「俺は、あなたの息子だ。アーサー王」
白亜の城キャメロット、そこにある円卓の間にて、銀と赤に彩られた兜を脱ぎ捨てた男がそう言い放った。
男の名はモードレッド、アーサー王の息子であり、彼と瓜二つの外見でありながらも彼よりもずっと若い少年であった。
彼がアーサー王に似ているのも無理はない。なぜなら彼は魔女モルガンによって、アーサー王の種から生み出されたホムンクルスなのだから。
そんな自らの出自を敬愛する王に明かしたモードレッドは、ひたすらじっと王の反応を待った。彼の額からは雫が流れ落ち、“ごくり”と生唾を飲む音が部屋に響き渡る。
そして、王の反応は。
「……いや、知っているが?」
怒るでもなく、否定するでもなく、ごくごく当然の事実を受け入れるかのように、むしろ“今さら何を言っているのか”と言わんばかりの呆れた表情でモードレッドへと振り返った。
「えっ」
「サー・モードレッド、卿が我が姉上モルガンに作られたホムンクルス、すなわち私の血縁上の息子であり、そして私を滅ぼすためにこのキャメロットに送られてきたということ……この私が知らぬと思うてか? 当然把握している。把握した上で黙認していたのだ、そこのところを貴公は分かっているのか?」
「う、うす」
「返事は“はい”だ。モードレッド」
「はい!」
姿勢を正してピンと背筋を伸ばすモードレッド。アーサーはその様子を見て“まったく、貴公に教育を施したのは誰だ? 一度養父上に騎士として叩き直してもらうと良い”などと言った。
「まぁ、良い。話は以上か? であれば私は行くぞ。そろそろ昼餉の時間だ、厨房に急がなければまた献立がマッシュポテトになってしまう」
“せめてそこからバター焼きにするなり一工夫をだな……”などと文句を言いながら、アーサーは何事もなかったかのように円卓の間を去ろうとした。
「ま、待て待て! いや、待ってください!」
「ん?」
「いや、“ん?”じゃなくて! お、俺はあなたの息子なんですよ!? もっとなんか、反応があるでしょう! 驚くとか、否定するとか……」
「知っていることに驚くわけもないし、事実を否定することもないが。あぁ、当然だが周囲に言いふらすことはしないように。婚外子がいると知れば
「そ、そうじゃなくて……!」
モードレッドは乱暴に頭をかきむしった。心の中の思いを言語化するには、彼はまだ若すぎるようだ。
「あ、あんたは俺の父親なんだ、父親なんだから……その……」
そこからモードレッドの言葉が続くことはなく、しなしなと尻すぼみになってしまった。アーサーはじっと何も言わなくなったモードレッドを見つめると、再び背を向けて部屋を出ようとする。
そして、彼の背中にモードレッドが“待って”と言おうとして手を伸ばしたそのとき。
「モードレッド」
「は、はい!」
「……そう、だな。共に昼食でもどうだ? 私の前なら貴公も、その窮屈な兜を着けずに食事を楽しめるだろう? それに自慢にならないかもしれないが」
アーサーは王としての仮面を外し、ポリポリと赤面した頬をかいて言った。
「私はガウェイン卿よりも料理が上手いぞ?」
「……」
「モードレッド?」
固まってしまったモードレッドに首を傾げるアーサー。そして次の瞬間ぱっと花が咲くような喜色満面の笑みを浮かべてモードレッドは言った。
「ぜひ! ぜひお供させてください、父上!」
◇
それからと言うもの、アーサーとモードレッドは狩りとの名目で度々城を抜け出し、共にブリテンの地を駆け回った。
「う、うま……! 魔獣の肉ってこんなに美味いんすね、父上」
「草食系は総じておいしいよ、モードレッド。雑食とか肉食系は雑味があって美味しくないが」
ともに
「う、うぉぉぉ! 見てください父上、大物ですよ大物!」
「やるね、湖の主を釣り上げたか。ならば僕も負けていられな──あ、しまった」
「な、なんかクソでかい水獣が出てきたぜ父上ぇ!?」
ともに
「ここが我らの生きるブリタニアだな。そのなかでも我がログレスの領域はこれくらいで……残りは諸侯や異民族の土地だ。西にはヒベルニアがあって、南にはガリア、東にはノルヴェキアがある」
「はえー」
「そしてここ、北海とバルト海を隔てる半島があるだろう。このあたりに
「う、うす。いや、はい! 聞いてます!」
キャメロットの書庫で直々に王から教導を受けたりと、彼は充実した日々を送っていた。
「いやー、ははは。父上はめっちゃ優しいし、母上も最近は音沙汰ないし、国は貧しいけど……ま、平和っちゃ平和だし。なんか順調だなぁ、良いのかぁ? 良いかぁ!」
