秋葉原から出て、情報師の男を警察署へ送った頃には、朝も近くなっていた。
今は早速、取り調べ係の仲間が男へ尋問している。
普段は電脳課による体内デバイスの情報の読み取りが主なので、今回は久しぶりの口頭だと言っていた。
それには、体内デバイスそのものを変え、それも破棄してしまったという理由がある。
ナギは来れる部下たちを呼び出し、会議室へ集合させた。
ナギは、部下たちと通話回路を共有させ、ムラクモに通話を繋ぐ。
それは秘密の通話番号だ。
脳内に通話音が聞こえて、上役たちとの中継担当と繋がる。
といっても、それはAIシステムなのだが。
『【ご用件をどうぞ】』
聞きなれた、機械の女の声がする。
以前連絡したときは、開発チームが狙われているという話をした時だったか。
「14865だ」
これはあらかじめ決めておいた要件番号だ。
暗号通信化しているが、向こうに情報師が逮捕されたことを知られている今、こうして古典的な合言葉に頼らざるを得ないのは、現代でも変わらない。
『【承知しました。しばしお待ちください】』
その音の後、通信音だけが響く。
さて、とこの間にナギは考える。
情報師に吐いて欲しい情報は、奪ったデータの行方。
そして取引した犯罪集団の詳細。
最後に、奪ったデータの中身だ。
データの中身に関しては、男は知らないと言っていた。
曰く、中身を見れば組織に殺すと脅されたとか。
盗む際も、勿論データには鍵がかかっており、そのまま盗み出したのだようだった。
ナギは、ムラクモたち電脳企業に良い印象はない。
それは各々の会社グループによって社会インフラを大いに支えていることから、国家に対しての特権がある。
今回のように警察に働きかけて、仕事を増やすのも彼らの権限だった。
それは人間である以上魔が差すということがある。
ナギはそれを危惧していた。
要は汚職だ。
そして今回、犯罪者が困るような新プロジェクト。
社会的には良いはずのそれは、ナギにはどうもきな臭く感じてならない。
ピッという電子音の後、マイクが空気を拾う音が聞こえる。
『…なにか動きがあったか?』
誰の声かはわからないが、あの時の男たちの誰かだろうなとは考えるまでもなくわかる。
ナギは単刀直入に、報告をすることにした。
「情報師を捕まえました」
『…ほぉ、それで、データは?』
「現在取り調べ中です。
ただ取引した犯罪集団は現在浅草を拠点にしていると吐きました」
『そうか。男のデバイスは?』
「破棄されていました。
電脳課にも確認しましたが、修復不可能だと」
『ならばデータはその集団とやらへ、すでに届けられたということだな』
「はい。ですので、男からの情報を元に集団メンバーの居場所を突き止めます」
ナギがそういうとしばしの無言が帰って来た。
どうせ向こう側も回線を共有しているはずだ。
大方、経営陣同士での話し合いでもしているのだろう。
そして、重々しくといったように、返答が来る。
『わかった。
では引き続きその組織の壊滅と、データの回収は絶対に行うように』
ここだ、とナギは思った。
「失礼ですがそのデータ、中身の内容を教えていただけないですか?
調べるにもそれがわからなければ、こちらも困るので」
『男は話さなかったか?』
「ええ。
ですのでどういったものか、知りたいのですよ」
しばしの無言。
そこから20秒くらいたったか、絞り出すような声での返答が来た。
『…AIだ』
「AI?」
『ああ。現在、街中のカメラはムラクモと他の企業で、範囲に分けて設置されているのはわかるな。
ただ、今回のように見えない部分もあることは確かだ。
そこで、この国に張り巡らされたネットワークを利用して犯罪行為を随時監視するAIを開発した。
それは、デバイスからデバイスへ、都市システムの中を泳ぐように目を届かせる』
それは監視社会にしようってことか?
なんて一瞬ナギは思ったが、今はそれは重要ではない。
ナギは彼らはすべてを話してはいないと思った。
やっていることは大層なものだが、ただの監視システムの枠を超えていない。
そんなものをそこまで守りたいものか、と思った。
勿論、建前は企業の信用失墜を恐れて…なんて言葉が聞けば帰ってくるだろうが。
それに、それは向こうの組織もそうだ。
金を沢山払ってまで、それを潰したいのか?
