序.
マンションの一室。
ヒイロは目を覚ました。
ここは自分が契約した、部屋の中の個室だ。
眠るという行為をしたことがなかった彼女にとって、寝起きという感覚に、疑問符を浮かべる。
自分はなぜそんな状態になったのか?
記憶はすぐに蘇ってきた。
「そうだ、自分は殺人鬼と戦って負けたんだ」
ヒイロは殺人鬼に刀で切られた肌を見るため起き上がり、綺麗なTシャツの襟を攫んで、その中を覗き込む。
傷はなかった。
自然治癒したのだろうか?
だとしたら自分は果たしてどれくらい寝ていたのだろう?
ヒイロはかけられた布団を剥いで、寝ていたベッドから出る。
今は昼のようで、カーテンの向こう側は光に覆われていた。
そしてその自室のドアを開ける。
出ればそこはリビングに繋がっている。
ヒイロは部屋を出てすぐ横を向いて、リビングを確認した。
ヒイロの想像では、もう1人の同居人がいるはず。
見てみれば、片腕のない少年カグヤがテーブルの上に投影デバイスを置き、その画面に向かって真剣な眼差しを向けていた。
「…カグヤ」
ヒイロがそう、小さく彼の名を呼ぶとカグヤはパッと画面から彼女へ首だけ向ける。
「ヒイロ、目が覚めたか」
「うん。何日寝てた?」
「2日だ」
「…そう。ねぇ…あの後、どう、なったの?」
聞きづらそうに尋ねるヒイロ。
あの後とは勿論、自分が切り伏せられた後のことだ。
ヒイロは、今思えば自分が暴走して、戦う必要のない殺人鬼に向かっていったことを反省した。
だからか声が後半になるにつれて、少しずつ小さくなる。
カグヤは左手で頭を掻くと、答えた。
「殺人鬼…あの刑事は今も元気にやってるよ」
「…まだ連絡はとってるの?」
殺人鬼の名前が出されてヒイロの目が鋭くなる。
あの刀で負けたという事実が、やはり受け入れ難かった。
「いいや、連絡先はこっちから切った。
俺の能力が色々出来るのはバレちゃったしな。
騒がれても面倒だ」
「…そっか」
ヒイロは目を伏せる。
確かにカグヤの存在が地球側、そして回り回って<機構>にバレるのはまずい。
特に<機構>本部に、敵を見逃していたことを知られれば、ヒイロの殺人係としての忠誠心も問われることになる。
「ともかくだ。
お前もまたノコノコ会いに行くなよ」
そう言ったところで、デバイスに着信音が流れる。
カグヤはそれを見て、舌打ちをした。
ヒイロは首を傾げる。
「あの老人が話があるから、あと一時間後にここに来るみたいだ」
カグヤは苦虫を噛んだような顔をして、「まったくどこから見てるのやら」と吐き捨てる。
老人とは、スカイツリーに現れた空間転移能力を持つ老人のことだろう。
あの殺人鬼と関係があるような口ぶりだったな、ヒイロは思い出す。
「…あ、じゃあ、おじいちゃんに能力者のこともあの刀のことも聞けるね」
「それは言えないらしい」
「え、なんで?」
「知らん。なんかの約束とか、言ってたけど」
「…でも、他に手がかりがないよ。
どうやって…」
ヒイロが言い終わる前に、カグヤは机の上のデバイスを動かしてヒイロに見せる。
そこにはメールアプリが開かれており、いくつもの知らない連絡先からのメールが来てる。
「今、東京の犯罪組織と連絡を取り合ってる。
あの能力者の情報が欲しくてな。
腕のいい情報師を探す」
「身元集積サイトにハッキングでもするの?」
サイトはムラクモ他が国と共同で運営しているものだ。
「まさか。
そもそもアイツの名前すらわからないからな、どうにもならない。
それに、身柄は警察持ちだ。
あの怪我なら今は病院か。
俺の分身を使って、連れてくるとして奴が口を割るかは半々だ
だから保険をかけたい」
拷問はやりたくないしな、とカグヤは呟く。
ヒイロにもそこまで言われたら、カグヤのやりたいことが分かった。
「情報師には、体内デバイスの過去ログを漁ってもらうってこと、ね」
要は、そのログ、登録情報から男の出身地から身分を明らかにするというものだ。
警察がムラクモに話せば開示出来る情報ではあるが、警察にはもう会えないし、カグヤたちは違法に頼るしかない。
「ああ。
ただ、個別体内デバイスは生体認証で、強力なセキュリティソフトをムラクモ社、他電脳企業が懸けてる。
それを突破させるには、前に捕まえた情報師と同等の存在を探す必要がある」
「そこで、犯罪集団から情報師を見つけると」
「今度、会う予定が組めた。
そこで一気に上の人間とコンタクトを取る」
