アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【8】

 

 

「ダーニック、貴様──ァァァッ!!!」

 

黒のランサー、ヴラドⅢ世はおよそ自分のマスターの名を呼ぶとは思えないような憎悪の籠もった怒声を上げた。

 

そして彼の体は英霊ではなく怪物へ、異形のモノへと変質していく。

 

ヴラドⅢ世とは本質的に護国英雄である。故に彼は己が領地と定めた領域内で本領を発揮するのだ。彼は領域内であれば赤のランサー、インドの大英雄にして施しの英雄『カルナ』とすら打ち合える。

 

だが、この空中要塞は彼の領域ではなかった。彼の生きた十五世紀に領空(・・)なんて概念はない。故に、力を失ってしまった彼の敗北は必至だったのだろう。

 

──誇りから封じていた宝具、己の名を汚す伝承。『鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)』の発動を令呪で以て命じられていなければ。

 

“余は吸血鬼などではない……!”と、苦悶に喘ぐ声が廊下に響く。だがダーニックはそれを嘲笑うかのように、さらに令呪を重ねた。“大聖杯を手に入れるまで生き続けろ”、そして“我が存在をその魂に刻みつけろ”と。

 

他人の魂を己に継ぎ足して生き永らえてきたダーニックは、今度は己の魂をヴラドⅢ世に融合させ、その精神を汚染した。

 

かくして、そこに出来上がったのはもはやダーニックでもヴラドⅢ世でもないナニか。ただ遺された妄執に突き動かされるだけの化物だった。

 

裁定者(ルーラー)、ジャンヌ・ダルクの名においてこの場に集う全てのサーヴァントに令呪で以て命ずる! 吸血鬼を討伐せよ!」

 

そしてその場にいた吸血鬼の天敵たる聖職者ジャンヌ・ダルクは正しく、迅速に判断を下した。

 

黒のアーチャー、大賢者ケイローン、

 

黒のキャスター、ゴーレムマスターアヴィケブロン。

 

赤のランサー、施しの英雄カルナ。

 

赤のアーチャー、純潔の女狩人アタランテ。

 

赤のライダー、最速の英雄アキレウス。

 

そしてルーラー、救国の聖女ジャンヌ・ダルクの六騎による赤と黒の陣営、その恩讐を超えた一時的な共同戦線がそこに成立したのだった。

 

恐怖の代名詞にして圧倒的知名度を誇る怪物、そんな吸血鬼ドラキュラと言えど流石に六対一は多勢に無勢。狂気に侵されたヴァンパイアは技量を欠き、次第に英霊たちに追い込まれていく。

 

だが、一瞬、そう一瞬だけ隙ができたのだ。それはこの聖杯大戦の裏側で暗躍する神父の奸計によって、彼らとマスターとの接続が断たれたが故に起きた出来事。赤のサーヴァントたちの、一時的な制止である。

 

六騎中の三騎、半数が行動不能に陥りその分火力も半減した。その綻びを吸血鬼は見逃さない。

 

「不味い、このままでは──!」

 

ルーラーが直感か、あるいは神からの啓示によって察知したその先に訪れる未来に対し声を上げた。彼女はもう一度令呪を使い、前線を立て直そうとするが時すでに遅し。

 

霧と化した吸血鬼は高笑いとともに闇に紛れ、彼らの前から姿を消した。そして命令のまま、一体となった彼ら(・・)は廊下を霧の風になって飛ぶ。

 

──我が手に大聖杯を!

 

──一族の繁栄を!

 

──今こそ、我が願いの成就のとき!

 

人としての在り方を忘れてしまった怪物は、まさに執念と本能に囚われた獣の如きあり様だった。血に飢えた、手負いの狼のように肥大化した八重歯から涎を垂れ流し、深紅の眼が廊下の先を睨む。

 

そして、その鼻腔を芳しい香りが擽った。それはエネルギーを消費した吸血鬼に痺れるような食欲を訴えてくる。目には見えずとも、近くに獲物がいると。紅く、美しく、新鮮で、高貴で、魔力に富んでいて、己に馴染むだろう血を宿した処女(ごちそう)があると。

 

「エレイン、どけ──ッ!」

 

