アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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誤字脱字報告ありがとうございます。


Apocryphaでしたこと【3】

 

──紀元1400年代。

 

後世においてその勢力の入り乱れようから『ヨーロッパの火薬庫』とまで呼ばれたバルカン半島は、この時代においても群雄割拠の様相を示していた。

 

そしてその情勢に翻弄される小国がある。ワラキア公国、ドナウ川北部に位置する現代のルーマニアを構成する一地域に存在した小国だ。

 

かつてビザンツ帝国とともにこの地に平和をもたらしていた大ルーマニアは400年も前には滅び、後に乱立した勢力によってここ南東ヨーロッパは混迷を極めている。特にワラキア公国はその立地故、西の神聖ローマ帝国やハンガリー王国と南のオスマン帝国との緩衝地帯となり、常にそれら強国の干渉を受け続けていた。

 

後に串刺し公と呼ばれるヴラドⅢ世が生を受けたのは、そんな激動の時代である。

 

ヴラドⅡ世の子として生まれた彼は後年父の名を受け継ぎドラキュラとも呼ばれた。これはヴラドⅡ世が故アルトリウス将軍が設立した東欧の守護騎士団──『ドラゴン騎士団』に叙任されたことで付けられた異名ドラクル()に由来する。ドラキュラ(ドラクレア)とは元はドラクルの子を意味するのだ。

 

しかしその名は近代になって歪められ、ドラクルは悪魔、ドラキュラは吸血鬼とその意味を変質させられることになる。

 

そんな若きルーマニアの英雄にして悪魔と呼ばれた男の前に、一人の女が立っていた。

 

『私の名は■■■■。■■■■・ダキクス・ロメオフュラクス・ドラコニオス。インペラトル(大将軍)・アルトリウスとアカデメイアの賢者モーガンが子、大ルーマニア王メドラウドⅡ世の血を引く者です』

 

雪のように白い肌、絹のように輝く髪を靡かせ、その湖のような碧く美しい瞳がヴラドの瞳を見つめている。

 

『お前が私の夫となるヴラド公ですね?』

 

■■■■の美しさに見惚れていたヴラドは、その問いに慌てたように頷いた。

 

二度目となるワラキア公の就任、再び君主の座に返り咲いた彼は、国内の貴族たちを抑えるためにさる尊き血筋の者と縁を結ぶことにしたのだ。

 

かつて母なるドナウ川流域に覇を唱えた大ルーマニア。その建国の父の血を引く名門。東欧を、ビザンツを守るドラゴン騎士団の創設者。その血筋たるドラコニオス家の令嬢が、彼の目の前にいる彼女だ。

 

大ルーマニアの崩壊後、その王たるドラコニオス家は帝都コンスタンティノープルに逃れた。だがその帝都もオスマン帝国により陥落し、千年帝国たるビザンツもまた大ルーマニアの後を追うように滅びたのである。彼女はその帝国の最期のときまで勇猛果敢に戦った軍人ドラコニオス家の生き残りであった。

 

『ではよろしい、我が夫ヴラド。せいぜい私を失望させないように、夫として良く努めなさい』

 

まるで自分が上位者だと言わんばかりの口ぶりで美しき乙女が言う。しかし彼女の纏う凛とした気風とその血筋が、彼女の言動に圧倒的な説得力をもたらしていた。

 

それもそうだろう。今や滅びてしまったとは言え、帝国に約千年もの間忠義を示し、異民族から守り続けてきた双頭の竜の末裔たる彼女からすれば、小国の長たるヴラドは本来ならば臣下のようなものなのだ。

 

“こんな気の強い女を妻に持って大丈夫なのか……?”と、若き串刺し公は心の中で思う。

 

だが、ヴラドと彼女との生活は存外悪いものではなかった。むしろその逆だ。

 

生涯、公妃となった彼女は唯一無二の理解者として献身的にヴラドを支え続けた。強大なオスマン帝国やハンガリー王国に媚びへつらい、内通し、ヴラドの足を引っ張る国内の貴族共と比べるのが彼女への侮辱となるくらいに。

 

古いギリシアの知恵を継承する彼女はその知恵でもってヴラドを良く助けた。口先だけの綺麗事でヴラドの行動を“悪魔の所業だ!”などと罵る愚か者たちと異なり、彼女は合理性でもってヴラドに理解を示した。

