発・極夜都市東京 1
1.
マンションや風俗店、ホスト、キャバクラなどの建物が立ち並ぶ新宿体の中の歌舞伎町。
その数ある通りの裏路地。
その寂れた建物の一角にて、宇宙人であるヒイロは麻雀を打っていた。
ここは、すっかり麻雀ソフトなどで通信対戦を行うことが主流の現代の中でも、実卓が残る場所だ。
まぁ、別に淘汰されているわけでもないが。
インターネット黎明期から数百年経つが、なんでもかんでもデジタル化するほど、人間は妄信しているわけでもない。
というのは建前で、言ってしまえば隠れた賭博場だ。
卓を囲んでいるのは彼女より少し年上の青年2人と中年の男だ。
彼らは大学生と高校卒業したっきりのフリーター。
そしてサラリーマンだ。
数か月前、ヒイロは異星人による地球侵略計画の阻止後、今後また彼らが来ないとも限らないので、地球にしばらく滞在することになった。
しかし根城でずっと同僚をからかうのにも飽きて、繁華街を歩いていた時に彼らと出会った。
それからは上からの指示が来ない今、地球の遊びにハマり今に至る。
「はい、またヒイロの負け」
青年の1人、ハヅキが言う。
それにヒイロは椅子の背もたれに身体を預けて、上を向いた。
最近わかったことだが、ヒイロはゲームが弱かった。
まぁ、今までの人生でそれをやったことがないので当然といえば当然だ。
「…休憩、うん。休憩しよう」
ヒイロは折り畳みの携帯デバイスを取り出して時間を見、そう提案する。
現在は12時半。
昼ごはんには丁度いいだろう。
ヒイロの提案に青年らは互いに顔を見合わせた後、生易しい目線を彼女へ向けた。
「鬱陶しいよ。それやめて」
ヒイロは恥ずかしそうに言う。
もう1人の青年、シグレに通信注文をしてもらって、待ち時間。
ハヅキとシグレたちは煙草へ。
ヒイロとサラリーマンのおっさんは備え付けの投影テレビでニュースを見る。
ニュースには政治だったり、殺人事件だったり、サイバー技術進化の報道が流れる。
ヒイロは黙ってボーっとそれを見ていたが、おっさんに不意に話しかけられる。
「ヒイロちゃんさ」
「うん?」
「前から思ってたけど、学校は行ってるのか?
サボるってのもたまにはありだけどさ、ここんとこ毎日じゃないか」
「…」
そういえばこの服は前の事件で、ある程度身分がわかる物として着ていたものだ。
しかし現状、学生が真昼間に雀荘にいるのは、この時代でも変な話といえばそうだ。
とはいえ、ヒイロはその学校に通っているわけではない。
資金はヒイロの属する<機構>組織の根城の表向きの商売で十分得ている。
あの過労で死にそうな顔の上司の声さえなければ、<機構>の法の中においてなにをしていてもよかった。
「あ、すまん。
ふと気になって、な。
…人にはいろんな事情があるもんな。
それに、俺も人のこと言えないし」
黙ったヒイロに対し深刻な事情と思ってくれたのか、おっさんはすぐに言葉を取り下げた。
「別に。
学校が面白くないから行ってないだけ」
ヒイロは申し訳なさそうな表情の彼を見て、なんとなくそう答えた。
「おじさんは仕事、してるでしょ。
営業をして、今はそれこそ少しサボってる」
彼のスーツは、ワイシャツに至るまでしっかりクリーニングがされており、靴も綺麗だ。
そんな人物が無職だとは思えないし、仕事もそこまで上手くいってないとも思えない。
それにここにくるような昼間の男は大抵風俗なりキャバクラで、日々の鬱憤を発散させたいやからだ。
今の相場を考えるに、結構いい稼ぎなのは間違いないだろう。
ニュース番組が切り替わり、CMが流れ出す。
それはもっぱら、サイバー技術の新製品やサービスの宣伝だった。
電脳に支配されたこの星では、そういったソフトウェアやハードの需要が高い。