果たしてムラクモのセキュリティに対抗してくれるもの好きがいるかは別として、そう言った腕の立つ変な情報師たちは犯罪行為で食べているのは確かだ。
カグヤは能力を使って、従わせることにした。
あの男のように。
「あの老人の言葉を借りて、陰陽師ってことにするよ。
術で何とかしてますってな。
この国の人間は、見えないモノをそうであると受け入れる節がある。
そこを利用する」
ヒイロは胡乱な目をカグヤに向ける。
「なんか危ないことしようとしてるな」なんて思った。
一応釘を刺してみる。
「ふぅん。
まぁ、気持ち悪い殺しとかしなきゃいいよ」
そう不意に言われて、カグヤは目を丸めた。
その言葉は自分が昔、負けた時にヒイロに言われた言葉と奇しくも同じだったからだ。
ヒイロは誤解してるみたいだが、別にカグヤに加虐の質は持ち合わせていない。
虐殺行為は確かに道徳には反するが、まじないを探るためにやっていただけだ。
あの時はヒイロの兄に追いつくことしか見えていなかったが故の暴走だった。
流石に一度負け、片腕を失った今、もうやろうなんて思わない。
それにまじないはいくつか修得できたから。
後は宇宙人自体の秘密と自分のルーツを探るだけだ。
「わかってる」
カグヤは、返信のメールを打ち込みながら呟いた。
*
「やぁ、どうも」
カグヤの言った通り、あの陰陽師と名乗った老人は現れた。
今度は玄関から律儀に訪ねてきたのだ。
カグヤは不愛想気味にリビングへ案内する。
「座れよ、茶くらいは出してやる」
老人を椅子に座らすと、カグヤはすぐそこの台所へ向かう。
ヒイロは対面に座ってみた。
老人の顔を覗き込むように少し身を乗り出して尋ねる。
「おじいちゃんが、助けてくれたんだよね」
「間接的にはそうなるな」
「…ねぇ、おじいちゃんの剣術って、アレ、なに?」
ヒイロは早速本題を訊く。
カグヤからは説明を断られたと言われたが、それでも訊かずにはいられなかった。
老人は一度目を閉じると、静かに口を開く。
「ナギが前に説明したとおりだ。
私が作った超常現象と組み合わせて放つ武術だ。
ああ、君たちは【まじない】と呼んでいたな」
「うん。
でもあれは、言葉が生まれた時からわかってるものだよ、私たちの場合はね。
それをどうやって知ったの?」
宇宙人たちは、赤ん坊の姿では生まれない。
突如としてどこかの惑星、あるいは宇宙空間に発生する。
初めから成体として生まれ、まっさらな疑似脳には【まじない】の言葉だけが記憶されている。
まさかあの刀が、いや、体組織が喋るわけではないし。
「それはまだ言えないな」
やっぱりここからは話してくれないか、とヒイロは内心悩む。
「まだ、ね。
いつかは教えてくれるってこと?」
「ああ。
だけど、今回私が来たのはこうやって思わせぶりな言葉を残すためではないんだ。
ナギの使った剣術、君も修めてみないか?」
そう老人に言われてヒイロは目を丸くした。
剣術、確かに対人ではナギの方が強かった。
純粋な技術においてはヒイロはあの男を認めている。
しかし能力を使えば戦略兵器級ヒイロには、今更それを修める理由は見つからない。
「待て。俺が居ない間に唆すな」
そこでカグヤが人数分の飲み物を持って戻って来た。
能力でそれぞれの眼前にコップを配置すると、カグヤはヒイロの隣に少し乱暴に座る。
老人はそれを見て、温かい眼を彼に向ける。
それがカグヤをまたイラつかせた。
「…なんだよ」
「いや、随分彼女のことを気にかけてると思ってね」
「別に浮ついたあれじゃねぇ。
飼い主が変な方向に行ってほしくないだけだ」
「…面倒な奴を拾ったものだな、ヒイロ君」
老人はそう言ってヒイロに話を降るが、ヒイロは不思議そうに首を傾げた。
カグヤは指で机を叩くと口を開いた。
「…それで、さっきの話、ヒイロはどうする?」
「あれ、カグヤも知ってたんだ」
「ああ、お前が寝てる間にな。
…俺は個人的に反対だ。
こいつは話聞く感じ、300年前から生きてる。
この星の人間はそこまで生きられない。
その時点で怪しい。
それに、その剣術を教える見返りは、こいつの恨み晴らしだ。
関わってもロクなもんじゃない」
ヒイロはそれに、考え込むように眼下のコップを見つめる。
「私は君が、この星を容易に破壊できることは知っている。
だから対人戦でのみ有用な剣術は、君はいらないのかもしれない。
だが、この星を手に入れるという条件下においてはどうだろう?
