アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【9】

 

 

フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは決して挫けない。もう動けなくなって久しい自分の脚で立ち上がることは出来ずとも、自分の意思で立ち続けるのだ。

 

たとえ、聖杯戦争の術式にして勝利者に与えられるトロフィー、万能の願望器たる大聖杯が奪われても。

 

奪われたものは、奪い返せば良い。まだ、聖杯戦争は終わったわけじゃない。

 

たとえ、黒のセイバー──ジークフリートの心臓を継承し、そして黒のライダー──アストルフォのマスターとなったホムンクルスの少年が、ユグドミレニアの魔力源となっていた同族たちの解放を求め反旗を翻しても。

 

生まれながらにして魔術回路を持つホムンクルス。ユグドミレニアはアインツベルンから技術提供を受けたゴルド・ムジーク・ユグドミレニアの指揮のもと、彼らを生体電池のように扱い事実上無限の魔力供給を可能としてきた。

 

その優位が失われた。だが、黒の陣営にまるでホムンクルスの旗頭(ジャンヌ・ダルク)のように立ち上がった少年──ジークと敵対する余力はないのだ。フィオレは彼の要求を受け入れる他ない。

 

そしてたとえ、一族の長ダーニックが死亡したとしても。

 

これは戦争なのだ、人が死ぬことは予想できたこと。フィオレはダーニックの死を聞いた次の瞬間から、次代のユグドミレニアの長としての責任を背負い動き始めた。未だ二十に満たぬ若輩者でありながら、ダーニックから後継者として指名されていた彼女は指示を飛ばす。

 

それからたとえ、黒のキャスターが裏切ったのだとしても。

 

黒のキャスター──アヴィケブロンの願いは己の未完成な宝具『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』の完成なのだ。聖杯戦争の勝敗などどうでも良いのだろう。

 

そして、その宝具の完成に最後に必要な素材は魔術師……ゴーレムの炉心となれるほど優れた魔術回路を持つ魔術師だった(・・・)

 

先ほど彼のマスター、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアはミレニア城塞から姿を消した。黒のキャスターを崇拝し尊敬していたから、口車に乗せられてかどわかされたのだろう。

 

今頃はきっと──。

 

「……ッ! ほんとに、なんて力なの。このままでは城塞が崩れてしまう」

 

『無事ですか、マスター?』

 

「アーチャー、私の方は無視してもらって構いません。あなたはどうか『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』との戦闘に集中してください」

 

虚空から聞こえてくるアーチャーの落ち着いた声にフィオレは冷静さを取り戻す。大賢者ケイローンのマスターとして、ユグドミレニアの長として、屋敷が揺れたくらいで慌てるなどあってはならないのだ。

 

倒れた車椅子から転げ落ちた彼女は、床に這いながらもなんとか体勢を立て直す。

 

「この程度の苦難で、挫折してなんていられない」

 

無理矢理己を奮い立たせ、窓の外に立つ巨人を見た。矮小な、しかし人知を越えた力を持った英霊たちにめがけて巨人が大岩の如き巨腕を振るう。

 

そして大地が抉れ、鈍い音とともに地震と見紛うほどの揺れが屋敷を襲った。だが、彼女は二度は倒れない。背中に装備した四本の義肢が彼女の体を支える。

 

「……どうか無事でいて。カウレス、エレイン」

 

だが、そんな彼女も一言弱音を漏らしてしまった。空中要塞でアサシンに連れ去られた己の弟と、アサシンのマスターである幼馴染の無事を祈って。

 

 

 

 

夥しい死体の山と、鼻を突く血の匂い、そして十字架の立ち並ぶ丘の上で青年は目を覚ました。

 

その十字架は言わば処刑台。かつて神の子がローマにそうされたように、数多の戦士たちが磔にされ、そして槍で串刺しにされていた。さながら罪人の如く。

 

青年もまた、その磔にされた哀れな罪人の一人であるようだ。

 

