アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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蒼銀のフラグメンツでしたこと【4】

 

「あはは、お姉ちゃん、前よりも下手っぴになったね?」

 

「わ、笑わないでちょうだい綾香! このくらいどうってこと──ひ、ひゃぁあ!」

 

悲鳴を上げて、愛歌が氷の上に尻もちをつく。その様子を見て綾香が笑い、笑われた愛歌は顔を真っ赤にして己の騎士を呼びつけた。

 

「もう無理! 助けてセイバー!」

 

「ははは、自力で立てるようになると言ったのは君だろう? もう少し頑張ってみると良い。私はここで見守っているから」

 

愛歌は氷の上──屋内スケートリンクの上で塀に体重を預け、涙目になりながらもプルプルと立ち上がった。内股で震える彼女の姿はまるで子鹿である。

 

「お姉ちゃん、早く来てー!」

 

「ま、待ちなさいよ綾香!」

 

拙いながらもリンクをぐるりと一周している綾香と比べれば、その技量は雲泥の差。兄より優れた弟など存在しないとは言うが、姉より優れた妹は存在したようだ。

 

そんな二人の姉妹が戯れている姿を、アーサーとランサーの二人はリンク外から見守っていた。

 

「しかし、良いのでしょうか。聖杯戦争の最中と言うのに、このようなことをしていて」

 

ランサーはそう言って、その手に持ったホットココアの入ったカップを口元に近づけた。生前にはなかった馴染みない飲料であるのに、彼女がソレを選んだ理由は綾香に振る舞われて気に入ったからであろうか。

 

ランサー、先日アーサーと打ち合った女戦士。今は愛歌と契約し、その現界に必要な魔力を愛歌を通してアーサーから供給されている味方だ。アーサーは事実上無限の魔力を生成できるため、自分とランサーの二騎分の糧を賄うなど余裕である。それ故、愛歌には一切の負担がかかっていなかった。

 

「構わないさ。夜には否が応でも戦闘になる。ならば昼間のうちは心と体を休ませておくのが一番だ。それに、貴公も現代の世界には興味があるだろう?」

 

「……まぁ、多少は」

 

今まさに現代文明の産物であるホットココアを嗜んでいるランサーは、遠慮がちに頷いた。

 

「だったらこれで良いじゃないか。ふむ、それでも気にかかると言うのならそうだな。貴公が最愛の夫に会えたときに現代のことを話せるよう、色々と経験する必要がある……とでも思えば良い」

 

ランサーの願い、それは自分の手で殺してしまった夫シグルドと再会することだ。たとえ目にした瞬間その人をまた殺してしまうことが確定しているのだとしても、彼女はそれを願う。

 

自分が殺してしまった愛しい人に再会し、そしてまた殺す。破綻した願いだと分かっているが、彼女はそう願わずにはいられないのだ。己を制御できないからこそ、愛は神秘なのだろう。

 

「セイバー。そんなに優しくされると……私、困ります……ふふ……」

 

「はは、貴公は相変わらずだな。しかし、なんというか宝具で防ぐほどでもないのに絶妙に痛いな……」

 

ランサーが“困ります、困ります”と言いながら、胸元のポケットにしまっていたボールペンでチクチクとアーサーの頭を刺す。

 

彼女の元マスターに残っていた令呪、それを奪ったアーサーは愛歌を通じてランサーにある命令をした。それが。

 

『その愛情表現をやるなとは言わないが、時と場所と場合を弁えて自制しなさい』

 

である。かくしてバーサーカーもかくやと思えるほどのランサーの暴力的な愛情表現は、それなりにマイルドに収まった。それがこれ、筆記用具(刺突武器)でチクチクすること。愛おしくなったときの衝動をこれで抑制しているらしい。やっていることが男子小学生が好きな相手にちょっかいをかけるのと全く同レベルなのは、名高き英霊として正直どうかと思うが。

 

とにかく、そのように最後の令呪を使ったので今のランサーを縛るものは何もない。裏切ろうと思えばいつでも裏切れる。もっとも、そうしようとした瞬間アーサーが魔力のパスを断ち切り、ランサーはたちまち消滅の危機に瀕してしまうだろうが。

 

彼の未来予知の如き直感は、限定的でありながら健在であった。だからランサーも逆らわない。それにあまり逆らう理由もない。なにせ彼はランサーに願いの成就に協力すると約束してくれたので。

 

