アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【6】

 

 

「どうして、どうして私を庇って……!」

 

遥か天高く、ルーマニアの夜空に浮かぶ天空要塞の廊下に乙女の慟哭が響く。

 

「お願い、目を覚まして──カウレスくん!」

 

彼女はその腕に幼馴染の青年の体を抱える。心臓を穿たれ、今にも息絶えてしまいそうな彼に彼女は必死で呼びかけた。

 

その夜。カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは勇敢にも吸血鬼(バケモノ)からエレインを庇い、その生命を使い果たしたのだった。

 

 

 

 

時は少し遡り。

 

 

 

 

令呪とは冬木の御三家の一つマキリが考案し実現した、聖杯戦争の根幹をなすシステムである。

 

ソレはマスターをマスター足らしめるモノ。本来人間に御し得ない英霊を使い魔に貶める絶対命令権であると同時に、マスターがサーヴァントと共に戦うことを可能とする手段でもあった。

 

その効果は多岐に渡る。

 

サーヴァントへの絶対命令権であり、空間を超えた転移や英霊の意思に反した行動──それこそ自害すら命じられる手段として使うこともできる。あるいは純粋な魔力リソースとしてサーヴァントをバックアップしたり、マスター自身が自己強化に用いたり、非常に稀なことであるが不完全ながらも受肉を命ずることすら可能とする。

 

つまり、聖杯戦争に勝ちたいなら令呪の使い方は慎重に吟味するべきなのだ。それこそ英霊の選定以上に。どんなに低位なサーヴァントであっても、令呪さえあればジャイアントキリングが可能となるのだから。

 

だというのに。

 

『やめろ──ォォォッ!!!』

 

昨夜、あろうことか敵対することを宣言したエレインを救うために、カウレスはソレを使った。

 

そのことがエレインの心を悩ませる。アレには明らかに、自分を救う以上の意味はなかった。なぜ彼はそんなことをしたのだろうか。

 

「カウレスくん……というか。二人は悪い魔術師じゃない、のかな?」

 

単純に善悪で物事を判別できると思うほど、エレインは子供ではない。が、先日は戦闘が連続したことによる昂りからか視野狭窄に陥っていたみたいだ。

 

先日の二人の反応を見るに、フィオレとカウレスは何も積極的にこの聖杯大戦を引き起こそうとしたわけではないようだ。彼女たちは家のしがらみとやらに縛られて、仕方なく参加しているのかもしれない。

 

だとすればエレインが真っ先に倒すべき敵は聖杯戦争を画策した黒幕、ユグドミレニアの長──ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアという男だろう。

 

エレインはアサシンから聞いている。ダーニックの所業について。

 

彼は赤子の魂を生贄に、自らの若さを保つ外道なのだと。

 

彼が聖杯戦争に勝ってしまえば一体どんな願いを叶えようとするか、分かったものではない。

 

「たしか、魔術師はみんな根源ってやつを目指すんだっけ」

 

根源、それが意味するところをエレインは詳しくは知らない。これもまたアサシンから聞いた知識だからだ。だが、予想はできる。

 

魔術師とかいう外道集団が求めるものだ、それはきっと最悪なナニかに違いないと。

 

「なら、絶対阻止しないとね」

 

「先ほどからブツブツと煩いですよ、エレイン。集中が乱れます、邪魔するようならすぐにアカデメイアに返しますよ?」

 

「ごめんなさい」

 

隣で独り言を呟くエレインに癪に障ったのか、大聖杯(・・・)に高度で複雑そうな術を行使しているアサシンが苦言を呈した。怒られてしまった彼女は大人しく大聖杯の端っこで縮こまっておくことにする。ほんとに帰されてしまうのは嫌なので。

 

大聖杯、そう、そこにはあらゆるサーヴァントがいままさに争い求めている大聖杯があった。ミレニア城塞地下深くに安置され、この土地の霊脈に深く繋がったダーニック秘蔵の代物である。

 

本来なら厳重に保管され、余人が見ることなど叶わないであろうソレにあろうことかエレインとアサシンは対面しているのだった。

 

二人がここに至る手段だけを説明するならば、そう難しいことではない。

 

大聖杯とは霊脈から魔力を吸い上げ貯蔵し、そのリソースで以て聖杯戦争を引き起こす魔術礼装なのだ。そう、霊脈(・・)に深くつながっているのである。

 

で、あるならば大回廊を持つアサシンがそこに転移することなどお茶の子サイサイであった。

 

