「初めまして、セイバー。私は沙条愛歌。東京からはるばるあなたに会いに来たの」
教室の中で絹のようなミルク色の瞳を煌めかせ、そして同時にその首にかけた環十字のロザリオを揺らめかせながら少女は冷や汗を流しているアルトゥールスの両手を取った。
「ま、愛歌……? どうやってここに、というか、すべて忘れたはずじゃ……」
「うふ、うふふふふ──! ああセイバーったら、初対面なのに私のことを知ってるのね! じゃあやっぱり、あなたが私の運命の……っ!」
“しまった、失言だった”とアルトゥールスは己のその軽い口を塞いだ。だがもう遅い。元根源のお姫様は完全に、竜の王子をロックオンしてしまったのだから。
「あーあー、ごほん! 沙条さーん? アルトゥールスくんだけにじゃなくて、教室のみんなに自己紹介してもらっても良いかなぁ……?」
そのとき、二人だけの空間を広げている愛歌に対し、その教室の監督者にして担任である藤村大河が恐る恐る声をかけた。
「あら、ごめんなさい藤村先生。みなさん、私は沙条愛歌、東京からセイバーのお嫁さんになるために来ました。夫ともどもどうぞよろしくね?」
満面の笑みの愛歌とは裏腹に、教室には“しーん……”と静寂が広がった。
そして“ガタン!”と大きく物音が鳴り、飢えた獣のようなナニかが愛歌へと迫る。
「うー! うー! 邪魔をするな凛! 芽は、芽は早く潰さなければ……っ!」
「お、落ち着きなさいってアンナ! 教室で殺人とか許さないんだからね!? だからそのコンパスを置いて!」
“アルをつけ狙う女が一人ならず二人までも……許さん!”と言った風にアンナがコンパスの針を掲げて、般若の如く目を釣り上げている。
そんな怒れる悪霊のような彼女に対し、愛歌はにこやかに挨拶……もとい、火に油を注ぐような発言をした。
「よろしくお願いするわね、
「うがぁー!!!」
「ちょっ……ヘルプ! 男子たちヘールプ!」
徐々に押され始めた凛が男子たちに助けを求める。
「南無阿弥陀仏……御仏よ、この魔女を鎮め給え」
寺の人間らしく柳洞一成はお経を唱えた。
「竜頭の修羅場なんだから竜頭になんとかさせろよ。女子の癇癪の一つや二つ、収めてこその男だと僕は思うけどねー?」
間桐慎二はそう言って、ハーレムの先輩らしいアドバイスとともに笑った。ちなみに彼は複数の女子と関係を持つもその手腕から誰一人悲しませたことがない天才である。
そして穂群原のブラウニーこと衛宮士郎は約二ヶ月前と同じく恐れ慄いた。“またまたとんでもない奴がやってきたぞ”と。
◇
「というわけで、どどん! 料理対決で決着をつけましょう!」
「「「……」」」
波乱の学校生活が終わりその放課後、家庭科室に集った一同に向けて遠坂桜は宣言した。
「桜とやら、貴様は何を言っておるのだ」
「まぁまぁ、ネロさん。それから皆さんも、まずは私の声に耳を傾けてください」
怪訝な表情で桜と奇しくも同じクラスに配属されたドラコーが問う。それに対し“よくぞ聞いてくれました!”とばかりに、桜は答えた。
「ここにいるネロさんとアンナ先輩と愛歌先輩は、みんなアルトゥールス先輩と付き合いたいんですよね?」
「そもそも前提からして違います。アルは最初から私の家族、それをコレらが奪おうとして……」
「たかが
「黙って聞いていれば人間どもめ。ぴーちくぱーちく囀りおって、まったくもって片腹痛い。余のドライグは竜なのだぞ? 人が
“お互い三秒後に独り身だったら……”なんてアホなことを言い出すドラコーにアンナと愛歌が噛み付く。そしてアルトゥールスは天を仰いだ。なんだ、三秒後って。そこは三十代になったらとかじゃないのか。
「──シャラップ!」
「「「!?」」」
“たんっ!”と丸めた新聞紙で桜が机を叩き、姦しい三人娘を一喝した。
「聞いていれば三人とも自分の主張ばかり、アルトゥールス先輩の気持ちを少しは考えたらどうですか! 自分の気持ちを押し付けるばかりが恋愛じゃないんですよ! ……ね、だから早く私に応えてくれても良いんですよ。先輩?」
「あーうん。そうだな、桜」
アルトゥールスの隣に並ぶ衛宮士郎が乾いた笑みを浮かべた。そうだね、桜ちゃんは自分の気持ちを押しつけてはいないね。アピールは凄いし外堀から滅茶苦茶埋めてくるけどね。
『士郎、男は捕まったら最後、逃げることはできないんだよ……』
士郎はそのとき、自分の義父である衛宮切嗣の言葉が頭に浮かんだ。二人の女性に愛されて結局その始末もなあなあになり、妻アイリスフィールから背中をつねられながらも元同僚にして愛じ……友人の久宇舞弥のもとへ向かう義父の姿が。
“じいさん、あのときあんたのことを義理の父親として心底軽蔑してたけど、俺の隣にはもっとヤバイ奴がいたよ”……と、士郎は隣に座る友人アルトゥールスのことを見た。
