アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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蒼銀のフラグメンツでしたこと【10】

 

「この……どりゃぁあ──ッ!」

 

玲瓏館邸の広い庭の中で、少年と青年が、來野巽とアーサーが試合をしていた。巽はその手にキャスターが作成し、そして譲り受けた刀──無銘の刀を振りかざし、抜き身の刃でアーサーへと襲いかかる。

 

「踏み込みが甘い。振りかぶった次の瞬間には切り捨てろ。その程度の実力では君を戦場へ連れて行くことなどできない」

 

「がは……!」

 

鞘付きの剣で殴り飛ばされた巽が庭の地面に転がった。

 

「休憩にするかい?」

 

「まだ、まだぁ──ッ!」

 

「良い根性だ、次は魔眼も使うと良い!」

 

それは聖杯戦争が七騎の同盟によって事実上停止してから、ほぼ毎日見られるようになった來野巽の訓練風景だった。

 

「──いてて……セイバーのやつ。手加減なしかよ。まぁ、そう頼んだのは俺なんだけどさ」

 

巽はそう言って腫れた頬に貼られた湿布を撫でる。来たる黙示録の獣との戦い、巽はそれがどういったものなのかは分からないが、せめて自分がそのときになっても戦えるように、事実上の聖杯戦争の勝者となったアーサーに頼んだのだ。

 

“自分を鍛えてくれ”と。

 

「大丈夫かい、巽。はいこれ」

 

「おお、ありがとうバーサーカー。……なんだこれ?」

 

「僕が手慰みに作った栄養剤のようなものかな? 霊薬の一種だ」

 

「エナジードリンクみたいなもんか」

 

バーサーカー、ジキルから小瓶を受け取った巽はその中にある霊薬を一息に飲み干すと、顔を歪めて言った。

 

「不味い……」

 

「あはは、味の都合は二の次だからね。その分効果は保証するよ」

 

「どうぞ。口直しのお茶です、巽」

 

「ありがとうアサシン」

 

巽は分厚いミトンのような手袋越しにアサシンから湯飲みを受け取ると“んぐ……んぐ……”とお茶を一気に飲み干した。

 

「巽にあげる前に味の調整くらいしてください、バーサーカー」

 

「いやぁ、これは手厳しい……」

 

アサシンの鋭い視線がバーサーカーを貫き、彼は面目ないとばかりに頭を掻いた。先日の奥多摩での戦闘の折、仕方のないこととはいえ理性のないバーサーカーはそれはもうアサシンの足を引っ張った。

 

アサシンはジト目で彼を見る。先日はバーサーカーが無闇矢鱈に暴れたことにより飛び散った破片から身を守ったり、木陰から奇襲をかけようとしたらその木を丸ごと引っこ抜かれて鈍器のように使用されたりともう散々だったのである。こいつさえいなければアーチャーのマスターを毒殺できたかもしれなかったのに。

 

「お前ら……ちょっと仲良くなった? いつの間に?」

 

「まさか、違います! どこから見たらそう思うのですか巽!」

 

「そう見えるのかい? ははは、巽は将来大人物になるね。きっと」

 

巽はこの聖杯戦争が終わってしまえばもう二度と見られないであろう光景を、手に持ったおにぎりとともに噛み締めた。

 

 

 

 

聖杯戦争、八日目。

 

聖杯戦争を独断で停止した英霊たち、および魔術師たちにより、聖堂教会、魔術協会の日本支部が制圧される。しかし、すでに聖堂教会から小聖杯は消えていた。

 

同日、日本魔術社会から世界へと警告が走る。

 

『この地より黙示録の獣が生まれ出づる』

 

と。

 

魔術協会と聖堂教会はその事実を知り慌てふためき、事態の終息へと奔走する。

 

そしてその晩、獣の胎動を示すかのように、東京から111人の人間が行方不明となって消えた。

 

 

 

 

「つまり物理世界の量子理論における平行世界は、魔術世界で既に証明されているの。その生き証人がまさに時計塔におわす大師父、第二魔法の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバイン……ちょっと聞いてるの!?」

 

