アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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アーサー王(史実)がしたこと【5】

 

美しさとはステータスである。だが、それが幸せを呼ぶとは限らない。美貌の持ち主に力がなければ、それは誰からも求められ、奪われるだけの戦利品(トロフィー)にしかならないのだから。

 

モルガンはそのことを知っていた。自分の母がまさしくそうであった。母はただ美しいというだけで、一つの戦争をもたらしてしまった。

 

だからモルガンは湖の乙女としての名前(ヴィヴィアン)を名乗り、稀代の魔術師マーリンに弟子入りして魔術を学んだ。

 

モルガンの母を辱めたこの男に思うところがないわけではない。だがそれを飲み込んで、彼女は魔術のすべてを盗み取った。ついには、マーリンを超えるほどまでに。

 

「さて、我が愛しの弟子ヴィヴィアン……いや、真の名はモルガンと言ったかな? 我が王と君の母がお呼びのようだ。王宮に行きなさい」

 

「は?」

 

そうして強くなったモルガンを待っていたのは。その強さを否定する過酷な運命であった。

 

「モルガン、お前はロット王のもとに嫁ぎなさい。ウーサー王はそれをお望みです」

 

「母上……分かりました、ではそのように」

 

結局モルガンもまた、美しさを使われる立場でしかなかったというわけだ。彼女は王妃としての母の立場を考え、ロット王のもとに嫁ぐことを承諾した。

 

その美しさでもって長城の向こう側、ピクト人と相対するロット王の心をウーサー王へと繋ぎ止める楔となった。

 

そしてある日。ウーサー王が死んだと言う一報が国中を駆け巡った。病床に伏す彼はヴォーティガーンとの戦に出たが、泉に毒を盛られ、その水を飲んで死んだらしい。弱り目に祟り目、さすがの赤き龍の化身と謳われた男も耐えられなかったらしい。

 

もっとも、龍が飲み物(酒など)でやられるのは古今東西ありふれた話であるので、彼が死ぬのも必然だったかもしれないが。

 

モルガンは夫に許しを貰い弔問に出た。そしてウーサー王が死んだ地に訪れる。

 

“泉に毒を盛るなどこの島の人間ならば考えないことだ”と、彼女は腐り果てた森を見て思った。

 

湖は動植物たちを癒す生命の源だ。動物たちはここで喉を潤し、森はそこを中心に根を張り巡らせる。それが毒によって侵されてしまえば、今後数年、下手したら数十年は何も生きていけない土地になってしまうというのに。

 

モルガンに宿る妖精の血が怒りを抱いている。毒を撒いたヴォーティガーンにも、そのヴォーティガーンを誅することができなかったウーサー王にも。

 

死の森をあとにした彼女は、今度こそウーサー王が居城としたロンディニウムへと訪れ、母との再会を待った。

 

ウーサーは死んだ。もういない、であれば母はきっと不安だろう、心細く思っているに違いない。私のもとに来てくれれば、その生活を支援することもできる。また一緒に暮らして──なんて、考えていた。

 

「王妃様は修道院にお隠れになられた」

 

「……えっ?」

 

そんなことは聞いていない。なぜ、娘の私にひと言も告げてくださらなかったのか。そんな考えが頭を巡る。

 

「母はどこに、母のいる修道院はどちらにあるのですか」

 

「さぁ? 知りませぬな、なにせ王妃様は我々にほとんど何も告げず出ていってしまわれたので。もっとも、知っていたとしても貴方様にお教えすることもできませんが」

 

“貴方様はロット王の妃。ペンドラゴンの家とはもはや関係ないのですよ”と、かつてウーサー王の付き人だった男はごくごく事務的にモルガンにそう告げた。

 

失意のうちに、モルガンは北の領地へと帰っていく。主を失った楔たる彼女は、切り離された錨が海に沈むように、ふらふらと自分を見失っていた。

 

ウーサーに復讐しようにも、彼はもういない。母イグレインは姿を隠してしまっていて、自分が母をどう思っていたのか、母が自分をどう思っていたのか、モルガンには確かめる術がない。

 

魔術の腕があっても使い道がない。妻が度を超えて活躍することをロット王は望まないだろう。

 

そのロット王との関係も、モルガンがウーサー王との繋ぎにならなくなった結果冷え込んでしまった。

 

「私は、何のために……」

 

