続いて席から立ち刀を差す。

 

「てか長剣の二刀流なんて珍しいな」

 

「二刀の修練(しゅうれん)もしているが基本は一刀流だ、対象(たいしょう)に応じて使用する武器を変えている」

 

「そうなのか、だとしても(すげ)えけどな」

 

 (もっと)も、この二振りで二刀流をする事はこれからも無いだろう。

 

 一同で建物の外へ出ると黒仮面が懐から、(にぶ)く光る黒の小鐘(こがね)を取り出す。

 

「馬車呼ぶぞ、見た目に(おどろ)くと思うけど攻撃すんなよ」

 

 ()らされた小鐘から高く美しい音色と共に、黒い(もや)(こぼ)れ落ち地面に影を作り出す。

 

 それはゆっくりと広がると、そこから黒い(ひづめ)が伸び、黒いナニカに引かれた赤い車体が飛び出した。

 

「これは……」

 

 首のない黒獣(こくじゅう)に引かれる、赤き馬車。

 

 妖刀(ようとう)(わず)かに(ふる)え出し、金属の小さな衝突音(しょうとつおん)が聞こえ始める。

 

 鬼や天狗、猫叉が発していた妖気は感じ取れない、だがこの世のモノとは思えない異様(いよう)なナニかが(あふ)れ出している。

 

 魔物のそれとも違うまったく別のナニカだ。

 

「この鈴も所謂(いわゆる)流れ者ってやつだよ、んじゃ乗ってくれ」

 

 そう行って黒仮面が馬車へ乗り込むと、他の面々も慣れたようにそれに続く。

 

 馬車に乗り込むと赤と黒、その二色の車内が広がっていた。

 

「適当な所に座ってくれ」

 

「……ああ」

 

 入口に近い席に座り車内を見渡(みわた)すが、どう見ようとも外から見えた馬車の中身とは違っている。

 

「じゃあ出発するぞ」

 

 窓の外へ目を向けると、馬車が再び闇の中へと沈み始める。

 

 程なくして景色(けしき)の全てが闇に染まると、車内の壁に掛けられた燭台(しょくだい)に青い火が(とも)る。

 

「あんま警戒(けいかい)しないでくれよ、これ使って何かが起きたことなんて一度もないからさ」

 

「ボクも最初に乗る時は少し怖かったし、気持ちは分かります」

 

「いやそうじゃなくてな、殺気(さっか)がバシバシ跳んでて怖えのよ……」

 

 無意識(むいしき)の内に気が立ち過ぎてしまっていたらしい。

 

「すまない」

 

 『(はく)』の(つか)(にぎ)り、息を吐き心を(しず)める。

 

「いや、まあ気にすんなよ」

 

 旅に出てからというもの、感情の抑制(よくせい)(むず)しくなっているように感じる。

 

 以前は瞬間的(しゅんかんてき)(いか)りや(あせ)りなどすぐ消し止められていたと言うのに、これも妖刀を振るってきた事によるものなのだろうか。

 

「そうだ、向こうに着く前に編成の話をしようか」

 

 青面が明るい声音(こわね)提案(ていあん)をする。

 

 確かに初めて組む相手だ、戦い方などを知っておく必要があるだろう。

 

「まず僕自身の紹介だけど、この弓と水属性の魔術を使うよ」

 

 青面が空間から呼び出したのは青い(えだ)のような物、内側に湾曲(わんきょく)してはいるが(つる)()られていない。

 

 長さで言えば短弓(たんきゅう)の部類だろうか。

 

「それは魔力弓か」

 

「そうそう、矢も持ち歩くのは嵩張(かさば)っちゃうからさ、僕はこれを使っているんだ」

 

 『魔力弓』、その名の通り魔力を矢のように射出(しゃしゅつ)することが出来る弓だ。

 

 所有者(しょゆうしゃ)の魔力を込めることで弦を生成(せいせい)し、それが()きぬ(かぎ)りは矢が途切(とぎ)れることは無い。

 

 その特性(とくさい)から通常の人間には不可能な矢の連射(れんしゃ)を可能にしており、魔術士(まじゅつし)主要武器(しゅようぶき)として扱われることが多いと聞いている。

 

「オレはこの二本と闇属性の魔術、中近が得意な距離だな」

 

