アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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エピローグⅡ

 

 

夏、それは男女が巡り合う魔法の季節。そんな季節における学生たちの一大イベント『夏休み』が始まる、少し前の出来事の話である。

 

 

 

 

昼休み、美しき少女四人組が屋上にて共にお弁当を囲んでいた。彼女らは人呼んでラスボス系ヒロインフォース。

 

一番、アンナ・ル・フェイ。アルトゥールスの従姉(いとこ)にして彼を愛する一人の乙女。その前世は異なる世界において彼を憎み、その国を滅ぼした魔女モルガンその人。向こう側においては紛れもなくアーサー王にとってのラスボスである。

 

二番、沙条愛歌。異なる世界において英霊となったアーサーに救われ、全てを忘れるも彼を求めてやってきた正真正銘の天才、否、天災である。穂群原学園にやってきた初めの頃は彼女視点では初対面にも関わらずアーサーとのファーストコンタクトで求婚をやらかしたお茶目(当人比)な少女であった。悩みは自分の胸部の発育が向こう側の世界と同じく控えめなこと。“私以外なんでそんなナイスバディなの……? アンナとネロは外国の人だから良いとして、桜ちゃんはなに……?”が最近の口癖。異なる世界においては紛れもなく世界にとってのラスボスである。

 

三番、ネロ・ドラコー・クラウディウス。異なる世界でアーサーと敵対し、この世界へと流れ着いた獣の成れの果て。アーサーラブ勢の一番の新参者であり、比較対象が悪いと言ってしまえばそれまでだがアーサーへの愛も他二名ほどは重くない。しかしその想いが日常の中で普通を知り、孤独を癒していく過程で日に日に勢いを増していくため、最近では竜としての本能を抑制するために悶々とした夜を過ごすばかりらしい。向こう側の世界における紛れもなくラスボスである。

 

四番、遠坂桜。上の三人とは異なり衛宮士郎をこよなく愛するただの後輩である。彼の攻略に向けて着々と駒を進め、今日はその進捗を報告するつもりであるらしい。異なる世界においては紛れもなく衛宮士郎にとってのラスボスである。

 

そんなラスボス系ヒロインが四人も揃って何をしているのかというと、ある計画を練っていた。それは世界征服よりもずっと重大なこと。つまり、いかにして意中の男を落とすか、という話である──!

 

「すいません、皆さん。私は一抜けさせて頂きますね」

 

だが、その鉄より硬い結束を乱す女が一人いた。今しがた満面の笑みで他三人に裏切りを告げた、遠坂桜である。

 

「待ちなさい。一抜けとはどう言う意味なのですか、桜」

 

「アンナ先輩」

 

「桜ちゃんは弓道部の昼練があるもの。そういう意味で早めに抜けるってことでしょう?」

 

「愛歌先輩」

 

「衛宮士郎と同じ部活、か……余もドライグと同じ剣道部に入部することを試みたが、男女で別の部活だと言われてしまってな。その点は桜がちと羨ましいぞ。うむ、存分に衛宮と触れ合ってくるが良いぞ。友よ」

 

「ドラちゃん」

 

「ドラちゃんはやめよ」

 

この半年の間で随分と仲良くなった桜とその他三人。共通の目的のために何度も高難易度ミッションをこなしてきた彼女たちの間には確かな絆がある。だが、それを裏切ってしまった桜はその顔に悲痛な表情を浮かべて言った。

 

「そうじゃなくて、私もう先輩と付き合うことになりました。なのでここに来るのも最後なんです」

 

「「「……」」」

 

「今まで三人にはお世話になりました。でも、お別れみたいです。半年間ありがとうございました。どうか私の卒業を温かく見送ってくださいね……!」

 

そして“さようなら……!”と袖で涙を隠すように腕で顔を隠した桜の肩を。

 

「待て」

 

「待ちなさい」

 

「待つが良い」

 

三人の腕が“逃さない”と言わんばかりに掴んだ。

 

「しかも泣いてるかと思えばものすっごい笑顔ではないか、貴様」

 

ドラコーは友の醜態に呆れながら、彼女の頭をペシペシ叩いた。

 

「いた、いたっ、痛いですやめてくださいネロさん。でも、ふふ、だってニヤケが止まらなくて……私だけ先輩と付き合えてしまってすいません?」

 

「お前あのクソボケ朴念仁の衛宮をどうやって堕としたと言うのですか?」

 

「はて、クソボケ……? ああ! もしかしてアルトゥールス先輩のことですか?」

 

「うふふ、桜ちゃん? 惚けてたらあなたのあることないことを噂に流して、できたてほやほやのあなたと愛しの先輩の関係を台無しにするわよ」

 

「愛歌先輩それだけは絶対やめてください本気でお願いですから!!!」

 

それは流石にやめて欲しかったのか、大人しく桜は交渉の席に着いた。そして彼女は話し出す。どうやってあの紳士と呼ぶには流石に奥手すぎる衛宮士郎と付き合うに至り、その上自分にお手付きさせる(・・・・・・・)ことに成功したのかを。

 

 

 

 

「竜頭はさぁ、あの三人のうち誰と付き合うつもりなわけ?」

 

「──は?」

 

放課後、たまたま一緒になった間桐慎二と共に帰路についていたアルトゥールスは彼の質問にそんな腑抜けた声を漏らした。

 

「何の話だ……?」

 

「惚けなくてもさ、自分で思い至るだろ普通? お前のことが好きな三人といえばあの三人以外にいないだろ。……まさか本当に思いつかないなんて言ったら、さすがにドン引きだけど」

 

「……」

 

アルトゥールスは複雑な心情をそのまま顔に浮かべて黙りこくった。アルトゥールスが向こう側からこちら側に来てもう半年近く経つ。その間に自分に何度も恋愛的な意味でアタックしてくる存在のことは当然気づいていた。

 

自分に臆面もなく好意をさらけ出す三人、かつて異父姉だった従姉(いとこ)のアンナ、自分と同類だった愛歌、自分の向かうIFだったドラコーのことである。

 