モルガンには何もなかった。異なる世界、ウーサーの娘として生まれた彼女であれば島の意志を宿し、ブリテンの王たらんという野望を抱いたのかもしれない。だがこの世界では、モルガンは妖精の血を引くただの娘だった。

 

消去法でマーリンに復讐するために魔術の研鑽を続けているが、大して意欲は湧かなかった。

 

だって、マーリンがクズなのはブリテン島に住む誰もが知っている。あれはそういう生き物なのだ。それに復讐だと? そんなの、タンスに足をぶつけたからタンスを壊すと言っているようなものだ。

 

だから。

 

何もない生き方が嫌だったのかもしれない。魔術の腕を腐らせておくのが嫌だったのかもしれない。あるいは、心に闇を抱えるモルガンにとって純粋に光の象徴のような彼が妬ましかったのかもしれない。

 

だが、理由などどうでも良い。モルガンは確かに胸に憎悪を抱き、狡猾な魔女として彼に立ちはだかった。

 

アーサー。先王ウーサーの子、新たな竜の化身。ブリテンを救うべく生まれた救世主。母を犠牲にして生まれた英雄。

 

そんなおあつらえ向きの存在の名前を聞いたとき、モルガンの空虚な心は確かに──救われた(満たされた)のだ。

 

 

 

 

「姉上、この街に滞在してすでに半年(・・)が経過している。ブリテン島を出た日から数えたら約一年だ。そろそろ我々は次のステップに進まなければならない」

 

「はぁ」

 

モルガンは分厚い調合書を片手に、“コトコト”と揺れる鍋の中身を混ぜながら曖昧に頷いた。

 

「真面目に聞いてほしいんだが」

 

「少し待ってください、もうすぐ薬の調合が終わりますので。そしたらアーサー、ギルドに納入分を運んでください。私は余った分を近所の方々に配ってきます」

 

“お向かいさんは最近子供が生まれたことですし、きっと喜んでくれることでしょう”とモルガンは微笑む。

 

「はい、ではアーサー、配達を。なるべく早くお願いします」

 

「……帰ったらこの件について話し合う必要がありそうだ」

 

東ローマ帝国の帝都コンスタンティノープルに滞在して約半年、ブリテンの魔女はどこへやら。彼女はすっかりローマ人になってしまっていた。

 

だってご飯は美味しいし、住んでる人たちはみんな人格者だし、何より自分を必要としてくれる。

 

北と西から来るゲルマン人、東から来るペルシア人とこの国の外患は絶えない。兵は常に募集しているし、モルガンの作る質の良い薬もまた供給が追いつかないほど飛ぶように売れていた。なお調合書も写本し、弟子も成長したので近々フランチャイズ化する予定である。

 

一方のアーサーも都市防衛隊に加入しゲルマン人をなぎ倒している。そういう理由もあって遠くブリテンの地からやってきた二人の旅人は驚くほど自然にこの街に受け入れられていた。

 

なんかもう、ここに骨を埋めても良いのではと思うくらいに。

 

「姉上はそれで良いのか。聖杯はどうするんだ聖杯は!」

 

家に帰ってくるなり、アーサーは叫んだ。モルガンは“はっ……”と本来の目的を思い出す。そうだった、聖杯を探しに東へと旅をしていたんだった。

 

だが。

 

「なんというかもう、聖杯とか良いではないですか。私が欲しかったものは、たぶんここにあったのです。今さら欲しいものなんてあんまり……ああ、紙とペンが欲しいですね。新しい調合書を書きたいので」

 

「僕に買って来いと言っているのか、それは。何度も言うが、歴史に名前を残すようなことはご法度なんだ。署名を入れたりしていないだろうね」

 

「……謎の魔女(ウィッチ)Xではダメですか?」

 

「後世の歴史家の頭を悩ませるような真似は慎んで頂きたい!」

 

まさかモルガンがローマの威光で浄化されてしまうなんて、アーサーの異能でもってしても分からなかったことだろう。闇のモルガン、帰ってきてくれ。

 

「むしろ私の方こそ不思議です、アーサー。お前は此処での暮らしの何が気に食わないと言うのですか。食事は美味しい、街の人たちは優しい、そして私たちは必要とされていて居場所がある。とても恵まれた環境なのですよ」

 

「そういう問題ではないんだが」

 

「ならなんなのです。どうしてそんなにも聖杯を欲しているのですか」

 

「……」

 

アーサーは押し黙り、その様子をモルガンは怪訝そうな面持ちで見つめた。

 