 黒仮面が取り出したのは二振りの三角に尖った小剣(しょうけん)、斬ることも出来るだろうが突くことに(てき)した刀身(とうしん)をしている。

 

「ボクは基本的に魔術専門(まじゅつせんもん)です、自衛用(じえいよう)細剣(ほそけん)は持ってるけどあまり使う機会(きかい)はありませんね」

 

 緑画面は椅子に立て掛けていた細剣を一応はと持ち上げ、そのまま立て掛け直した。

 

「俺の武器はこの鎚矛《メイス》だ、魔術は火属性を主に使っている」

 

 赤仮面が出現されたのは、人の頭よりも大きな金具に長い()が着けられた巨大なメイスであった。

 

 床に置いた際の音からして、常人(じょうじん)には振るうことすら(むずか)しい代物(しろもの)だろう。

 

「私が現状(げんじょう)(あつか)っている武器はこの二振りと弓だ、例えどのような距離(きょり)であろうとも最大限活躍(かつやく)してみせよう」

 

「なんというか、戦争に行くみたいな装備だよな」

 

「重そう」

 

「長剣二振りと長弓って組み合わせは僕も初めて見たかも、動き辛くは無いの?」

 

「重さも動きの制限も覚えは無い」

 

 余程(よほど)閉所(へいしょ)であれば弓が邪魔(じゃま)になる事もあるだろうが、それはその時に外せばいいだけのことだ。

 

(たの)もしい発言だな、じゃあ遊撃(ゆうげき)を任せてもいいか?」

 

「引き受けた」

 

「よし、役割(やくわり)も決まったし、森も近いから浮上(ふじょう)するぞ」

 

 馬車の()れが(おさ)まると、闇の風景(ふうけい)から薄明(うすあか)るい世界にきり替わっていく。

 

 街から森へはそれなりの距離があったはずだが、これ程の短時間で辿(たど)り着くとは、余程速度が出ていたか特殊な力が働いていたかのどちらかだろうか。

 

「はい到着(とうちゃく)、忘れ物しないでくれよな」

 

 黒仮面が出ていくのに続き、武器を持って馬車から()降りる。

 

「取り()えず中域付近(ちゅういきふきん)まで走らせたけど、何か感じるか?」

 

「……いや、特にそういった気配は感じない」

 

 妖刀(ようとう)(つか)意識(いしき)を集中させてみるが、妖気(ようき)などの気配(けはい)は特に感じ取ることは出来ない。

 

「そんな簡単には見つからないよね、取り敢えずオークキングが出たって所まで行ってみようか」

 

「案内しよう」

 

 一同を引き連れ、記憶を辿(たど)りながらオークキングを斬った場所まで向かうと、骨だけの姿へと変えられたオークキングの亡骸(なきがら)が見つかった。

 

 緑仮面は小走りで亡骸の方へ近づくとその周囲をぐるりと周り、しゃがんで首の辺りを観察(かんさつ)し始める。

 

「わぁ、すごく綺麗な断面……」

 

 やや興奮(こうふん)した様子でその場から立ち上がると、転がった頭蓋(ずがい)の前で再びしゃがむ。

 

「もしかしてその剣で斬ったんですか!?」

 

「ああ」

 

「すごいすごい!オークキングの骨は(かた)いオークの物よりもずっと丈夫(じょうぶ)なのに!」

 

 何をそんなにはしゃぐ事があるのか、緑仮面は小さく飛び()ねながら近づいてくる。

 

「はあ……」

 

 黒仮面が(あき)れたようにため息を()くと、その場から歩き出し周囲の様子の探索を始める。

 

「色々質問して良いですか!」

 

「今は任務中だ、後にしておけ」

 

「はーい……」

 

 赤仮面に(たしな)められると、再びオークキングの亡骸の元へ戻り観察を始めた。

 

(未だ気配は感じない)

 

 感知できないほどの距離があるか、隠すことが余程上手いのか。

 

 正体が妖で無いのであればそれに()したことはない、だが自らの妖気を抑えるだけの力量があるとすればかなり厄介(やっかい)だと言える。

 

「死体を調べてみましたけど、特におかしな事はありませんでした」

 

「魔術を受けたような痕跡(こんせき)も特に無かったね」

 

「はい、骨には別の魔物が(かじ)った(あと)なんかはありましたけど、死体が分解(ぶんかい)される時は絶対に付きますし」

 

「私が見た段階では奴の肉体に目立った(きず)は無かった」

 

