『主、ランサーが伊勢三の工房に向かってしまいました。アーチャーの妨害もあり食い止めることができず……申し訳ありません』
山々を見下ろす遥かな空の上で、キャスターはアサシンからの念話を聞いた。
「構いません。伊勢三もまた聖杯戦争に挑む魔術師にしてライダーのマスター。自分たちで何とかするでしょう。地下にある工房とやらを有効活用して。お前はバーサーカーとともに確実にアーチャーを討ち取りなさい。良いですね?」
『はい、我が主』
念話が途切れると、キャスターは再びその視線を山々のなかに顕現したライダーの宝具へと向けた。
「アーサー……」
彼女はアサシンより返却されたロザリオを握りしめ、その美しい顔に恍惚とした笑みを浮かべる。
アーチャーはアサシンとバーサーカーに任せた。流石に二対一ならあのペルシアの大英雄もどうにかなるだろう。
ライダーとセイバーは、きっとどちらかが死ぬまであの中から出てくることはない。地上にあって唯一の王を自称するあのファラオが他に王を名乗るサーヴァントの現界を許すはずもなし。
キャスターは戦いの終わりに備え、漁夫の利を狙っている。ライダーが生き残ったのであれば、そのマスターを始末する。セイバーが生き残ったのならば……まぁ、そのときには十中八九彼のマスターの少女も死んでいるはずなので、魔力補給のために自分の前で膝を折らせよう。自害したとて逃さない、聖堂教会から小聖杯を奪い、その霊基をすぐに蘇生してみせる。
だが、消えゆく体でなおキャスターに抗った場合は。
「警戒すべきは『
キャスターの第二の宝具『
その効果は、任意発動型の宝具の封印。キャスターに触れられその真名を発動された者は宝具を事実上盗まれた状態となり、力を奪われるのである。
しかもその凶悪なところは、キャスターが死んでも盗まれた宝具の効果は帰ってこないところだ。彼女が認めなければそれは盗まれたままという、極めて悪辣極まる、そして実に魔女らしい宝具だった。
弱点はアサシンの『
「『 』との繋がりもなく、マスターもなく、鞘もないお前など恐れるに足らん。存分に嬲ってあげましょう」
アサシン、バーサーカー、そしてキャスターの三騎がかりであれば余裕である。アーサーを下したあとはそのままランサーも殺してしまおう。もっとも、アレもアーサーと同じ少女をマスターにしているのだから、消化試合にしかならないだろうが。
キャスターはやはり確信し“勝った……!”と笑う。
だが、取らぬ狸の皮算用という言葉が意味するように、彼女が生前どれだけ策を弄しても伝説の裏ではアーサーに屈してしまったように、そうそう上手くいかないのが世界というものだ。
『主、アーチャーのマスターが令呪を使いました! 押し返されています!』
「……はぁ? 二対一なのですよ? 令呪の一画二画程度は覆して──」
『──
キャスターは冷や汗を流す。まさか敵が三画を一度に消費するとは、あれは英霊が裏切らない様にするためのセーフティでもある。基本的に人間をあまり信用していないキャスターならば絶対に使用しない手段だった。
「仕方ありません、令呪を以て──」
キャスターがその腕に宿る六画の令呪のうち、バーサーカーとアサシンにそれぞれ一画ずつ使用しようとしたまさにその時である。
「──は?」
キャスターの眼下で展開されていたライダーの宝具、彼の生前の威容、偉業をそのまま映し出す大神殿が。
まるで。
初めからそこに無かったかのように。
『
「馬鹿な!? あり得ない、あれは獣の権能とも言えるアーサーの……っ! セイバーの、英霊の、抑止力の制限のあるお前が持ち得て良いものでは──!」
驚愕するキャスター。だが、彼女に驚いている暇はない。
「あなたがキャスターですね? ああ、セイバーの言っていた通り美しい人……ふふ……私の槍も、あなたの血を喜んで啜ってくれるでしょう」