犯罪者として、それらがやりづらくなるのは確かに嫌だろうが、ナギとしては金を違法に得る方法など沢山あるのだから、そこまでする理由がわからなかった。
それに犯罪組織とは言え、ここまで人をこの国で殺すことは、リスクが高いのではないかと思う。
殺人鬼に犯行を擦り付けるという考えはあるみたいだが、人間もそこまで莫迦じゃない。
こうして調べれば裏で糸を引いていることなど、すぐにわかるはずだ。
「(まさか警察と繋がってる…なんてことはないだろう。
であれば、上から捜査の打ち切りなりの強引な方法で打ち止められるはずだ。
しかし、ムラクモ側も上も何も言ってこない…となれば)」
それだけ組織側もなんとしても止めないといけないプロジェクトということは、間違いない。
ナギはそれが知りたかった。
「承知しました。ありがとうございます。
またこちらで動きがあれば報告いたします」
ナギはそう言うと通話を切った。
「(どの道、あの男への尋問と組織を叩けば見えてくるはずだ)」
*
シグレと別れたヒイロとカグヤは、中野に帰ってきていた。
現在は朝、6時過ぎ。
彼女らは、近くの牛丼屋に入って朝食を取ることにした。
カグヤはともかくヒイロは食事を必要としないが、誰かと話しながら食べ物を口に運ぶという行為は、不思議な感覚であり、不快ではなかった。
2人はこじんまりとしたテーブル席に座り、カグヤの腕のデバイスで注文をする。
「ヒイロ、これからどうする?」
カグヤが水を飲んで、そう言った。
「…どうするって…?」
「お前の友達を殺した奴は死んだ。
だから俺たちは、別にこれ以上首を突っ込む必要はない。
ただ今回の件、忘れて過ごそうとは俺もお前もならねーだろ」
カグヤは、地球人という生命体に自身と同じ超能力者がいることに興味が湧いていた。
ミコトの件も知ってはいるが、それでもこうも能力者が湧いて出るのは不思議だ。
貴重な能力者を組織をただの刺客にしとくのももったいない。
もう複数か単独か、便利な能力を持ってる人間がいるに違いない。
それに、あのナギとかいう刑事の刀と、まじない言葉。
あれは間違いなく俺たちのいわば、奥義だ。
あれこそが気になると言ってもいい。
「…能力者ね。
もしかしたら、昔から異星人が地球に絡んでるのかも。
それか、地球人が覚醒したか」
ヒイロはカグヤの思考を読んだように…いや、気になることは一緒だったようで、そう言った。
「急にか?」
「この星では機械での肉体機能の拡張をしてるんでしょ?
なら常識では超能力者とは眉唾ものという認識のはず。
ただ、能力者は別に宇宙全体を見ても多くない。
ピンキリで弱い能力者自体ならいくつもいるかもね」
「だからより気になるんだろうが。
こんな辺境の星になんだって…」
「そうだね。
…<機構>も昔から使える能力者を集めてる。
殺人係なんて最たるものでしょ」
ヒイロは少し俯きぎみで話す。
それはカグヤもわかっていた。
最初は銀河戦争のためかなんて思っていたが、今もあんな殺しの序列なんて作ってるあたり、こだわりがあるみたいだ。
「まぁ、今は<機構>の話はいい。
それより、俺はこの件最後までいくぜ。
能力の新しい可能性が見えるかもだしな」
そういうカグヤを見て、ヒイロは相変わらずブレないなと思う。
「…私は、能力者もだけど、やっぱりあの刑事が気になるかな。
殺人鬼もまだ見つけてないし。
ねぇ、そういえば刑事さんはどんな戦いをしてたの?」
「え!?」
カグヤはそこで面食らったような顔をした。
あの緋色の刀身をすぐに思い出す。
おそらくはあの刀身がナギ(使い手)の言葉に反応して能力を行使しているに違いない。
だからこそ、あの刀は、まじない言葉はどこで手に入れたかを、先にナギに聞かなければいけない。
「(ヒイロに今話したら、絶対めんどうなことになる)」
ヒイロとナギの総合な戦闘力ではきっとヒイロの方が強い。
しかし、対人ではナギの方が強いだろう。
それを話して彼女はどう思うか?
