宇宙少女が地球を救う日   作:深瀬悠

9 / 10
発・極夜都市東京 5

 

 

 

 

【藍独】

 

 

 

 

その雷は通常のエレクトロニクスとは異なり、通過した物体を光粒子に変換するというものだ。

従って、当たった場所が焼ける焦げるなどの現象は起きず、粒子となる。

雷とは名ばかりの光線に近い。

それはカグヤの【赤涙】と同種の効果を示す、ある宇宙人が元になった能力だ。

 

【藍独】は接触場所にしかその効果がない代わりに、雷が如く速さが段違いだ。

 

男の能力発動位置から、港区のムラクモビル群到達までは、一刻の猶予もなかったと言っていい。

 

 

そこでカグヤの【映浮】だった。

それは正確には違うが、念動力のある種の極限、見えない重力源を作り出すというものだ。

 

【赤涙】もそうだが、発生させる場所はカグヤの認識範囲。

それは千里眼能力によって、基本どこでも発生させられる。

 

故に、カグヤは【藍独】の直進軌道上に【映浮】を発生させた。

 

 

男の放った光はその見えない物質に当たり、歪んだ。

歪んだ光は空へと逸れていく。

 

 

男はそれに目を見開き、一瞬固まる。

その隙をヒイロは、左の五本指を歪曲し、流動する巨大な刃に変化させて、男を切り刻まんとした。

男は一拍遅れて、目に見える刃を避けるが、そこには【降晴】が付与されていた。

 

男の左足、右腕を切り離し、胸元に傷を作る。

 

痛みに、男自身の浮遊能力が一瞬使えなくなり、地へ向かって落ちる。

 

 

「(…クソが…!!こうなったら直接攻撃しかない!

  あの刑事とガキらごと殺す!)」

 

 

男は能力で傷の止血を行うと、今出せる最大速度で空を飛びムラクモ本社へ向かう。

 

 

「野郎!自爆でもする気か!」

 

「待って」

 

「!…なんだよ」

 

 

今にも同じように空を飛ぼうとするカグヤを遮って、ヒイロが静止をかける。

 

 

「今空を飛んだら、街中の監視システムに確実に私たちが映る。

 それは今やっちゃいけないことだよ」

 

「…ならどうする?

 ちんたら車で追うっていうのか?

 その隙にビルが潰されて逃げられたら」

 

「千里眼があるでしょ。

 それに、今私たちがムラクモに行ったところで、それこそ能力なんて使えないよ」

 

「(んなことはわかってるんだよ!けどな、クソ…!!)」

 

 

確かにおいそれと能力は使えない。

 

そもそも男としては、カグヤのESP能力を知っているのだ。

つまり、ムラクモを潰した後に、俺たちを確実に叩きに来る。

ヒイロの言う様に好きなようにやらせて、またここで待つか探せばいいという選択肢もある。

 

しかし、カグヤはナギの戦いを思い出す。

あの刑事ならば、男が自爆せざるを得なくなるまで追い詰めることもある。

そうしたら、今までの行動が無意味になる。

 

まじないの言葉の秘密、紛失されたデータの行方もわからない。

それだけは避けなければならなかった。

 

どうする?今ヒイロにあの刑事のことを話すか?

いや、余計面倒になる。

なら、賭けてみるか?

駄目だ、どっちの未来になるか、賭けにもならない。

 

能力で前のように監視は出来るが、男が死ぬなんて場面になったときに止められるかと言えば否だ。

カグヤは歯噛みする。

 

 

「困っているようだね」

 

 

そこで突然、あるはずのない第三者の声が聞こえた。

カグヤたちがその方向を向けば、老人が立っている。

 

老人は、そこら辺にいそうな恰好でそこに存在していた。

たまに街角にいるような、占い師。

怪しげなローブなどは着ていないが、易術師のようといえばわかるか。

 

しかし、ここはスカイツリーの展望台の上。

そこに現れるなんてのはただの人間ではないのは確実だ。

 

 

「誰?」

 

 

ヒイロが問いかけると老人はヒイロの右手に持つ刀を指さす。

 

 

「それの持ち主と言えばいいかな」

 

 

ヒイロは思い出した。

確かこれはカケルが押し付けられたと言っていたものだ。

そうか、こいつがカケルに渡した本人かと納得する。

 

 

「あんまり役に立たなかった。

 返すよ」

 

「いや、その必要はない。

 それに君はその刀の本当の力を使えてない」

 

 

ヒイロは眉を顰める。

戦いを見ていた発言だ、それは。

突然現れたことと言い、さっきの空間転移といい、こいつが男の言っていた陰陽師だろうと予想する。

だったら敵か。

 

 