両の掌には十字架に食い込むように杭が刺されていて、腰には縄がきつく巻き付けられている。身動きを取ることなど許さないと言わんばかりに。

 

そして、彼の胸に槍が突き立てられた。苦悶に喘ぐ青年の声が丘の上に響く。

 

そして苦痛と共に薄れ行く意識の中で、彼は己に槍を突き立てた処刑人の声を聞いた。

 

「その心臓は、まさに突き立てられた杭だ。吸血鬼の血は癌のように人の細胞を侵し、体を内から蝕んでいく。故に、人でありたいならばゆめゆめ神の恩寵を、愛を、彼女を忘れるな。でなければ余と同じく、人ならざる化生へと身を落とすことになるぞ──」

 

それはワラキア公が生前ついぞ得られなかった後継者に残した、最後の忠告だったのかもしれない。

 

 

 

 

「知らない天井だ」

 

目を覚ましたカウレスは真っ先にそう呟いた。

 

あたりを見渡せば生活感のある一室。だが窓は見えない。その部屋があるのは地下なのだから、窓がないのは当たり前だろう。

 

「俺は、確か胸を貫かれて……」

 

“はっ!”と意識を失う直前の光景を思い出した彼はまず己の体の状態を確認した。もしかしたらぽっかり穴が空いてる……なんてことはなく、きちんと治療が施されたのかきちんと塞がっている。手を当てればドクドクと血を送り出す心臓の音も感じ取ることができた。

 

「包帯……もしかして、エレインが治療してくれたのか?」

 

ベッドから立ち上がり、己の様子を詳しく観察しようと彼は部屋にあった姿見の前に立つ。だが。

 

「どうなってるんだ……?」

 

そこにカウレスの姿は映っておらず、見えるのは部屋の様子だけだ。

 

『鏡に映らない』、それはカウレスがとある幻想種へと変質しつつあることを示しているのだが。彼は“そういう魔術礼装なのか”と気にすることなく、包帯を解いて肉眼で己の体を確認していく。

 

そして見えたのは、ツギハギだらけの胴体だった。胸、つまり心臓のある場所だけではない。そこから放射状に伸びるように、蜘蛛が巣を張ったように彼の体には痛々しい縫合痕が刻まれていた。

 

それを見た彼は。

 

「お、おう、マジか。まるで入れ替わるように今度は俺がツギハギになっちまったな。バーサーカー……」

 

と、今は消えてしまった己のサーヴァントのことを思い呟いた。サーヴァントは、たとえ触媒をもとに召喚したとしても召喚主と似通った性質を持った存在が呼ばれることが多いと言う。

 

「だからってこういうことじゃないだろ普通。なんだよ、ツギハギ繋がりって。はは……」

 

乾いた笑いを零すカウレス。正直結構ショックなので、こうして笑って精神衛生を保つしかないのだ。体は変質しようとも、精神までいきなり化け物に変わるわけではない。

 

きっと彼の体が鏡に映っていたら、彼は紅く変質した瞳と尖った八重歯に腰を抜かしてしまっただろう。

 

「あれ、これエレインの持ってたやつじゃ」

 

体のことを受け入れた、と言うより一旦思考の棚に上げたカウレスが次に気づいたのは首にかけられたロザリオだった。彼の記憶が正しければそれはエレインのもの、それも彼女が祖父から受け継いだ大事な十字架だったはず。それを何故己が身に着けているのか……カウレスの疑問は尽きぬばかりである。

 

「で、結局ここはどこなんだか」

 

自分の体を見下ろしていた視線を上げ、部屋を見渡すカウレス。

 

すると彼の零したその疑問に答えるように、扉が開いた。廊下から光が差し込み、部屋の中に人影を作る。

 

現れたのはカウレスが命をかけて救った彼女、エレインだ。一晩中カウレスを懸命に看病し続けた彼女の表情は暗く、その目の下にはくっきりとクマが刻まれている。

 