 

だから、ヴラドが己の妻に深い愛情を抱くのにそうそう時間は掛からなかった。

 

『……我が夫、私はたとえこの国がオスマンに飲まれようとも気にしません。そのときはあなたと、家族とともにどこへなりとも逃げましょう。“過ぎたる力は身を滅ぼす”とは私の生家の家訓ですから』

 

“逃げるが勝ちなのです”と言って、その碧い瞳に元気に城の庭を駆ける我が子たちの姿を映しながら、■■■■が美しく微笑んだ日があった。

 

『今朝謁見した一族はハンガリーに内通しています。警戒するように、可能であれば難癖をつけてでも殺しておきなさい。“なぜ分かるのか”……ですか? はぁ、私は魔女の血を引く女ですよ我が夫』

 

“陰謀、計略、謀略、悪巧みなど、私の十八番です”と言って、玉座に座るヴラドを見ながら■■■■が呆れる日があった。

 

『ふん。敵を串刺しにした位で我が夫を悪魔などと、いつからこの国の人間たちはこんなにも軟弱者になったのですか。大祖アルトリウス様が聞けばさぞ嘆かれるでしょうね』

 

“かのお方は串刺しどころか敵を開き(・・)にしたのですよ”と言って、ヴラドの悪評に■■■■が可愛らしく憤ってくれる日があった。

 

ヴラドは良く覚えている。己の人生には国土を蹂躙しようとする敵の悉くを討ち滅ぼす血に塗れた護国の英雄としてではなく、一個人としての確かな幸福があったことを。

 

だから、彼は最初信じることができなかった。ハンガリー王に幽閉されていたときに聞いた一報を。

 

『ワラキア公妃、居城にて自害せり』

 

ヴラドの実の弟にして、彼とは異なりオスマン帝国に与する運命をたどったラドゥ公が、彼女のいる城に攻め入ったのだ。

 

抵抗虚しくこのままでは敗北は必至だと悟った彼女は、辱めを受けるくらいならと城から飛び降り、()へ身を投げ自害した。

 

そんな報告をハンガリーで聞いたヴラドは心に憎悪を募らせ、我を忘れてただ異国の地に拘留されている己の身を呪った。

 

それからヴラドは、定められた運命のままその命を最後までオスマン帝国との闘争に費やし、燃やし尽くした。

 

ハンガリー王の許可のもと解放された彼は、ボスニアにて再びオスマン軍と対峙する。そしてただひたすらに敵を串刺しにし、その体にこびりついた赤褐色の血糊をまた血で洗い、そうして体の全てが錆びついてしまうまで戦い抜いた。

 

だからだろうか、そのときの彼の記憶は酷く曖昧だった。

 

『これは、幻か? それとも、まさか生きていたのか? あぁ……我が妻よ──』

 

戦場に斃れ、その命尽きる前に■■■■の姿を幻視してしまうくらいに。

 

故に、英雄ヴラドⅢ世はその胸にささやかな願いを抱え現代に蘇る。それはドラキュラの名を消して己の名誉を回復するなどという、そんな大層なものではない。

 

彼女の姿はヴラドの心が生み出した幻覚だったのか、それとも真であったのか。

 

『──────』

 

そして死に行くヴラドに彼女は、何と言葉に綴ったのか。

 

串刺し公ツェペシュでもなく、悪魔の子ドラキュラでもなく。一人の人間としてヴラドはただ、そんな些細なことが知りたいのだ。

 

 

 

 

「どうした、ダーニックよ」

 

「いいえ、何でもありません。我が領王(ロード)よ」

 

ミレニア城塞の館の一室で、己のサーヴァントに問われたダーニックは努めて平静を装って首を振った。

 

そして紅茶の入ったカップをソーサーに置き考える。もしや自分の侮蔑(・・)の籠もった視線がこのプライドの高い黒のランサーにバレてしまったのではないか……と。

 

今朝彼が夢で見たヴラドの半生は、彼にそう思わせるほどのものであった。

 

ダーニックに伴侶はいない。かつては魔術界の貴族がこぞって彼との良縁を結びたがったが、時計塔にてユグドミレニアの血筋は零落するとの予言が下って以降にその悪縁を欲しがる家など存在しなかった。