「…なら私には必要ない武器だってのはわかってるでしょ。

 それに、これを私に持たせて、何が目的?」

 

 

老人は頭をもたげたようにしながら、ヒイロたちを見据えて言う。

 

 

「簡単に言えば、私の抜刀術の悪用をするものを倒すことだが…。

 

 まずはあの男を捕まえるのだろう。

 そこからだ、この話の全容は。

 今から君たちに術を使う。一瞬だ、その瞬間にはあの男の元にいる」

 

「待てよ」

 

 

そこでカグヤが静止をかける。

 

 

「信用ならないね。

 急に出て来て、術だなんだって。

 大体アイツの仲間なんだろ?なんで今度は俺たちにすり寄ってくる?」

 

「言ったろう。私の剣術を悪用する輩を消すことだ。

 そのための舞台を作っただけのこと」

 

 

その一言で、この事件は最初から仕組まれたものだとわかった。

 

考えればおかしかった。

何故まだ極秘のプロジェクトの情報を、男の組織が得ていたのか。

内通者か目の前のイカサマのような存在がいなければ知り様がない。

 

同時に、剣術の悪用とはあの刑事のことだろうとカグヤは察する。

あの時、ナギが見せた首を切った瞬間の笑み、あれをカグヤはよく知っている。

殺人を楽しんでいる顔だ。

 

つまりこの老人としては、男と共倒れしようが俺たちに殺されようが、ナギが死ねばそれでいいってわけだ。

裏で操っていた超能力者が使い物にならなかったから、ヒイロに頼ろうとしてる。

 

 

「だけど、俺たちはあの場所で能力は派手に使えない」

 

「それは奴に任せておけばいい。

 君が男が死なないように少し手を加えるだけだ。

 念動力だったか?それなら使っても、はたから見て君と能力が結び付くことはありえない」

 

 

カグヤは思案する。

そこからどうやって、ナギと戦うことになんだよ。

相手は刑事だぞ。

 

 

「ねぇ、あの刑事さんが殺人鬼で、このおじいちゃんは私にソレを殺して欲しいってこと?」

 

 

話を聞いていたヒイロがカグヤに尋ねてくる。

「(ああ、そうだよ。しかも俺はそれをさせたくない…)」

 

カグヤが心の中でそう叫ぶ。

 

 

「…仮に、仮にだ。

 こっちの生け捕りの目的が達成したとして、俺たち…ヒイロがあの刑事と戦う理由はあるか?

 相手は国家権力。しかも大分特別な位と見た。

 そんな奴の暗殺?殺害なんて莫迦げてる」

 

「安心しろ。

 ナギの前に立てば嫌でもそうなる」

 

 

この老人もヒイロの事情を知ってるんだ。

じゃなきゃ、ヒイロに男の殺害を依頼しない。

やっぱ数か月前の事件、知ってるやつは知ってるのか。

 

「こうなるんだったら、あんなクソみたない組織と手を組むんじゃなかった」

カグヤはツケを今払うことに、苦心する。

 

ただ、今はそこは無視だ。

現状この男の誘いに乗るしか、まじないの秘密を得る機会は失われる。

 

乗るしか…ない。

 

 

「わかった。

 ただ、もう一つ条件がある」

 

「なんだ?」

 

「組織が奪ったデータの在処を言うことだ。

 ヒイロ、それでいいな」

 

 

ヒイロはうんうんと頷く。

男はそのことがまるで些事のように目を細めると了承した。

 

 

「わかった。それでは術を始める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナギは、ムラクモビルの屋上にいた。

あの時、ナギは浅草へは向かわなかった。

 

そして今、街中のカメラと部下からの連絡によって、主犯の男がこちらに向かっていることを知り、彼らを待っていた。

 

体内デバイスが通話を受信する。

相手は同僚、よく知っている奴だ。

 

 

『…ヒカリ、どうした?』

 

『さっきは大丈夫だった?こっちからでも雷が見えたよ』

 

 

響いてきたのは、若い女の声だ。

宇宙港と空港部隊の隊長のヒカリ。

ナギと同じ、武装隊の一員だ。

 

 

『ああ、運よくビルには当たらなかった』

 

 

正確には、ビルの目前で曲がって逸れたからだが。

きっとあの少年のおかげだろうということはすぐにわかった。

 

 

『ふぅん。

 あ、そうだ。

 末端どもは根こそぎ捕まえたよ。

 抵抗したやつは撃ち殺しちゃったけど』

 

『データは?』

 

『それがてんでダメ。

 皆持ってなかった。だから末端って言ったんじゃん』

 

 

データは未だ中身を空けられていない。

情報師の男が捕まった時点で、それを開ける術は今彼等にはないだろう。

ということはデータの破棄か、解錠のために別の情報師の元へそれを届けるかだ。

 

海外やコロニーではないということは、国内の情報師のところが妥当か?

