武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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妬いた猫

「魔物――いや人間?」

 

 剣を抜こうとしたフィーアを手で制し一歩前に出る。

 

「大丈夫だ、あの者は敵ではない」

 

 血霧を消して近づいていくとアキは纏う青い炎を燃え盛らせ、金色に光る瞳で睨(にら)みつけてきた。

 

「我を放置して消え、その女と密会しているとはどういうつもりだ……!」

 

 どうやら置いていかれたことが気に食わなかったらしい、それでここまで腹を立てるとは考えていなかったが、少し認識を改める必要があるかもしれない。

 

「なんか怒ってるけど知り合いなの?」

 

「模擬戦の前に私が肩に乗せていた獣がいたただろう、それだ」

 

「へ?ていうことは使い魔なの……?」

 

「そうだ」

 

 フィーアとの会話を重ねる程に、アキの炎は広がり強まっていく。

 

「そういえば王国の使い魔は稀(まれ)に人の姿になる種もいるって聞いたかも、あの黒毛ちゃんもそうだったんだ……」

 

 人になれる種がいるということは初耳だった、それならば王国で連れ歩く際も獣に戻さず好きにさせていいのかもしれない。

 

「我を無視するなあ!」

 

「大したことではない、そう声を荒げるな」

 

 一時放っていただけで何をそれほどに腹を立てているというのか、彼女はこれほど寂しがるような性格ではなかった筈だが。

 

「大一番の告白を大したことないで片付けられると流石の私も傷つくんだけど」

 

「人間風情(ふぜい)が我の所有物に告白だと……」

 

「あれ?やっぱりそういう感じだったの?」

 

「そういう感じとはなんだ」

 

「人の姿になれる使い魔と契約している人は大抵肉体関係を持ってるって聞いたけど」

 

「な、なっ――誰がこんな人間とっ!こいつは単なる下僕(しもべ)だ!」

 

 燃え盛っていた炎の勢いが突如(とつじょ)として不安定になった。

 恐らく炎の威力(いりょく)は感情に直結しているのだろう、だとすれば戦闘中に心を乱すような言葉はなるべくかけない方が良さそうだ。

 

「下僕でもそういった間柄(あいだがら)でもない、一時(いっとき)の行動を共にしているだけだ」

 

「あ、火が消えた」

 

 自分が先に否定をしたというのに何を落ち込んでいるのだろうか。

 

「あえて言うとすれば背中を預けられる者の一人だ」

 

「火がちょっと付いた」

 

 未だ俯(うつむ)いたままではあるが、感情を持ち直してはくれたようだ。

 

「つまりご主人様が取られそうで妬(や)いちゃってるわけね……」

 

 フィーアはアキに気を使ったのか、二人だけにしか聞こえない程度の声量で呟(つぶや)いた。

 

「だ、誰が嫉妬などするものか!」

 

「あ、聞こえてる」

 

 元が獣の妖というのもあり、五感は当然人よりも優れているだろう。

 

「アルマ君はモテるんだねえ」

 

「その男は各地で女を作るような色狂(いろぐる)いだ、貴様のような人間の手に負える相手ではない」

 

「人聞きの悪い嘘を言うな、お前と行動を共にするようになったのもつい最近の事だろう」

 

「私は第二夫人がいてもいいよ?ちゃんとお金と愛を注(そそ)いでくれるなら、だけどね」

 

 彼女の中で自分が第一夫人になることは既に確定しているようだが、私はまだ誰も娶(めと)るつもりはない。

 

「これ以上の問答は不要だ、宿舎に戻るぞ」

 

「あ!待て貴様!」

 

 飛び掛かってくるアキの頭を抑え、宿舎へと歩き出す。

 

「やっぱり競争率高そうだなー……」

 

―――

 

――

 

「おやすみ、アルマ君また明日、アキちゃんもまたね」

 

「ああ、ゆっくり休むといい」

 

「ふん」

 

