アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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アーサー王(史実)がしたこと【IF】

 

「そうか、分かった」

 

この世界の彼女はもう一つの選択肢を選んでしまった。

 

「姉上は、モルガンはここに残るんだな」

 

穏やかで、豊かで、何不自由ないこの世界都市での生活に彼女は満足し、執着してしまった。

 

「……まぁ、一緒に旅ができて良かったと思う。本当だ。最初は敵同士だったけれど、今は姉上のことが好きだよ。だから」

 

モルガンの妖精眼は、この世のものとは違う位相、真実の世界を映す。だから、アーサーが本気の言葉を話していることはすぐに分かった。

 

だけどその分、現実の世界を見ていなかったことに彼女は気づかなかった。

 

そのときのアーサーはきっと、泣いていたのに。

 

「最後に、これを渡しておこう。姉上がいつまでここにいるかも分からないが、きっと必要になるものだ」

 

そう言ってアーサーは、彼がよく祈りに使っていたケルト十字のロザリオをテーブルの上においた。

 

今はまだ良い。だが、少し先の未来でここコンスタンティノープルはキリスト教政策によって他の宗教への寛容さを少しずつ失っていくことになる。それは中世、キリスト教中心時代へと向かう、逆らうことのできない流れだった。

 

529年、アテナイのアカデメイアが、つまり古代ギリシアから続く知識の園が、キリスト教政策の一環で閉鎖される。未来の皇帝ユスティニアヌス一世は『一つの帝国には一つの宗教、他の宗教に由来するものなど不要』と考えるのだ。そうなったとき、モルガンの知識は彼女の立場を危うくさせるだろう。

 

だから、フリでも十字架を持っていてほしいと、アーサーは願う。

 

ロザリオを受け取ったモルガンは、去っていくアーサーの背中を只々見つめていた。“行かないで、ここに一緒にいて”とも、“やっぱり私も行きます”とも告げることができなかった。彼女の口からは、声にならない微かな吐息が漏れていくだけ。

 

気がついた時には、彼の姿はもう、この家にはなかった。呆気ないほどに。あまりにも呆気なさすぎて、彼女は次の日には彼がふらっと帰ってこないかと期待した。

 

そして一日が経った。アーサーは帰ってこない。

 

一週間が経った。アーサーは帰ってこない。

 

一ヶ月が経った。アーサーは帰ってこない。

 

一年が経った。アーサーはやはり、帰ってこなかった。

 

一年の間、ぽっかりと穴が空いてしまったような気分で人生を過ごした。そしてようやくモルガンは、自分が本当に求めていた存在をとっくに失ってしまったことに気がついたのだ。

 

「う……ぁ……ぁあ──!!!」

 

ロザリオを握りしめ、どれだけ祈っても奇跡なんて起こるはずもない。

 

この世界で彼女は、弟の旅について行かなかったのだから。

 

 

 

 

「いつもありがとうね、モルガンさん。あなたの薬はよく効くから助かるわ。そうだ、良かったらお礼も兼ねて、うちで食事でもいかがかしら」

 

「いえ、お代は頂いていますから。これ以上頂くのは過剰でしょう」

 

「いえいえそんな! うちの子も喜びますし!」

 

何かと自分のことを気にかけてくれるお向かいさんの熱心な勧誘を、モルガンはやんわりと断った。

 

「そうですか、では、ありがとうございました。ほら、あなたもモルガンお姉さんにお礼を言いなさい」

 

「ありがと、もうがん。ばいばい!」

 

「えぇ、バイバイ。あなたも良い子にしているのですよ」

 

あのときには生まれたばかりだったお向かいさんの子どもは、今はもう二歳になっていた。

 

モルガンは時の流れの早さを感じながら、今はもう自分一人しか住んでいない家へと帰る。

 

二年、二年が経った。アーサーがいなくなって、二年。彼女が己の過ちをようやく現実として受け入れて、一年だ。

 

「──クソ! クソッ! クソがッ!!!」

 

癇癪を起こしたモルガンが小袋を地面に向かって投げ、中に入っていた貨幣が音を立てて散らばった。

 