大回廊。それは元は東ローマ市民のために建設された超大規模な水道網、魔力の電線のようなものだ。バルカン半島の地下──正しくはズレた位相であるが、その全域にローマン・コンクリートで補強された地下道が眠っている。

 

本来の用途は単なるインフラ設備に過ぎないのであるが、それは『大回廊の繋がる場所への転移』という魔法レベルの破格な副次効果を有していた。

 

『なぜ大回廊にこんな能力があるのか、だって? 私がモルガンに頼んで機能を付け足してもらったんだよ。ほら、これだけ巨大だと色々と面倒だろう? ……具体的に言うとメンテナンスが』

 

などと男性のアサシンは遠い目をしながらエレインに言っていた。確かにバルカン半島全域に渡る地下道を一族の者だけで管理するとなれば、転移能力くらいなければやってられないだろう。

 

でも、そんなまるで配管工事がしやすいからみたいな理由で魔法級礼装を作られたら他の魔術師の面目が丸潰れなんじゃないだろうか。エレインは訝しんだ。

 

「もうすぐ仕込みが終わります。これが終われば小聖杯の捜索ですね。恐らくはこの城塞の中に収められているのでしょうが……さて、ダーニックの私室か、はたまた宝物庫か」

 

大聖杯という常人には扱えぬ神秘の塊を暗殺者のクラスとは思えないほど緻密な操作で弄くりながら、アサシンはそう呟いた。

 

仕込み──ソレはこの聖杯戦争を無為にしてしまう破壊工作である。物理的に破壊するのではなく、願望器(・・・)を巡って争うという大前提を破壊してしまうやり方だった。

 

アサシン曰く、この仕込みが終わればあとは小聖杯さえあればエレインとアサシン陣営の勝ちらしい。素人魔術使いであるエレインにはそのロジックがさっぱり分からなかったが。

 

「しかし、赤の陣営がこの城塞に攻め込んでくれたお陰で大変助かりました。魔術防御もザルなものばかり、やりやすいことこの上ありませんね」

 

「あはは……」

 

別に赤の陣営の襲撃に被せなくても、このアサシンならば難なく城塞に侵入できたのではないかと思い、エレインは苦笑いした。誰も城の内側でまるでゲームみたいに敵が出現(ポップ)するとは思うまい。

 

「──エレイン。静かに、そして迅速に『隠れ兜』を使いなさい」

 

順調に工作が進んでいると思った次の瞬間、何かを感知したアサシンが霊体化し、気配遮断を行使しながらエレインに警戒するように告げた。命令通り彼女は『隠れ兜』を羽織る。

 

そしてカツン、カツンと足音が響いたかと思うと、大聖杯を見下ろすような位置にダーニックが現れた。

 

『あれがダーニック・プレストーン・ユグドミレニアか。六十年前に第三次聖杯戦争に参加し、大聖杯を奪取した張本人。とても100歳近い年齢には思えないな……』

 

魔力のパス越しに男性のアサシンの声が響く。肌がピリつくような殺意の籠もった声だ。いつでも剣を抜き、ダーニックを暗殺できるようにしているのだろう。

 

しかしソレを実行するわけにはいかない。赤と黒には可能な限り、互いに消耗して貰いたいのだ。ここでダーニックを殺せば趨勢は完全に赤へと傾いてしまう。戦術的な勝利を得て戦略的な勝利を失っては本末転倒だろう。

 

「行っちゃった……ほんとに気づかないんですね」

 

『ハデスの『隠れ兜』は視覚的、魔術的に完璧な隠蔽を施してくれるからね。音や臭いには無防備だけど』

 

「さて、しかし体温も誤魔化すことはできません。あの男が現代技術を用いていたならば熱画像装置(サーモグラフィー)でバレていたかもしれませんね。……もっとも、典型的な魔術師がそのような手段を用いることなどあり得ませんが」

 

ダーニックが去ったのを見届けると、アサシンが再び実体化し作業を続ける。

 

「ねぇ、アサシンさん。私、今からあの人の後をつけても良いですか?」

 

「……はぁ? また意味の分からないことを言い出しましたね、お前。ここは敵地なのですよ?」

 

「『隠れ兜』があればバレないんでしょ? それに、小聖杯だっけ……の位置も調べなきゃいけないんですし」

 

「なぜお前は素人のくせに積極的に動こうとするのだ」

 

「じっとしてるのは性に合わないんです」

 