「おじさんもきっとああいうのを売ってるんだろうな」などと思いつつ、
テレビウインドウを見る。
最近気づいたが、歌舞伎町…いや、それに限らず繁華街には昼といえど様々な人間が集まる。
それにはこうして刺激を求めるものだったり、悪い人だったり。
今席を外している青年らも前者だった。
詳しくは聞いてないが、勉強だったり仕事の職種選択などの理由があるのだろう。
嫌な現実というのは、ずっと見ているのは疲れる。
それは<機構>の殺し屋として仕事をしてきたヒイロも例外ではなかった。
「飯来た?」
そんな一言ともに青年らが戻ってきた。
彼らの身体に付いた煙草の、甘い匂いが漂ってくる。
「5分で来ないよ」
ヒイロの言葉に、2人は笑って席に着く。
ゲームは2時間くらい続いた。
*
日が沈む頃になって青年らと別れた。
主にハズキが今から仕事という理由だ。
ちなみにおっさんはそれより先に帰っている。
夜の街は投影ウインドウに加えて、ネオンや電光看板がそこら一帯を彩っている。
すれ違う人々は、仕事終わりのサラリーマンだったりが、飲みのために来たのか増えてきた。
それにハズキのように、これから仕事という格好の人間も見かける。
ヒイロはこの時間になると入れる店が少ない。
外見年齢…いや、実年齢も含めてこの国の法律ではうろつくことが出来ないようだった。
今の時間この街に面白さはない。
ヒイロはJRまで歩いて、電車で根城に帰ることにした。
道中、昼間におっさんに言われたことが頭の中で思い出される。
このままでいいのか?ということ。
おっさんは学校という環境について話していたようだが、ヒイロにとってみれば、<機構>所属している自分に大した違いはなかった。
仕事がない。のは仕様がないとして、いつまでこうして暇を潰していればいいんだと考えてはいた。
この星の遊びや生命体はつまらなくはないが、<機構>の考えがわからない以上、ヒイロ自身先が不安だった。
まぁ、もっとも仕事があってもまた殺しだ。
気持ちのいいものじゃない。
かつて起きた銀河戦争での生き残り。
その受け皿が<宇宙統括監視機構殺人係>だ。
ヒイロには兄以外に、故郷も親族家族もいない。
その中で<機構>という宇宙的巨大組織もとい宇宙要塞が、彼女の帰る場所でもあった。
そう、殺しは生きるためだ。
今日は友達と遊んだんだ、今はそれでいいじゃないか。
その嫌な考えを振り払おうとして、ある通りで人だかりができてるのを見つける。
遠くからは、聴きなれたサイレン音。
死体がそこまで珍しくもないこの街で、奇妙な光景だなと思った。
なんだか血の匂い、いや、直感がした。
職業柄、なんとなくそこへ足を進める。
人を押しのけ最前列に立てば、そこには倒れた人間とそれを囲んでいる警察の人間が見えた。
まだ発見されたばかりなのか、姿を隠す用の機器による投影技術で死体が見えないようになっている。
しかし宇宙人であるヒイロの瞳には、浮かぶ壁の向こうがはっきりと見えていた。
死体は男。会社員か、あるいは裏の人間かはわからないがスーツを着ている。
昼間のおっさんではない。
胸から血がにじんでおり、首も切断されている。
刃物による刺突が死因だろう。
ヒイロのよく使う獲物も刀物なので少し興味が湧く。
どうしてわざわざ首を切断したのだろうと、なんとなく気になった。
「何があったんですか?」
ヒイロは近くの人に聞いてみた。
「いやな、突然だよ。突然、バンって音が聞こえてさ。
皆で来てみたらああなってたってわけ」
ヒイロは眼前の雑居ビルを見上げる。
ビルはメガストラクチャーを形成した東京では比較的小さいと言えた。
犯人は殺してから、あのビルから落としたのは明白だ。
