剣の柄を強く握りしめ、聖騎士は魔力を練り上げていく。
「開始の合図は前と同じだから」
「分かった」
腰に巻いた小型の革袋から青い魔石を取り出し、変わらない一切の表情が変わらないアルマに舌打ちしながら下から高く放り投げた。
無表情のまま見据えるアルマを女騎士は睨みつけ、石が落ちるまでの僅かな時間でさらに複数の魔術を脳内に描いていく。
石が地面に着くと同時に自身の身体強化を行い、炎の雨を降らせ、波のような炎を発生させアルマへと襲い掛からせた。
(複数の同時攻撃、そして剣による魔術の加速)
一瞬でアルマの目前へ到達した炎の波はその高さを増し、その逃げ道を塞ぐように炎の矢が降り注ぐ。
(避けられるわけない……!)
勝利を確信し口元を笑みで引きつらせたその時、炎波の中央が膨らみ弾け、炎の矢が全て吹き飛んだ。
「なっ……!」
裂けた波の中央では、アルマがゆっくり刀身を収めている。
そして姿勢を低くし武器を構え直す。
「――っ!」
(直線で素早いのは認める、だったら道を潰せばいい!)
「『ブレイズスフィア』!」
魔術を発動し赤く巨大な炎球が幾つも発生させ道を塞ぐ、さらにそれは熱と炎を発しながら段々と巨大化していった。
「魔力のない君には防げないでしょ!」
炎球は熱で地面を発火させながら、相手を燃やし尽くすべくゆっくりと迫っていく。
「柳流剣術奥義『一刀無尽』」
アルマは大きく息を吸い込んでからその場から飛び出し、迫る巨大な炎球を上下に両断する。
「そんな――」
アルマは熱気に怯む事なく炎球を次々と両断し、さらにに加速しながら突き進んでいく。
「『フレイムピラー』!燃えつきろ!」
聖騎士の正面に現れた魔法陣から巨大な炎の柱が放たれアルマに迫る。
「柳流奥義――」
炎の支柱が直撃するその寸前、聖騎士の視界に写っていたアルマの姿が掻き消える。
「消えた――」
「『鏡花水月』」
「っ!」
聖騎士の首に透き通り淡い光を放つ刀身が当てられ、振り返ろうとした身体が固まる。
「逃げ道を塞ぎ最速の魔術を放ち、直線的な速度を警戒し複数の障害物を設置し最大の火力をぶつける、策としては悪くない」
「……なにその上から目線、私の方が先輩なんだけど」
アルマは首から刃を離し鞘に収めながら歩き出す。
「まだ終わってない、まだ私は負けを認めてないよ」
「……そうか、それは失礼をした」
アルマは立ち止まり振り返ると、鞘から『白』を引き抜き切っ先が聖騎士の首の位置になるよう構える。
「来い」
「命令すんな!」
聖騎士は全力の魔力強化を施し、剣を構えて走り出し一瞬で距離を詰め、炎を纏った剣で斬りかかる。
しかしアルマに切っ先を合わせられるだけで剣の軌道を右にずらされてしまう、さらに聖騎士が腕の力を入れ直し下から切り上げようとするも、アルマが柄を握る手の角度を変えたのを見て後方に飛ぶ。
「ほう」
アルマは一歩地面を蹴るだけで距離を詰めると、首を狙って刀を突き出す。
「っ!」
聖騎士は下から剣を打ち付けてその軌道をずらし、姿勢を低くしながら左手の中に炎を溢れさせる。
そして腕を振るいながら炎をばら撒いて擬似的な壁を作り出し、距離を取り剣に燃え盛る炎を纏わせた。
その瞬間炎の壁を透き通る刀身が突き破り、真っ二つに切り裂き黒髪の侍が現れた。
「魔力も無いくせに当たり前みたいに切ってくれちゃってさ」
聖騎士は正面に燃え盛る剣を掲げ、魔力を注ぎ込んでいく。
「じゃあ――これを受け切れたら負けを認めてあげる」
魔力の無い相手に全く対等ではない条件だと理解しつつ、どうせ受け止めてしまうのだろうと聖騎士は考えながら剣を横に構える。
「良いだろう」
アルマは透き通る刀を上段で構える。
「『フラムベルジュ』!」
聖騎士が横薙ぎに振るう剣から赤く輝く熱線が解き放たれ、高速でアルマへと迫る。
「柳流剣術奥義『雷落とし』」
熱気によって空気を湾曲させながら進む熱線に、落雷の如き速度で振り下ろされた刀身がぶつかり、実態を持たない熱の塊が左右に断ち斬られ壁を焼き焦がした。
「は、はは――化物過ぎでしょ……」
緊張が解けたこと、そして大量の魔力を消費したことによって力の抜けた聖騎士が背中から倒れる。
アルマは光を放つ刀で熱気を振り払い、ゆっくりと鞘へ収めた。
「良き試合だった」
アルマはその場から歩き出すと、聖騎士の傍に立ち手を差し伸べる。
「名前を聞いておこうか」
「フィーア、君は?」
フィーアは伸ばされた手を掴み立ち上がる。
「アルマだ」
「――ねえ、君って本当は魔力があるんじゃないの?」
フィーアは顔を近づけて怪しげな笑みを見せる。
「使えないって嘘を付くと何か得する事とかあるの?」
「事実だ、代わりに人より力は強いが」
「ふーん……、ねえ、やっぱり私の側近にならない?」
フィーアはアルマの手や腕に触れて反応を横目で見るが、ただ真っ直ぐ見据えるような瞳を向けてくるだけであり、その表情は変わらない。
「私は|聖都にて大聖女と面会をする為に来た、側近になることでそれが近づくのならばそれも受け入れよう」