ヒイロは兄のことが好きだ。
【鋼鉄の宇宙人】は自分と兄しか認めない上、兄のことを絶対のものと考えている彼女からすれば、ナギの存在は詳細を知れば、許せないだろう。
変に戦うとか言い出さないか…。
ヒイロは兄のことになると思考がおかしくなる。
悩んだ末、カグヤは莫迦になることにした。
「あー、えっと、こうバーッと飛び回ってさ、めっちゃ速く刀振る感じ…?」
「なんで疑問形なの?
てかなんか莫迦っぽいよ、その説明」
「難しいんだよ!」
そうカグヤが顔を歪めたとき、頼んだ朝定食が来た。
良いタイミングだ、とカグヤは話題を変えることにした。
「そういえば、殺人鬼ってさ」
「うん」
「なんで影も形もないんだろうな。
模倣犯が出てきたら普通何かしら行動をしてもいいと俺は思うんだが」
「死んでるか、今は殺しとかに興味ないかもね。
前の殺人で目的を達成したから…とか」
ヒイロは、そう言って無表情に白米を口に運ぶ。
カグヤは黙々と食事をするヒイロを見て、疑るような眼を向ける。
「(なんか元気ないんだよな。
…でも、そりゃそうか。
仇は死んだけど、自分で殺したわけじゃねーし…。
いや、ちょっと待てよ、こいつってそんな友達とか言うタイプだったか、そもそも?)」
「カグヤ」
唐突に名前を呼ばれて、カグヤは夢から覚めるように少しビクッとした。
「な、なんだよ」
「浅草…。あの男はそこに犯罪組織の拠点があるって言ってたよね。
今日そこに行こう。
もう一回能力を使って。
奴らをおびき出す」
4.
情報師の男は、組織の正確な居場所を知らなかった。
しかし、組織の情報は得ることが出来た。
今、取り調べをした同僚から、先に話を聞いている。
「データの受け渡しは顔を合わせず、ロッカーなりトイレの個室なりで受け渡しをしていたらしい。
通信での送信だと割り込みを喰らったときに危ないからな」
「それでたどり着いたのが浅草だってのか?
珍しいな。
いや、それも仮と言えば仮の拠点か」
浅草は古代のガワでコーティングされた歴史的建造物が多く、高層ビルはないに等しい。
またその建造物は、ただ古い街並みを残しておこうなんてものではなく、一言でいえば神域だ。
この時代でも科学がすべてではなく、それらとの相性も良くない。
このあたりから住宅街も増えており、その信仰の元、犯罪も少ない。
そこを逆手にとっているつもりなのだろうか。
「ああ。だが、ある程度メンバーを調べたらしいぜ。
あの男も莫迦じゃない。
あいつも切り捨てられるのは覚悟してた。
新デバイスの手術代とそれでも余る金をもらった時点でな」
「…つまり、それで組織を探ったってことか」
「ああ。だがそこで問題なのが、組織がそれを予見出来ないわけないってことだ」
そう言って、同僚はコーヒーを一口飲む。
確かに組織が相手するのは、情報を生業にしている人間だ。
その中で、ただの取引相手である双方に信頼関係はない。
やり取りする中で、対策しようとも噂や、関係する以上情報を渡してしまうことは避けられない。
金で黙らせるのはわからない話じゃない。
どうせまた新デバイスに手術した後、体よく使おうって魂胆なのだろう。
今回の刺客だって、カグヤの能力で居場所がバレたから始末しようとした。
「それで、わかったことは?」
「ああ。
まずは若い男。そして老人。あとは中年の男たちが2、3人」
「中枢がそれか」
「どうもこの若い男が仕切ってるみたいだ。
まぁ部下のような立ち位置が妥当ではあるがな。
東京ではかなりデカいってのは知ってると思うが、歴史は浅いんだ。
どうやってそこまで大きくなったかはわからん」
つまり若い男が超能力者で、他のものはそれに乗っかる形になっている構図だろう。
ただ、その老人だけが謎の立ち位置だが。
「情報師を捕まえた時点で向こうは逃亡を考える人間もいるはずだ。
例えば、末端とかな。
今は駅なり空港と宇宙港に部下たちを待機させてる。
もし逃亡されようと、そこで捕まえられる」
普通なら、いくら巨大な組織と言えど、警察はそれ以上の国家権力組織だ。