「何が“ばいばい”だ愚か者めッ! 私はッ! 私は……アーサーにさよならも言わなかったんだぞ。それが、どの口で……ッ!」

 

モルガンには分かっていた。アーサーが自分を置いていったのではない、自分が、彼を置いて先に満足してしまったのだ。

 

「何が魔女だ、何が妖精妃だ。転移の魔術を持っているのに追いかける勇気もなければ、真実を見抜く妖精眼を持っているのに自分の本当の気持ちにも気づかない。なんなのだ、お前は。お前は何故生きているのだモルガン。貴様なんて、私なんて」

 

“あの島で死んでおけば良かったのだ”と言おうとして、やめた。それは、アーサーとの旅を、自分の価値観の変化を否定する言葉だったから。

 

「うっ……ぁぁぁ……ごめん、なさい。あなたを一人にしてごめんなさい、ついて行ってあげられなくてごめんなさい。ごめん、ごめん……謝るから、もう一度だけでも、あなたに会いたい、アーサー……」

 

そんな奇跡は起こらない。だってその奇跡を否定したのは、まさに自分自身なのだから。

 

虚ろな目で彼女は鏡に映る自分を見る。我ながら無様なものだと、彼女は嗤った。そして、その首に手をかける。

 

「ははは……死ぬ勇気もない、か……」

 

しかし、首に添えられていた腕はその命を終わらせることなく、力なく垂れ下がった。アーサーを犠牲にして得た人生を捨てられるくらいなら、彼女は初めから彼について行っただろう。

 

今の彼女は、ただこの街の善き住民たちの生活のために薬を作り続けるただの部品。もはや何のために生きているのか分からないほど、摩耗した人形だった。

 

「あぁ、誰か私に、意味のある死を与えてくれ」

 

言葉の通り、彼女には自分の命の使い道が分からない。でも、それでも。

 

「……生きなければ」

 

彼女は明日を迎えるために、今日も最低限の食事を流し込む。いつか、アーサーが旅を終えてこの家に帰ってきたとき、“おかえりなさい”と言って迎えてあげられるように。

 

 

 

 

ある日、いつものように薬を作り、それを必要とする人たちに配り終えたときのことだった。彼女はふと、街が騒がしいことに気がつく。

 

「何かあったのだろうか」

 

ざわつく胸の内を押さえながら、彼女は騒ぎの原因があるだろう街の東へと向かった。

 

そこには。

 

「どうなっているのだ……!」

 

そこには夥しい数の難民がいた。門の外まで、道の向こうまで、さらにはボスポラス海峡を挟んだ反対側まで、人がごった返しているのが見て取れる。まさに、人が波となりこの街に押し寄せているかのようだった。

 

「ええい、止まれ! ペルシア人の難民どもめ、貴様らは一体なぜここに来たというのだ!」

 

「頼む、入れてくれ! 東から竜が、赤い竜が来てるんだよ! 俺たちみんな、あれから逃げてきたんだ!」

 

赤い竜(・・・)という単語を聞いて、モルガンは“ひゅっ……”と息を飲んだ。胸の奥から不快な感覚がこみ上げてきて、モルガンはその場で吐いてしまう。

 

「おえっ……ごほっ……ごほっ……いや、まさか、そんな」

 

「本当なんだよッ! 信じてくれッ!」

 

難民の声が、静まり返ったこの街に響く。

 

「初めは俺たちも信じていなかった! ずっと東の国、絹の国セリカが竜に飲み込まれて滅んだなんて噂を聞いたときは、みんな冗談だと思って笑ってたさ! 次に聞いたインディアが消滅したなんて噂も、眉唾物だと誰もがそっぽ向いた。だけど、今のあんたたちみたいに東から来る難民は増える一方で!」

 

そして男は恐怖に怯えた表情で言う。

 

「そして見たんだ、竜だ。あれは、すべてを飲み込む、終末の竜。あいつの後ろには、文字通り何もないんだ。普通、何かを壊したら破壊した跡が残るだろう? 街を壊したら瓦礫が、人を殺したら血と死体が。けど、あいつの後ろには本当に何もなかった。あいつが全部、飲み込んだんだ」

 

“今頃俺たちの国も、飲み込まれてる頃だろうな……”と、最後に難民の男は告げ、力なく俯いた。

 