そして。

 

「え──?」

 

青年が迫る吸血鬼の魔の手から乙女を救い、その代償をその血で贖ったのだった。

 

「いやぁ、いや──! カウレスくん! どうして、どうして私を庇って──ッ!」

 

血に濡れることを厭わず、エレインはつい先程まで和やかに言葉を交わしていた人の体を抱えた。そこにあったはずの温かさが、急速に消えていくのを彼女は肌で感じ取る。

 

「やだ、やだやだやだ……!」

 

カウレスの肉体は額に落ちる涙の熱すら吸収するが、しかしその程度では彼の命の灯火を再び灯すには至らない。

 

泣き喚いている暇はない。刻一刻と彼の魂は肉体を離れていくのだ。故にエレインは迷わず、己に仕える手段を行使する。

 

「『希望導く祈りの環十字(プリドゥエン)』、どうかカウレスくんの傷を癒して……!」

 

少女の祈りに応えるが如く、その胸にあった十字架が光を放った。そしてその光から逃れるように吸血鬼が怯む。かつて信仰厚き信徒だったはずのヴラドⅢ世、その成れの果てである化物は今やその信仰の象徴から拒絶される存在にまで堕ちきってしまっていた。

 

やがて、眩い光が収まった。だがカウレスの胸から流れ落ちる血の流れは止まらない。その胸にポッカリと空いた虚ろな穴は埋まらない。

 

「あぁ、ぁぁ……神様、どうして……だめなの? ……そ、そうだアサシンさん! アサシンさん、どうかカウレスくんを助けてください!」

 

そして、それが無理だと分かれば彼女はすぐさま次の手段に移った。エレインの手に宿る令呪が赤く光り、魔法級の奇跡を起こす。そして呼び出されたアサシンは状況を把握し、聖なる光に目を焼かれそこに蹲る吸血鬼を目端に捉えた。

 

「敵か、ならば──」

 

「今はカウレスくんを優先して、お願い!」

 

「──代わりました。容態を見せなさい」

 

マスターの言葉に従い、彼から彼女へと変わったアサシンは倒れる青年の治療を試みる。

 

「なんて酷い傷、いや呪いの類か。これは……残念ですが、私が延命しても保って数分が限界でしょう」

 

「そんな……お願い、目を覚ましてカウレスくん!」

 

険しい顔をしながら、吸血鬼に抉られた患部を押さえるアサシン。そして喉を嗚咽させ、ポロポロと涙を零しながらも必死に呼びかけるエレイン。

 

「今の光……私は、余はあの光を見たことがある」

 

血を吸ったことで回復力が上がったのか、廊下に蹲っていたはずの吸血鬼がもう立ち上がってしまっていた。

 

希望導く祈りの環十字(プリドゥエン)』に攻撃能力はない。悪しき存在を浄化する作用はあるが、しかし先ほどの光はカウレスの生命力の喪失を抑える働きの光だ。目的を対吸血鬼に設定しなかったため、その効果も限定的になってしまったのである。

 

そして幽鬼のごとくふらりと立ち上がった吸血鬼は、次の瞬間には喰らい損ねた処女の生き血を求めエレインに再び襲いかかる──そのはずだった。

 

「なぜだ──?」

 

じゅっ……と水分が蒸発するような音を立てながら、焼かれた瞳を再生した吸血鬼は己を突き動かす本能(食欲)とは裏腹にその場に立ち竦んだ。

 

「余は、彼女を知っている──?」

 

深紅の瞳に映るは、男を抱える女の姿。

 

その光景が、魂に刻まれた記憶を呼び起こす。

 

 

 

 

「夢、か」

 

ヴラドⅢ世と魂を同化させたはずのダーニックは、その景色を見てそう結論付けた。

 

彼の目に映るのは空中城塞の廊下ではない。

 

暗く淀んだ曇天の空に、倒れ伏す死体の山。屍山血河と呼ぶに相応しい惨状……そこは戦場だった。

 

見渡す限りに生きている存在は、死体を啄むカラスを除いて存在しないだろう。周囲には磔にされ、そして串刺しにされた兵士たちの姿があった。その服装から察するに、彼らは異教徒なのだろう。十字を信じぬその在り方を、この戦場を作り出した領王は神の子と同じ末路を辿らせることで咎めたのだ。

