顔に眩さを感じて瞼を開くと、窓から強い光が差し込んでいた。
「……」
上体を起こし、頭の位置を照らす光から逃げるために寝台から立ち上がる。
宿の方でも窓から入る光は常にあったが、流石に目覚めさせられるという程ではなかった。
「くぅくぅ……」
アキの位置には光が当たらないらしく、隣の寝台からは小さな寝息が聞こえ続けている。
音を|鳴らさないように全ての装備を身につけ、部屋の外に出る。
建物の外へ向かい廊下を歩いていると、私と同じく今日からであろう者達が窓の外を眺めていた。
「この時間から任務に出るのかよ」
「そうみたいだな、夜間隊っていう夜の任務が主な部隊らしい」
「夜だけねえ……、最近はずっと明るいからそこら辺曖昧なんだよな」
「そうだな、そういや先輩に聞いた話では、あの部隊の未帰還率はかなりのもんらしいぞ」
「そんなに敵がつええのか?」
「それもあるが、本物の日が昇るまでの耐久戦なんだとさ」
それは対象の強さによるものなのか、それとも無数に現れるが故か。
実際に相対して見なければ分からないが、心得て置くべきだろう。
宿舎を出ると数人の騎士達が遠目で隊を眺めては、何かを話し合っている様子が見えた。
身に纏う服装からして、彼らも同じく入団したばかりだろう。
夜間隊を横目に見ながら敷地の外へ向かい歩いていると、部隊に混じり並ぶフィーアと視線がぶつかった。
すると彼女は隊を纏めている聖騎士に何かを話し合うと、此方に顔を向けて笑顔で手招きをする。
「……?」
招かれるままに近づいていくと、フィーアと話をしていた聖騎士が前に出てきた。
「部隊に同行したいというのは本当か」
フィーアに視線だけを向けると、片目を閉じて微笑む。
つまりは彼女が取り計らってくれたのだろう。
「ああ」
「そうか――だがこの任務は命を落とす可能性が非常に高い、それでも良いのか?」
「覚悟の上だ」
元より命を落とす覚悟をして旅に出ているのだ、今更この程度で怖気づくことはない。
「……分かった、隊に歓迎しよう」
握手を交わしてから隊列の後ろに並ぶと、フィーアが隣に歩み寄って来る。
「ありがとう、これで早々に力を示すことができる」
「いいのいいの、かわいい後輩の為だから」
どういった気紛なのかは分からないが、場を用意してくれるというのならばそれに乗るしかないだろう。
「そのかわり、私のこと守ってね」
「戦う力ならばあるだろう」
二度の模擬戦を行い彼女の実力は掴めている、余程の相手でなければ容易く殺されるような事は無いように思えるが。
「私は名家に嫁いで優雅な余生を過ごすって目標があるんだから、こんな所で死ねないの」
彼女のしたい事に対してとやかく言うつもりはない、だが彼女の実力からしてもっと別の事を目指しているのだと思っていた。
「意外かな?」
「ああ」
「あはっ、真っすぐ言うじゃん」
少々失礼だったかもしれない、しかし彼女は機嫌の良さそうな笑顔を見せている。
「聖騎士として上の立場を目指しているのだと思っていたが、でなければ危険だと言われるこの部隊には参加しないだろう」
「私はそんな大層な考え方した人間じゃないよ、ここに来たのだって自分の為だし」
どこか自嘲したような表情で空を見上げるフィーア。
「自分の為」
「ここって聖騎士団内でも珍しい志願制の部隊でさ、弱虫が嫌いな私としては好都合だったんだよね」
つまりこの部隊に所属しているのは、危険だと言われている任務に自ら飛び込もうとしている者達だということのようだ。
無論人それぞれに役割があり、参加が出来ない悔しさを噛み締める者達も多いだろうが。
「それに、君に話しかけたのだって単に見た目が気に入ったってだけの理由だし」
「そういうことか」
「がっかりした?」
「いいや、感謝している」
「……なんで?」
意味が分からないとフィーアは首を傾げる。
「力を示すことの出来るこの状況は、私にとっても都合がいい」
魔物が現れず盗賊の少ないこの地では、地道に貢献いていくしかないと考えていた。
だが人目があり、討ち果たすべき相手がいるという状況が訪れた。
これはフィーアと刀を交えていなければ巡り会うことは出来なかっただろう。
「だから、私を選んでくれたフィーアには感謝している」
フィーアは視線を逸らしてから、不機嫌そうに頬を膨らませる。
「――ボコボコにやられた私としては感謝されても複雑《ふくざつ》なんだけど」
「すまない……、あの時は少々追い詰め過ぎた」
攻撃自体は一度も当てていないが、呼吸困難になるまで追い詰めるのは模擬戦ではやりすぎだっただろうか。
「ぷふっ、謝《あやま》られちゃった、冗談だよ」
愉快そうに笑いながら胸を手の平で叩いてくるフィーア。
「そろそろ出発するぞ、そこの二人は気持ちを入れ直しておけ」
「あっ、すいません」
