アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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蒼銀のフラグメンツでしたこと【7】

 

「もう一度言ってみろ、アサシン」

 

「──ぁ……が……!」

 

怒気のこもった魔女の凍てつくような瞳が暗殺者の少女を睨みつけている。アサシンは自らの主の逆鱗を踏み、首を絞め上げられながらもその質問に答えようとした。“ロザリオを譲ってほしい”……と。

 

「ぅ……ッ!」

 

しかし、その言葉を紡ごうとするとキャスターの白磁のような手がさらにアサシンの首を強く締め付けるため、彼女の口からはうめき声しか漏れなかった。

 

「キャ、キャスター!? 急にどうしたんだ、それ以上はアサシンが死んでしまうよ!?」

 

「控えろ、バーサーカー。コレは私の命どころか、世界全てを引き換えにしても足りない奇跡を証明する私の、私たちだけの証。それを毒に塗れた貴様が、あろうことか譲り受けたいだと?」

 

キャスターがアサシンを投げ飛ばすと、その褐色の体が棚にぶつかって落ちた。棚にあった貴重な素材や薬剤の入った(フラスコ)が棚からこぼれ落ち、“パリン”と音を立てて割れていく。

 

「アサシン、大丈夫かい……? 何もここまですることは……!」

 

「控えろ、と言ったはずですよ。バーサーカー」

 

バーサーカーの体が天井に落ち(・・)、縛り付けられた。

 

“一つ、お前の勘違いを正しておきましょう”と、アサシンのその美しい髪を持ち上げながら、彼女に向かってキャスターが告げる。

 

「これは英霊が座より持ち込んだ、エーテルで作られた偽物の幻想(ファンタズム)などとは訳が違う。正真正銘、平行世界を見渡しても見つけることのできない『 (世界)』にただ一つだけのオリジナル。向こう側の世界からやってきた、無属性魔法そのものたる礼装なのだ」

 

それは天の鞘の向こう側、第四の壁の向こう側を観測し、唯一戻ることが許された祈りの結晶である。キャスターは、モルガンは自分が召喚されるとき、現世と座の間にたまたまソレが漂っていたのを見つけたのだ。

 

本来観測できない向こう側の彼女が、彼と出会うことができたという唯一の証明。そんな宝物を、たかが現代を満喫したいなどという理由で強請られてしまったのだから、彼女の感情が爆発するのも当然だった。

 

「殺してしまうか」

 

「──ッ!」

 

キャスターはその普段なら冷静沈着な頭で、驚くほど感情的な動機の結論を出した。

 

そして、その手で不届き者の命を手にかけようとしたその時──部屋の扉が開いた。

 

「──キャスター!」

 

「貴様……ノックくらいしたらどうなのだ、無礼者」

 

「たつ……み……?」

 

「た、巽! 今来てはいけない!」

 

乱入者、來野巽、つい先程まで死んだように眠っていた半ば屍人の自称普通の高校二年生である。

 

「頼む、落ち着いてくれキャスター」

 

「私に意見するか、いかなる道理でそのようにほざくのだ?」

 

「扉の前で美沙夜ちゃんが怯えてる。お前が怒るとこの屋敷の術式全体が反応するんだ、あの子は普通より大人っぽいとは言えまだ小学生なんだぞ」

 

子供、それもキャスターがそれなりに目をかけている玲瓏館美沙夜のことを引き合いに出されたならば仕方ないと彼女は認識を改め、その怒気を少しずつ収めていく。

 

「……ふぅ、失礼しました」

 

「分かってくれたなら、良い。それと、ロザリオの件なんだが」

 

「──────」

 

キャスターが再び地雷を踏まれそうになり、顔を引き攣らせる。そんな様子を気にもとめず、巽は土下座をした。

 

「頼む、この通りだ!」

 

小僧の頭が下げられたところで、キャスターはそれに何の価値も感じない。アサシンともども殺してやろうかと思ったその時、巽の放ったひと言が彼女の動きを静止させた。

 

「──アサシンは知らないんだッ!」

 

キャスターの、モルガンの動きがピタリと止まる。

 

「彼女は日常を知らない、誰かと触れ合うことを知らない、だから一度だけでも良い、それを知るチャンスをアサシンにあげてくれないか! そのためなら、俺はなんだってして見せる!」

 

「「巽!?」」

 

「……貴様に何ができると言うのだ」

 

「アサシンの毒がなくなれば、彼女は昼間の人混みの中でも活動できるんだろ。だったら俺と彼女で昼間の探索に出て、お前が探してるセイバーの拠点を見つけてくる、ってのはどうだ!」

 

キャスターが“バカバカしい、お前にできるものか”と一蹴した。だが、巽の目は本気だった。たとえハッタリでも、強がりでも、少女のささやかな願いくらいは叶えてあげたいと彼は思ったのだ。

 

「……少し、考えます。お前たちは部屋を出ていなさい」

 

キャスターがそう言うと、アサシン、バーサーカー、巽の三人は部屋の外へと弾き出された。

 

「巽のばか……っ! なぜ、どうして主に対しあのような口を、私と一緒に殺されてもおかしくなかったのですよ!?」

 