いや、それを決断するには時期早々かもしれない。

男もその組織も莫迦じゃない。

何かしら、いや、ナギも薄々気づいている方法をとっているかもしれない。

 

 

『わかった。

 引き続き待機を頼む。

 可能性は低いが、裏の裏という場合もあるからな』

 

『いいけど。そっちはどうなの?』

 

『今組織の主犯格がこちらに向かっているみたいだ。

 あと数十秒で来る』

 

『へえ!やっぱ超能力者ってすごいんだね。

 いいなぁ、私も戦ってみたい』

 

 

いつものイカれ女だなと思いつつ、それを無視することにした。

 

 

『…こいつを達磨にして、尋問する。

 たとえ死なれても、組織は壊滅するはずだ』

 

『勢い余って殺さないでよ、殺人鬼くん』

 

 

そう言い残してヒカリは通信を切った。

 

「そろそろつく頃だろう」

 

ナギは無表情に刀の柄に手を添える。

激しい風の流れる音がする。

 

 

そして、男は現れた。波打つ雷撃と共に。

 

 

ナギは抜刀すると雷を切り払う。

赤い刀身は、紫電を受け流し、周りの物体へぶつかり、発砲音に似た音を立てて辺りに伝導した。

 

男はナギの背後、距離をとったところに着地する。

彼を見れば、片足、片腕がなく、シャツは血が滲んで黒くなっている。

しかし、男は両足で立つような重心で難なく立っている。

これは能力によるもので間違いないだろう。

 

ただあそこまで傷ついているのは、カグヤのおかげか?

超感覚が主だった能力だと思っていたが、やはり能力を隠していたのか。

浅草の部下がしてやられたのも、カグヤのソレだろう。

 

疑問に思うナギだったが、今はいいかと一度考えを捨てる。

 

 

「…態々、外で待ってたんだな」

 

「お前が主犯格か。

 調べはついてる。

 殺人関与、特殊詐欺、オンラインカジノ、マネーロンダリング…罪状を上げればキリがないが、

 一番はムラクモ襲撃だ。

 貴様を逮捕する」

 

「逮捕か。

 まぁ、行く末はなんとなくわかってるが…まずはこのビルをぶっ潰してからだ。

 

(あいつらは追ってこないか。まぁ昼間に空なんか飛べるわけないわな、特に宇宙人は)」

 

 

そこでナギの手に、赤い刀が握られていることに気づいた。

そうだ、あの元実験体の少女を殺したのはこいつだったなと思い出す。

 

 

「てか、その刀。お前があの子を殺した刑事だな」

 

「ああ、あの髪のガキか。

 なんだ、家族だったか?」

 

「いや、廃棄場で拾った子だ。

 結構使い勝手が良かったんだが、お前のせいで台無しだ」

 

 

男は長々と戦闘する気はなかった。

 

ここまでの移動時間において、仲間は匿名通信によるデータの送信に成功した。

後はあらかじめの指示通りに、情報師にデータの解錠と改造・転用をするだけだ。

男のすることはここでムラクモを壊滅させること。

 

念動力を持たないナギは広範囲の雷を防ぐ術を持たないだろう。

 

男はすぐさま上空から雷をさっきのように降らせた。

ひときわ大きな一撃を。

それはまさに、神話に聞く神の鉄槌に似た現象だ。

それはビルを貫き、倒壊させるほどの威力がある。

 

しかしナギは、雷が着弾する瞬間を切る。

 

 

「【降晴】」

 

 

その飛ぶ斬撃は雷を両断し、空中で光は霧散する。

そしてそのままその一撃は男へと向かう。

 

 

「それは今日、何度も見た」

 

 

男は雷を纏うと、高速移動にてソレを避ける。

そして当たり次第に複数の雷を放つ。

その中には【藍独】も混ざっている。

やはりそれが当たれば、勿論足元の建物は無事では済まない。

 

男に通信信号のやり取りが見える。

それは片目の瞳孔の奥が明滅していることからわかる。

その様子をナギは気づいていた。

 

ナギはその場から移動すると、雷がビルへ直撃しないようにすべて切ることにした。

 

 

「【降晴】ーー尾呂智」

 

 

それは以前見せた八連撃の真の姿。

飛ぶ斬撃の八連撃が、雷すべてを切り、あるいは打ち消す。

 

ナギはそこでまじない同士の効果に気づく。

 

 

「(一つだけ相殺した?切れなかったということはあの一撃だけは特別だということか)」

 

 

以前、ナギの剣の師匠が言っていた。

この刀を持ち、唱えた言葉は特別な現象を起こす。

しかし、その現象は他にも数多に存在し、ぶつかればば打ち消し合う性質がある。

 

ナギが見たものはまさにそれだった。

 

ナギは再びその場で抜刀前の姿勢になる。

 

 

「(奴の目的はビルの倒壊による圧殺か、逃げたところを無差別放電で葬るかだろう。

 雷をすべて打ち落としながら、奴を切る)」

 

 

ナギは自身の剣術の奥義を繰り出すため、踏み込もうとしたときだ。

 

背後に気配を感じて一度その場を飛びのく。

見ればあの子供たちだ。

 

 

「(急に気配が現れた。瞬間移動か…?)