モルガンが本来聖杯に掲げていた願いは不定形だった。過去の改変、復讐、突き詰めては自己の幸せなど思いついてはいたが、それが具体的な像を結んでいたわけではない。

 

だが、旅の末にたどり着いたここでの生活はモルガンにとって聖杯を諦めるに足るものである。彼女は満たされた。だからもう聖杯なんて要らない。

 

そんなモルガンは考える。はて、モルガンの願いがそのような単純な幸福だとすればアーサーの願いは何だろうか、と。

 

故国の復活? あるいは、滅びの回避? いいや、会話の節々からアーサーがあの結末に折り合いをつけていることは分かっている。

 

自身の幸福? あり得ない、ならばここに居れば良いのだ。……いや、ここでの生活が彼にとって幸福でない可能性もあるにはあるが、そうだとすればアーサーはもっと何か別のものにしか幸福を感じられない破綻者ということになる。モルガンから見て、弟がそのような存在だとは全く思えなかった。

 

彼がそこまでして聖杯を求める理由はなんだ。叶えたい願いとは?

 

そこまで考えてモルガンは気づく。それはきっと余程の願いに違いない。つまり、アーサーはこう思っているのだろう。“自分の願いは聖杯ほどの奇跡でなければ叶えられない”と。

 

「わかった、もう良い。姉上の考えは理解した。ここに残っても構わない」

 

「よろしいのですか?」

 

「──だが、残るのは姉上だけだ。僕は旅を続ける」

 

「なっ……!」

 

モルガン自身も意外だと思うが、それを聞いて驚きで言葉が詰まった。彼女は無意識のうちに、彼と自分が共にいることを当たり前だと認識していたのだ。

 

「姉上とかつて結んだ魔術契約、それを今ここで破棄させてもらいたい」

 

契約は両者の合意があって成立するものであり、であるからして両者の合意があれば簡単に破棄できる。

 

それはつまり、二人の関係の終了を意味していた。

 

「明日の夜まで返答を待つ、それまでに答えを出しておいてくれ」

 

「……待って、どこへ行くのですアーサー!」

 

家を出ようとするアーサーをモルガンは呼び止めた。

 

「いや紙とペンを買いに行くんだが。必要なんだろう?」

 

「あ、そ、そうですか。いえ、であればついでに夕食の食材も買ってきてください」

 

「分かった」

 

アーサーの背中を見送ったあと、モルガンは椅子に深く腰掛け天を仰ぎ、ため息をついた。どうやら彼に対し、モルガンはこんなにも情を抱きすぎていたらしい。

 

「弟、弟か。考えてみれば、アーサーは同じ母親から生まれた、私の数少ない肉親の一人なのだな」

 

無論血の繋がりで入れば、モルガンには息子や娘たちがいる。だが彼女にとってあれらは自分の胎を利用して生み出した存在であって、概念的な家族とはほど遠いものだった。

 

心のうちでアーサーとここでの生活、その二つを天秤にかける。そしてそれはほとんど拮抗していた。アーサーが何を望んでいるのか分かれば……いや、彼の様子を見るに、きっと話してくれることはないのだろう。

 

「私は、私はどうしたいのだろうか……」

 

アーサーが家に帰ってくるまでの間、モルガンは悩み続けるのだった。

 

 

 

 

キャラバンに同行し、オアシスを経由して砂漠を越えやってきたのはササン朝ペルシアの首都、クテシフォンである。メソポタミア地域、ティグリス川沿いに築かれたその街はシルクロードの要衝、地中海世界と中華世界を結ぶ国際都市だ。

 

砂漠地帯特有の鋭い日差しをフードで防ぎつつ、アーサーは日干し煉瓦によって作られた街並みを見渡した。ローマの技術が使われているのだろうか、巨大なアーチの宮殿が目立つ。

 

市場にはコンスタンティノープルではあまり見られなかった東方系の商人たちが多くいて、物珍しさに思わず目を奪われる。“思えば遠くまで来たものだ”と、アーサーは実感する。ここでは西洋人であるアーサーたち(・・)の方が少数派であった。

 

「アーサー、あの商人の持つ素材が欲しいのですがどうにもラテン語が通じず、通訳を願いたいのですが」

 

ちょんちょんと上着の裾が引っ張られる。アーサーが振り向くと、そこには同行者のモルガンがいた。

 