強敵が出てきたとして、そんな極論は出来ないはずだ。
なんでも壊せば終わりってのは浅い考えだということ、君にもわかるはずだ」
誘いこむような言葉をここぞとばかりに放つ老人を、カグヤは睨みつける。
「(てかこいつ、マジでこっちの事情、ほぼ知ってやがるな)」
カグヤは、この老人の警戒度を上げる。
やはり前にも思ったように、地球の裏側には元<機構>の異星人か宇宙人、
もしくは現<機構>に裏切り者がいるということだろうか。
それがどこの位の人間かはわからないが、まぁ、それなりに権力のある存在だろう。
しかし、元<機構>で長年働いていたカグヤでも、上役の存在、その実態はわからない。
そこでカグヤは思い出した。
この前契約していた組織、そこに寝返った<機構>の人間が言っていたことを。
『そういえば、あの裏切り者は銀河戦争で行方不明の能力者があるって言ってたな。
ってことはあれから地球に流れ着いたとか…?』
カグヤの脳裏に、消えていった戦友たちの顔が呼び起こされる。
確か今の殺人係の序列三位と六位は、空席のはずだ。
序列第三位 【時間の宇宙人】
序列第六位 【闇の宇宙人】
そいつらのどちらか、あるいは番号無しの能力者か。
まぁ、可能性が高いのは【時間の宇宙人】だろうなと思うと同時に、彼の死に方からしてあり得るのかとも思う。
カグヤが少し物思いにふけっていると、ヒイロが口を開いた。
「いいよ、その話を受ける」
「…!ヒイロ、お前」
「カグヤは黙ってて。
ご褒美、あげないよ」
カグヤは微妙な顔で、口を閉じる。
老人の表情は変わらず、平坦に話す。
「…ありがとう。
だがいいのか?君には契約としてナギを殺してもらうが」
「私は組織の殺し屋の前に、宇宙人ヒイロだ。
だから同胞を好き勝手にされるのは許したくない。
それが亡骸でも。
ただ、私もあなたが話していない、その先の思惑通りにするかはわかんないよ」
ヒイロがまっすぐ老人を見て言う。
それには彼が今度は目を丸くする番だった。
しかし老人は、すぐに調子を取り戻すと押し殺すように笑う。
「そうだな。
言ってないことは契約には含まない。
そこまでは未来になってから判断してもらうとしよう」
そう老人は言うが、それでも、自分の思い通りになるという確信めいた口ぶりだ。
やはり未来を知っているのだろう。
「では、2日後にここを発とう」
老人はそう言って、席を立ち上がる。
「場所は?」
「京都だ。
…また迎えに来る。
では失礼する、お見送りは必要ないよ」
京都…。
それが元々ナギたちが過ごした修行場があるところなのだろう。
老人は手をヒラヒラと振った後、空間の歪みに消えていった。
残された2人。
カグヤはすぐにヒイロに詰め寄った。
「お前<機構>の任務はどうするんだよ?
カケルにはなんて言うんだ」
「仕事はちゃんとするよ。カグヤが」
「は?」
「カケルには、カグヤのこと話す。
わかっていると思うけど、地球には裏になにか大きなものがあると思う。
私も制限された状況下でも、ああいった輩相手に戦えるようにしないとね」
「待て待て。
俺を生かしてること、バレたらお前ヤバいんじゃないのか?」
「大丈夫。
序列では私の方が上だよ。
つまり上司なんだ。
現地協力者ということにして納得させる」
確かに今地球にいる<機構>の中では、権限はヒイロが一番だ。
そのヒイロが言うのだから、カケルも表向きは従うしかないはずだ。
<機構>の上役たちとコンタクトがとれるのは、現時点でヒイロとカケルだけだ。
後は密告されないようにだけすればいいのだが…。
「じゃあ、とりあえずカケルに電話かけるよ。
会う場所は、渋谷のあそこでいいか」
そう言うがいなや、ヒイロはすぐさま携帯電話を取ってきてカケルに繋いだ。
そんな軽い調子で大丈夫なのかと思わなくはない。
数回のコール音の後、カケルが電話に出る。
『ヒイロ、ここ数日どこにいた?』
「ああ、友達の仇を討った後に疲れて眠ってたんだ。
大分苦戦してさ、今起きたとこ」
『お前が…?