「エレイン! 無事で良かった。それで聞きたいことがあるんだけど」

 

聞こえるはずのない声が聞こえてきて、彼女は顔を上げた。そして目を見開き、病人の体を拭くために持ってきた濡れタオルの入った桶をカタンと床に落とす。

 

「──────ッ」

 

「え、エレイン……っ?」

 

眉尻に涙を浮かべ、わなわなと震えだしたかと思えば次の瞬間、エレインは病人であることも忘れてカウレス目掛けて飛びついた。飢えた肉食獣が獲物に飛びつくような美しいフォルム。あるいはホームベースに飛び込むランナーのヘッドスライディングのような飛び込み。

 

カウレスは為すすべもなくその突貫を受け入れ、床に押し倒された。

 

「生きてる、カウレスくんがちゃんと生きてる……!」

 

エレインは押し倒したカウレスの上に乗り、仰向けになった彼の胸板に耳を当てる。そしてその心臓の音を聞いたエレインは“良かった……”と安心したように呟き、涙でグシャグシャになった顔をほころばせた。

 

空中要塞で応急処置を施し、彼の肉体は心臓を受け入れた。だがそれで終わりではなかったのだ。移植された吸血鬼の心臓はまるでカウレスの肉体を喰らうが如く、彼の体を内側から汚染していった。

 

このままでは人間ではなくなってしまう。それを危惧したアサシンによって、大回廊に運ばれた彼はきちんと処置を受けたのである。彼がエレインが持っているはずのロザリオを身に着けているのも、肉体が吸血鬼になることを抑制するためであった。

 

そんな人と吸血鬼、生と死の狭間を行ったり来たりと忙しないカウレスを何も出来ないながらも見守り続けたのがエレインだった。彼女はベッドの上で苦しむカウレスの手を横で握りながら、ひたすら魔力を譲渡し続けたのである。おかげで彼女のオドはすっからかんであった。

 

「あー、エレイン、さん? どいて欲しいんだけど」

 

「……もう少しだけ、こうさせてくださいっ」

 

胸に顔を埋めて言う彼女に困ったように眉尻を下げるカウレス。彼は嗚咽としゃっくりが止まらない彼女に恐る恐る触れ、その背中を優しく撫でた。

 

「ありがとな。助けてくれて」

 

「それ、わたしのせりふ……っ!」

 

 

 

 

「やぁ、君がカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアだね」

 

「おわ…… !」

 

泣き疲れてそのままカウレスの上で寝てしまったエレインを、先ほどまで自分が寝ていたベッドに運んだ彼は驚きで叫びそうになった自分の口を無理やり塞いだ。大声を上げてはエレインが起きてしまう。幸せそうに穏やかに吐息を立てて眠る彼女を起こすのは忍びない。

 

「あ、アサシンだよな」

 

彼の背後にいたのは実体化したエレインのサーヴァント、アサシンであった。

 

「ああ、私はアサシン。赤でも黒でもないから、ビザンツのアサシンとでも呼んでくれ。ところで一つ話があるんだが」

 

「し、心配しなくてもエレインには何もしてない、ですよ……?」

 

「……? ああうん、側で全部見えていたから分かっているとも。君は紳士だったね。そうではなくてね」

 

“若いなぁ”と言うふうに生温かい目でカウレスを見るアサシン。その視線に晒されてカウレスは“全部見てたのか!?”と小声で驚き、恥ずかしさのあまり口だけじゃなく顔を覆い隠しそうになる。

 

「君の体についての話だ。君自身疑問に思っているだろう? “心臓を貫かれたはずなのに、なぜ生きているのか”とね」

 

「それは」

 

「説明しよう。ついてくると良い」

 

そして部屋を抜け出し、言われた通りにアサシンの後を追うカウレス。

 

「地下水道か……? いや、でもこれは」

 

