アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocrypha
Apocryphaでしたこと【1】


 

そこに、蒼にも漆黒にも見える大きな渦がある。万物の大源、すなわち『 (根源)』の渦である。

 

そんな物質、概念、時間、空間のすべてが渦巻く嵐のなかにただ一人の人間が、否、人間のようなものがいた。

 

ソレは端末。この『 』から流れる神秘の流れを押し留めている大きな壁、天の鞘が持つ、もはや消え去った意識の末端に過ぎなかった。

 

──契約を。契約を。

 

「……」

 

そんな定義すら掠れ切った存在に、ナニかが頻りに語りかけている。

 

──人類が、世界が、神秘の枯渇の危機に瀕している。天の鞘よ、お前の力を借りたい。

 

「断る。勘違いをしてくれるな、アラヤ。前回のアレ、東京の聖杯戦争に私が赴いたのは、私と同じ根源接続者たる彼女がいたからだ。数多ある世界の一つが危機に瀕したからと言って、私は都合良く貴公(機構)らの走狗として使われてやるわけではない」

 

ソレはとある一つの世界における人類の存続意思、あるいは抑止力たるアラヤの声であった。その世界の抑止力は他の世界のソレと比較して随分と勤勉らしい。天の鞘たる彼に助力を願うほど、人類の危機を防ぎたいようだ。

 

あるいは、前回の仕事を買われたか。

 

「はぁ」

 

“アーサー・ペンドラゴンが根源接続者だったら”という可能性の果ての存在たる天の鞘はため息をついた。

 

珍しく意識を呼び起こされたかと思えば、仕事の勧誘である。時間の流れの異なるこの場所にて、もはや悠久に等しい時間を機構として無意識で過ごしていた彼にとっては良い迷惑であった。

 

だが、アラヤは諦めない。彼を動かすために、複数の情報をその『人の集合意識』は開示した。

 

──召喚者は、その世界におけるお前の末裔だ。そして、お前の伴侶は召喚に同意した。

 

「その世界における私の末裔だと……待て、姉上が行くと言ったのか?」

 

──然り。星の抑止力が彼女を動かした。

 

「人理ではなく星の抑止力から? まぁ、姉上は妖精でもあるしおかしくはないが。しかし、貴公らは勤勉だな。他の世界の抑止力などはすべて後手後手の対応だと言うのに……」

 

“私の世界の抑止力が貴公らのようであったなら、私は天の鞘まで至っていなかったろうな”と言って彼は笑う。

 

もっとも、このように抑止力が直接交渉を英霊に仕掛けることなどない。英霊とは抑止力の駒。同意などなく必要となればただ使えば良いだけのことなのだ。

 

問題は、あらゆる事象を丸ごとなかったことにできる第四魔法の使い手、天の鞘たるアーサー・ペンドラゴンが抑止力にとって非常に使い勝手が良いにも関わらず、英霊に属していないところにあろう。故に、こうしてわざわざ交渉しに来ているのだ。

 

「対価は彼女との再会、そして私の末裔の助命、といったところか。……私が行かなければその召喚者は死ぬのだろう?」

 

──然り。

 

「……良いだろう。行こう」

 

──此度の聖杯戦争には裁定者(ルーラー)がいる。協力されたし。

 

「ルーラーもいる上で私にも勧誘してきたのか? 本当に仕事熱心な抑止力だな。あるいは、私もいなければどうしようもないのか……」

 

天の鞘の端末たる彼の足元が淡く輝き、そこから体が粒子となって消え、世界を渡り転送されていく。

 

「ちなみに、今回のクラスはなんだ?」

 

ふと、彼は思いついた質問をアラヤに投げかける。

 

──暗殺者(アサシン)だ。

 

「……は?」

 

そしてその答えに呆然としたあと、首まで消えかかった姿のまま呆れたように言った。

 

「それ、私を呼ぶ意味ないだろう……」

 

残念ながら、アーサーは封印者(シーラー)のサーヴァントでなければ第四魔法は行使できない。せめて剣士(セイバー)ならば、およそ他の世界におけるアーサー王と同程度の能力を持てるだろう。だがアサシンともなれば……。

 

そこまで考えて、彼は首を捻った。

 

「はて、私にアサシンの適性なんてあったか──?」

 

 

 

 

それは、もしも(IF)の世界。

 

聖杯戦争、過去の英霊をサーヴァントとして呼び出し、万能の願望器と謳われる神の子の血を受けた聖杯を求めて相争う魔術儀式。冬木の地にて密やかに、秘匿されつつも行われていた儀式である。

 

だがもしも、その儀式の根幹となる大聖杯が何者かに盗まれて、東欧の国ルーマニアに持ち込まれたなら?

 

そしてそのルーマニアで行われる聖杯戦争……否、通常の七騎同士の乱戦ではなく、七対七の団体戦となる聖杯大戦おいて、彼と彼女が呼ばれる世界線があったとしたら?

 

『そうか、分かった。……姉上は、モルガンはここに残るんだな』

 

『──待って!』

 

とある世界線で本来別れるはずだった二人がその地に、共に残ったとしたら?