 廊下でフィーアと別れ、顔を背(そむ)けて先に部屋の中へ入って行くアキに続く。

 装備を全て外して所定の位置に置き、衣服の紐(ひも)を少し緩める。

 

「生意気な女め……」

 

 アキはまだ機嫌を損(そこ)ねているのか、眉根(まゆね)を潜(ひそ)めて寝台に座り膝を揺らしている。

 生意気な性格は人のことを言えないように感じるが、あえて口に出す必要はないだろう。

 

 収納を開き収められていた服の中から、大きさが近く布地の薄い団服を取り出す。

 

「おい、何処(どこ)へ行く」

 

「汗を流すだけだ、そう不安そうな顔をするな」

 

「だ、誰が不安などと――!」

 

「ならば問題ないだろう」

 

「……っ!」

 

 扉を開き部屋に併設された浴室に入り、部屋の方から聞こえる物音を無視して団服を置き衣服を脱ぐ。

 なぜそこまで私が側にいることを望むのか、恐らくは眠った際に以前の夢を再び見たのだろう。

 

 身体を手早く洗っていると、部屋の方から人が倒れるような音が聞こえてきた。

 お湯を止めて素早く身体中の水気を拭き取り、団服を着込んで部屋に戻ると。

 

「ぐっ……!」

 

 妖刀を握ったままのアキが部屋の中央で倒れ、うめき声をあげていた。

 一先ず手を開かせて妖刀を離しておき、アキの身体を抱き抱える。

 

「主の所へはいずれ行くと言ったはずだが」

 

 寝台に寝かせてから妖刀を拾い上げ壁に掛け直し、反対側にある寝台の端に座る。

 

「……」

 

 妖刀に触れた事でアキは暫(しばら)く動くことが出来なくなった、敢(あ)えてそのような行動をとった理由は分からないが、恐らく何か伝えたい事があったのだろう。

 

「食事を持ってくる、少し待っていてくれ」

 

 補給所に向かい軽食をいくつか購入して戻ると、横になった状態ではあったが壁の方を向く体勢が変わっていた。

 

 この様子からして動けるようにはなったのだろう。

 

「腹は空いているか?」

 

 部屋に備え付けられている机に食品を並べていく。

 

「我等に高頻度の食事は不要だ、貴様も妖の端(はし)くれならいい加減理解しろ」

 

「私は人間だと言っているだろう」

 

 机に置いた包みの一つを手に取り開封すると、アキの身体が壁側からこちらの方に向き直った。

 先程言った通り腹が空いている訳では無いことは、取り出した食品に彼女の視線が向かない所から分かる。

 

「……」

 

 アキは私の顔をただ無言で見つめてくるだけであり、こちらが視線を返そうと逸らそうとはしない。

 

 こちらとしては何が減るという事も無いため別に構いはしないのだが、彼女にとってこの行動になにか得があるのだろうか。

 食事が終わるまでの間も、アキは無言のままただこちらを見つめ続けていた。

 

 空(から)になった包み紙を集め丸めて潰し、部屋にある塵(ごみ)箱に捨てておく。

 味に関しては特に言う事も無い普通の軽食であったが、腹を満たすための食事としては及第点(きゅうだいてん)だと言える。

 

 食事によってやや渇(かわ)いた口内を水で潤(うるお)していると、横になったままだったアキが身体を起こした。

 

「身体に異常はないか?」

 

「……問題ない」

 

 触れた物の魔力や生命力を喰らう妖刀に何故また触れたのか、その理由は後程問わせてもらうとしよう。

 

 今はそれよりも、初代当主の書に記されていなかったあの妖について知りたい。

 

「アキ」

 

「なんだ」

 

「光を宿す魚の妖に聞き覚えはあるか?」

 

 アキであればあの妖についてなにか知っているかもしれない、問う価値は間違いなくあるだろう。

 

「……それだけで分かるか、他の特徴を言え」

 

 どこか呆れたような表情を見せながらも、真剣な表情を見せるアキ。

 

 遭遇した際の状況を思い出しながら、奴らの特徴を伝えていく。

 

