武士の子孫、異世界を制す   作:fumiy

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旅立ちの朝

 

 

 まだ日の登り切っていない早朝、旅支度を済ませてから村の外れにある墓地へ向かう。

 

「……」

 

 緑の墓石の前で両手を合わせ、亡き母へ祈りを送る。

 

 身体は弱く無かったそうだが、ある日を(さかい)に体調を崩す事が多くなったのだと聞いている。

 

 当然医師を呼んで()させたが、原因は分からず経過(けいか)を見て対応するとなったそうだ。

 

 その翌日、母上は布団の中で息を引き取った。

 

 ある日、次兄のジリアンが私に言った。

 

『母が死んだのはお前のせいだ』と、『お前を産んだせいで母は身体を壊した』のだと。

 

 幼い(ゆえ)に出た言葉なのだと今では理解している、だが私もそれが原因なのだろう考えている。

 

 周囲に母が体調を崩した日の事を聞いて周り分かった事は一つ、それは私を身籠った日であろうという事だ。

 それを確証付ける何があるわけでは無い、ただそれを否定するような材料も無かった。

 

 分かる事は、私は他の者達とは違う何かがあると言うことだ。

 

 普通の人間よりも圧倒的に身体が強く、そして魔力が無かった。

 

「行って参ります」

 

 墓場を後にして屋敷に戻ると、アルスが部屋の前で控えていた。

 

「アルマ様、馬車が用意できました」

 

「そうか」

 

 部屋に入り荷物を背負ってからアルスの後に続くと、馬車を背にして立つ長兄のガイウスが見えた。

 

「兄上、どうしてここに」

 

「父上に話を聞いた」

 

「!」

 

「成すべきことを成して来い」

 

 態々(わざわざ)激励(げきれい)をする為だけにここに来てくれたのだろう。

 

 兄上はあまり表情が変わらない為、知らない者からよく誤解をされやすいが、その(じつ)とても優しい人だ。

 規律(きりつ)調和(ちょうわ)(おも)んじる性格は平穏を望んでいるからこそであり、だからこそ他人や己にも厳しい。

 

「必ず成し遂げてみせます……!」

 

「ではな」

 

「はい、行って参ります!」

 

 屋敷の方へ帰って行く兄上の背に頭を下げ、別れの挨拶をする。

 

 荷物を席に積み、二振りの刀を外して立て掛け、弓を置く。

 

「アニスはまだ寝ているのか?」

 

 辺りを見回すが(かげ)も形もない、こんな時にさえ寝坊するというのもまた彼女らしくはあるが。

 

「いえ、起きているはずですが……」

 

 アルスも行方は分からないようだ、挨拶を出来ないのは寂しくあるが仕方がない。

 

「少しの間ここを離れる、留守(るす)は任せたぞ」

 

「かしこまりました、ですがその前に」

 

 アルスは一瞬の躊躇(ためら)いの後、(ふところ)から小さな木箱を取り出した。

 

「それは?」

 

「はい、その……」

 

 こういったアルスは珍しい、いつもは思った事を真顔で言うような性格なのだが。

 

「良ければこれを、旅のお(とも)に持って行っては頂けませんか?」

 

 木箱が開かれるとそこには、銀に輝く指輪が収められていた。

 

「美しいな」

 

「旅の最中(さなか)にアルマ様の事を護って頂けるよう祈りを込めました、……もし迷惑でなければですが」

 

 不安そうな表情を浮かべるアルスだが、その思いを無碍(むげ)になどしない。

 

「ありがたく受け取らせてもらおう、……どうした?」

 

 指輪を取ろうと手を伸ばした所で、箱を引っ込められてしまう。

 

「私が、私が着けさせていただきます……!」

 

「そうか……」

 

 アルスは緊張の面持ちで左手を取ると、その指輪を人差し指に嵌めてくれた。

 

「良く大きさが分かったな」

 

「使用人として当然の事です」

 

 使用人とは指の太さまで知らなければと務まらないのだろうか。

 

「出来ればなにかを返せたら良かったのだが……」

 

 生憎と旅に必要な物しか持ち合わせていない。

 

「いえそんな、ご無事で帰って来ていただけることが一番のお返しでございます」

 

「そうか……」

 

 帰ってくるだけで良いとアルスは言ってくれているが、本当に何も返さないのは信条(しんじょう)に反する、旅先で何かいい物があればそれを持ち帰ってくることにしよう。

 

「では、行ってくる」

 

「はい、お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 

 馬車に乗り込むとアルスが扉を閉める、そして馬車がゆっくりと走り出していく。

 

「待たせて済まない」

 

 どれほど待っていたかは分からないが謝罪をしておく。

 

「いいえ、滅相(めっそう)もございません」

 

 壮年の男性の低めの声が返ってくる。

 