 正確な姿が思い出せるわけでは無いが、出血した様子は無く(むし)活力(かつりょく)(あふ)れているように見えた。

 

(あらそ)わないで住処(すみか)を追い出されたって事かな、結構厄介(けっこうやっかい)かもね」

 

「もしかして、ドラゴンとかですかね……!」

 

 緑仮面の息がやや(あら)くなる。

 

「ドラゴンであれば飛ぶ姿が目撃されているはずだ」

 

 赤面が冷静(れいせい)否定(ひてい)する。

 

痕跡(こんせき)だって分かりやすく残すだろうからねぇ、中域以降に行っていた連盟員達がいない訳ではないんだし」

 

「すみません、言ってみただけです……」

 

 ドラゴンであれば良かったというような言い草だが、私としてもそちらの方が分かりやすい相手ではある。

 

「これ以上調べても意味なさそうだし、住処(すみか)に行ってみるか」

 

「それがいいね」

 

 巨木の(あと)を離れ、洞窟(どうくつ)を目指し歩き出す。

 

 ――

 

「森の中でゆっくり歩くのってなんか久々(ひさびさ)だなー」

 

「そうだね」

 

「魔物に一回も会わないなんて森に来て初めてです」

 

 私がいるから魔物がやってこないのだと、果たしてどう説明するべきだろうか。

 

 一時(いちじてき)に背中を預ける間柄(あいだがら)とは言え、妖刀について話すことはあまり好ましくはない。

 

「待て、何かがある」

 

 赤仮面が立ち止まり前方を指差す。

 

 その先にあったのは、一列(いちれつ)に立ち並ぶ小さな石像であった。

 

「これが依頼にあった石像かな?」

 

 (おだ)やかな幼子(おさなご)のような顔つきに、ゆるく表現された衣服(いふく)、そして()に乗せたように表現された()()

 

「なるほどね、確かに石像だ」

 

「これは持って帰れませんよね?」

 

「小さいとはいえ石像を(かつ)いで帰るのは勘弁(かんべん)だな」

 

「間違いなく人の手による物だよねこれ」

 

「ああ、信仰(しんこう)の形として石像が掘られることはよくある事だが、額のこれは何を表している……?」

 

 赤仮面は石像の周りを一周すると、何処からか手帳(てちょう)召喚(しょうかん)し見比べ始める。

 

「少なくとも、今まで見てきた物の中でこれと特徴(とくちょう)一致(いっち)した石像は一つもない」

 

「流れ者確定と見ても良いかな?」

 

「ああ、俺はそう確信している」

 

(膝丈(ひざたけ)ほどの石像、額の木の葉、そして……)

 

 石像(せきぞう)の裏に周りその背を見ると、下部辺りから伸びた何かが石像の土台に巻き付いていた。

 

「持ち運べるようにすれば回収できるか?」

 

「あん?どういう事だ?」

 

「頭部だけであれば荷物にはならないだろう」

 

 石像の前に立ち、妖刀の柄に手を掛ける。

 

「――っ!待て、歴史的構造物の可能性があるこれを(こわ)そうというのか!」

 

 常に冷静なままであった赤面が急に(あせ)りだし、石像の前に立ち(ふさ)がり両手を上げる

 

「石の切断(せつだん)かー、魔術強化したらどうにかって感じか?」

 

「魔術でやった方が速くないかな?」

 

「触った感じは普通の石材って感じですけど……、オークキングの骨を切断できるならもしかして!」

 

 赤面以外の三人は賛成のようだ。

 

 鞘からゆっくりと引き抜き、石像の頬に刃を押し当てる。

 

呪術(じゅじゅつ)仕掛(しか)けられている可能性もある!物事は慎重(しんちょう)に行うべきだ!」

 

「その時はボクが()いてあげるから大丈夫だよ」

 

 石像に押し当てた妖刀が(わず)かに(ふる)える、であれば間違いは無い。

 

「下手をすれば剣が折れるぞ!」

 

「綺麗な剣だな……」

 

 足元に転がっていた(こぶし)ほどの石を拾い上げ宙に放り、一太刀(ひとたち)両断(りょうだん)してみせる。

 

「なっ……!」

 

「わ!」

 

 刃を一度納(いちどおさめ)姿勢(しせい)を僅かに低くする、そして(さや)(つか)(にぎ)歩幅(ほはば)を縦に開く。

 