「闇から現れる三種の妖。身体に光を宿し、大型のモノは幻を操るか……」

 

 思考を纏(まと)めるように瞑目(めいもく)したアキが、ゆっくりと瞼を開き金の瞳を覗かせる。

 

「『暗燈魚(あんどんぎょ)』という名を聞いた覚えがある。朧気(おぼろげ)な光を宿し、闇夜に現れ人を喰らう妖だ」

 

「――人を喰らう、その妖がこの国全体に根差しているという事か」

 

 だとすれば早いところ手を打たなければならないが、あの物量を根絶するには相応の時間がかかるだろう。

 

「全てを斬り捨てるのは現実的では無いな、なにか策を練らなければ……」

 

 あの物量ですら全体のほんの僅かでしかないとすれば、毎夜(まいよ)斬り捨て続けたとしてもどれだけかかることか。

 奴等を誘き寄せる事自体は容易いが、広範囲で一度に消し去る事が出来る手段を用意しなければならないだろう。

 

「おい、近くに来い」

 

「なぜだ?」

 

「口答えするな、早くしろ」

 

 なにか策があるのかもしれないと考え、彼女の隣に腰を下ろす。

 

「動くなよ」

 

 何を思ったのかアキは私の頭を掴み首筋に顔を寄せると、鼻先を当て匂いを嗅(か)ぎ始めた。

 

「何をしている」

 

「……」

 

 何かしらの考えがあって行為(こうい)に及(およ)んでいるのだろうが、この体勢は少々こそばゆくなってしまう。

 

「……貴様についたこの微(かす)かな妖気」

 

 やや声量を落としゆっくりと語り始める。

 

「これは中妖(ちゅうよう)程度のモノだ、条件が揃えば小さな街は落とせるだろうが、国を支配する程の力はない」

 

 確かに鬼や天狗のように重くのしかかる程の妖気は感じ取れなかった。

 匂いだけでそれ程の情報を得ることが出来るとは、所謂(いわゆる)野生の勘という物だろうか、いずれにしても素晴らしい能力だ。

 

「貴様が無駄に助けたあの河童(かっぱ)共、アレも中妖の部類だ」

 

 同じ中妖でありながらも、河童の妖気は暗燈魚よりも明らかに劣(おと)っていた。

 中妖の中でも格というモノが恐らくあるのだろう。

 

「中妖では国を落とせない――では鬼や大天狗などの妖ならばどうだ?」

 

「そいつらのような大妖(たいよう)ならば、国一つ追い詰める事は容易いだろう。中妖とは全てが隔絶(かくぜつ)された存在だ」

 

 どれだけ斬ろうとも死なず、血霧を操り増殖や巨大化を成(な)す『血霧童子(ちぎりどうじ)』。

 天狗の軍団を率(ひき)い、天変地異を起こす程の神通力を操る『大天狗天津(あまつ)』。

 

 そしてアキを含めた無数の猫妖を率いる総大将、『猫魈(ねこしょう)』。

 

「大妖か、確かに集合体となった赤鎧でさえも、鬼や大天狗に届くほどではなかった」

 

「精々中妖の上澄(うわず)みといったところだろう、霊魂(れいこん)共が集まり膨(ふく)れ上がろうともたかが知れている」

 

 あの妖であれば巨大な損失を与えることは出来るだろうが、それでも国を滅ぼすには及(およ)ばないか。

 

「つまり、『暗燈魚』の背後には大妖がいるということか?」

 

「普通に考えるならばな」

 

 明日以降の方針は固まった。

 妖狩りの任務へ積極的に参加し暗燈魚を斬り続け数を減らし、その背後に控えている者を引きずり出す。

 

 仮に現れなかったとしても国の脅威(きょうい)を排除し続ける事で、大聖女に謁見(えっけん)出来るだけの評価を得られるかもしれない。

 

「聞きたいことは聞けた、ありがとう」

 

 寝台から立ち上がろうとすると、アキが首に腕を回し身体を寄せてきた。

 