「あーはいはい、自覚はあるけど、認められないって顔ねソレ。まぁ僕そういうタイプにも理解ある人間だから、とりあえずそのまま話聞けよ」

 

もう随分見慣れた冬木の景色の中を歩きながら、間桐慎二はアルトゥールスに告げた。

 

「もう少ししたら夏休みだろ? それで僕の知り合いで、高校のOBの先輩が旅行に誘ってくれたんだよね」

 

「はぁ、それがどうかしたのかい」

 

「まぁ話は最後まで聞けって。それでその先輩が言うにはさ、旅行に女の子を誘いたいらしいんだよねぇ」

 

「分かった。もういい」

 

その後の展開が読めたアルトゥールスはそう言って慎二の言葉を遮った。

 

「いかがわしい旅行に彼女たちを誘うなんて許せない」

 

「いかがわしいって何? 僕はまだ何も言ってないんだけど。単に男女同数で旅行に行って仲良くなろうって魂胆だよ。その過程でカップルができるかもしれないけど、別に単に旅行を楽しむだけでも良いんだ。だからさ、お前からあの三人を誘ってみてくれないか? 同居してるんだし家に帰ったらすぐ聞けるだろ? ……ああ! もちろんお前自身が参加希望だって言うなら僕から話を通しておくけど」

 

「断る……話はそれだけかい、慎二。それじゃあまた学校で──」

 

アルトゥールスは“聞きたくない”とばかりに頭を振って、足早にその場を去ろうとした。だが、慎二の放ったひと言で足を止めた。

 

「煮え切らない態度で彼女たちの人生を縛り付けるのは、どうかと思うんだよねぇ。僕は」

 

「──僕が、彼女たちを、縛り付ける……?」

 

ゆっくりとアルトゥールスが振り返る。彼の視線の先にはニヤけ面の慎二が立っていた。彼は演技ぶった大げさに仕草で言う。

 

「あいつらも可哀想だよな。最終的には誰も選ばれないかもしれないのに、未来のない投資先に全部賭けちゃってさ。僕ならすぐに言ってやるよ。“そんな芋野郎なんて放っておいて、もっと実のある出会いを探しに行こうぜ”ってね」

 

「何が、言いたい……?」

 

「彼女たちがしてる、お前に振り向いてもらうために頑張る努力が無駄だって言ってんだよ、アルトゥールス。……違うのか? だってお前、誰も選ぶつもりなんてないだろ」

 

“そんなことない”と言おうとして、アルトゥールスは口を噤んだ。アルトゥールスには分からない。自分が誰かを好きになるということが。最初はアンナが愛する人になるのだと思っていた。

 

だが、最近は悩んでいる。向こう側から来た、必要に駆られて行われた彼女との一夜限りの関係の記憶を得て、彼女と少し距離を取ってしまったのだ。

 

思い出すのは、かつての記憶。

 

『アーサー様、できません。私はもう、あなたと床を共にするのは、嫌です』

 

『うふふ、ランスロット様、あなたはいつも私を気にかけてくださるのね。王妃として、女として……ああ、どうせなら彼がこの国の王だったら良かったのに……』

 

女としての幸せを望みつつも、地位に固執した王妃のこと。

 

『やぁ、アルトリウス。君の部屋を借りたから、汚れてたらゴメンね。……うん? さっき部屋から一緒に出てきた男……? ああ、彼はただの起点だよ。別に趣味じゃないんだけど、彼の妻が私の好みだったからね』

 

『さーて、これから夫を奪われた女の狂乱ぶりでも見に行こうかなー! その後は男の姿で近づいて慰めて……あはは──!』

 

性を、人の愛を手玉にとって娯楽として消費する両性の夢魔のこと。

 

「ぐっ……」

 

嫌なことを思い出して、アルトゥールスはふらりとその場によろめいた。

 

「お、おいどうした竜頭……じゃない。とにかく! お前が乗り気じゃないならしょうがないか。ああしょうがない、しょうがないから僕から彼女たちを誘っておくとするよ」

 

「なんだって……?」

 

「別に良いだろ? 決めるのは彼女たちなんだからさ。それとも、何? お前は人から選択肢すら奪おうっていうわけ。ははは──何様なんだよ、お前は」

 

慎二がアルトゥールスをどんどんと壁際まで追い詰め、そして彼はアルトゥールスの耳元で囁く。

 

「案外さぁ、あいつらってお前がイケメンでちょろそうだから尻尾振ってたのかもな」

 

「……めろ」

 

「でも、お前からの反応が全くなかったんだから、そろそろ乗り換えるかも知んないだろ。文字通り別の男にさ」

 

「……やめろよ」

 

「想像してみろよ、あいつらがお前のことなんか忘れて別の男に跨ってるところをさ。はっ、案外そのほうが幸せそうな顔してんのかもな」

 

「やめてくれ、慎二──ッ!」

 

アルトゥールスは限界だと言わんばかりに慎二を吹き飛ばし、その妄言から逃れようとした。だが、彼の精彩を欠いたその動きは一応弓道部で真面目に体を鍛えてる慎二の前に容易く受け流される。そして逆にアルトゥールスが無様に道へと転がることになった。

 

「がは……っ!」

 

「どうした、一丁前にキレてんじゃねぇぞ! アルトゥールス! お前は彼女たちの何だ!? 持ち主か!? 彼氏か!? 婚約者か!? 違う違う違う、所詮ただの他人さ! 親しいだけのな! そんなお前に、彼女たちを縛り付ける権利なんてないんだよ!」

 

慎二の口から放たれる言葉一言一句が、すべて正論だった。故に、アルトゥールスの心を容易く削っていく。

 

「せいぜいそこで蹲ってろよ、竜頭。明日、夏休み前の学校最後の日に僕はアンナと愛歌とネロのやつに旅行の話をする。あいつらが断ったらそれっきりだけど……」

 

「……うるさい、もう、勝手にしてくれ」

 

「……馬鹿が、後悔しても知らないぜ。僕は」

 

最後に慎二は“じゃあな、勘違い野郎の竜頭くん?”と告げると、そそくさとその場を去っていった。

 