 

……生きている存在はいないと言ったばかりであるが、それは誤りだったようだ。ダーニックは丘の上、端から見れば血塗れの死体のようにしか見えない彼が、しかし浅く呼吸し生きていることに気が付いた。

 

息も絶え絶えの死に体同然な人物はまさしく、ダーニックが聖杯大戦で呼び出したサーヴァントその人であった。

 

恐らくこの光景はきっと、串刺し公と呼ばれた男。ヴラド・ツェペシュの見た最後の光景なのだろう。

 

「以前見た夢の続きか。……ならばこの後、彼が伴侶とした女が来るはずだが」

 

ダーニックが以前見た夢には、ヴラドⅢ世を看取る妻が居たはずだ。ハンガリー王に宛行われた女ではなく、正真正銘公妃として彼が愛した女が。

 

だが、そこにあるのは死体だけ。周囲を見渡しても女の姿など見えない。血の錆びた鉄のような臭いが充満しているだけだ。

 

夢は所詮夢。ダーニックが以前夢で見た光景は、死に行く人が最後に見た走馬灯、幻影だったのだろうとダーニックは決めつける。

 

愛する人が看取ってくれるなど、そんな都合の良い話があるわけないのだと。

 

だが。

 

「何──?」

 

ダーニックは驚愕する。

 

いたのだ。ダーニックがほんの少し目を離した隙に、確かにそこに女がいた。女は血に濡れることを厭わず虫の息のヴラドを膝に乗せ、そして彼の白んだ髪を撫でる。

 

「……あぁ、ようやく会うことができましたね。すいません、随分遅れてしまって」

 

“抑止力の妨害にあっていた……なんて、言い訳にはなりませんね”と、女は悲しそうに呟いた。

 

「これは、幻か……? それとも、まさか生きていたのか……?」

 

「えぇ、生きています。川に飛び込んだくらいで私が死ぬと思いましたか? 相変わらずお前はいっそ愛おしいくらいに魔術に疎いのですね。以前話したでしょう。この大地のあまねく水脈は竜の血脈、すなわち大回廊に通ずる道なのだと」

 

“忘れてしまったのですが?”と、女が笑うとヴラドもまた“そうで、あったな……”と頬を緩めた。苦痛がほのかに和らいだのか、彼は先ほどまでの荒い呼吸が嘘のように穏やかな吐息を零す。

 

「あぁ……我が妻よ。我が愛しの妻エレイン(・・・・)よ。ずっと、ずっと会いたかった」

 

「えぇ、あなたの妻のエレインです。死の際にようやく、お前の側にやってくることができました。我が愛しの夫ヴラド、私と会えて嬉しいですか?」

 

「……あぁ」

 

「ふふ、正直ですね」

 

「取り繕う余裕など、ない、のだ……無様、であろう……?」

 

“かふっ……”と、ヴラドが血反吐を吐く。汚れた口元をエレインと名乗った女が拭った。

 

「いいえ、まさか。お前は立派に戦いました。無様など思うはずもありません」

 

「悪魔のように……か……?」

 

「私がハンガリー王の戯言を信じると思うのですか?」

 

「……冗談だ」

 

“つまらない冗談”と言ってエレインが笑った。釣られてヴラドがまた笑う。死に際とは思えないほど、二人のやり取りは穏やかにして和やかであった。

 

「ああ、そうです。伝えておかねば。長男がお前の跡を継ぎ、ワラキア公になると息巻いていましたよ」

 

「ミフネアか。だが……」

 

「えぇ、お前の言いたいことは分かります。あの子にはお前ほどの才覚がない。ワラキア公となったところで貴族(ボヤール)共を抑えきれず失墜するでしょう。……愚かな子です」

 

「止めなかったのか」

 

「……私も阿呆ですから。父親の背中を追おうとするあの子を止められませんでした。あぁ、息子が愚か者なのも当然でしたか。なにせ母が阿呆で父が馬鹿なのですから」

 

「余を馬鹿と言うか……くっ……ふはは!」

 

