2.
ヒイロの兄ーーイツキと出会ったのは銀河戦争の起きる数年前だった。
この頃から殺人係の母体となる部隊はあって、カグヤは新入りで配属された。
カグヤの種族は母星の終焉に伴って、数を減らし、その種族保護のために<機構>に身を売り渡したのが始まりだった。
そこでイツキと出会ったのだ。
最初は意識などしていなかった。
カグヤがイツキを意識しだしたのは、<機構>からの司令で、ある星の生物どもを皆殺しにしに行った時だった。
イツキは身体のあらゆるところを器用に刃に変形させて、敵を切り刻んでいった。
【まじない】も披露し、【■■】とつぶやけば、無限の刃構造体が星を覆って敵の息の根を止める。
カグヤは戦慄した。
宇宙人と言われるものはこんなにもでたらめな力を使うのかと。
そして同時に彼に憧れを抱いたと言ってもいい。
そう、ここまでは宇宙人に対する興味だけだった。
しかし、ある任務で相も変わらず敵を殺した、イツキの虚空のような瞳を覗き見ることになる。
それは機械のようで、今ではないどこか遠くを見ているようだった。
カグヤにとっては家族を救うための仕事であるが、イツキはどうも違うみたいだと気づいた。
彼は何を思って<機構>の命令に従っているのだろう?
何かしらの渇望、野望があったとカグヤは、今でも思う。
それでも、その寂しそうな生き急いでいるような目を見て、カグヤはイツキに声をかけようと思ったのだ。
あの瞳が、彼が消えた今でも、カグヤの脳裏に今も焼き付いて離れない。
*
空間の歪みは直ぐに収まった。
いや、異様に早かったと言っていい。
あんな悪意の塊みたいな存在が落ちて来て、すぐに消えるなんてのはおかしいからだ。
カグヤは横目でメイを見ると声をかけた。
「今のは、能力者の侵入か?」
「ああ。
けど、私の領域内でも、今はどこにいるかはわからなくなった」
「…気配隠ぺいの能力ってか?
いや、この世界の性質的に粒子が消えるなんてのは…」
「そうだ。
何らかの方法で私の能力効果、あるいは私の認識自体を騙している。
上空から落ちて、すぐに反応が消えた。
普通に考えるなら、体が霧散でもしなきゃおかしい」
だが、そんな能力者が都合よくいるはずもない。
カグヤはその存在を考える。
あの老人たち関連ではないのはまず確実だろう。
でなければ、あの壮年の男の言葉と合わない。
それに、黎明期にメイが追っ払ったのなら、もう一度来るなんてのは変な話だ。
ということは<機構>とは別の異星人か。
それもきっと、カグヤの元雇用主だ。
地球に目をつけている一番まだ組織力の高いのがあそこだ。
また銀河戦争の生き残りを集めたのかと、カグヤは辟易する。
狙いはここの能力者(ミオ)か、メイかだ。
きっと目的は仲間集め。
攫いでもして傘下に加えたいのだろう。
あの家には【まじない】使いの少女がいる。
探知能力者を仲間にしてたら、こいつらの存在がバレたと見ていい。
カグヤは考える仕草をするとメイに言う。
「ここを離れるのは無しだ。
ここで敵を倒す」
「いいのか?