「ランサーだと!? 貴様、どうやって……!」
宙に立つキャスターに並ぶように、そこには、伊勢三の工房に向かったはずのランサーが立っていた。
キャスターは思考する。“おかしい、来るのが早すぎる”と。
「ああ、彼らのことですか。安心してください、生きていますし、あなたを裏切ったわけでもありません。ただ、彼らは──」
そんなキャスターの様子を見てランサーは“魔術師として勝利する代わりに、この戦争から降りただけですので”と、穏やかな笑顔で言った。
ライダー陣営と、キャスター陣営の間に結ばれた同盟。その際に結ばれた魔術契約は、互いの
だが、“負けるな”などという当たり前のことは条項に含まれていない。
だから伊勢三玄莉は、歴史ある自らの一族が衰退することを憂い、現代技術で薄れゆく魔術の才能を補い、その果てに聖杯にまで縋ろうとした魔術師である彼は。
かくして、魔女の陰謀は弟の力を見誤ったという大前提を突かれて、粉々に崩れ去る。
それはランサーによって散々串刺しにされた彼女が地上に落ち、愛する弟に抱きとめて貰うほんの数分前の出来事であった。
◇
ときは少し遡る。
ランサーと別れたアーサーは、暗く静かな山の中にてライダーと対峙していた。
「──ウラエウス!」
ライダーの頭上、太陽の如き輝きを放ちながら宙を泳ぐ船、彼の第一宝具『闇夜の
「どうしたセイバー、貴様の力はその程度か! それでも後世に王と謳われた英霊であると? ふ、ふははは! 笑止! 矮小な貴様に、余と同じ王の称号は分不相応である!」
頭上からは光線が、地上からはスフィンクスによる猛攻がアーサーに襲いかかる。鞘の効果によって傷も疲れも知らないアーサーと言えど、これほどの神秘を何度もぶつけられれば顔を歪めてしまう。
「人質を取るような貴公に言われたく、ないのだが──ッ!」
熱風の化身たるスフィンクスに風の魔術は効かず、アーサーは仕方なく鞘付きの剣で人面獅身の獣を殴り殺す。だが、そうしたところで“それ、
「その上その魔力量、随分と大盤振る舞いじゃないか? 無辜の民の命を削って奪った魔力の行使はさぞ心地良いのだろうな!」
ライダーの魔力源、それは伊勢三が表の身分で運営する病院、そこに入院する人々の生命力であった。彼らがこうして戦っている間にも、本来の神秘と何ら関わりない人たちの命が消費されているのだろう。
ライダーは無論王として、そのようなことを許容した覚えはない。が、それはそれとして利用はする。
であるからして、ライダーはその褐色の額に青筋を浮かべた。それは自分が気にしていることを他人に指摘されると余計に腹が立つ現象に似ていたかもしれない。
「貴様……そのように吠えるとはよもや獣であったか! 余の目も曇ったものである、まさか獣を人と見間違おうとはな!」
ライダーは挑戦者に対する試練の段階を、ギアを一つ挙げた。“では獣たる貴様に相応しい檻を用意してやろう!”と言って、彼はその王権を象徴するヘカの杖を振るう。
およそ現代から消えてしまった神代の、紀元前十三世紀の神秘を再現した奇跡。
「──『
すなわち、ライダーの第三宝具。ファラオ・オジマンディアスが建造した神殿のみならず、彼の時代より過去、果ては未来までの複数の神殿を合わせた複合大神殿とも呼ぶべきソレは、使い手たる太陽王の心象で世界を塗り替える魔術の禁忌にして奥義、固有結界であった。
「よもや、これは貴公の玉座そのものか。これほどの威容を持つ者は、エジプト世界最大の王以外にありえまい。すなわち、貴公はラムセス二世、ファラオ・オジマンディアスその人か!?」
アーサーは驚愕した。東ローマの大図書館にて見た古文書。そこに記載されていたナイル世界の偉大なる王とまさか遥かな未来、極東の地で対峙することになろうとは。