彼に続く多くの難民たちも、何も言わず俯いている。それは、ただ死にたくないがために多くを失って逃げてきた者の目だった。

 

「……温かい食事と、布を用意しろ。難民たちに分け与えてやれ」

 

「隊長! し、しかし、よろしいのですか?」

 

「なら、この数の難民全員が口裏を合わせているとでも言うのか? それに見ろ、居るのはペルシア人だけではない。もっと東方の国から来た、顔立ちが全く異なる人間もいるではないか。そんな世界の果てから逃げてくるなど、尋常なことではない」

 

“皇帝陛下に奏上する。お前たちはひとまず、俺の指揮に従っておけ”と警備隊の隊長格の人間が言うと、その部下たちは命令通りに動き出した。

 

難民たちに安堵の色が広がり、ひとまずこの喧騒は収まった。

 

だがモルガンの心の内のざわめきは、それとは対照的に煩くなる一方である。

 

「違う、そんなはずはない。アーサーが、まさか、絶対に違う……!」

 

震える足で、自分の家へと向かう。アーサー王は、ブリテンの赤き竜の化身だ。その本体は真性の龍であり、白き龍アルビオンと対をなす。

 

マーリンから聞いた話によれば、その龍は星の内海ではなく、はるか空の彗星に住んでいるか、もしくはその彗星が龍そのものであるらしい。だから、そんな赤き竜の化身たるアーサーが、もしかしたら。

 

そこまで考えて、モルガンは“違う!”と再び頭を振った。

 

アーサーは、モルガンなどとは比べ物にならないほど善良な人間だった。だからこんなことをするはずがない。だいたい、その赤い竜がアーサーだなんてただの妄想だ。それに、やっていることもその目的も不明である。何一つ、難民が口にした赤い竜の正体を裏付けるものなんてない。

 

だが、アーサーは遥か東に聖杯があると言い、そこを目指していた。彼の願いをモルガンは知らない。それに、最初に滅んだのは難民の口ぶりから察するに多分、絹の国セリカだ。

 

アーサーが引き返しているのだとしたら、さらにその向こう側スタートとなる。辻褄が合う。

 

「違う! なぜだ、なぜ私は先ほどから弟のことを疑ってばかりなのだ! 信じてやらねば、たった一人の姉なんだぞ!」

 

モルガンは家につき、とにかく水でも飲んで落ち着こうと玄関の扉を開けた。そして部屋の中には入るとそこには──?

 

「おや、随分と遅かったみたいだな。しかしなるほど、君がアーサー王の姉君か。確かに面影がある……というか、そっくりだな。台所が長らく使われていないところを見るに、食事に対する熱意は、姉と妹で違ったようだが」

 

男がいた。浅黒い肌をし、赤い外套を纏った白髪の男だ。

 

なんだ、どこから入った。だいたいこいつは何を言っている。私に妹などいない、いるのは弟のアーサーだけ。それと台所を使っていないのは、生きるので精一杯なのに料理に割く意欲なんてものはないからだ。本来のモルガンは美味しいものが大好きである。今では味なんて感じないが。しかしまぁ、とりあえず、殺すか。

 

などとモルガンが考え、魔術を行使するために魔術回路を起動すると、侵入者は皮肉げに笑って言った。

 

「ふむ、その反応は予想通りだな。さて、ところで一つ質問なんだが。君の弟であるアーサー・ペンドラゴンがこの世界でどんな結末を迎えたか、聞く気はあるか?」

 

前言撤回だとばかりに、モルガンは魔力をさらに練る。

 

「お、おい、少しは話をだな……!」

 

「良いだろう、貴様を捕縛し、その後聞いてやろう」

 

そしてモルガンの家から、爆発とともに煙が上がった。

 

 

 

 

君の弟の秘密について語ろう。彼は生まれながらにして『 (根源)』に繋がった根源接続者だ。ん? ならば聖杯など求めるはずがない? まぁ、待て。最後まで話を聞くと良い。

 

彼は確かに全知全能であるが、しかしそれを行使するには一手間必要だったというわけだ。つまりは聖杯のことだな。

 