「竜頭、お前いつの間に女の子ひっかけてきたんだ」
「違うんだよ士郎。僕は僕がしたいように、ちょっと彼女たちに手を貸しただけなんだよ」
そう、アルトゥールスもといアーサーは善良なる人として当然のことをしたまでである。それがストライクゾーンのど真ん中にはまっただけで。
そもそも見た目と性格からして何もしなくても女性キラーなアルトゥールスなのに、自認が“僕は女性から愛されない”なせいで無自覚タラシになってしまっているのだ。これには遥か英霊の座にいる錬鉄の彼も苦笑いだろう。こいつがクソボケなのはもう全部ギネヴィアとマーリンが悪い。
さて、そんな男たち二人を置いて女たちの話は進んでいく。
「なので、ここは潔く先輩方自身に自分の将来の伴侶を決めてもらいましょう!」
「なるほど、それで料理勝負か……」
アンナは得心がいったように頷き、そしてにやりと微笑んだ。道具作成EXの彼女からすれば料理なんてお手の物である。
「そういうことなら、分かったわ。待っててねセイバー。成長した私の料理の腕を見せてあげるから!」
愛歌は何も覚えていないはずなのに、まるで覚えているかのような口ぶりでそう言った。こちらに来る前に『 』へと再接続した彼女にはこの世全ての料理の知識がある。……全知全能たるアカシックレコードの使い方がそんなことで良いのか?
「むぅ、料理か。余にはちと厳しいが……獣として、皇帝として、女として申し込まれた決闘には受けて立たねばやらぬか」
一方ドラコーは険しい表情で渋々といった風に頷いた。彼女はどちらかと言えば美食屋、すなわち作る側ではなく食べる側である。故に、頭の中で策を巡らせるが──。
「はい、ではそういうわけなので私も先輩方のために一品作らせていただきますね」
「え、桜もか?」
士郎は桜の口ぶりに疑問を抱きそう聞いた。これはアルトゥールスと三人娘の問題のため、桜まで料理をする必要は本来はない。
「そして先輩方には一番美味しかった人、つまり将来の伴侶を決めて貰います! 衛宮先輩も、分かってますよね……?」
「……お、おう。そうか」
ドス黒桜の視線を受けて冷や汗を流す士郎。つまり、桜はこの機会に乗じて衛宮士郎を参加させて既成事実を作ろうとしているのだった。
士郎がアルトゥールス好き好き三人組を指名するはずがない。ならば自動的に指名されるのは自分。桜は心のなかでガッツポーズを決めた。“勝ちました、姉さん。この戦い、私の勝利です──!”と。
……なお、彼女には一つ忘れていることがある。それは彼女が向こう側における間桐家に養子に行った
先祖代々より連綿と続き、姉にも色濃く受け継がれてるソレはすなわち
それすなわち──。
「開票、どうぞ!」
『三票、ネロ・ドラコー・クラウディウス』
「「「どうして!?」」」
「うむ、当然であるな」
──すなわち、うっかり属性であった。
「というか何で三票も!?」
「むむ、気づかれちゃったなぁー? 士郎……じゃなくて士郎君とアルトゥールス君に続く、シークレットな三人目の審判。その名は──藤村大河先生です!」
“バン!”と家庭科室の扉を勢い良く開いて現れたのは穂群原のタイガーこと藤村先生であった。その手には四人娘が作った料理が乗った皿が握られている。
「い、いつの間に……?」
アンナは予想外の第三者の到来に顔を引き攣らせている。
「公平性を期すために俺たちが呼んでおいたんだ」
「僕らだけじゃ好みで判定を出してしまうかなと」
「何やってるんですか先輩!」
「どうしてなのセイバー!?」
桜と愛歌は叫ぶ。“これ料理対決だけど料理対決じゃないのに!”と。
「ぬははー、生徒たちが面白そうなことしてるのにこの私が放っておくわけがなーい! というわけで参加させてもらったのだけれど、一番美味しかったのはネロさんのね」
「うむ、賛辞を受け取ろう、藤村先生。もっと余を褒め称えるが良い」
“ふふん”とドラコーが胸を張ると、敗北した三人が恨めしげに、そして訝しげに彼女を睨みつける。
“おかしい、絶対におかしい”とアンナが言い、“セイバー、私のはどこがダメだったのかしら”と愛歌が問い、“またポッと出に先輩を取られちゃいます!”と桜が絶望する。
「では私以外の審判、士郎君とアルトゥールス君はどうしてネロさんに票を投じたのか。その理由の発表をお願います!」
「なら僕から……どれもおいしかったけれど、毎日食べたいと思ったのはドラコーのだったかな」
その言葉にドラコーは両手を上げて花が咲いたような笑みで喜び、アンナと愛歌は両手を地面について絶望した。
「「そんな……」」
「ふふ、もはや余の勝利は揺るがぬぞ敗北者ども。とはいえ余は寛大である。ドライグと過ごす傍ら、貴様らを召使として顎で使ってやろう。感謝するが良い。くくく……あーっはっはっは──!」
惨めなライバルの姿に高笑いを決め込むドラコー。
