アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【2】

 

 

──紀元500年前後。

 

ここはローマ帝国、後世には古代ローマと区別して東ローマ帝国と呼ばれる国の北、国境たるドナウ川を越えた非文明地帯。すなわち、旧属州ダキアの地である。

 

かつてローマが捨てたこの地に、鎧を身に纏った戦士たちがいた。彼らは時の皇帝の“ダキアを再征服せよ”という命令に従い、遥か南からこの地へとやってきたのだ。

 

東ローマ、あるいは帝都の古き名を借りてビザンツ帝国とも呼ばれる帝国の領域はヨーロッパとアジアの境目にあり、東西南北どこからも異民族の流入が絶えなかった。皇帝アナスタシウスはその現状を打破するため、帝国の領土を荒らすアヴァール人やブルガール人が拠点とするドナウ川以北の征伐を命じたのである。

 

だが、そんな事情によりこの地にやってきた兵士たちを待ち構えていたのは異民族などではなく。

 

「──竜だ! 赤い竜がいるぞ!」

 

「──火を吹く巨大な竜がいます。将軍、指示を!!!」

 

古き星の神秘であった。

 

東ローマがダキアを再征服するなどという歴史はない(・・)。そんな事実は存在しない。

 

「■■■■──ッ!!!」

 

故に、星の抑止力が彼らに牙を剥く。

 

ダキアの赤竜が猛々しい咆哮とともにその息吹で前線の兵士たちを燃やし尽くし、後には灰も残さない。その様子を皇帝陛下より直々に命を受けた部隊の将軍格の人間が、冷や汗を流しながら見つめていた。

 

あんなものに人が勝てるはずなどない。最適解は撤退だ。だが、“竜がいたから帰りました”などと言っておめおめと撤退などしてみろ。国に帰れば元老院からの追及は免れず、市民からは嘘つきや異民族を竜と勘違いした臆病者のレッテルを貼られ、彼の出世の道は完全に途絶えてしまうだろう。

 

「盾兵は大盾の壁を築け! 弓兵は弓を射よ! 工兵は縄で竜の体を縛り付けよ!」

 

戦車の上で彼は喝を飛ばす。並の獣であればそれで済んだのだろう。だが、竜とは幻想種最強の種。その程度の人間の知恵など容易く踏み越えてしまうのだ。

 

そして、竜の瞳がギロリと彼を睨んだ。もはや出世などと言っている場合ではなかった。己の名誉とこの場全員の命を天秤にかけた彼は決断を下す。

 

「総員撤た──ッ」

 

しかし僅かに遅かった。彼が言葉を告げる前に、轟炎の嵐が戦車を飲み込む。

 

そしてそのとき、周囲にいた兵士は誰もが将軍が死んだと思っただろう。次の瞬間には黒焦げになった戦車だったものと、水分の蒸発し炭になった人型の塊が姿を現すはずだと。

 

だが、違った。

 

「ご無事ですか、将軍殿」

 

嵐が炎をかき消して、一人の兵士が将軍の男が乗る戦車を庇うように立っていた。その手には風を纏った不可視の王剣が握られていて、兜から見える鋭い翡翠の眼光は一直線に竜を睨見つけている。

 

「アレは私が倒します。将軍殿、御身は兵を率い周囲の人間を避難させてください。ローマ人も異民族も分け隔てなく、です。それが、後のダキアの統治に繋がるでしょう」

 

「貴公は……?」

 

理由もわからず問い返す将軍の男に、ただの一兵士である彼は答えた。

 

それが後に皇帝位につき、甥にして義理息子のユスティニアヌスに帝位を継ぐことになる、今は一将軍に過ぎないユスティヌスと。

 

「私はアルトリウス。ただのアルトリウスです」

 

後にダキアの再征服者(ダキクス)とも、ローマの守護者(ロメオフュラクス)とも、帝国の守護竜(ドラコニオス)とも呼ばれる男。大帝ユスティニアヌスが最も信頼し、そして恐れた男となるアルトリウスとの出会いであった。

 

歴史とは人が紡ぐ物語。そしてそれはかくも、人の遺伝子のように絡み合うものである。

 

 

 

 

──紀元540年前後。

 