彼は君を置いて……お、おいおいどうした! 急に泣き出すんじゃない。……よし、落ち着いたな。とにかく続きを話そう。

 

彼はシルクロードを越え、この時代の東の果ての国に着いた。今は倭国と呼ばれているその場所に聖杯があり、彼はそれで願いを叶えるところだった。

 

その願いは、抑止力の存在しない世界、だそうだ。この世界から神秘の一切をなくすことで、彼は全ての者の運命を、未来を不確定なものにしたかったらしい。在位期間にだいぶ邪魔をされたそうだからな。抑止力に腹を立てるのも当然だろう。

 

さて、となれば抑止力の側も黙ってはいない。彼らはアーサー王の思惑に気づくと自らの手駒を派遣し、その願いを食い止めようとした。

 

霊長の抑止力からは私を含めた抑止力の守護者を。星の抑止力からは古き地母神の化身を。かくしてアーサー王と抑止力の大決戦が東の地でおき、彼は地母神の化身と守護者のことごとくを退けたが、最後の一騎に敗れた。……ああ、言っておくがその一騎は私ではないぞ。私の持つ能力と、彼の持つ『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は相性が悪すぎる。真っ先に脱落したとも。まったく、固有結界キラーだなんて聞いていないぞ。

 

まぁとにかくそれが、人としてのアーサー・ペンドラゴンの終わりだ。

 

……ああ、君の案じている通りだ。彼の物語には続きがある。最初に彼は根源接続者であると言ったな? ……その青い顔を見るに既に感づいたようだが、彼はもはや聖杯が手に入らないと確信した次の瞬間、その秘められていた力を覚醒させた。すなわち、『 』への完全接続を試みたわけだ。

 

そんなことをすれば当然、人の形を保っていられなくなる。彼は自我も体も失い、そして一つの理念と能力を持って生まれ変わった。

 

異なる世界における『回帰』の理を持ったビーストII、それに相対する、もう一つの存在。

 

ビーストII・A(アンチ)。『 』に縛られた運命から人々が解放されることを願う、抑止力が最も嫌った言葉──『逸脱』の理を持った獣。黙示録に記される終末の赤い竜。それが、先ほど君が知った赤い竜の正体だ。アーサー王の魔術起源『虚無』がそのまま竜の形となり、世界すべてを飲みこまんとする無属性魔術、否、魔法そのもの。彼はすべてを自分の中に飲み込むことで、神秘により繋がれた運命から人々を解放しようとしている。もっとも、飲み込まれた人間はそうなった時点で死亡するが。

 

矛盾しているだと? 私もそう思う。だが、人類悪(ビースト)とはそういうものだ。なにせもとは人を救いたいという人類愛が転じたものなのだからな。まったく、救えない話だ。

 

それはさておき、そろそろ実務的な話をしよう。ビーストと化したアーサー王の能力は『 (消滅)』だ。良いか、消滅ではなく『 (消滅)』なんだ。あれの体は無属性、魔術的な反物質にあたる。つまり、あれに触れたこの世のすべては消えて、あれ自身のエネルギー、血肉へと変換されるわけだな。

 

もう分かるだろう。あれが起動された時点で、世界の誰にも止めることができないんだ。攻撃は効かない、障壁も意味はない、抵抗すべてを無為にしてあれは地表の文明を飲み込み、星を飲み込み、世界すらも飲み込む。

 

……絶望しているところ悪いが、残念ながらそれで終わりじゃない。世界を飲み込んだら、あれは次の世界に向かうはずだ。それが終われば、また次の世界へ、そしてまた次、そうしてすべてを飲み込み肥大化したビーストII・Aは『 』と接触し、対消滅する。あとに残るのはエネルギーに満ちた無の空間だけ。物理的に言えばビッグバンにより宇宙が生まれる前の、魔術的に言えば『 』が生まれる前の何かへと回帰する。アンチ(反抗)と言いながら、結局は元になった存在と似たような結果をもたらしているのは皮肉だが、それがビーストII・Aの行き着く結末だと、私の雇い主、つまり抑止力は結論づけた。

 

さて、私の提案はただ一つ。あれを止めるのに君の手を貸してほしい。

 

