色々短編集(エグめ)   作:如月@カクヨムとなろうでも投稿しています

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縛糸の刻印

 昔見た景色が忘れられないでいる。とある人形劇。それは駅前でやる道楽の一つで、素人の作品だった。今思えば、それは拙い作りで、継ぎ接ぎも見えてしまうものだったけれど、当時の僕からは最高の光景だったのだ。

 人形を動かす手に、口からは物語が紡がれ、くるくると人形たちは宙を駆け巡る。一つの劇場のようで、当時の僕には衝撃と共にこれをしたい!これを助けたい!という激情が胸の中に広がっていた。

 

 

 

 そんな僕は挫折をしてしまっていた。念願かない、人形職人になることが出来た僕であるが、その職場の職人さんは気難しく、見て覚えろを地で行くタイプだった。

 最小限の知識を本で学び、実践を繰り返し、そして職人がぽつりと偶に呟く言葉を必死に頭で留めて、どうにか頑張っていた。でも、僕は才能がなかったようで、職人さんに届く未来が見えず、食事も喉を通らない。

 果ては、職場に行くのを止めて、サボってしまった。そんな後悔と挫折の只中に僕はいたのだった。

 

「はぁ~。やばい、よなぁ。」

 

 自分でも分かっている。仕事をさぼるなんて、社会人失格であるし、言い訳もしようもない。誰がなんと言おうと、僕は悪なのだ。

 それを分かっていても、僕はこの場から動けずにいる。誰も助けてくれないと絶望して、ただ自分の心を守るため、家という殻に一人閉じこもっている。

 

――――プルルルル。携帯の音が鳴り響く。僕はびくりと身体を震わせて、携帯を恐る恐る見ると、9:30という文字と共に会社から電話がかかってきているのが分かった。

 完全に遅刻。それを数字で認識した僕はその携帯の着信音に応対することが出来ない。取ってしまえば、何かが変わってしまう様な気がして。怖くて、怖くて。

 

「……っ」

 

 携帯の音が鳴りやむ。どれほどの時間が経っただろうか。僕にとっては数十分にも思える長い時間であったが、携帯を見ると9:30。時計は動いてさえいない。

 ただ、僕が会社からの着信音を無視したという事実だけが、静寂に包まれる家の中が示しており、僕はもうどうすることも出来なかった。ただ、今は布団の中で包まれていよう。時間が過ぎるのを待とう。

 

 

 

 ――――コンコン。家の扉が叩かれる。誰だろうか?会社の人が来るとは思えないのだけど。だって、仕事をサボったとはいえ、ただの一個人。僕をそこまで気にかけてくれてなんていない。

 それに、来てもらっても困る。僕は応答する自信もないし、応答してもきちんとした対応をすることなんて、出来るはずもない。恐怖が、後悔が僕を鎖でつなぎ留め、布団という大地から抜け出せないでいる。

 

「すみませーん。」

「あっ、はい。」

 

 安心した。声からすると、職場の人ではないようだ。職人さんは間延びした声を出さんないし、あの職場は職人さん家族しかいない。だから、必然と男の声であるなら、職場の人たちではないんだ。

 でも、そんな風に安心してしまった僕にさえ、僕は絶望してしまうのだ。

 それでも、返事をしてしまったからには、僕が出ないわけにはいかない。

 

「は、はい。何でしょうか」

「私、警察ですが。よろしいでしょうか?」

「けい、さつ?」

 

 扉の外にいたのは、中年で茶コートを着た警察を名乗る男。警察手帳を見せられると、その人が確かに警察であるのが分かり、僕はパニックになりそうな頭を必死に働かせながら、男の顔を覗いた。

 優し気に微笑む男だけれど、その眼光は鋭い。出来る男という感じがして、僕はもっと混乱してしまう。なぜ、優秀そうな警察がここに?