コンクリートで作られた地下道に足音と水音が響く。周囲を興味深そうに観察するカウレスは足元を流れる水流に目を疑った。

 

「流れているのは水だけでなく魔力(マナ)もだ。ビザンツ帝国時代に使われた水道と霊道の名残だよ。今より神秘の濃かった千五百年前は、当然魔術師の数も今より多かった。となると、彼らのために地脈を整備する必要があるだろう? だからこうしてこの大回廊は造られたのさ。もっとも、今は使っている人間なんていないが」

 

言葉の節々から己の真名を仄めかすようなことを言うアサシンだったが、カウレスはそれどころではなかった。

 

地脈とは星の神秘、つまりマナの流れる大動脈だ。命を宿す星の血管とも言い換えて良い。

 

それを、整備する? 人の手で? 魔術師が使いやすいように?

 

「そ、そんなのあり得て良いのか? それが本当なら、この地下道は特級の魔術礼装ってことだぞ。膨大な魔力を蛇口を捻れば出てくる水道水のように利用できるなら、現代の魔術師は苦労してない」

 

もしそんなことが可能ならば、この地下道のある土地は時計塔に匹敵するほどの魔術師の聖地として栄えることは間違いないのだ。

 

そもそも魔術協会で一番主要と呼べる組織時計塔がロンドンに拠点を置くのは、その地下に霊墓アルビオンがあるからだ。真性の竜の死骸が生み出した天然の迷宮は神秘の宝庫、そこから採取できる貴重な素材の数々が時計塔の魔術組織としての優位を絶対のものにしているのである。

 

それに対しここは言うなれば人工の霊地だ。霊地というのはどこも名のある、そして力ある魔術師の名家が抑えてしまっている。具体例を挙げるならばユグドミレニアもそうだ。彼らはトゥリファスという日本の冬木に匹敵する極上の霊地を抑えることで魔術師としてそれなりに栄えていた。故に、この大回廊を所有する一族がいるとしたらその者は、単身で魔術協会と対となる勢力を立ち上げることも可能だろう。

 

いや、あるいは共存すら可能かもしれない。素材を排出する霊墓アルビオンと、潤沢なエネルギー母体によってあらゆる大儀式を研究することが可能な大回廊。その効果は棲み分けができているのだから。

 

「驚いているところ悪いが、この大回廊にはもう一つ能力がある。さ、私の手を取ってくれカウレス」

 

そう言って手を差し出してくるアサシン。カウレスは一瞬その手を取るべきか思考するが、無駄な抵抗や警戒は無意味だと考えすぐさまその手を取った。騙し討ちをするならば長々と話す必要も無くその場で殺せば良い。サーヴァントと普通の人間にはそれくらいの差があるのだ。

 

……もっとも、今のカウレスが普通の人間と呼べるかどうかは議論の余地があるが。

 

「さて、着いたぞ」

 

「──は?」

 

カウレスがアサシンの手を取ると、次の瞬間景色が変わった。彼の目の前に広がるのは壮大なモザイク壁画とステンドグラス。磔にされたイエスの像とそれを迎える天使たちの像。

 

ビザンツ様式の礼拝堂であった。

 

ぽかんと口を空けたカウレスは何事もなさげに歩き出したアサシンの背中を追う。

 

「なんだよ今のは!?」

 

「何って、転移だが?」

 

「詠唱なしで魔法陣もないノータイムの転移なんてほぼ魔法級の代物じゃないか!? こ、これもお前の言う大回廊の能力なのか……?」

 

「そうだとも。アドリア海から黒海、そしてエーゲ海からカルパチア山脈に至るまでバルカン半島の地下に張り巡らされた大回廊では、その流れる水脈地脈に乗って転移することができる。凄いだろう?」

 

カウレスはもう胸を刺されたときから夢で見てるのではないかと思い始めた。

 