 

彼の胸のうちにあるのは一族の繁栄だけだ。故にヴラドの願いなど理解できない。理解できないどころか、むしろ失望に至るほどであった。

 

彼は心のなかで毒を吐く。“英雄と謳われる者ならばそれなりの願望を抱くと思っていたが、まさかこんなにも程度の低い願いだったとは”と。

 

そしてその感情も一時の内に消費され、やがて無関心に至る。突き詰めればどうでも良いのだ、使い魔風情の願いなど。

 

「暴走した赤のバーサーカーが森を抜け、我がミレニア城塞に至るまであと半日と言ったところでしょうか。今宵は御身の杭を存分に奮っていただけるかと……」

 

なぜなら最後に勝つのは、この千界樹たるユグドミレニアなのだから。

 

 

 

 

夜間、ミレニア城塞の領域に先走って侵入した赤のバーサーカーが、そして望み薄だが可能であればそれを引き止めようと後を追ってきた赤のアーチャーとライダーが黒の陣営と戦闘を繰り広げており、そして一人のホムンクルスの運命が歩き出す一方で──。

 

ギリシャ共和国の一都市アテナ、古代にはスパルタと並び二大都市国家として名を馳せた街の郊外に遺跡がある。ギリシアの知恵を結集した最古の大学、アカデメイアの跡地だ。

 

そんな今はもう観光地でしかない古き知恵の園のはるか地下にしてしかし異なる位相に、巨大な図書館があった。

 

現実と星の内海の狭間にある大回廊の一部、アサシンが生前ユスティニアヌスから譲り受けたアカデメイアの蔵書を保管し、約1500年間その子孫たちが魔術工房として使い続けた地下大学である。

 

現代の魔術師なら目を剥いて飛びつくこと間違いなしな神秘の園で、素人魔術師となったエレインが唸りながら本を読んでいた。

 

その右手に宝石を握りながら。

 

水と地脈が繋がる場所への転移を可能とするこの大回廊の能力によってルーマニアから一気にギリシャに移動した彼女は、ここでアサシンから与えられた課題を必死にこなしているのである。

 

すなわち宝石魔術の一種。宝石への魔力の貯蔵だ。

 

本来の宝石魔術であれば、もっと多彩な技を、それこそ宝石に術式を刻み携帯できる魔術の弾丸のようなものを作り出すことができるのだが、残念ながらその手の才能はエレインにはないらしい。

 

彼女がアサシンにこの課題を与えられる少し前、この地下図書館にやってきて魔術について多少教えられた後のことである。アサシンはエレインの持つ魔術特性を診断し、そして言った。

 

『エレイン、お前の魔術回路は質、量ともに最高です。現代の魔術師を遥かに凌駕すると言っても良い。まるで我が夫と同じく竜の心臓を持っているかのようです。先祖返りか何かでしょうか……?』

 

『おぉ……!』

 

魔術回路、竜の心臓、そして先祖返りとエレインをワクワクさせるような単語を続けたあとに、アサシンは彼女が絶望するような事実を告げる。

 

『しかし、お前には魔術の才能がありません。はっきり言ってゴミです』

 

『ゴミ!?』

 

“ガーン!”とショックを受けるエレインに、アサシンは続けて言った。

 

『お前は魔力を持て余してしまっています、そしてそのせいで自分で制御できないようです。したがって魔術を行使することなど絶対にできません。ダムの水門から直接コップに水を注ぐなどできないでしょう?』

 

エレインは泣いた。せっかくかの有名なイギリスの魔法物語のように、自分も魔法族の仲間入りできるかと期待したのにこのザマだ。

 

『適性のある属性は空、本来ならばエーテルそのものに干渉し敵の魔術を乗っ取る(ハッキングする)ことすらできる希少な魔術属性ですが……お前にできるのはせいぜいできて膨大な魔力で魔術を洗い流したり、魔力の塊を敵にぶつける程度ですね』

 

『そ、それって実は凄かったりしませんか!?』

 

『ガソリンを燃やして火種にするより、それでエンジンを回転させて自動車を動かす方がよっぽど“凄い”と形容するに相応しいと思いますが』

 

かくして、エレインは先ず己の魔力を制御する術を学ぶことになったのである。故に、こうして手に持った宝石に魔力を注いでいるのだが……。

 