その弱々しい高笑いは、肺に混ざり込んだ血でヴラドが咳込んだことにより止まった。息を整え落ち着かせるように、エレインの白い腕がヴラドの胸を撫でる。

 

「次男には別家を建てるように命じました。それから、私の生家の遺産を引き継ぐようにと」

 

「別家か、ドラコニオスでなくて良いのか」

 

「その名はビザンツと、千年の忠節と共に滅びました。新たな門出には、新たな名を設けるべきでしょう」

 

「……残された家の、名は」

 

「──ドラクル。悪魔ではなく、竜の名を正しく継ぐ名です。だからヴラド、どうか覚えておいてください」

 

瞼が閉じ、呼吸も止まった。もはや骸と化してしまったのかもしれない。そんな聞こえているかも分からない状態の夫に、彼女は告げる。

 

「私は決して忘れない。世界がどれだけあなたを罵ろうと、蔑もうと、貶めようとも……あなたは人であり、夫であり、父であり、英雄であり、私の愛する男だったのだと」

 

はるか先の未来までその祈りが届くように、エレインは強く首に下げた環十字のロザリオと共に彼の亡骸を抱き締めた。

 

「子々孫々まで伝え続けましょう。あなたはドラクル、竜の戦士。その名がどれだけ汚されようとも」

 

そして。

 

その蒼く透き通った瞳が。

 

ダーニック(・・・・・)の眼を射抜いた。

 

気づいたときには、彼はもう術中に嵌っていた。

 

強力な守護、死後継続し、その魂を守り続ける思い。

 

それは奇跡にして、ダーニックが生涯得ることのできなかった神秘。

 

「何人にも、その魂を汚させはしない」

 

愛。それがこの世にある五つの魔法全てを上回る、絶対守護の魔法の正体である。

 

 

 

 

「あなたは、吸血鬼などではないのです」

 

 

 

 

「──余は吸血鬼などではない」

 

狂気は払われた。100年生きた男の妄執は消え去った。だが、まだ贖わなければならない罪が彼には残っている。

 

ヴラドⅢ世──黒のランサーが一歩踏み出せば、アサシンが警戒するように彼の前に立ちはだかった。そして目を赤くしたエレインが、憎悪の籠もった視線で彼を、カウレスの仇を睨みつける。

 

「聞け、良いか、その傷を治療することはできぬ。その者は吸血鬼に心臓を喰われた……否、喰われたという概念を付与されたのだ。喰われた肉は、二度と元には戻らぬ」

 

ならば、どうすれば良いのか。

 

彼は知っていた。良く分かっていた。その手段を使ったことで、黒のセイバーは消えてしまったのだから。

 

失くしたモノは元には戻らない、だが代わりとなるものを別の場所から持ってくることはできる。

 

「ぐ──ッ!」

 

「何を……?」

 

突如として己の胸に手刀を突き立てた黒のランサーに、アサシンが困惑の声を上げる。そしてしばらく“ぐちゅり”と肉をかき分けるような嫌な音と苦悶の声が響く。

 

そして、その腕が勢い良く引き抜かれた。胸から取り出され、その掌にあったのは。

 

「ぐ……はぁ……はぁ……っ。セイバーの二番煎じであるが、だが……有効な手段であろう」

 

肉体から離れようとも力強く脈動する、吸血鬼の心臓だった。

 

「馬鹿な、サーヴァントの心臓など移植できるはずが──!」

 

できる(・・・)。すでに前例があるのだ。……移植された者はホムンクルスであったがな」

 

「ホムンクルスだと? ……ならば、それはホムンクルスであったからだ。何者でもない模造された人だからこそ、サーヴァントという膨大な神秘に染められてなお生存が許されたのだろう。だが、生身の人間である彼に貴様の心臓が適応する保証はない」

 

「いいや、できる。余は確信を持って言える。アサシンよ、何も馴染ませるのは此奴の血である必要はない──娘よ」

 

深紅の瞳がエレインを捉える。彼女はビクリと体を震わせ、しかし健気にも睨み返すくらいの勇気を見せた。

 

「……なんですか」

 

「良い目をしているな。……名は、何と言う」

 

「我がマスター、言わずとも分かっているでしょうが吸血鬼に真名を明かすのは危険です。ともすれば呪いの起点に利用され──」

 

