アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【7】

 

 

 

「……」

 

「……」

 

カウレスとエレインは意気消沈したように、二人仲良くベッドに腰掛けていた。

 

「私が二画渡しておけば」

 

「いや、それでも赤のセイバーは生き残ったと思う。向こうのマスターは瞬時に令呪を防御に回せる判断が出来る、戦場慣れした人間だ。……きっと二画分使っても、相手も二画分で防いだだろうさ」

 

カウレスはしょんぼりと眉を下げてもしもの話をするエレインを慰めるためか、あるいは自分がそう信じたいのかそう言った。

 

バーサーカーは完全に消滅した。もういない。それはカウレスが完全に聖杯戦争から脱落してしまったことを意味している。

 

「むしろバーサーカーを逃がすために令呪を使うべきだったのかもな。俺がお前の令呪を無駄にしちまった、ごめん」

 

「そんなことないですよ! 私も、カウレスくんと同じ立場ならきっと同じことを命じたと思います。だから、悪いのはカウレスくんじゃありません」

 

「そうかな」

 

「絶対そうです。悪いのがあるとすれば、それは赤のセイバーの生き汚さだけです」

 

“さっさと死んじゃえば良いんです、あの野蛮人”と、エレインらしからぬ冗談にカウレスは思わず失笑した。そして二人は互いに顔を見合わせて笑う。

 

「あーあ、でもこれで俺は聖杯戦争から脱落か」

 

そう言ってカウレスはベッドに上半身を投げ出した。そして真似するようにエレインもまた横になる。

 

「カウレスくんは、何か聖杯に願いたいことでもあったんですか?」

 

「……いや、別に。もともと俺は魔術師として三流も良いところだからさ、この家じゃ姉さんの予備(スペア)みたいな扱いなんだよ。だから本当はマスターじゃなくて、姉さんのサポートをする予定だったんだが」

 

“なんの因果か、令呪が宿ってさ”と、カウレスは右手の甲を撫でた。

 

「だからもともと棚ぼた的な参加権だったんだ。願いなんて決まってすらなかったさ」

 

「そうですか。でも、嬉しいです」

 

「嬉しい? 何が?」

 

「カウレスくんが非魔術師を犠牲にして願いを叶えようとする魔術師じゃなくて」

 

「あー……」

 

ニコニコと微笑むエレインの顔を見て、カウレスは気まずそうに言い淀んだ。

 

エレインの中で、ユグドミレニアはこのトゥリファスの町の住民を巻き込んで聖杯戦争を引き起こした諸悪の根源というイメージが固まりつつあった。カウレスもその一族の一員であり、彼もまた何かの為に何かを犠牲にできる魔術師の一人なのだが。

 

彼女はどうやら、カウレスは違うと判断したらしい。そのことを肯定も否定もできず、彼は曖昧に誤魔化した。彼がエレインを助けたのは彼が善良な人間だからではない。単に彼にとって、エレインが犠牲にできない大切な存在だったから、ただそれだけなのだ。もしあの場にいたのが見ず知らずの他人ならきっとそのまま殺してしまっていただろう。

 

だが、ご機嫌な彼女にそのことを告げられるほどカウレスは正直者ではなかった。エレインの向ける親しげな視線は正直心地良いので、彼は黙っていることにする。

 

“というか何気に今俺、幼馴染の女の子と一緒にベッドで寝てるんだよな”

 

隣に横たわるエレインの姿をカウレスはまじまじと見つめる。幼い頃、少年のようにやんちゃだった彼女は今では美しい乙女に成長していた。……中身の方はまぁ、令呪を敵に差し出すなんて言い出すあたりあまり変わっていなそうであるが。

 

「どうかしましたか?」

 

「……いや、なんでもない」

 

不思議そうに首を傾げるエレイン。薄暗い部屋と燭台の仄かな明かりも相まって、そのあどけない仕草もなんだか色っぽく感じてしまうカウレスであったが、彼は首を振ってその煩悩を振り払った。

 

「……ったく。バーサーカーを失ったばかりなのに、何考えてんだ俺は」

 