まぁいい。
それより一日前にアイツから連絡があった』
カケルの言うアイツとは、殺人係たちの司令だ。
いつもクマを目元に作った不健康そうな男。
カグヤは声だけ聞いたことがある。
「なんて言ってたの?」
『地球侵略の話だ。
前の裏切りの件から、再び地球に、いや今回は日本に調査員を送り直すという話になったそうだ。
そこで…』
「調査員の監視と護衛が命令ってわけね」
『そうだ。
ただこの国は、少し今までの星の連中と違うのはわかってるだろ?
ミコトを造ったバイオ企業を俺も調べている』
ミコト。
数か月前の事件で、敵対組織の異星人たちが狙っていた少女。
確か【光の宇宙人】の人格と能力を内包していると報告があった。
カケルの力のオリジナルだ。
「何か分かった?
…ああ、いややっぱ今はやめとこう。
カケル、今から渋谷のアジト集合で」
『いきなりなんだ?』
「会わせたい人間がいるんだ。
現地協力者ってやつ?」
『お前、地球人を巻き込んだのか?
あれだけ現地生命体に正体を知られるなと言ったはずだ』
「大丈夫。
異星人だから。
たまたまここに観光?に来てたやつを捕まえたんだ。
とにかく、2時間後にあそこ集合で」
通信の向こうでカケルはまだ何か言っているようだったが、ヒイロはそう言って一方的に電話を切った。
「…本当に大丈夫なのか?」
カグヤが微妙な顔で尋ねてくる。
「うん。
いきなり殺されるとかはないって」
ヒイロはニコッと笑って、そう告げた。
*
先に着いたのはヒイロたちだった。
渋谷の駅近にそびえる商業ビル。
その中にある<機構>の息のかかった喫茶店。
ここは以前、ミコトも招いたところだった。
この店のスタッフは、皆<機構>側の人間で、中には兵士を引退した者もいる。
だからか、カグヤの姿を見てギョッとした表情の者もいた。
ヒイロたちは用意された奥の席に座る。
ここはやはりすぐ横の大きな窓から、街並みが見えていい。
しかも、意図的に他の客とは位置を離してもらってるので、会話内容は聞かれないだろう。
もっとも、聞かれても子供がアニメの話でもしてるとでも思うだろうが。
日中ということで、都市部目玉のネオンや立体広告は息を潜めているが、
巨大な立体道路を高速で走る自動車たちも、地表を歩く虫みたいな地球人たちの様子も、街に響く音声広告も。
賑やかで、壮大な一つの建築物のようで、ヒイロは好きだった。
翻って店内は、ちらほら落ち着いた雰囲気の一般の客がいる。
カグヤが店内に目を向けながら言った。
「カケルは?」
「もう少しで来るって」
「そうか。
…なんか知った顔ぶれがいたな」
「ああ、店員のこと?
気にしなくていいよ。
あとで私が説明しとくから」
ヒイロはそれに、カグヤを見ずに答える。
高層ビルが森のように乱立し、空はよく見えない。
ただ、天井から降り注ぐ日の明かりだけが、いやに幻想的に映った。
カグヤは手持ちの携帯電話を取り出すと、店のサイトにアクセスして、注文をする。
別に好きな飲み物があるわけじゃないし、アイスコーヒーを注文する。
「ヒイロは何飲む?」
「メロンソーダ」
即答だった。
好きなのか?