「……あ、できた。ほら見て、セイバー! 私滑れてるわ! ふふ、何よ、スケートって意外と簡単なのね!」

 

アーサーが黙ってランサーの愛情表現(チクチク)を受け入れていると、スケートリンクの中央で滑っている、というより等速直線運動をしていると称するのが適切な愛歌の姿が目に入った。

 

「セイバー、私には湖に落ちて揺れる落ち葉のようなマスターが見えます。自身の運動の向き(ベクトル)を制御できずにくるくると回っていますが、あれで滑っているつもりなのでしょうか?」

 

「彼女、元全能だから自分の力量をすぐに勘違いして調子に乗るんだ。……うん、なんか今コケる未来が()えたな」

 

“ちょっと行ってくる”とアーサーはひと言ランサーに告げると、彼はスケートリンクに飛び出した。

 

彼は湖の加護を持つ存在。その力で湖の上をまるで大地に立つが如く自由に動くことができる。そしてそれは湖が凍っていようとも変わらない。

 

ならば、氷上での彼はまさに縦横無尽の貴公子である。

 

その技術と容姿も相まってまるでプロのフィギュアスケーターかのように、彼は愛歌のもとへ一直線に近づいていく。

 

「──あっ!」

 

そして彼女が重心を乱し倒れそうになったその時、彼は予知した通りに彼女の体を抱き抱えた。そしてそのまま氷上を踊るように滑っていく。

 

そしてその身を疾風のごとく翻し、内包した運動エネルギーをくるくると回転で消失させて、エッジを効かせてピタリと止まった。削れた氷の霧がまるで舞台演出のように舞い上がり、愛歌の視界に映るアーサーの背後をキラキラと彩る。

 

「大丈夫かい、愛歌?」

 

「あ……ぅ……ぁりが……ぅ……」

 

ドキドキと高鳴る心臓の音をアーサーに気取られたくなかった愛歌は、やんわりとアーサーの体を押し返し距離を取ろうとする。だがアーサーはそんなことは知らないとばかりにさらに体を密着させ。

 

「疲れているかもしれないし、少し休憩しようか。そうだ、時間も丁度良いし昼食に行こう」

 

「……はぃ」

 

愛歌はもう、消え入りそうな声で頷くしかなかった。

 

「さて、君たちが何を食べたいのか聞かせてくれ」

 

「はいはい! 私、ハヤシライスが食べたい!」

 

子供らしく快活な返事をする綾香。

 

「では私は綾香と同じものを」

 

綾香に餌付けされたのか、彼女と同じものを求めるランサー。

 

「私は……セイバーと同じものが良いわ」

 

そして相変わらずの愛歌。

 

以上の意見を踏まえてアーサーは注文を決めた。

 

「うん、なら全員ハヤシライスで良いかな。すいませんハヤシライス四つで」

 

屋内スケート場に併設されたフードコートで四人は舌鼓を打ち、そしてまた氷上の遊戯を楽しんだ。今度はランサーも一緒に。

 

「私の生きた時代ではこのように氷上を踊る文化はあまりありませんでした。故郷(北欧)では靴の下にソリをつけて移動していましたが、それは別に遊戯としてではありませんでしたね」

 

「そうなの? じゃああんまり楽しくない?」

 

「いいえ……楽しいですよ、綾香。ええ、ええ、はい」

 

ランサーは子どもらしく、純真無垢な綾香への愛おしさをひたすら自分の手を刺す(チクチク)ことで抑制する。

 

「あ、ランサーさん。自分で自分のことを虐めたら、めっ、だよ?」

 

「あぁ、綾香、そう私に優しくしてしまうと! ふ、ふふふふ──!」

 

「不味い! ランサー、やるなら綾香ではなく私にしてくれ! 私が一番頑丈だから!」

 

危うく綾香が蜂の巣になるところだったが、アーサーが彼女たちの間にはいることでその惨劇は避けられた。“ドスドス”と鈍い音をたてながらアーサーの背中にペンが突き刺さる。

 

「もう、セイバー。ランサーなんて放っておいて、私の練習に付き合ってくれれば良いのに」

 

「のんきなことを言ってないで愛歌、綾香を連れて少し離れてくれ。たぶんそろそろきつい一撃が来そう──ぐふっ!?」

 

アーサーは冷や汗をかき、青い顔をしながら“大丈夫、貫通()していないからね。ああ、私の背中を見てはいけないよ。今ちょっとまずいことになっているから”と言って笑った。