次の瞬間、“パン!”と大きな音とともに貴重な宝石が破裂した。これで失敗すること三十回目。“これだけあれば一つくらいは成功するでしょう”と言われてアサシンから渡された宝石が今のでなくなってしまった。

 

「うわ、もしかして私の魔術の才能ってなさすぎ……?」

 

“うー、お母さん、どうして私に魔術を教えてくれなかったのぉ……?”と恨めしげに呟きながら、彼女はトボトボとアサシンのいる一室へと向かった。彼女から新しい教材を貰うために。

 

「アサシンさん、入っても良いですか?」

 

コンコンコンと扉をノックすれば、その向こう側から“どうぞ”とくぐもった声が聞こえた。許可を得られたエレインはドアノブを捻り中へと入る。

 

そこは研究室のようだった。今はもうアサシンと赤のセイバーの戦闘によって木っ端微塵に燃え尽きてしまったエレインの家の地下室を思わせる空間である。ただし、規模はこちらの方が大きい。いたるところに魔法陣と本棚とフラスコとよく分からない生き物の瓶詰めと魔術礼装とか言う機材……とにかく、エレインには分かりそうもないモノがたくさん置かれていた。

 

その中でも一等目立っているのが、アサシンの目の前にある黄金の輝きを放つ杯だった。

 

魔術なのか物質なのかは分からないが、泡のような、ガラスのような何かにそれは包まれている。そして、その中身から絶え間なくドス黒い泥のようなものを吐き出していた。

 

「さて、エレイン。与えた課題の一つくらいは成功しましたか?」

 

「……すいません」

 

「……もう何十個かそこの籠にあるので持っていきなさい」

 

モジモジと申し訳なさそうに体の前で両手の人差し指を合わせるエレインを見て、“見た目は私に似ていますが、中身は夫似のようですね”とアサシンは嘆いた。

 

『失敬な、私はちゃんと君の指導のもと魔導を修めただろう?』

 

そして虚空から抗議する男の声が聞こえてくる。それはアサシンの持つスキル『双頭の竜』による別人格の声だった。

 

彼らはどうやら夫婦で一つの霊基を共有しているらしい。エレインはそれを肉体を変化させることができる二重人格のようなものだと捉えていた。

 

『まぁ無理もない。常人が竜の心臓を扱えるはずもないからね、私だって幼い頃はその溢れる力を持て余していたんだ。……普通なら、とっくに君の体は破裂していてもおかしくないんだが』

 

エレインは頭の中で、風船のように膨らみ破裂する自分の姿を思い浮かべた。先ほど己が破壊した宝石のように。どうやら、エレインは相当難のある体質で生まれてきてしまったらしい。

 

彼女は宝石を受け取り、アサシンのいる部屋を去る。そして頭の中で母のことについて考えていた。

 

母がエレインに教えた血抜きとは、きっとエレインが破裂しないための魔力のガス抜きだったのだろうと彼女は思う。母はエレインの体質を知っていて、しかし魔導のことは何も教えずにこの世を去ったのだ。

 

魔術、聖杯戦争、サーヴァント、マスター。今日たった一日で彼女はアサシンから多くのことを学んだ。正直まだすべてを理解したわけではないが、それでも分かることがある。

 

己は巻き込まれたということだ。母の隠してきた魔導と、トゥリファスで引き起こされた聖杯戦争に。

 

戦争、それはエレインから家族を奪った言葉だ。戦争が起きれば人命が消費され、愛した人は帰ってこず、多くの人々の心に孤独という病魔が蔓延する。

 

そしてそれを引き起こした元凶が、ユグドミレニアという地主の一族らしい。つまりは幼馴染の二人、カウレスとフィオレの実家が黒幕であった。

 

「なんで……」

 

二人のことを想って、エレインは暗い表情のまま一言そう零す。

 

どうして戦争なんかを引き起こしたのか。エレインも、町の人も巻き込んで。おかげで危うく彼女は殺されるところだった。

 

そんなことを考えていると幼い頃からの友情に、大切な思い出に罅が入ってしまうような気がして、エレインは無理やり思考を断った。

 

また、次に出会ったときに問いただせば良いのだと。

 

 

 

 

「できた……!」

 