ビザンツ帝国帝都、コンスタンティノープルの街道を幾万もの兵士たちが行進していた。ユスティニアヌス帝の“軍の威風を示す”という要望のもと提案された歩法、揃った軍靴の音が街に響き、それを守る市民たちはその様相に圧倒される。

 

「ローマ万歳! 帝国万歳! 皇帝陛下万歳!」

 

「陛下の治世に神の祝福あれ!」

 

「偉大なるローマの再興に喝采を!」

 

民衆の声とともに花吹雪が舞う。それは一言で言えば凱旋(パレード)であった。

 

ユスティニアヌス大帝の悲願、ローマの再興。すなわち東西の再統一、イタリア半島の再征服である。

 

本来(・・)であれば、ゲルマン民族に膝を屈していたと言えどそれなりの安寧を謳歌していたイタリア半島を再征服するなどという事業は困難を極め、もっと時間がかかり、そして泥沼化するはずであった。

 

特に、これから起こるだろうペストの大流行はその覇道に歯止めをかける。そのはずであった。

 

だが、ユスティニアヌス帝は元老院および信頼する腹心の言葉に耳を傾け、考えを改めたのである。彼は名よりも実を取り、そして結果として名も手に入れた。

 

聡明な大帝は古代的な直接支配ではなく、イタリア半島における諸侯を皇帝の名の下に王に封じる、中世的な間接支配(封建的支配)へと舵を切ったのだ。それによって戦争はずっと早く終結した。

 

「おお! 見ろ! 英雄たちが帰ってきたぞ!」

 

そして、民衆の一人が声を上げた。その視線の先には華々しい活躍を遂げた将軍たちが馬に乗り、旗を掲げて行進している。

 

そして、この戦争で最も活躍した将軍ベリサリウスに続く騎士がいた。皇帝陛下より賜りし姓と家門。双頭の龍の旗を掲げるそんな彼の名を民衆は讃えた。

 

──おお、メドラウド。メドラウド・ダキクス・ロメオフュラクス・ドラコニオス! 属州ダキア改め、ルーマニア(第三のローマ)の王よ! その威光は遥か北、アドリア海から黒海まで轟かん! あまねく異民族に文明(ローマ)を授けし英雄よ!

 

民衆たちの歓声にメドラウドは笑顔で応える。だがその内心は辟易していた。

 

「面倒くせぇ。野郎どもに褒められたってうれしくねぇっつーの。どっかに可愛い姉ちゃんでも──(いった)ぁ!?」

 

そんなメドラウドの頭を何者かが殴った。“このいと尊き身に狼藉を働く者は何奴か!?”と彼が振り返ると、そこにいたのは。

 

「馬鹿者。何故お前はこうもあいつ(・・・)に似てしまったのか……」

 

「げぇ、御祖父様(おじいさま)!? なんでここに、ルーマニアにいるはずじゃ……」

 

ドラコニオス家の家祖、ダキアの竜の名で知られるアルトリウスその人であった。相変わらず“歴史に顔を残したくない”と言わんばかりに兜で顔を隠している彼は、本来であれば北の異民族の抑えとしてルーマニアに滞在しているはずの人物である。

 

もはや老齢といえるはずの彼だがまだまだ現役、彼がいるかいないかで北の国境に侵入する下手人の数は倍違うのだ。平時とは言え帝都にいて良いはずがない。

 

「陛下に奏上してたった一日だけの休みを頂いた。孫の晴れ舞台のときくらいは帝都に来るさ」

 

「えぇ……良いのかよ?」

 

「陛下は私の頼みを断らないからね」

 

メドラウドはその言葉に“相変わらず陛下って御祖父様にビビってんのな”と納得した様子で頷く。

 

ユスティニアヌスにとってアルトリウスは唯一無二の腹心である。ダキア戦役において叔父であり義父でもあるユスティヌスを救った彼は、その後もユスティヌスを盟友として支え続けた。

 

その働きぶりは凄まじく、“帝位争いでユスティヌスのライバルたちが次々に死んだのは彼が暗殺したからでは……?”と言われている。

 

だからこそ、その後継者たるユスティニアヌスからすればアルトリウスは最も信頼できる人物であると同時に、最も警戒すべき相手なのだ。

 