残されたアルトゥールスはふらりと立ち上がり、ぐるぐると頭のなかで嫌な未来を想像しながら、その心の底に黒い感情を貯めていく。

 

「嫌な、未来……? 僕は、私は、彼女たちが私なんて忘れて、幸せな未来を掴むことが、嫌だっていうのか」

 

その髪から、瞳からどんどんと色が失われていく。温かみのあった向日葵色の金髪はほとんど白く冷たい白金へと変わり、人間らしい瞳はどんどんと昏く鋭い竜のモノへと変わっていく。

 

「──クソッ!」

 

壁伝いにフラフラと歩いていたアーサーが、電柱に拳を打ち付けた。“ピキリ”と僅かに罅が入った電柱を見てアルトゥールスは顔を青くし、そして激しく頭をかく。

 

知らない男がアンナに、愛歌に、ドラコーに触れている。

 

──嫌だ。

 

自分にだけ向けられていた表情が、知らない誰かに向けられる。

 

──嫌だ。

 

自分だって知らない彼女たちの姿を、他の男が知ってしまう。

 

──そんなことは許せない。

 

“だったら、彼女たちを閉じ込めて、自由を奪って、自分のモノにしてしまえば良い”と、アルトゥールスの中の赤き龍(ア・ドライグ・ゴッホ)が囁く。

 

彼の瞳が細く尖り、自分の家を睨んだ。

 

「──違うっ! 違う……これは、こんな私は僕じゃない。今の私はおかしいんだ。早く、家に帰って、寝よう……」

 

覚束ない足で彼はなんとか自分の家の中に入り、自分の部屋を目指した。

 

「アル? 少し遅かったですね。今日の夕飯は──」

 

「──黙れ」

 

“ギロリ”と獣のような飢えた瞳で、美しい女(アンナ)を睨みつけるアルトゥールス。彼はショックで固まってしまったアンナに気づくと“ふーっ”と深く深呼吸してから、無理やりに作り上げたことが丸わかりな笑顔で言った。

 

「……ご、ごめん、少し寝るから。また明日、姉上」

 

「そ、そうですか。おやすみなさい、アル」

 

自分の部屋に戻ろうとするアルトゥールスの様子を心配そうに見送ったアンナは、彼が完全に二階に上がったことを確認してから彼がああなったであろう原因たる間桐慎二に電話をかけた。

 

「もしもし、間桐ですか。今しがたアルが帰ってきたのですが、やり過ぎでは……?」

 

『あーうん。アイツ衛宮よりも溜め込んでるみたいでさぁ……いやちょっと僕もやり過ぎ──じゃないよねぇ!? そもそもなんで僕がこんなことしないといけないわけ!?』

 

「でも桜があなたに手伝ってもらったと」

 

『あのバカ、喋りやがったのか。尻は重くて一途なくせに口は軽いとか……ともかく、こんなのは荒治療なんだからな? そもそもお前らが女の魅力とやらでアルトゥールスを落とせば全部話は丸く収まってんだよ、バカ』

 

「うっ、返す言葉もありません……」

 

『あの反応だと反発も凄いだろうから、一応気をつけろよ。電柱ぶっ壊す勢いだったしな……とにかくじゃあな』

 

その言葉を最後に慎二との通話が切れ、アンナは心配そうにまた二階の様子を伺う。

 

その晩、晩御飯の頃になっても、お風呂が沸いてもアルトゥールスが部屋から出てくることはなく。

 

「アルは、大丈夫でしょうか」

 

「間桐君にどうこう言われたくらいで揺らぐようなセイバーじゃないと思うのだけれど」

 

「……お前は知らないからそんな風に言えるのです。彼が心の内に抱えている問題を」

 

「セイバーの心に……何か問題があるの?」

 

「……いえ、この件は本人から聞くべきです。私が話すことではありません」

 

「もきゅもきゅ……ともかく、ドライグを焚き付けるのが今回の目的だったのであろう? ならば上々ということではないか。あとは明日の成果に期待するのみ。果報は寝て待て、であるな! ……アンナ、余はおかわりを所望する!」

 

「自分でよそえ、バカトカゲ」

 

「またトカゲって言ったぁ!」

 

「まぁまぁ、二人とも。今はセイバーが寝てるのだし静かに……」

 

普段と異なり一人を欠いた三人の夕食はそうして過ぎていく。

 

そして日付が変わった翌日。彼は。

 

『アル、もう朝ですよ』

 

「すまない、姉上。今日は体調が悪いから」

 

一学期最後の日に学校を。

 

「休ませてくれ」

 

──欠席した。

 

 

 

 

「僕は……私は……俺、は……」

 

“ドクン、ドクン”と竜の心臓が高鳴り、アルトゥールスはベッドの上で汗ばみながら魘される。

 

「俺は」

 

もうすぐ十八になろうかという青年が抱えるには当然の欲望を今更ながらに思い出し、悶々と夜を過ごしたアルトゥールス。その脳裏によぎるのは彼が軽蔑する女。そしてそれを上書きするようにアルトゥールスの獣欲を掻き立てる、共に共同生活を送る女たちのこと。

 

「オレは」

 

その姿が、匂いが、声が、仕草が、表情が、笑った笑顔が、照れたような仕草が、悲しみに涙を流すその顔が。

 

豊かな胸も、チラリと見えるうなじも、短いスカートからのぞく脚も全部全部全部。

 

全部が、アルトゥールスの脳裏を焼き焦がし、そして理性も焼き尽くしていく。

 

「──好き……だ……」

 

そうして実に丸一日をかけてその身を、その心を変質させた竜がベッドの上の揺籃から立ち上がる。

 

()を、決してほかの誰にも盗られぬように、自らのモノとするために。

 

彼は、己の心を、淀んだ黒い感情で染め上げた。

 

 

 

「ふん……ふん……ふん……」

 

台所を前にして、アンナは鼻歌を歌いながら昼食の用意をしていた。今回はだいぶ豪華である。なにせ丸一日以上部屋に籠もって何も食べていないアルトゥールスがお腹を空かせているのだ。

 