「あの女には好きにさせていたのだから、我にもさせろ」

 

 好きにさせていたつもりはなかったが、外から見ればそう捉(とら)えられてしまうのも仕方ないか。

 

「おい、横になれ」

 

「なぜだ?」

 

「早くしろ」

 

 その後も力ずくで押し倒そうとして顔の赤くなったアキを眺めていると、眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せ睨(にら)みつけてきた。

 

「仕方のないやつだ」

 

 身体の力を抜き押されるまま仰向(あおむ)けになると、力の行き場を失い体勢を崩したアキが胸の中に倒れ込んできた。

 

「急に倒れるな……!」

 

 胸板にぶつけた影響なのか、アキの額は赤く染まっている。

 

「横になれと言ったのはお前だろう」

 

「この、下僕のくせに生意気な……!」

 

 アキは胸に拳を振り降ろしてくるが、児戯(じぎ)に等しいその一撃では皮膚(ひふ)を赤く染(そ)めることすら叶わない。

 やがて諦めたのか腕を下ろすと、今度は身体に密着し顔を擦(こす)り付け始めた。

 

「んむ……」

 

 よほどかつての主が恋しいのだろう。

 彼女の気持ちは理解できる、かつて母を失った私自身がそうだったのだから。

 流石にこのような真似をする事はなかったが。

 

 髪を撫でてやると動きを留めて僅かに身体を震わせる、しかし止めようとはしないのは続けても良いからなのだろう。

 

「また怖い夢を見たのか?」

 

「……妖になる前の記憶だ、貴様に会ってから何度も見るようになった」

 

 村の襲撃に乗じてその住人に襲われ、そしてアキを庇(かば)った際に喉を貫かれ殺された。

 その後は妖となり暴れていた所に『猫魈』と出会い、彼女の支配下となった。

 

「人間の男は嫌いだ、欲に塗(まみ)れ全てを奪い取ろうとする」

 

「そうだな」

 

 同じ人間である私も、彼女がそう思ってしまう事は理解できる。

 故郷を出て旅をしてきた最中(さなか)、下卑(げび)た人間達の数は少なくなかった。

 そして今もなお王国中に蔓延(はびこ)り、多くの者達を貶(おとし)めようとしている。

 

「――貴様は他の男達とは違う。欲も見せず、高潔(こうけつ)であろうとする」

 

 普段の態度からはとても考えられないが、彼女からは思っていたよりも高い評価を受けていたらしい。

 だが私も男に属する者であり、欲というものが存在しないわけではない。

 安易(あんい)に話すべきではないと考えていたからこそ、口には出していなかっただけだ。

 

「私もそこまで優れた存在ではない、他の男と同様に欲はある」

 

 アキは身体を起こし腹に跨(またが)り見下ろすと、私の顔のすぐ横に手を落としてどこか機嫌が良さそうな笑みを見せる。

 

「なんだ、言ってみろ」

 

 頰を撫でられ、続く言葉を促(うなが)される。

 

「私は強くなりたい」

 

 今のままでは足りない。

 鬼や大天狗を斬ったとて、今の実力では彼等を連れてきた者に恐らく届かないだろう。

 

「……、今のままでは不満か」

 

 どうしてか機嫌を損ねた様子のアキが、再び身体全体で圧(の)し掛(か)かってくる。

 

「私はまだ半人前だ、頂には程遠い」

 

 妖刀も鬼の力も借り受けている物であり、真に私の実力ではない。

 大妖に並ぶ位ではでは足りない、上回らなければ意味はないのだ。

 

「精々(せいぜい)己(おのれ)を失わない事だな、強さを求めた者が人から外れるのはよくある話だ」

 

「心配をしてくれているのか?」

 

「ふん、誰が貴様の心配などするか」

 

 アキはこの体勢のまま眠るつもりなのか、端に退けられた布団を掴むと、それを頭から被り隠れてしまった。

 

「……」

 

 どかして自分の寝台に戻るのも哀れな為、このまま眠りに付くことに決め瞼(まぶた)を閉じた。

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