幼い頃からエレインは活動的なタイプだった。昔は良くフィオレとカウレスを引っ張って森の中に入り込んだものである。……そして迷子になり、泣きながら二人に連れられて外に出るのが常だったが。あのときのエレインに魔術の知識はなかったが、思い出してみれば二人が森の中で使っていたあれは魔術だったのかもしれない。だから二人は迷わずにいられたのか。

 

エレインの十年越しの疑問が解決された。

 

「この猪め。やはり先祖返りなのか。コーンウォールの猪の血か。お前、やはり見た目は私に似ているのにつくづく性格はアーサーに似ていますね」

 

「えっと、どうも?」

 

『自分で言うのもなんだけれど、たぶん褒められてないと思うよ。マスター』

 

「当然です」

 

アサシン(モルガン)のその心ないひと言が、エレインとアーサーの心を少しだけ傷つけた。

 

「……仕込みが終われば追いかけます。何かあれば十字架を使うか、令呪で呼び付けなさい」

 

「はい!」

 

意気揚々とエレインは頷くと、物質化させたエーテルの足場に飛び乗りダーニックの後を追う。先日感情の赴くままに力を行使しようとしたエレインは何か感覚を掴んだのか、以前よりずっとエーテルの扱いが上手くなっていた。

 

……それでも基本攻撃が投擲なのは変わらないが。

 

『失礼な、ストレート以外にも色々投げられますよ! カーブとか、スライダーとか!』

 

そのことを告げれば、エレインは口を膨らませて心外だとばかりにそう言ったことだろう。別に球種の話はしていないんだが。

 

「やはり行かせるべきではなかったか?」

 

『もう少し子孫のことを信頼してあげなよ』

 

アーサーに似たアホの娘をモルガンが信頼できるはずもない。彼女は少しでも早くエレインのもとへ向かえるように、急ぎ大聖杯への干渉を進めるのだった。

 

 

 

 

「──クソ!」

 

握り締めた拳が壁を殴り、ドンと鈍い音が部屋に響いた。

 

使い魔の目を通し、七枝の燭台(メノラー)によって投影された映像には今まさに繰り広げられているだろう戦場の光景が映っている。

 

ソレを黒のバーサーカーのマスター、カウレスはただ眺めていた。三流魔術師を自負する彼がサーヴァント同士の戦いに割り込むことなどできない。故に、こうして遠距離から支援をするしかないのだが。

 

「いいや、支援なんて言えるものじゃない。むしろ俺は、アイツの足を引っ張ってるだけだ」

 

カウレスは己の手の甲に刻まれていたであろう令呪、その残滓である掠れた痣を見て自嘲した。令呪を失った彼は、もはやバーサーカーのマスターとも呼べないだろう。魔力供給すらカウレス本人からでなく、ホムンクルスを犠牲にした魔力電池から供給されているのだから。

 

カウレスとバーサーカーを繋ぎ止めるものは、もはや細い魔力パスだけだった。その回路を通じて死の淵に立つ彼女の、荒く、それでいて今にも途絶えそうな虫の息が、呪いのように脳裏に刻み込まれていく。

 

「すまない、バーサーカー」

 

目の前に映るのは敵のサーヴァントに組み伏された己のサーヴァント。赤のセイバー、その実力はカウレスの想像以上だった。

 

先日アサシンとの戦闘で負った傷を十分に癒やした赤のセイバーは対魔力のスキルを遺憾無く発揮し、バーサーカーの攻撃をものともせず彼女を追い詰め、その胸に剣を突き立てたのだ。

 

カウレスは実感する。まだ、バーサーカーにはかろうじて息はある。だがこれから何が出来よう。そのボロボロの体で、今にも解け消えてしまいそうな魔力の体で赤のセイバーを倒すなんて不可能だ。

 

もし、そんなことを可能とする手段があるとすれば、それは令呪だけだろう。

 

「俺にあと一画令呪があれば……ッ!」

 

だが、それは詮無きことだった。覆水盆に返らずのことわざの通り、過去は決して覆らない。カウレスが令呪を使ってエレインの命を救ったことは、なかったことにならないのだ。

 

だから、なかったことにならないから。廊下でその血を吐くような悔恨の叫びを聞いた彼女はその恩に応えようとする。

 

“コンコンコン”と、カウレスの部屋の扉がノックされた。

 

「……っ。今忙しいんだ、後にしてく──」

 

苛立ちを隠しきれないまま、カウレスは乱暴に扉を開いた。だが廊下には誰もいない。

 

首を傾げたカウレスが扉を閉め、どうにもならない状況をしかしどうにかしようと、再び七枝の燭台に投影された映像に目を移そうと振り返るとそこには。

 