 

『聖杯など、もうどうでも良いのです。私の願いはただ一つ。アーサー、お前とここで生きていきたい』

 

魔女が、勇気を出してその本心を明かすことができていたら?

 

『……仕方ない。僕ももう半年だけここに残ろう。聖杯については、またそれから考えるよ』

 

騎士が魔女に引き止められ、世界都市での滞在を引き延ばしたとしたら?

 

『半年経った訳だが。……その、姉上。実は戦場での功績が認められて、貴族として取り立てられることになった』

 

『そうですか。……もしかして、断ったのですか? やはり、お前は聖杯探索に行ってしまうと?』

 

『……迷っている。僕には成し遂げたい願いがあった。けれど今は、どうだろうか』

 

『……お前を縛りたくないので黙っていましたが、言いましょう。多分ですが、私に子が出来ました。当然ですがお前との子です』

 

騎士が魔女に絆されて、その地で骨を埋める覚悟を決めたとしたら?

 

『決めたよ姉上。いや、モルガン……遅くなったけれど、僕と一緒にこの地を生き、共に死んでくれるか?』

 

『──ええ喜んで』

 

そして誓いのロザリオは、二人の血族に連綿と受け継がれて行く。

 

これは、そんなもしも(IF)の世界。

 

 

 

 

東欧の国ルーマニア。かつて古代ローマにより征服され同化された属州ダキアを起源とする国であり、その国の語源もローマ人の土地(ルーマニア)を元とする国である。

 

そんな東欧の小国に、これまた小さいトゥリファスという町があった。歴史に名を残さず、特徴と言えば中世の頃から変わることがない大きな城塞があることくらいだろうか。

 

その城塞、ミレニア城塞の主であるこの土地のセカンドオーナーたるユグドミレニア一族は、第三次聖杯戦争にて大聖杯を奪取しそれを60年間ずっと隠し持って来た。

 

第三次聖杯戦争においてマスターとして参加し大聖杯を奪取したのはそんなユグドミレニア一族の長、ダーニック・プレストーン・ユグドミレミアという男だ。100年生きる怪物(魔術師)である彼はその肉体年齢とは裏腹に、他人の魂を使うことで見た目だけは若々しく保っているという。

 

そのような自我を漂白する危険性のある外法に彼が手を出したのも、ひとえに執念のなす業だろうか。

 

ダーニック率いるユグドミレミア一族は本拠地ルーマニアにて魔術協会に宣戦布告し、その最初の旗揚げとして聖杯大戦を引き起こした。

 

聖杯大戦。ダーニックが奪取した大聖杯を用いた、この世界において世界各地で行われている亜種聖杯戦争とは異なるオリジナルを用いたソレは、トゥリファスという優れた霊地と開始当初から七騎が同じ陣営にいるという異常性が呼び水となりさらなる英霊を呼び出した。

 

すなわち、英霊七騎の追加召喚による七対七のチーム戦である。

 

今宵、この小さな町トゥリファスで何も知らぬ一般市民二万人をも巻き込んだ、凄惨な戦争が繰り広げられようとしていた。

 

そして深夜、そんな東欧の小さな町に似つかわしくない強面の日本人が歩いている。

 

獅子劫界離(ししごうかいり)、魔術協会より派遣されたこの聖杯大戦に参加するマスターの一人である。

 

「終わったぞ、マスター」

 

「おう、お疲れさん」

 

銀の鎧からくぐもった声が聞こえ、獅子劫はそれに応えた。鎧の人物は人類史に名を刻んだ英霊の影法師、つまりサーヴァントその人である。

 

「しっかし湿気た面子してんなぁ。ゴーレムにホムンクルス……だけなんてよ」

 

銀の鎧の主は、中世風の見た目とは裏腹に持つ自動機構で兜を脱いだ。『ホムンクルス』に何やら思い入れがあるのか少し言葉を濁す彼女。

 

「オレを倒したけりゃ巨人や竜でも持ってこいってな!」

 

彼女の真名は『モードレッド』。アーサー王に叛逆した騎士であり、槍に腹を貫かれてもかの騎士王に剣を振るった、見た目とは裏腹に豪快な人物である。

 

ゲシゲシと足の先でゴーレムを突くモードレッドに対し、獅子劫は“現代で言えば十分な戦力だと思うがな……”と呆れたように言って、ホムンクルスの死体から死霊魔術に使えそうな臓物を抜き取っていた。

 

魔術協会チーム、通称『赤』の陣営が拠点とする隣町シギショアラからユグドミレニアチーム、通称『黒』の陣営が拠点とするここトゥリファスへとやってきた獅子劫とそのサーヴァントは、早速とばかりにこの地のセカンドオーナーによる熱烈な歓迎を受けた。

 

ゴーレムとホムンクルスによる混合部隊、統率されたその襲撃者はまさに大戦の名に相応しく、物量で敵を潰そうという意図がありありと見て取れた。

 