「え、うん……杏路(あろ)くんはどれにする?」

 

「僕、コーラ飲んでみたいな」

 

「こ、この私があなたたちに講義してあげてるって言うのに──!」

 

「美沙夜ちゃんは?」

 

「あーもう! オーレーンージージーューースー!」

 

玲瓏館邸の一室にて、三人の子どもたちが仲良く……仲良く? コップに入ったジュースとお菓子を囲んで談笑していた。

 

玲瓏館美沙夜、極東一の魔術師玲瓏館家の一人娘。魔術師の先達として目の前のポンコツどもを導こうとする高貴な責任を自負する幼き女王である。

 

沙条綾香、魔術師の友達なんていなかったから、友達ができて嬉しい! と純粋に喜んだへっぽこ魔術師の卵。この日結ばれた縁から、将来美沙夜に迷惑をかけ続けることは間違いない。

 

伊勢三杏路(いせみあろ)、今はもう九割の人員が昇天(・・)し壊滅状態となった伊勢三家の血筋であり、事実上の当主。もともと奥多摩の地下工房にて機械に繋がれ、生命力と魔力を奪われるエネルギータンクとして扱われてた少年である。

 

彼は生まれて以来過酷な環境、扱いの中で生きてきたにも関わらず、何も憎まず、世界の人々に幸福あれと願える聖人の資質を持った少年だった。そこにライダーはかつての義兄弟にして旧約聖書に書かれる聖人モーセの面影を見出し、そうであるが故に伊勢三のサーヴァントとして大人しく従っていたのである。彼がいなければ、伊勢三などという凡俗なる魔術師に王が従うわけがない。

 

そんな少年は、ライダーへの謝罪の意味も込めてアーサーによって念入りに治療、否、蘇生された。

 

『貴様、よもや余と同じくまたその剣で心臓を貫くとは言うまいな!? 現代に生まれ変わりし余の義兄弟とも言える此奴にそんなことをしてみろ……今度は太陽に焼かれるどころの話では済まないと思え! おい、聞いているのかセイバー!』

 

隣であんまりにも偉大な(うるさい)王様がいたので、流石にアーサーも直接貫いたりはせず経皮接触で神秘を譲り渡す程度にとどめたが。

 

それでも幼い少年を治療するには十分な神秘を宿すアーサーの鞘であるから、杏路はたった一日で健康な肉体を取り戻した。

 

そして心と体のリハビリも兼ねて、この玲瓏館邸で子どもたち三人で過ごさせている。というわけである。

 

「子どもたちは妻のいる伊豆の別邸へと逃がすことになったぞ、セイバー、ライダー」

 

「助かるよ、玲瓏館のご当主」

 

「ふん、我らが獣を食い止められなければどこへ逃げようが同じことだというのに、殊勝なことだ」

 

「だからこそ、私たちは勝たなければならないんだ。故に、貴公のその力を頼りにさせてもらうよ。ライダー」

 

ライダーは“調子の良い奴め”とセイバーのことを睨んだ。セイバーの力はおいそれとは使えないため、対獣戦での最高戦力はライダーである。ライダー自身もそのことは分かっているし、負けた以上はその言葉に従う。

 

「が、それはそれとしてあれほどの不敬を許した覚えはない!」

 

「戦場でのことだろう?」

 

「ならば戦いの後のあの治療の仕方はなんだ、痴れ者め!」

 

「あれが一番効率が良いからやっただけで……」

 

「せめて鞘ごと体に埋め込む程度の配慮はせよ! 中途半端に突き刺しおって、あれでは余が選定の剣の台座になったようではないか!」

 

キレるライダーに、“まぁまぁ”と落ち着かせようとするアーサー。その姿を横から眺めていた玲瓏館惟慧は。

 

「英霊と言えども、その心根は普通の人間とそう変わらぬか……ふっ」

 

と言って笑った。そして三人仲良く魔術書を眺めている子どもたちを見る。

 

『貴公は『 (根源)』を目指す魔術師か?』

 