 

「はぁ、もう、仕方ないわね。行きましょう、綾香」

 

「うん、でも良いのお姉ちゃん? 昨日は“セイバーに近づくなー!”って、猫みたいにランサーさんを威嚇してたのに」

 

「そうね……でも、今は大丈夫なの」

 

愛歌は自分でも不思議なくらい穏やかな気持ちでそう呟いた。彼女は目を閉じてその胸に、アーサーとの繋がりである令呪に手を当てた。

 

彼女の心にあった不安は、今は少し薄れている。

 

「どうして、かしらね?」

 

それは、確かな信頼(・・)。個人で完結していた『    (沙条愛歌)』には決して得られない、欠けた人間だからこそ持つ感情。人が、人を信じる心だった。

 

「わぁ、お姉ちゃん、今の笑顔とっても素敵。いつもお姫様みたいだけど、今のお姉ちゃんはもっと、なんだろう」

 

「ふふ、お(きさき)様みたいかしら」

 

「おきさきさま……?」

 

「王様のお嫁さんって意味よ。さぁ、滑りましょうか、綾香」

 

「うん、私についてきて、お姉ちゃん!」

 

氷上の上を姉妹が仲睦まじく踊る。そして愛歌の心は、また一つ満たされた。

 

 

 

 

深夜、ビルの屋上にて、二騎の英霊が待ちぼうけを食らっていた。

 

『夜になりましたが、何も起こりませんね……』

 

霊体化したランサーが困惑したように言う。それにアーサーは同意を示した。

 

「聖杯戦争に休みなんてあったのか……?」

 

聖杯戦争三日目の夜は、たまたま何も起きることなく静かに過ぎていく。

 

「はてさて、姉上は一体何をしているのやら」

 

『何か言いましたか、セイバー?』

 

「なんでもないさ」

 

アーサーはまるで自分たちを監視するかのようにアンテナに留まるカラスを見て、そう呟いた。

 

「うん、帰ろう。今日は何も起こらないみたいだ」

 

『そうですか、しかし平和なのはこの街の人々にとって歓迎すべきことなのでしょうね。……いえ、聖杯戦争が長引くことを考えればむしろ忌避すべきことでしょうか』

 

「さて、どうだろうか。それを考えるとそもそも人口1000万人規模の大都会で聖杯戦争なんてものを起こそうとした魔術協会や聖堂教会の気がしれないという話になるが、まぁ考えても詮無きことだ」

 

セイバーは命綱もなしに高層ビルを飛び降り、風の魔術で音もなく着地した。霊体化したランサーもそれに続く。そしてアーサーはカラスの目がないことを確認してから帰路についた。

 

『ああ、そうです。帰りにおでんの屋台がありましたよ。セイバー』

 

「……それは買って帰ろうという提案なのかい? なんというか、うん。貴公も一日でだいぶ現代に染まったようで何よりだよ」

 

その後沙条邸にて、みんなで熱々のおでんを頬張った。

 

「ふふ、シグルドに食べさせてあげたい。なんというかこう、私が“あーん”としてあげるのです」

 

「うんうん、分かるわ! 良いわよね、“あーん”ってしてあげるの!」

 

「ええ、それから彼の頬に熱々のおでんを押しつけて……ああ……シグルド……そんな目をされたら私、困ります……!」

 

「えっ、いや違……でも嫌がるセイバーに無理やりってことかしら? ……っ!? あ、ああ! 視えるわ! 涙目になって“やめてくれ”と懇願する彼の姿が! そんなあなたも素敵よセイバー!」

 

「綾香、君はあんな風になってはいけないよ」

 

「……?」

 

 

 

 

「……み! ……つみ! ……たつみ!」

 

覚醒する意識の中で、來野巽は声を聞いた。それは自身の相棒、バーサーカーが己の名前を呼ぶ声である。

 

「ああ、良かった巽、目を覚ましてくれて!」

 

「ばーさー、かー?」

 

マスター、否、()マスターが意識を取り戻したことでその顔に喜色を浮かべるバーサーカー。

 

「そうだ、俺、確かキスされて、体が熱くなって……それで……っ!」

 

“死んだはずじゃ……?”と言って、彼は己の体を確認する。ドロドロに溶けたように思えた彼の臓腑、そして五体はそのままそこに残っていた。唯一の違和感はそう、この首に着けられたチョーカーであろうか。

 

