宿舎の管理人から部屋の鍵を受け取り、実際に中を確認して見るがやはり二人以上を想定されたような広さをしていた。
部屋の左右に寝台が設置され、衣類などをしまう空間も二ヶ所用意されている。
やはり魔物が減り人員の調整をしているのだろうか、とはいえ国の戦力を考えるならば維持するべきだと思えるが。
大聖女の力の全容は分からないが人間に対して有効というわけではないだろう、隣国と地続きだと考えれば警戒しそうなものだが。
「この状況は寧ろ好都合だと考えるべきか」
自室を後にし管理人の元へ向かう。
「失礼、少し話を聞きたい」
「はい、どうかされましたか?」
齢七十程の老人が掃除の手を止めて振り返る。
「部屋に使い魔を住まわせたいのだが、構わないだろうか」
「使い魔ですか……、大人しくして貰えるのならば大大丈ですよ」
「そうか、よく言い聞かせておこう」
ここまで過ごしてきて無駄に暴れる者では無いとは理解しているが、念の為に説明はしておこう。
「この宿舎が一人用になったのはいつからだ、やはり大聖女が産まれてからか?」
「いいえ、数年前までは二人から四人で部屋を使って頂いておりました」
サンドラは大聖女が産まれた日から魔物が消えたと言っていた、ここ数年で聖騎士の数が減ったのならば直接的な原因では無さそうだ。
そして聖騎士団は現在も新たな戦力を集め続けている、聖国が傾き戦力への費用を抑えられたとも考えにくい。
となれば。
「新たな脅威が現れたか?」
「——はい、尤も私は目にしたことがありませんが」
魔物か人か、大聖女の力が届かない存在が現れ聖騎士の数を減らし続けている。
「その者は何処に現れる」
「分かりません、ですが夜の間に現れるとは聞いております」
「夜の間……」
夜行性の魔物は凶暴であり力も強いが、大聖女が居るのならば現れる事は無さそうなものだ。
「それともう一つ、家の中に闇を作るなとは言われております」
「それは国全体での話しか?」
「はい、私の友人もそのように伝えられたと聞いております」
夜に現れる、そして闇を作らせない。
「他に知っている事はあるか」
「いえ、これ以上は何も」
「そうか……」
「歳を重ねながら物を知らず、役に立てず申し訳ありません」
「何を言う、非常に有益な情報だった」
「ありがとうございます」
宿舎へと歩きながら手に入れた情報を頭の中で纏めていく。
前提として、大聖女がいる限り魔物が現れる事は無い。
聖騎士団は賊に戦力を集中することが出来るため、治安の維持をする事は出来ている。
聖騎士団はかつて部屋を複数人で使わせる程の規模であったが、新たな脅威が現れ人手不足を招く事態となっている。
国民には家の中に闇を作らないように伝え、おそらく同様の理由で街の周りに壁を建てさせてない。
新たなる脅威には大聖女の力は届かず、私の妖刀や妖であるアキも大聖女の力は効いていない。
つまりは妖の仕業ではないかと考えていたのだが、そうなると大聖女に会いに行く意味がなくなってしまう。
とはいえ、ここまで来た以上このまま帰るつもりも無いが。
「あれー?なんか迷ってる顔してるねえ」
声の掛けられた方向を見ると、入団試験にて対戦をした相手が立っていた。
「これからについてを考えていた」
「ふーん、じゃあ先輩である私が人生相談に乗って上げようか?」
相談に乗ることは無いだろうが、彼女も聖騎士に所属しているのであれば夜に現れるという存在とも一戦交えているかもしれない。
「夜間に現れるという存在と戦ったことはあるか」
「私は先輩だよ?頼みたいことがあるなら相応の誠意を見せるべきじゃないかな?」
「そうか」
戦いの腕からそれなりの者だとは考えていたのだが、どうやら見込み違いだったようだ。
私もいずれ兵を率いるならば、人を見る目をもっと鍛えなければならないな。
「ち、ちょっと待って!」
女が道を遮るように目の前に立つ。
「なんの用だ」
「私ともう一回戦ってよ」
これが本音なのだろうが、随分と遠回りな事だ。
「良いだろう――だが私が戻ってからだ」