注文を終えると、カグヤは電話をしまう。
そこからは少し互いにしゃべることはなかったが、ヒイロが独り言のように呟く。
「…<機構>は、なんでこの星が欲しいんだろう」
「え?」
「こうした文明の星はいくつか見てきた。
けど、なんだろうね。
この星、この国で過ごしすぎたのかな。
安心する」
「…」
赤と緑の双眸で街を見つめるヒイロの顔は、まるで故郷を懐かしむような顔をしていた。
「何が言いたい?」
「わかんない。
けどなんか惹きつけられる。
カグヤは、どう?」
そう言われて、カグヤは黙るしかなかった。
カグヤはこの星にそこまで興味がなかったから。
カグヤの人生の優先事項は、ヒイロの兄を見つけることだ。
見つけて、勝手に消えたことを叱って、今度こそカグヤという存在を認めさせる。
故に、アイツの居ないこの星は仮宿でしかなかった。
ヒイロがこの星を気に入っていることが少し、意外だった。
それも彼女の言う様に長く滞在し、ミコトだったり他の友達だったりと会って来た変化なのだろう。
カグヤには、ヒイロは機械のように人殺しを淡々とする印象しかなかった。
ナギとの一件で、自分のあり方にも悩んでいるとわかったときは、密かに衝撃的でもあった。
宇宙人は皆、浮世離れした連中としか思っていなかったカグヤは、「これじゃあ、アイツとも今会っても関係が変わることがないな」と思わされる。
「…楽しくないわけじゃない。
能力者は色んな星にいたが、ここまで能力者が文明の影にいるのは初めてだ。
だが、それだけだ。
アイツの居ないこの星に興味は、あまりないかな」
「…変わらないね、カグヤは」
ヒイロは微笑んで、やっとこちらを見た。
そうだろうか?
ヒイロにまた負けて、自分と互角の能力者と会って、能力もない人間たちと交流して。
色んなものに目を向けるようになった…と自分では思う。
はっきりとはまだわからないが、ここに居れば輪郭を帯びてくるのだろうか?
注文した飲み物が来る。
黒い、宇宙の深淵のような色。
そしてヒイロや自分、アイツの瞳のような綺麗な緑の液体。
それらを乾くのどに流し込む。
入店の音がした。
カケルが店の入り口から入ってくるのが見えた。
ヒイロは微笑んで手を振る。
カケルは、ヒイロの対面に座るカグヤを見ると、アンドロイドらしからぬ反応をした。
「なんで、お前がここにいる…?」
まさに絵に描いたような反応だ。
それにヒイロは受けたようで、押し殺したように笑う。
「とりあえず座れよ。
ああ、俺はもうあの組織とは関係ないからな。
別にお前らに敵対しようとは今のとこ考えてないぜ」
カグヤに言われたカケルは、無表情に戻ると席に着く。
なんか、さっきも似たようなやり取りしたなとカグヤは微妙な気持ちになった。
カケルは座って落ち着く素振りもなく、隣のヒイロに問いかける。
「ヒイロ、なぜカグヤを始末しなかった?」
「え?ああ…。
カグヤって器用じゃん。
だからさ、色々使えると思ってさ」
ヒイロの言葉は本心なのだろう。
しかし、カケルには適当な理由とでも受け取ったのか、無表情ながらも厳しい眼を彼女に向ける。
「それにしたってこいつは離反者だ。
今更出戻りにしたって<機構>の忠誠心に疑念がある」
「別に<機構>になくたっていいんじゃない?
今は私の命令に絶対順守だし」
「どういうことだ?」
「命を助けてあげた代わりに、私のことを手伝ってもらう約束をした。
だから今回、私の代わりに仕事をしてもらうことにしました」
そういうヒイロの様子に、カケルは信じられないという顔をした。
カグヤがすかさず補足、ここまでの経緯を話す。
腕を切られた後に助けられたこと。
ヒイロと契約を結んだこと。
ヒイロと殺人鬼や能力者と戦ったこと。
そして自身の強化をするために、剣の師匠の弟子になることなど。
「やはりミコト以外にも、能力者がいたか。
しかも元の祖は【光の宇宙人】」
「そうだね。
それに、私の同胞も、死んじゃってたけどいる。
空間操作能力の人間も。
はっきり言って異常だよ、この状況は」
まるで地球に能力者が集められてるかのようーー。
3人とも口にしないが、同じことを考えた。
カケルはこめかみに人差し指を当てる。
「で?…つまり、なんだ。
お前はしばらく田舎に引きこもって、その老人に剣術を習うと…?」
「そうだよ」
カケルは意味がわからないという反応をした。
「ヒイロ、お前にそういうのは必要か?
