アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【12】

 

 

壁に揺らめく仄かな燭台の灯火が、薄暗い地下道を照らしている。さながら赤のアサシンの空中庭園で見た廊下のように神秘に満ちたそこは、しかし空中庭園とは対照的に地下にあった。

 

「アーチャー、とどめを!」

 

背中に装着した四本脚の魔術礼装から光弾を飛ばし、この土地の自動防衛機構であるゴーレムを足止めしたフィオレが叫ぶ。そしてその声に応えたアーチャーが矢を放ち、ゴーレムの核となる炉心(コア)を貫いた。

 

今は亡き黒のキャスター、アヴィケブロンが生み出すそれと比べても遜色のないレベルのゴーレムであったが、サーヴァント四騎の前には多勢に無勢。人型を構築していたソレは土塊となり、魔力の反応も完全に霧散してしまった。

 

「戦闘終了です、お疲れ様でした皆さん」

 

赤のセイバーと共に前衛を務め、ゴーレムの小隊を押し留めていたルーラーが旗を降ろす。

 

「礼より報酬を寄越せ。そこの似非セイバーに気前良く二画あげちまったみたいに、オレのマスターに令呪をもう一画分くれるとかな」

 

「……考えておきます」

 

鎧を解いて銀の剣を肩に担ぎ、軽く息を整えた赤のセイバーが冗談交じりにそう言った。

 

ルーラーはクラス特性として各サーヴァントに対する令呪を二画保有している。すでに赤のセイバーの二画分のうち一画は『王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』討伐の報酬として譲渡されていた。

 

そして残り一画も手に入れるために、彼女はことあるごとに冗談半分本気半分でルーラーに取引を持ちかけていた。これにはさすがの聖女もうんざりである。彼女の中ではもはや“考えておきます”が口癖になりそうになっていた。

 

「うへー、疲れた疲れた。ねね、マスター、ボク頑張ったから褒めて褒めて!」

 

腕を回し肩が凝ったと言うようなジェスチャーをしながら黒のライダーがジークに甘える。

 

「すまない、俺が戦えたなら二人の負担を軽減してやれるんだが」

 

「何を言ってるのですかジークくん。本来戦うことはサーヴァントの役目、あなたが気にする必要はないのですよ」

 

「そうだよマスター。キミは戦わないで、戦闘で頑張ったボクをヨシヨシしてくれれば良いんだから」

 

「そうなのか……こうか?」

 

慣れない手つきでライダーの桃色の髪を撫でるジーク。“おー、なかなか良い感じ”!とライダーはご満悦の様子であった。

 

ジークは静かに手を動かしながら、そこに三画刻まれた令呪を見る。もう既に二画使用し、ルーラーがそれを補充してくれたモノだ。それを使うことでジークは一時的に己を生かしている心臓の元の主、ジークフリートに成ることができる。

 

人がサーヴァントになるなど普通はありえない。ジークフリートの心臓を継承し、魂の色がもともと薄い存在であるホムンクルスだからこそできる芸当だろう。

 

だが、当然ながらデメリットはある。その力を使うたびに、ジークは存在として何かをすり減らしていくのだ。それは寿命か、あるいは魂か。詳しいところは分からないが、したがって彼のことを心配するルーラーとライダーから無闇な力の使用は禁止されている。この地下空間において、彼はマスターとして振る舞うしかない。

 

「……じーっ」

 

ライダーを撫でながら、ジークはふと自分のサーヴァントである()を見つめているルーラーの視線に気づいた。およそ聖女と呼べないような感情を失った暗い目で見つめているルーラーに、見られている側のライダーは気づいていないようだ。

 

「ルーラーももしかして、撫でて欲しいのか?」

 

「え? い、いえ私はそのような。彼女(・・)と違い、別にあなたのサーヴァントではありませんし」

 

「そうか」

 

「あっ……」

 

チラチラとジークを見ていたルーラーは、今まさに彼女の頭を撫でようと持ち上がっていたジークの手が下げられたのを見て悲しそうな声を上げる。

 

ホムンクルスとして生まれた故に人の心の機微に疎い彼は、言葉の裏まで読むような器用な真似はできなかった。

 

「と、とにかく先に進みましょうか。先は長そうですし」

 

“えー、ボクもっと撫でて欲しいんだけど”とグズるライダーを引きずりながら、ルーラーは駆けるように回廊の先へと進んだ。そしてその後を追う一行。どれほど歩いただろうか、長い回廊の終わりはまだ見えない。

 

「しかし不思議な場所ですね。まるで噂に語られる迷宮(ラビリンス)のような……」

 

ガシン、ガシンと大きな機械音を立てながら歩くフィオレが周囲を見渡しながらしみじみと呟く。

 

人工の地下通路かと思えば、広々とした洞窟に出たり。大きな地下湖があってそこを渡し船で渡ったり。原始的な罠があると思ったら、突如として壁からゴーレムが湧き出てきたり。

 

「……魔獣が道を塞いでしまっていますね」

 

そしてこのように、およそ現代の地上では生息していないような魔獣が姿を現したり。 魔術師の工房、アサシンの拠点……と呼ぶには何とも雑多な空間だった。

 

「迂回しましょうか」

 

「いや、コイツは寝てるだけで無害な奴だ。皮膚の感覚が鈍いから、そのまま腹をよじ登って向こう側に行けば良い。そんじゃ、失礼して……」

 

立ち止まったルーラーの横を通り過ぎ、魔獣の腹をよじ登る獅子劫。一行は彼の真似をするように一人ずつ向こう側へと渡った。

 

「赤のセイバーのマスター、あなたは魔獣についても詳しいのですか?」

 