先頭を歩く部隊長に他の聖騎士達が続く、その最後尾を殿として歩き出す。
「……君のせいで怒られたじゃん」
明らかに気分が下がった様子のフィーアが、小声で呟きながら恨みがましそうに見上げて来る。
「そちらも人の事は言えないだろう」
聖騎士団の敷地を離れ街を抜けると、周囲の光量が下がり前方に暗闇が見えてくる。
「もうすぐ闇の領域に入る、決して油断するな」
妖刀の鞘を握り親指を|鍔に当て、フィーアの半歩後ろに下がり部隊全員を視界の中に収める。
「あれ?怖くなっちゃった?」
目を細めながら口元に手を当てるフィーアに視線を合わせてから前へ向き直る。
「この位置ならば必ず守ることが出来る」
他の部隊員たちとの距離関係、そして私自身の速度と武器の射程範囲、全員を守るとすればこの位置が最も適している。
「――うんうん、いい心構えだね」
先頭が光と闇の境界に足を踏み入れた瞬間、妖刀が小さく震え出した。
「何かがいる」
この震えはやはり妖によるものか、しかし以前王国で依頼の場所へ移動する際に見た馬車からも妖刀はその気配をを感じ取っていた。
どちらにせよ普通の魔物ではないだろう。
「了解」
フィーアも腰の剣の柄を握り、表情も真剣な物に変わる。
妖力を僅かに解放していき、魔物と妖のどちらにも対応出来るようにしておく。
周囲の気配を探りながら見渡すと、地面の一部に闇と妖気が集まり始めているのをかんじた。
「相手はいつ来るか分からんぞ!周囲に目を光らせろ!」
だが周りの聖騎士達は未だそれに気付いていないのか、視線を向けている者は一人もいない。
その妖気を覚えながら闇を睨みつけ、同時に周囲の気配を探る。
「フィーア、闇から現れる者の姿を見たことはあるか」
「……なんか黒くていろんな形があって光ってた、あと生臭い」
「ふむ」
瞬間、闇の中から飛び出した鋭利な生物が光の尾を引きながら突撃してきた。
「な、なんだ……!」
妖刀を抜き払いながら下から縦に切り裂くと、真っ二つとなったそれは血を撒らしながら地面に落下し闇に溶けていく。
そして、消失した際に発生した赤と黒の光が妖刀へと吸い込まれていった。
「魚の妖……」
「良くやった新人!」
だがまだ弱い。
聖騎士達が苦しめられているのは、恐らくこれでは無い筈だ。
「っ!」
すると、周囲に妖の気配が急速に集まり始めた。
「来る……!」
闇の中から鋭利な魚が次々と飛び出し始める。
「始まったぞ!防御の姿勢を取れ!」
部隊長の指示により聖騎士達は盾や魔術防壁を使い突撃を防いでいく。
「守ってあげようか?」
「ありがとう、だが不要だ」
一度妖刀を鞘に収め、自由になった両腕を迫りくる魚群に振るい叩き落としていく。
頭部は幾らか硬いようだが、胴体に関しては普通の魚と大差ない。
だが生臭い血が装備に着くのは御免被りたい為、血霧童子の力を行使し身体や装備に付着しないように空中で留める。
「魔力無いのに拳で魔物バラバラにするって何?やっぱり化け物なんじゃないの……?」
「私は人間だ」
しばらく砕き続けていると、突如として魚が飛び出してくる事がなくなった。
「全員怪我は無いか!」
「問題ありません!」
「よし!第二波に備えろ!」
つまり先程の襲撃が第一波という事になる。
「本番はここからというわけか」
「そういうこと、次は数が減るけど一匹が大型になるから気をつけてね」
「分かった」
宙に浮く妖の血液を集め、球体にして頭上に浮かべる。
「なにそれ……」
「私の能力だ」
「魔術使えないんじゃないの?」
地面に先程より大きな闇と妖気が集まる。
「次が来るぞ」
会話を強制的に打ち切り、妖刀に手を添え構える。
闇からさらに大型な魚が鋭い牙と光を放つ大口を開き飛び出した。
「撃て!」
「『スパークスピア』!」
「『フレイムランス』!」
魔術による迎撃を受けた妖は次々に落下していくが、死には至っておらず地面を素早く這いずり回り。
「来るぞ!奴等を近付けさせるな!」
「地を這うものは私が処理をしよう」
「お、おい!」
地面を這いずる速度がそこまで速くないとはいえど、腰程の高さの質量が突進してくるのは脅威だろう。
妖刀を鞘から引き抜き近くに来た一体を蹴飛ばす、そして近くを飛び交う妖の胴体を中程で断ち切り、足を噛みちぎろうとした背中を踏みつけ骨を砕いた。
「なんて力だ……」
周囲を意識しながら着実に数を減らしていき、魔術をかい潜り聖騎士の一人を噛み砕こうと飛来する妖を斬り捨てる。
「怪我は無いか」
「あ、ああ――済まない」
「気にするな」
刀を収めながらその場を離れ、一際大きな妖気が発生した場所へと走り出す。
「妖術『血刀―契り』」
頭上の球体から溢れ出した血液が左手の中に集まり、一振りと赤い刀へと形を変えた。
闇溜まりの前で立ち止まり二刀を構える。
「……」
地面から炎のような赤い光がゆっくりと現れ、揺らめいた。