女の横を通り抜ける。
「実戦用の装備をして来ることだ、出なければやる意味がない」
「——っ!」
聖騎士団の敷地から出て、借りている宿屋に向かい扉に手を掛ける。
「アキ、入るぞ」
扉の鍵を開け部屋の中に入ると、アキの寝息が聞こえて来た。
「まだ眠っているのか」
妖とは徹夜が響く物なのだろうか、人間よりも頑丈ではあるのだろうが睡眠薬もアキには効いていた。
妖怪変化をしようとも、元の種族の性質はある程度は受け継ぐ物なのかもしれない。
寝台に近づくと、人の姿のアキが掛け布団に包まれ丸まっていた。
その表情は余り心地良さそうには見えず、眉間には皺が寄り僅かにだが汗をかいている。
「アキ」
名を呼び掛けてみるが瞼の下が少し動くだけであり、短い呼吸の間隔は変わらない。
「アキ、起きてくれ」
寝台に手を乗せアキの肩に触れ揺らすと、瞼が開き鋭い爪が顔に目掛けて迫った。
アキの腕を掴み攻撃を防ぐと、触れていた手の平から青い炎が燃え広がった。
アキの腕から手を離して距離を取り、腕を素早く振るう事で広がろうとしている炎を消し去る。
肌を焼く痛みと肉の焦げる臭い、それがアキから攻撃を受けたのだという事実を認識させる。
アキは寝台の上で素早く立ち上がると瞼を開きこちらを睨みつけてくる。
その瞳はいつもの状態ではなく、明らかに正気を失っているように見える。
「アキ」
「——っ!」
アキは私の顔を認識したのか、目を見開き動きが固まる。
「に、人間……」
「怖い夢でも見たか」
「——だ、黙れ!」
正気を取り戻したのならば、再び眠らせる必要も無いだろう。
「聖騎士団の宿舎を借りる事となった、宿を出るぞ」
部屋に置いていた荷物を全て集め背負う。
「貴様の手が……」
「問題ない」
手の火傷を血霧童子の力で癒して見せる。
「怒っていないのか……?」
「この程度で怒りなどはしない、行くぞ」
「……」
獣の姿となったアキと聖騎士団の敷地へ戻る。
『なぜこの姿で無ければならんのだ』
いつもの調子を取り戻したアキが不満《ふまん》な様子を見せる。
「聖騎士団内で人を連れまわすのは少々目立つ、無論部屋の中や聖騎士達と共にいない時には自由な姿で構わないが」
他の聖騎士達も生活している宿舎で女を連れまわしているとなれば、不要な噂が立ち大聖女に会う際の障害になる可能性がある。
「無理に従う必要はない、これは私と行動を共にするならばという前提の話だ」
「……」
猫又は返事をせずに私の右肩に飛び乗る。
この行動は受け入れたのだと捉えさせてもらおう。
聖騎士団の敷地内に戻ると、先程の女騎士が装備を身に着けた状態で立っていた。
「ついてきて、訓練場はもう抑えてるから」
「分かった」
歩き出す女騎士の後に続く。
『なんだこの女は』
右肩のアキが不機嫌そうに声を発する。
「聖騎士団へ入る際に試合をした相手だ、これから模擬戦を行う」
「な、なにその子、喋ってたけど……」
振り返った女騎士が立ち止まり、何かを堪えたような表情で右肩を見つめる。
「私の使い魔だ」
「使い魔——そういえば国外から来たんだっけ……、触ってもいい?」
そう言って一歩近づいてくるが、これは私が独断決めることではないだろう。
「本人に聞いてみるといい」
『触らせる理由がないだろうが、この人間風情が』
「……へ?」
このような反応をすると予想はしていたが、やはり気安く触れられたくはないようだ。
私が触れること対して怒らないのは、ある程度の気を許してくれているからなのだろう。
「という事のようだ、訓練場へ向かうぞ」
「なんなの、主従揃って……」
荷物を壁際に置き弓と矢筒を立て掛け、訓練場の中央に立ち『白』の鞘を握る対戦相手を待つ。
「弓は使わないんだ」
「弓は加減が難しい」
『白』の鍔に指を乗せ、左足を一歩後ろに下げる。
「加減ね——もしかして一回勝ったからって私を舐めてる?」
「これ以上の問答は不要だ、剣を以て掛かってくるといい」
「——っ、あっそ!」
女騎士は僅かに目を見開いてから、腰の剣を抜き放った。