故に強さの象徴でもあり、キリスト教においては悪魔の象徴となる竜の姓と家紋を与えた。東と西、二つのローマの一体を示す双頭の鷲を守る双頭の竜の家紋を。そしてそれは信頼と恐怖の証である。

 

彼をルーマニア王の元となった地位、すなわちダキア総督に据えたのも同じことだ。西にゲルマン、東にペルシアを抱えるビザンツは北まで相手などしていられない。故にアルトリウスをそこに封じた。彼ならば異民族を跳ね除けられると信じて。あるいは、最前線を担わせることの左遷(嫌がらせ)の意味を込めてか。

 

彼に“アカデメイア(ギリシアの知恵)を燃やすくらいなら私に譲ってくれ”と言われて二つ返事に了承したのもまた同じことだ。異教徒に対抗するには異教徒の知恵を、それがアルトリウスの助けになれば良い。そして同時にアルトリウスが悪魔の研究をしていたならそれを理由に地位を剥奪すれば良い。

 

二つの相反する感情を矛盾なく同時に併せ持つ。東西の再統一という偉業を成し遂げた大帝にとってそのような心を持つことなど簡単なことなのだ。

 

もっとも、アルトリウスは離反する心積もりなど毛頭ないのですべての警戒は無意味であり、彼は終生皇帝の良き臣下として仕えるだけなのであるが。

 

「凱旋が終わればルーマニアに帰ってくるんだろう? モーガンに挨拶しておきなさい」

 

メドラウドはモーガンの名を聞き、“御祖母様(おばあさま)か……”と複雑そうな表情で唸った。彼は実の祖母が苦手である。このメドラウド(モードレッド)の名前をくれた祖母は何かにつけて過保護に振る舞うのだ。アルトリウス曰く“死人への贖罪のつもりだ”と言うが、こうも甘やかされては大の大人であるメドラウドにとってはやりにくいことこの上ない。

 

「帰ったらまた色々言われるんだろうなぁ、憂鬱だわ」

 

「生きているだけマシだろう。死んでいたら彼女は天国まで行って君の魂を神から奪い取ったに違いない」

 

「はは、絶対そうだ」

 

馬上で和やかに笑う二人は、民衆の撒く花吹雪の中を進んでいく。

 

歴史という大河、その奔流を大きく変えることのない所詮は小石とも呼べる彼らはしかし流されることもなく、確かにこの世界の水底に根を張ったのだった。

 

 

 

 

「ドラコニオス朝ルーマニア、だいたい六世紀初頭から十世紀末まで存在した王朝だな。最盛期はドナウ川流域に栄えたが、ファーストミレニアムの終わりに歴史から姿を消した」

 

第二次民族大移動、すなわちノルマン人、スラヴ人、トルコ人の連合に攻め入られてドラコニオス朝ルーマニア、通称大ルーマニアは滅んだそうだ。そして北の友邦を失ったビザンツ帝国は十一世紀を境に衰退期に入り、十五世紀には後を追うようにオスマン帝国に滅ぼされることになる。

 

「彼らは最後には自らの城に火を放ち、その痕跡の一切を消したと言う。まるで世界から身を隠すように。だからドラコニオス家についての情報は現代にはあまり残っていないんだが」

 

トゥリファスの外れ、地下墳墓の中に拠点を築いた獅子劫は己のサーヴァントの報告のもと、召喚されたアサシンに当たりをつけていた。書店で買ったルーマニアの歴史書を開いて。

 

「あった」

 

そこにあった挿絵の一つを指さした。

 

「ドラコニオス王家の家紋が双頭の竜。お前さんが見た双頭の竜の外套を羽織るサーヴァントはその一族の中の誰かだろうな。そしてアサシンの伝承ともなると」

 

「このアルトリウスって言うやつか」

 

モードレッドが何処か己の父親に似たような響きの名前を口にした。

 

「アサシンなのにセイバーのお前と斬り合ったと聞いて驚いたが、納得だな。西のカール大帝、東のインペラトル(大将軍)・アルトリウス。後世ローマカトリックの守護者となったカール大帝に対抗して正教会がつけた称号だが、こいつはソレに相応しい逸話の持ち主だ」

 