普通に考えれば、相手取るには分が悪いはずだ。
もっともナギとしては相手が超能力者であり、金のある組織、そして目的が対犯罪者用AIプロジェクトを潰すなら、中核が海外なり宇宙なりに逃げるとはあまり思っていない。
せっかく計画を頓挫させたのに、幅を利かせていた市場を手放すのはおかしい。
そのための初期の連続殺人事件というカモフラージュをしているのだから。
義賊でもないし。
まぁ、一度逃げてほとぼりが冷めたらやってくることを考えられるが、一応念のためだ。
末端でも捕まえれるならそれだけで、情報源が手に入るから無駄な作業でもない。
「お前の部下だけでいけるのか?」
「ヒカリがいる」
「あいつか。
で、お前はどうする?浅草で探索か?」
ナギとしては正直そこが手詰まりだった。
目指すは組織の根絶とデータの奪還だ。
組織中枢は大規模ではないが、超能力によるアドバンテージによって活動規模を拡げ、末端を端金で雇って使っている。
最近捕まえてる特殊詐欺の連中…末端から辿って行ってもいいが、それでどれだけ時間がかかるか。
電脳課の連中はネット網に残された彼らの行動記録から、組織を探ってるみたいだがそれも芳しくないようだ。
「またあの少年を使うのが手っ取り早いか」とナギはカグヤのことを考える。
一応連絡先と、そういった場合のことの話はしてある。
少人数故、場所を転々とする組織相手に、正規法では時間が掛かりすぎる。
そこでナギは、相手方の超能力者のことを考えた。
「手がかりの得る方法はまだある。
現状、殺人鬼の模倣犯は殺した。
なら、組織はどうするか?
残りのAI開発者をどう殺すか、あるいはここで諦めるかの二択なのはわかるな。
元々は情報師が見つかり、捕まることは想定してなかったはずだ.
だから順に殺人鬼に罪を擦り付けて開発チームを殺すはずだった。
しかし、それは現状不可能になった。
組織はプロジェクトを何としてでも止めたい。
物は手に入ってるから、再現できる人間を無くせばもう作れない。
バックアップとそれを作った人間をどう始末するはず。
であればだ、そこへ来るはずだ。
そこを返り討ちにするしかない」
「どうせそいつも雇われだ。
組織中枢の人間が実行犯をするわけない。いくら相手がムラクモでもな。
そもそもそいつが実力者ってどんな漫画だ」
「俺が切り殺した子供は超能力使いだった。
しかし、使いパシリということは、より強力な上位の超能力者がいると俺は確信している。
それが複数かはわからないがな。
それに、組織側の当初の想定外もそうだが、あの少女が殺されるなんて向こうは考えてなかったはずだ。
あの子供が幹部でも不思議じゃないし、上役により、強力な能力者が来ることは考えられる。
超能力が強みの少数組織の挽回方法はソレに頼るしかないんだ」
ナギとしてはやはり、無理を可能にするのが超能力者ではないかと思う。
そしてさっきのようにそんな人間なら、組織を牛耳っているはずだ。
ただの人間なら誰も逆らえないから。
「浅草探索は別に任せる。
俺はムラクモ側で超能力者を待つ」
ナギは同僚と別れるとカグヤに電話をかけることにした。
結果はあまり期待していないが。
*
昼の浅草。
ヒイロは耳元につけたデバイスから警察の車の中、カグヤが繋げてくれた通信会話を聞いていた。
あの後店を出て、アジトへの帰り道であの刑事から電話がかかってきたのだ。
内容は捜査協力だ。
カグヤは乗り気だったので、2つ返事で了承した。
しかし、問題はヒイロは必要とされてないということだ。
そこでこうして建物の屋根を伝って、車を会話を聞きながら追うという形になった。
会話が聞こえてくる。
『じゃあ、今から見ますーー』
そしてしばらくは電子信号のノイズが走る。
『ーーーあ』
カグヤが短く声を漏らす。
それは誰が聞いても何か確実に見れた反応だった。
『ーーどうかしたかーー?』
『ーーーー見えました。出してください。向こうは待ってますーーー。
あと、刑事さんにも連絡してください』
それを聞いたヒイロも走りだした黒い車を追う。