カチカチと一定のリズムで揺れる振り子時計が深夜を指す頃、エレインの右手には光り輝く宝石があった。水瓶の魔術礼装を用いずとも、手ずから魔力を封じることに成功したのだ。……もちろん、出来栄えについては酷いものであるが。

 

ようやくできたたった一つの成果をまるで子が親に報告するかのように、ウキウキと肩を弾ませながらエレインはアサシンのいる部屋を訪れる。

 

だが、そこにアサシンの姿はなかった。あるのはアサシンが調べていたであろうブクブクと泥を生み出している金の杯と、何やら古い書物が一冊。

 

無造作に開かれたその本の一頁にはこう書かれていた。

 

「1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナ首都サライェボにおける亜種聖杯戦争について──?」

 

「何をしているのだ」

 

「ひゃあ!?」

 

本を抱えたまま、エレインは猫のように飛び上がる。背後にいたのは先ほどまで姿が見えなかった女性姿のアサシンだった。

 

「な、なんだアサシンさんですか。もう、脅かさないでください」

 

「なんだもなにも、ここは私たちの工房なのです。自分の工房に出入りすることの何が悪いのですか。それよりもその本を返しなさい。はぁ……エレイン、現代魔術師の子息の死亡原因の最たるものは何か知っていますか?」

 

「し、知らないですけど」

 

「親が放置した魔術道具に触れることによる事故死です。よって私たちが不在の間は工房に入ることを禁じます。お前も痛い思いはしたくないでしょう、よろしいですね?」

 

エレインは反省するように首を縮こませて、中身が気になりつつも大人しくその本を返した。

 

「ところで、アサシンさんはどこに行っていたのですか?」

 

『偵察だよ、ついでにアサシンらしく暗殺の機会も伺っていた』

 

男性のアサシンの声が何やら汚染された杯に忙しなく術式を行使している女性のアサシンに代わって答えた。

 

『両陣営ともにギリシア英雄の顔ぶれが見られた。きっと強敵として私たちの前に立ちはだかることだろう』

 

アサシンはアカデメイアの叡智を継承したことに由来するスキルにより、『 (根源)』に接続していないこの霊基でもすぐに知識を引き出すことができる。とりわけギリシアの英雄であれば、顔を見ただけでも真名、宝具、弱点を看破できた。

 

『……まぁ、君の母親の置土産(・・・)がある以上はどうとでもなるけれどね。大英雄の矢ならば、神性の鎧も──』

 

「お母さんの置土産、ですか?」

 

『……いや、何でもない』

 

それ以上を語るつもりはないのか、エレインの問いに返事は来なかった。

 

「……待ってください、てことは私抜きで勝手に戦場に行ったってことですか? サーヴァントはマスターと戦うものなんじゃ」

 

「確かに、通常のサーヴァントであればマスターを連れて戦闘を行います。『単独行動』を持つアーチャーを除いて、その現界にはマスターの魔力を必要としますから」

 

“ですが”と前置きをしてアサシンは机の上の杯から視線を上げて、エレインを見た。

 

「私たちには必要ありません。この大回廊がある限り、私たちはそこから魔力供給を受け、バルカン半島の至る所に好きに転移し好きに現界できる」

 

それはつまり、マスターであるエレインが不要であることを意味していた。

 

「お前は戦わなくても良いのです、エレイン。それがお前の母が私たちに願った望みでもある」

 

「お、お母さんが……?」

 

「この手記はお前の母が、いずれ召喚されるだろう私たちに宛て記したモノです。彼女は、そしてその先代はいずれルーマニアで紛い物でない聖杯戦争が起こることを予感し、そのために準備してきた」

 

エレインの生家、ドラクルはある時を境にその姓を変えたドラコニオスの末裔である。その代々の当主は大回廊とともに地脈を管理してきた。

 

ゆえに、六十年前にルーマニアに大聖杯が設置されたことを感知した一族は用意してきたのだ。祖霊の召喚も、この場にある亜種聖杯も、エレインの母が遺したとある大英雄の宝具未満の聖遺物もその用意の一環である。

 

「この聖杯大戦は一族の者が準備を整え、そして私たちが召喚された時点でその運命が確定された。我らの勝利は揺るがない。故にお前はただ聖杯戦争という嵐が過ぎ去るまで、ここで安静にしていれば良いのですよ」