「この調子でフィオレさんも脱落してくれたら良いんですが……」

 

そしてカウレスの心の内も知らないでか、無防備に背伸びをしたエレインがそう言った。

 

「どうかな。姉さんは俺と違って優秀だし、サーヴァントも強力だ。脱落すると言っても最後の方になるんじゃないか?」

 

「そうですか……あんまり友達とは戦いたくないんですけどね。それも含めて私は嬉しいです。カウレスくんが脱落してくれて」

 

「お前なぁ」

 

「あはは」

 

それはきっとフィオレも同じ気持ちだろう。彼女だって積極的に幼馴染であるエレインと殺し合いなどしたくないはずだ。なにせ、彼女はカウレスよりも人間らしい魔術師なのだから。

 

「──アサシンさん?」

 

不意に、エレインが上半身を起こした。彼女はちらりとカウレスを見た後、アサシンと念話を始めた。

 

「はい、はい。大丈夫です、今は安全な場所にいます。えと、ごめんなさい……はい」

 

念話なのだ。それは念じるだけで会話が可能だというのに、慣れていないのかいちいち電話のように口に出して言うエレイン。その魔術師らしからぬ不器用さが、カウレスには少し愛おしかった。

 

「……と、いうわけなので。私はもう行きますね。ここですることは全部終わっちゃったみたいなので」

 

それはつまり、エレインがカウレスと仲良くやっている間にアサシンが全てを終わらせたことを意味する。大聖杯への細工も、小聖杯の確保も。

 

なお、ダーニックを追跡すると言っておきながら他のことにかまけていたエレインに対しアサシンは怒り心頭であった。その上令呪を敵に渡したと知れば、彼女にご先祖様の雷が落ちることは間違いない。

 

「その前に一つ聞いて良いか」

 

「はい」

 

「エレインは聖杯戦争に巻き込まれたわけだけど、何か願い事があったりするのか?」

 

「えっと、私が積極的に戦ってるのは聖杯戦争を止めたいからです。なので強いて言えばこの戦争の停止が願いなんですけど……」

 

“でも、願いなんて考えたことなかった”と、虚を突かれたように彼女は目を瞬かせた。

 

「……家族の蘇生とかは考えなかったのか?」

 

「──────」

 

エレインの体が固まった。大きく目を見開くその様子はまさに目から鱗だと言わんばかり。

 

瞬間、彼女が思い出すのは戦争で亡くなった父と兄と母、そして老衰で亡くなった祖父のことだ。聖杯が真の願望器であるならば、エレインは再び彼らと会うことができるのかもしれない。

 

亡くなった家族の蘇生、その抗えない甘美な誘惑にエレインは一瞬心を奪われそうになるが。

 

「……いらないです。そんな奇跡、私には過ぎたもの」

 

鋼の精神で、その誘惑を打ち破った。

 

「何より、うちには家訓がありますから」

 

「家訓?」

 

「はい。“過ぎたる力は身を滅ぼす”というのが、私たち竜の一族の家訓なんだっておじいちゃんが言ってました」

 

それは抑止力によって一族が排斥されることを危惧した家祖アサシンが遺した言葉だ。歴史に名を残すことではなく、ただ連綿と後世にその血筋を繋いでいくことを願った言葉。

 

その家訓があったからこそ王朝の滅亡、帝都の陥落、家名の変更という三つの危機を乗り越えてその血はエレインへと受け継がれているのである。

 

「エレインの一族って……」

 

カウレスの家、フォルヴェッジ家はここ百年でユグドミレニアに吸収された家系だ。ルーマニアに対する根は浅い。故にエレインの家について知っていることは少なかった。これが100年この地を本拠地とするダーニックならば、彼女の血筋のことも多少は知っていただろう。

 

無論その血筋は魔術師としては無名で、単にこの地に根付く古い水守の一族の名前でしかないが。

 

「ドラクルです。一般的に広く知られてるのは悪魔って意味ですけど、ほんとは竜って意味なんですよ」

 

ヨーロッパにおいてドラクルは悪魔の意味合いが強い。その異名を用いたヴラドⅢ世の悪評をハンガリー王が欧州全土に広めたせいだろう。おかげで同姓であるエレインも、幼い頃はよく悪魔と揶揄われたものである。