「ん?その構えってアレか?」

 

 息を大きく吸い込み、呼吸を止め、全力で殺意(さつい)を放ちながら刀を一気に抜き放とうとした所で。

 

 石像が(けむり)(はな)ち、その場から逃げ出した。

 

「へ?」

 

「やはりか……!」

 

 妖刀から『(はく)』に持ち替え、逃げ出した石像を追いかける。

 

「あれなんだ!魔物か!」

 

「後で説明する、殺さずに捕獲(ほかく)してくれ」

 

(むずか)しいこと言うじゃねえの!(まか)せな!」

 

 飛び()ねる石像(せきぞう)後頭部(こうとうぶ)(つか)み地面に押し付けると、白い(けむり)(ともなっ)った小爆発(しょうばくはつ)が起き、石像は(けもの)へと姿を変えた。

 

 (あば)れる獣の首根(くびね)っこを掴み持ち上げると、特徴的な大きな尾が目に入った。

 

「やはり『()(だぬき)か』……」

 

 ()き声を上げる化け狸を運んで道へ戻ると、他の者達も(すで)に捕らえ集まっていた。

 

「こんな魔物初めて見ました……」

 

 緑仮面は(かご)にいる化け狸を(のぞ)き込み観察しては、何かを本に書き記している。

 

「戻ったか、じゃあ早速だけど説明頼めるか?」

 

「ああ」

 

 化け狸の首を掴んだまま地面に(すわ)らせる。

 

「まず、こいつは流れ者だ」

 

「流れ者……」

 

「その確証(かくしょう)何処(どこ)からだ?」

 

「私の故郷には異世界について(しる)された書がある、そこに()っていた」

 

 それ程の情報は集まっていなかったのか、記された事は少なかったがそのどれもがこれとは一致していた。

 

「なんだと……!」

 

「もしかして、君は異世界と(ゆかり)がある人なのかな?」

 

「ああ」

 

「それは、とても興味深いね」

 

 だが今やるべき事は私を知ることでは無く、この化け狸をどうにかすることだ。

 

 化け狸を再び持ち上げ、顔をこちらに向けさせる。

 

「お前、私の言葉が分かるか」

 

「それに言葉なんて通じるのかよ?」

 

 化け狸は私からそっと視線だけを外し、ゆっくりと口を開いた。

 

『こ、殺さないで――!もうイタズラしないから……!』

 

「っ!」

 

「人間の言葉を話した!?」

 

「そう、この者達は人の言葉すらも(たく)みに(あやつ)る、『妖怪(ようかい)』だ」

 

「ヨウ、カイ……」

 

 書によれば余りに低級(ていきゅう)の妖は言葉を(あやつ)ることは出来ないようだが、一定の力を得れば自然と(あつか)えるようになると(のこ)されていた。

 

「その妖怪がオークキングが逃げ出した原因だと言うのか?」

 

「さっき追いかけた時、それだけの力は無いように思えたけどねぇ」

 

 確かに化け狸は力の弱い妖怪だ、だが(すぐ)れている所はそこでは無い。

 

「石像に化けている姿はお前達も見ただろう」

 

「確かに見ましたけど、何かに変身する魔物はいない訳では無いですよね……?」

 

「あー、オレも何回か戦ったことあるな」

 

 この世界にも身体を他の姿に変化させる魔物は存在している、だがそれらの魔物達は自身の体格(たいかく)よりも大きな存在にはなる事が出来ない。

 

「お前の中で一番強い者に変化しろ」

 

 化け狸を地面に起き、首から手を離す。

 

『は……?』

 

「逃げようなどとは考えるな、私はお前よりも速い」

 

 『白』に手を掛けながら、(おど)すように強めの口調で続ける。

 

『わ、分かりました!』

 

 化け狸は前足で器用(きよう)()()(つか)むと、(ひたい)の上にそれを乗せる。

 

 そして発生した白煙(はくえん)(つつ)まれ、それが晴れると。

 

『グラアアアアアア!』

 

 全身が赤く染まり、(ひたい)から一本の角を伸ばした赤鬼がそこには居た。

 

「でっか!」

 

 その体格(たいかく)はオークキングよりも(はる)かに大きく、気性(きしょう)の荒い種が迷わずに逃走(とうそう)を選ぶ事も理解(りかい)できるだろう。

 