だが、サーヴァントとは一騎当千。その最優とも言えるセイバーともなれば言わずもがな。そして長年傭兵として戦地を渡り歩いてきた獅子劫にとってはこの程度の危機を脱することなど朝飯前だったらしい。

 

初戦を終えた赤のセイバー(モードレッド)と彼は互いの戦いぶりを褒め称えながら和む。

 

「と言うか、結局黒のサーヴァントもマスターも来なかったな。ったく、敵には腰抜けしかいねぇのか? 他の赤の連中もさっきの街に籠もってるみてぇだし、この調子じゃオレたちが聖杯を取るのも時間の問題だな!」

 

そう言って高らかに笑うセイバーに背中を叩かれる獅子劫。

 

「まだ始まったばかりだからな。敵も味方も情報収集に勤しんでるんだろ。今もお前が嫌いなアサシンと敵は遠見の魔術か何かでここを見ているはずだ」

 

獅子劫がそう言うと、セイバーはアサシンの名を聞いて“うぇ”と辟易したようにひと言呟き、念のため兜を被り直した。

 

赤のアサシン、胡散臭い聖堂教会の神父のサーヴァントにして真名『セミラミス』。最古の毒殺者、アッシリアの女帝の名前を持つ彼女は獅子劫とセイバーがシギショアラを発つ前に教会で会った人物、英霊だった。

 

「どうせアイツも母上みてぇに陰謀計略を張り巡らせる奸物だろうよ。気にすんな。魔女の奸計なんて全部オレが正面からぶっ飛ばしてやるさ」

 

「頼もしいこった」

 

獅子劫の言う通り、聖杯戦争はまだ始まったばかりだ。いかに胡散臭い神父とアサシンとは言え、開始数日でいきなり即陰謀とは行かないだろう。

 

「あー、しかしそれならもっと派手に戦っときゃ良かったかもな。マスター」

 

「と言うと?」

 

「神秘の秘匿ってのはあの監督役の神父の仕事なんだろ? だったら建物の数軒……は民草が困るか。なら街灯とかレンガ張りの道路でもぶっ飛ばしとけばあいつの仕事が増えて、陰謀企てる暇もなくなっちまうって寸法だ」

 

「お前な……天才か?」

 

一瞬呆れたのかと思えば、この暴れん坊セイバーと似たような性質を持つ獅子劫は真夜中にも関わらず付けているサングラスをキラリと光らせてセイバーを称賛した。

 

「だろぅ!?」

 

“次からはそうしようぜ!”と燥ぐセイバーに獅子劫は同意する。彼とて魔術師、この町の一般市民には悪いが必要とあれば何でもする覚悟があった。トゥリファスの民にとっては良い迷惑である。

 

「次からな、次から。ま、何はともあれ取り敢えずは拠点を探さねぇとな。さてこの町の墓地はどこにあったか──」

 

セイバーを宥めつつ獅子劫は頭の中で地図を開き、拠点とするべき墓地の場所を思い浮かべている。すると。

 

「止まれ、マスター」

 

「っと、どうしたセイバー。敵か?」

 

セイバーがその銀の腕で己のマスターの足を止めさせた。

 

「……今、誰かが町から郊外の方に逃げていった」

 

「一般人か? 人避けの結界が不十分だったか」

 

斥候の役割を担うクラス、アーチャーほどとはいかずとも常人より優れた視力を持つセイバーがその瞳に誰かを捉えたらしい。

 

「いいや、違うなマスター。ありゃ魔術師(こっち側)だった。手の甲に令呪っぽいもんもあったしな。追うぞ──!」

 

「おい待てセイバー! お前なぁ、罠かも知れないんだぞ!」

 

「だとしたら正面から罠ごと殴り飛ばしてやらぁ!」

 

何かに駆られるようなセイバーに釣られる形で、二人は町の郊外へと向かった。かつてこの町の生活水の源となった湖がある、今はただ景色が美しいだけの郊外へと。

 

そしてマスターより前を先行するセイバーは一人、苦虫を噛み潰したように呟く。

 

「しっかし、ムカつくぜ。さっきの魔術師、母上みてぇな顔しやがってよ」

 

 

 

 

一人の少女の前に、複数の人影があった。彼女はそれを見て思う、“これは夢に違いない”と。何故なら目の前にいる人間たちは少女の家族であり、もうとっくにこの世にはいない存在であったからだ。

 

少女の父親の亡霊が、柔らかな笑みを浮かべて言った。

 

『隣の国で戦争があったみたいだ。きっと多くの人が怪我をしてしまって、苦しんでいる。父さんはその人たちを助けに行くから、君は母さんたちと家でお留守番をしていなさい』

 

そう言って最初に家を出て行った父は、程なくして帰らぬ人となった。少女の父は1991年より始まりしルーマニアの隣国、ユーゴスラビアで起こった内戦の紛争地に出向き、そこで多くの人々を助けたのだ。

 

医者としては立派だと言えよう。だが、家族を残して死んでしまった彼を少女は立派な父親だとは想いたくなかった。知らない他人よりも、家族を優先してほしかったと。

 