アルトリウス・ダキクス・ロメオフュラクス・ドラコニオス。五世紀末から六世紀初頭に活躍したビザンツ帝国の軍人貴族。元は西から来た旅人であったと言われている。

 

コンスタンティノープルに籍を置いた彼は都市防衛で功績を上げ出世。ダキア戦役で活躍した。

 

その逸話は様々で。ダキアでの竜殺し及び再征服、かつてヴラドⅢ世の父ヴラドⅡ世も所属していた有名なドラゴン騎士団の創設など多岐に渡る。

 

「だがアサシンとしての逸話となると、こんなところだな」

 

獅子劫は情報を整理し、それを紙に書き出した。

 

帝位継承争いにおいてユスティヌス以外の候補者を暗殺した。

 

その顔を皇帝以外には決して見せなかった。

 

二度降伏を拒んだ異民族は三度目が許されず、アルトリウスにより一人の生き残りもなく皆殺しにされた。つまり、彼の本気を目撃して生き残った者はいない。

 

見えない刃を振るい、闇夜に紛れて裏切り者や背信者を処罰した。

 

「待ったマスター。見えない刃は確かに持ってやがったぞ。父上の猿真似みてぇな、風を纏った剣だ。しかも二刀流」

 

モードレッドが羊皮紙に向き合っている獅子劫に待ったをかけて、情報を付け足した。

 

「二刀流か……お、それっぽいことが書いてあるぞ。“ドラコニオス家には二つの宝剣があった、一つはアルトリウスが故郷より携えた剣。もう一つは東ゴート王国がローマの宝物庫からユスティニアヌス帝に献上し、それをドラコニオスに下賜した剣。二つの剣は兄弟剣であり、双頭の竜の名のもとに無類の強さを誇った”……だってよ。ビンゴだな」

 

“ビンゴだが……”と、獅子劫言葉を濁らせる。敵の真名を九割九分看破したというのに、その表情は優れなかった。

 

だってそうだろう。もし彼らの予想が的中しているのなら、黒のアサシンと思われるサーヴァントはこのルーマニアにおいてそれこそヴラドⅢ世よりも強い知名度補正を受けていることに他ならないのだから。

 

アサシンにも関わらずセイバーのモードレッドと斬り合えたのは彼本人の逸話のみならず、そのステータスの差を知名度補正が埋めていたことに由来するのだろう……と、獅子劫は考える。

 

「おいマスター。ここにある一文なんだが」

 

そんなとき、今度はモードレッドの方が歴史書の一文を指差しながら質問した。それは小難しい本文とは違い、デフォルメされたイラストと大きな文字で書かれた余談(コラム)であった。

 

「おう、どうした」

 

「いや『アルトリウスは実は二人いた……!?』ってここに書いてるだろ。あのアサシンが分裂したら厄介だと思ってさ」

 

モードレッドが誇張されたコラムのタイトルをペシペシと叩く。それを見て獅子劫は“タイトルだけじゃなくて中身もちゃんと読めよ……”と呆れた。

 

「うっせーなぁ。知らないはずなのに読める文字なんて読んでるだけで頭痛くなるんだよ。で、中身は何て書いてあるんだ?」

 

聖杯により与えられた知識に文句をつけるモードレッドにため息をつきながらも、獅子劫はコラムの内容を読み上げた。

 

 

 

 

アルトリウスの功績の一つにアカデメイアの蔵書を継承し、公衆衛生の向上を成し遂げた事がある。古代の知恵と彼の進言を受けた皇帝による直接の指揮、そしてビザンツ帝国の優れた治水技術によって行われた上下水道の整備は543年のペスト流行時に大いに役立ち、このことは『ユスティニアヌスの奇跡』と呼ばれている。

 

そして彼の執筆した学術書は東欧およびイスラム世界における発展に大いに寄与したと言われ、彼を文化人、科学者として評価する歴史学者も多い。

 

だが、近年の研究でその功績はアルトリウスの過去に隠れた別の誰かのモノである可能性が浮上した。

 

トルコの首都イスタンブールで発見された、アルトリウスの最古の学術書に記載されていた署名は彼の名ではなく『謎の魔女X』という人物のモノであったのだ。

 

謎が謎を呼び、学界ではその『謎の魔女X』という人物が誰なのかという考察が繰り広げられた。そして現代の定説ではその人物こそが彼の妻だったのではないかと言われている。