 

 おい、離れてろ!今からコイツを切る!」

 

 

そう叫んだナギだったが、カグヤが同じように叫んで返答する。

 

 

「気を失わせるだけでいい!長引けばここで能力を暴走させる気だ!」

 

 

そう言われてナギは男を見る。

彼はバレたと言わんばかりの不敵な笑み。

さっきの行く末の発言はそういうことかとナギは納得する。

 

ナギとしてもまだデータの行方を知らないのだ。

切るとは言ったが殺すわけにもいかない。

 

ナギは再び抜刀の姿勢を取る。

 

この一撃で決めてくると予感した男は自身の奥の手を出すことにした。

 

男は自身に雷を纏わせる。

そして、自身に向かって【藍独】と口に出して唱えた。

 

【藍独】の自身への使用は、一次的に【光の宇宙人】と同等の力を振るえるということだ。

そして、体内には莫大なエネルギーが帯電し、一度にそれの放出も可能だ。

 

カグヤは被害を抑えるため、念動力を展開した。

 

最初の動いたのは男だ。

それは簡単な突進。

しかし、ナギへの着弾の瞬間に全エネルギーの解放をする。

これでこのビル群…いや、一帯が吹き飛ぶ。

 

男の身体は今や光の粒子となって、ナギに襲い掛かる。

この感覚はたった一瞬、刹那だ。

 

男はナギが反応出来ないと踏んだ。

光の速さだ、そう考えるのは不思議じゃない。

 

ただ、ナギは焦る様子もなく再び刀身を見せる。

 

男の身体に穴が空く。

 

ナギが放ったのはやはりというべきか、【見えない】突き技だった。

それも刀を抜き、切っ先を向けるだけで発動する技。

 

 

「【降晴】ーーー雫」

 

 

粒子となっていた男の身体が再構成される。

しかし、その腹には風穴が空いていた。

そしてその一撃は、大気と雲を穿ち、空に大きな円を作る。

 

周りには不発した光たちが霧散し、男がナギの背後に倒れる。

 

 

「急所は避けた。

 その状態ならば、攻撃能力はまともに使えないだろ。

 止血は自分でしとくんだな」

 

 

ナギはうつぶせの男に、見下ろすように語り掛ける。

男は血を吐きながら、ナギを睨む。

すぐそこにある革靴を掴もうと必死に手を伸ばすが、ナギはそれを蹴って遮る。

 

ナギは体内デバイスから部下たちに通信を行う。

 

主犯逮捕。

 

 

 

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

ヒイロは言葉を失っていた。

それは勿論、ナギの剣技ーーその技は、自分と兄しか使えないはずのまじない。

それを使っているということ。

 

そして何より、あの刀は自分の同族の成れの果てだ。

 

ヒイロはナギに詰め寄った。

 

 

「…その刀と技は、なに?」

 

「なに、とは?

 それより、改めてどうやって来た?カグヤ君の能力か?」

 

「そんなこと、どうでもいいよ。

 早く答えて」

 

 

睨むヒイロに、ナギは怪訝な顔をする。

 

 

「…これは俺が修めた抜刀剣術だ。

 刀は流派に伝わる宝剣だ。

 どうだ?満足か?」

 

「…」

 

 

それに、ただ立ち尽くすヒイロを無視して、ナギは部下たちに通信で指示を飛ばしていく。

 

 

『ヒカリ、信号は受け取ったな』

 

『うん。でも、やっぱり肝心のデータの持ち主は来ないよ。

 やっぱ通信でやり取りしたのかもね。

 訊けないの、そいつに?