『……苦しんでいる同胞がいるんだ、放ってはおけない。家を、母さんを頼んだぞ』

 

そう言って次に家から消えたのは少女の年の離れた兄だった。彼は軍人として同族のルーマニア人も隣国の内戦で苦しんでいることに義憤を抱き、義勇軍として戦地に赴いた。

 

それから数年して帰ってきたのは、彼の死を証明する無機質なドックタグだけだった。

 

『ああ、泣かないで、我が愛しの娘よ。どうしても仕事で行かなければならないのです。必ず帰ってきますから……』

 

そして次に出ていったのが少女の母親だった。夫と息子を立て続けに失い憔悴していたにも関わらず彼女は、歴史学者として人類文化財の保護という名目でやはり内戦中の隣国へと行ってしまった。

 

……母親は他の二人と異なり少女の元へときちんと帰ってきてくれた。ただし、消えない傷をその肩に刻みながら。

 

『──戦争が終わっても、魔槍の呪いが消えないとは。おのれエルメロイ、この恨みは決して……』

 

そのとき母親が何を言っていたのか、少女には分からない。だが“お母さん……怪我、治らないの?”と問うたときに母親が笑顔で言った言葉は良く覚えていた。

 

『大丈夫ですよ、すぐに……そう、すぐに良くなりますから』

 

それから一週間とせずに、母親は肩の傷によって削られた体力が原因で流行病にかかり死んだ。

 

『困ったことがあれば地下室に行きなさい、おじいちゃんの言うことを良く聞いて、良い子にしているのですよ』

 

と、遺言を残して。

 

かくして少女に残された共に暮らす家族は母方の祖父ただ一人になった。そんな祖父も、一年前に老衰で亡くなった。

 

『“過ぎたる力は身を滅ぼす”……我ら竜の一族は世界に嫌われ、身を隠した。この家訓を忘れてくれるな孫娘よ』

 

ベッドに横たわる老人は、泣きじゃくる少女の頭を撫でてそう言った。そして、その首に下げたロザリオを少女に託す。

 

『これがあれば、大祖がお前の身を守ってくれるだろう』

 

故郷ルーマニアの信じる正教(オーソドックス)にて一般的な八端十字とは異なる環十字のロザリオ。それを祖父から受け取って、少女は彼の最期を看取った。

 

「また、この夢か……」

 

そして、朝の日差しとともに目を覚ました少女……いや、少女と大人との間、十七歳となった彼女は湖のほとりの家、今はもう自分一人しか住んでいない家の寝室にてぼそりと呟く。

 

「……あれ、ここ私の部屋? って、そうだ。昨日帰ってきたんだった。寝ぼけてるなぁ、私」

 

ブカレストの高等学校で寮生活を営んでいた彼女はつい先日、己の生家に帰ってきたのだ。

 

「顔、洗わなきゃ」

 

そう言って、彼女はベッドから体を起こし洗面台へと向かった。泣き腫らした赤い目を擦り、丸眼鏡をかけて自分が映る鏡へと向き合う彼女。

 

「頭ぼさぼさだし酷い顔だけど、ちゃんと生きてるよね。おはよう私」

 

長く美しい金の髪に、母親譲りの湖のように澄んだ青色の瞳、そしてトレードマークの丸眼鏡。

 

「さて、今日も一日頑張りますか!」

 

ルーマニアの小さな町トゥリファス生まれの町娘、独りぼっちになってもへこたれず、父方の叔父叔母夫妻に支えられながら生きる十七歳になってもまだまだ子どもの少女。

 

──エレイン・A(アルトリア)・ドラクル。

 

それが彼女、単なる一般人の少女の名前だった。

 

 

 

 

身支度を整え、朝食を済まし、エレインは日課の血抜き(・・・)をするために地下室へと降りた。

 

所狭しと並ぶ由来分からぬ謎の道具たちと本棚、そして散らかっているにも関わらず地下室の中央部分はやけに開けている。

 

『魔法陣の上には何も置くな』

 

母が生前残したその遺言をエレインは今も守っている。部屋の中央に描かれた何の意味もない魔法陣を見て、彼女は“これさえなければもっと開放的なのにな”と首を傾げた。だが、遺言となれば仕方がない。聡明な母のことだ、きっと何か理由があるのだろうと、エレインは心の中で無理矢理納得する。

 

そして、彼女はいつも通り自分の腕に注射器を差し、己の鮮やかな赤色の血を抜き出した。

 

母曰く、エレインは特異体質であるらしい。生まれつき血の生成量が多いため、こうして血抜きをしなければ様々な不調が体に現れるのだ。

 

「だからって水瓶(みずがめ)に抜いた血を注げって言うのは、ちょっと意味が分からないけどね」

 

そうぼやきながら、エレインは注射器に入った血を透き通った水の入った水瓶へと注いだ。すると血を抜いたことによる立ちくらみか、あるいは幻覚か、それとも地下室を照らす蛍光灯の光が反射したのか分からないが、水瓶がほんのり光を放った。

 