凄い、なんてものではない。それはつまりバルカン半島という広い土地がまるで一つの研究都市のように機能することを意味しているのだ。

 

例えば、前述した時計塔はその成り立ち上霊墓アルビオンの真上のロンドンに建設されている。学園都市と言えば聞こえは良いが、つまるところ施設が同じ場所にかなり詰め込まれているのだ。その上非魔術師も同じ場所(ロンドン)に住んでいるときた。故にその性質上、神秘の秘匿を守るためあまりに巨大な術式を用いた研究は不可能である。大規模な研究を目論む魔術師はそれこそ別の土地、ドイツの山奥だったり、南極やあるいは海上なんて人里離れた僻地で研究しなければならないのだ。

 

「転移能力のある霊的インフラ設備があるなんて知ったら、どんな魔術師でもバルカン半島に研究所を置くようになるぞ。ち、ちなみにその大回廊って延長とかは……?」

 

「うーん、どうだろうか。伸ばせないこともないと思うが、まぁ製作者は私の妻なので後で聞いてみると良い。今は……君の治療で精魂を使い果たして少し休んでいるから」

 

「それは、助かった。ありがとう……って妻?」

 

「私たちは夫婦で一つの霊基を共有する英霊なんだ。ほら、以前会ったときは女性だったろう?」

 

カウレスは記憶を思い出すと、確かにアサシンが女性だったことに気づく。バーサーカーがエレインを殺しかけたときのことだ。言われてみれば確かに、アサシンは二つの存在を使い分けているのだとカウレスは納得する。

 

「大回廊とか言うものを作れるほどの存在。だからあのときのアサシンは魔術師っぽかったのか……」

 

「身内贔屓かもしれないが、彼女は文字通り人類史五本の指に入る魔女だ。エレインをそれなりに戦える魔術師見習いに育てたのも彼女だし、君も教えを乞うと良い」

 

「……」

 

「どうかしたかい?」

 

カウレスの足が止まったので、アサシンが振り返る。彼は腑に落ちないというようにアサシンに質問した。

 

「いや……アサシン、お前どうしてこう俺の質問にこうも簡単に答えてくれるんだ? そう言うのは普通秘匿するべき、って言うか。しかも魔術を教えるとか言ってくるし、なんか」

 

「怪しい?」

 

「まぁ、端的に言えば」

 

こくりと頷くカウレス。彼は対価もなく情報ばかり受け渡されるものだから少し不安だった。これから何か酷い取り立てをされるのでは、具体的には“知り過ぎたから死んでもらう”みたいな展開になるのではないかと危惧しているのである。

 

「……そういうわけではないさ。まぁ端的に言うと、聖杯戦争後を見越した投資、と言ったところかな」

 

「投資?」

 

「ああ。もう察しが付いているかもしれないが、この大回廊の管理者は私のマスター、つまりエレインとなっている。だが、エレインには魔術師としての地位も知識も実力も乏しい。後は……言いたいことはもう分かるだろう?」

 

「……つまり、聖杯戦争が終わった後にあいつがこんな大層なモノを所有してるなんて魔術協会の奴らにバレたら」

 

殺害の後資産を没収。もしくは封印指定からのホルマリン漬け。あるいは君主(ロード)たちによる彼女の取り合いが始まるかもしれない。

 

「英霊は常世の存在ではない。彼女は孤独で、守ってくれる存在がいない。だからできることなら、君が彼女を守って欲しい。君も、彼女が大切なんだろう?」

 

「え、あ、いやその……!」

 

否定しようにも声が上擦ってしまうカウレス。それがもう“その通りです!”答えているも同然だった。

 

「分かりやすいね。魔術師として腹芸が苦手なのは致命的だが……人としては信用できる」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

まるで舅に品定めされているような居た堪れない気分になりながら、カウレスは地下教会を進むアサシンの背中を追った。

 

「この先だ。さぁ、転移するから私の手を取りなさい」

 