そしてすぐにカグヤからのテレパシーが来る。
『(ヒイロ、向こうの能力者と目が合った。
いや、強制的に目を合わせられたに近い。
雑居ビルの一室だ。待ってる)』
『(待ってるって)』
『(あの刑事を相手にする前に、俺たちを殺したんだろ。)』
それに、目を向けさせたのはきっと仲間を追わせないためだ。
むかった先、車が停車したところは少し通りの奥に行けば住居が多い、雑居ビルの前だった。
刑事たちは最初カグヤを車で待機させようとしたが、カグヤは半ば強引に車の外へ出るとビル内へとかけていく。
ナギは今港区にいる。
今から向かっていては少し時間がかかるし、あの能力者を殺したとして事件は解決しないという予感がある。
ここで戦力を一まとめにするのは返って危険だとカグヤは思った。
カグヤとしては自分の能力があれば大丈夫だという確信もあった。
雑居ビルの内部へ押し入るとそこにいたのは、若い男だけだった。
彼に焦燥なりは見えない。
部屋は特別なにかおいてあるわけではない。
男が使っている椅子と事務用と思われる机くらい。
殺風景な白い部屋の中で、男は壁をを見て座っていた。
あれは、体内デバイスで映像を見ているときの目だ。
男は街中を歩いていても不思議じゃない格好だった。
ブルーのシャツに黒のフード付きジャケット、黒いズボン、スニーカー。
見れば見る程大学生のようだった。
ただくせっけのある黒い髪に、まるで角のようにある一筋の赤いメッシュが目立っている。
「俺を見ていたのはお前だな。
潜在能力は見事だよ」
「…嫌味か?今も、この前のアキバでものことも、いや、お前の組織の犯行の監視は全部お前だ」
「お前は俺に出来ないことも出来るだろう?
地球を揺らす念動力とかな。
ここまで強いやつは初めてだ」
それを知っている男にカグヤは驚いた顔をするが、好都合だと思った。
カグヤはこの星1つ破壊するのは容易いのだ。
そんな相手に戦いを挑むとは普通あり得ない。
「…やけに褒めるな。
このまま捕まってくれるのか?」
そう問うカグヤに、男は初めて目だけはこちらを見る。
「いいや、同類。悪いが死んでくれ」
その言葉と共に、男の身体の周りで紫の放電が走る。
それを見たカグヤはとっさに能力で防御するが…。
辺りが一瞬白くなる。
それは神鳴と呼ぶに相応しい音をした。
紫の閃光が走り、建物に穴が空く。
稲妻がビリビリと空中を切り裂くように、煌めいた。
ヒイロはすぐさま、その開いた穴へ跳んで中に入る。
中は相変わらず座って映像を見続けている男。
ヒイロが下を見れば、カグヤはフラフラと立ち上がっているところだった。
「なにやってんだよ、莫迦」なんて思ってヒイロはなんとなく彼を少し睨んだ。
「お、なんだ、今度も子供か。ーーーまぁ首切られたアイツと一緒で普通の奴じゃないか。
お前は何だ?」
男が立ち上がってヒイロに問う。
「私はーー」
「ああ、そういうこと。
なんだ、面白いことになってきたな」
ヒイロの言葉を遮って男は笑う。
まだ何も言っていないのに、その読心でもしたかのような会話の仕方だ。
いや、心を読んでいるんだとヒイロは確信した。
そう、この男が能力者ならESP能力はカグヤ以上。
読心能力だって備えていても不思議じゃない。
それは一瞬沸いて出た単語。
心の中で言ってしまったこと。
つまり読まれたんだ、自分が宇宙人であることを。
「読めるのは心の声だがな。
思考までは読めないのが絶妙に使えないとこだ」
「…降参して」
ヒイロは持ってきていた刀を抜刀する。
鉄色の切っ先が男に向けられる。
こうなったらこの男を殺すしかなくなった。
今宇宙人であるとバレるのはまずい。
男は押し殺すように笑うと、再び紫の電気を周りに発生させる。
「刑事じゃないお前の頼みなんか聞けない」
「…悪いこと、してるんでしょ?なら償うのは普通のことだよ」
「ハハハ…宇宙人に地球の倫理を言われるなんてな。
まぁいいさ。
お前らがなんで地球の些事に首を突っ込むかは心を覗けばいい。
ただ、今は邪魔するんだろ?