別に君には関係ないだろ?」
「そうとも言えない。
…前、実はこの星の征服計画をしてる組織の用心棒のバイトをしててさ。
どうもそいつらが来たんだと思う。
狙いはお前か、能力者一族の誰かだ。
今のバイト先の組織と揉めててね、今は敵なんだ」
その言葉にメイは目を少し見開いて驚く。
能力の誤認時点で自分なのはわかっていただろうが、能力者家系にまで手を出そうとは思っていなかったんだろう。
カグヤはさっきの一家のある方向を見る。
「別に俺はもうそんなことには加担してない。
今思えば、いけ好かない連中…いや、なんかこれだと俺も嫌な奴か。
とにかくこのまま帰ったら一枚噛んでる以上は目覚めが悪いだろ?」
カグヤとしては、もし向こうにも宇宙人なりカケルの情報を持っている奴がいれば、なんて思っていたのだが。
「わかった。
じゃあ助けてもらおう。
変な能力とかなら、私負けるかもしれないし」
「万が一だと思いたいがな」
カグヤとメイはあの一家、もとい住宅地の元へ向かった。
能力を使って、空は飛ばず身体能力を上げて走る。
家にはすぐに着いた。
景色は変わらず、緑がそよ風に揺れてのどかなままだ。
カグヤたちは一先ず胸を撫でおろす。
家の正面に降り立つと、玄関のところに門番のように中年の男が立っていた。
きっとさっきの気配に警戒して出てきたのだろう。
カグヤたちの出現に一瞬身構えたが、すぐに身体のこわばりを解く。
「…お前、さっきの気配は…」
「ああ、能力者だ。
それもとびっきり悪い奴のな」
「…こんなとこになんだってんだ…」
メイとお宅の娘さんですとは今は言わない。
「…さぁな。
だが、ここに来るってことはあんたらに用があるのはわかるだろ?
俺はあんたらを守りに来た」
「どうして…」
「今からあんたらが死んでいくことを想像したくないだけだ」
「そうか、すまない。
…ところでそっちの子はなんだ?」
メイはカグヤの半歩後ろで様子を見ていたが、男に言われて前に出て男を見上げる。
男とメイの目線が交差する。
男は目を見開いて一瞬、固まっていた。
きっと自分の娘と顔が同じだからだろう。
「メイです。
君はカズヒロのせがれかな。
うん、昔のアイツに似ている」
メイはうんうんと頷くと、笑みを浮かべた。
カケルは未だハテナ状態の男のために代わりに紹介してやることにする。
「ほら、さっき言ってた守り神ってやつ。
会えたんだ」
男も遅れて返事をする。
「…あなた様が、そうでしたか。
お世話になっております。
一先ず家に入りましょう」
自身の父親の名前を出されて信じることにしたのだろう。
男はそう言って後を促すが、メイはそれに首を振って拒否する。
「守り神として奉ってくれるのはありがたいけどね。
今はそう言った礼はいらない。
いつ敵がくるからわからないから、私は他の家々の監視をしてくるよ。
カズヒロにはよろしく言っておいてくれ」
メイはそう言って立ち去ろうとするが、カグヤが止める。
能力による広範囲監視が意味をなさない今、それは直接安否を確かめるということに他ならない。
「監視って、一軒一軒回る気かよ」
「身体を粒子に変換して満遍なく見るだけだ。
相手が私の能力を誤認させれるなら、領域内粒子移動による感知は不可能だ。
感知出来た瞬間には攻撃されて手遅れなんてオチになる」
「さっきも言ったろ。
アイツらはお前を一番狙ってる可能性が高いんだ。
ここで来たとき迎え撃った方がいい」
「私をあぶり出すために、この子たちを先に殺すって手段に出たらどうする?
そんなのはヤだよ」
カグヤはそう言われて、これ以上止めることはやめた。
あの組織的にはこの一族とメイを狙っているのは確実だ。
であれば、近い場所にいた方が守りやすいというのはある。
かと言って、メイの言うこともわかる。
何世紀と守って来た血脈たちをただの能力者に殺されるのは堪らないだろう。
「…わかった。
でも、やばそうだったら逃げろよな」
メイは頷くとカグヤと男に手を振って、粒子となって消えていった。
風に乗って粒子たちが散って見えなくなっていく。
カグヤはさてと男に目をやって話しかける。
「今回来た能力者に俺は覚えがある」
「!本当か?」
「ああ。
東京にいた時に、裏に対抗するために集まった連中だと思う。
色々調べてた時に接触してな。
そこで仲間集めをしてるって言ってた。
非合法を平気でやる連中でな、退治は必須だ」
異星人という存在を隠しつつ、筋書だけは一致するように説明する。
「なるほど。
それでメイ様を狙っていると」
「ああ。
その上でだ、メイが言ったような人質とは別の件であんたらを守ることにする」
「ああ、さっき言ってたことか。
だが、別の理由って」