「ねぇ、これで2件目だよね」
誰かの会話がヒイロの耳にその言葉が届く。
そういえば雀荘で見ていたニュースで、2日前に殺人事件があったなんてやっていた。
そうか、それもこんな死体だったんだなと、ニュースを流し見していた過去の自分になんとなく恨み言でも言いたくなった。
「連続じゃん」
「あれだよ、数年前の殺人鬼じゃない?」
「気持ち悪い」
なんて人々が口にしているのを無視して、ヒイロはその場を後にすることにした。
事件に興味がないわけではないが、自分は<機構>の宇宙人だ。
地球の殺人は地球の人間が何とかするのが筋だろう。
「(まぁ、犯人像当てくらいはやってみてもいいかも)」
そう思いながらやっと駅へ入る。
そして2分後に来た電車に乗って、根城のある新橋へと向かった。
*
次の日。
ヒイロは朝からボーッと部屋のリビングでテレビを見ていた。
朝のニュースは相も変わらず、機械の管理AIだとか宇宙開発の話。
そして昨日の殺人事件が垂れ流されている。
ヒイロは飽きてドラマでもみようとしたとき、仕事仲間のカケルが話しかけてきた。
「ヒイロ」
「んー?」
「今日もどこかへ出かけるのか?」
「うん。暇だからね」
ヒイロは、「どうせ本部からの指示は今日もないだろう」という眼をカケルに向けた。
カケルはそれをいなし、「そうか」といって部屋を出ようとする。
異星人の侵入は今日もない。
本部やアイからもどこどこの組織が…という連絡もなし。
あの出来事から2ヶ月目だが、向こうの組織も色々手を考えているのだろう。
ヒイロは個人的に<機構>もあちらも、この星へ対する拘りはなんだ?と思わなくはない。
その時、ヒイロの携帯デバイスが鳴った。
デバイスは日本製のもので、<機構>からの通信装置ではないから仕事ではない。
発信元は昨日遊んだ青年のシグレからだ。
「もしもし」
『ヒイロ!訊いてくれ、あの!!』
やけにテンションが高いというか、切羽詰まっているようだった。
その様子に、ヒイロは訝しむ。
「どうしたの?」
それは、もはや叫びに近い返答だった。
『いいか、落ち着けよ。あの、ハヅキが、死んでる!!
殺されたんだ!』
「え?」
ヒイロはそれを聞いて、頭が半ば仕事の時のモードに変わるのを感じた。
「行かなきゃ」という気持ちと、なぜかモヤモヤした気持ちがヒイロの中にはあった。
ヒイロは心を落ち着けて電話越しの青年に尋ねる。
「場所は?すぐに行く」
『ああ、場所は昨日のとこに、近い…』
ヒイロは短い別れ言葉を告げて電話を切ると、すぐに身支度をする。
適当な大きめのシャツに、お気に入りの黒のジャケットに袖を通す。
カケルはその様子にヒイロに何事かと尋ねた。
「なにかあったか?」
「うん…友達が殺された。だから」
「犯人を見つけるって?わかってると思うが」
「わかってる。<機構>の力は使わない」
振り返ってカケルに視線を合わせる。
カケルはロボットらしく、いつもの無感情的な視線をこちらに寄こしている。
しばしして目線を外すと、「能力もあまり使うな。アイの力も使えないからな」と言って、部屋を出る。
そしてすぐに布袋に入った刀を持ってきて、ソファに投げた。
「戦うときはこれを使え」
「これは?」
「この星の、太古に使っていた武器だ」
「戦えるの?」
「これをオレに押し付けてきた男が言うには、な
なんでも名刀扱いされていたんだと」
ヒイロは少しそれを見つめる。
「予想してたの?」
「始まりは違うがな。
地球に留まるというなら現地生命体との関係もあると思ってな。
だから捨てずに置いておいてよかった」
ヒイロは、再び刀を見る。
別に何かを感じるわけでもないが、まぁ切り殺せれば武器はなんでもいい。
「ありがと」
2.