本家も分家のやつらも弱くて退屈してたんだ。
簡単に死ぬなよ」
ヒイロの宇宙人としての勘が、攻撃が来るタイミングを察知した。
そして、電撃が走る。
ヒイロは刀身部分でそれを受け流す。
刀身が電撃を伝って、地面や天井へ拡散する。
ヒイロは男へ一気に距離を詰めて、その雷を纏ったままの刀を振るった。
しかし、男は手をかざすだけで刀を止めた。
男の指の先でバチバチと火花が明滅する。
「(こいつ、念動力も持ってる…!?)」
「正確には違うな。
念動力からエレクトロキネシスを発生させてるんだ」
ヒイロはその返答を無視して、一度距離をとった。
「(どうする?これ(刀)を捨てる?だめだ、人が集まってきてる)」
カグヤに目を向ければ道路にはいない。
横を見れば、壁にもたれながら立っているカグヤがいた。
「もう戻って来たか。早いな」
「…身体は痺れてるけどな」
「大丈夫なの?」
「ああ。一応動ける」
「流石宇宙人。やっぱ人間とは違うんだな」
男はそういうと眼球を少し、明後日の方向へ動かす。
カグヤはそれを通信を行う人間の共通する仕草だと聞いていた。
仲間とのやり取りだろうことは考えるまでもない。
今この場にいないことから考えるに、データをどこかへ輸送しているのだろう。
「…宇宙人ども。
お前たちが日本の治安維持でここにいないことが確かなのはわかる。
そう映画でよくあるのは侵略、だろ?
だったらむしろ俺たちに協力した方がいいぜ」
急な話にヒイロもカグヤも疑問符を浮かべる。
「まぁ少しは話を聞いてくれよ。
まずは場所を変えよう。
そうだな…スカイツリーとか良くないか?」
その言葉と共に窓のすぐ横に落雷が来る。
外は晴れなのに、雷が地に落ちている。
そして、景色が入れ替わった。
眼前は青い空、そして強風。
ここは確かにスカイツリー。その展望台の天井部分だ。
「ここなら、邪魔は入らないな。
まぁ、下の人間は暢気なものかもしれんがな」
そう言って男は靴でコツコツと地面をつつく。
カグヤとヒイロは周囲を見渡す。
「…瞬間移動か、これは」
「(こいつ、空間操作も…?)」
ヒイロの脳裏には、殺人係第四位の顔が浮かび上がっていた。
「…ああ、これは俺の能力じゃない。
仲間の力…術ってのかな。
そういう奴らを陰陽師っていうらしいぜ。
昔の言葉だ。だれも覚えちゃいないがな」
ヒイロは興味なさそうに、さっきの話を振った。
「…さっきの協力した方がいいってどういうこと?」
「ん、ああ、そうだったな。あのデータの中身は知ってるか?」
「知らない」
「あのデータ、いやAIは犯罪を抑制するためのものだ。
ただの都市監視システムなりなら、俺たちもムラクモを敵に回そうなんて考えない。
だが、実体はクソみたいなもんだった」
そう男は忌々しそうに顔を歪ませる。
ヒイロたちは黙って男の話を促す。
「いいか、アイツらはな。
人格感情管理AIを個人個人にインストールさせて、負の感情を殺そうってんだ」
この国の人間は、肉体改造によって常にネットワークに接続していると言っていい。
そこを利用して、犯罪を起こさせる心理、用は負の感情をAIによって律するというものだ。
それは怒り、憎しみ、嫉妬などを感じると薬が効くように、その感情を忘れるように心が無になる。
「人間を心から作りかえるなんて芸当、赦せねーよな。
こっちの商売は上がったりだし、俺が俺でなくなる。
困るんだよ、そういうのはさ。
東京も、それ以外の都市の他の組織たちもある種は協力してやってんだ。
その秩序を崩されたらどうなるか…。
アイツらは神にでもなったつもりか?」
それを聞いたヒイロは確かにそれはやりすぎだと思った。
そういった感情、敵意が無ければ人間はもっと早く死んでしまうだろう。
ただ、それが本当に出来るのかは謎だが。
「ああ。お前らは知らないか。
ムラクモ含め5大電脳企業は日本のネット接続権限を持ってる。