 

「安心してください。何も犯罪をしているから来たという話ではありません。」

「は、はぁ~」

「実は職場の社長さんが事故に遭われまして、それでその奥さんがあなたのことを心配しているものですから、様子を見に来たというわけです。」

 

 事故。どうして、事故なんて。この時間帯は仕事の真っ最中で、事故になるようなことなんてないはずだけれど。職場に車がぶつかったとかだろうか。

 心配する資格はないはずだけれど、僕はどうしても職人さんが心配で仕方ない。不愛想な人なのは確かだけど、不器用な利に僕を助けてくれて、場を和ませようとしてくれていたのは知っているのだ。

 

「だ、大丈夫なんでしょうか。それに事故って、なぜ?」

「それはですね。……。……あなたの様子を見に行くと出かけたらしく、その途中で車と衝突してしまったというわけです。」

「え?……え?」

 

 事故の原因が僕?僕がサボったから職人さんは事故に遭った?僕がサボらず、ちゃんとした人間だったなら、職人さんは……

 

「気を強く持ってください!!事実は事実として受け入れなければなりません。」

「う、あ……。」

「あなたのせいではありません。ただ、少しかみ合わせが悪かったのです。」

 

 そうは言っても、事実、僕がサボらなかったら、職人さんが事故に遭うことはなかった。それは確かな事実で、それを想うと嚙み合わせが悪いだなんて、そんな事。

 でも、僕が凹んでいる場合ではない。僕以上に大変な思いをしている人たちが最低でも二人いるんだ。気を強く持たないといけない。僕がしっかりしなくてどうする。

 

「少し落ち着きましょう。なぜ、あなたはこの仕事を始めたのですか。私に聞かせてもらえませんか?」

「はい。ありがとうございます。」

 

 

 

 僕は思い出す。仕事で手いっぱいで、いつしか薄れてしまっていた記憶を、子供の頃の情景を。

 人形劇、朗読会、宙を舞う人形、人形を動かす指、それに人形と手を繋ぐ指。すべての糸が繋がったように、僕の記憶は一つの想いを形作る。

 憧憬。最初はされだった。ただ、憧れ、自分でも作りたかった。それだけだった。なのに、いつしか上手くならないといけないと蝕まれて、他人の腕前と比較している。どうして、人形劇のことを忘れてしまっていたのだろうか。

 

「素敵ですね。」

「はい。どうして、忘れていたのだろう。」

「そう言うこともあります。でも、次が肝心です。今思い出したことを強く意識して、忘れてはなりません。」

 

 そうだ。今を後悔しても変らない。今はただ、反省して次に生かさなければならない。そうでないと、それこそ僕は自分に絶望してしまう。

 昔の情景を忘れないように、強く、強く。記憶に、心に刻む。決して色褪せることがないように、決して忘れてしまうことがないように。

 

「ありがとうございます。」

「えぇ、強く意識するんですよ。人形と指を繋ぐ細い糸。糸で操られて躍動する人形。口から語られる言葉。それがあなたを繋ぐものですから。」

「糸、人形、言葉……。」

 

 それは、そうだ。それが人形劇で、僕が憧れた世界。その原点は僕を確かな形にしてくれる。僕はそんな世界に憧れて、今の職場に就いたのだ。

 もう、忘れてはならない。その原点を僕は心で、記憶で絶対に保持しておくのだ。強く想い、強く刻む。

 

「ありがとうございます。」

「いえ、糸を繋げば誰とでも繋がれます。きっと、社長さんも分かってくれるでしょう。」

「はい!!」

 

 人形も人間も本質的には同じ。巨大な糸で繋がり合い、そしてそれを引っ張り合い、操り合う。お互いに影響し合って、物語を紡いでいくんだ。

 なら、そんな糸を操作する人形劇は世界を創るようなもので、あ。繋がった。今、僕の魂の輪郭ははっきりした。世界の形というのは、本当はこういうものだったのか。

 

 

 

 かくしてなった。この日、狂器“縛糸の刻印(アラクネ・ポイント)”。その狂器が完成したのだった。

 

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