「然り! 獣にしては頭が回るではないか! 褒美に余の神獣と戯れることを許す!」
真名の看破に多少気を良くしたのか、ライダーは大盤振る舞いと言わんばかりに獣を放つ。
「複数召喚!? それに上位個体だと!? 貴公はどこまで力を隠しているのだ……ッ!」
複数のスフィンクスが、そしてその統括個体とも思しき青いスフィンクスがアーサーに襲いかかる。
「ふはははは! 無為、無謀、無様! 太陽たる我に歯向かった己のその愚かさを呪うが良い!」
アーサーはその猛攻を凌ぎながら思考する。驚嘆すべきは神獣にだけにあらず、その神殿そのものに対してもだ。アーサーは今、ライダーの腹のなかにいると言っても良い。この神殿の中ではライダーとスフィンクスに傷をつけることも叶わず、霊基を蝕む呪詛でステータスが弱体化し、宝具の真名解放すらままならないのだ。
なんだこれは、強すぎる。彼だけこの聖杯戦争で頭一つ抜けてるというより、一つ上のステージに立っていると言うほうが適切なほどだ。
「──かは……っ!」
アーサーの体が、神殿の柱へと叩きつけられ、崩れた瓦礫に埋もれる。
「ふん、底が知れたな。余の神殿の中で如何に抗うか、毛ほどは興味があったのだが……つまらん。もう良い、疾く消えるが良い。余の視界にその骸を晒すことすら許さん」
冷徹な声で、ライダーはアーサーを見下ろす。
「裁定は下った。もはや是非もなし。貴様を殺し、余はいずれ世界を喰らうであろう
そしてアーサーの体に無数の光線が、彼の体を塵一つ残さない、神の裁きが群がった。
逃げることの能わず、その場に爆発が起き、煙が広がった。
◇
ゆらゆらと、沙条愛歌の精神が宙に揺れている。これはきっと夢ね、と。愛歌は自分の置かれている状況を把握した。
見えてくる景色は、ここ一週間の、ごくごく最近の思い出ばかりだ。
セイバーを召喚して、彼に恋をした。きっと一目惚れだったのだろう。気に入ったのは……見た目? 声? それともそんなものは関係なく、魂に刻まれた運命だった?
セイバーに『 』との繋がりを断たれてしまったあとは、情けなく泣き喚いて、彼に縋り付いた。そのときの絶望と喪失感は筆舌に尽くし難い。でも、辛かったのはそのときだけで、彼とともに過ごした夜は愛歌の心を満たしてくれた。
セイバーと一緒に、現代の生活も満喫した。妹の綾香と一緒に、ランサーと一緒に、あるいは本来は敵である人たちと一緒に。
テーマパークに行った。アイススケートに行った。食事にも行った。夏には海に行く約束をした。
そうやって、空っぽだった沙条愛歌は少しずつ満たされ、人としての形を獲得していった。
『これからの日々は、きっとその喜びに満ちている』
……えぇ、その通りだったわ。セイバー。私きっと、あなたと一緒なら、人に成れてしまえると思うの。
その太陽の如き温かさに包まれて、愛歌は幸せな気持ちに包まれる。
だから。
──セイバーが獣に吹き飛ばされる。
最初は信じられなかった。
──柱が折れ、瓦礫とともにセイバーが地面に伏せる。
目が覚めたときには。
──そして立ち上がろうとした彼に、致死量の熱線が群がった。
こんなことになっていたなんて。
「セイバーぁ! い、いやぁ! なんで、ここは一体……ぐぅ!?」
「やかましい、余の足元で喚くでない! 痴れ者め!」
黄金の如き太陽王、ライダーの足に踏みつけられて、愛歌はそれまでのことを思い出す。
「そうだわ、私、キャスターに攫われて……ま、まさかセイバー。私を助けに来たの……? そんなの罠に決まってるのに……!」
“いや……いやぁ……!”と、普通の少女のように愛歌は泣くことしかできない。『 』との繋がりをなくした彼女では、サーヴァントに抗うことなどできない。
彼女が捕らえられていなければ、寝ぼけてさえいなければ、令呪を使えていれば、あるいは勝ちの目があったかもしれないのにと、愛歌はやっぱり涙するしかなかった。