「んじゃ、種明かしとするか」
だが、その茶番に茶々を入れる存在がいた。衛宮士郎、此度の料理対決においてドラコーに請われて彼女に手助けを出した存在である。
「む、やめよ。答え合わせにはちと早いではないか」
「そんなこと言ったって、そこの二人が地面に這いつくばったままじゃ可哀想だろ。ほら、二人とも立ってくれ。君たちはネロに負けたわけじゃない」
“だって”と繋げて、衛宮士郎は真相を口にした。
「ネロには俺のレシピを渡したんだ。料理はレシピさえあればほとんど誰だって同じ結果が出せる科学だろ。だから、今回のはネロじゃなくて俺の料理だったってわけだな」
「「……!!」」
“はっ”とアンナと愛歌の二人が顔を上げて士郎の顔を見る。そしてドラコーは“なんだ、つまらぬ。もう少しこやつらの無様な姿を見ていたかったのだが”と名残惜しそうに言った。
「良かった……では、アルはそこのトカゲを選んだわけじゃなかったのですね」
「そうよね。人に成った私が爬虫類に料理の腕で負けるなんてあり得ないもの」
「誰がトカゲか! 誰が爬虫類かぁ! ええい、余が竜の偉大さを教えてやる。そこに直れ貴様ら──!」
わちゃわちゃとまた姦しく戯れ合う三人娘。そして、その様子を見ていた桜がボソリと、ひと言こぼした。
「あれ、でもこれってアルトゥールス先輩が選んだ相手は先輩ってことになるんじゃ……」
「「「……」」」
ぴたりと、一人と三人の娘たちの体が凍ったように止まった。
「お、おいどうしたんだ桜。それに他のみんなもさ。な、なんで俺のことそんなに睨んでくるんだよ」
「なるほど、だからあんなに美味しかったのか。士郎のご飯は魂に染み渡るからな」
「お、おい竜頭? いやアルトゥールスさん! 火に油を注ぐようなことは言わないでくれませんかね!? 発言の訂正、いや撤回をしてくれ今すぐ!」
「ん? いや、士郎のご飯なら毎日でも食べたいよ。僕は」
その言葉を聞いた瞬間衛宮士郎の脳裏を掠める、知らない記憶。それはアルトゥールスをそのまま女体化させたような美しい少女が微笑みかけてくる、そんな記憶だった。
『──シロウ、あなたが私の
「……セイバー? ──はっ!? なんだ今の……竜頭みたいな女の子が……いや待て待てノーマルだぞ俺はぁ!?」
その瞬間、乙女たちの拳の振るう先は決まった。桜はアルトゥールスへ、アンナと愛歌とドラコーは士郎へと。
「ふふふ、やっぱり先輩と私の仲を脅かすのはアルトゥールス先輩だったみたいですね……?」
「アルを異性愛者に戻すために、やはり貴様を殺す必要があるみたいだな。衛宮士郎」
「セイバーのことをセイバーって呼んで良いのは私だけなのよ、衛宮君。だからごめんなさい、死んで?」
「余のドライグを誑かすか、下郎め。衛宮士郎……貴様は余の腹に収まることのない
「あ、じゃあ私は職員室に戻るわね。いやー、美味しかった!」
修羅場の気配を察知し藤村大河はそそくさと家庭科室を去る。
「うん、どうしたんだい桜。もしかして僕と試合がしたいのかい? 良いだろう、剣道部の一員として相手してあげようとも。ははは」
桜の鈍い素人の拳をいなしながら、アルトゥールスは笑いながら彼女を連れて武道館へと向かった。
そして前門に竜、後門に魔女と姫が配置され退路を断たれた衛宮士郎は叫んだ。
「なんでさ──!!!!」
この日をもってアンナ、愛歌、ドラコー、桜による『シロ×アル絶対許しま戦線』が結成されたのである。
そして彼らの攻防戦は夏休み前に桜と士郎が見事交際に至るまで続くのであった。
◇
「──くしゅ……っ!」
「やだー、間桐くん風邪?」
「だいじょーぶ?」
「いや、なんでもないさレディたち。どうせどこかの誰かが僕の噂でもしてるんだろう」
「ふーん。あそうだ、新しくこの高校に来たネロさんと愛歌さん、可愛かったけど間桐くん的にはどうなの?」
「興味ないね、僕には君らだけで十分さ」
「そんなこと言ってー、新入生は声かけまくってるくせにー」
「間桐くんの浮気者ー」
少し先の未来で桜と士郎の仲を繋ぐ
「……だから僕が好きなのは女の子なんだって。バケモンには興味ないんだっつーの」
そんなバケモンたちからアルトゥールス攻略の協力を求められる夏休み前まで、残り数ヶ月──。
次で終わり、つまりエピローグです。
続かないけど一応。読者の皆様はApocryphaを
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内容を知ってる
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なんとなく内容を知ってる
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知らない