アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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蒼銀のフラグメンツでしたこと【11】

 

大地を照らす太陽が昏く翳り、蝕まれている。二十世紀末を迎える人類の滅びを示すかのように。

 

そして地上にもまた地獄が顕現していた。近代の街並みは泥に飲まれ、炎に焼かれ、その跡に残った灰都にかつての繁栄の面影はない。

 

そんな炎と獣だけが闊歩する街に身を投じる一人の戦乙女がいた。銀の如き髪を靡かせ、その大盾と見紛うほどの巨大な魔銀の槍で獣を一息に突き刺し、絶命させる。

 

「悍ましく、醜く、そして穢らわしい。およそ生きているとは思えない獣……だと言うのに、愛おしい? 不思議です……どうしてでしょう……?」

 

生物と呼ぶにはあまりにも異形に過ぎる獣であっても、ランサー、ブリュンヒルデの槍が鈍ることはない。

 

「人類悪……『堕落』の獣……ああ、そういうことですか」

 

ランサーは獣の血でその白い髪を黒紅色に染めながら、恍惚とした笑みで一人納得し頷いた。

 

人類悪とは、すなわち人類愛の裏返し。『堕落』とはその過程にある『繁栄』の先にあるモノ。故に、ランサーはソレを愛することができるのだ。

 

遥かな過去、シグルドと共に過ごした日々を彼女は思い出す。彼と共に過ごし、肉体を鍛え、ルーンを学び、互いに体を貪り合った日々を。

 

それはまさしく『堕落』か、『退廃』に近い日々であったのだろう。

 

だから、ランサーの愛はこの廃墟の街を囲む大火を超えるほどに燃え上がる。

 

「私の元マスター、セイワード。今はもうこの地上にいないあなたですが、あなたに感謝を。私を呼んでくれたこと、私をセイバーに預けてくれたこと、そして……この霊薬(・・)を私にくれたこと」

 

今度は仕損じたりしない。周囲を念入りに警戒し、ひとまず攻撃されることはないことを確認すると、ランサーは懐から取り出した霊薬を飲み干した。

 

そして、彼女の体から炎が、魔力が、愛が荒れ狂う。

 

「──ああ……!」

 

彼女こそは北欧の戦乙女(ワルキューレ)、大神オーディンの娘にして神霊たるブリュンヒルデ。

 

「──愛しい人(シグルド)がこんなにたくさんいるなんて……!」

 

ガイアの化身が、星の抑止力がこの地上を消費し尽くそうとする人の欲を誅するがため、今地上に降臨した。

 

「──困ります……!」

 

愛に飢え、血に飢えた魔銀の槍が輝きを放つ。

 

「──『死が二人を分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)』……ッ!」

 

 

 

 

「──ふははははッ! 理性なき獣どもめ、余が地上もろとも神の火で焼き払ってくれよう!」

 

東京、東部防衛線にて、どちらが世界の敵か分からないようなセリフを吐きながら太陽王が迫りくる敵を殲滅した。

 

「脆い脆いッ! ふん、人類悪と言えど、所詮その端末であればこの程度か。……いっそのこと(ビースト)めの居城に体当たりを仕掛けるか……?」

 

宙に浮かぶ彼の玉座、彼が建造し、また彼よりも過去、未来のファラオが建造した神殿の写し身の中で、彼は東京に浮かぶ獣の繭にして竜卵、アーサーに砕かれたその黄金劇場を睨んだ。

 

「ピラミッドって空飛んでたのか……? 古代って、神秘って凄かったんだな……」

 

「いや、知らん……怖……」

 

「エジプト空軍もびっくりだろこれ……」

 

そんな王の様子を見て、神殿の中に詰め込まれた自衛官たちが噂する。

 

「何を戯れている! 状況は逐次報告せよ、愚か者め!」

 

「は、はっ……! ファラオ・オジマンディアス陛下の一撃により敵戦力沈黙! 再びの氾濫までは10分程度かと! デンデラ大電球の再装填に十分間に合います!」

 

「良し、大義である。空軍大佐……とか言ったな?」

 

「いえ、自分は空自の一等空佐であります! ファラオ・オジマンディアス!」

 

「同じであろう! ……まぁ良い、ではたった今この時より貴様にはファラオ代理として、この神殿を指揮することを許す!」

 

「……な、なんですと! ではあなたはどちらに向かわれるのですか!?」

 

「決まっておろう、余は出陣する!」

 