「ごめんなさい……セイバー、私が、あなたの足を引っ張っちゃった。私が、もっと強かったら……私が、前のままだったなら──」
だが、彼女の言葉は長くは続かなかった。
“
嵐によって煙が晴れ、その中でから現れたのは。
「──それ以上は言わないでくれ、愛歌。君は成長したんだ。それを、私と過ごした時間を、君が多くを得た道筋を否定するような言葉はやめてほしい」
「セイ、バー……ッ!」
一目見たときから変わることなく輝く、蒼銀の騎士。愛歌の、運命の王子様である。
「……」
「どうした? 驚きのあまり声も出ないか、ライダー」
「貴様……何をした。あり得ぬ、余の『
ライダーは実感する。己のうちから、一瞬にして大量の魔力が失われたことを。下手人は目の前の男しかいない。アレが、煙のなかで何かをしたのだ。
「いいや、そもそもだ。余の神殿の中で立ち上がり、スフィンクスを傷つけること自体がありえぬ! 何をした! 答えよ、セイバー!」
「私に固有結界の類は効かない。ただそれだけだ、ライダー」
鞘のついたままの剣を構えるアーサー。その姿を、かの黄金の英雄王とまではいかずとも多くを見通すライダーの瞳が捉えた。
「騎士王の鞘……あらゆる傷を、攻撃を無に帰すという絶対防御。よもや、それは一つの固有結界というわけか。貴様は余の神殿の内側にあるように見えて、実際には別の位相に身を置いている……と」
“だが”と、ライダーは続けて言う。
「それではスフィンクスが消えた説明がつかぬ。ならば鞘ではなくその内側に納められた剣、これまで貴様が封印してきたソレが、まさに切り札というわけだな?」
「丁寧な説明に感謝しておこう。では、最後の一撃を見舞う前に聞いておこうか、ライダー。私のマスター、沙条愛歌を返してもらおう!」
アーサーの剣先が、その鋭い眼光が太陽の化身へと向けられた。許可の得ぬ問いなど本来であれば一蹴するところであるが、自らの獣を消し飛ばして見せた勇者への褒美とばかりにライダーは答えた。
「断る! そもそもセイバー、貴様は一つ勘違いしている! この小娘の力を奪い満足しているようだが……甘い甘い甘い甘い甘いッ! その程度で世界は救われなどせぬわ、愚か者め!」
「なんだと? しかし、愛歌にはもう『 』との繋がりは──」
「この小娘は神秘に
「──ッ!」
ライダーにそう言われ、愛歌は息を飲む。“そうであろう?”と踏みつけるように足で押さえられ、彼女は俯き、沈黙することでその返答をした。
「わ、私は……」
──違う。とは言えなかった。他人に対しての興味が薄いのは前と変わらない。ライダーの言う通り、聖杯戦争が終わってセイバーが消えてしまったのなら、彼に会うためにすべてを犠牲にしようとするかもしれない。彼女にとってセイバーは、この世すべてを上回るほどのものなのであるのだから。
「そうなのかい、愛歌?」
「……ぁ」
優しく問いかけるように、アーサーのその
違うって言わなきゃ。あなたのおかげで沙条愛歌はちゃんと人になれたって、そう言わなきゃいけないのに。彼女はどうしても、心のどこかで思ってしまう。
「ごめん……なさい。セイバー、あなたに言ったことは嘘じゃないのよ。みんなと過ごせて楽しいって思ったし、嬉しいとも思った。だけど、私はライダーの言う通り、あなたのためならすべてを犠牲にしてしまえる、最低な、悪い子なの……!」
セイバーに比べれば、世界なんてどうでも良いって思ってしまう。
それが、変わることない愛歌の本音。アーサーへと告げた、懺悔の言葉だった。
「……ぅっ……ごめん、なさい……っ!」
彼女の喉がひくつき嗚咽が、揺れる
「──そうか」
アーサーはその様子を見て短く告げると、変わることなくライダーへと向き合った。