そいつらの共同開発品なら、不可能じゃない。
どうだ?協力する気になったか?」
「口に出して言ってやるよ。
俺は別に地球なんぞどうでもいい。
お前と戦いたいだけだ。だから協力はしない」
カグヤがそう言って、前に出る。
「そうか、…そっちの子も同じか?」
ヒイロもあえて頷いた。
ヒイロとしてもまだ<機構>が地球の資源自体が欲しいのか全知生命体を含めて欲しいのかわからない。
それに、侵略前にこっち絡みで面倒ごとは起こしたくない。
男は思案するように口元に手を当てる。
そして彼はは雷の雨を降らせた。
カグヤが能力でそれを防ぐ。
まるで球体上の天幕が張られたように、ヒイロたちに空からの光は届かない。
そしてヒイロが目にもとまらぬ速さで駆け出し男へ刀を振るう。
しかし、それはさっきの状況と変わらない。
「だから当たらねーよ」
男は笑みを浮かべていつものようにバリアを展開する。
案の定、ただの鉄に過ぎない刀は止められるが、ヒイロは空いた右手を振りかぶって【まじない】を唱えた。
「【天謐】」
一瞬赤い閃光が走り、バリアが貫かれる。
男がそのヒイロの腕を認識する頃にはヒイロの腕は人間の腕に戻っている。
そのまま男の服を掴もうと手を伸ばす。
そして男の襟を攫んだ。
「【盈ーー」
そして、2つ目の【まじない】をとなえようとしてーーーそれを中断し彼の頭上へ飛び上がると距離を取った。
直後に大きな電撃が男の正面から走り、カグヤの横を通り過ぎていった。
そしてそれは念動力のバリアを易々と貫く。
ヒイロがカグヤの横に着地する。
「…やっぱ変だよな、あの攻撃」
「うん。嫌な予感がした。…カグヤのバリアを貫くあれはーーー」
「【まじない】ってことか…?けどアイツは言葉を唱えてない」
男を睨むカグヤを見ずに、ヒイロは男を見つめたまま返答する。
「なにかカラクリがあるのかもね。断言できる、間違いなく【まじない】の現象だ」
そう言われてカグヤの眉間が動く。
「(どうなってんだよ、地球は…?)」
ナギといい、この男といい、【まじない】の使い手がいるのでは、過去の自分が莫迦みたいに思えてくる。
いや、別に自分の潜在能力を競っているわけではない。
ここはコイツを踏み台にして宇宙人への道筋を見つけることを考えろ。
カグヤが再び男を見れば、彼は手をわざとらしく払う様に振ると、雷の雨を止ませる。
そして2人へ語りかけてきた。
「やっぱカウンター狙いはナメめすぎたか。
…時間もねーし、今度はこっちから行くぞ」
その瞬間、紫の光、その軌道を残して男が消えた。
最初に攻撃されたのはヒイロ。
男が蹴りを入れる。ヒイロはそれを刀身の腹で防ぐ。
しかし勢いは消せず、カグヤから離される。
そして、次にカグヤに意識を向けた。
念動力での力勝負はただの時間の無駄。
男もそれはわかっている。だから電撃を使っている。
カグヤもとっさに炎を使うことにした。
男は腕に雷を纏わせてカグヤに振りかぶる。
カグヤはその眼前に炎の壁を発生させ、それの範囲を燃え広げるようにして、反撃した。
しかし、それはただの炎。
男の能力で火の防御の膜を気にせず振りぬいた。
案の定炎の先にカグヤはいない。
あるのは、ただ空中に浮かぶ赤い太陽のような球体。
「【赤涙】」
その上からのカグヤの言葉と共に、球体は弾けようと胎動するように、膨らむ。
それは一度燃え移ってしまえば消えない炎。
【まじない】の現象は能力でさえ無効化する。
【まじない】の効果はソレで消すしかない。
使い手である男にもそれはわかっていた。
男は再び回避のために電撃を身体に纏わせて、念動力と合わせ高速で球体から距離を取る。
男は球体を中心に離れる。
そして、それには一度距離を取るという目的を達成したことによって一度動きを止める。
カグヤの【赤涙】は果たして起動しなかった。