エレインはそれを確認すると、血を抜くときに袖を捲った腕をそのまま水瓶に突っ込み一つの宝石(・・)を取り出す。

 

「これで三千と……何個目? もう分からないけど何でも良いや。よし、おしまい」

 

エレインの先祖、ドラクルの家名を持つ人たちはそれなりに裕福だったらしい。棚一面に並べられた宝石の詰まったガラス瓶がその証明である。

 

彼女は毎日朝と晩、こうして欠かさず血抜きを行い、それを宝石の入った水瓶に注いでいた。その行為の意味するところを一般人であるエレインは知る由もない。だが、魔術世界に関わりのある人間ならばきっとその光景に白目を剥くことだろう。

 

「もう五年も続けてるけど、ほんとになんの意味があるんだろ、コレ」

 

──常人が数十年、優れた魔術師が数年かけて込める魔力の入った宝石が少なくとも数千個はあるのだから。

 

売れば一財産を築けるほどの財である。だが悲しきかな、エレインにはその手の知識がない。所謂、宝の持ち腐れであった。

 

「血抜きも終わったし、そろそろ出ようかな。なんてったって、今日は久しぶりに二人と会う日なんだし!」

 

エレインはその宝の山をそのまま地下室に放置し、ロザリオを首に掛けて家を出た。玄関を出れば、日差しを反射して美しく輝く大きな湖が彼女を出迎える。

 

エレインの生家が湖のほとりにあるのはその昔、ドラクルの家が水守の家系だったことに由来するらしい。近代に入って上下水道が整備されるまでは、この湖がトゥリファスの町を潤していたそうだ。

 

彼女はそんな見慣れた湖に目もくれることなく、軽やかな気持ちで自転車に乗った。彼女の家はトゥリファスの郊外、町の中心部に行くまでは自転車でしばらくかかる。普通の少女にとっては苦となる道のりだろうが、エレインにとってはなんてことなかった。

 

エレインは人よりも体力がある。幼い頃から肉体派で男子と混じってベースボールクラブに参加していたくらいだし、今でもスポーツ全般が好きだ。片道数十分自転車を漕いだって息も上がらない。

 

彼女はそれを普通だと思っているが、ハイスクールの学友曰く“体力おかしい”とのこと。血の量が生まれつき多いのと何か関係があるのだろうか。

 

疲れ知らずの彼女はそんなことを考えながら、長い金髪を風に靡かせ町を目指す。自転車を漕ぐ彼女の心はそれはもう浮かれていた。なにせ、彼女はこれから五年ぶりに幼馴染と会うのだ。英国ロンドンに留学すると言って別れた二人の幼馴染と。

 

「カウレスくん! フィオレさん!」

 

町に着いたエレインははやる気持ちを抑えきれず、勢い良く待ち合わせ場所のカフェの扉を開き叫んだ。

 

そしてよく似た二人分の栗色の後ろ姿が振り向き、その空色の瞳がエレインを見つめる。

 

「久しぶりね、エレイン」

 

「お、おう。久しぶりだな、エレイン……さん」

 

二人の名はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアとカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。ここトゥリファスの管理人たるユグドミレニア一族の姉弟である。

 

「ほんとに久しぶりです。まさか私より先にトゥリファスに帰ってきていたなんて。ロンドンの学校は良いんですか? 忙しいって聞いてましたけど……」

 

「ちょっと家の都合(・・・・)で休学することになって、久しぶりに帰ってくることになったの。ね、カウレス?」

 

フィオレとカウレスはロンドンの時計塔と袂を分かったユグドミレニアの一族。すなわち魔術師であり、この町で繰り広げられる聖杯大戦におけるマスターでもあった。すでに先日にはサーヴァントの召喚を終えていて、今は隠しているが二人の手には令呪が刻まれている。

 

故に、二人がもうロンドンに戻ることは恐らくないのだが、フィオレはそのことを魔術師ではないただの友人には告げず誤魔化した。

 

「え、休学って言うかアレむしろ退が……あ、ああ! そうそう! それでしばらくこっちで暮らすことになったんだよな!」

 

弟カウレスは姉フィオレの発言にツッコミを入れたくなったが、その鋭い視線に睨まれて彼女に追従することにした。哀れ、弟が姉に勝てる道理はないのだ。

 

「そうなんですね。私も暫くこっちにいるから、また一緒に過ごせると思うと嬉しいです」

 

「……私もよ、エレイン」

 

フィオレはそのエレインの純真無垢な笑顔を騙すことに後ろ髪を引かれるような気持ちを覚えたが、それでも彼女は魔術師。その顔に偽物の笑顔を浮かべて彼女の言葉に頷いた。

 

「あー、いや、どうだかな。俺たち課題(・・)があるから、昔みたいにまた一緒に何かする時間はないかもしれないんだ。エレイン……さん」

 

「そうなんですか……」

 

カウレスの余計な補足にエレインはしょんぼりとした様子で下を向いた。次の瞬間机の下で姉の鉄槌が弟の足に下る。

 

(いった)……!? 何すんだよ姉さん」

 

「あら、どうしたのカウレス?」

 