聖杯戦争が事実上停止したあと、アーサーがそのようなことを惟慧に問うてきた。望むならば『 』に至らせてやろうと。それは、魔術師であれば誰にとっても目指すべき悲願である。しかし、惟慧はそれを断ったのだった。

 

頭の中に美沙夜の姿が浮かんだからか、はたまた他人から与えられる『 』などに価値はないというプライドか、それとも、この聖杯戦争を引き起こした元凶の一人として責任を取ろうとでも思ったのか。

 

理由はどうだって良い、惟慧は選択したのだ。ならば、この身に刻まれた令呪の資格が示す通り、マスターとして最後まで戦い抜くだけである。

 

アーサーの無限の魔力を介し、新たに契約したライダーのマスターとして。

 

「言ったな? 戦の暁には余の肉体を太陽の如き不滅にしてみせると! その言葉、違えてくれるな!」

 

「もともとサーヴァントたちの願いはなるべく叶えるつもりで聞いて回っていたんだ。貴公だけ仲間外れにはしない。……しかし、そうなると抑止力に許可を取らないとな……第三魔法(ヘブンズフィール)の許可か……はぁ……」

 

隣でアーサーとライダーが、何やら魔術師ならば血眼になって食いつきそうな会話をしていたが、子どもたちの様子を見ていた惟慧の耳には聞こえなかった。

 

……ところで子どもたちよ。ポテトチップスを触った手で魔術書を触るのはやめなさい。

 

 

 

 

聖杯戦争、九日目。

 

魔術協会、および聖堂教会を通じて宮内庁の要人に東京の危機が連絡される。役人は白目を剥き、今後の対応に追われることになった。

 

そしてその晩、東京から再び111人の人間が行方不明となって消えた。

 

累計行方不明者数、222人。

 

 

 

 

「ミス西条にアーチャー、貴公らはそこで何を……?」

 

「ひ、ひゃぁあ!」

 

「おう、セイバーか。聞いてくれよ、エルザのやつがな?」

 

玲瓏館邸の庭の中で、アーサーは物陰でコソコソと何かを盗み見ているエルザ・西条とアーチャーの姿を見つけた。

 

「一体何を見て……」

 

アーサーもまた物陰から覗き込むと、その先には……。

 

「ワンちゃん! 可愛い!」

 

「もふもふだね……」

 

「ワンちゃんじゃなくて、うちの庭を守る使い魔ね。普通の犬よりも歯が鋭くて危ないから……」

 

「そう? すっごく良い子だよこの子」

 

「これが、肉球……なんか、良いね。僕、飼うなら犬が良いな……」

 

「う、うちの番犬が手懐けられてる──!?」

 

異なる世界線において英霊三騎を虜にする生来のたらしの綾香。そして聖人の気質を持つ杏路によって魔獣は普通の犬のようにお腹を晒し、“くーん”と甘えるように鳴いた。

 

アーサーが見たのは、そんな景色である。

 

「……ミス西条。君、若く見えるけど私と同年代のアラサーだろう? ちょっと犯罪臭がだね」

 

「だから言っただろ。お前端から見たら子どもをつけ狙う変態だぜ」

 

「誤解よ!?」

 

あまりに不名誉なレッテルを貼られてエルザは声を上げた。

 

「私はただ、子どもたちにこれをあげたくて!」

 

「これは……菓子かい?」

 

エルザが取り出したのは可愛らしくラッピングされたクッキーだった。

 

「息子がね、好きだったの。それで作ってみたのだけれど……」

 

「……ならさっさと渡しに行けば良いんじゃないか?」

 

「ほら、セイバーも同じ意見だとよ」

 

「か、簡単に言うわねあなたたち。でも知らない人からお菓子だなんて警戒されるでしょ? それにアレルギーとかあの子たちの好き嫌いとか──どわぁ!?」

 

ぐだぐだと言い訳をし続けるエルザの背中を、アーチャーが“そーれ、『流星一条(ステラ)』ってな”と言いながら突き飛ばした。途端に物陰から飛び出て子どもたちの前に転ぶエルザ。

 

「ったく、子どもがそんなこと気にするかよ。いや、玲瓏館の嬢ちゃんはしっかり者だからそうかもしれないが」

 