兜の下でニマニマとニヤけながら、モードレッドはキャメロットの廊下を行く。
「モードレッド卿」
そんな彼のご機嫌ムードに水を差す存在がいた。廊下の向こう側から現れた、彫りの深い顔のため見た目以上に歳を取っているように見える人物。キャメロットの智将にして悪謀を担う存在。
「げっ、アグラヴェイン……」
血縁上はモードレッドの異父兄弟にあたるアグラヴェインであった。
「
「……申し訳ありません、サー・アグラヴェイン」
彼の言うことはもっともであるので、モードレッドも態度を改めた。敬愛する父親の顔に泥を塗るなどあってはならぬことなのだ。
「それと、一つ忠告しておこう。貴様の戯れに陛下を付き合わせるのはこれっきりにしておけ」
「な──ッ!?」
だが、次に彼が言ったことはモードレッドにとって到底受け入れられることではなかった。
「私は忠告したからな」
アグラヴェインはそんなショックを受けたように固まるモードレッドを目で流すと、すれ違うように廊下を去っていく。
「……んだよあいつ! 俺が父上に目をかけてもらってるからって嫉妬してるんだな? 絶対そうだ。あいつああ見えて父上のファンらしいからな。へっ、父上の一番は俺だっての」
ムカムカとざわつく心を静めるかのように、モードレッドは廊下で独り言を呟く。
「うぅ……嫌な気持ちになっちまった。こういうときは、父上に会いに行くしかない!」
心機一転、モードレッドは足取りをアーサーが今頃自分への授業の準備をしているであろう円卓の間へと向かわせる。
そして彼は、勢い良く扉を開けた。
「ちちう──」
“パン!”と、乾いた音が部屋から響いた。
「……満足かい、ギネヴィア」
「……っ。私への当てつけですか、アーサー様。あなたのそのような態度が、あの愚か者をつけ上がらせているのです!」
部屋の中にいたのはアーサーだけではなかった。彼の王妃、美しきギネヴィア妃までもがいたのである。
モードレッドはそのことに気がつくと顔を青くし、扉の前に立ち尽くした。そしてアーサーの顔を叩いたギネヴィアが円卓の間を出ようとしたとき、その目端にモードレッドを捉える。
「い、いかな王妃様と言えど、陛下への乱暴は無礼にあたるかと」
「……」
兜越しに、ギネヴィアの視線がモードレッドへと突き刺さる。モードレッドは“さっき父上って言ったの、聞かれてないよな……?”と冷や汗を流しながら、これからこの王妃にどんな風に詰られるのかを想像する。
だが、意外なことに、王妃がモードレッドに向けたのは怒りではなくその逆。
「ありがとう、モードレッド卿」
感謝、そして。
「これで私は彼と一緒にいられるわ」
笑顔だった。
「あ……え……?」
王妃が去り、困惑する彼はこの部屋に残されたもう一人の存在へと顔を向ける。
「ちち、うえ……?」
「騒がしくしてすまない、モードレッド卿。さて」
赤く腫れた頬を擦りながら、理想の王は貼り付けたような笑顔を浮かべる。
「今日はどんな話をしようか」
その顔を見たとき、モードレッドは悟ってしまった。
自分はきっと、失敗したのだと。
敬愛する父の心を、自分の心を救ってくれた人の心を、傷つけてしまったのだと。
◇
『ちち──陛下! ぜひ、俺もローマ遠征に……!』
『貴公はこの地に残ってくれ。私の国を、どうか頼んだ』
『……はい!』
モードレッドは思い出す、アーサー王が自分にログレスを任せ、ローマ遠征に向かった日のことを。
『おお、モードレッド! 御身はさながらアーサー王の後継!』
『もはやかの王の時代は終わった! 次はあなたの時代だ! モードレッド・ペンドラゴン王!』
不気味なくらいに自分を讃える、諸侯たちの姿を。そして。
『ああ、ようやくこのときが来たのですね、喜びなさい我が息子。お前は、私の役に立ちましたよ……?』
『母……上……』
記憶を失う前に、己に狂気を吹き込んだ魔女のことを。
「ごめんなさい……」
気道に入り込んだ血とともに、モードレッドは謝罪の言葉を吐き出した。
「ごめん……なさい……お父さん……!」
手から剣を落とし、理性を取り戻した目で己の腹を貫く父の姿を見る。
「おれ……おれ……全部壊しちゃった。あなたの全部……あなたは、おれに全部を与えてくれたのに……」
モードレッドは失敗した。狂気に飲まれ、敬愛するアーサーの国を滅ぼしてしまった。
「良いんだ、モードレッド。君は、悪くない」
アーサーから息子としての自分も、恨むべき存在としての自分も奪ってしまった。
「俺は……!」