フィオレは“何かご用意?”と言うふうに優雅な仕草で紅茶を飲んでいる。カウレスは姉による理不尽な暴力の追及は避け、“はいはい、俺が悪うございましたよ。たはは……”と諦めたように乾いた声で笑った。

 

「あはは、二人は昔と変わらないですね。そうだ、良ければロンドンでのことを教えてくれませんか? やっぱり霧の都って言うくらいですし、毎日曇って──」

 

それから三人は五年分のブランクを埋めるように、仲睦まじく離れていた間のことを話し始めた。

 

やがて茶菓子も無くなり、五年ぶりの再会で少し距離のあった三人が昔のように打ち解けて来た頃。

 

「ところでカウレスくん。私、あなたに聞きたいことがあるのですが」

 

「な、何かなエレイン……さん」

 

“むーっ”とエレインが不満げにカウレスを睨み、“俺は気に障ることでもしましたでしょうか、エレインさん……?”とカウレスは冷や汗を流す。

 

「それですそれ。エレインさん(・・)ってなんですか? そんな他人行儀に呼ばなくったって、昔みたいにエレインで良いんですよ?」

 

「いや、それは」

 

「なんだか壁を作られているようで嫌です」

 

“どうしてですか?”とそばかすのせいか実年齢より幼く見えるカウレスの顔をのぞき込むエレイン。丸眼鏡の奥の瞳に見つめられた彼は気恥ずかしそうに目を逸らす。

 

だが、視線をそらした先にエレインが移動するので、カウレスの瞳は落ち着くことなくグルグルとあちらこちらに移動するハメになった。

 

「目を逸らさないでください!」

 

「こ、これは複雑な男心で……その……ね、姉さん!」

 

観念したカウレスは姉に助けを求めた。

 

「エレイン、カウレスは壁を作っているわけではないのよ。だってこの子、トゥリファスに戻ってきてから“エレインに会いたい”ってずっとソワソワしてたんだから」

 

「そうなんですか?」

 

「おおい!? なんでバラす……じゃなくてだな。別に俺はソワソワなんてしてなくて、お、俺たちももう20手前だろ? 男女に距離感はあって然るべきだと思うのでございます」

 

「???」

 

「ぷっ……ふふふ。カウレスったら、何よその喋り方は」

 

ドギマギとしているカウレスの無様を笑うフィオレ、そして納得のいっていない様子のエレイン。ここだけを切り取ってみれば、ただの仲の良い友人同士にしか見えないだろう。

 

だが、その歓談もここまでのようだった。

 

「痛……っ」

 

そのとき、手の甲に突然痛みを感じたエレインが床にティーカップを落とした。それなりに高価そうなカップは“パリン!”と甲高い音を立てて砕け散り、破片が床に散らばる。

 

顔を真っ青にした彼女は後処理に来た店員さんにひたすら平謝りをして、“弁償します!”“いえいえ、お気になさらず”なんてやり取りを繰り返す。

 

だから、彼女は気づかなかった。

 

「エレイン、あなた──」

 

「なんでお前が──!」

 

二人が目を見開いて、自分の手に浮き出たあざのような跡を見ていたことに。

 

「うぅ、やってしまいました。……あれ? どうしたんですか、二人とも固まって」

 

「……なんでもないわ、それよりそろそろ時間みたい」

 

「そんな、まだ約束の時間には」

 

「……悪いな、エレイン。俺も姉さんもやることがあるんだ。また別の日にお茶しよう」

 

「……はい、なら仕方ないですね」

 

エレインは名残惜しそうにそう呟くと、“いつの間に怪我したんだろう……?”と痛む右手を擦りながらカフェを去った。

 

「あぁ、そうだ。今日は早めに帰れよ。最近物騒だからな」

 

去り際のエレインの背中にカウレスからの忠告が突き刺さる。その言葉に元気良く返事を返しつつも、エレインは首を傾げた。“はて、最近物騒なことなんてあっただろうか”と。

 

そして残されたのは二人の魔術師。

 

「……姉さん、まだ、確定したわけじゃ」

 

「分かっているわ。けど、ユグドミレニアから選ばれたマスターは六人なのよ。残る一人は結局選定されなかった。“大聖杯は相応しい者に優先的に令呪を授ける”とダーニックおじ様は言っていたわ。そして“その人間は、トゥリファスにいるはずだ”とも……」

 

「エレインは魔術師じゃないだろう!? あいつを巻き込むなんて──ッ」

 

「カウレス、私たちは魔術師なのよ」

 

「くっ……」

 

カウレスは拳を強く握り、悔しげに視線をしたに下げた。だから彼はすぐに気づく。自分よりも姉の方がよっぽど震えていることに。

 

「……見方を変えれば、彼女を黒の陣営で保護できるということでもあるわ。だからおじ様に……報告……して……」

 

「明日、明日俺たちからエレインに話そう。それから納得してもらって黒の陣営に参加してもらうも良し、令呪をユグドミレニアの誰かに譲渡させて避難してもらうも良し。それで、良いよな。姉さん」