『……おはよう、アンナ。悪いけど、何か食べるものはないかな。酷く、飢えて仕方がないんだ』

 

部屋から出てくるなりそう言ったアルトゥールスのために、アンナは惜しみなく己の道具作成の技術を活用する。神秘のない世界でソレは機能していないが、人の身につける技術としてアンナの体にはソレが染み付いていた。

 

「アンナ」

 

「ん、アル。お風呂から上がってきたのです……ね?」

 

廊下から愛しの人の声が聞こえて、アンナは包丁を置き振り返る。そこにはシャワーを浴びたばかりなのか体から湯気を立ち昇らせ、濡れた白金の髪を揺らす上裸のアルトゥールスの姿があった。

 

「あ、あの! 目に悪いので服をき、着てください……!」

 

頬を染め、もっと見ていたいと思いながらもアンナは目を逸らしてしまった。あまりの色気に心臓が高鳴ってしまう。これが桜の言っていた間桐慎二効果なのか。

 

それに、今のアルトゥールスの様子はどこかいつもと違っていた。柔らかな明るい太陽のような彼は、今や冷たい月のようである。

 

いや、そもそもからして何もかもが違う。色彩が酷く薄い。表情もどこか影があって切なそうに見えてしまい、それが見ている(アンナ)の心を掻き立てる。

 

そして、視線だ。彼の視線が鋭くアンナを射抜いている。その全身を睨め回すように、足から、腰、胸、顔のすべてを。

 

「……」

 

「ア……ル?」

 

無言で近づいてくるアルトゥールスを前に、その身長差から彼の顔を見上げることになったアンナ。彼の顔がどんどんと近づいてくると、アンナの心臓の鼓動もまた早まってくる。

 

「昨日、慎二に何か言われたか」

 

「え、えっと……」

 

「答えろ」

 

アンナはその声に、身も心も捧げてしまいたくなってしまうような支配者然としたその声にただ従った。

 

「りょ、旅行に行かないかと言われました」

 

「そうか、それで? 君は……貴様は何と返事したんだ」

 

「ほ、保留に──んっ!!!???」

 

アルトゥールスの手が恥ずかしさのあまり他の方向を向いていたアンナの顔を掴み、無理やり正面に振り向かせる。そしてその熟れた果実のように(あで)やかな唇を、アルトゥールスはひたすら蹂躙した。

 

「……ん……悪い娘だ、なぜ、なぜ断らない? 貴様は俺を好きだと、決して他の男に靡くことなどないと言っていただろうに……」

 

「ぷは……っ! あ、あるとぅーるしゅ……」

 

男の酷く淀み、光を吸い取る昏い瞳を潤んだ目で見上げるアンナ。腰が砕けた彼女は体重のすべてを捕食者へと預けてしまい、まんまと彼の巣へと誘拐されてしまう。

 

「まっへ……おひるごはんがぁ……」

 

「俺の昼食は貴様だ、アンナ」

 

その声は騎士王としての慈悲をかなぐり捨てた、飢えた竜の咆哮に似ていた。

 

閉ざされた扉の向こうから漏れ聞こえるのは戸惑いと、それ以上に深い悦びに震える女の悲鳴。

 

かくして竜に捕まった魔女は、彼を焚き付けたことを後悔するほど散々、何度も、懇願しても止められることなく。ただその体に本当の支配者は誰なのかを教え込まれることになった。

 

そして──。

 

 

 

 

「ただいま……あら、ネロよりも先に帰ってきちゃったみたいね。……アンナ? セイバー? いないのかしら」

 

そしてそこに、何も知らぬ捕食対象がまた一人やってきた。

 

「愛歌」

 

「あ、セイバー。起きていたのね。アンナは──っ!?」

 

二階から降りてきたアルトゥールスに無邪気にアンナの行方を問いかける愛歌。そして気づく。そのまさに行方を問うた彼女がアルトゥールスの腕の中に収まっていることに。

 

「まな……か……?」

 

「あ、アンナ? あなた……!」

 

「逃げ──んんっ……!」

 

衣服を乱し、熱い吐息を漏らしながら、虚ろな瞳で天井を見つめるアンナ。その肌には、消えぬほど深く刻まれた()が残っている。

 

そして顔を蕩けさせながらも愛歌へと忠告しようとした彼女の罪深い口は、アルトゥールスによって念入りに封鎖された。

 

そして口づけによって魂を吸われたかのようにぐったりと気絶したアンナを連れて、アルトゥールスは再び階段を登っていった。

 

「な、なんなの一体」

 

口では“訳がわからない”というふうに言いながらも、心の何処かでは一抹の期待を抱えながら愛歌はリビングの食卓に座って待った。ドキドキと煩い心臓を押さえ、火照った体をクーラーから届く冷風で冷ましていると、ゆっくりと、先ほどの光景が嘘だったかのようにアルトゥールスが二階から下りてきた。

 

「愛歌」

 

「セ、セイバー?」

 

精臭と色気を漂わせたアルトゥールスの姿に一歩後ずさる愛歌。それを追い詰めるようにまた一歩アルトゥールスは彼女に近づいた。

 

「きゃっ……あの、私、帰ってきたばかりでせめてお風呂とか……ん……!」

 

背後にあったソファーへと追い詰められた愛歌はそのまま初キスを奪われ、そしてソファーへと押し倒された。

 

「愛歌、良いな?」

 

「……せいばぁ」

 

返事をする前から服を脱がされていく愛歌。

 

「嫌なら抵抗しろ」

 

「い、嫌なわけなぃ……わよ!」

 

「いや……悪い愛歌、やっぱり抵抗されても、今の俺には自分を制御できない。だから俺を……俺を拒絶しないでくれ」

 

「良いわ、セイバー……ば、ばばば、ばっちこい──!」

 

かくして少女は、向こう側を含めての初めてを愛しい人に捧げた。とは言え、かつて経験豊富なモルガンであったアンナと異なり彼女はすぐにその竜の寵愛を受け止めきれずに器として溢れてしまったが。

 

そして愛歌が気絶するその直前に。

 