「なるほどね……」

 

「自分よりずっと大きな身体になれるんだ……!自然界(しぜんかい)に置いてかなり優位(ゆうい)に立てる能力です!」

 

(すき)ありいいいいい!』

 

 何を思ったか、こちら目掛(めが)けて振り落した化け狸の拳を片手で受け止める。

 

『なっ!』

 

 やはりと言うべきか、見た目だけは大きくとも赤鬼と比べて力は弱い。

 

 それどころか通常のオークよりも貧弱(ひんじゃく)だろう、人間が(なぐ)られれば多少の怪我はするだろうが。

 

「これ程の体躯(たいく)があれば、相対(あいたい)する魔物がオークキングであろうと逃走を選ぶ事だろう」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「問題無い、元の姿(すがた)に戻れ」

 

『は、はいぃ!』

 

 赤鬼となった化け狸は再び白煙(はくえん)に包まれると、元の獣姿(けものすがた)へと戻った。

 

「いかに姿を変えようとも力は大して変わらない、連盟員(れんめいいん)であれば容易(たやす)対処(たいしょ)出来るだろう」

 

「問題は魔物が追い出されて起きる被害をどうやって(ふせ)ぐか、かな?」

 

素早(すばや)い解決を求めるのならば、根本(ねもと)を全て()ち切れば解決するが――」

 

『かか、勘弁(かんべん)してください!私達も急にこの地に来て何処(どこ)へ行けば良いのかも分からなくて!』

 

 (とら)われている化け狸達が、一斉(いっせい)(ゆる)しを()()き声を上げる。

 

「うーん、それは可哀想(かわいそう)な気がしちゃいます……」

 

「ボクも人語(じんご)を話されると()らいじゃうなあ」

 

「オレはどっちでもいいぞ、()るのをアンタがやってくれるならだけど」

 

「異世界の知識(ちしき)()られる貴重(きちょう)機会(きかい)だ、話を聞いてからでも遅くはない」

 

 無論(むろん)友好的(ゆうこうてき)であるのならば私も斬るつもりは無い。

 

()れの元へ案内(あんない)しろ、お前達への対応はそれから決める」

 

『わ、分かりました……!』

 

 ――

 

 洞窟(どうくつ)の中で(あゆみ)を進める程に、(けもの)(にお)いが強くなっていく。

 

 ()れが近いということだろう。

 

 そして細道を抜け広間へ出ると、数十はいる化け狸達、さらに一際(ひときわ)大きな化け狸がそこにあった。

 

長様(おささま)!』

 

『長様!長様!』

 

 案内をさせていた化け狸が、大きな化け狸の下に駆け寄りその裏側(うらがわ)に身を(かく)した。

 

『おや、客人(きゃくじん)かい……?』

 

 理知的(りちてき)(ひとみ)がこちらを見据(みす)える。

 

『これはこれは、人間方が我らに何用で』

 

 やや遅い口調と荒く黒ずんだ毛並みが、かなりの(よわい)である事を伝えてくる。

 

「お前達(あやかし)がこの洞窟(どうくつ)を支配したことによって、私達人間は被害(ひがい)を受けている」

 

『そうでしたか、それは大変失礼な事をしたようですね……』

 

 申し訳ないと言った口調こそしているが、その表情は変わらぬままであり、その瞳は未だにこちらを見定(みさだ)めようとしている。

 

「一つ聞こう」

 

『何でしょうか』

 

「森の人間達に(まよ)いの術を掛けているのはお前か?」

 

『ええ、この巣に入られては困りますので』

 

 化け狸は自身がしているとはっきりと認めた、我らは何も悪いことなどしてないと認識(にんしき)しているのだろう。

 

「そうか」

 

『人間方は我らを退治(たいじ)しに来られたのですか……?』

 

「お前達が危害(きがい)(くわ)えないとなれば退()こう、(そば)()む人間達にもこの場所へ近寄(ちかよ)るなとも伝える」

 

『……分かりました、我らは人間方に危害(きがい)は加えません』

 

 大狸(おおだくき)はあっさりと提案(ていあん)を受け入れた、(いささ)拍子(ひょうし)抜けではあるが事を荒立(あらだ)てずに()むのならそれでいい。

 

「森の中へ閉じ込める事もしないで欲しい、近づけたくないのならば(とお)ざけてくれ」

 