ヒイロが現場に到着したときには、昨日見た状況と似ていた。
警察関係者と野次馬。
路地裏のところにハヅキは転がされていたのだろう。
先の薄暗い場所に皆集まっている。
ヒイロは投影テープを通り抜けて現場に侵入した。
流石に刃物で殺された死体の前に刀は持っていけないので、あれは根城に置いてきている。
案の定すぐに警官に止められるが、シグレが事前に話していたのだろう。
携帯電話でシグレの連絡先とハズキと一緒に撮った写真を見せて、時間はかかったが関係者だと確証を得ることである車に案内された。
その車は黒い大きな箱のようだった。
一色のみで作られた監獄のようなそれは、薄ら寒さを感じさせる。
ヒイロは車の中に入れられる。
形はワゴン車に近いが座席が多く、運転席の後ろの空間が広くなっており、簡易的な個室になっている。
車に乗り込むとシグレと、若いーーシグレと同年代の男がいた。
彼らは話をすでに始めていたのだろう、2人してヒイロを見る。
シグレは「あっ」という顔をする。
男はシグレの隣に座るようこちらに促した。
「ナギだ。今回の事件の担当になる」
ヒイロが座って早速男が、自身の警察所属データを見せながら自己紹介をする。
身分データには、所属と<武装隊>の文字が記されている。
ナギは細身で、青い髪に赤い眼が特徴的だ。
武装という肩書を持つだけあって佇まいに隙がなく、ヒイロから見ても強いなという感想を抱いた。
「今は彼から関係と昨日どうしていたかを聞いていた。
次は君だ」
ヒイロは「こういうのは別々に尋問するんじゃないのか?」などと思いつつ
頷く。
「質問だ。
被害者とはどんな関係だ?」
「友人です」
「君の身分データを提示しろ。
サイトを開いて、ウインドウに出せ」
ヒイロは偽装された地球人としての身分を空中のウインドウに映す。
そこには住所と生年月日、氏名が載っている。
「次。
どう知り合った?
彼の身元のデータは閲覧した。
孤児院で育ち、高校時代は非行に走り、現在はスカウトか…。
それで君はあれか?家出か?」
「私は学校には行っていません。
殺された彼とは近くの雀荘で知り合いました」
嘘ではない。
だが、おっさんもそうだが、自身の風貌と今の身分が不一致なのが気になるのだろう。
ナギがチラリとシグレを見る。
彼の顔に変化はない。
ずっと緊張しているようだ。
「彼は大学生だが、雀荘で?」
「いえ、私と会ったときには彼らは仲良かったですよ」
「えっと、はい。
彼とは本当に、歌舞伎町でのコミュニティで知り合いました」
シグレがおずおずと言う。
「刑事さんも知ってると思います。
理系適正がなかったり、家庭の事情なりでいる、その、グレてる若者や、金目的の人間の集まりが」
「…ああ。まぁそういうのは県外でもある話だ。
では君は?」
「僕は、いや、僕こそ好奇心の遊びですよ。
情報師ではないですが、研究でのサンプルとしてこの街の情報を集めてまして」
それを聞いてナギはヒイロとシグレを見比べるようにして、口元に手を当てる。
彼は考える。
「(彼らの関係に嘘は感じられない。
しかし気になるのは、この少女…見たところ15か6だろう。
これで学校に通っていないというのは、この時代考えにくい。
親が相当金持ちか…?いや、だとしたら特殊なケースでなければ逆だ。気になるな)
君は昨日何をしていた?」
「昨日は夕方…たしか卓を囲んでいました。
4人でしましたが、もう1人は途中で帰ってます。
終わったらそのまま…いえ、昨日も事件がありましたよね?