「うむ、余の帰還である! 言われた通りにストロベリーアイスクリームを買ってきた……のだ……が……」

 

捕食者の瞳に、次の獲物の姿が映った。アルトゥールスは先ほどまで抱いていた、今はもう気絶している女の体を静かにソファーの上に寝かせると。

 

「ドラコー」

 

「は……ひぇ……き、貴様! 余を放っていきなり二人を味見とはにゃにこどか──ぁ」

 

その煩い口を塞ぎ、捕食者はまんまとやってきた獲物に蛇のように体を絡ませる。

 

「ど、どらいぐ……?」

 

「俺は貴様を奪い、貴様を俺のモノにする……皇帝でも竜でもなく、ただの(おんな)として」

 

「な……な……ぁぅ……!」

 

口をパクパクと開閉して声も出ないドラコーの、その恵体を隠した衣が解かれていく。

 

「き、貴様、よもやまた獣に落ちたのか……! 余が好きなのは人としてのどら……いぐ……ん……」

 

「人とはそもそも獣だろう。黙って俺を受け入れろ──」

 

……それから数時間が経過し、それでもまだ肉欲を解放し切ることができなかった竜の化身は、酷く淀んだ泥のような感情を抱えながらも多少理性を取り戻し死屍累々となった家の中を見渡す。特に、彼の腕のなかでひたすら乱れた女たちの痕跡を色濃く残す自室とリビングと玄関の散らかりようは筆舌に尽くしがたい。

 

「すぅ……とりあえず掃除するか」

 

一呼吸置き、“ヤッてしまった”と天を仰いだアルトゥールスはそう結論づけた。

 

 

 

 

「くず……ばが……あほ……」

 

「ひどいわ、せいばぁ……」

 

「余としては悪くなかったぞ? 堕落と退廃は本懐ゆえにな! ……ち、ちと喰らい尽くすには量が多かったが」

 

深夜、すっかり元通りになった家のなかでようやく目覚めた三人の娘が三者三様の反応を示す。だが、それに対しセイバーは開き直る……どころかむしろ怒っていた。

 

「黙れ、俺をこんな風にしたのは貴様らの奸計が原因だろう。大方、慎二に何か頼んだな?」

 

「「「うっ……」」」

 

「その上俺をその気にさせておきながら、誰も満足させられなかったときた。俺はこの残された獣欲をどこに吐き捨てれば良い? 貴様らが受け止めてくれるのか? んん?」

 

黒化したアルトゥールスが随分と俺様な口調で三人に迫る。

 

「し、仕方ないでしょう! 私はアンナと違って生娘だもの!」

 

「な……っ! 今世の私だってそうだが!? だって私はモルガンじゃないし! アンナだし! だいたい、それを言うならトリを飾ったくせに即落ちした堕落(笑)の獣はどうなのだ!」

 

「なんだと!? よ……余は悪くないもん! うむ、余が受け入れられる堕落の容量を超えた堕落を持ってるドライグが悪い! 流石逸脱の獣よな!」

 

「黙れ」

 

「「「はい……」」」

 

“やれやれ”と言ったふうに消化不良で不満げなアルトゥールス。だが、それも仕方あるまい。彼を満足させられる存在などそれこそあのグランドクソ夢魔しかいないのだから。

 

アルトゥールスがここまで床の技に長けているのは、元はと言えばアレが原因なのだ。そう、あれはアルトゥールスがアーサーだった頃の話。

 

『マーリン。ギネヴィアに夜の勤めを拒否されてしまったのだが、どうしたらよいのだろうか……』

 

と、相談してしまったのが運の尽きであった。

 

『ふーん、じゃあ女の悦ばせ方を覚えなきゃね。そのためには、まずは君自身が体験してみると良い!』

 

『──え?』

 

そう言って無理やり性転換の霊薬を飲まされたアーサーは──。

 

「ぐぅ……っ!」

 

「アル!?」

 

「セイバー!?」

 

「ドライグ!?」

 

アルトゥールスは自分の頭をテーブルに叩きつけることで、自分が墓まで持っていくと誓った記憶を再封印した。あれはダメだ。思い出してはいけない。主に男としての尊厳を守るために。

 

「そうだった、マーリンとの修行(・・)も僕が愛情不信になった原因なんだった……っ!」

 

アルトゥールスはそのことを今の今まで完全に忘れていた。忘れたままでいたかったのに、どうしよう、思い出したせいでまた体に熱が滾ってきたじゃないか。

 

「だが、もうこれ以上みんなに迷惑をかけるわけには──」

 

ようやく『()』から『()』へと戻ってきたところなのに、また堕ちてしまっては台無しであるとアルトゥールスは苦悩する。

 

「苦しいのですか、アル」

 

だが、そんな彼の苦悩を知らないアンナが心配から彼の手に触れてしまった。

 

──ああ、だめだ。また僕は……俺は……。

 

アルトゥールスは自分見つめる三対の美しい瞳を見た。湖のような青、絹のような白、夕日のような朱。

 

「ごめん……っ! 今日の俺は馬鹿だから受け止めてくれ……!」

 

「アル──!?」

 

アンナを押し倒し覆いかぶさる獣と化したアルトゥールス。

 

それを見て愛歌とドラコーはにわかに浮き足……否、浮き立った。

 

「セイバーがまた暴走しちゃったわ! ね、ネロ。私たちはどうしたら……」

 

「……うむ、まぁ、大人しく自分の番を待つしかあるまい? 取り敢えず余は浴室を借りるぞっ!」

 

「あ、ずるいわよネロ! わ、私も身を清めてから……」

 

かくして、夏休み一日目だというのに実に濃く長く充実した夜が更けていく。

 

 

 

 

「こんな俺が嫌なら、こんな生活が嫌なら、逃げてくれても構わない……いや」

 

ようやく得られた愛の形、三人の愛しい人を前にアルトゥールスは言う。

 

「無理だ……逃げないでくれ、俺を捨てないでくれ……どうか、僕を裏切らないでくれ」

 

剥き身となった少年のような心根を暴露するアルトゥールスは、その瞳から光を消して言う。

 