「目が覚めましたか?」

 

「誰だ! お、お前は──キャスター!?」

 

そこにいたのは雪のように白い肌と髪、そして泉のように澄んだ碧色の瞳をした魔女であった。“バーサーカーに殺されて死んだはずじゃ……”と巽が問うと、キャスターが“ふん”と鼻を鳴らして言う。

 

「あれはただの人形、分身でしかありません。魔女(キャスター)狂戦士(バーサーカー)と真正面から戦うなどありえないでしょう。魔眼を使えるかと思えば……やはり素人なのだな、貴様。ちょっと結界を緩め、アサシンを変身させて囮にしてみればホイホイとついてくるあたりも、戦も魔術も知らぬ素人らしい。迂闊というか、頭が悪いのか?」

 

「うっ」

 

ダメだしをされて巽が声を詰まらせる。確かに彼は迂闊だった。敵地と分かっているのにバーサーカーとともに乗り込んだところや、少女の外見に騙されて無条件にあの褐色の少女──アサシンに気を許してしまったところ。それらはすべて巽の油断、甘さが招いたことである。

 

「マスターのせいじゃない。キャスターのことを、サーヴァント同士の戦闘を甘く見た僕の責任だ」

 

「バーサーカー……」

 

魔女から己をかばってくれるバーサーカーの声を聞いて巽は顔を上げた。

 

「そうですね、お前とバーサーカー、その双方の愚かさが招いた敗北でしょう。それとバーサーカー、この男をマスターと呼ぶのは止めなさい」

 

キャスターはそう言うと、見せつけるように袖をまくり、その美しく白い腕を上げた。そこには──。

 

「今の貴様のマスターは私なのだから」

 

──そこには、一枚羽の令呪があった。それはバーサーカーを召喚した際に巽の体に浮き上がったはずの令呪である。それだけではなくさらにもう一つ、二枚羽の令呪も見える。手の甲と腕にそれぞれ三角ずつ。それが意味するところはつまり、彼女がキャスターでありながらアサシンとバーサーカー、その二騎のマスターであるということだ。

 

「なっ、どうやって俺からバーサーカーを!?」

 

「“どうやって”……ですか? 異なことを言いますね、お前は。むしろなぜバーサーカーのマスターのままでいられると思ったのですか。あのとき確かにお前は死に、聖杯戦争のマスターから脱落したというのに」

 

「俺が、死んだ……?」

 

「ええ、今のお前は動く死体です。正しい意味で、その首から下は死んでいるのですから」

 

巽はその答えを聞き驚愕し、自分の身体に触れた。その肉体は正しく生きているように動いている。だがそこに体温はなく、酷く冷たかった。心臓の音も感じられない。

 

魔女曰く、死にかけの巽の肉体を彼女が治癒ではなく再生成し、まだ生きていた頭にそれを取り付けたのだそうだ。

 

「ゆえに、貴様は私に逆らった時点でその肉体の活動を停止させられ死に至る。ゆめゆめ、忘れないように」

 

「そんな……」

 

絶望する巽をよそに、キャスターは“では以上だ。付き従え、バーサーカー”と言ってその場を去った。バーサーカーは元マスターである巽に申し訳なさそうな顔をする。

 

「少なくとも、彼女は君を殺すつもりはないようだ。これからどうなるかは分からないが、君が死ぬような展開は回避してみせるよ。だから、今は休んでいてくれ」

 

それだけ言って、バーサーカーも行ってしまった。

 

「そうか、俺、負けたのか。はは……マジかぁ……」

 

無念だと言わんばかりに巽は暗い部屋の中、ベッドの上で項垂れる。正義の味方を気取り聖杯戦争を終わらせようと参加を決めたのは良いものの、開始早々に脱落してしまった。そして一度死に、体の九割がゾンビになってしまったのである。彼はもはや、乾いた声で笑うしかなかった。

 

「なんにも出来てないな、俺。カッコわる……」

 

「そんなことはないと思いますが」

 

「いやいや、調子に乗って正義の味方を気取ってたところで呆気なく負けたんだぞ。目茶苦茶カッコわる……い……? ……いや誰!?」

 

独り言に返事が来たことで、彼はまるで猫のように体を飛び上がらせて驚いた。そしてよく見るとベッドの側に誰かが立っている。それは褐色で紫髪の少女だった。

 

「き、君は──!」

 