 てか死んでる?』

 

『生きてる。

 男は通信のやり取りを戦闘中もしていた。

 数日は気を抜くな。

 

 あとで他の検問地点の確認も一応しておく』

 

 

とはいえ、東京以外の県にまぎれられたらとしたとしても、いよいよ難しい。

ナギは倒れ伏す男の顔の前でしゃがみこんで話しかける。

 

 

「おい、死んでないだろうな

 盗み出したデータはどうした?」

 

 

そう言いながら男を見れば、傷口だけは塞いだ男は眼球だけを動かす。

そして、血に塗れながら笑顔を見せる。

 

 

「お前ら…直接のやり取りに、意識持ってかれすぎ、なんだよ。

 てかよ、なんで襲撃同日にやろうなんて、発想に、なるんだ、間抜け」

 

 

ナギとしても、元々データの奪還は不可能に近いことは、薄々わかっていた。

だが、過去のデータの受け渡し事例から見ても、同じ方法を取ることを予想した賭けだったが、ハズレだったか。

 

一度移されたデータから再びデータをインストールした人間個人がわからなければ、データは追えない。

実質取り戻すのは不可能に近い。

 

勿論、これが嘘の可能性もあるが…。

 

 

「…そうか。

 どこだ?いや、誰に送信した?」

 

「言う…わけねぇだ、ろ」

 

「だろうな」

 

 

そして男は意識を失った。

ナギは舌打ちすると再びヒイロたちに意識を向けようとして、突如として起きた殺気に反応し、

彼はとっさに納刀状態の刀を顔付近まで持ち上げた。

すぐに銀色の残像が走り、甲高い衝突音がする。

 

ヒイロが刀でナギを攻撃した瞬間だった。

 

 

「ヒイロ!」

 

 

カグヤが声を上げるが、ヒイロにはもはやその声は届いていない。

 

 

「何の真似だ?」

 

 

ナギがヒイロの刀を弾き、互いに距離を取り、睨む。

 

 

「あなたが殺人鬼なんでしょ」

 

 

その言葉にナギは目を見開くが、すぐにしかめっ面に戻った。

そしてヒイロの持つ刀をまじまじと見る。

 

 

「お前が俺を断罪しようってか。

 だがな、俺はそういう契約で公僕をしてる。国以外で俺をどうこうは出来ない」

 

「…違う。

 その刀で好き勝手して欲しくないだけ」

 

 

ヒイロは自身と兄しかいない種族だ。

そう思っていた中で、現れた3人目の存在。

しかしそれは物言わぬ武器となり、しかも大義もない殺人鬼に好きなようにされてる。

到底許せるはずがなかった。

 

翻って、当然ナギはその言葉の意味が最初、不可解だった。

しかし、ヒイロの持つ刀。

そしてこの歳でかつ、刀を使い、戦闘慣れしている佇まいから、ある考えが浮かぶ。

 

 

「…お前、ジジイの弟子か。

 奴はどこだ?近くにいるんだろ」

 

「知らない。快楽殺人をするあなたを止めろ、とは言われたけど」

 

 

それを聞いてナギは苦い顔で舌打ちする。

 

 

「ボケ老人が。

 ついに子供頼みとはな…!

 

 やっぱあの時皆殺しにしとけばよかった」

 

 

ナギは不意にカグヤの能力で、吹き飛ばされる。

大きくヒイロと距離を取らされるが、持ち前の技術で態勢を崩すことなく、その勢いを止めた。

 

 

「ヒイロ、待て。

 ここで奴を殺せば、面倒になる。

 あいつは契約と言った。

 ってことはそういう部隊なんだよ、最初から黒だ」

 

 

カグヤがヒイロの肩を掴み、説得を試みる。

 

 

「でも、刀は私が奪う。

 アレは兄さんと私だけのモノだ」

 

「いいか、あれに心はもうない。

 ただの物質だ。

 そんなんに一々感傷的になるな。お前らしくない」

 

「宇宙人じゃない、カグヤにはわかんないよ」

 

 

ヒイロはカグヤを振りほどいて駆けだすと、一気に最高速度に達し、男へ切りかかった。

ナギは仕方ないと言わんばかりに応戦する。

カグヤは、苦い顔でそれを見る。

 

 

「(どうする?このまま不利な状況だと、ヒイロは負ける。

 さっきみたいに能力を使ったとしても…切り伏せられる可能性が高い)」

 

 

カグヤの行き場のない左手は、何かしようとして、躊躇する動作をするだけだ。

公的に見ればナギと戦う理由などないのだ。

ただ、あの老人とヒイロの私情のみで戦っていると言っていい。

 

 

「(クソ…!今俺が入ったところでヒイロは止まらない。

 好きにやらせるか…?幸い屋上のカメラはあの男の雷撃でぶっ壊れてる。

 邪魔者の侵入は能力でどうとでもなるが…)」

 

 

繰り返しになるが、ヒイロにはナギのように剣術はない。

それに能力を使えば、嫌でも肉体が変化し、彼女が人間ではないことを明確にしてしまう。

超能力者の男はともかく、公僕と言ったナギにそれを見せるのは、悪手だ。

故に彼女は高速で移動し、スピードで翻弄するようにナギへ、鉄色の刀を走らせる。

 