カグヤはここで男の娘、ミオの件を言うしかないと思った。
「…さっき見たあんたの娘。
あれは強力な能力を持っている」
「!まさか…いや、そんなだって、一度も」
「なんかの理由で隠してんのは考えなくてもわかる。
でだ、まずはこれを見ろ」
カグヤは長めの前髪、隠し気味の左眼を男に見せる。
彼の持つ綺麗な翠色の虹彩が、男を映した。
「この色の眼を持つ人間は例外なく特別な能力者だ。
メイもそしてあんたの娘もそうだろ?」
男は頷く。
この家の人間は見たところ黒目だ。
その中であの色の人間が生れたなら、ただの突然変異症状で片付けるにはいかない。
「能力は個人によるが、メイの子孫ってなら能力はアイツと一緒なはずだ。
つまり、敵としてはメイが無理でもあんたの娘を狙えばいい。
あんなに小さい子なら洗脳もしやすいしな」
「…そういうことなら、わかった」
*
家に上がると、カグヤは客室に招かれた。
ここを一時的に貸してくれるらしい。
畳張りの和室で、窓からは相変わらず緑が見える。
夕方が近づいているからか景色には気持ち暖色が混じっているように見える。
カグヤの事情は、あの男が改めて家族に説明してくれるらしい。
部屋の真ん中に胡坐をかく。
彼は、端末を取り出すとカケルに電話を行う。
カケルはすぐに出てくれた。
「カケル、こっちにあの組織の連中が来た」
カケルも敵組織が諦めていないことはどことなく考えていたのか、さほど大きなリアクションもせず答える。
『そうか。能力者か?』
「ああ。
ただ、まだ会ってない。
気配だけ一瞬現れたと思ったら消えやがった。
多分隠ぺいの能力者がいるんだと思う」
『なるほど。
お前は、能力者を倒して情報を吐かせろ。
現在の構成員と拠点。
地球に対する最終目的だ』
「安心しろ。
そこは言われなくてもやる。
今はヒイロの犬だしな。
個人的にもなんであんなとこでバイトしてたか、今でもわからん」
<機構>に対抗する組織だか何だか知らないが、構成員どもの目つきがカグヤは気に入らなかった。
宇宙の統治ではなく救済を掲げてるんだったか。
そんな夢物語は漫画の中だけにしてくれとしか思わない。
カグヤにとっては終始意味のわからない集団だった。
『…日本の裏については?
あっちの組織が狙うってことは、そこにあるってことだろ?』
「こっちの現地能力者は見つけることは出来た。
裏は今ここを放置してるらしい。
まぁ、能力者自体が弱いからな。
自分たちの邪魔しなきゃいいってことなんだろうな」
『そうなると、なぜアイツらはそこに来たんだ?』
カグヤはそこでメイのことを言うか迷った。
が、弱い能力者コミュニティを守る存在がいなければおかしい状況ではある。
ならば、言うしかない。
「地球生まれの宇宙人がいるんだ。
そいつがここの地域を保護している。
それに家族の1人に【まじない】使いがいる。
そっちはまだ子供だがな」
『宇宙人…。
<機構>で未確認のか』
「ああ。
どの能力にも該当しない。
原子を操るんだそうだ」
『…まったく【天眼】の奴は何を見てるんだか』
カケルは独り言をボヤく。
【天眼】は確か、<新星観測機関>の責任者だったはずだ。
彼女が主に宇宙人の所在を見つけていたはず。
そのことを言っているのだろう。
カグヤはやはり、メイも<機構>的には取り込みたいのだなと思った。
「戦い方は知らないよ、そいつ。
一度、裏の連中を追っ払ったらしいが、まあそれも能力の大きさ故だろうな。
今更殺人係の空席の穴埋めはいいだろ?」
『有益なら、<機構>に尽くすべきだと思うからだ』
でたな、<機構>信者…いや、そうプログラムされてるだけなんだけども。
そこだけがカケルとは相いれないんだよなと思う瞬間だ。
カグヤは話題を変えることにした。
「…で、そっちはどうだ?」
『【光の宇宙人】が寄生している少女のこと、覚えてるか?』
カグヤは金色がかった白い髪色の少女のことを思い出した。
前は敵というか組織が狙っていた子だ。
「ああ。
あいつはお前らがずっと監視してるんだったけか」
『あの子は人造人間だった。
が、アレを作るのには一発では無理だ。
つまり、ミコトを造るまでには試作体が多くある。
見つけたのはその元廃棄場だ』
そういえば、ナギに切り殺された能力者の少女も廃棄場で拾ったとか言っていたな。
つまりあれはバイオ企業の実験体だったってわけか。
廃棄場は何かの工場としてカモフラージュされていたらしく、郊外の町に普通にある場所みたいだった。
『さすがに遺体はなかった。
建物自体が半壊、廃墟となっていてな。
爆撃でもあったみたいに』
雷使いの男の仕業だろうなとすぐに直感した。
「おかしな話だな。
そこまでして作った傑作をどうして一般人に紛れさせて生活させてる?