「大丈夫かいそれ。貴公のマスター、子どもに嫌われたらそれこそ五体を消失させるんじゃないか」

 

「ははは、そんな俺じゃあるまいし!」

 

触媒を使用したサーヴァント召喚だとしても、サーヴァントとマスターの性格が似ることは結構ある。今回は似ていないことを祈るばかりである。

 

「で、セイバー。あんたはどうしてここに? また模擬戦の誘いかい?」

 

「いや、今は各サーヴァントたちに願いを聞いて回っている。最終的にどうなるかは分からないが……これが聖杯戦争である以上、その願いを私は叶えてやるつもりだ」

 

「おお、太っ腹だなセイバー。全員の願いを叶えると宣うとは……ま、俺にはそんな願いなんて大したもんないんだが、そうだな」

 

アーチャーは目を細めて言った。その瞳には、己のマスターが笑顔で子どもたちと戯れている光景が映っている。

 

「あいつらが幸せなら、それで良いんじゃねぇか?」

 

「貴公は伝承通りの人物だな、まったく……」

 

アーサーはそれを聞いて笑った。“アーラシュ・カマンガーが願うものは過去でも今でも変わらないな”……と。

 

「おいおい、どういう意味だそれは」

 

「褒め言葉だよ、ペルシア(パルス)の弓兵」

 

彼の変わることのない願い。それすなわち──平和そのものである。

 

 

 

 

聖杯戦争、十日目。

 

宮内庁より、ことの次第が主上へと奏上された。それはこの件が神秘を知らぬこの国の表世界のトップ、内閣総理大臣へと伝えられる、ほんの数時間前のことである。

 

そしてその晩、東京から再び111人の人間が行方不明となって消えた。

 

累計行方不明者数、333人。

 

 

 

 

「半分、と言ったところか? まだまだ余は腹ペコである。おかわりを用意するが良い!」

 

 

 

 

「ランサー、少し良いか」

 

「セイバーですか。はい……」

 

星空を眺めていたランサーのもとに、アーサーが訪れてきた。

 

「何かしていたのかい?」

 

「夜空を、星を眺めていました。きっとこの広い空の何処かに、父の館が、ヴァルハラがあってそこに──」

 

「貴公の夫、シグルドがいるかも知れない……と?」

 

「……はい。あなたにはお見通しでしたね」

 

ランサーは穏やかにそう言うと、再び空を見上げる。いつものように狂おしい煉獄のような感情は、今の彼女のなかには渦巻いていない。そこにあるのはただ、今まさに広がる夜空のように穏やかな静寂だけであった。

 

これも、アーサーが令呪で以て感情を抑制してくれたおかげなのかと思うと、せっかく消えていた彼女の心の中の炎が再び灯ろうとする。

 

「すみません、セイバー。やはり今夜は一人にしてくれませんか? たまには、穏やかに彼を思いたい」

 

「……分かった。貴公の願いは聞くまでもないからな。では、良い夢を」

 

「……ええ、おやすみなさい。セイバー」

 

サーヴァントは基本的に夢を見ない。だというのに良い夢を……とは、彼なりの冗談なのだろうとランサーは笑った。

 

獣との対決が近い。本来その身を神霊、すなわちガイアの化身とするランサー、ブリュンヒルデがこの地にアラヤの化身、英霊として呼ばれたのは、きっと獣を討伐するためなのだろうと考える。

 

「ああ、あなたに会いたい。シグルド。けれど……私は次の戦いで死んでも、後悔はないと思います。なぜでしょうね……ふふ……」

 

きっとその死は愛する人を、その人を誑かした女を、その一族郎党を殺し、自らも火のなかで自害したような生前の死と違い、どこか満ち足りた死なのだろうとランサーは想像する。

 

「だから、見ていてください。偉大なる父よ、愛しい夫よ、北欧の神々よ」

 

ランサーは星空に誓った。

 

彼女が生きていた時代とさほど変わらない、夜の星々が、彼女を見下ろしている。

 

 

 

 

聖杯戦争、十一日目。

 