しかし、ナギもその程度の相手など腐るほど相手している。

 

 

「【降晴】ーーーー素戔嗚」

 

 

ナギが繰り出したのは自身を中心に360°、斬撃波を繰り出すもの。

まるで嵐、台風のように無数の斬撃が飛び回る。

 

ヒイロは刀でそれを受けるが、自身の刀ではないため完全には捌けず、身体にいくつかの切り傷を作った。

態勢が崩れた彼女は膝をついて、刀で身体を支える。

 

刀を振った瞬間がまるで見えない。

そこでヒイロはナギが対人ならば自身を凌駕する存在だと悟った。

 

ナギは技の終わりに刀を納刀すると、驚いた顔をする。

 

 

「危うく殺してしまったと思ったが、眼がいいな。

 ジジイの弟子としては未熟もいいとこだがな。

 

 …おい、もうやめろよ。

 あんな老いぼれの言うこと聞いたって、どうにもならない」

 

 

ヒイロとしては自身の同胞の亡骸で快楽殺人をしていたナギを許せないだけだが、ナギはそれを知らない。

 

ただ元師匠に言われてやってるという行為をする子供に少し、昔の自分を見た気がした。

だから兄弟子として道を説いてやろうなんて考えた。

 

 

「うる、さい。

 殺人鬼の言葉なんか、聞かない。

 (やっぱり能力を使うしかない。さっきみたいに一度だけ【天謐】を使うしか…)」

 

 

フラフラと、右手に剣を持ち立ち上がろうとするヒイロを見て、ナギは目を細める。

 

 

「…俺も最初は、持てる技術で首を切るのが好きだった。

 だがな、途中で気づいた。

 悪人を切り殺すときが、一番気分がいいんだってな。

 

 世の中の役に立ってる。

 心を置きなく技を使える。

 

 天職だよ、今の仕事は。

 確かに過去はしょうもないことにこれを使ったが、今はこの剣自身も喜ぶ使い方をしてる」

 

「それをあなたが決めないで」

 

「今の攻防で大体わかる。

 お前そこまで戦い、武術自体に乗り気じゃないだろ。

 たまたま適正があって、役割を与えられた。

 だからやってる。

 

 お前には根っこがない。

 

 大方、孤児かなんかでジジイに拾われた流れだ。

 ただ誰かに言われて、俺を殺すためだけの人生に、お前は本当に疑問もないのか?」

 

 

そう言われて、ヒイロは言い返せなくなった。

ナギの刀への執着も忘れて。

 

その言葉はまさに青天の霹靂だった。

 

麻雀仲間のおっさんの言葉、そして自身の今の<機構>との関係が呼び起こされる。

 

刀を、同胞を取り戻したいのは本心だ。

ただそれは今だけ戦う理由だけのもの。

 

今までのことは心から出たものではない。

全部何かしていたくてそれっぽい理屈を並べただけだ。

 

ハズキを殺した犯人を捜そうとしたことも、シグレに付き合っただけ。

能力者に興味が湧いたのも、<機構>の殺し屋だから。

その殺し屋の立場さえ、能力を持って生まれた責務として、殺し屋の役割を与えられただけ。

敵を切り殺すことで世界のために生きているという自身へかけた暗示も。

 

全部、どこか他人事のようだった。

自分で何一つ心からやろうと思ってやってるものじゃない。

 

それを見透かされたことで、ヒイロは動揺してしまった。

 

ヒイロは俯きながら、切っ先をナギに向ける。

とにかく今は同胞を取り戻して、心底腹が立つ殺人鬼を再起不能にしてやろうと考えた。

そして、一瞬でその場から姿を消すと、右手の刀で突きの動作をする。

 

ナギはそれに対して、内心ため息を吐くと技の準備をする。

避けて懐へ入り、切ればいいだけのこと。

 

しかし、ヒイロの攻撃は突きではなく、刀の投擲だった。

 

 

「(武器を、捨てる…!?)」

 

 

結局のところ、ヒイロが選択したのは超能力者の男に使ったやり方と同じだった。

しかし、ナギはヒイロの能力を知らない。

その初見の付け焼刃だけが、ナギへの勝利へのたった一つの道筋だとヒイロは信じた。

左手で自身の緋色の刀を振るう。

 

 

「【天謐】」

 

 

狙うは男の右腕。

刀を握る手首だけを消し飛ばす。

最悪刀を折ってでも、同胞を葬ってやるつもりだった。

そういった思惑だった。

 

さて、刀が殺傷を持つ部分はどこだろうと考えたとき、誰でも研がれた刃部分と答えるだろう。

そしてヒイロの能力効果も【降晴】を除けばそこだ。

 