「それだけか? ならば、私の言うことはやはり変わらない。愛歌を返していただきたい」
「……なんだと? 貴様、その耳は飾りか? この娘を生かせば世界の危機となると言った余の言葉を聞き逃したか?」
「私──いいや、僕の方こそ聞きたい。貴様の目は節穴か、バカめ」
アーサーのあまりの物言いに、ライダーの表情が凍り付いた。アーサーは怒っていた。彼女への言葉に対し、我が事のように憤りを抱いていた。自分と同類の少女の心を傷つけたことに、この上なく腹を立てていた。
「この子のどこが世界の危機なんだ? 好きな人のために全てを犠牲にしようとするのが危機? 良いか、そんなのは
“そもそも”と、アーサーは付け加えるように、その美しい肢体を彫像のように固まらせたライダーに告げる。
「貴様はまるで彼女を世界を喰らう化け物のように言うが、化け物が己の心の真実を暴露し、涙を流したりなどするものか。彼女が真に怪物ならば容易くその表情を偽り、嘘をついてみせるだろう。そうでないのだから……君は人だ。愛歌」
「……ぁ」
きっと、そのとき、愛歌の表情はまさしく恋に堕ちた少女のソレをしていただろう。
古より、女神が英雄に恋をしてその地位や権能を失うという事例は多く存在する。此度の聖杯戦争におけるランサーもまたそのうちの一人である。
そして現代において、その例にまったく新しい存在がたった今書き加えられた。
その名は沙条愛歌。
英雄に恋し、『 』の姫から人に堕ちてしまった少女の名前である。
「では、話は以上だな。決着をつけようか、ライダー……いや。たった一人の少女を世界の敵とみなし恐れた
「──今、なんと言った……? 器が、小さい……? この、この太陽の化身にして最も偉大なる神王たる余が……? くっ……ふ……は……ふはははははは──ッ!!!」
過去、現在、未来、そして東西、全ての人類史において、五本の指に入るであろう王であるファラオ・オジマンディアスはもはや倒れてしまうのではないかと思えるくらいその身を仰け反らせ大笑いすると。
「『
思わず生前の言語で話してしまうほどの怒りを顕にし、不敬者への神罰を放った。
光の柱が、アーサーへと迫る。
「ライダー、貴公が固有結界を展開してくれて本当に助かった」
その時“カチン!”と、鞘が撃鉄を起こしたような金属音を鳴らした。
「私のコレは、抜いた時点で『
そして“カチン! カチン!”と、鞘が再び鳴り、その拘束が外れて行く。
「だから、抜くのはほんの一瞬。ほんの一振りの間だけだ」
そして最後の拘束が“カチン!”と外れると、その鞘は複数の
「さて、貴公は『
アーサーが両手を振りかぶる。その手には何もなかった。いや、より正確に描写するならば『
ソレは剣にあらず、故に目に見えることはない。しかし無と有の境界線が剣の形をとり、何もないが故に視ることができる。
ソレは
真名はなく、便宜上『
「『
アーサーがスフィンクスたちを消したようにソレを振るうと、彼に迫る光線が、ライダーの展開していた固有結界が、ソレを維持していた魔力が、すべて『
魔力の残滓すら残さない完全なる『
「よ……もや……抑止力め……ッ。世界の脅威を潰すが、ために……ッ。より脅威となる……存在を、呼び寄せた、のか……ッ」
光を失った奥多摩の山中にて、アーサーの振るった剣撃の余波で大きくその霊基を削られたライダーが呆れたように呟く。
「天の鞘……逸脱の獣……終末の竜……それが貴様の正体か。ははっ……太陽の化身たる、我であるが……流石に無を照らすことは能わぬ……か……」
消滅の危機にあったライダーの手をアーサーは掴む。
「……申し訳ないがライダー、もうしばらく付き合っていただきたい」
そう言って彼は、再び鞘という拘束具をつけた剣を──ライダーの胸に突き刺した。