その日より、東京は『テロ予告があった』という理由で厳戒態勢が敷かれた。数日以内に地下鉄駅にて毒ガステロが起こると専門家たちは予見し、世論に注意を促す。

 

そして日本国政府の外交部門は三つの組織へと連絡を取った。

 

異なる世界において人理保証機関の立ち上げに協力するだろう組織──国際連合に。

 

此度の元凶、そして自分たちに情報を渡してきた組織の大元である組織──ロンドンの時計塔とヴァチカンの教皇庁に。

 

神秘の秘匿の域を超えて、事態は動き出す。

 

そして厳戒態勢の中にも関わらずやはりその晩、東京から再び111人の人間が行方不明となって消えた。

 

累計行方不明者数、444人。

 

 

 

 

「セイバー、お帰りなさい」

 

「ただいま、愛歌」

 

夜、玲瓏館邸にて愛歌は雨に濡れて帰ってきた愛しい人へ、その手に用意していたタオルを渡した。

 

「……やっぱり、ダメだったのかしら?」

 

「ああ、まるで巨大な殻の中に籠もっているみたいだった。あれでは生まれる前に獣を殺すことはできない。私の宝具を解放すればまとめて『 (消滅)』させられるかもしれないが……さすがにすぐ上で多くの人たちが暮らしているのに、そんなことはしたくない」

 

「役人仕事って遅いのね、ホント」

 

「疑いながらも信じてくれるだけマシさ」

 

東京は厳戒態勢でありながらも、まだ多くの住民が暮らしている。そんな中でアーサーの宝具など使えるわけがない。人を救うために戦うというのに、その過程で丸ごと全員殺してしまえば本末転倒である。

 

「私の宝具ですべて『 ()』かったことになるとはいえ、死んだ人は生き返らない。なるべく人の死は出したくないのだが……」

 

「……」

 

アーサーのセリフに愛歌は俯いた。アーサーの宝具、その真価。獣の『単独顕現』すら打ち消すほどの現実の『 (消滅)』、それが成った暁にはきっと。

 

愛歌は。

 

アーサーのことも。

 

アーサーと過ごした日々も。

 

全部全部。

 

忘れてしまうのだ。

 

「どうかしたのかい、愛歌?」

 

だけど愛歌は人だ。世界を救うために、その涙を引っ込め、愛しい人へ笑顔だけを見せつけた。

 

「ううん、なんでもないわ。セイバー。雨に濡れて冷えてしまったでしょう? お風呂が沸いているから、温まってきたら?」

 

「そうさせてもらうよ」

 

だから、せめて表情だけは取り繕ってみせるから、こうして行動で甘えるのは許してほしい。

 

「ま、愛歌!? 今私が入って──」

 

「セイバー。たまには一緒に入りましょう。ね? お願い……」

 

「……仕方ない。タオルを手放さないようにね」

 

「……うん」

 

愛歌は愛しい人と背中を合わせながら、玲瓏館邸の広い浴場の中で静かに泣いた。

 

 

 

 

聖杯戦争、十二日目。

 

時計塔ロード、封印指定執行者、テンプル騎士団、代行者等……続々と日本に戦力が集う中で、英霊七騎と国家首脳陣、神秘を扱う組織の代表たちによる会談が行われた。

 

そして決定される。

 

全ては忘れ去られる。故に、全ての開示を。

 

現在の累計行方不明者、555人。

 

 

 

 

「アーサー」

 

「姉上」

 

ちょうどアーサーがキャスター、モルガンの部屋へと向かおうとしていたとき、彼女の方からアーサーのもとへやってきた。

 

「これをお前に返しておきます」

 

「これは……僕のロザリオか。やはり姉上の作ったレプリカかい?」

 

「いいえ、それはオリジナルですよ。アーサー」

 

「なんだと!?」

 

モルガンのセリフにアーサーは驚愕し、そしてその意味を真に理解すると。

 

「──良かった……っ!」

 

「ア、アーサー……」

 

「良かった……良かった……僕らのしたことは無駄じゃなかった。世界は神秘がなくても……実在できた……そして向こう側の僕を……姉上は見つけてくれたんだな」

 