ナギはその一撃に当たればただでは済まないとは、第六感でわかった。

しかし、大きく避ければ第2撃で深手を負う予感もある。

従って、刀での打ち合いをせず、柄の先で器用にヒイロの刃の峰部分だけを当て、刀の軌道をズラす。

弾かれたヒイロの刀身は、上へ持ち上がる。

 

そして、持ち上げられたヒイロの手元。

その手と一体化した刀の肉体変化を認識し、ナギは面白いものを見たと言った表情をすると、すぐに技を繰り出した。

 

それはただの抜刀術。

それでもヒイロの身体は脇腹から肩にかけて、斜めに身体を切られる。

 

そして、腹を蹴られ地面へと転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カグヤはヒイロに駆け寄り、彼女を抱き起こす。

傷はあの刀で切られたが、浅い。

ヒイロは気を失っているようで、赤と緑の瞳は瞼の裏だ

 

 

「殺しはしない。

 この子は悪人ではないからな」

 

 

ナギはもはやヒイロには興味ないように、カグヤに目を向ける。

 

 

「ジジイの術だろ。

 ここに来たのも。

 で、俺の暗殺は失敗したと見ていいと思うが、お前も戦うか?」

 

「…いや、あんたはさっき経歴から国にスカウトされたと言った。

 俺が戦ったところで意味がない。

 それに俺には戦う理由がない」

 

 

その言葉、眼を見てナギは肩を竦める。

 

 

「冷静だな。

 で、ジジイは…ああ、いや、そういうことか」

 

 

そういうが否や、ナギは抜刀すると一振り、何かを払う様に虚空を切った。

するとその方向の空間が歪む。

ユラユラと蜃気楼のように向こうの景色が揺れると、すぐにあの老人が現れる。

 

 

「随分な挨拶だな。

 お前に近づくのにどれだけかかったか」

 

「なるほどね。

 お前がこの事件の黒幕か。

 ガキばっか使って、気持ちわりぃな」

 

「ああ。これは失敗だったよ。

 正確には今は機ではなかったというべきか」

 

 

そう言って、老人はカグヤたちに、いや、ヒイロに目を向ける。

その瞳を見たカグヤは反射的にヒイロを庇う様に抱え直す。

 

 

「その子を弟子にでもする気か」

 

 

ナギが睨んでそう言う。

ヒイロとの戦闘でナギは老人の差し金だとはわかったが、弟子ではないなと気づいた。

彼女の戦い方にはあまりにも戦術、型がなさすぎる。

きっと強いと言っても、才能で今までどうにかしてきたんだろう。

 

 

「ああ。

 この時代、お前を倒せるのはこの子しかいない」

 

「…兄弟たちには悪いことをした。

 俺は今でも夢に見る。

 けど、あいつらが黄泉から何を言ってこようが、俺の、いや、あんたの剣術の完成にはあれが必要だった」

 

「ほざけ、人殺し」

 

「おい、勝手に話進めてんじゃねぇよ」

 

 

そこでカグヤが口を挟む。

確かにカグヤも、ヒイロの才能頼りの戦い方には危機感があった。

それを克服し、その上で勝てたらなんてのは理想だった。

 

カグヤにとってヒイロとその兄は憧れの、いや、一種の神聖さを感じていた。

それに勝手に手を加えて、あまつさえ、それが私怨を晴らすためのものだとか、カグヤとしては許せるはずがなかった。

 

 

「君は、ああ、そうだ。

 超能力者の子だったな。

 悪いがこれは、この国の、星のためにもなる。

 邪魔しないでくれ」

 

「その殺人鬼一人殺して何が変わるんだよ」

 

「変わるさ。

 我らが剣術は国、ひいては地球を守るために存在する。

 それが300年前からの契約だ。

 その代行者が悪人などと、どうしてこの星が守れる?」

 

 

カグヤはその言葉の意味を考える。

 

もしかして、俺たちが来ることを予見していた…?

 

 

「300年前?

 ジジイなんだ、その話は?」

 

「その剣のことだよ。

 お前には昔、話したな、その宝剣は剣術が出来たころからのモノだと。

 

 あれは昔、宇宙港の前、そう、羽田空港と呼ばれていた場所に隕石が落ちたところから始まる。

 その隕石に乗っていた鉱石から私が採取し、刀鍛冶に鍛えさせたのがそれだ」

 

「おい、てことはジジイ。お前は一体…」

 

 

ナギは奇怪なものを見る目で老人の姿を捉えるが、彼は何も言わずにカグヤたちに近寄る。

 

逃げられる、と感じたナギは一気に踏み込むと一気に切りかかる。

しかし、首を狙った一撃はやはりというべきか、空を切る。

 

さっきまでナギの居た位置に老人たちがいる。

いや、これは彼らと位置が入れ替わった…!?