そうしたことで俺たちにも狙われたってのに」
『これは俺の考えだが、命の危機に際して【光の宇宙人】が出てくるんだと思う。
そこが防衛機能になって害になった存在を消し去るってことなんだろう』
「【光の宇宙人】自身がそんなことに協力するか?」
『誰だってたった一つしかない家を壊されるのは嫌だろ?』
まぁそれは推論だ。
ミコトの命と【光の宇宙人】の命が繋がっているだとかいうスピリチュアルだか、高度な科学だかの理論はわからない。
今はそこまで議論すべきことではない。
「まぁ。わかったよ。
それで……いや、話はここまでにしよう」
カグヤは何者かが部屋に近づいてきているのを感じた。
『は?…まぁいいが。
定期連絡は欠かすなよ』
そう言い残してカケルは通話を切った。
その存在は、その数秒後に部屋の襖の向こうでピタリと立ち止まった。
まるで幽霊のように、それは動かない。
カグヤはため息を吐くと声をかける。
「わかってんぞ。
さっさと入って来いよ。
それとも、このまま会話でもするか?」
カグヤの言葉で襖がゆっくりと開き、暗闇から白と緑が顔を出した。
【まじない】使いの少女だ。
名前はミオだったか。
彼女は、部屋に入ってくると座るカグヤを見下ろすように立つ。
「お兄さん、さっき眼があったよね」
「それが?」
「ボクと同じ色の眼だ。
だからお話したいと思ったんだ」
ミオはカグヤの左眼を指さして言ってくる。
「…奇遇だな。
俺もそうだと思ってたぜ。
お前もまじ…呪文を唱えればすっごい能力を使えんだろ?」
「うん。
今までは使う機会もなかったけどね。
ああいう存在がくるまでは」
ミオは窓の向こうの景色を見つめる。
その口元には少しだけ笑みを浮かべており、あの兄にしてこの妹ありだなと思わなくもない。
「戦いたいのか?」
「一度は試してみたい、生まれた時からある力を」
カグヤにその感覚はわからない。
彼にとって能力は、ただ仕事道具からイツキを繋ぎとめる道具への変化でしかないからだ。
「やめとけ。
血がいっぱい出て痛い思いするだけだ。
お前の兄貴みたいにな」
「お兄さんはいっぱい戦ってきたんだね。
その無い右腕を見ればわかるよ。
それに…」
人殺しの目をしてるもんねと言ってミオはカグヤの顔を覗き込んで、愉快そうに笑う。
それは殺人鬼にも思われていたことだ。
敵を焼いて、星を焼いて、ついには自分の身体すら焦げる匂いを嗅いでまで手に入れた【まじない】を思い出す。
それに後悔はない。
人殺しだと思われるのにも仕方ないと思える。
ただこの子が、そんな環境でも理由もないのに能力で危ないことをしようとするのには、少し腹が立つ。
「怖いね。
お兄さんはやっぱり悪い人だ。
でも不思議だね。
そんな人がどうしてボクたちを守ってくれるの?」
「…気まぐれだよ。
今来てる能力者には覚えがあってさ。
思い出したらぶちのめしたくなってきたんだ」
「ねぇ、ならさ見てていい?