 

「ドラクルって、もしかしてドラキュラの?」

 

「あー、語源ですね。ルーツは同じみたいです。おじいちゃんが言うにはうちはヴラドⅢ世の落胤だとかなんとか……まぁ自称なんで眉唾な話ですけど」

 

あっけらかんと言って笑うエレイン。ヴラドⅢ世の家、彼の父ヴラドⅡ世から始まるワラキア公家ドラクレシュティ家の男系はとっくの昔に断絶している。『我らの先祖は実は〇〇だった!』なんて、良くある根拠のない落胤伝説の一つに過ぎなかった。

 

「あれ? でもアサシンさんが私の先祖なんだし、実は本当だったり……?」

 

「エレイン?」

 

「い、いやいや。気の所為気の所為。何でもないですよー」

 

これ以上先祖の知らない遺産が湧いて出てきたら溜まったものではないとばかりに、エレインはその予感を否定するように頭を振った。ただでさえ大回廊でも手一杯なのだ。聖杯戦争が終わればアレを管理するのはエレインの役割なのである。

 

一方のカウレスはエレインの姿を見ながら黒のランサーに思いを馳せていた。今も平野で赤のランサーと壮絶な戦闘を繰り広げているだろう彼は、今まさに話題に上がったヴラドⅢ世その人なのである。

 

ヴラドⅢ世の子孫と言うには彼女は……全然似てない。もちろん、あんな青白い顔をしたしかめっ面の暴君には似てない方が良いに違いないが。

 

「まぁそんな家訓がある家だから、大聖杯なんて奇跡に縋ることはできないのです」

 

「そっか。エレインは強いんだな。俺だったらきっと使ってたと思う。それこそ姉さんがこの戦争で死んでしまったら……」

 

「それは……いえ、フィオレさんは死なせません。私が倒して、生きたまま脱落させますとも」

 

“私に任せてください!”と、エレインは胸を張る。姉を倒すと宣言する彼女を肯定するのもどうかと思うが、少なくともカウレスはその言葉を信じることにした。

 

「あ……アサシンさんが早く帰ってこいって急かしてくるので私もう行きますね。待たせたらまた怒られちゃう」

 

帰ると言うが、さて一体どうやってこの戦場ど真ん中のミレニア城塞から帰るのか。皆目見当もつかないカウレスだったが、きっと来たときと同じ手段で帰ることができるのだろうと納得する。

 

「というか、私のことさんざん馬鹿って言ったけど、カウレスくんも同じ穴の狢じゃないですか!」

 

「え、どこが?」

 

カウレスはナチュラルに、ごく自然にそう返した。

 

「ま、まるで私が真性の馬鹿のような言い方ですね。……私は侵入者なんですよ、それなのに見逃しても良いんですか?」

 

「あ……ま、今日は友達が部屋に遊びに来ただけってことで一つ」

 

「ぷっ。なんですかそれ」

 

カウレスの冗談にエレインは破顔すると、“それじゃぁ、またね”と言ってドアノブを捻り部屋を出た。

 

一人残されたカウレスはその背中を名残惜しそうに見送ると。

 

「……寝るか」

 

もう限界だと言わんばかりにベッドに倒れ込み、そして消費した魔力を補給するべく仮眠を取ろうとする。そこに残る彼女の体温と香りに少しの背徳感を感じながらも、疲労からそんなことを気にかけていられない彼は自由落下するように急速に意識を落としていく。

 

だがその直前。

 

「──な、なんだ!?」

 

ミレニア城塞全体を大きな揺れが襲った。窓を割り、旋風が邸宅の中を野盗の如く荒らし回る。

 

そして地響きと共に、割れた大地からそれが引き上げられた。ユグドミレニアの絶対の勝利を保証していたはずの願望器が。

 

かつて六十年前にダーニックがそうしたように、再びその大聖杯は奪われようとしているのだ。赤のアサシンが持つ空中要塞、『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』によって。

 

「ひゃぁあああ──!!!」

 