 

アルトリウスは妻の功績を奪ったのか? と言うと、そうではないと筆者は考える。むしろ逆で、彼は己の妻を守ったのだ。

 

五世紀末から六世紀初頭にかけて、欧州は古代から中世へと移り変わった。それはキリスト教の権威が大いに高まることを意味している。そんな世の中において女性が科学という異教徒の学問を修め、そして世に広めることは危険が伴っただろう。

 

故に、彼はこの世から妻の名前の一切をかき消し、己の名前で上書きしたのだ。

 

よってアルトリウスという名前の英雄は現在では二人存在すると言えよう。東欧の英雄インペラトル・アルトリウスとアカデメイアの継承者──すなわちアルトリウス夫人である。

 

 

 

 

「エレイン、起きなさいエレイン」

 

「──どわぁ!?」

 

懐かしい声を耳にしてエレイン・A・ドラクルは目を覚ました。何やらとてつもなく壮大な夢をみていた気がする。そう、まるで古代の騎士冒険譚のような夢を。

 

「お、お母さん!?」

 

そして次に彼女は己の隣にいた人物に驚愕した。赤と金のローブを羽織っている人物が死んだはずの己の母にとても似ていたためである。

 

「私はお前の母ではありません、エレイン。私たちのことはそうですね……赤や黒と言うのもおかしいでしょうし、東ローマ(ビザンツ)のアサシンとでも呼びなさい」

 

「ビザンツのアサシン……?」

 

ビザンツ、とはトルコの首都イスタンブールの古い呼び名コンスタンティノープルよりもさらに昔の名前である。それにアサシンは暗殺者の意味だ。エレインにはそれが意味するところがさっぱり分からない。

 

「混乱していますね、まぁ無理もありません。お前は全くの素人のようですから、これから学んでいかなければ」

 

アサシンが頭が痛いとばかりに“はぁ……”とため息をつき、こめかみを揉んだ。なんだか巻き込まれただけなのに、エレインとしては申し訳なく思えてくる。

 

「とりあえず移動しましょうか。どうぞ、私の──私の背中に乗りなさい」

 

次の瞬間、不思議なことが起こった。エレインが瞬きしたら、目の前のアサシンが男に変わってしまっていたのである。

 

「え? え?」

 

「あぁ、これはスキルによる変身で『双頭の竜』という……まぁ、また後で説明しよう。とりあえず乗ってくれ」

 

理由もわからないまま、エレインはどこか兄に似ている青年の背中に抱えられた。

 

それからアサシンと彼女の二人は謎の地下空間らしき通路を進んでいく。

 

「あの、ところでここはどこなんですか? 私の家はどうなって……」

 

しばらく進んだあと、エレインは背中からアサシンにそう問うた。

 

「残念ながら君の家は木っ端微塵に吹き飛ばしてしまったから帰れない。しばらくは此処で暮らしてもらうことになるだろう。で、ここがどこかは……ま、今から分かるさ」

 

アサシンがそう言うと、何やら開けた場所に出た。そして再び変身した彼、彼女は手に持った杖の先を床に打ちつける。

 

そして“カツン!”と音が響き、周囲に電気もなしに明かりが灯った。

 

そこはさながら大聖堂だ。地下にもかかわらず色とりどりのガラスが輝き、ローマン・コンクリートで作られた柱が空間を支え、ビザンチン様式のモザイクが聖書の物語を映している。

 

「ここは生前私が夫とユスティニアヌスと共に築き上げた、地脈、霊脈、水脈を束ねたローマ人の生活基盤にして大規模魔術礼装……まぁ、現代で言うならガス、電気、水道のインフララインのようなものですが」

 

それはアドリア海から黒海、そしてエーゲ海に至るまで。西はクロアチア東はモルドバ、南はトルコのイスタンブールまでを繋ぐ張り巡らされた地下回廊。近代に至るまでバルカン半島のライフラインを支え続けた東ローマの遺産。

 

それは水脈、地脈の繋がる場所ならば何処へでも転移を可能とする、賢者モーガンの現代に残る宝具。

 

「我らドラコニオス、そしてお前に至るドラクルの一族が管理してきた至宝──ドラコニオスの大回廊です」

 






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