ライダー、ファラオ・オジマンディアス、ラムセス二世とも呼ばれる彼は、紀元前十三世紀においてエジプトを統治しその地に黄金期を齎した王である。

 

その生涯において、彼は地中海を挟んだ対岸、アナトリア半島に勢力を誇るヒッタイトと中東で争った。

 

カデシュの戦いに代表されるその戦争は、両国ともに万を超える軍勢と数千もの戦車を投入した激戦であった。その戦争において、ライダーは自ら戦車の手綱の握り獅子奮迅の活躍を見せたのである。

 

そんな彼が、後ろにふんぞり返っていられるか? 今、自分以外の英霊たちが世界に対しその力を見せつけているのに? 偉大なファラオを差し置いて、アーサーが華々しい名乗りとともに開戦の狼煙を上げたのに?

 

否、否否否否否、断じて否!

 

「戦場で最も輝くのは余! 地上にあって唯一の太陽たるこのオジマンディアスを置いて他になし! 当世の人間どもよ、落陽なきファラオの偉業を思い知れ──ッ!」

 

かくして、彼は『熱砂の獅身獣(アブホル・スフィンクス)』に跨り王自ら出陣した。

 

人類最古の英雄王とは異なり、彼は自らを戦士とする武闘派であったらしい。

 

「「「何やってんだあのファラオ──!?」」」

 

そして暴君の“太陽の化身たる帝に仕える兵と言ったな? では貴様らはファラオの兵である! うむ! 良く余に仕えることを許す!”などという暴論でこの浮遊神殿に連れてこられたあげく、その舵取りを一方的に任され取り残された神秘を一切知らない自衛官らは白目を剥いた。

 

「おい、どうやって動かすんだこの城は!?」

 

「お、オーケー。俺たちは空自のエリート。大丈夫、何とかなるさ。さて、説明書があるぞ。どれどれ……」

 

「……全部神聖文字(ヒエログリフ)で書いてあるじゃねぇか、クソったれめッ!」

 

まぁ、その神殿には疑似知性が搭載されているし、多分大丈夫だろう。

 

 

 

 

「まさか、時計塔から君主(ロード)が出揃うとは……」

 

東京、西部防衛線にて獣を狩る玲瓏館惟慧はその戦場を見渡してしみじみと呟いた。本来ライダーの契約者として側にいるべきところであるが、すでに全てのサーヴァントはアーサーによる無限の魔力供給を受けているためその必要はない。

 

それに、彼の体からはもう令呪が消えていた。この戦いの前に三画すべてをライダーの火力補助に費やしたのである。彼をマスターたらしめているものはもはや『世界を守る』という契約だけであった。

 

「失敗したな、玲瓏館。極東一の魔術家などと言われて思い上がったのか?」

 

声が聞こえた次の瞬間、玲瓏館惟慧の顔のすぐ横を銀の液体が掠め、そして迫りくる獣を内側から串刺しにした。

 

君主(ロード)。『 (根源)』を求める魔術師のための学術機関ともいえる時計塔、そこに存在する十二の学部を統括する存在。

 

その中でも稀代の天才である彼、ロード・エルメロイはネットリとした声と笑みで惟慧を嘲るように見下している。

 

「聖堂教会の口車にまんまと乗せられてあんなものをこの世に呼び出すとはな。ことが済んだ暁には、時計塔に貴様の家系の居場所はないと思え」

 

「耳が痛いな……っ!」

 

小動物の心臓を生贄とした惟慧の黒魔術(ウィッチクラフト)による呪いの弾丸が獣を貫く。

 

「ふん……だが、この私に戦場を提供したという意味では評価しよう。行き場を失い路頭に迷ったならば我がアーチボルト家の門を叩くと良い。娘共々小間使い程度には使ってやろう」

 

「世界が終わってしまえば小間使いも何もないだろうに。しかし、わざわざ実戦経験を積むだけにこの死地へと赴いたのか? ロード・エルメロイ」

 

「私は、だがね。他のお歴々方がどのような意図でこの地に来たかは……その小さな頭のご想像にお任せするが」

 

魔術師とは皆利益を求め考える生き物であり、決して情では動かない。動くとしたらそれは半端者だ。この地にやってきたロードたちのなかで、“世界を救う”などといったお題目を掲げている阿呆はいない。

 