あなたが能力を使うところ」
「殺し合いだ。
見世物じゃない」
「違うよ。
どうやって皆能力を使うんだろうってボク疑問だったんだ。
だから色んな能力者のことを見ておきたい」
この少女はきっと成長すればあの男…彼の兄のようになるかもしれない。
自分自身という定義を最大限抑圧されずに生きる方法、それを探す。
そんな感覚がカグヤにはあった。
「興味を持つことは不思議だとは俺も思わない。
だがな、そんな能力は生き方を選べば必要ないんだ。
それともお前の兄貴みたいになるか?」
「そんなわけないでしょ。
お兄ちゃんはどうか知らないけど、ボクは視えたんだ。
未来が。
ボクがこの力を使う時が必ずあるって。
その瞬間のために生きるんだ、今は」
ミオは高揚感に包まれているかのようにその翠色の眼でカグヤを見る。
それはさっきメイが言ったように、宇宙の使命が映ったのだろう。
それがミオを突き動かすものなのだなと納得する。
カグヤは、ミオが宇宙人の条件を満たしていることに対する羨望と、少し哀れに思った。
何かに操られているような様に、自分でも気づかず邁進しようとする姿に。
「そんな一瞬のために命を危険に晒すんだな」
「大丈夫だよ。
私はこんなとこで死なないから」
確信している口ぶりだ。
宇宙からの使命とは、時に未来も見せるのだろう。
ミオはカグヤを覗き込むのをやめて、下がる。
すると部屋の向こうからまた誰かが迫ってくるような音がする。
ミオもそちらへ顔を向けた後、目線だけカグヤに戻す。
「じゃあ、お兄さん。
敵が来たらお願いね」
そう言って、まるでメイのように粒子となって消えた。
そしてすぐにノックの後、あの男が現れる。
どうも話はついたらしい。
*
夜。
午後7時30分を回った頃。
カグヤは外で見張りの真似事をしていた。
認識阻害で家の中に侵入される心配もあるが、最初に狙うのはメイだろう。
それにミオの存在は向こうは流石に知らないはずだ。
最初にメイと戦うことになれば、嫌でも存在はバレることになる。
戦闘に気づけば、後は参戦して敵を捉えればいいだけだ。
なんとなく背後を見れば、カーテンの隙間からミオがこちらを度度伺っている様が見える。
カグヤは今後のことを考える。
まずは敵を捕まえ、カケルに引き渡すか。
<機構>の今後の地球侵略については知ったことではないが、バイトらしいことはしようと思った。
「(イツキの情報でも持ってるといいが…)」
宇宙人の情報ばかり目が行っていたが、同じ外宇宙の存在ならばイツキの所在を知っているかもしれない。
脳裏にイツキが消えるときの横顔が浮かぶ。
カグヤは目を閉じて千里眼に集中する。
山の下は、動きも東京のような人工の煌びやかさもない。
いまのところは夜道を歩く人影もない。
今日は襲撃してこないのか?
そう思ったときだ。
風が吹いてくる。
それはこの季節にしては余りにも冷たい。
頬に雪が付いたのがわかる。
「なんで雪?」
まだ10月だぞ。
そう呟いたとき、何かが猛スピードいで落下してきた。
それはすぐにメイとわかり、走りだして能力を使って抱きとめる。
「お前、なにが…」
そう言いかけて、カグヤはハッとした。
メイの身体は、ところどころが氷漬けになっている。
手から腕にかけて、足先、頬のところ、会ったときに綺麗だと思った着物さえも。
メイは瞼を閉じて、浅い息を繰り返している。
口を開いて何か話そうとしているが、声が出ていない。
「おい…!」
「カグヤもいるのか、懐かしいな」
メイの身体を揺らそうとして、上空から懐かしい声がする。
それは前に、カグヤが東京でヒイロにしたように、上から降りてくる。
星々の集合したような青い眼に、ナギよりも青い髪。
確か北側の銀河地域で名を挙げていた<機構>の敵だった。
一族も皆等しく強大な能力者だったはず。
彼らは<機構>に属することを拒んだ星の生物として有名だった。
カグヤが炎熱の能力なら、彼はまさに氷結の対極に位置する能力者だ。
カグヤは、後ろの家の扉や窓を能力で封鎖して外に出れないようにする。
「ミナト。
生きてたんだな」
「それはてめぇもだよ。
腕もなくなっちゃってまぁ、悲惨だな」
憐れむような目を向けてくる。
「…お前もあのイカれた組織の一員ってことでいいんだよな?」
「イカれたってのはずいぶんな言い草だな。
<機構>一強のこの宇宙は駄目だってのは他の異星人たちも皆思ってるぜ。
まぁ、蝙蝠野郎にはそれを言ったところで無駄だろうけどな」
「正直に話せよ。
戦争のリベンジがしたいだけだろお前は」
「それもある!が、俺が今言ったことは本心だぜ。
知ってるか?