だから最後にこれくらいは言わなければ。
「俺は──あなたの子に生まれることができて、幸せでした。おとう……さん……。どうか、どうか、最後に俺の死体を使って……魔女を……斃してください。あいつはきっと、ここに来るから……」
かくしてモードレッドは愛する父の腕に抱かれ、その温もりの中、死の冷たさを知ることなく安らかに息を引き取る。
「──」
もはや何も聞こえなくなった耳に、父からの言葉を受け取って。
◇
「すいませんでした──ぁぁぁ!!!」
だから、その記憶を受け継いだカルデアのモードレッドがアーサー・オルタに土下座をぶちかましたのも、仕方がないのである。
◇
「むっふっふー、ふーんふーん」
体は女だが心は男、そんなモードレッドがカルデアの廊下を歩く。彼女はまさしくご機嫌もご機嫌、超ご機嫌だった。
今なら女だと言われても“うっせーなぁ、やーめーろーよー(笑)”で済ませてしまうくらいご機嫌だった。
だってそうだろう、アーサー・オルタが部屋に閉じこもって三日。そして今日が、彼が目覚めるときなのだ。
「おや、モードレッド卿。随分と上機嫌ですね」
「ん? ベディヴィエールじゃねぇか。廊下でばったり会うなんて珍しいな」
そんな彼女が出会ったのは隻腕の騎士ベディヴィエールである。
「あなたも目を覚ました
「あったりめーだろ? オレが……その……見舞いに行ける父上なんてあの人だけなんだしよ」
「ははは」
「わ、笑ってんじゃねぇ! だいたい、前に一緒に巨人狩りに行く約束してたんだよ! それなのに父上がばったり倒れちまうからさ……約束守ってくれって、催促しねぇとだろ?」
げしげしと抗議の意味を込めてベディヴィエールの脇腹をつつくモードレッド。
そして“はは、痛い。本当に痛いのでやめてください”とガチの目でそれを避けようとするベディヴィエールの二人は、目的の人物がいるであろう部屋の前に立った。
「ではノックをして──ちょ、モードレッド卿!?」
「ちーちーうーえー!!!!」
マナーガン無視で病人の部屋に突撃するモードレッド、そして彼女は見た。立香とマシュに見守られながら三人の女に介抱されている、ベッドに横たわる一人の
「モードレッド卿、貴様、オレが生前あれほど宮廷マナーを仕込んでやったというのにすべて忘れたのか? やはりオレではなく養父上に任せるべきだったか……」
「父上が女になってる──!?!?!?」
カルデアに少女の悲鳴が響く。そして立香とマシュは首を傾げた。“君の父上って最初から女じゃない?”と。
◇
時は少し遡る。
「こうして見ると三姉妹に見えるねぇ……」
アルトリア連合の会議が一時中断となった会議室の中で、立香はしみじみと頷いた。彼女の前にはセイバーのアルトリア・オルタとランサーのアルトリア・オルタ、そしてその間に女体化したアーサー・オルタが立っている。
「何を言っている、マスター」
「私たちはそもそも同一人物、姉妹も何もないだろう」
「オレはそもそもアルトリアではない」
「えー、でもそっくりじゃん。そっくり過ぎて見分ける手段が身長と胸の大きさくらいしか……」
「「「──黙れ」」」
そして、心底嫌そうな三人の声が重なった。
「アーサー・オルタさん、男性のときはアーサーさんとあまり変わらない性格だったのに、第三再臨になると一気にオルタらしい口調になるんですね」
「今のオレは黙示録の竜としての側面が強いからな。終末の竜があのような優男では沽券に関わるだろう?」
マシュの疑問にアーサー・オルタはそう答えた。気にするところは沽券らしい。
「待って、マシュ、私とんでもないことに気づいちゃった!」
「ど、どうしたのですか先輩!」
その時、マテリアルを読んでいた立香が焦ったように顔を上げる。
「今のアーサー・オルタ(♀)は第三再臨の姿でしょ? てことは──これ以上脱げないじゃん!?」
「はい???」
「セイバー・オルタとランサー・オルタは再臨でめっちゃ薄着になってくれるのに、アーサー・オルタは鎧姿のままってことでしょ!? 嫌だよ! 脱いで、お願い!」
子どものように駄々をこねる立香に対し、アーサー・オルタは呆れたように似たような姿の二人に告げた。
「貴様らがやすやすと脱ぐからオレまでこのような扱いではないか。破廉恥どもめ」
「「はれんち!?」」
「ああ、さては男として生きたから女としての恥じらいを知らないのか? ふっ、少女然としているのは見た目だけだな」
セイバー・オルタとランサー・オルタが“何を言うか貴様!”“こ、これは機能性重視なだけで!”と、その白い顔を赤くして抗議するが、アーサー・オルタは“笑止!”と彼女らの抗議を一蹴した。