「もしそうなったら……僕は君たちに何をするか分からない。て、手足を切り落として、縛り付けて、そのまま死ぬまで一生監禁してしまうかもな。ふ、ふふふははは──」

 

溜め込んでいた分、反動が大きかった彼が低い声で笑う。そしてひとしきり笑ったあと、弱々しい声で三人に問うた。

 

「こんな、こんな僕でも、受け入れてくれますか」

 

そんな答えの決まりきった質問を前に一同は皆全く同時に“はい”と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるところに、魔女がいました。魔女は愛を知りませんでした。

 

あるところに、姫がいました。姫は人を知りませんでした。

 

あるところに、竜がいました。竜は孤独しか知りませんでした。

 

そこに一人の騎士がやってきました。

 

騎士は魔女に愛を与えました。

 

騎士は姫を人にしてしまいました。

 

騎士は竜の孤独を癒してあげました。

 

そして魔女と姫と竜は、騎士からもらったものをそのまま騎士に返しました。

 

騎士はそのまま魔女と姫と竜の三人の娘と共にいつまでも幸せに暮らしましたとさ。

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曽祖父様(ひいおじいさま)、その騎士と三人の娘とやらはどうなったのだ?」

 

西暦2100年、十二月三十一日。新世紀前夜にベッドで寝物語としておとぎ話を聞かされていた少女が、話し手である自分の曽祖父にそう質問した。

 

「そうだなぁ……“騎士は、一つの国の王様になりました。そして王様として、三人の妻を守り続けると誓いました。一方三人の娘は賢い子どもたちを産み、その子どもたちによって世界は平和になりました”というのはどうだ?」

 

「おお! ……だが曽祖父様よ。世界を平和にしたのは余の祖父様と大おじ上たちであろう? それではその騎士と三人娘たちの子供は一体何をしたというのだ?」

 

「君は私の妻に非常によく似て賢い子だな、ネロ・クラウディウス。そうだとも、実はな」

 

老人は少女の頭を撫でて、呟いた。“お前はなんとその騎士の子孫なのだ”と。

 

おとぎ話の登場人物が実は自分の先祖だと知り、少女はベッドの上で目を煌めかせて喜んだ。

 

「さて、ではそろそろ寝る時間だ、幼い姫よ」

 

「うむ……ところで曽祖父様。一つ聞いても良いか?」

 

「なんだ?」

 

部屋の明かりを消し、少女の部屋から外へ出ようとする老人は振り返る。

 

「うむ、その、だな。曽祖父様がいつも胸につけていたロザリオが見当たらないので気になったのだ」

 

「ああ、アレか」

 

“アレはな”と言って、老人は微笑む。

 

「アレは、アレを求める者のところに勝手に行ってしまう、不思議な物なのだ。だから私もその行方は知らない。気がついたら無くなってしまったのだからな」

 

“今頃はこの世界ではない何処かに行ってしまったのだろう”と、老人はまたもや笑った。だが、それを聞いて少女は不満げに口を尖らせる。

 

「そ、そんな。余は密かに曽祖父様からアレを譲り受けようと、頑張っていたのだぞ。べ、勉強とか……」

 

「はは、そうかそれは残念だなぁ。君にロザリオは渡せないみたいだ。……だから、代わりに君にはコレを渡しておこう」

 

老人は静かに少女の額に口づけをする。

 

「むぅ、曽祖父様ぁ」

 

「ははは、これで我慢なさい、ネロ。さて、そろそろ寝ないと本当に不味いぞ。何せ明日には月に行くのだからな」

 

新世紀を迎える人類は今や宇宙に進出し、そして太陽系すら飛び出そうとしていた。

 

少女が明日向かうのはそんな新人類が首都として制定して久しい月面都市『SE.RA.PH(セラフ)』である。

 

「うむ……おやすみなさい……曽祖父様」

 

やがて“むにゃむにゃ”と少女は口を動かすと、完全に寝入ってしまった。老人はその様子を見届けると一人、屋敷の外に出て側にある丘の上へと登る。

 

「人類はここまで来たぞ、みんな」

 

そしてそこにある三つの墓石に語りかけるように告げた。

 

彼こそは地上最後の王にして第二期現代、新世紀の父。名をアルトゥールス・ア・ドライグ・ゴッホと言う。後半のは家名ではなく王としての称号、すなわち、ブリテンの赤き竜を示している。

 

老いによって軋む体を動かし、アルトゥールスは墓前に座った。体の具合から彼は悟る。きっともう己の命は長くないのだろうと。

 

「まぁ、十分に生きた。むしろようやく迎えが来たかとホッとするくらいだよ」

 

御年なんと114歳にもなる、超超御長寿のアルトゥールスはその皺だらけになった顔でくしゃりと笑った。

 

「それに比べたら、君たちは早く死にすぎなんだ。この薄情者」

 

悪態をつくように墓石に語りかけるアルトゥールス。そこから返事はない。だが寂しくはなかった。死後の世界があるならばきっと、もうすぐ彼と彼女たちは数十年ぶりに再会を果たすのだから。

 

「潮時か……ふふ、悪くない生涯だった。神秘がなくても、人は生きていけるものだな」

 

丘の上に横たわり、最期を受け入れるように瞳を閉じるアルトゥールス。そして彼は最期に言った。

 

“人類よ、『アーサー王(史実)()』がしたことはどうだったかな……?”と。

 

そして。

 

西暦2101年、一月一日、午前零時零分。

 

二十二世紀の到来とともに、アルトゥールスは。

 

カムランの丘と名付けた、自分の屋敷の側にある小高い丘の上で静かに息を引き取った。

 

 

 

 

──アルトゥールス・ア・ドライグ・ゴッホ。

 

またの名をアーサーⅡ世。彼はウェールズ、同地の言葉におけるカンブリア王家の末裔にして最後の王。そして政治家にして艶福家であり、愛妻家であった。

 

二十二世紀においては旧世紀を終わらせた地上最後の王、第二期現代、現代ローマの父とも知られる存在である。

 