「——大聖女様?君も赦しを受けに来たってこと?」
大聖女の名前を耳にしたフィーアは怪訝な表情になり、真意を探るような視線をアルマにぶつける。
「赦しとはなんだ」
「……、大聖女様が赦しを与えると現世の罪が清算されるの、そうすれば罪人でも安らぎの世界へ渡ることが出来る」
「主神の力を振るえるのならばそれも可能か、だがここに来た目的はそれではない」
アルマは変わらぬ表情で妖刀の柄に腕を乗せる。
「――ああ、呪われてるってこと?」
「似たようなものだ」
『おい』
「どうした」
下から聞こえた声にフィーアが顔を向けると、耳を後ろに倒し尻尾で何度も地面を叩く黒い獣の姿がそこにはあった。
『いつまでそうしているつもりだ、さっさと案内しろ』
「そうだな、手を離して貰えないか」
「嫌だって言ったらどうする?」
何を思ったのかフィーアは腕にしがみつき、離れないという意思表示を始めた。
「ならば、こうする」
「あっ――」
アルマが腕を回転させながら横に動かすと、フィーアの腕はあっさりと外れ解放されてしまった。
「また試合おう、ではな」
アルマは壁に立て掛けていた弓と荷物を背負い、肩に飛び乗る獣と共に訓練場から立ち去った。
「どうやらまた振られたみたいだな」
声が聞こえた方へフィーアが視線を向けると、木製の剣を片手に持った採用担当官が訓練場の入口から歩いてきていた。
「なんか用すか先輩、私いま機嫌良くないんすけど」
フィーアは分かりやすく眉を顰める。
「いきなりご挨拶な奴だな……、ここに来る理由なんて訓練以外にあるかっての」
男がため息を吐いてから木剣での素振りを始める。
興味なさげにそれを横目で見ては、フィーアは訓練場の外へと歩き出した。
「アレはお前に制御できるような存在じゃないぞ、無謀なことはやめとけ」
「……そんなの分かってる」
フィーアは足を止めてから誰にも聞こえない声量で吐き捨てると、訓練場の外へ歩き出した。
――――
『なんだあの女は』
宿舎へと戻る途中、肩の上でアキが不満の声を漏らした。
「先程も説明した通り、この聖騎士団に所属する騎士だ」
『あの目は人を籠絡しようとする者の目だった、気をつけろ」
確かに自らの側近になれという取引を仕切りを持ちかけられていた。
採用試験の段階ではそのような考えは無かっただろうが、力を理解した上で誘うのは私自身の武を何かに役立てたいのだろう。
「心に留めておこう」
アキが私に対して警告を行うのは少し意外だったが、仲間だと認識されるようになったという事だろうか。
「リュウガンジさん、お帰りですか」
「ああ、先程伝えた使い魔を紹介しようと思ってな」
『おい、使い魔とはなんだ』
「この世界における契約だ、詳しくは後で教えよう」
向こうの世界には式神という陰陽師が
妖を使役出来る術があるそうだが、それと似たものと伝えれば気分を損なってしまうだろう。
「人の言葉を操れるのですね……」
『当たり前の事を言うな、人間如きの言葉など我からすれば児戯同然よ』
「ほほほ、いやお見事でございます」
確かに元が獣の妖でありながら、人間の言葉を操れるというのは見事だと言える。
「宿舎はこの者と使用をする、構わないか?」
「ええ、勿論でございます」
『なぜこいつに許可を取る必要がある』
「彼はこの建物の管理者だ、ここで暫くの居を構えるならば当然の事だ」
『フン、人間は面倒なことばかりだな』
天狗の軍団や、アキの首領の事を考えれば妖の世界も似たような物だと思えるが。
宿舎に戻り部屋に入ると、肩から飛び降りたアキが人間の姿になり寝台に寝転ぶ。
「宿と比べて手狭だが、まあ我慢してやろう」
「そうか」
もっと不満を述べられると思っていたが、表情からしてこの環境に満足したらしい。
「それで、大聖女とやらに会う方法は見つかったのか」
予想外の問いを投げかけてくるアキの顔を思わず見返してしまう。
「……なんだ」
アキが半眼でこちらを睨む。
「いや、私の目的を考えてくれているのだな」
「か、勘違いするな!我は貴様を連れて行く役目があるだけだ!」
赤い顔を逸らし、掛け布団の中に隠れてしまった。
「お前の首領はどこにいるんだ?」
「知らぬ」
すでに猫魈とはこの世界で再開し場所も分かっているものだと考えていたが、居場所すら分かっていない状況連れて行こうとしていたようだ。
「おいなんだその眼は!」
アキが上体を起こし唸る。
「居場所の分からない状態で私をどこへ連れて行こうとしていたんだ」
「我が無計画に連れ回るものか!時が来れば夢に現れ教えてくれるのだ!」
「夢に現れる――」
以前アキの夢を見た際に現れた猫魈は、あの時も指示を伝えようとしていたのだろうか。
「なんにせよ暫くはここで足止めだ、何かで貢献出来れば少しは早まるかも知れないが」
「フン、悠長なことだ」
アキは呆れた表情をして再び寝転んだ。
「今日の夜から行動を始めるつもりだ、組織という形態でどこまでの自由が許されるかは不明だが」
荷物と矢筒を床に下ろし壁に弓を掛け、二振りの刀を外し空の樽に入れ、寝台に身体を預け目を閉じた。