「――おい貴様!」
「なんだ猫又」
「貴様が急に速度を出したせいで頭をぶつけたではないか!」
「走ると言っただろう」
「準備をする時間ぐらい用意しろと言っているんだ愚か者!」
街への道を走っていた道中、人の姿となっていた猫又が蹲り頭を抑えていた。
「後で頭を撫でてやる、それまで大人しくしていろ」
「いらぬわ!!」
長く生きた妖の癖に、随分と我慢が効かないらしい。
視線を前に戻すと、はるか前方に蠢く黒い何かを見つけた。
「人か……?」
周囲に岩場などはなく、隠れられる場所もない。
盗賊の囮という可能性もあるが、たった一人でそのような事を果たしてするだろうか。
距離が近づくと、それは倒れた男だということが分かった。
馬車を止め轅を飛び越え駆けつけ、男の口元に手を翳す。
まだ息はある、どうやら気絶をしているだけのようだ。
「おい、その人間を拾うつもりか」
「当たり前の事を聞くな」
男を一度仰向けにして、背中と足の裏に腕を通して持ち上げる。
「我の空間が狭くなる!盗賊のように後ろに繋いでおけ!」
「これは私の所有物だ、お前に指図される筋合いはない」
荷台に寝かせて胴の装備を外し、傷があるかどうかを確認する。
「目立った外傷はない、空腹や水分不足か?」
男の目がゆっくりと開く。
「あれ……、っ!」
そして私の顔を見た瞬間、目を見開きながら掴みかかってきた。
その両腕を掴み、怪我をさせないよう荷台に押し付ける。
「くそ!離せっ!」
「落ち着け、私はお前の敵ではない」
「――っ!」
男はさらに暴れようとするが、身体がまったく動かせない事に気付いたのか、抵抗をやめる。
男の上からどき、水と食料を前に置く。
「こ、これは……!」
「一先ず補給をするといい、生き延びたければだが」
勢いよく食べ進めていく様子を見るに、数日間何も口にしていなかったのだろう。
「――ふぅ、助かった」
「何よりだ」
「アンタ達が来なきゃ俺は死んでた、ありがとな」
「構わない、倒れていた理由を聞いてもいいだろうか」
「親父と喧嘩して家を飛び出したんだよ、ろくに準備もしないままな」
男は照れくさそうに頭を掻くと、荷台の壁に背を預ける。
「親父の畑継ぐ前にさ、夢だった冒険をどうしてもしたいって言ったんだ、そしたら喧嘩になっちまってさ」
「愚かな」
急に口を挟む猫又の頭を抑え、黙らせておく。
「ははっ、自分でも馬鹿なことしたって思ってるぜ?移動用の馬車にはぼったくられて置いてかれちまうしな」
「そうか……、私はこの先の街に行くつもりだが、良ければ乗っていくと良い」
「いいのか?それは助かるけどウマはどこだなんだ」
「引くのは私だ」
「へ?」
荷台から降り、持ち手を掴んで走り出す。
「ええええええ!」
「奴は私の馬だ、尻でも叩いてやれ」
「えぇ……、変わった夫婦関係だなぁ――って後ろに人間があああああ!」
「おい!誰がこんなヤツと夫婦だ!」
「暴れるなアキ」
「気安く呼ぶなあああ!」
喧しい乗客達に溜息をつきながら走る事しばらく、次の目的地である街の前に到着した。
「そこ!止まりなさい!」
騎士に呼び止められ、馬車を端に寄せ停止させる。
「――な、なにをしているんだ君達は!」
「人が馬車を引いて人間を引きずってるぞ……」
困惑した騎士達の声が聞こえてくる、当然の反応だと言えるだろう。
「これは私が進んでやっている、そして後ろに繋いでいるのは道中で捕まえた盗賊だ」
「盗賊?――ちょっと待ってなさい」
いまいち理解が出来なかったのか、相談を始める騎士達。
馬車の後ろへ向かい、盗賊達を繋いでいた綱を掴み騎士達の元へ引きずっていく。
「この者達に対する手配書はあるか確認して欲しい」