それが気になって少し野次馬した後に家に帰りました」
「なるほど。
もう1人の知り合いとは?」
「それも雀荘での、サラリーマンの男です。
友人…ではないですね。
あそこだけで顔を合わせるだけです」
「そうか。
それで、君は昨日1人で帰ったんだな」
「はい」
ヒイロのよどみない返答を聞くとナギは近くの部下に、投影ウインドウに映る住所確認の指示を出す。
そして、彼らの行動も確認するため、追跡可能な範囲までをカメラの録画で確認させるように言った。
「あの」
シグレが男に声をかける。
「なんだ?」
「いえ、その、あの状態の死体はこれで3件目ですよね。
これって、数年前の殺人鬼の仕業じゃあ…」
「(殺人鬼?)」
ヒイロはその単語に聞き覚えがあった。
確か昨日の事件現場の野次馬が喋っていた単語だ。
ナギはそれに黙った。
ヒイロにもシグレにも、守秘義務が理由だとわかる。
それでも彼は聞かずにはいられなかった。
彼は少しして口を開く。
「答えられない。
言ってしまえば君たちは容疑者だ。
そんな奴らに情報を渡すと思うか?」
もっともだ。
ヒイロは隣のシグレを見る。
彼も答えはわかっていたのだろう、それに対して怒り…などはなかったように見える。
「今回の尋問はこれで終わりだ。
後少し、手続きに付き合ってもらったら帰っていい」
ナギはそう告げると席を発った。
*
ヒイロとシグレは夕方、ファミレスの一角の席で向かい合って座っていた。
机には二人分のドリンクと、1つのタブレットが置かれている。
要するに、彼女らで事件を追おうという話だ。
「…なんであいつが殺されなきゃなんねーんだろうな」
話を始める前、シグレがそう呟いた。
「アイツは確かに、人様から褒められるような生き方はしてなかった。
けどいつか金持って、いい暮らしをして旅行にも行ってって話してたんだ」
ヒイロはそれを知らない。今まで興味もなかった。
だからそんなことをハヅキは考えていたのかと少し意外だった。
「けど、悪いことをしていたなら因果だよ」
「殺されるまでされなくてもいいだろ!」
シグレはキッとヒイロを睨む。
ヒイロはなぜ睨まれたかよくわからなかった。
でも、自分でもよくわからないモヤモヤは晴れず、今自分が言ったことで何故かそれが強くなった。
「ごめん」
「…いや、俺も今のは悪かった」
少しだけ沈黙。
「事件を整理しよう」
ヒイロがそう言いながらメモアプリを開くと指でタブレット画面に書き込んでいく。
「近日で、同じ殺され方の殺人事件が発生している。
被害者は会社員、学生、無職と拘りは無いように見える。
死体は心臓を1突きであって、それが死因になっている。
そしてなぜか首が切断されている」
ヒイロはデバイスで過去の事件の有料記事を見せる。
それぞれの被害者の事情を見ても、賭博の参加者だったり、犯罪集団だったりの関係はないようだった。
「死体の発見場所は新宿、渋谷、千代田区のメガストラクチャー連続帯の中。
今回で新宿で2件、渋谷で1件。
どっちも繁華街。
ハヅキもそうだったんでしょ?」
「ああ」
「で、この手法は、数年前に起きた連続殺人事件の殺人鬼と同じ」
ヒイロは手を止めて正面のシグレを見た。
シグレは顎に手を当てながら喋る。
「考えられるのは、本人か模倣犯かだな。
ただ、どちらにせよどうして数年の空白期間があったかが問題になる」
「警察に捕まるってなったからじゃなくて?」
「街中の監視カメラの数だって限りがある。
限りがある場合、見えない場所もある。
なら、どんな情報師だって無いものは閲覧できないさ。
殺人鬼はそこを突いたから、捕まっていないし、警察は今回も後手に回ってる。
そう考えれば結局は急になんで今?って話に落ち着く」
「他のキッカケがあったってこと?」
「ああ。だがそんなもんはわからん」
ヒイロは殺人鬼が殺人をやらなくなった理由を考えてみる。
・殺人鬼も人間ならば生活しなければならない。
従って、仕事関係で出来なかった説。
・家庭環境変化による家族の目がある説。
しかし、現状では意味のないことだとやめた。
さっきシグレは監視カメラの数に限りがあると言っていた。
しかし、カメラ映像を繋げるなり、逆に被害者の足取りから逆算出来ないかとヒイロは考える。
「知り合いの情報師?ってのに頼んで情報は集められないの?