「あれは……」

 

 最後に故郷(こきょう)(なが)めようと窓の外を(のぞ)くと光の塊がこちらに迫って来ているのが見える、速度はそれほどでもなく危険性は特に感じない。

 

「待ってくださあああああああい!」

 

 アニスが魔光灯(まこうとう)を片手に走って来ていた。

 

「……御者(ぎょしゃ)よ」

 

「ええ、いくらでも待ちましょう」

 

「済まないな」

 

 申し訳なく思いながら、停止した馬車から降りる。

 

「アルマさまああああ……きゃあっ!わぷっ!」

 

 勢いが余って止まれなかったのか、足を(もつ)れさせながら胸に飛び込んできたアニスを受け止め、宙に手放された魔光灯と何かの包みを掴む。

 

「大丈夫か」

 

「あっ、あっ……」

 

 大丈夫そうではあるのだがどうしてか、どうしてかアニスは胸に顔を埋めたまま動かない。

 

「……」

 

 一時的であれ人との別れは寂しくなるのかもしれない、とはいえ人を待たせているのだからそろそろ離れて欲しい所だが。

 

「アニス?」

 

「あ!ごめんなさいごめんなさい!」

 

 追いついたアルスに引き離されていくアニス、その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「まったく、貴女一体どこ行ってたのよ…」

 

「ごめんって!これ作るのに手間取っちゃって……、てっ、アレ?無い!」

 

 焦って何かを探しているアニスだが、アレというのはもしや先程放り投げていた物のことだろうか。

 

「これのことか?」

 

「それです!ありがとうございます!」

 

 アニスは包みを受け取ると大事そうに抱え込む。

 

「それほどに大事なものなら、次からは落とさぬようにな」

 

「はい、すみません……」

 

 結局なにかよく分からないままだったが、暗く別れるよりは良いのかもしれない。

 

「……ちょっとアニス」

 

「?」

 

 距離を取っていたアルスが、アニスを手で(まね)き何やら耳打ちをしている。

 

「あー!そうだった!」

 

「まったく……」

 

 アルスは溜め息を吐いたかと思えば、アルスの背を押しこちらに近づける。

 

「これ!受け取ってください!」

 

 戻ってきたアルスに渡した包みを手渡される。

 

「これは」

 

「握り飯です!頑張って作りました!」

 

 握り飯は初代当主が好んで食していた物だ、彼の故郷の物に近い食材を使い再現された物であり、彼に憧れた私も幼い頃から食べているといつの間にか好物になっていた。

 

 つまりはこれを作っていた為に遅れてしまったということらしい。

 

「ありがとう、道中で食べさせてもらう」

 

「はい!」

 

 満面の笑みを浮かべるアニスだが、その眼にはうっすらと涙が見える。

 

「アルマ様はこれから使命を果たしに行くんですよね」

 

「ああ」

 

「アルマ様のお力になれないことは悔しいですけど、私達信じて待ってますから!」

 

 彼女達に妖刀の事については話していない、ただその場に居た門下生達から(うわさ)()れ、事の大きさだけは伝わっているのだろう。

 

 屋敷に仕えているだけあり彼女達も魔術や刀を扱う事は出来る、だがこの旅に連れて行くことは出来ない。

 

「私達二人、旅の御武運(ごぶうん)をお祈りしております」

 

 アルスがアニスの隣に並ぶ。

 

「ああ、行ってくる」

 

「「行ってらっしゃいませ」!」

 

 二人に見送られながら馬車に乗り込む。

 

「待たせたな、出してくれ」

 

 ゆっくりと動き出していた馬車に揺られながら旅立つ村に別れを告げる。

 

 恐らく長い旅になるだろう、だが決して折れはしないと心に誓った。

 

 ――。

 ――。

 

「行っちゃったね」

 

「そうね」

 

 旅立つ主を見送る二人の従者。

 

「寂しくなるね」

 

「そうね」

 

 詳細は分からないが、あの方が今どのような立場にあるかは理解しているつもりだ。

 

「大丈夫だよね?」

 

「あの方ならばきっと」

 

 いつかはこのような日が来るのではないかと考え、仕える主から直接刀の師事を受けながらも自らを鍛えていた。

 けれど彼の背は未だ遠く、この旅について行こうとも足手まといになることは明らかだった。

 

「帰るわよ」

 

「うん」

 

 どちらからともなく手を握り合い、使えるべき主の居ない屋敷への帰路に着く二人。

 

 どこか切ないその背中を、昇る朝日が照らし見守っていた。

 




ガイウス=リュウガンジ
22歳 男
身長186㎝
リュウガンジ家の長男であり次期当主
いつも無表情であり門下生からも恐れられているが、その容姿から村の女性達からはの人気が高い
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