「あーダメダメ喧嘩しないで! せっかく新しいオルタ仲間なんだしさ、ほら、ハンバーガーあるから落ち着いて!」
立香が手提げ袋からジャンキーなファストフードを取り出すと、セイバー・オルタとランサー・オルタは黙ってそれを受け取り頬張り始めた。
「「もきゅもきゅ……」」
ハンバーガーを頬張り静かになった二人。そんな二人をアーサー・オルタは黙って見つめている。
「アーサー・オルタさんは食べないのですか?」
「一度食べたことがあるが、ハンバーガーは好みではない。それにジャンクフードは体に悪いからな、肌が荒れる」
「「……うっ」」
まさにその体に悪いものを口に入れていた二人の体が止まった。
「えっ!? オルタなのに!?」
「マスター、貴様……だからオレはアルトリア・オルタではないと言っているだろう!? そこの二人とは全く別物だ! 好きな食べ物は士郎のご飯であるし、それにほら、ビーストの証である角だって生えてるだろう!?」
アーサー・オルタが自分の頭を指す。そこにはゆらゆらと揺れる立派なアホ毛があった。
「ほんとだー!!! オルタなのにアホ毛がある! えっちゃんと同じタイプだ!」
「アホ毛ではなく、角だ角! ビーストの成体の証である角! 竜の一本角!」
アーサー・オルタの頭のてっぺんにあるアホ毛がその主張に同調するようにぴょこぴょこ揺れた。ほんとに角なのか、ソレは。
「まぁ、良い……とにかくそういうわけだマスター。オレは行くぞ」
「え、行っちゃうの? アーサー・オルタ」
「行ってしまうのですか? アーサー・オルタさん」
名残惜しげにアーサー・オルタの名を呼ぶマシュと立香。
「オレは病み上がりだ、それに腹が減って仕方ない。だいたいアルトリア連合……? とか言う組織の会議をするのだろう。オレは必要ないはずだから……ん?」
視線を感じ、アーサー・オルタが振り返る。するとなんと、放っておかれていた円卓を囲むアルトリアたちが“じーっ……”とアーサー・オルタを見つめていた。
「ちょうど今年のおたのしみ会の内容に悩んでいたところだ」
「貴様にも協力してもらおうか、私」
「えっ……?」
ガッチリとアーサー・オルタの両サイドを抑えるセイバー・オルタとランサー・オルタの二人。
「じゃ、新メンバー加入ってことで」
「良かったですね、アルトリアの皆さん」
「ちょ──!? わ、分かった! ならばノーマルのアーサーも入れろ! でなければ筋が通らないだろう! なにせオレはアルトリアではないのだから!」
アーサー・オルタは息をするように別の可能性の自分を売った。そこまで言えばさすがに諦めてくれるだろうと思って。
「オッケー、呼んでくる──呼んできた!」
「マスター、私は何故呼ばれたんだい?」
「貴様ぁ! 理由も分からずホイホイついてくるんじゃない!」
かくして、アルトリア連合改めアーサー連合が結成──。
「うっ……」
結成する前に、アーサー・オルタが“ばたん”と倒れてしまった。
「アーサー・オルタが死んだ!? カリブルヌスしてないのに!」
「い、医療班のみなさーん! ナイチンゲールさーん! アスクレピオスさーん!」
かくして、冒頭でモードレッドが見舞いに来た場面に移るのであった。
◇
「き、貴重な男の父上が……そんなことで……!」
「貴重? 男の父上ならもう一人いるでしょ、モーさん」
「あの父上はオレの父上とほとんど同じだから興味ねぇ」
「えぇ……」
立香はモードレッドのそのセリフに声を零す。なんとも酷い言い草だった。
「王よ、お加減はいかがですか」
「ベディヴィエール卿か、わざわざオレの見舞いに来るとは、生真面目な貴様らしい。……それからモードレッド」
「は、はい父上!」
名前を呼ばれて強張るモードレッド。彼女はいつぞやと同じくピンと、背筋を伸ばす。
「な、なんでしょうか」
「……貴公とオレの息子は別の存在かもしれないが、しかし、生前の返事をしておこうと思ってな。オレも──」
『──貴公のような子を持てて良かった』
アーサー・オルタは“それだけだ、下がれ”と言うと、ぷいっと背中を向けて布団を被った。
部屋の中を静寂が包む。そしてモードレッドが。
「……やっぱこの父上を母上のもとに置いとくの心配だわ」
と言って剣を抜く。千年と数百年越しにモードレッドは己の母へと牙を剥いた。
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