宇宙のあっちこっちで、星々が消え去り、生命体は滅んでいく。
もう<機構>ひとつじゃあ宇宙の異変に対処できなくなってる」
「宇宙の異変?」
「おっとこれ以上は秘密だったな」
宇宙人となにか関係があるのか?とカグヤは思う。
それにしても昔のこいつは、自身の種族以外に興味のないやつだったはずだが、変わるもんだなと思った。
いや、ただ戦いを楽しんでいた当時よりも、大義を得たと言わんばかりの奴に少し眩しいものを見る。
カグヤは腕の中のメイに一度目をやると再びミナトを見る。
「で、こいつを戦力にして<機構>の抑止力にしようって話か?」
「ああ。
<機構>未確認の【原子の宇宙人】だ。
戦い方を今は知らないが、訓練すれば必ず奴らは俺たちを無視できない」
「どうやって知った?
じゃなきゃこんなとこまで来ないだろ」
「言うわけないだろ。
まぁ、<機構>が狙うくらいの星だ。
その中に宇宙人や資源があるなら、俺たちが欲しくなるのもわかるだろ?」
「さっきの宇宙の異変のことといい、お前には訊かなきゃいけないことができたな」
カグヤは、能力を開放しミナトを押し飛ばすつもりで念動力をぶつける。
ミナトはやはりだが、それを自前の念動力で跳ね返した。
「戦うしかないだぁ?
てめぇになんの目的があって俺たちの邪魔しようってんだ」
「お前は銀河戦争で消えたうちの宇宙人どもを知ってるか?」
「…ああ。
お前あれか、イツキを探してんのか?
いつまでキモいことしてんだよ。
答えは知らねぇ。
他の奴らもな」
「…そうか。ならもういい」
「そうやってすぐツンケンするのも変わんねぇな。
…はっきり言ってやるよ。
イツキはお前の助けなんて求めてねぇ。
お前はずっと意味のないことをしてんだよ」
「それをお前が決める理由がどこにあるんだ?」
カグヤから巨大な赤い炎が漏れ出し、ミナトを囲む。
ならばあのイツキの眼はなんだったんだ?
敵を殺すためだけの機械のように、戦闘以外動かなくなってしまったのは?
終戦を告げられた後、すぐに姿を消したのは?
カグヤはそれでも、アイツには助けてあげれるような友達が必要だったはずだと信じてる。
そうなる理由は最後まで教えてくれなかった。
でも、悩んでいる理由はあったはずだ。
それを敵であるミナトにわかったような口を叩いてほしくない。
ミナトは炎を払う様に腕を振ると、一瞬にして冷気の世界に変えた。
彼の冷気空間だ。
ミナトは虚空に氷の結晶を5つ作り出す。
それはみるみる大きくなり、やがて杭のような形をなすとカグヤに向かって打ち出された。
カグヤはそれを念動力のバリアで防ぐ。
杭は空の方へ逸れて、上空に打ちあがる。
ミナトは冷気空間範囲を広げて、周囲の全てを凍らせようとしてくる。
カグヤはパイロキネシスで同じように周囲に熱を発生させて、ミナトの停止空間とせめぎ合いになる。
なるほど、これでメイの原子操作を封じたのかとカグヤは思う。
空間上の原子という原子を凍結させるのだから、メイにとってはたまったものではないだろう。
「考え事か?