「……おい、手配書持ってきてくれ」
「あ、はい!」
騎士の一人に命令をされた者が、近くの建物に入っていく。
「君、名前は」
「アルマ=リュウガンジ」
「……騎士の任務に参加したことはあるか?」
「救出作戦に同行した」
「君がそうなのか……!話は回ってきている、よく力を貸してくれた」
「当然の事をしたまでの事」
この街に私の話が伝わっているとは、随分と情報が早い。
「良いだろう、通りなさい」
「ああ」
盗賊を縛る綱を手渡し場所へ戻る。
また何処かへ消えるものだと思っていたが、猫又はまだ荷台に乗り続けていた。
「アンタ騎士と繋がりがあんのか、凄いな」
「少しあってな」
街の中はどちらかといえば静かであり、活気が無いわけではないが、落ち着いたような印象がある。
「これからどうするつもりだ?」
「どうすっかなー、帰る金も無くなっちまったし、このまま帰るのもダセえしな」
通る方向に故郷があるのならば送り届けようかと考えていたが、このまま帰るつもりはないようだ。
「腕に自信はあるか?」
「槍に関してはそれなりにあるぜ?魔術も村一番だったしな」
そう発言する割には武器を持っていないが、収納ができる魔術を使っているのだろうか。
「あー、武器はボラれた御者に持ってかれちまってよ、金の未払いで通報されたくなきゃ寄越せってさ」
「――その者は何処に行った、特徴は覚えているか?」
人を騙して危険な場所に置いていっただけでなく、武器迄も脅し取ったというわけか。
腐っている。
「良いんだよ、これは勉強代だと思って甘んじて受け入れるさ」
「ふん、守りも考えも甘っちょろい人間だな」
「ははは、返す言葉もねえ……」
彼は良いと言うが、見つけ次第彼の槍を取り返してやろう。
「ならば武器屋へ向かおう、必要だろう」
「おいおいおい!流石にそこ迄の世話にはなれねぇって!」
会って時間は短いが、彼は随分と人が良いということは分かった。
武器を奪った者に対しても、実力が有ろうとも見逃してしまったのだろう。
「助けた相手を放っておくほど、私は無責任な人間ではない」
助けた者には助けた相手の面倒を見る責任がある、救った命をそのまま見殺しにするなど以ての外だ。
「代金を返したいのならば、稼げるようになってからで構わない」
「……良い人だなアンタ、優しさがボラれた心に染み渡るぜ」
その後、武器屋で彼の武器を購入し、街の連盟支店にやって来た。
「いらっしゃませ、ご依頼ですか?」
「いいや、彼の登録を頼みたい」
「よろしくお願いしまっス!」
連盟の登録を待つ間、酒場で時間を潰すことにする。
「おい、腹が減った」
「そうか、荷台にある物を好きに食べるといい」
猫又はどうしてか連盟にまで付いてきていた、なにか目的があり各地を移動していると思っていたが、ここにいて良いのだろうか。
「肉を頼め、そしてそれを献上しろ」
「肉ならば街の外に転がっているだろう、それを狩れば良いのではないか?」
「……おい、あの人間と我に対する扱いの差はなんだ!」
これは優しく接して欲しいという事だろうか、猫又の心境がいまいち読み取れない。
「自力で餌も取れない幼子のように扱って欲しいのならばそうしてやろう」
「くっ!この鬼畜め!」
猫又は頬を膨らまし顔をそらしてしまった。
やはり精神が未熟だ、この妖は長命になったのでは無く、成長が止まっただけなのでは無いだろうか。
従業員を呼び止め飲み物と、軽食を注文する。
「登録終わったぜー!連盟なんて田舎には無かったから戸惑っちまったよ」
「私の故郷にも無かった、皆が戦闘訓練を行っていた事が理由だろうが」
「へー、ウチなんか田舎過ぎて連盟の視界の端にもはいらなかったんだろうぜ」