ロード・エルメロイは、婚約者に良いところを見せるためにこの地に来た。それ以外のロードで明確な目的を持っているのは天体科のロード・アニムスフィアだろうか。彼らは人理保証機関なる組織立ち上げに向けた予行演習に来たらしい。

 

一方、ほかのロードたちの目的は曖昧である。獣という(マト)に自由に魔術をぶっ放して良いので研究成果の実証実験に来た者もいれば、動物科のように獣の捕獲を目的とする者もいる。

 

だが、最終的にその目的は一致していた。それはかの魔導元帥閣下が時計塔に告げた一つの予言に由来する。

 

そう、つい先日宝石翁は『その日、極東に行けば謎多き第四魔法の行使が見られるぞ』と言ったのだ。

 

その驚天動地の発言が、魔術師たちをこの地に駆り立てた。

 

第四魔法、この世に五つあると言われる魔法の四つ目にあたる存在。

 

第一の魔法は秘匿されているものの、魔術師なら公然と知るものである。第二と第五の魔法は使い手が存命。第三は使い手が現在存在しないが、しかしその効果がはっきりと記録に残っている。

 

だが、第四だけは未だに謎。分かっているのはそれが『 』に至ることのできる術であり、魔法使いたちは皆その使い手を認識できるということだけ。

 

そんな魔法がこの地で観測できると、万華鏡(カレイドスコープ)の使い手が言ったのだから探求の徒である魔術師たちが集うのも当然であった。

 

魔術師たちの誰も彼もがよだれを垂らしながら、今か今かとその第四魔法が現れるのを待っていた。獣狩りはそのついでである。世界を救うのがついでだなんて、酷い話もあったものだ。

 

なお、第四魔法を観測できるとは言ったが、覚えていられる(・・・・・・・)わけではない。彼らはそれを観測した次の瞬間には忘れてしまうのだろう。『繋ぐ四つは姿を隠した』の文字通り。

 

魔術師たちは神秘が世界に公開されている時点でその違和感に気づくべきなのであるが……まぁ、仕方ないことではある。新しいおもちゃを前に目が眩む子どものようなものだ。魔法を前に馬鹿になってしまった彼らにその理性を期待するのは酷であろう。

 

「では少しでも貴君が戦果を誇れるように、私も微力ながら手を貸すとしよう」

 

「ふん。余計な手出しはするなよ、玲瓏館。私は私の力のみでこの戦線に蔓延る獣を討伐してみせる」

 

ロード・エルメロイはそう自信満々に言うと、一人先行して深く敵陣の奥へと入り込んでしまった。

 

なおこれは関係のない話であると前置きしておくが、第二魔法で観測される平行世界においてはその全てでロード・エルメロイⅡ世なる存在が確認されている。

 

全て(・・)の世界線で、Ⅱ世(・・)の存在が、である。

 

「何!? これほど大型の個体は今まで……」

 

ロード・エルメロイの前に泥を纏った巨大な獣が立つ。

 

「ぬ、ぬわ──ッ!」

 

「ロード・エルメロイ──!?」

 

「ケイネス──!?」

 

「何やってんだ先生──!?」

 

ロード・エルメロイが悲鳴を上げ、その様子を見ていた惟慧と、今しがたやられた彼の婚約者と生徒が声を上げた。

 

この世界のロード・エルメロイ()世がどうなるのか……それはご想像にお任せしよう。

 

 

 

 

「アーチャー、背中は任せた!」

 

「おうよ!」

 

エルザとアーチャー、息の合ったコンビが共に獣を討ち滅ぼす。

 

「ふぅ……ありがと、アーチャー。にしても……意外と何とかなってるのね」

 

“戦争は準備が肝心”とはセイバーの言葉だ。その言葉にキャスター、ライダー、アーチャーの三人はウンウンと頷いたものである。

 

だから、世界の危機に対するこの優勢は彼の準備の賜物なのだろう。

 

「油断するんじゃねぇぞ、エルザ」

 

「油断はしてないわよ。さ、次の敵のところに行きましょう。さっきの神父さんも気になるし……」

 

エルザは先ほど出会った、すっごい笑顔なのに死んだ目をした神父を思い浮かべる。

 

この街の惨状を見て笑顔なのは人としてどうかと思うが、彼は両の手に挟んだ黒鍵で獣たちを次から次に倒していた。仲間として心強いことこの上ない。どこかでやられていなければ良いが。

 

「アーチャーのマスター! 巽を見ていませんか!?」

 