「ええ、ええ、その通りです。ですから、まずは落ち着きなさい」

 

モルガンは頬を赤く染めながらも、弟の体温を名残惜しみながらも、仕方ないと言った風に彼を自分の体から引き剥がした。

 

「ああ、いや。すまない、姉上」

 

アーサーは涙を拭うと照れを隠すように、恥ずかしげに顔を背けた。その表情を見てモルガンは背中をぶるりと震わせる。“なぜこうも私の熱を滾らせるような表情ばかりするのだ”……と言わんばかりに。

 

「それで、ロザリオの件以外にも話があるのですが」

 

「うん、何かな?」

 

モルガンは話した。素材が欲しいと。彼女の第一の宝具──『白亜の城は灰都となりて(ロードレス・キャメロット)』に使う材料が。

 

それは円卓に未来なし(ロードレス・キャメロット)の名前のとおり、モルガンがアーサー王の国ログレスを滅ぼした逸話に由来する宝具。すなわち強力な宝具を作成する宝具である。

 

例えば、アーサーの遺伝子を素材とするならば彼女はアーサーに特効を持ったモードレッドの剣、あるいはモードレッド本人すら作り出してみせよう。

 

素材の由来や質によって出来上がるものは千差万別であるが、ヘラクレスやケイローンといった英霊の一部を材料にしたならばその死因であるヒュドラの毒やヒュドラそのものだって作ることができる。そんな宝具作成の能力が彼女の第一宝具の能力である。

 

とはいえ、特効属性を持つからといって必ずしもそれを発動させる必要はない。モードレッドが良き騎士としてアーサーに仕えたように。出来上がった新たな宝具は、素材となった存在の手に馴染む要素も持ち合わせているのだから。

 

「作成に当たって、私自身の霊基を使用することも視野に入れています」

 

「それでは、姉上は死んでしまうのでは?」

 

「正しくは作り出した武装へと姿を変えるわけですが、まぁ、それはもう死と同等ですね」

 

奇跡の再会を果たしたというのに、こうも早く別れてしまうことになるとは。アーサーはそのことに寂しげな表情を浮かべ、モルガンはまた情欲の籠もった目でぞくりと身を震わせた。

 

「覚悟の上、なんだな」

 

「そうです。……それとも何です? 私が生きたままならば、お前は私のモノになってくれるのですか?」

 

「僕は姉上のモノにはならないよ」

 

でもそれでも、アーサーは自分のモノにならないと言う。モルガンはそのことに自分の心が落胆し、酷く心寂しく思ってしまうのだと自覚した。

 

「ふふ、やはりお前は相変わらずだな。ならば私が現界してる意味は──」

 

「僕は、姉上と対等だからな」

 

「……」

 

軋んでいたモルガンの心に、彼の言葉が染み渡る。

 

「ともに喜びを分かち合い、ともに困難を乗り越え、互いが過ちを犯したときには止める……それが僕らの関係だった。だろう? 一方が下についてしまっては、その関係もなくなってしまうじゃないか。姉上、僕は並ぶならあなたの下ではなく、隣でいたいよ。だからモルガンのモノにはなれない」

 

「……そうか」

 

「あぁ、それで素材が必要なら何でも言って──」

 

「『妖精の悪戯(シーフ・ザ・ル・フェイ)』」

 

「な……姉……上……!?」

 

その瞳に獣欲を宿した魔女は弟を、一人の愛しき男を押し倒した。

 

「何故、お前はこうも的確に私が欲しいと思った言葉をくれるのだ……? せっかく、我慢してあげているというのに……これでは……私がばかみたいではないか……ぁむ……」

 

その首に噛みつき、血を啜り、“ちゅる……ぷはっ……!”と、糸を引きながら顔を上げると、妖艶に舌舐めずりして彼女は言う。

 

「欲しいのは、貴様の遺伝子です。血ではなく……もっと濃くて……白くて……濁っていて……温かい……生命の源……」

 

何故か麻痺して動けないアーサーに跨り、薄い寝着(ナイトウェア)のような衣服の上から下腹部を撫でながら彼女は言う。

 