「こ、こんばんはカウレスくん」

 

「どわぁ! え、エレイン!?」

 

気まずそうに後ろで手を組み、もじもじと体を揺らすエレインの姿があった。

 

「どうして、いやどうやってここに!? 侵入者がいれば警報が発動するはずじゃ」

 

ミレニア城塞はもとより、カウレスの部屋にも当然、対侵入者用の魔術防御が施されている。……もっとも、たった今カウレスは自分で扉を開けてエレインを招いてしまった形になるので、その魔術が発動することはなかったわけだが。

 

「カウレスくんの部屋、思ったより普通なんですね。魔術師の部屋ってもっとこう、変な感じかと思ってました」

 

“呪いの品みたいなのとか、置いてないんですね”と興味深そうなエレインの瞳がカウレスの部屋を隅々まで眺めるように泳ぐ。

 

突然の来訪者に、しかも幼馴染の女の子に部屋をジロジロ見られてなんだか居た堪れない気分になるカウレスだった。

 

「って、そうじゃないや。カウレスくん、あなたに一つ提案があります」

 

「て、提案?」

 

「はい、私の令呪。一画貰ってくれませんか?」

 

彼女の口から飛び出たのはとんでもない提案だった。

 

「ば──」

 

「“ば”……?」

 

わなわなと俯きながら震えるカウレスの口から声が漏れる。その様子を不思議そうに眺めながら、続く言葉をエレインは待った。

 

「馬鹿なのか!?」

 

「え!? 馬鹿ってなんですか、酷いですカウレスくん!」

 

そして出てきた言葉は罵倒だった。

 

「馬鹿だろお前! 敵に令呪を渡すってなんだよ! てか、サーヴァントもなしになんでこんなところにいるんだ。敵地のど真ん中だろ!?」

 

「アサシンさんならいますもん! いまちょっと忙しいだけで……」

 

「忙しい? ま、まさか暗殺──」

 

「違いますよ! 殺したりなんてしません、ちょっとした内部工作です! ……あ」

 

「内部工作?」

 

“なんでもないです……”と口を塞ぐエレインの様子を眉を吊り上げ胡乱げに見るカウレス。

 

「っ、それよりも! カウレスくんのバーサーカー、ちょっと不味い状態なんですよね?」

 

「……どうしてそれを」

 

「廊下まで声が聞こえてました。それに“俺にあと一画令呪があれば”って台詞も。……カウレスくんが私に令呪を使ったせいで、今ピンチなんですよね?」

 

「……」

 

カウレスは無言で肯定した。

 

「だったら、私の令呪を貰ってください。もともと私の為に使ってくれた令呪なんだから、私には返す義務があるはずです」

 

「いや、でも」

 

「貸し借りはなし! それに、今戦ってるのはあの赤のバーサー……セイバーなんですよね? 私あの人嫌いだから、カウレスくんがあの人を倒してくれたら私もハッピーなんです!」

 

「ハッピー」

 

カウレスはオウム返しのように同じ言葉を呟いた。

 

そして次の瞬間、部屋を眩い緑の光が包む。その光源は投影された映像からだった。

 

「バーサーカー!? お前……『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』を」

 

バーサーカー・フランケンシュタインの宝具、『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』。全力で発動すればバーサーカー自身も死に至るその技で、彼女は赤のセイバーを道連れにしようとしていた。

 

己のサーヴァントがそれ程の覚悟を示しているのに、自分は何を迷っているのだろうと恥入り、カウレスは決心する。

 

「……後で返してって言われても返せないからな、エレイン」

 

「逆ですカウレスくん。私が借りてたものを返すだけなんですから」

 

カウレスはエレインの手を握る。そしてそこにあった一画の令呪が彼女から彼の手に転写された。

 

エレインから受け取った令呪を使い、カウレスはバーサーカーに最後の命令を下す。

 

「バーサーカー、赤のセイバーを撃破しろ──!」

 

継ぎ接ぎの花嫁はその声に応えるかのように、夜空に聳え立つ雷樹の中心で猛々しく吠えた。

 

 

 

 

令呪により強化されたその攻撃は、しかし同じく令呪によって防がれた。黒のバーサーカーの決死の一撃は赤のセイバーを殺すには至らず。

 

しかしその意思は、その場に倒れた黒のセイバーの心臓を宿す一人のホムンクルスに継承され。

 

そして彼が聖杯戦争から脱落しようとも、夜は続いていく。

 

 

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