……世界を救うなど興味がない、だと? 一応言っておくが、残念ながらこの世界は『 (消滅)』しすぎた。万に一つ、あれを止めることができても世界が終わることは避けられまい。

 

他の世界などなおさら興味がない? はぁ、君はアーサー王のことを何も分かっていないのだな。……まて、失言だった。謝罪をするから、私をくくっている縄をこれ以上きつく縛らないでくれ。

 

……つまり、私が言いたいのはだな──。

 

 

 

 

また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。竜の尾は、天の星の三分の一をなぎ倒して、地上に投げつけた。

 

──ヨハネの黙示録 12章3節と4節より。

 

 

 

 

「彼が世界を滅ぼしたい、などと思っていると思うか? そんなはずはない、アーサー王は高潔にして善良な人物だ。だから、彼の意識が再び浮上すればあの竜は自壊するだろう。よって君には何とかして、あの竜の中にあるアーサー王の意識を引っ張り出してもらいたい」

 

つまりお前は、私にアーサーが自害するよう手伝えと言うのか。

 

これが、私が彼を一人にしたツケなのか。はは、まったく、アーサーが抑止力など滅ぼそうとした理由がよく分かる。運命なんて、クソ食らえ、だな。

 

だから、アーサー。私は行くよ。

 

お前を止めるために(お前と共に死ぬために)

 

「ならば、行こう。じきにこの都市にあの竜は訪れる。チャンスがあるとすれば、そのときだろうな」

 

胸にかけたロザリオが、ほのかに熱を帯びた気がした。

 

 

 

 

モルガンとエミヤと名乗る抑止力の守護者は人類悪と化したアーサーの元へと向かった。

 

そこにいたのは天を貫くほどの巨大な竜である。地平線に立っているはずなのに、その肉体は視界に収まらない。エミヤの話によれば、物を吸収することで体積もまた大きくなるのだろう。まさしくそれは誰にも止めることのできない、終末装置であった。

 

モルガンはロザリオを握りしめる。そこに信仰はなく、ただ祈りと決意があった。

 

「それで、どうやってアーサーの意識を目覚めさせようと言うのですか」

 

「アーサー王なら、当然あの中にいるだろうな」

 

「つまり、あれに触れて中に入れと? 私も吸収されて死ぬのがオチではないか」

 

モルガンが呆れたように言うが、エミヤはそれに“否”という。

 

「そのロザリオをよく見てみたまえ。それは十字架であり、黙示録の竜への抗体を持つ。その上、強力な守護の祈りも込められている。まるで神の子(根源接続者)が長年に渡り、そのロザリオに秘蹟を授けたかのようにな」

 

「アーサー……」

 

モルガンは弟を思い、ロザリオをより強く握りしめた。ケルト十字の十字架、十字を円環で囲んだそれはある種の盾のようにも見える。奇しくもそれは、はるかな未来で人類最後のマスターを守るだろう円卓の盾に酷似していた。

 

「では、私はここで君たちの最期を見届けるとしよう。早く行ってくると良い。こうしている間にも、人が飲まれて死んでいくのだから」

 

「他人が死ぬことに興味はない。だが、これ以上アーサーの手を汚させるわけにもいかない、か。エミヤと言いましたね、一応感謝しておきます。ありがとう。私に、アーサーのことを教えてくれて」

 

モルガンはそれだけ告げると、魔術でふわりと空を飛び、やがて竜の体の中へと消えた。

 

残されたエミヤは目を丸くし固まったあと、くしゃくしゃと己の髪を乱暴にかき回して皮肉げに言う。

 

「自我を持っての現界もなかなかない例外だが、まさか守護者としての己に感謝の言葉が述べられるとはな。まったく」

 

髪を下ろした彼は、消滅していく竜を見てぼそりと呟く。

 

「消えゆく世界には不謹慎かもしれないが、俺の仕事が毎回このようならばと思わずにはいられないよ。セイバー」

 

彼は抑止力の守護者、本来自我など持ち得ない、ただ世界を壊す原因を抹殺するだけの掃除屋である。

 

だが、確かに今回の仕事は、正義の味方としての役割を感じられるものだった。

 

 

 

 

──アーサー、起きてくださいアーサー。

 