手広く活動している連盟ではあるが、端から端まで根が広がっているわけでも無いらしい。
「お待たせしました、こちら果実水と魔鳥のもも焼きでございます」
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
飲み物をそれぞれの前に滑らせ、鼻をヒクつかせた猫又の前に置く。
「奢ってもらっちゃって良いのか?」
「大した額ではない、この後は依頼を受けるのだろう?」
「ありがとな」
「お前も食べるといい」
「……礼は言わぬ」
猫又は肉を素手で掴むと、勢いよく食事を始めた。
いくら人に化けようとも根は獣と変わらないようだ、そう見れば多少は甘く接してやっても良いと思えてきた。
「なあ、魔物討伐でガッツリ稼ぐのと、採集依頼で堅実にやってくのってどっちが良いと思う?」
「好みで構わないとは思うが、まずは採集依頼で土地勘を鍛える方が、結果的には稼げるのではないか?」
戦闘において地形の情報を知っているかどうかでは天地の差があると言える、いざ逃げ出す際や相手を追い詰めた際に不意の一撃を防ぐ可能性が高くなるだろう。
「成る程、よしじゃあ早速採集依頼に行って来るぜ!」
男は飲み物を一気に飲み干すと、席から立ち上がる。
「地図があるならばそれを持っていくといい」
「確かに!ありがとよ!」
掲示板に走っていく背中を見送ってから猫又に視線を戻すと、行儀悪く食べ終わった骨を舐り続けていた。
「……やらぬぞ」
「お前が噛み終えた骨など不要だ」
「ふんっ」
猫又は骨の味わい尽くしたのか、皿の上に骨を放り出す。
これほど味わられたのならば、店の作り甲斐もある事だろう。
布を取り出して猫又の汚れた口を拭いさる。
「もがっ!きしゃまっ何をする!」
振るってきた腕を掴み、手についた油を拭き取る。
「これが嫌ならば私の前にいる時ぐらい綺麗に食事をすることだ」
「私を小娘扱いするなー!」
喧しく騒ぐ猫又を無視し、掲示板の彼に手を上げて挨拶をしてから連盟の外に出る。
前の街で稼いだ収入があるため、暫くは依頼を受けずとも大丈夫だろう。
連盟が運営する宿屋へ向かい勧められた一室を借りる、どうしてか猫又が文句を言いながら付いてきているが、未だに何を考えているかが分からない。
「どうして一室しか取らないんだ」
「小さなお前に広い部屋など不要だろう」
刀以外の荷物を起き、念のために部屋の確認をしておく。
連盟直営というのもあり、やはり綺麗で使いやすい作りをしている。
寝室は一つしかないが、寝台は寝返りを三回打てるほどの大きさがあり、十分に休むことが出来るだろう。
「我の色香に惑い遂に本性を現したな!この下衆め……!」
再び意味の分からない事で怒り出した猫又は、自らの身体を抱きしめ寝台に飛び込む。
「そこに入るのならば先に身体を洗え、布団に土埃が付くだろう」
「……」
猫又は身体を仰向けにし、此方の顔を見たまま言葉を発さない。
「仕方のない奴だ」
寝室を後にし予備の鍵を持って部屋を出ようとすると、後ろで扉の開く音がした。
「……」
視線をやると、扉の隙間から見える金の瞳がこちらの様子を覗いていた。
瞳が縦に二つ見える所は辛うじて妖らしくはあるが、今までの様子を見てからでは恐れることはできない。
「私は街へ向かう、お前はどうする」
ゆっくりと扉が開き、真横に身体が浮いた猫又が床に着地し此方へ歩いてきた。
一体この妖は何がしたいのか、何を考えているのかが全く分からない。
だが付いてきたいのならばそれも良い、妖である猫又ならば他の存在に気づきやすいだろう。
宿を出て街を散策する、時折猫又の方を見ると物珍しそうに周囲を見回していた。
こうした姿は単なる町娘にしか見えない、妖の変化能力という物はやはり遥かな領域にあるようだ。