たどり着いたのは何もない壁だった。教会の奥の奥、そこには扉はなく、ただ双頭の竜の壁画が刻まれているだけ。

 

「……初めからそこに転移すれば良かったのでは?」

 

「はは、そう思うのも無理はないけれど、そう言うわけにはいかない事情があってね。この先は一族にとって大切な場所だから、ここ以外の他の場所からだとアクセスできないんだよ」

 

“いきなり転移して眠りを妨げるのは無粋だから”と、よく分からない理由をつけ足すアサシンに首を傾げるカウレス。

 

「まぁ、行ってみれば分かるさ」

 

そして彼は、アサシンの手を再び取った。

 

 

 

 

そこは平原であった。側には大きな地下湖が一望でき、一本の大木以外に人より背の高いものは存在しない。地下と言うにはまるで昼間の地上のように明るく、よく見れば天井すべてが光を放つ白い壁のようなもので覆われていることが分かる。

 

「ここは……」

 

そして、地面に刺さる何十、何百もの十字架の数々。

 

「墓だ。私からエレインに至るまでの……まぁ、何人かは地上の墓に埋葬されていたりしていて漏れがあるんだが、一族の者はほとんどが皆この場所に眠ることになる。帝都コンスタンティノープルの真下にね。ちなみに向こうに私と妻が眠っている」

 

カウレスはアサシンが指をさすままにその方向を見た。今共に歩いている人物の死体がそこに埋まっているとは。なんとも不思議な感覚である。

 

「そして、ここだ」

 

アサシンの足が一つの墓石の前に止まった。墓石に刻まれたるは一人の英霊の名。

 

『Vlad Drăculea 1431-1476』

 

「君に心臓を託し消滅した黒のランサー、ヴラドⅢ世──の、生前の死体が眠る墓だ」

 

「ランサーの?」

 

ヴラドⅢ世の遺体の行方は不明とされている。オスマン帝国軍に敗れた彼はその遺体をバラバラにされ、イスタンブールに晒されたと言われているが……この世界において魔術に卓越したワラキア公妃がそのようなことを許すはずもなく。

 

彼は真に竜の一族として迎え入れられ、ここに埋葬されたのである。

 

「君は心臓を吸血鬼に喰われた。一度吸血鬼に喰われた部位というのは呪いを受け、そう簡単に癒えることはない。しかし奇跡的に理性を取り戻した彼が君に心臓を移植したおかげで君は生きている……のだが、問題があった」

 

問題、それは吸血鬼が決して人と馴染むことはない存在だということだ。人間と吸血鬼の混血種(ダンピール)が存在し得ないように、本来ならば人間の肉体に吸血鬼の心臓などあり得ないのである。

 

「その問題を解決するために、私の妻は君の体に三つの策を施した。三は三位一体、聖者の数字だからね」

 

一つ目は、エレインの血による吸血衝動の抑制。ワラキア公の血を引き、なおかつ竜の心臓の先祖返りである彼女の血はカウレスに移植した心臓に酷く馴染む。

 

二つ目は十字架による吸血鬼化の抑制。悪魔とも呼ばれる吸血鬼は多くの弱点を持ち、日光や銀、そして信仰の象徴である十字架にも弱い。

 

「そして最後に、君の体がツギハギな理由なんだが……ヴラドⅢ世の遺体の遺伝子から作り出した臓器を君に移植したからだね」

 

「は? なんて?」

 

「ヴラドⅢ世の遺体の遺伝子から作り出した臓器を君に移植したからだね」

 

「聞こえなかったわけではないですけど!? な、なんでそんなことに……って待った。墓を暴いたのか!? あの黒のランサーの墓を!?」

 

「しょうがないだろう。それにもとはといえば彼の不始末なんだから文句は言えないはずだ。大丈夫、ちょっと墓を掘り起こして棺の中から髪の毛一本頂戴しただけだから」

 