その代わり、球体の前に飛び出したヒイロが、赤い刀身を持って横薙ぎに刀を払う。
「【降晴】」
【天謐】は防御不可能の現象・物質消滅能力を持つ。
【降晴】はリーチを伸ばすために使用される、見えない刃だ。
その長さはどこまでも伸ばせ、時にはそれを飛ばすことすら可能だ。
ヒイロの見えない刀身は、一瞬油断した男の身体へと迫る。
「(しくじったな。男のガキが人間を気にしてることを今気づくなんて。けど)」
男の幸運は上空まで逃げたことだ。
そしてお返しと言わんばかりにあの雷撃をヒイロに向けて放つ。
ヒイロは刀へと変化した左手を雷へ向けると再び【天謐】と呟く。
雷撃は切っ先から割かれるように、切り裂かれる。
雷撃を切り裂いた後ヒイロは形状変化させた赤い手を、血を落とすように振る。
膠着状態とも言うべきか、互いに決定打は出せないでいた。
カグヤがヒイロの横に着地する。
男は空中に浮かびヒイロたちを見下ろして、思案するような顔をする。
そして目線を斜め上に向けた。
「やっぱまじない知ってるやつは強いな」
「うん。…でもカラクリがわかんない」
ヒイロは興味深げに男を見る。
「ああ。だが、あの雷撃は一拍置いてから放っている。
てことはあの瞬間にまじない言葉を放っているに違いない。
あの間にさえ目を配れば直撃はないはずだ」
まじないの言葉はヒイロ自身ですらよくわかっていない部分が多い。
ただ出来るというだけだ。
「そうだね。
まずはアイツの動きを止めることを考えるしかないか」
ヒイロが再び構えようとすると、カグヤに呼ばれる。
「ヒイロ」
「なに?」
「俺に考えが…いや、新技がある。
これならアイツも捕まえられるはずだ」
カグヤの不敵な笑みを見て、ヒイロは少し呆れ顔をした。
「…そういうのは早くやってよ」
「色々あんだよ。とにかく打ち合わせはあいつの前だからなし。
ぶっつけ本番だ。
上手く会わせろよ」
「作戦会議は終わったか?」
上空から男が口を挟んでくる。
「待っててくれて、ありがとうな」
カグヤが茶化すように言う。
「…考えることは同じだ。このままじゃ埒が明かん。
仲間もそろそろ指定場所に着く頃だ。
そこで、俺も考えた」
男はムラクモ本社ビル群のある方向を向くと、右の指先に色を集中させ、放電を開始した。
それは当たり前のように【まじない】の一撃だとわかる。
「このままムラクモ本社を射抜く。
それで開発部ごと消せば問題解決だ」
「大罪人になるってか!?正気かよ!」
「この一撃で皆の人間性が守られるならな」
その瞬間、男に重圧がかかる。
カグヤが念動力で空中から叩き落そうというのだ。
しかし、男は自前の能力出力でそれに抗い、その一撃の狙いはブレることはない。
「莫迦が。なんの理屈もなく敵の目の前でこんなことするか」
「(やっぱコイツ嘘ついてやがったな!!
エレクトロキネシスの出力からして、念動力が低いと思ったんだ)
ヒイロ!今からやる!時間を稼げ!」
カグヤが男への念動力を解く。
ヒイロはすかざず大太刀となった左腕を振って、飛ぶ斬撃を男へ切りつけた。
男は今動けない。それ故に攻撃を中断して避けるか、そのまま強行して撃つか。防御するか。
いずれにせよ、その一撃はキャンセル出来ると踏んだ。
しかし男は見る気もせず、その刃が向かってくる方向へ雷撃を放つ。
物理的に先を示すことなく雷撃が放てるのはこれまでわかっていたことだ。
しかし、【まじない】の発動中に同時に【まじない】の攻撃は出来ない。
一度一度唱える必要があるからだ。
だが、ヒイロの【降晴】は相殺される。
驚くヒイロだが、男の本命の雷撃までの時間は稼げた。
「要は、攻撃の軌道をずらせばいいだけの話だ…!」
「もう遅い」
カグヤはこの間に新たなる権能を世界に示した。
男の神の雷と同時に。
「【映浮】」
「【藍独】」
超能力者の男の元ネタは大嶽丸です。
カグヤの元ネタが天狗なので、鬼VS天狗です。