幼少期における彼は物静かな少年で常に後の妻の一人となる従姉アンナ・ル・フェイにべったりであり、その性質から周囲から白痴の少年と呼ばれ、先天的な精神障害の疑いがあった。

 

そのため王位継承権がありつつも、その王位はアンナ・ル・フェイに引き継がれると、当時は目されていたようだ。

 

だが、彼は十七歳になると突如としてアンナと共に日本に留学し、王位の継承を宣言した。その理由はアンナを王にしないためとされており、そのことからも彼の性格が伺える。

 

彼はその地で人脈を築き、高校卒業後は故郷カンブリアに戻り王位を継承した。その後はカンブリア王として連合王国の外交関係の構築に貢献し、国際秩序の維持に一役買っている。

 

彼自身が残した功績はその知名度にしてはあまりにも凡たるものである。彼が広く世界に知られるのは主に彼の妻、および子どもたちの功績によるものが大きい。

 

彼は生涯誰かと婚姻契約を結ぶことはなかったが、事実上の妻が三人いたとされる。

 

一人目の妻、アンナ・ル・フェイ。アルトゥールスの従姉にして新世紀を生み出した科学者。

 

彼女は宇宙工学における多大な功績を残しており、軌道エレベーター『ロンゴミニアド』、擬似太陽核融合炉『アヴァロン』、地対宙物資輸送マスドライバー『エクスカリバー』、月面都市『SE.RA.PH』、人類統治機構AI『ムーンセル』などの宇宙文明に必要な設計はすべて彼女が作り出したものであり、そしてそれを引き継いだ九人の娘たちによってすべて実現された。

 

アルトゥールスに並び、第二期現代の母とも呼ばれる存在である。

 

そして二人目の妻、藤丸愛歌。アルトゥールスの妻として身分を気にした彼女は日本の旧華族藤丸家に箔付けとして養子入りしてその姓を変えており、元は沙条愛歌の名前を名乗っていた。これは改姓後も彼女が自分の創作物を書く際のペンネームに使用していたため、どちらかといえばこちらの方が有名である。

 

沙条愛歌は日本の作家であり、同地に中世騎士物語を再解釈した作品を広めることで日本における騎士道文化の認知度向上に貢献した。

 

そんな彼女の代表作は実の息子、藤丸立香をモデルとしたノンフィクション小説『冠位指定物語群(グランドオーダー)』である。

 

これは彼女の息子、藤丸立香が大学時代、学友のマシュ・キリエライトとともにイスラエルへ歴史学の研究に赴いたときから始まったある事件をモデルとしている。

 

それはユダヤ系過激派組織『ゲーティア』が最後の審判(ハルマゲドン)をこの世にもたらすことを目的に、人類に絶滅核戦争を引き起こそうとした通称人類焼却未遂事件のことである。

 

イスラエルにて『ゲーティア』の企みを知った立香とマシュは、同地でレジスタンス活動を行っていた国連保健機関の職員の一人ロマニ・アーキマンとレオナルド・ダ・ヴィンチを名乗る謎のイタリア人女性と共にその企みを暴くべく世界を駆け回った。

 

そして『ゲーティア』の首魁であるイスラエルおよび全世界での地位と影響力を持ったロマニの双子の兄、ソロモン・アーキマンの悪事を見事白日のもとに晒すことに成功した彼の功績は、人類最後の英雄譚として第二期現代で根強い人気を誇っている。

 

そんな藤丸立香は大学卒業後は自分の妻となったマシュ・キリエライトと共に核兵器廃絶運動を展開。異母兄弟の力も借りて何とそれを成し遂げることに成功した。

 

新世紀における人類の繁栄は、彼の説いた博愛主義によるものだと分析する学者、宗教家は多い。

 

なお余談であるが、沙条愛歌は息子の藤丸立香が自分でもアルトゥールスでもなく叔母の沙条綾香に非常に似ていたことをとても残念がっていたらしい。

 

そして最後の妻、ネロ・ドラコー・クラウディウス。彼女は日本でアルトゥールスと出会ったあと、高校卒業後に彼との関係を保ったまま単身故郷イタリアに帰国し双子の男児を産んだ。それが現代ローマ建国の父と名高いロムルスとレムスである。

 

成長した双子のうちロムルスは単身アメリカに渡り帰化。そしてなんとそのカリスマで移民一世ながらアメリカ大統領に就任し、地球統一政府、通称現代ローマの設立を宣言した。

 

そして双子の弟の方レムスはイタリアに残り、同国の首相へと上り詰め、果ては兄に負けずとも劣らないカリスマでヨーロッパ連合の大統領に就任、現代ローマへの所属を宣言してしまう。

 

かくして彼女の産んだ双子によって大西洋を跨ぐ超巨大な統一政権が樹立され、やがてそれは世界帝国(ローマ)の名前の通りすべてを飲み込み地球唯一の統一政府となるのだった。

 

アルトゥールスの子どもたちによる宇宙関連技術の発展、紛争の根絶、統一政府の樹立の三つが重なり、新世紀における人類は過去の類を見ないほど繁栄した。その功績をもって、アルトゥールスは新世紀の父と謳われるのである。

 

──月面都市『SE.RA.PH』の大図書館に所蔵された『現代ローマ史』より抜粋。

 

 

 

 

「……ネロのご先祖様って凄いんだな」

 

「うむ、当然であろう! 余はその尊い御方の血を引く娘なのだ。だからもっと尊敬し褒め称えよ、奏者よ」

 

月面都市に建設された一つの学校、月海原学園の図書室にて一人の少年と少女が会話していた。

 

そこに、狐の耳をつけた少女が乱入する。

 

「みこーん! まーたあなたでしたかネロさん。(わたくし)のご主人様をこんなところに連れ回していたとは」

 

「むむ、玉藻ではないか。さすが女狐、鼻が利くようで何よりである。だが、図書室は獣の類は出入り禁止であるぞ?」

 

「これはつけ耳です!」

 

「ならなおさら意味が分からんではないか! ええい、さっさと余の奏者からはーなーれーろー!」

 