なめすぎだろ、俺はまだ結晶を解いてないぜ」
その言葉の後。
さっき防いだ氷の杭が上から雨のように細かくなって降り注ぐ。
カグヤは自身と背後の家にバリアを張るが、そこで眼前への集中が一瞬途切れてしまう。
それをミナトは見逃さずカグヤまで一気に迫ると、メイに手を伸ばす。
バリアを張られたカグヤにはそれは届かないはずだ。
しかし、能力者の基本は念動力から生じる。
つまり、ミナトも念動力を使うことが出来る。
念動力同士の衝突は相殺される現象が起きる。
つまり、バリアには穴が出来、ミナトの手はメイに届く。
カグヤは下がろうとするが、ミナトはカグヤの後方、周囲を凍らせて巨大な壁を一瞬にして形成し、逃げ場を無くす。
ミナトはそのままメイを掴むとカグヤから引き離して下がった。
「くそ…!」
カグヤは熱空間を広げ、いやもはや周囲に炎の壁を発生させて氷結を解かすと、そのまま上空に逃げたミナトへ向けて炎の津波のような広範囲攻撃を仕掛ける。
しかし、ミナトは同じ冷気でそれを相殺する。
そのぶつかり合いによって水蒸気の煙幕が辺りに広がる。
カグヤは千里眼能力でミナトがどこにいるか把握すると、空中に飛び出しミナトへ迫る。
そのまま左手を前に出すと、爆炎を発生させる。
カグヤの予想通り、何かにぶつかる感覚。
ミナトは、氷の球体上の殻を形成して自身を守っていた。
霧が晴れる。
ボロボロと崩れて溶けていく殻の中からミナトが笑う。
カグヤは大きく息を吐いた。
「あっぶねぇな。
コイツごと焼く気だったろ」
「お前が防ぐのはわかってた」
カグヤとしては自分の技は大味の分、周りを巻き込むことはわかっている。
そのための空中に自身らを移動させる必要があった。
「へぇ、何か秘策があるのか?」
カグヤは答えず、左手を広げて上に向ける。
発動させるのは【赤涙】ではなく【映浮】だ。
カグヤとしてはメイを取り戻し、ミナトを殺せればいい。
ミナトの眼を見て分かった。
こいつは【まじない】を使うことはできない。
ならばこいつにはもう個人的に用はない。
どうせこいつの能力だけでメイの原子結界を誤魔化せるわけないのだ。
つまり、仲間がいるのだからそいつに情報は聞けばいいだけのことだ。
イツキを語るコイツはさっさと殺してしまおう。
「【映浮】」
「…?なにする気だ、てめぇ」
ミナトの問いは【映浮】の現象で返答した。
カグヤの手のひらの上に出来た、渦を巻く黒い球体は重力を発生させる。
それは空間を歪め、周囲のものを吸い込んでバラバラに分解させていく。
念動力で守っていない木々たちもカグヤの元へ引っ張られ、葉や草、雲などは既に球体に吸い込まれるように消えていく。
【映浮】は念動力と【■■の宇宙人】の能力によるものなので、重力による引力だけは念動力である程度防ぐことが出来る。
勿論直撃は能力では防ぐことは出来ないが。
ミナトは危険を感じ、彼らの頭上に瞬く間に巨大な氷山を作り出して落とす。
だが、カグヤは大きな影が迫る中でも、動かない。
「これの性質はブラックホールと言っても過言じゃない。
いまからそれを打ち出す。
最後のチャンスだ。
一応聞いてやるが、組織の構成員と首謀者を言え」
「それがなんだってんだ…!!」
「…そうか」
カグヤの手のブラックホールは意思を持ったように縦横無尽に動き、まずは氷山を削り砕き、解体する。
一族の家を避けて氷の塊が地表に落ちる。
それはまるで隕石が落ちたように、地震を発生させる。
ミナトは次に自身に向かってくるのがわかっていた。
彼は瞬時に大気の水分を使って、複数の壁を作り、メイを明後日のほうへ能力を使って吹き飛ばす。
そして壁を変形させ、カグヤを仕留めようと杭の弾丸をマシンガンのように打ち出す。
だが、そんなもので【映浮】は止められない。
そんなことはミナトもわかっているはずだが、それでも情報を吐かないのは矜持か。