 

「……そうね、まだ聖杯戦争は始まったばかり。参加するか否かを選択する時間は十分にある、わよね」

 

「あぁ」

 

魔術師として甘い決断を二人は下した。そしてその甘さの代償を二人は払うことになる。

 

深夜、トゥリファスに現れた赤のセイバーによって、エレインの家が襲撃されるという代償を。

 

湖のほとり、焼け落ちた家屋の前でカウレスは膝をついた。そして車椅子の上でフィオレは俯く。

 

そんな二人のマスターの様子を黒のアーチャーは痛ましげに、黒のバーサーカーは狂化しているとは思えないほど静かにに見ていた。

 

「アーチャー、赤のセイバーは……?」

 

「逃げられてしまいました」

 

“申し訳ありません、マスター”と、ギリシアにて数多の英雄を教え導いてきた黒のアーチャー、真名『ケイローン』はこのときばかりは英雄の師という名を返上したいと思うほど恥じ入った。

 

「バーサーカー、周囲に人影はあったか……?」

 

「……ゥウ」

 

黒のバーサーカー、継ぎ接ぎの花嫁、真名『フランケンシュタイン(正しくはその怪物)』は首を横に振った。たとえ南極まで逃げた己の創造主を見つけ出した彼女であっても、いない人間は見つけられないとばかりに。

 

恐らく、エレインはアサシンのサーヴァントを召喚し赤のセイバーに抗ったのだろう。ここに残る凄惨な戦闘跡がそれを示している。

 

「ごめんなさい、エレイン。私が早く、決断していたら……」

 

「姉さんのせいじゃない。俺が、俺が保留にしたせいだ──ッ!」

 

聖杯大戦の開始早々、黒の陣営は戦力を一つ失った。たかが一騎、ダーニックからすればアサシンなど替えが利くモノだろう。だが、二人にとっては──。

 

それから日が昇るまで、二人は家だった瓦礫の山から昇る煙をただ眺めていた。

 

 

 

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

深夜、エレインはトゥリファス郊外の湖へと続く道をひたすら自転車で進んでいた。

 

何が悪かったと言えば、きっと間が悪かったのだろう。

 

フィオレとカウレスと別れた後、彼女は父方の叔父叔母夫妻の手伝いのために町の診療所にいた。こんな田舎にある小さな町だからトゥリファスに大きな病院なんてない。だからその診療所にはひっきりなしに住民が訪れるし、ある種の憩いの場として機能していた。

 

『あらエレインちゃん戻ってきてたの? 久しぶりねぇ』

 

『おー、エレインさん! ヴラド爺さんは元気か?』

 

『一人暮らしは大変でしょう? パンを焼いたの。良かったら持っていってちょうだい』

 

『帰ってくるタイミングが悪かったな……今はあの城塞にアイツらいるんだよ。まったく気味が悪い。毎日コソコソと何を企んでるんだか』

 

そのように次々に話しかけてくる見知った住民たちにエレインは疲れてしまったのだろう。彼女は夕方から診療所内で仮眠を取ったのだ。そしてほんの数十分だけ寝るつもりが、気がついたらあたりはすっかり暗くなってしまっていた。

 

『急いで帰らなきゃ……』

 

そのとき、カウレスの忠告通りにしなかったのが悪かったのだろうか。それとも叔父叔母夫妻の“うちで休んで、また明日の朝帰れば良いじゃない”という言葉に甘えれば良かったのだろうか。

 

エレインはばったり出会ってしまったのだ。

 

銀の鎧を着た時代錯誤の騎士と強面の東洋人が、石造りの巨人と全員が似たような見た目の人たちを壊し、殺し、斃してしまったところに。

 

「な、なんだったんだろうアレ。映画撮影……?」

 

水面に月を映す見慣れた湖が見えてきて、エレインは“ほっ……”と息を吐き自転車から降りた。だから、油断したのだ。

 

「──よう、現代の人間にしちゃ随分と体力あるなお前」

 

「──!?」

 

家の扉を開けようとしたとき、背後からくぐもった声が聞こえた。それは母親譲りの妖艶で、しかし生来の気質が出た荒っぽい口調のモノ。

 

わざわざこんな郊外まで人が来るなんてことは滅多にない。だからエレインはその異常性にいち早く感づき、直感に、生存本能に従うまますぐに体を捩った。

 

「チッ……せめて痛みなく殺してやろうと思ったんだがな。しっかし本当に似てやがんなお前。虫唾が走る──ぜっ!」

 

「ひっ……!」

 

扉が破壊され、家の中に転がり込むエレイン。彼女の前に突きつけられたのは赤と銀の大剣だった。

 

「サーヴァントを呼ばねぇのか呼べねぇのか知らねぇが都合が良い。そのまま死んでくれ」

 

「い、いや──!」

 

その大剣が、少女の胸を貫こうとしたとき。

 

「なに!?」

 

彼女の胸元の十字架が淡く光ったかと思えば、次の瞬間には銀の騎士の剣が弾かれていた。エレインはそれを見て必死に己を奮い立たせ、震える足で立ち上がり、ただひたすらに地下室を目指す。