二人の美しい少女に引っ張られる岸波白野は遠い目をしながら今しがた読んだ本の人物に思いを馳せた。新たなる人類の歴史を築いた父も、このように女性から引っ張られていたのかもしれないな……と。

 

「聞いておるのか奏者よ!」

 

「聞いているのですが、ご主人様!」

 

「聞いてるよ。ところで前から聞きたかったんだけど、その“奏者”と“ご主人様”ってなに? 俺たち同級生だよな……?」

 

人類が宇宙までその版図を広げようとも、その生活が劇的に変わることはない。

 

彼らはいずれ太陽系すら飛び出して、宇宙を開拓していくのだろう。

 

そしていつか、彼らは知ることになる。

 

この世界の果てには彼らを守るように。

 

大いなる壁が聳え立っていることに──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 

聖杯戦争、それは万能の願望機を持って魔術たちが殺し合う、文字通りの戦争であり魔術儀式。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

今宵、それに参加する魔術師の一人が魔法陣に立ち、一騎のサーヴァントを召喚しようとしていた。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

サーヴァント、過去の英霊、抑止の守護者を使い魔として落とした存在。

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

呼び出されるは七騎のクラス。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、そしてバーサーカー。

 

「────告げる」

 

魔術師が呼び出そうとしているのは、その中でも最優と呼ばれる剣の英霊、セイバーであった。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」

 

未だ年若い彼、あるいは彼女では、聖杯戦争に勝つことは難しいだろう。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

故に、呼び出す相手は最強でなければならないのだ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

少年は、あるいは少女は祈りを捧げながら詠唱を紡ぐ。

 

──その手に、(ケルト)十字のロザリオを握り締めながら。

 

「汝三大の言霊を纏う七天」

 

ソレは向こう側のすべてを見届けた、祈りを運ぶ聖遺物。その持ち主が救いを求めているならば、時を超えて、世界を超えて、彼はきっと来てくれる。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

そして、魔法陣が眩い光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問おう、君が私のマスターか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





およそ三週間でしょうか、ここまで読んでくれてありがとうございました。日間一位取ったのはこの作品が初めてです。

最後に感想評価貰えると嬉しいです。それを焚べると作者の創作意欲が錬成されます。

それでは皆さん、またハーメルンの海で会いましょう。またねー!















続かないよ?




















でも、まぁ、おまけだけなら……。

【おまけ】

神秘のない世界で死んだ彼らの情報が座に登録されることはない。しかし、彼らの生きた世界の人類が科学で『 』に到達できたならば、あるいは──。

・英霊化アルトゥールス

「サーヴァント、■■■■(シーラー)……聞こえなかったかい? そうか、ならシールダーで良い。アーサー・ペンドラゴン・オルタナティブ。あるいは、アルトゥールス・ア・ドライグ・ゴッホと呼んでくれ。呼ばれてしまったからには力を貸そう。よろしく頼む、マスター」

「え……? ノーマルの僕がいる? ああ言っておくが、僕と彼を決して会わせないでくれ。いや、嫌いとかではないんだ。ただ、僕と彼が会話をしようとすると絶対噛み合わないからなぁ……。彼と僕は別の側面と言うより、全く別の存在と思ってもらったほうが良い。そこのところは、配慮を頼むよ」

・英霊化アンナ

「サーヴァント、アルターエゴ。モルガン……いえ、この霊基ではヴィヴィアン・ル・フェイと名乗りましょう。お前が我が従僕となるならば、力を貸してあげないこともありません」

「バーサーカーのモルガン? キャスターのトネリコ? いえ、私は彼女らとはほとんど別の存在です。“じゃあ汎人類史のモルガンなの?”……ですか? まさか。汎人類史の私は決してカルデアに手を貸すことなどしないでしょう。私は湖の乙女、アーサー王の良き姉にしてその最期を看取る者、そして正妻です。最後のところ、大事なので覚えておきなさい」

・英霊化愛歌

「サーヴァント、キャスター。一応真名はギネヴィアとなるのだけれど、沙条愛歌と呼んでくださるかしら、人類最後のマスターさん?」

「“本当にギネヴィアなのか?”……ですって? 私の場合、彼女の霊基を奪って現界しているだけなの。なので、セイバーを苦しめたアバズレの名前で私を呼ばないでね? オーケー?」

「アーサーが怯えている? ……ああ、私のセイバーとは違う騎士王のことね。心配しなくても何もしないわ。私にはセイバーがいるもの。にしても、彼は沙条愛歌に何かを望んでしまったのね。別の私はそれを叶えようとして……残酷なものね。私のセイバーは私に、ただの人であることを望んでくれたのに。異なる私が、少し哀れだわ」

・妖姫ドラコー→アーサー(史実)

「ほう、何やら新顔が──ドライグ! 余のドライグではないか! もう、まったく、余をこんなに待たせるとは、あんまりに待ちくたびれたせいで、貴様のことなどすっかり忘れて……! あ、いや、忘れてなどおらぬとも。うむ、最愛のドライグを忘れるなどあるものか。これはそう、召喚に際したちょっとした記憶の欠落、バグと言うやつであるな。つまり、全てカルデアのせいである」

「うん? 余と余のドライグの関係? なに、互いに堕落し堕落させた関係であるだけだ。気にするな。しかし、向こうの子孫たちは元気に繁栄、もとい堕落しているだろうか……?」

「なんだ、嫉妬か? 獣の騎手たる貴様らしくもない。だがうむ、存分に嫉妬するが良い。余と余のドライグは、まさに全ての人間が羨むほど平凡(堕落)で、幸福(堕落)で、美しい(堕落した)ものだったのだから」





藤丸立香(♀)「ようこそカルデアへ! ところでヴィヴィアンさんは良いとして、アーサー・オルタさんと愛歌さんはなんで単独顕現を持ってるんですか……?(震え声)」

ア・愛「「そりゃあ、まぁ、ビースト(候補)だし……」」

ドラコー「うむ、余とお揃いだな!」

ヴィヴィアン「空気を読んで私も単独顕現を持っていた方が良かったでしょうか」

──終。

※続くおまけは移動しました。

続かないけど一応。読者の皆様はApocryphaを

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