その殺人鬼とやら、別にお前が無理して相手しなくてもいいだろう。
今回の<機構>のプロジェクトは大規模になる。
つまり、殺人係が他に集められることもありうる。
俺たちの権限で残りのメンバーを呼ぶことだって出来るんだ。
宇宙人のその思考は理解できるが、俺たちは仕事で来ている。
仕事以上のことはしなくていいと言ったのは、お前だ」
「でもさっき話した通り、地球側には宇宙人ないしは異星人が裏にいる。
いつもみたいに話し合いや脅しでどうにかなるとは思えないな。
だから、私も強くなっておかないと。
私情は別として、ね」
もっともヒイロとしては、自分を見つめ直すではないが、経験をしておいて自分が生きる、いや、戦う意味を見出したいという個人的な思いもあった。
そうでないと、勝てる戦いも勝てなくなる。
またみじめな思いをすることになる。
カケルもそのヒイロたちの話を鵜呑みにするならば、確かに一筋縄ではいかないとは思う。
それに上司とのやり取りでは、<機構>の幹部たちは地球征服を確実に成功させたいと言っていた。
その上で命令は、いつもの共生というのだから、難しい。
「調査員が来るまであと何日くらい?」
「1か月ほどだ」
「じゃあ11月か12月上旬くらいか。
それまでに剣術をものにして帰ってくるよ。
もし緊急で何かあったらカグヤに連絡して。
ああ、カグヤで手に負えないなら、普通に私が行くよ。
仕事はちゃんとする」
ヒイロは最後に「大丈夫。今のカグヤは私を裏切れないから」と言う。
「待て。
俺はまだ納得してないぞ」
「私は君の上司。
上司の命令は、聞いてね」
そう言われるとカケルも口を紡いだ。
実力主義の殺人係では、上からの指示には基本いいえとは言えないのだ。
ヒイロとカケルのやり取りを見ていると同僚のようだが、事実はヒイロの方が上だ。
殺人係のやり取りは、番号付きの能力者なら、フランクでもよかったりする。
カケルは取りつく島のないヒイロから意識を逸らして、カグヤを見る。
「お前が妙なことをしたら、今度こそ俺がお前を殺す。
ヒイロの言葉があっても俺は信用しないからな」
「…八つ当たりすんなよ。
それにな、見ての通りもう片腕がないんだ。
これ以上身体、いや、命も落としてたまるか」
「…」
それっきり二人は視線を合わせようとはしない。
ヒイロはその険悪な雰囲気に目をぱちぱちさせると、カグヤに言った。
「カケルに話してあげればいいじゃん。
能力者のことを独自に調べてるって」
その言葉にカケルは小さく反応して、カグヤを見る。
カグヤは余計なこと言いやがってというように、コーヒーを口に含む。
「…さっき話した超能力者の男。
アイツは一族絡みでの能力者だという発言をしていた。
つまり、そいつらを辿れば能力者の祖たちの正体を知れるかもしれないってことだ。
そいつを見つければ、今の日本になった経緯だって知れるだろうってな」
宇宙人という存在は未だ謎が多い。
数が希少な上、いつから存在していたのかもわかっていない。
ただ、世界を変える程の能力を引っ提げて、あらゆる時代に現れたという記録が<機構>のデータベースにはあった。
宇宙人に成ることを目指しているカグヤにとっては、宇宙人の秘密を探るのは優先事項だ。
翻って、地球側の現在の仕組みの経緯については、別に<機構>にその情報を渡しても問題ない。
「この情報があれば、いくらか調査員、<機構>もやりやすくなるんじゃないかな。
カケルだってミコトを造った企業を調べてるんだよね。
彼等だけだと心配だから。
だったら利害は一緒のはずだと思うけど」
確かに、強力な能力者がいて、更には宇宙人が敵にいるとなれば殺人係の出番だ。
<機構>の命令は、この宇宙領域においては神の声に近い。
それだけ権力が大きく、宇宙に秩序をもたらす存在だからだ。
その<機構>が再びの戦争の果て、今度こそ崩壊なんて状態は避けたい。
ヒイロがあ!っと気づいたように、手を合わせる。
「そう言えばバイオ企業については何か分かったの?」
その言葉にカケルは、微妙な顔をした。
結局のところ、表向きの情報しかなかった。
遺伝子研究と、生体機械融合技術の開発。
そして、日本を中心としながらも海外にも支社があることくらい。
「ほら、カケルだけじゃ限界あるんだって。
だからカグヤも使おうよ」
「…わかった。
これはあくまでも協力関係だ。
この1か月の間に、俺はバイオ企業を、お前は能力者一族をそれぞれ探る。
ヒイロ、技の修得が間に合わないなら、その1ヶ月切り上げろ。
いつまでもは待てない。
代わりがいてもな」
「うん」
カケルの言葉に、交渉は成功したと言わんばかりにヒイロは嬉しそうに笑う。
「(これで一応自由に動けるな。まずは情報師を見つけないと)」
カグヤはそれを気にせず、ただ今後のことを見据えていた。