「──!」

 

「それがあれば、今のお前が持たぬ生前の宝具すら作ってみせましょう。だから……ね? アーサーの……ちょうだい……?」

 

キャスター、モルガンの第二宝具。それはモルガンの盗みの伝承が昇華した宝具である。

 

そして。

 

「……アーサー」

 

魔女が盗んだのは。

 

「……だいすき」

 

騎士王の鞘だけにとどまらない。

 

「……いただきます♡」

 

──伝説においては子種すら、彼女は奪ってみせたのだ。

 

 

 

 

聖杯戦争、十三日目の晩にまた行方不明者が出た。

 

その数、累計666人。

 

今宵、悪魔の数字が揃った。

 

「うむ、ようやく余の出番というわけだな?」

 

黙示録の獣が、竜が笑う。

 

「さぁ、人よ。皿の上で喝采するが良い。貴様らの踊り食いは、さぞ美味であろうな──?」

 

これよりは、最後の晩餐である。

 

 

 

 

聖杯戦争、十四日目。

 

東京地下から突如出現した謎の泥、謎の獣、謎の建造物により、極東最大規模を誇る東京の中央部は壊滅した。

 

人々は絶望を知る。

 

人類はあれに、滅びに勝てるはずなどないと。

 

「──聞け!」

 

だが、それに抗う者がいる。立ち上がる者がいる。

 

時代揃わぬ、遥かな過去より蘇りし英雄たちがいる。

 

「──人類を滅ぼさんとする黙示録の獣よ! それに抗わんとする現代の人々よ!」

 

エジプトから、ペルシアから、北欧から、アラビアから、イングランドから、そしてブリテンから、遠く極東のこの地に集った彼らがいる。

 

「──我が真名は『アーサー・ペンドラゴン』! 五世紀ブリタニアにてサクソン人を討ち滅ぼした赤き竜の化身! アーサー王その人である!」

 

それは華々しき騎士であった。蒼銀の鎧に身をまとった彼の声が、それを聞く人々の心に希望を灯す。

 

真名解放、それはかつて人類の統一されていた言語が分かたれる前、遥かな古代より行われていた古い神秘の法。

 

世界に語りかけることで神秘を行使する術である。

 

「──今宵、我々は人の世を救うため冥府より蘇った! 故に獣よ、とくと見よ! これが、貴様を討ち滅ぼす希望の光、我が星の聖剣である!」

 

騎士は己の(湖の乙女)が命を削って鍛造した、本来は持ち得ない聖剣を振りかぶった。

 

神秘は普遍化することで(ほど)け、力を失っていく。だが一方で英霊とは知名度で、信仰で力を増す存在である。

 

だから、たった一日だけであれば、世界が知ることで失われる神秘よりも、ずっと強い信仰の力が得られるはずだと彼らは考えた。

 

()された神秘(・・)が明かされたとき、それはまさしく、()に至る……と。

 

故に、衛星中継により全世界へとその姿を晒した彼の一撃はまさしく。

 

「──『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ッ!!!」

 

まさしく遥か天より降る、『 ()』の裁きがごとき一撃。伝承において退廃都市を滅ぼしたソレは、獣の津波を押し退けて、生まれ出づる竜の卵殻、色褪せたかつての黄金劇場を貫いた。

 

「く──ふはははは!!! 良い、良いぞ! 存分に抵抗するが良い人間(英霊)ども! その輝き、その意志、その感情こそ余の食卓(物語)を彩る万能のスパイス! すべてすべてすべて……余が綺麗に、一滴残らず、一粒残らず! 啜り、(ねぶ)り、喰ろうてやろうではないか──ッ!」

 

かくして世界は、大悪(絶望)の実在を知る。

 

かくして世界は、英雄(希望)の実在を知る。

 

それはすべて忘れられるものだとしても、今はこう呼称するのが相応しいであろう。

 

世界を賭けて終末に抗い、未来を掴まんとするその戦いはすなわち。

 

「行こうか、皆。獣狩りの時間だ」

 

大いなる使命──『冠位指定(グランドオーダー)』であると。

 

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