そのとき、エルザのもとに血塗れのアサシンが現れた。

 

「ちょ……っ! あなた自分の特性を考えなさいよ!」

 

「これは返り血です! それよりも巽は?」

 

アサシンはその手に握りしめた暗器で獣を殺しながらもエルザに問う。今は亡きキャスターがアサシンの血肉を材料に作り出したその暗器は驚くほど彼女の手に馴染み、そして自らの体に傷をつけずとも斬りつけるだけで勝手に相手の体に毒を送ってくれる優れものだ。アサシンをして生前これがあればと思わずにはいられない、もはや宝具の域にある礼装である。

 

「分からないわ。バーサーカーを援護しに中央に向かったと思うのだけれど……」

 

エルザがその言葉を言い切る前に、ビルを突き破りながら突進するバーサーカーの姿が現れた。

 

「■■■■──ッ!!!」

 

バーサーカーの宝具、『密やかなる罪の遊戯(デンジャラス・ゲーム)』によってその姿を反英雄『ハイド』へと変えた彼は理性を失い、獣人の如き強靭な肉体でもって暴れる殺戮兵器と化した彼は『正義たれ』という願いを抱えたまま、目に入った獣を殺し尽くしていく。

 

「……彼がここにいて巽くんの姿がないってことは」

 

「巽は中央に取り残されたと!?」

 

東京中央部、地下から出現した謎の建造物により陥没し、獣の湧き出る巣穴と化した場所である。

 

そこで彼は──。

 

 

 

 

「──くっ!」

 

來野巽はビルの屋上にて逃げ遅れた人々を避難させるべく戦っていた。彼は無銘の刀を振るい、静止の魔眼を駆使し、かつては普通の高校生だったとは思えないこの戦いの中を生き延びている。

 

だが、それだけでは足りない。人を救うには、自分だけ生き残るだけではダメなのだ。

 

「……っ、衛宮さん! 皆を連れて逃げてくれ!」

 

「……だが、君は?」

 

「俺一人ならまだ戦える! 逆に守ってるほうがキツイんだ! あんたは俺より強いんだから、その人たちを守り通して逃げるくらいできるだろう!」

 

この世界における封印指定執行者、衛宮切嗣は來野巽の言葉に素直に従った。より多くを救う、その信条に則って。

 

「……すまない」

 

後に残された巽は、竜と見紛うほどの巨体をした獣を前に刀を構えた。

 

「■■■■──ッッッ!!!」

 

「重……い……!」

 

尾を振り払った一撃を刀で受けるも、受けきれずに壁へ打ち付けられる巽。それでも彼は、刀を杖にして立ち上がる。彼の後ろに守るべきものがある限り。

 

『──力が欲しいか?』

 

そのとき、霞む巽の視界にある光景が見えた。

 

それは朽ち果てた剣が幾万も突き立てられた丘だ。その丘の上に、赤い外套を着た誰かが立っている。

 

「力が欲しいか。少年。ならばくれてやる。ただしその死後と引き換えに、だがな」

 

「──いらない」

 

霞む意識の中で、しかしはっきりと巽は答えた。

 

「……なぜだ? その力があれば、君は目の前の敵を倒せるかもしれないと言うのに」

 

「胡散臭いんだよ、お前。獣を倒せる力を渡すだって……? だったら、お前が自分で守りやがれよ」

 

“それに”と、巽は言葉を続け、剣の丘の上に立つ男を睨みつけた。

 

「俺は、仲間に託されてここにいるんだ。仲間に任されてここにいるんだ。俺の仲間は、こんな弱い俺でも誰かを助けられると信じてくれた。だったら、俺が俺の力を信じてやれなくて、どうして人類悪に勝てるって言うんだ……!」

 

巽は吠えて、一歩踏み出した。浅黒い肌の男が皮肉げに口を歪めて言う。

 

「その先は地獄だぞ」

 

「ふざけろ。この先を地獄にしないために俺は行く──!」

 

次の一歩を踏み出したとき、巽の視界は晴れていた。目の前には相変わらず巨大な獣が立っている。

 

『そうか……ならば、一つ教えてやろう 』

 

巽の頭の中に、先ほどの男の声が響く。それは抑止力の守護者から、異なる世界の正義の味方から、もはや朽ち果ててしまった剣からのたった一度のアドバイス。

 

そして腕を振りかぶる獣に対し、巽は刀を構えた。

 

──幻想(イメージ)するのは常に最強の自分だ。

 