そして竜巻によって持ち上げられた瓦礫の中に、情けない悲鳴を上げる幼馴染の姿をカウレスは目撃した。

 

……どうやら、彼の安眠はお預けのようである。

 

 

 

 

『マスター、そっちは無事か?』

 

「はい、私は大丈夫です。アサシンさんの方は!」

 

空飛ぶ城というなんともファンシーな、しかし中身はおどろおどろしい竜牙兵で溢れかえった場所でエレインは答えた。

 

「──Comanda(セット)

 

彼女は右手に魔力弾を握り締め、己に暗示をかけるその言葉を呟く。イメージするのは閉ざされた水門が上がり、そこから放たれる豪水の流れだ。

 

そして彼女の内側に宿る竜の心臓、そこから枝分かれした膨大な魔力回路が起動し、溢れんばかりの魔力を創造する。

 

străpunge de eter(エーテルよ、敵を穿て)!」

 

そして彼女の強肩から放たれた速球ストレートが敵の竜牙兵を貫いた。そして不定形な魔力ではなく、物質化されたエーテルの杭が魔力弾から飛び出す。

 

前回の戦闘で魔力を逆に利用された反省から編み出した技。エーテル結晶による集束(クラスター)爆弾である。

 

面制圧に特化したその攻撃は瞬く間に竜牙兵の小隊をなぎ倒した。そして敵がいなくなり開けた廊下をエレインは進んでいく。

 

『私は敵に囲まれているね。キャスターとキャスター……ん? キャスターが二人? いや片方はアサシンか。ともかく二騎のサーヴァントと一人のマスターが見える。大聖杯の陰に隠れているから、まだ見つかってはいないが』

 

「え? 滅茶苦茶ピンチじゃないですか! というか、何で大聖杯のところに?」

 

『あの城塞のなかで一番深く霊脈と繋がっていたのは大聖杯だろう? ということは大回廊との接続が一番安定しているのもそこだ。帰りもそこから帰ろうと、君を待って待機していたんだが』

 

つまり、カウレスと長々とお喋りしていたエレインのせいであった。さっさとミレニア城塞を立ち去っていれば、この襲撃に巻き込まれずに済んだだろうに。

 

『不味いね。見つかってしまえばせっかく確保した小聖杯が奪われてしまう。……まぁ、タイミングを見計らって逃げ出すさ。エレイン、君も早々にこの城を抜け出しなさい。最悪の場合は令呪を使って私たちを呼んでくれ』

 

「分かりました」

 

念話のパスが途絶え、エレインは残り二画となった令呪の刻まれた右手を握った。一画の消失はカウレスに譲った結果だ。マスターとしては失格かもしれないが、彼女に後悔はない。

 

さっさとこの薄気味悪い城を脱出しようと、エレインは『隠れ兜』を羽織った。こんなにも不気味な城だ、きっと持ち主は相当性格の悪い人物に違いない。

 

なんてことを考えながら、エレインが廊下の曲がり角を曲がったその先で。

 

「「(いた)……っ!」」

 

同じように廊下を曲がろうとしていた何かに彼女はぶつかった。

 

そこにいたのは。

 

「カウレスくん!? あなたも吸い込まれちゃったんですか!?」

 

「その声、見えないけどエレインだな。あぁ、良かった……」

 

つい先程別れたばかりの彼の姿だった。

 

 

 

 

「もう、私のことが心配でついてきちゃうなんて、心配性ですねぇカウレスくんは」

 

うりうりとからかうように、エレインは縦に並んで歩く彼の背中を肘でつついた。

 

『隠れ兜』はそれなりに長さがある。こうして並んで歩いていれば二人分を纏めて隠せるほど余裕があった。

 

「UFOに誘拐されるみたいに逆さまに連れ去られる姿が見えたんだから、そりゃ心配するだろ。それとも真似してやろうか? あの時の情けない悲鳴」

 

「やめてください」

 

残念ながらエレインにはからかいの才能がないみたいだ。彼女は己の醜態が見られていたことを知ると顔を赤くして俯いてしまった。あんな溺れる子どもみたいに空中でジタバタするはしたない姿を見られたなんて、最悪である。