『仕方ありません、アーサー王の死を見届けるのはこの私の役目です。聖杯へと掲げる願いも定めました。それに、東方世界が一体どのようなものなのかも気になりますから』

 

そう言ってモルガンは結局アーサーについてきたのである。これはアーサーにとっては意外だった。てっきり、彼女が残るとばかり思っていたから。

 

それを言うと“つまり私は必要ないと?”と、言って怒り(拗ね)そうだったので黙っていたが。

 

「ダメだ。そもそも姉上は無駄遣いが過ぎる。前に買った素材にだってまだ手を付けていないじゃないか。だというのにまた新しい素材だなんて冗談じゃない。そんなんだから『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が薬剤臭くなるんだ」

 

「そんな! でもこの機を逃せば次にいつ手に入るか──」

 

「それと、残念だが手持ちのローマ金貨は現在両替中なんだ。額が額なだけに時間がかかるから、今は宿と食事代くらいしか手持ちがない」

 

モルガンは絶望した。

 

「しかし、この街にはあまり滞在できないかもしれないな……姉上、少し気を張っておいた方が良い」

 

「?」

 

能天気に素材のことを考えていたモルガンとは裏腹に、アーサーの表情は険しかった。

 

「はぁ、毒を抜かれるどころか腑抜けてるじゃないか。魔女をこうも変えるとはローマは偉大なり、か。つまり姉上、僕らに敵意を向けている人間が周囲にいると言っているんだ」

 

「腑抜けたとは何ですか。いえ、気づかなかった以上はその評価も甘んじて受け入れましょう。しかしなぜ? 特別敵視を受けるようなことをした覚えはありませんが」

 

ペルシアはシルクロードの要衝、すなわち道のど真ん中であって端ではない。西からはローマ、東からはインド、北東からは遊牧民勢力による圧力を受けている。特に、西にあるエフタルなる国には辛酸を舐めさせられたらしく、貢納金を払っているのだそうだ。

 

モルガンが目をつけた素材の持ち主、東方系の商人からその話を聞いたアーサーは礼として金を握らせると、商人は顔を綻ばせて去っていった。モルガンは未練がましくその商人の背中を見つめている。

 

「さて、どうにも今のペルシアは微妙な時期らしい。国内の政変と隣国の干渉……なんだかブリテンみたいだな。他人事とは思えない。で、そんな時期に敵国ローマから妙に羽振りの良い旅人が来たと。まぁ、監視するには十分な理由だろう」

 

つまりモルガンが金を使いすぎたせいで目をつけられているのである。

 

「なおさら目立つわけにはいかないじゃないか。もう買い物は禁止だ。少なくともこの国を抜けるまではね」

 

モルガンは本日二度目の絶望を味わった。

 

……かくして二人は普通の旅人のように、大人しく国を抜けようとした。のだが。

 

「アーサー、結局襲われてるではないか!」

 

モルガンが魔術を飛ばしながらアーサーに文句を言う。彼女の放った魔術が直撃した下手人の頭は吹き飛び、周囲が血飛沫で赤く染まった。

 

ペルシアの勢力圏を越えようとした直前、刺客が二人を襲ってきたのだ。

 

「どうも僕らをローマの使いか何かだと勘違いした貴族が先走ったらしい! 『我が憎き母への叛逆(クラレント・ブラッドモルガーン)』ッ!」

 

「なんだと、なぜそうなる!?」

 

「西と東で同盟を組まれるんじゃないかと危惧しているみたいだ、まったく。的外れも良いところなんだが、なッ!」

 

モルガンは泣いた。目をつけられないようにお金を使うのを控えていたのに、こんなことなら盗んででも素材を手に入れておくべきだったと。半年間のローマ生活で“盗みはダメ”というごくごく基本的な道徳を身につけていたことが仇となった。

 

「うぅ、私の伝承結晶(レア素材)……」

 

「まだ言ってるのか……っと、丁度良い、ここからは馬があったほうが便利だ。砂漠地帯までの繋ぎに貰っていこう」

 

“馬を買う手間が省けた”と喜びながらアーサーは刺客のものだった馬に乗り込んだ。

 

「行こう、姉上。一応聞くけれど、馬には乗れるかい?」

 

「……人並み程度には」

 

馬を手に入れた二人はペルシアを抜け出し、中央アジアの高原地帯を目指す。コンスタンティノープルからペルシア通過まで実に半年、二人がブリテンを出立して実に一年半が経過しようとしていた。

 

読者の皆様は蒼銀のフラグメンツを

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