 

アサシンはそれだけ言うと、再びその勝利の運命の鍵となるだろう汚染された亜種聖杯の解析に努めた。

 

「い、いやです」

 

「……はい?」

 

己の耳が狂ったが、それとも聞き間違いでもしたかと思ったアサシンが手を止めて顔を上げる。だが、どうにも幻聴ではなかったらしい。彼女の目の前には気迫の籠もった目で決意表明するエレインの姿があった。

 

「私もアサシンさんと一緒に戦います。魔術なんて何も知らない私だけど、それでも、町の人たちが戦争に巻き込まれるかもしれないのに自分だけ安全な場所に閉じこもってるなんてできない。フィオレさんにもカウレスくんにも聞きたいことがある。それに」

 

「なんです?」

 

「えっと、話の流れ的にそうなのかなって思ったんですけど、アサシンさんってもしかしなくても私のご先祖様……なんですよね?」

 

そうですね(そうだね)

 

女性の声と男性の声、アサシンたちの双方が肯定した。エレインは“だったら!”と、己の心を打ち明ける。

 

「また、また家族が戦場に行って帰ってこなくなるのは嫌なんです! また独りぼっちになるなんてのは! だから……だから、私も連れて行ってください」

 

そして“お願いします!”と、エレインは頭を下げて懇願した。

 

「……」

 

アサシンは悩む。自分たちの末裔の切なる願いを叶えてやりたいとも思うが、しかし戦場に連れて行くにはやはり危険が伴うのだ。命を危険に晒すこともあるだろう。

 

「良いでしょう、ただし身を守れるだけの力を身につけるように」

 

「やった、ありがとうございます!」

 

花が咲いたような笑顔で飛び跳ねながら喜ぶエレイン。そんな彼女の様子をアサシンは複雑な面持ちで見つめている。

 

『良いのかい、モルガン』

 

「……地脈から魔力を吸い上げるよりも彼女から魔力を頂戴したほうが実力を出せますから」

 

『ははは、理屈をこねてでもわがままを聞くなんて、君も甘くなったね』

 

「う、うるさいぞアーサー。それに、ようは勝てば良いのだ、勝てば。お前と私ならそれが出来るだろう?」

 

『……ならば僕も、その信頼に応えるとしようか』

 

 

 

 

「見てくださいアサシンさん! 魔力を込めた宝石を投げて爆発させたらそれなりに威力が出たんですけど、これなら戦えませんかね!?」

 

「暴発した魔力石による局所的な魔力嵐の生成……通常であれば術式を刻んでいない単なる魔力石ではこれほどの威力など出せませんが、お前の魔力量ならではの事象ですね。その効果は並みの人間ならば死に至り、魔術師ならば体内の魔力回路が乱され魔力酔いに至ると。まぁ、良いんじゃないんでしょうか。魔術的な美しさの欠片もない暴力的な技ですが」

 

『肩強いね、君……』

 

そしてエレインはベースボールクラブ時代の経験を活かして、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)に似た何かを身につけた。

 





エレイン「そういえば、アサシンさんの真名ってなんですか?」

アサシン「アルトリウスとモーガンですね(だね)

エレイン「へぇ……あれ、なんか歴史の授業で聞いたことあるような……? ん? ドラコニオスって、あれ? もしかして建国の父って言われるあの!? うそ──!?」

【驚報】私の先祖が建国の父だった件について

アーサー(まぁ1500年も昔の話だし、直系でなければほとんどルーマニア人全員子孫みたいなものだけど、喜んでるから黙っておくかぁ……)

モルガン(……そうですね)





史実において、ヴラドⅢ世には二人の妻がいたそうです。一人目は国内貴族の娘で詳細不明、ヴラドⅢ世がハンガリーに抑留されている間に城を攻められ川に入り自害したとあります。二人目の妻はワラキアに干渉するためにハンガリー側があてがった妻ですね。しかもそのときに正教会からローマカトリックに改宗させられたせいで、ワラキア国内の正教徒の支持を失ったとか。……なんか、ヴラドⅢ世ってつくづく可哀想……。

あとオリ主の預かり知らぬところですまないさんは退場してジークくんが誕生しました。それからモーさんがモーさんなのは……分かるだろ?

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