虚空に浮かぶ僕の意識に、懐かしい声が響く。それは二年前に別れた、かつて敵であり、旅の仲間であり、そして決裂した関係の相手であった。

 

──もう、良いのです。あなたはもう十分頑張った。もう、他人のために頑張る必要なんてありません、もうこれ以上、誰かを救おうとするのは止めなさい。

 

救い。未来を掴むことができなかった僕が見いだした、未来の分からない世界。抑止力のない世界は、どうやら完成しなかったらしい。

 

そして力に溺れた僕は、ただの獣に成り下がった。

 

声が像を結び、僕の前に現れる。たった二年しか経っていないが、今の姉の姿は随分とやつれているように見えた。

 

「ダメだったか。自分なら制御できると、そう思ったんだが……」

 

「思い上がりですね、ならばもう一度言いましょうか。愛しき弟よ、お前はその席に相応しくはなかったのです。世界を救う王などと」

 

かつてカムランの丘で聞いたセリフに、僕は思わず笑ってしまった。

 

「ぷっ……あはは! はぁ、姉上には最初から全部お見通しだったってことか」

 

「ええ、私はお前の姉ですから。お姉ちゃんに隠し事などできません」

 

ふふ、そうか。お姉ちゃんには隠し事などできない、か。ならば僕のこの心の願いも、きっと彼女にバレバレなのだろう。

 

「姉上、僕と一緒に、死んでくれるか」

 

僕は恥ずかしい気持ちを抑えながら、ここまで迎えに来てくれた姉へと手を差し出す。

 

そして、その手に触れた彼女はにこやかに告げた。

 

「ええ喜んで。私はあなたとともに行きましょう。今回は間違えない。そしてもう二度と──」

 

 

 

 

あなたのその手を離したりしない。

 

 

 

 

目が覚めたとき、アルトゥールスの視界に映ったのは、自分に夜這いを仕掛けようとしている全裸のアンナの姿だった。

 

「何をやってるんだ、姉上」

 

「……おはようございます、アル」

 

「まだ深夜なんだが」

 

“チッ……もう少しだったのに”なんて捨て台詞を吐きながら、彼女は床に脱ぎ捨てた衣服を着直す。

 

ふとそのときアルトゥールスは気づいた。月明かりに照らされた彼女の顔に涙の跡があり、その目も泣き腫らしたように真っ赤に腫れていることに

 

「泣いていたのかい?」

 

「……別に、ただ少しいやな夢を見ただけです。お前と離れ離れになってしまったなどという、くだらない夢を」

 

そんな夢を見て泣いてしまうなんて、アンナはもうほんとに重度のブラコンに成り下がってしまったらしい。と、アルトゥールスは呆れた。

 

そんなアルトゥールスの目にもまた涙の跡があったのだが、彼が何も覚えていなさそうなので、アンナはそのことを指摘しない。

 

“なんで私ばかりが切ない気持ちにならなければいけないのか”と、心のなかでアンナは悪態をつく。そう、だからである。切なすぎたから愛しのアルトゥールスの寝室に忍び込み、まさに今繋がろうとしていたのだ。しかし、それも失敗に終わった。本当に直感は失われたのだろうかと、アンナは疑問に思う。

 

そして服を着終わった彼女はアルトゥールスに向き直って宣言した。

 

「良いですか、アル。この際はっきり言っておきますが、私はあなたがいないと死んでしまうくらい、あなたにゾッコンなのです。好きです。ラブです。だからあなたから離れたり、あなたを裏切ったり、ましてやあなた以外の男を好きに思うことなど絶対ありませんので」

 

「でもモルガンは──」

 

「シャラップ、私をあの魔女と同じにするな。私はあんな姦淫不軌(不道徳ビッチ)の化身とは違い一途な女です。あと一応フォローしておきますが、モルガンはそれを作業として認識し、情事としては認識していませんでした。今のは一応のフォローです。そう、なにせモルガンは私ではないので」

 

──魂は同じだろうが!?