「ごは……!? 何をするか不敬者め──ッ!」
「『
「き、さま……」
事もなげに言うアーサーにライダーは頬を引き攣らせながら、消え行く意識のなかで思った。
“
と。
◇
「セイバーッ!」
「愛歌」
己に勝利を捧げてくれた騎士の胸に、姫が飛び込んだ。
「ありがとう。ありがとうセイバー。私を助けてくれて、私を救ってくれて、私を認めてくれて」
「お安い御用だとも」
「それ、でね? やっぱりお姫様を助けた騎士には、ご褒美、が必要でしょ?」
ゴクリと生唾を飲みながら、潤んだ目でアーサーを見上げる愛歌。
「だ、だから。今ならキス、してくれても良いのよ?」
「……それは君へのご褒美にならないかい?」
愛歌が瞳を閉じていると、アーサーがその差し出された唇を人差し指で優しく押さえた。
「あ、あう……」
「はぁ、まだ十四なのに、愛歌はおませさんだな」
「十四歳は、立派なレディだもん……」
まるで妹の綾香のような口ぶりにアーサーは笑う。
「……っと、愛歌。上から人が落ちてくるから少し離れていてくれ」
「──えっ?」
アーサーが愛歌を端に寄せると次の瞬間、空から魔女が降ってきた。その体のいたるところに刺突痕を作り、血を流すアーサーの姉、モルガンその人である。
「アー、サー……?」
「残念だったね、姉上。今回も僕の勝ちだ」
「やはり……私はお前に……勝てない……か」
愛しの弟の腕の中で意識を失う魔女。その二人の気安い様子に愛歌は“むーっ”と頬を膨らませ可愛らしく嫉妬心を顕にしするが、アーサーはそれを気にするより先にやることがあるとばかりに次の行動に移った。
「聞け! この地に集いし英霊たちよ! ライダーとキャスターはすでに我が手に屈した! よってこれより、この地に集った七騎の英霊に全騎での同盟を申し入れる! その心は──」
山中に声を響かせるアーサー。抑止力の守護者が七騎揃ってやることなど、一つしかない。
「──東京の地下にある
◇
◇
人類悪──喝采。
◇
◇
“ごぽり……”と、杯に満ちた泥に
「──足らぬ」
ビーストには『単独顕現』があり、過去の改変を受けようともその存在が揺らぐことはない。故にそれは生まれ出づる。
「贄が足らぬ、感情が足らぬ、魔力が足らぬ、時が足らぬ」
本来の生まれるはずの黙示録の、第六の獣の片割れ。退廃都市『ソドムとゴモラ』の名前を冠した、そのうちの後者。ビースト・Ⅵ、ゴモラズビースト……ではない。
「『堕落』が足らぬ」
沙条愛歌が獣の誕生に関わらなかったという原因が、呼び出される獣の差異という結果を、事象の揺らぎを生み出したのだ。
「故に、かき集めよ。余の眷属、余の獣たちよ。この地の人間どもから、必要なものすべてをこの大聖杯へと集わせ、溢れさせるのだ」
それは古代ローマより始まった消費文明、人間の消えることない強欲の
「そしてすべてが
すなわち、『堕落』の理を持つ、ソドムズビーストである。
「この余が平らげてやろうではないか?」
未だ幼き幼体に過ぎぬ彼女は未来の美味を想像し“ペロリ”と、唾液に塗れた舌で淫靡に唇をなぞった。
◇
その日を境に、東京から少しずつ人が消えて行く。
その原因を知る者は、その果てにあるものを食い止めようとする者はほんの僅かでしかない。
だが、それでも。
彼らに、世界の命運は託された。
「これは、世界を救う戦いである」
──過去から蘇りし、七人の英雄たちに。
ライダーが愛歌にしたことは間違ってません。彼が愛歌を誘拐し、否定した。それでもアーサーが愛歌を肯定したからこそ、愛歌が世界の危機になる可能性は消え去りました。
だから『器小さいね!』なんて言われたら「たった今の余がしたことのおかげだろうがぁぁぁ!!! 」ってブチギレます。
もう間もなくクライマックスです。良ければこの世界の行く末を最後まで見守ってやってください。