赤い瞳を向けるナギに、老人は視線を合わせず昼の天を見る。

 

 

「ナギ、また会おう。

 失敗作でも、顔を見れたのは嬉しかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カグヤは気づけば、自身のアジトにいた。

幻覚ではない。

出るときに、片付けるのが面倒でそのままだった物が散乱している。

そして、すぐにあの老人が自分たちを見下ろしていることに気づく。

 

 

「気分はどうかな?

 急な空間転移は、感覚が狂いやすいんだが…その様子だと大丈夫だね」

 

 

カグヤはすぐに能力を使おうと構える。

 

 

「待ちなさい。

 別に今君たちをどうこうはしない」

 

「…俺はあんたを信用してないぞ。

 結局、あの男のまじないの秘密も聞けなかったしな」

 

「それはこの星を知っていけば、自ずとわかることだ。

 まぁ、あの戦闘で気づけない君たちにも問題はあると思うがね」

 

「…その口ぶり、やっぱり俺たちが地球人じゃないことを知ってるんだな」

 

「ああ。

 君が右腕を失った瞬間も見ていたよ」

 

 

カグヤは無意識に右腕の付け根を撫でた。

ヒイロに切られた断面は、本当に最初から右腕がなかったかのように綺麗だ。

 

やはり派手にやりすぎたなと、今更ながらカグヤは思う。

地球には今までの星々にはない、深いナニカがある。

これからはある程度慎重にいかなければいけない。

 

 

「あんたはどうやって、知ったんだ?

 こんな辺境の星で、外宇宙進出もしてない文明で、そこまでどうして知れたんだか。

 …その術ってのも、【能力】だろ?」

 

「…それは昔した約束で言えない。

 予見した通り、ことが起きている。

 情報を渡して予定が狂っても困る」

 

「神様、みたいなことを言うんだな」

 

「私の友人だ。

 いい奴だよ」

 

 

そう言って、老人は初めて朗らかに微笑む。

胡散臭さが拭えず、カグヤは胡乱な目を向ける。

 

 

「…そんで、ヒイロを弟子にするってのは?」

 

「ああ。

 正直、その子には悪いとは思う。

 しかし、さっきも言ったが、ナギを倒せるのはこの子しかいない」

 

 

カグヤは改めてナギの剣術を思い出す。

 

【鋼鉄の宇宙人】は、4つのまじないを使う権限がある。

しかし、あの刀で使われていたのは【降晴】のみだ。

つまり、こいつらの剣術はその1つのみに絞った進化をしたもの。

 

その中で現れた、能力だけなら十全に使える存在は、確かに目をつけて当然だ。

 

しかし、それでもカグヤには、誰かの私怨のために使われるヒイロを想像して、嫌だった。

 

 

「私怨だろ、それはあんたの。

 あの刑事は確かに殺人鬼だったけど、それでもこの国では困ることがない。

 あいつが治安維持してるんだ。

 それでこの国の秩序も守られてる」

 

 

それに、後々侵略を開始する<機構>だって、人間1人で困ることはないだろう。

いくらまじないが使えたって、最悪、人間である以上、第五位の能力には逆らえない。

全ては無駄なことだ。

 

 

「いいや、宇宙人どもはナギの剣技とあの刀なら倒せるさ。

 

 それに、ヒイロくんと私の目的は一致している。

 勿論、思いは君の言うように違うがね。

 彼女も、話を聞けば「うん」というはずだが」

 

「…それはコイツ次第だ」

 

 

カグヤも、そのことはわかっていた。

眠っているヒイロを見る。

「暢気に眠りやがって。早く目覚めろ」なんて思った。

 

 

「それにな、これ以上は言えないが、ヒイロくんには強くなってもらわないと困る。

 未来においてな」

 

 

「未来においてな」

昔死んだ同僚がよく同じ言葉を吐いていたなとカグヤは懐かしく思った。

 

 

「未来。未来ね。

 まぁ、とにかく話はわかった。

 俺は契約上、ヒイロの駒だ。

 …こいつの意思には従う」

 

「…これで話はついたな。

 それでは私は一度退散しよう。

 数日後にまた」

 

 

そう言って老人は空間の歪みに消えていなくなる。

 

カグヤは最初、ただヒイロの兄に追いつければと思っていたが、とんだ厄介事に巻き込まれてしまったと過去の自分を少し恨む。

まじないの秘密、地球人の祖の秘密、今の日本の、地球の裏。

やることは沢山だ。

 

カグヤは、とんだ魔境に来ちまったなと思った。

 

 

 

 

 






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。