 

脳裏にそんな声が掠めたが、アンナは無視した。多重人格は昔から彼女の十八番であった。

 

「……そうか」

 

それを聞いて、アルトゥールスは安心したように呟く。

 

「……ならもう、私がアンナを好きになっても、問題ないのかもしれないな」

 

そんな爆弾発言をなんとなんと、アンナは聞き逃してしまった。

 

「ん、今何か重要な、そう、それこそ私たちの関係がさらにステップアップしそうなことを言いませんでしたか?」

 

「……いや? 姉上の幻聴だなそれは」

 

まさしく彼女は今自分の魂から来る幻聴に耳を傾けていたため、アルトゥールスがした虫が鳴くような小さな呟きを拾うことができなかったのである。

 

「はぁ、まぁ良いでしょう。次のチャンスを待つとします」

 

「次があるとしても、もう夜這いはやめてほしいんだが」

 

アンナはその声に応えず、“おやすみなさい、アル”とだけ言って部屋を出ていった。十中八九二度目があるだろう、と彼は警戒心を強める。

 

「……いえ、せっかくですし添い寝しましょう」

 

「帰れ」

 

出ていったばかりなのにアンナはまたすぐ戻ってきた。そして許可も取らずズカズカと隣に入り込んでくる。

 

そういう厚かましい行為をする女は、本来アルトゥールスがもっとも嫌うところなのだが、不思議と今夜は苛立ちを覚えなかった。

 

「おやすみなさい、アル」

 

「おやすみ、姉上」

 

互いに言葉を交わすと、アンナはすぐに寝入ってしまった。そこはもっとドキドキする場面ではないのかと、アルトゥールスは訝しむ。そういうところが、彼にアンナを異性として感じさせない部分であろう。キスとかエッチとか言う前に、適切な距離を作ることが大事なのだ。今の距離感は単なる姉のそれである。

 

アンナには押してだめなら引いてみろ、という言葉がまさしく必要だった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

可愛らしい吐息をこぼし始めたアンナの顔をアルトゥールスは眺める。その瞳はまるで。

 

「君を愛してしまえば、僕はどうなってしまうのだろうな」

 

──まるで竜のように、細く尖っていた。

 

アーサーは、アルトゥールスは女性不信である。だからこそその反動は大きくなる。もし彼に愛する女性が出来たならば、彼はきっとその女に、四六時中側にいることを強制するだろう。絶対に、もう二度と誰にも奪われないように。少なくとも、その女と毎晩閨を共にすることは間違いない。

 

「今、犯せば……」

 

“一生この女をモノにできるのでは?”と、アルトゥールスの獣性が囁く。

 

竜とは元来、己の住処に財宝を蓄え守るものである。その竜の化身たるアーサーはもともと愛情深い人物だったのだ。それが解放されたならば。

 

「……もう寝よう、今の僕はどこかおかしい」

 

だが、それはまだまだ先のことである。アルトゥールスはアンナに背を向け、そして静かにその竜の瞳を閉じ眠った。

 

かくして二人の寝室には静かな静寂が訪れ、小さな吐息が二つ響くだけになったのだった。

 

もっとも。

 

──お、犯すって言った! 今たしかにそう言ったな! ほ、ほんとうに? 今ここで? うぅ、急にそっちから詰めてくるのはズルいだろう! 姉弟モノで弟が主導権を握るのはルール違反なんだからな!? だ、だがだが私的には全然──!

 

二人のうちの片方の心はバックバクであったみたいだが。

 

 

 

 

「ふぁ……あれ、姉上、今日は早いんだな」

 

「死ねバカボケアル! うーっ!」

 

「なんで朝一番に僕のことを殴ってくるんだい?」

 

当然だがアルトゥールスは寝たフリをしていた彼女と違って普通に寝たので、何も起きなかった。

 





モルガン(IF)「意味のある死をください」

抑止力「マジ? 良いんすかじゃあ愛しの弟くんと心中してください! いやー、これで(他の)世界は救われたな! やったぜ!」

アーサー「やっぱ抑止力ってクソ」

アーサー(IF)「わかる」

エミヤ「それな。だから小僧殺すわ」

ダークライ枠の士郎「なんでさ!?」



アーサー(史実)のビースト化√でした。うん、なんというか、型月版エレン・イェーガーかこいつ?

これで本当にネタ切れです。読んでくれてありがとうございました。
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