「言われ、なくても──!」

 

そして巽の右目が、静止の魔眼が輝きを放つ。それは赤から青へ、時間を超える、光の色へと変わった。

 

それと同時に彼の首に嵌められていた枷が、首から上と下、生と死を隔てていたそのチョーカーが“パキリ”と、音を立てて砕け散った。

 

「──同調(トレース)開始(オン)

 

知らない誰かの、知らない言葉を口にする。

 

神代の魔女が錬成した來野巽の肉体。そこに宿る膨大な数の魔術回路が、チョーカーによってせき止められていた神秘の濁流が今。

 

彼の瞳に。

 

「──ぁぁぁあああッッッ!!!」

 

接続した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が、静止(・・)する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く同時に放たれた九つ斬撃が、獣の肉体を切裂いた。

 

それは平行世界より事象を引き出す現象。多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)と同じ結果をもたらした、しかし全く異なる原理の奇跡。

 

静止した時間の中で生み出された、因果の前後がない連撃。すなわちそれは、第五魔法()の領域にある神業である。

 

その名は──。

 

「──『是、射殺す百頭(ナインライブズ)』」

 

ギリシアの大英雄が生み出し、錬鉄の英雄が継承したその伝説の名を口にし、巽は刃についた血糊を振り払った。

 

「行くぞ、無銘」

 

それはいずれ錆び付く運命(さだめ)にある。

 

「向こうにまだ」

 

だが今この瞬間だけは、未だ朽ち果てることなく。

 

「助けを求める人たちがいるんだ」

 

──無銘(正義)の刀は、輝きを放っていた。

 

 

 

 

『ご覧ください! 東京は突如見舞われた大災害によって致命的被害を──』

 

『政府は非常事態宣言を発令、先日発令された『対神秘現象案件に関する法』に基づき自衛隊を──』

 

『先日世界を驚嘆させた神秘、それを操る魔術師とは何かを解説して──』

 

「はぁ……」

 

広島のとある一家の一室にて、別居中の兄と異なり両親と暮らす來野(たまき)はため息をついた。

 

「お兄ちゃん、ちゃんと避難してるのかなぁ……」

 

暗い話題ばかりのテレビのチャンネルを順繰りに変えていると、一つの映像が目にとまった。それはまさに、現在東京で起こっている惨状の生中継である。

 

『ここ西武防衛線では魔術師を名乗る人たちによって津波とも呼べる獣の大群が押し留められています! あ、たった今防衛線の向こうから新しい避難民の方たちが逃げてきました! 彼らで最後の避難民なのでしょうか?』

 

“詳しくは聞いてみましょう”と混乱に乗じて現場に近づこうとする記者に環は呆れる。東京が壊滅したというのに、このレポーターは何を呑気なことをしているのだ。

 

『少しお話を──』

 

『どいてくれ! まだ中に取り残されている少年がいるんだ、僕は戻らなくちゃいけない!』

 

顎に無精髭を生やし、現代日本では違和感のある拳銃を構えた男が、レポーターを押しのけるようにして防衛線の内側に戻ろうとしているのがカメラに映る。

 

そして同時に、カメラは捉えた。

 

『なんだ……あれ……い、一直線にこっちに向かってきてるぞ!』

 

その光景に環も息を呑んだ。

 

魔術師と呼ばれる人たちを弾き飛ばしながらカメラへとまっすぐ向かってくるソレは、環の知識で形容するなら猪というのが的確だろうか。

 

もっとも、猪にしては随分大きく、口も裂けていて、複数の瞳がついた異形であるが。

 

『どけ! 僕の銃でアレを撃ち殺──』

 

無精髭の男が獣に向けて銃を向けた。その小さい口径から放たれる弾では決してあの獣は止まらないだろうと誰もが直感する。

 

皆が未来の惨劇を予感した。だが、その時。

 

『俺を投げろ、バーサーカーッ!!!』

 

幼い頃に、良く正義の味方ぶって環を助けてくれた兄の声が聞こえた。

 

そして。

 

瞬きした次の瞬間には。

 

『『是、射殺す百頭(ナインライブズ)』!!!』

 

獣は斃れ、(つるぎ)を握った血まみれの、その兄の姿があった。

 

『しょ、少年です! 今目の前にいる彼が一瞬にして魔獣を倒してしまいました! 誰か、今のが見えましたか!?』

 

『君は──』

 