「それでも、俺は……」

 

「うるさいです! ばか、ばかばかばか……っ……うぅ……っ!」

 

毒のことも気にせず、胸をポカポカと叩きながら泣く少女に、巽は困った顔をするしかなかった。

 

「……はぁ、巽のサーヴァントは僕のはずだったんだが」

 

「あ、ごめん! バーサーカー! お前のことすっかり──」

 

「“忘れてた”、かい? まぁ良いさ。僕の能力は情報収集に向かないからね。二人でデートを楽しんでくると良い」

 

「いや、そうじゃなくてな! 別にお前のことを忘れてたわけじゃないぞ!?」

 

「はは、僕は美沙夜ちゃんと二人で霊薬でも作ってお留守番しておくよ」

 

“ちょうどキャスターが『愛の霊薬』なんて面白いサンプルも拾ってきたことだし”と言って、バーサーカーは乾いた笑みを浮かべたまま去っていった。その背中は気の所為か、いつもより縮んで見える。

 

巽はアサシンを抱えたまま思う。

 

なんか、ごめん。と。

 

 

 

 

「はぁ」

 

キャスター──モルガンは、一人部屋でため息をついた。その手にケルト十字のロザリオを握りしめながら、彼女は寂しげな表情で窓にコツンと額をぶつける。

 

『アサシンは知らないんだッ!』

 

モルガンも、かつては知らなかった。日常なんて、平和なんて、誰かと触れ合うことなんて、愛なんて──愛しい人……なんて。

 

「顔が熱いですね……」

 

彼女の抱える願い、それはアーサーそのものだ。本来なら彼は天の鞘という世界の機構(システム)になり、もう二度と会話することも叶わないはずだった。抑止力と敵対していた背景のため、英霊として召喚されることもないと、そう思っていた。

 

だが、何の因果か彼はこの東京に呼ばれ、モルガンが彼へのカウンターとして召喚された。だから、彼女は願う。

 

「お前が欲しいです、アーサー」

 

生前は、姉であることに満足していた。だが、だめだ。仮初めの生を受けた今では、この思いを封じることなどできない。それはきっと、異なる平行世界において彼と共に心中した記憶の影響もあるのだろう。

 

「もうお前と離れたくありません」

 

手段はどうだって良い。

 

アーサーに勝利し、自分のサーヴァントとしてこの手に収めるも良し。

 

聖杯を手にし、きっと向こう側でそうしてるように彼と共に現代を生きるのも良し。

 

彼を殺し、その魂が焚べられた小聖杯を奪って彼を蘇生。そのまま聖杯戦争を術式ごと簒奪して、終わらぬ戦争の中で現界し続けるも良し。

 

「お前は嫌がるかもしれませんね、でも、それでも私はあなたを求めずにはいられない」

 

そのためのライダーとの同盟なのだ。ライダー、真名『オジマンディアス』。エジプトにおける最も偉大なりし王の中の王。ファラオの中のファラオである。

 

触媒となった彼の妃ネフェルタリの首飾りからその真名を割り出したキャスターは、ライダーをアーサーにぶつけるつもりだった。

 

「一番は共倒れしてくれるのが理想だな。二番手はライダーが生き残り、アーサーが敗れることか」

 

ライダーのマスターの工房は奥多摩山地の地下にある。送風口の前でアサシンの毒を撒けば、たちまちその工房は地獄と化すだろう。あとはバーサーカーとキャスターで生き残りを始末してやれば良い。いかに強力なサーヴァントと言えど、マスターをなくしてしまえば燃費の悪いライダーはすぐに消滅する。

 

「最悪はアーサーが勝利してしまうこと、か。『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を所持したままのアレに勝てる者はそうそういまい。たとえ太陽の化身たるファラオであってもな。だから生前は盗んだというのに……」

 

故に、魔女は一計を案じる。そのために、たった一日だけ、アサシンにロザリオを貸し出すことを許そう。必要なことなのだから。

 

断じて、かつての自分とアサシンを重ねたとか、そんな甘い理由ではないと彼女は心の中で誰に聞かせるでもなく言い訳しておく。

 

「ああ、そうです。美沙夜には謝っておかねば」

 

きっと涙目で自分の怒気に怯えていたのだろう少女の姿を思い出し、モルガンは、キャスターは部屋を出た。

 

彼女には自信がある。アーサーに勝つ自信が。

 

だってそうだろう?