死んだら意味ないのにと思うが。
「終わりだ、ミナト」
カグヤはミナトへ【映浮】を指し示す。
弾丸より速いスピードで進むソレは氷の壁たちを容易く破り、ミナトの眼前へ。
そしてミナトが瞬きする間もなく、ソレは爆発した。
極彩色の閃光が煌めく。
空間、光は歪み、ミナトの身体はねじれて地に落ちていく。
展開している能力を浮遊と千里眼に絞る。
「これで、死んだろ」
地面に次第に近づくミナトを見ながらそう呟き、メイが投げ出された方を視る。
「(おかしい。なんで千里眼でも見えない?)」
あのミナトの行動は近くに仲間がいて、そいつにメイを託したのは間違いない。
やはり能力ではなく、能力者本人に対する認識阻害の能力か?と思ったところで、何かが頬を掠る。
それはミナトが作り出した氷の杭だ。
そこで初めて千里眼能力範囲にミナトが入る。
彼はまだ生きていた。
腕を地面に投げ出し、ぐったりとしているがそれでもカグヤを睨む眼はまだ諦めていない。
地面に落ちた氷山の残骸をミナトは再利用して、辺りに氷の針山を築く。
それには当然、一族の家も含まれており、カグヤがバリアを張るよりも早く家をそれらが貫いた。
「しまった…!」
カグヤは急降下すると、立ち上がろうとするミナトを上から頭を掴んで地面に押さえつける。
そしてそのまま左手から炎を発生させてミナトを焼いた。
余波が周りの氷を解かす。
頭部の消失したミナトの死体を跨いで、家に向かって走る。
千里眼を使いながら走り、すぐに死んでいるとわかるものとそうでないものを見つける。
家の中はズタズタだ。
「(ミオがいない…?回避したのか?それとも、バラバラか)」
この瞬間にも、敵はこの場を離れているだろう。
メイも攫われた今ミオも殺されてしまっては、ここまで来た意味がなくなる。
家の中は氷が邪魔で中には進めない。
かと言ってどかせば倒壊する。
カグヤは家の外に出て、カケルに連絡を取ろうとすると家の前にミオがいることに気づいた。
彼女はミナトの死体を見下ろしている。
外傷はなく、やはり自身を原子への分解と再構築が出来るのだと思った。
「…生きてたのか?」
「うん。…でも皆死んじゃった」
目を見開いて、静かに涙が流れている。
家族自体は大切に思っていたのだろう。
ああ、この子はやっぱり能力で狂わされてるだけなんだと思った。
「これでわかったろ。
殺し合いは当事者、巻き込まれればあっさり死ぬ」
「お兄さんが守れなかっただけでしょ。
そんな言い方は無責任だよ」
「…そうだな。
それは否定しない」
その声色は、さっきのサイコ的な様子とは打って変わってどこか寂しそうだ。
ミオの目線は家の方。
外からでもあれでは、死体がどうなっているかなんてのは子供でも想像に難くないのだろう。
宇宙からの使命感に当てられていることを除けば、普通の子供にしか映らない。
初めての死の恐怖。
身近な家族が死ぬ感覚。
そして今後の人生への不安。
確かにこの晩は死ななかった。
だから宇宙の見せた未来は間違いではないのだろう。
しかし、ミオ自身、そこまでの間の生活を楽観視できないでいる。
ミオのその感情の正体はそれだろう。
ミナトを殺したことで、敵組織はここへ調査に来るだろう。
そうすれば、メイのいないこの場所は容易に襲撃出来、この子も攫われてしまう。
それに、そもそも子供がここで1人で生きられるわけない。
約束を守れなかった責任感からも少女のことを保護しようと思った。
「…ついてこい」
「え?」
「このまま一人じゃどうにもできないだろ」
カグヤはミオの手を引いて山を下りるように進む。
メイは今は諦めよう。
まずは山の下、街の様子を見に行くことにした。
次第に聞こえる小さな嗚咽を無視しながら。
元気のない友達にはもう少し親身になればよかったなって。
自分のことを投げ出して友達を思えるカグヤが羨ましくもあり、イカれてんなとも思う。