『衛宮さん、手伝ってくれ』

 

來野巽は腕を天に掲げ、そこに刻まれた一枚と二枚の翼を賭けて告げた。

 

『全ての令呪を以て、俺は誓う! ここから一歩たりとも!』

 

そこに現れたるは毒の娘。

 

そこに現れたるは正義の悪獣。

 

そして、幼い頃に見たときと変わらない大きな背中越しに、環の兄は言った。

 

『お前たちを通しはしないと──ッ!』

 

今、この時をもって。

 

大災害最初期の行方不明者666人を除き一人の被害も無く、東京都民全員の避難が完了した。

 

 

 

 

──燃え盛る街の残骸の中で、二人の男女が会話している。

 

「時間だ、愛歌」

 

ついに来てしまった。アーサーとの別れの時間が。全てを与えてくれたアーサーから、沙条愛歌が巣立つ時間が。

 

──「アレを討伐するには、僕の第一宝具を解放せざるを得ない」

 

最後の最後になってやっぱりそれが耐えられなくなったのか、彼女はみっともなくアーサーに縋り付いて懇願する。“いや、やっぱり嫌よ!”と。

 

──「けど、それをやってしまえばあなたは死ぬ。それだけじゃない。世界の記憶からもきっと消えてしまうと、そう言ったのはあなたよセイバー! どうしてあなたが世界を救うために、自分を犠牲にしなければならないの? 他人なんて、いくらでもいる。世界だって替えがきく。でも、あなたの代わりなんて私には……」

 

──「違う、私は世界のために消えるわけじゃない。これはきっと君のためだ。言っただろう。私は君に()になって欲しいんだ。だから、そのための手段として私はついでに世界を救う」

 

アーサーは、愛歌と出会ったその瞬間から見えていた未来と一言一句変わらぬセリフを吐いた。

 

──“最後に、まだ教えてなかったことを君に教えておこう”と言って、騎士()()の手を取る。

 

──「出会いがあれば、別れもある。それが人というものだ」

 

愛歌とアーサーが出会ったとき、彼女は喪失を知った。だが、それは新たな獲得の兆しでもあった。

 

ならば、きっと今回もそうなのだろう。

 

──「……そう。人は、こんなにも苦しい心を持って生きていかなければならないのね。私には難しいわ」

 

愛歌の心に、わずかな期待が湧いた。これからの未来に対する絶望を上回る、ほんの僅かな期待が。

 

愛歌は、人は、それさえあればきっと立ち止まらず歩いていけるのだろう。

 

──「そんなことはない。君はきっと人になれる。私がそれを保証しよう」

 

──かくして、姫は涙を拭き取り笑顔で騎士を見送る。

 

──「ありがとう、アーサー。私、私きっとあなたに会いに行くから! だから、その時まで──!」

 

──「ああ、いつかまた会おう」

 

結末は変わらない。神秘のある世界では、定められた運命(Fate)から逃れることは叶わない。

 

──“愛歌”と、騎士は女の名前を呟いたあと剣を取り、獣へと立ち向かう。

 

でも、たとえ結末が変わらなくても、その過程で得られるものが尊いからこそ、人は死に向かって生を謳歌するのだ。

 

 

 

 

これは『 (根源)』の姫が、人に堕ちるまでの物語。

 

 

 

 

七つの龍の首がアーサーの道を阻む。

 

「行ってください、セイバー! シグルドでなく、しかし愛しい人よ!」

 

二対の頭が、魔銀の槍で貫かれた。

 

「行くが良い、騎士王! 貴様の最期、たとえ世界が忘れようとも、この余が見届けてやる!」

 

一つの頭が神獣の牙に噛み砕かれ、一つの頭が光線によって蒸発した。

 

「お前の道は俺たちが作る。世界よ、我が成しうることを見よ──さよならだ、エルザ。楽しかったぜ──『流星一条(ステラ)』ァァァッッッ!!!」

 

三組の竜の頭蓋が、降る星の如きその一矢によって分かたれた。

 

かくして蒼銀の騎士は終幕を飾る劇場へと舞い降りる。

 

「よくぞ来たな、勇者よ。余は貴様を待ち焦がれていたぞ?」

 

「ならばそのまま身も心も焼き焦がそう。魔王よ、貴様の死がやってきたぞ」

 

 

 

 

そしてここからは、獣を堕とす物語だ。

 

 





続かないけど一応。読者の皆様はApocryphaを

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