 

「お、おまじない……! お母さんが言ってたやつ、なんだっけ!?」

 

“困ったことがあれば地下室に”、その遺言通りエレインはそこに立て籠もった。そして昔寝物語に聞いた呪言、守護霊を呼び出す……とか言っていたような気がする呪言の書かれたメモを取り出す。

 

普段の彼女であればそんな呪言なんてものは信じない。だが、この非現実的な現実から逃れるために彼女は必死に口を滑らせた。

 

「みたせ、みたせ、みたせ、みたせ……あーもう! た、助かるならなんでも良いから早くみたされて!」

 

あの騎士はきっと普通じゃない。普通の人間は壁を駆け上がったり、雷を纏ったり、何もないところから現れたりしないのだ。

 

『おい、クソ! 開けやがれ! なんだってこんな面倒くさい魔術防御が──』

 

地下室の扉の向こうから声が聞こえ、ドンドンと重い衝撃音が鳴る。ノックではなく、殴りつけている音だろう。

 

「き、来た──!」

 

「──オレの対魔力舐めんなオラァッ! うし開いたな……って、工房持ってんじゃねぇか」

 

古いとはいえ鋼鉄製の扉をまるで紙を引き千切るかのように容易く破った銀の騎士は地下室を見渡すと、“マスター、やっぱこいつ一般人じゃねぇよ。殺して良いよな”と誰かに話しかけるように虚空に呟いている。

 

「こ、こっちに来ないでください! 変態! 殺人鬼! 悪魔!」

 

じりじりとにじり寄ってくる騎士に向かって手当たり次第に転がっていたものを投げつけるエレイン。だが、それで銀の騎士の歩みを止めることは叶わない。

 

そしてその大剣が首に振るわれてエレインの首と胴体が泣き別れになるかと思えば、銀の騎士は彼女をいたぶるように首を鷲掴みにし持ち上げた。

 

「ぅ……!」

 

「良いぜ、その顔でもっと無様に命乞いしてみろよ。もしかしたらオレの気が変わるかもな?」

 

“そんなわけないだろう”と言う思いで敵を睨みつけるエレイン。だが万力の力で締められた喉は音を出すことも呼吸をすることもできない。

 

窒息死か、あるいは首をへし折られるのか。彼女の運命がそのいずれかに収束しようとしていた。

 

「たす……けて──!」

 

少女はもはやそう祈ることしかできない。だからその手を抵抗することに使うのではなく、先祖代々より伝わりし祈りの至宝へと手を当てた。

 

──そのとき。

 

「な、これは……魔法陣か!?」

 

──地下室が眩い光に包まれた。

 

『これがあれば、大祖がお前の身を守ってくれるだろう』

 

エレインの脳裏によぎる祖父の言葉。そして彼女の視界を埋め尽くす一面の白と爆発音。

 

──そのロザリオの持ち主が救いを求めているならば、時を超えて、世界を超えて、彼は……彼ら(・・)はきっと来てくれる。

 

「え……?」

 

煙が晴れ、まず見えたのは少しずつ輝きを失っていく魔法陣。そして次に見えたのは月と星々の輝く美しい夜空だった。先ほどの爆発は地下室の天井も、その上にある家も全て吹き飛ばしてしまったらしい。

 

そして、最後に見えたのは人影である。

 

「──問おう(問いましょう)

 

聞こえてくるのは男性の声にも、女性の声にも聞こえる不思議な声だ。目の前にいるのは一人のはずなのに、まるで二人が同時に言葉を発しているような感覚をエレインは覚える。

 

君が(あなたが)

 

金と赤、まるで古代ローマ帝国の軍人のような色合いの外套が揺れた。そこに描かれたるは双頭の(ドラクル)。かつて帝都を守りし、偉大なる家祖の二人を示す家門。

 

そしてその内側を月のほのかな明かりが照らした。

 

声と同じだ。男に見えたかに思えたら、瞬きした次の瞬間には女にも見える顔立ちに変わっている。髪は麦のような金色か、雪のような銀色か。瞳は草原のような(みどり)か、あるいは泉のような(あお)か。

 

私たちのマスターか(私たちのマスターか)?」

 

『マスター』、その質問の意味は分からない。だがエレインはゆっくりと頷き、差し出されたその手を取った。

 

 

 

 

──かくてその夜、少女は運命に出会ったのだ。

 

 






・黒? のアサシン
エレインの呼び出したサーヴァント。天の鞘と思いきや、何やらこの世界では事情が異なる様子。

・エレインの母
表向きは歴史学者。魔導の秘を抱えながらも何故かそれを娘には引き継がなかった。隣国ユーゴスラビアにおける1995年のボスニア内戦の折にボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の首都サライェボを訪れていたらしい。何やらエルメロイとか言う人間と因縁があるようで──?

・フォルヴェッジ姉弟
幼少期からの友達を失って泣いた。赤セイバー絶対殺す。

・モーさん
この後返り討ちにあってご機嫌斜めになる。





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