「大丈夫です、アサシンさん」

 

エレインはアサシンの言葉を遮ると、大きく息を吸い込みまっすぐに目を見てランサーに告げた。

 

「エレイン。エレイン・アルトリア・ドラクルです」

 

「──そうか。良い名だ」

 

その名を聞いただけで、ランサーのつい先ほど空になった胸に温かな感情が流れ込む。懐古か、郷愁か、感傷か、満足か、どれだけ言葉を尽くしても言い表せないような思いが。

 

それは証明だった。500年以上もの間、その血が確かに引き継がれてきたことの証明。彼の愛した妻の予言通りの。

 

それを知れただけで、ランサーの胸のうちに僅かにあったこの世への未練は消え去った。

 

「ならばアサシンよ」

 

「……なんでしょう」

 

「娘の血を使うが良い。ドラクル(・・・・)の血は、余の心臓に良く馴染むであろう」

 

「──ッ!」

 

得心がいったのか、大きく目を見開き驚きの表情を見せるアサシン。彼女は急かすようにエレインの顔を見て言った。

 

「エレイン、血液型は」

 

「A型です!」

 

「彼の血も……A型のようですね」

 

魔術で人体を調べ上げ、アサシンはカウレスの血液型を把握する。

 

「良いですか、良く聞きなさい。そこのランサーの言う通り、彼を救うには心臓を移植するしかありません。ですが十中八九拒絶反応が出るでしょう、サーヴァントと人の肉体では神秘の質が違いすぎますから。そしてそれを抑えられるのは、お前の血だけです」

 

「私の血……? っ、私の血があれば、カウレスくんを救えるんですか! 良いです、使ってください。私の血くらいで彼の命が救えるなら──」

 

「最後まで聞きなさいエレイン。重要なのは、必要な血の量が不明瞭なことです。……場合によっては、心臓と肉体を中和する血が足りずに彼が死んでしまうか、あるいはお前が先に失血死する可能性もある」

 

脅しのような言い方になってしまったが、アサシンの言うそれは確かに存在する懸念点であった。だが、エレインの覚悟はそれを聞いても変わらない。

 

「そんなことどうでも良い(・・・・・・)です! 彼を救えるなら今すぐやって! どうせ私は人よりも血の量が多いんですから、いっそ干からびるくらい使ってくれても構いません!」

 

「……良いのですね」

 

「くどいです、令呪で強制しても良いんですよ!?」

 

「いいえ、それには及びません。ランサー」

 

「使うが良い、余はもう、長くは持たぬ」

 

廊下の向こう側が透けて見えるくらいに不安定な霊基を無理やり動かし、ランサーはその心臓をアサシンに託した。

 

ランサーは己の心臓が青年の内に納められたのを確認すると、彼の蘇生を確認することなく、しかし確信しながらこの世を去った。もう二度と、彼が現代に蘇ることはないだろうと予感させるほどの、満足そうな笑みを浮かべて。

 

「……っ」

 

そしてアサシンがオペを開始すると同時に、エレインは手首を手持ちの針で刺した。エーテルの結晶体でできた針は血管に穴を穿つと消滅し、その空いた穴から膨大な魔力の籠もった血液を送り出す。(ドラクル)の心臓から吸血鬼(ドラクル)の心臓へと。

 

「どうか生き返って、カウレスくん……!」

 

ドクドクと唸る己の心臓の音を聞きながら、彼女はただひたすらに祈り続ける。そしてその祈りに応えるように、淡くロザリオは光を放ち続けるのだった。

 

そして。

 

「あなたは、もしや黒のアサシンですか! どうしてここに……いえ、それよりも吸血鬼を見ませんでした、か──?」

 

吸血鬼を追ってやってきたルーラーたちが到着する頃には全てが終わっていて。

 

「逃げましょう、アサシンさん!」

 

「『帝都抱きし双頭の竜(クロスカリバー・ビザンティーン)』──ッ!!!」

 

宝具によって城塞に穴を空けたアサシンに連れられ、エレインは逃げ出したのだった。

 

その腕の中に、小さく吐息を零す幼馴染の彼を抱えながら。

 

 

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