何かしらは映ってるはずでしょ。
透明人間じゃあるまいし」
「高いんだよ。依頼料がな。
しかも街中の監視カメラはほぼムラクモのシステムに管理されている。
あそこを相手にするにはあっちもリスクが高いって話だ」
シグレは「知り合いのジャンク屋の店長が言ってた」と呟く。
ムラクモは東京を拠点とする、他国にも影響が大きい電脳系の企業だ。
デバイスや電気製品を問わずハード系を販売するが、一番はソフトウェア系のプラットフォーム、OSの開発をしていることにある。
セキュリティ方面でも強く、並みの情報師(ハッカー)も簡単には手が出せない。
それを聞いてヒイロは机の上の携帯電話を手に取り、投影ウインドウを消すと、どこかへ電話をかける。
「誰だ?誰に電話してるんだ?」
「知り合い」
カケルの言葉は、<機構>の力を使うなだった。
なら、それに属してない者の力なら使ったっていいってことだ。
数回のコール音の後に、通話が繋がった。
電話越しに聞こえてくるのは騒がしい電子音たち。
ヒイロはそれに顔を顰めて、少し電話から耳を離す。
「…もしもし」
『あー、なんだヒイロ!』
それは最近また聞き馴染んできた少年の声。
「カグヤ、今どこ?」
『今、アジト近くのゲーセン』
ヒイロと話しているカグヤは、以前の事件であえて生かした元<機構>所属の超能力使いの異星人だ。
彼の超能力は、大抵のことが出来るので、今回の捜査には有効な武器だ。
ヒイロとの、ある契約によって彼女の手駒になっている。
「頼み事。手伝って」
『はぁ、なんで?
カケルもアイもいるだろ!』
「今回は頼めないから、カグヤに電話してるの」
ヒイロの考えとしては、カグヤの広範囲の千里眼能力で、次行われるだろう犯行を監視するという半ば力技に近いものだ。
これなら情報師でも無理な場所を見張ることが出来る。
『…なんだよ。こえーな』
「とにかく、事情は会って話すから、一時間後にいつものとこ集合ね。
これ、命令だから」
『おま、ふざけんーーー』
ヒイロは通話を切った。
彼女がふと携帯から視線をあげると、眼前のシグレが奇妙な顔をしていた。
「知り合いって、情報師だったのか?」
「あー、違う。
えと、探偵。うん、そう。探偵」
「なんだよ。そっちで伝手がいるなら最初から言えよ」
そう言われてヒイロは少し苦い顔をする。
脳裏には調子者のカグヤの間抜け顔がこっちを向いている様が描かれている。
「できれば頼りたくないんだ」
そう言ったヒイロの顔に恐怖を感じてシグレは少し引いた。
「そ、そうか…。えーっと、お金とか大丈夫なのか?」
「貸しがあるから、今回の協力で【絶対に】チャラにしてもらう」
ヒイロの受け答えに、うさん臭さを感じたのか、シグレはおそるおそる尋ねる。
「そうか。…前から思ってたんだけどヒイロって何者?」
「ただ遊び歩いて知り合いが多いだけだよ」