思い出すのは、気を失う前のこと。口の中がとろけ、そして体の内が溶かされるような感覚である。そんな自分の死の瞬間を思い出した彼は。

 

「ひっ……お、おえっ……!」

 

恐怖と怯えから嗚咽を漏らし、空っぽな胃の中身を吐き出そうとする。だが、死んだ肉体には何も入っていない。彼はこみ上げてくる胃酸を口から零し、酸っぱくて喉がヒリヒリする不快な感覚のままベッドから転げ落ちた。

 

天井を見上げる巽の視界に、己を見下ろす少女の姿が映る。

 

「な、なんだよ……! また殺しに来たのか!?」

 

「いいえ、それよりも大丈夫ですか? タオルならこちらに、着替えも新しいものを用意してもらいましょう」

 

不思議なことに、巽を殺したはずの彼女は甲斐甲斐しく彼を世話してくれるようである。分厚いミトンのような手袋をつけた少女が持ってきたタオルと着替えを使って身を清めた巽は、彼女がそのままベッドのシーツを交換する様を眺めながら一つ質問をした。

 

「お前、なんなんだよ。俺にキスしてきたかと思えば、めっちゃ苦しい……毒? みたいなのを流してくるし、かと思えば世話を焼いてくれてるみたいだし。なんか、目茶苦茶だ」

 

“バサリ”とベッドシーツを広げ、それを交換し終わった少女は巽へと向き合う。

 

「なぁ、聞いてるのか? 確かアサシン……だっけ」

 

「はい、聞いています。……そうですね、あなたを殺したのは、あなたが聖杯戦争に参加するマスターであり敵だったから。そして私があなたの世話をするのは、私が(あるじ)に、あなたの助命を願ったからです」

 

“助命? 君が俺を助けてくれたのか?”と巽が問うと。

 

「まぁ、はい。とはいえ、もともと我が主にあなたを殺すつもりは──」

 

“なかった。その肉体が癒えたあとは、聖杯戦争の終わりとともに記憶を消して元の生活に戻ってもらう予定でした”と告げようとして、彼女は口を噤む。

 

「──はい、我が主、申し訳ありません。余計なことを口走りました」

 

「えっと、アサシン?」

 

「なんでもありません。とにかく、あなたはここにいる限りは死ぬこともなく安全です。その肉体が生者のものとして首に馴染むまで、大人しくしていてください」

 

“それでは失礼します”と言って、アサシンが部屋を去ろうとするので。

 

「待ってくれ! なんで、俺を助けてくれたんだ? 理由を教えてくれ」

 

と、巽は心のうちに湧いた疑問を問うた。するとアサシンは。

 

「……あなたが私を助けてくれたから。私もあなたの助命を願いました。それだけです。それでは、おやすみなさい。巽」

 

扉を出る前に、巽にそう言って微笑んだ。そして扉が“バタン”音を立てて閉まると、部屋の中を静寂が包み込む。巽はその中で、ポツリと呟く。

 

「今、俺の名前を言ったよな……?」

 

巽は平凡な男であり、そうであるからして自分を殺したはずの娘に対してもなぜかこのような感想を抱いてしまった。

 

「なんか、笑った顔、ちょっと可愛いかも……って待て待て、何考えてんだ。自分を殺した相手だぞ! チョロインか俺は! っと、それよりもこれからのことを考えよう。バーサーカーは取られたし、敵地のど真ん中で虜囚の辱めを受けてるし、マジでどうすりゃ良いんだ? あーもう、だいたいどこなんだここは。玲瓏館の屋敷……の、地下室かなんかか? こんな薄暗い部屋だと気が滅入りそうだ……ん?」

 

巽は不意に、扉の近くにスイッチがあることに気が付いた。彼がそれを押すと、パッと部屋の中が明るくなる。

 

「いや電気消してただけかよ!」

 

そのツッコミは誰に刺さるわけでもなく、虚空に消えた。

 

元一般人の高校二年生、現九割ゾンビの魔眼使い。そんな來野巽の明日はどっちだ──?

 





・沙条綾香
アーサー王、クー・フーリン、ギルガメッシュ王に好かれる可能性を持つ未来の逆ハーの姫。そんな彼女とブリュンヒルデが触れ合ってしまえば……ああ! 困ります!

・來野巽
主人公補正のない一般人。バッドエンド√を選んでしまった少年。原作では彼は特に何かをなすこともなく、愛歌に従うアサシンによって退場した。この世界線では──?
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