「な、なんて罰当たりな……いやでもそうしてないと俺死んでたんだよな?」

 

「そうだね」

 

吸血鬼は食事と同時に個体数を増やす。心臓を食われたカウレスはそこ起点として、既に臓器が吸血鬼化していたのだ。ガワだけ人間では意味がない。故に、アサシンは吸血鬼と人間の中間となる遺伝子からホムンクルスの技術を流用し、人工臓器を作り上げそれを吸血鬼化した臓器と置換したのだ。

 

アサシンのモーガンはブリテンの魔女モルガンと地続きの人物。彼女はかつてアーサーをそっくりそのままコピーしたモードレッドというホムンクルスを生み出した天才なのだ。宝具がなくても、工房の中であれば人の臓器程度十分に作り出すことができた。

 

「だから、私が言えることは三つ。日に一度はエレインから血を貰うこと、十字架を肌身放さず持っておくこと、内臓は零さないこと」

 

「ああ、分かっ──待て、最後のはなんだよ!? 内臓零すことなんてないだろ! ……な、ないよな?」

 

残念ながら、聖杯戦争に巻き込まれた男子というのは大抵ボロボロになるものである。毒入りディープキスで内臓ドロドロに溶かされたり、狂化したギリシャの大英雄にボロ雑巾のように吹き飛ばされたり。

 

なおこの世界でも昨晩ホムンクルスの少年が命を削ってサーヴァントを降霊していたことを考えれば、カウレスが内臓をポロリしてしまう可能性もゼロではない。

 

「サーヴァントと戦うことになれば、そうなるかもしれないからね。一応忠告はした。……さて、全ての説明を終えたし帰ろうか」

 

墓前から踵を返し、来た道を戻るアサシン。帰りは一度の転移で済んだため、行きよりもずっと早く帰ることができた。

 

「……あれ? なぁアサシン、説明だけなら何も俺に墓を見せる必要はなかったんじゃないか」

 

「あぁ、説明だけならね。あそこは一族の人間(・・・・・)しか入れない決まりだから、まぁ、眠ってしまった彼らに対する顔見せの為もかねてかな」

 

「顔見せ? 待った、それってまさか──」

 

ニッコリと微笑みで返すアサシン。まるで外堀をコンクリートでガチガチに埋め立てられているような気分になりながらも、カウレスは自分が目覚めた部屋に戻ってきた。

 

「少し寝るか……」

 

地下空間故に時間が分かりづらいが、カチカチと音を鳴らす振り子時計はとっくに朝の訪れを示している。吸血鬼になったからって夜型生活をする義務があるわけではないが、いかんせんカウレスの脳の容量は限界だった。いったん眠って、頭をスッキリさせたい。

 

そう思いベッドに目を向ければ。

 

「すぅ……すぅ……」

 

と、気持ちよさそうに無防備に眠る幼馴染の姿。はだけたシャツの襟からは白く美しい首筋が見える。

 

「ごくり……」

 

カウレスは思わず生唾を飲み込んだ。

 

吸血鬼にとって、個体増殖とは吸血である。つまるところ通常の人間が増える為に持つ性欲は吸血鬼にとっては食欲と重複されるのであって──。

 

 

 

 

「ふぁ……あれ? カウレスくん、あ、ごめんなさい。床で寝かせてしまって。大丈夫? 寝不足じゃない? 目、バッキバキですけど……“平気”? それなら良かった」

 

「あ、そうだ。お腹空いてますよね。アサシンさんから話は聞きましたか? そうですか。だったら詳しい説明は省いて大丈夫そうですね。私の血、あげますから少し待って……じ、直で吸いたいんですか!?」

 

「だ、ダメです。それって私の首に直接ってことですよねっ。そんなことしたら私まで吸血鬼になっちゃうし、う、うぅ」

 

「や、やっぱりダメです。ダメったらダメ! この話はおしまい! も、もう、カウレスくんのえっち……っ」

 

 

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