 

「そういえば昔、エレインが湖で溺れそうになったときがあったよな」

 

「あの、ほんとにやめてください。思い出したくないので!」

 

「そうそう。あれは俺と姉さんとエレインの三人で、キャッチボールをしてたときのこと」

 

「ねぇ! やめてくださいってば! 聞いてますかカウレスくん!」

 

顔を真っ赤に抗議するエレインを無視してカウレスは昔話を続けた。

 

そう、あれは十年程前のことだ。エレインの家の近く、湖のほとりでキャッチボールをしていたとき、うっかりボールが湖に投げ込まれてしまったのである。

 

「“私に任せて!”って言ってボールを取り戻そうと意気揚々と湖に飛び込んで、それで二秒後には溺れそうになってたもんな。あれは傑作だった」

 

「やーめーてー!」

 

「結局俺と姉さんが二人がかりで引き上げたんだっけ。ぷっ……くく……」

 

「乙女の黒歴史を掘り起こさないでください!」

 

堪えきれずに飛び出したカウレスの高らかな笑い声が、そしてエレインの尊厳を求める切実な懇願が廊下に響く。敵地の中というのに、二人はまるで気にせず昔話に花を咲かせた。

 

「でも懐かしいですね。二人と一緒に過ごした時間がもうずっと昔のように感じてしまいます。……いえ、実際に昔の話ですね。もう十年も前の話なんですから」

 

十年というのは人類史全体から見ればわずかな時間だろう。だが世の中が変革するには十分な時間であり、人の人生を変えてしまうには十分な時間であった。

 

アメリカと覇権を競い合っていたソビエト連邦はあっけなく崩壊したし、ルーマニアの隣国ユーゴスラビアも民族主義の勃興によってバラバラに分解されてしまった。ルーマニアを含めた東欧圏も皆大なり小なり政変を経験したのだ。

 

そしてエレインの手からは大切な人たちの命が零れ落ち、フィオレとカウレスはユグドミレニアのスパイとしてロンドンの時計塔に旅立った。

 

「あれから十年、私の周りからは随分人が減ってしまいました。お父さんがいなくなって、兄さんがいなくなって、フィオレさんとカウレスくんがロンドンに行ってしまって、お母さんがいなくなって、去年に祖父もいなくなり、私はついに独りぼっちになってしまった」

 

ぎゅっと、カウレスは自分の上着が強く握り締められるのを感じた。彼は何も言わず、足も止めず、しかしその声に耳を傾けている。

 

「正直寂しかった。だから二人が帰ってくるって聞いたとき、嬉しかったです。また一緒に過ごせるんじゃないかって思って……でも、この戦争に巻き込まれてしまった」

 

「ごめん」

 

「……二人が悪くないのは分かってます。私の方こそすいません。昨日は二人の言い分も聞こうとせず、一方的に怒りをぶつけてしまって」

 

エレインが剥き出しの感情をぶつけてしまったのは、長年の感情を抑圧してきたことへの反動もあるだろう。若くして家族を失った彼女は否が応でも大人になるしかなかった。子供でいられる時間は少なかったのだ。

 

彼女が年上の二人に対し八つ当たりをしてしまったのは、ある種の信頼と甘えでもあろう。

 

「フィオレさんとも仲直り、できるでしょうか?」

 

「……当たり前だろ。エレインのことを心配してたのは姉さんも一緒だ。ぶっちゃけ、姉さんは才能はあっても精神面では魔術師として半端者だからな。ちょっと喧嘩したくらいで、簡単に割り切れるようなドライな性格してないさ」

 

コツコツと二人の足音が廊下に響く。そして壁に掛けられた燭台の灯火が揺れ動いた。

 

「……実はエレインに黙ってたことがあってさ。俺たちロンドンに留学してた訳だけど、もう退学したんだよな。休学じゃなくて退学な」

 

「……ええ!? 辞めちゃったんですか! なんで!?」

 

カウレスは後ろを振り返ると、気まずそうに頭の後ろをかきながらそう言った。

 