だとすれば他の妖も人に化けて街に潜んでいる可能性は高いだろう。
人に危害を加えずにいるのならばどうこうするつもりはないが、もしもの為にも注意深く観察する必要があるかもしれない。
大抵の場合は妖刀が震え出すが、妖力を隠すのが上手いか少ない場合は私が見つけ出さなければならない。
(私の探知精度が鍛えることができれば良いのだが)
左拳を作り血の霧を滲み出させる。
「おい、気味が悪いからやめろ」
振り返ると、猫又が不快そうに左手を睨んでいた。
「鬼の力は嫌か」
「あの戦闘狂共の気配に喜ぶ者など、鬼以外におらぬわ」
妖で有ろうとも鬼は恐れる物らしい。
左手を振って血の霧を体内に吸い込む。
「今の私はどうだ?」
「……何が言いたい」
「共にいて不快ではないのか」
「ふん、我が人間を恐れるか」
妖刀を持ち、鬼の力を受け継ごうともまだ人間でいられているようだ。
「何を笑っている……!」
「いいや」
その後、流れ者や妖の気配など感じることもなく、適当な出店を巡り宿へと戻ってきた。
部屋に刀を置き衣服を脱ぎ浴室で汗を流していると、部屋の方から大きな物音が聞こえてきた。
腰にだけ布を巻き急いで部屋へ戻ると、妖刀を握った猫又が窓の前で倒れていた。
「何をしているんだこの妖は……」
一先ず妖刀を手から取り上げ離れた場所に置いておき、倒れた猫又を抱え上げる。
「貴様…姑息な罠をっ……!」
「持ち出そうとしたお前が何を言っている」
急に私の後をついて回るようになったと思えば、目的は妖刀を盗み出す事だったらしい。
「本当は前の街で首領を見つけていたのだろう、そこで盗みでも命令されたか」
「だまれ……」
一先ず猫又を長椅子に寝かせてから、再び愚かな真似をしないように妖刀を浴室に持っていき、身体中の水を拭い宿の服を着る。
(妖にとって妖刀は天敵なのか?いや、だとすれば持ち去ろうとはしないはずだ……)
浴室を出ると猫又は唸りながら、恨めしそうに睨みつけてくる。
「まだ起き上がれないか」
「うるさい……!」
「どうしようもない奴だな、お前は」
猫又の身体を抱え上げ、寝室へ運び寝台に寝かせる。
「くっ、抵抗の出来ない我を襲う気だな……!」
「お前は私を何だと思っている」
布団を掛けてから、猫又の頭を持ち上げて枕の位置を調整する。
外から帰ってきた際に身体を洗わせているため、寝台が汚れる心配は無いだろう。
「朝まで大人しくしていろ」
寝室を出て部屋の明かりを消し、長椅子に横になる。
随分と手癖の悪い妖のようだ、だがこれに懲りて二度と盗もうとはしないだろう。
――
寝室から出てくる足音で意識が覚醒し僅かに目を開けると、妖刀に猫又が触れ再び倒れ伏した。
「くそっ……!どうして力が抜けるんだ……!」
この妖には学習能力というものが無いようだ、まさに獣並みなのだろう。
「……」
「おい!私を物みたいに扱うな……!」
猫又を脇に抱え、妖刀を掴み寝室に入る。
この妖を窓から投げ捨ててしまうのが一番良いのだろうが、街中で暴れ回られるのも迷惑になる。
妖刀を傍に立て掛けて置き、猫又を寝台に落としてからその隣に横になる。
「ふっ、ついに堪えきれなくなったか人間め――」
猫又を胸に抱き、動けないよう背中に腕を回し頭を抑える。
「私はどうしてお前に気など遣っていたのだろうな?」
「所詮人間など欲望のケモむぐっ――!」
体温が下がらないように布団をしっかりと被り、猫又の喧しい口が聞けないようさらに抱き寄せる。
「もがーーー!」
猫又は暫く藻掻いていたが、少し経つと寝息を立て始めるのだった。
これに付き合わなければならないのかと考え、自然と溜め息が出てしまった。