『ええ、勿論(もちろん)です』

 

 話が早い妖怪で助かった、たとえ妖怪と言えども斬らずに済むのならばそれに()したことは無いのだ。

 

「行くぞ」

 

「え?あっ、待ってくださーい!」

 

 細道(ほそみち)を抜け洞窟(どうくつ)を後にする。

 

「あれで良かったのか?」

 

「向こうは敵対(てきたい)姿勢(しせい)を取らなかった、ならばこちらも取る必要は無い」

 

 少なくとも街の人間に被害(ひがい)が及ぶ可能性は低いだろう、森に入った連盟員に対しても迷わせる事も(しばら)くは無いはずだ。

 

「異世界の知識を得られる可能性が無くなったのは()しいがな」

 

「ボクもそこが惜しいかな、仕方ない事だけどさ」

 

平穏(へいおん)(のぞ)むのならば不可侵(ふかしん)である方がいいだろう」

 

「そうだね……」

 

 今回は相手が(おだ)やかであり警戒(けいかい)をしていたからこそ対話(たいわ)を無事に終えることが出来た、刺激(しげき)してまで情報(じょうほう)を得たとして、被害(ひがい)が出ては意味が無い。

 

「一応の目的は達成したし街に戻るかー」

 

 黒仮面が小鐘(こがね)()らし馬車を呼ぶ。

 

彷徨(さまよ)っているオークの対処はしなくても良いのか?」

 

「それに(かん)しては、連盟が討伐依頼を出して調整(ちょうせい)するから問題無いよ」

 

「オーク一体の討伐報酬(とうばつほうしゅう)は結構高いからな、あっという間に()るだろうさ」

 

「ふむ、そういうものか」

 

「そういうもんよ、んじゃ帰ろうぜ」

 

 ――

 

 アルマ一行(いっこう)が出て行った洞窟内(どうくつない)、交戦することもなく人間達を返した大狸に、捕まえられていた化け狸達は疑問(ぎもん)を覚えていた。

 

『長様、どうしてあのまま行かせたのですか?』

 

平穏(へいおん)()らすのなら、争わないに()した事は無いよ……』

 

 大狸(おおだくき)何処(どこ)からか木の葉を丸めた塊を取り出すと、それを(くわ)えて(はし)に火をつける。

 

 草の焼ける(にお)いと(けむり)(いや)がり化け狸達は散っていく、その様子を一瞥(いちべつ)すらせずに一息(ひといき)で持ち手の辺りまで燃焼(ねんしょう)させると、紫煙(しえん)を吐き出し葉巻(はまき)を地面で(すり)り消した。

 

(嫌な(にお)いだ)

 

 寿命(じゅみょう)が長い(あやかし)で有ろうとも、長生きをしたければ生き方を選ばなければならない。

 

 千年を()える命を持とうが、殺され()らわれてしまえばそこ(まで)だ。

 

 短気はすぐに焼き切れるのだ。

 

(大妖(たいよう)気配(けはい)をあんなにも(まと)わせて――それにあの刀)

 

 一目見ただけでも理解(りかい)が出来た、あの者は(ただ)の人ではないと。

 

 もし死合(しあ)うならば、大将としてこの者らを全て逃がしてみせるが、私の首を守り切ることは(むずか)しいだろう。

 

 小妖(しょうよう)であった頃から強者(きょうしゃ)を見極める嗅覚(きゅうかく)があった、ここまで生きて力を付けることが出来たのも、それのお(かげ)だと言える。

 

 この世界に(かどわ)かされた当時は狼狽(うろた)えたが、土地を()める大妖(たいよう)から離れる事が出来て(よろこ)ばしいとも考えていた。

 

 この世界の獣達は(かしこ)くはない、(おど)かしてやればすぐに追い払える程だ。

 

(春が来たと考えていたが、越冬(えっとう)季節(きせう)はまだ続くか……)

 

『まったく(いや)(にお)いだ』

 

『口に入れていたそれのせいじゃないですか……?』

 

 大狸(おおだぬき)指摘(してき)をしてきた小狸(こだぬき)一瞥(いちべつ)だけした後、改良(かいりょう)した術を森に()け直した




古山(こやま)古狸(ふるだぬき)
とある山を住処(すみか)にしていた狸の妖怪。
元々力は弱かったが、その知恵を生かして400年という年月を生き延びている。
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