「何でもなにも、今ユグドミレニアが戦ってる相手がそのロンドンの時計塔の連中だからな。叛逆者になったのに、いつまでも在籍してるわけにはいかないだろ?」

 

「ルーマニアの地主のユグドミレニアと、ロンドンの学校が戦争……? あの、魔術世界ってどんな世界観をしてるんですか。そのロンドンの学校ってホグワーツか何かなんですか」

 

某有名小説にある魔法魔術学校の名前を出すエレイン。彼女にとって、カウレスの説明は意味不明だった。魔術世界情勢は複雑怪奇なり。

 

「いやホグワーツて。……ま、あながちその表現も間違いじゃないか。時計塔は魔術協会の学術機関なんだ。ああ、魔術協会っていうのは時計塔、アトラス院、彷徨海の三つが合わさった魔術師の組織のことな」

 

「???」

 

「……つまり! 俺が言いたいのは、もうロンドンには行かなくて良いってことだ」

 

「それって」

 

言いたいことが伝わったのか、彼女は目を丸くする。その瞳がカウレスの瞳と一直線に向き合った。燭台の灯火が激しく揺れる。

 

「聖杯戦争が終わっても、俺と姉さんもルーマニアに残る。だから、あぁ何て言ったら良いんだろうな。その……」

 

「もう、離れ離れにならなくて済む?」

 

「その言い方は語弊があるっていうか……っ! あ、あの。エレインさん?」

 

カウレスの背中を温かな感触が襲う。エレインが彼を後ろから抱擁し、その体温がゼロ距離で伝わってきているのだ。

 

「やった、嬉しいです。また昔みたいに、三人で過ごせるなんて」

 

「も、もう少し距離感考えてくれ。俺も男なんだし……って聞いてない」

 

グリグリと背中に顔が押し付けられる感触に、カウレスは何とも言えないような、若干ニヤけたような表情でそう呟いた。

 

「でも、まだ確定したわけじゃないからな。ユグドミレニアがボロ負けして俺も姉さんも殺されたら台無しだし、だから──」

 

“だからくっついてないで離れてくれ。今はこの城塞を脱出することに集中しよう”と、カウレスは口にしようと後ろを振り返ったその時だった。

 

彼はその目に、はっきりとソレを捉えた。

 

廊下の向こう側から、真っ暗な暗闇が、そう形容するに相応しいナニかが真っ直ぐこちらに迫ってきている。

 

燭台の灯火が揺らめき、ふっと風に吹かれたように消えた。それは錆びついた血糊かあるいは鮮血のような黒と赤の霧である。

 

「エレイン、どけ──ッ!」

 

その霧は、乙女のすぐ後ろで影を作り、やがて人型の実体を生み出した。神がかった反応速度で、カウレスはエレインの体を投げ飛ばす。

 

『隠れ兜』により二人は隠密状態にあったはずだった。だが見えずとも、感じ取れずとも分かってしまうのだろう。人の血をすする悪魔、吸血鬼ドラキュラにはその獲物の血の甘美な香りがはっきりと。

 

そして彼が次に感じたのは衝撃と、胸に広がる熱。何かが己の心臓を貫き、その血を啜られ、炉心を吸収される(喰われる)感触だった。

 

「が……ぁっ……」

 

意外なことに苦痛はなく、感じるのは生命(いのち)の温かさと、それが吸われていくことの冷たさだけ。

 

そして遠のく意識の中で彼が最後に見たのは、己を見下ろすユグドミレニアの長ダーニックと、ルーマニアの古き王ヴラドⅢ世が混じり合ったようなおよそ人とは呼べぬ化生の紅い瞳。

 

「え──?」

 

そして彼が最期に聞いたのは困惑、疑問、否定、そして絶望、そんな混沌とした感情をたった一言に詰め込んだ、己の想い人の声だった。

 

 






自分でも気づいてなかったんですけど、もしかしたら自分は主人公じゃない主要男性キャラが好きなのかもしれない。巽くんしかり、カウレスくんしかり。なんか、焦点を当てたくなってしまうんだなぁ、コレが。他の二次創作であんまり活躍してるところが見られないから、自分の中で需要があるのかも。

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