 

セイバー(・・・・)のサーヴァントで喚ばれたアーサーは、伝説における『アーサー王』としての分霊。そうであるが故に、彼に『 (根源)』との繋がりなどあるはずがないのだ。そもそも抑止力が『 』と繋がったままのアーサーの召喚を許すはずもない。特別な事情でもない限りは。

 

『 』との繋がりのないアーサーなんて余裕である。故に、彼女は確信するのだった。

 

「ふふ、この戦争、勝ちましたね」

 

 

 

 

「ねぇねぇ、セイバー。この服どうかしら」

 

「似合うけれど、少し幼い印象があるね。今は丁度良いかもしれないが、愛歌は成長期、大人のレディになることを見越してもう少し大きめかつシックなデザインのものを選んでみたらどうかな。例えばこれとか……」

 

アーサーとランサーと愛歌、あとおまけの綾香のチーム、すなわち沙条組とも言うべき四人組はショッピングモールにて仲良く買い物をしていた。

 

愛歌は普段の青いフリルのついたワンピースではなく、もう少し大人っぽい服を手に取り微笑む。

 

「試着してみるわね」

 

「ああ、楽しみにしてるよ」

 

更衣室の中から衣擦れの音が聞こえる。アーサーはなるべくその音を聞かないように他のところに意識を集中すると、少し向こう側で何やら相談しているランサーと綾香の姿が見えた。

 

「この国には夏に水着を着て海水浴を楽しむ文化があるのですね……ふむ、これを着れば、シグルドも喜んでくれるでしょうか?」

 

「でもランサーさん、それ小さすぎない?」

 

「そうですね、これではほとんど裸です。私が着たらその……溢れてしまうかも……」

 

季節外れの水着コーナーにてかなり際どい水着を手に持っていたランサーが、それを元の場所に戻した。

 

ランサー、それ一応大人用だ。いやオトナ用と言ったほうが良いのかな? とにかく綾香にそんなものを見せるんじゃない……と、口には出さず思いながら、アーサーはその様子を生暖かく見守った。

 

「逆にこちらは極端に露出が少ないですね」

 

「なんていうか、じゅうそうび? ってやつみたい」

 

それはダイビングスーツだ、ランサー。間違っても異性と行くビーチに着ていくようなものではないよ。

 

とは考えたものの、やはりアーサーは口には出さず、優しく見守るだけにとどめた。

 

「ど、どうかしら。セイバー?」

 

そのとき、“シャッ”と音を立てて更衣室のカーテンが開かれる。

 

「良いと思うよ」

 

「もっと具体的に!」

 

「普段の無垢な愛らしい姿とは異なり、今の君は妖艶さを醸し出していってると言える。素敵だ、愛歌」

 

「えへ、えへへ──買うわ」

 

セイバーに褒められて頬を染めた愛歌は、すかさずその服を籠に入れた。今のところ試着したもの全部お買い上げのようである。

 

お金の心配? それは問題ない。なぜならアーサーは根源接続者。擬似的な『黄金律』を持っていると言って良い。河川敷で現金の入ったアタッシュケースを見つけ、警察に届けて謝礼金一割を貰うくらい朝飯前である。

 

なお、関係ないが最近東京で幅を利かせていた暴力団の一つがその資金源が特定されて摘発されたらしい。関係ないが。

 

今朝、まさしく新聞の記事でその旨を見たアーサーと愛歌は“物騒だね”、“そうね”と言って笑い合った。穏やかな沙条家の一幕である。

 

「セイバー、そろそろお昼時ではないでしょうか」

 

「私、お腹空いてきちゃった」

 

「もうそんな時間か、愛歌、そろそろ昼食でも良いかい?」

 

「う、うそっ!? もう二時間近く買い物していたのね、私……」

 

“そう気づいたらなんだか肩が重くなってきたわ……”なんて愛歌が言うので、アーサーは軽く彼女の肩を揉んであげる。

 

一方愛歌は己の顔が熱くなるのを感じ、すぐさま会計を済ませてフードコートに向かうことに決めた。

 

一行がフードコートに向かうと、なんとそこには──。

 

「おいおい、エルザ。このふーどこーと? ってのは詐欺なのか? 飯を頼んだはずが、なんか棒を渡されたぞ」

 

「料理が出来上がったらそれが鳴るのよ、アーチャー」

 

赤毛の女性と、褐色の肌の男が一組。

 

「あ、あの……巽。私のクレープとあなたのパフェ、一口交換しませんか?」

 

「ん? 良いぞ、ほら」

 

「あ、あーんだなんてそんな。あ、あむ……美味しい……!」

 

仲睦まじく手を握りながらスイーツを堪能する褐色の少女と高校生の少年が一組。

 

「私ラザニアが食べたいな」

 

「では私は綾香と同じものを」

 

「もう、ランサーさんそればっかり。じゃあ違うの頼んで、半分こしよ? お姉ちゃんはどうする?」

 

「うーん、今は洋食の気分じゃないわ。……うわ、何あれ『期間限定激辛麻婆』? およそ人の食べるような色をしていないように見えるけれど……あら、どうしたのセイバー。まるで見てはいけないものを見たみたいに立ち尽くしてしまって」

 

四人家族かのように会話をする少女二人に銀髪の女性と金髪の青年が一組。

 

フードコート全体の、この薄皮一枚隔てた平穏に気づいたアーサーはただ一人乾いた笑みを浮かべて。

 

「いや、何でもないよ。私は、たまにはジャンクフードでも食べてみようかな。気になるなら愛歌は激辛麻婆を頼むと良い、食べられなかったら私と交換しよう。ははは──」

 

とりあえず、食べてから考えようと心に決めた。

 

三組が食器を返却しようとして顔を合わせるまで、残り三十五分──。

 

 

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