「傭兵が相手するのは人間だけじゃないんでね。稀に星の内側から地上に迷い出た奴らを退治することもあるのさ。……しっかし不思議だなこりゃ。神秘も濃けりゃ独自の生態系もあると来た。一体どんな場所なんだか」

 

そして“お、臨時収入発見”と彼は壁に埋まっていた天然の魔力結晶を目敏く見つけ、掘り起こし始める。

 

「鉱石科に高く売れそうな良い鉱石、動物科と植物科が見れば涎を垂らして食いつきそうな未知の生態系に、考古学科が泣いて喜びそうな古代ローマの遺跡と思わしき残骸。宝の山だな、こりゃ」

 

「一応、ここが敵地だと言うことは忘れないでくださいね」

 

商魂たくましい彼の行動に誰もが呆れている中。

 

「ルーラーの言う通りだ。気を引き締めろよマスター、どこから敵が襲ってくるとも限らねぇからな」

 

普段なら一番茶化しそうな赤のセイバーが珍しく真剣な表情でそう言った。

 

「お前さん、ここに来てからずっと機嫌悪そうだな。さては腹でも壊したか、ユグドミレニアに毒でも盛られたか?」

 

「冤罪です」

 

フィオレが抗議するが、その声は虚しくも回廊の闇に消えた。無論獅子劫の冗談である。

 

「ちげぇよ、んなトリ公じゃねぇんだから……」

 

セイバーは己の直感が訴えてくる嫌な予感の正体を言語化することができないため、曖昧に濁して会話を切った。

 

「赤のセイバーが言うトリ公とは誰のことなのだろうか?」

 

「知らなーい。ニワトリさんかな。ルーラーは知ってる?」

 

「……彼女の真名から鑑みるに一人思い当たる英雄がいますが、それを告げることは彼女の真名を暴露することになるので言えません。少なくともニワトリではないです」

 

……いや、一つ言い表せるとしたらそれは魔女の気配、というやつだろう。理由は分からないが、彼女は忌み嫌った己の母親から感じるのと同じような気配をこの空間全体から感じ取っていた。

 

まさか、あり得ない。あの魔女が生きたブリテン島はここよりはるか北西にあるのだ。地理的に隔絶されている。わざわざこんな土地まで、彼女の母親が来る理由などない。はずだ。

 

赤のセイバー、モードレッドの知る己の母親はブリテン島に執着し、その玉座を奪った己の父親アーサー王を憎んでいた。彼女は自身の死後のことをそこまで詳しく知っているわけではないが、それでもあの女が自分から島を出ることは決してないだろうと断言できる。

 

だから、彼女は疑念を抱きつつも確信を得られるその時までは、口を噤んで──。

 

「っ、皆、止まってください。サーヴァントの気配です!」

 

先導していたルーラーの足が止まった。

 

「さて、我らの回廊に客人が訪れたのは一体何百年ぶりでしょうか」

 

かつて数多の男を誑かし、破滅させてきたであろう脳を蕩けさせるような色気を宿した魔女の声が響いた。

 

揺れる燭台の炎が猛々しく燃え上がり、薄暗く見通しの悪かった回廊の奥の奥までが一斉に照らされる。

 

「本当に女性……いえ、あなたは確かに黒のアサシンですね。私はこの聖杯戦争に召喚された裁定者の──!?」

 

対話を試みたルーラーに返事が返された。人の頭ほどの大きさの氷の礫という、暴力的な返事が。

 

「どうか話を聞いてくださ……っ!」

 

「はて、正しき客人ならば耳も傾けましょう。ですがお前たちは招かれざる客……いいえ、客ですらない盗人と呼ぶのが適切な存在。なぜそのような者たちの声を、私が聞く理由があると思うのですか?」

 

赤の金、双頭の竜の刻まれたフードの内から睨みつけるように、冷たい視線が彼らを射抜く。

 

そして皆の視線が一斉に獅子劫を向いた。

 

「……待て、俺のせいか!?」

 

“うんうん”と、赤のセイバーとアサシンを除く皆が頷いている。

 

「まぁ、盗みを働かずとも侵入者には処罰を与えるのは変わりませんが」

 

足元を流れる水流から吸い上げられた大粒の水が、そのまま弾丸となってアサシンの周囲に浮かぶ。ただの氷ではなく神秘を宿した凍てつく魔弾だ。サーヴァントであれ、当たれば無傷では済まない。

 

「ほら、向こうさんもこう言ってることだ。俺のせいじゃない」

 

「言ってる場合ですか! 早くセイバーに指示を。私たちで支援します。アーチャー、あなたは足を。私は腕を狙います」

 

「承知しました、マスター!」

 

メカメカしい魔術礼装の腕を構えるフィオレと、弓を構え矢を番えるアーチャー。急かすようなフィオレの声に獅子劫は仕方なくショットガンを手に取り、己のサーヴァントへと指示を出す。

 

「良いかセイバー。こんなところでお前さんの宝具を使えば地下道が崩落して、俺たちもろとも潰れて終わりだ。くれぐれも宝具は……ん?」

 

違和感を覚え、振り返る獅子劫。だがそこにセイバーの姿はなく。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ァァァ──ッッッ!!!」

 

「あんの馬鹿……っ!」

 

次に彼が感じたのは、ルーラーとアサシンが直接魔杖と旗を交えているだろう前方から放たれる眩い光と、己の中からごっそりと消えた魔力の感覚だった。

 

赤雷を纏い、解けた兜の内から麦のような黄金色の髪を靡かせて突撃するセイバー。そして暴力的な赤を伴った斬撃を、魂に染み付いた憎き女と同じ声で話すアサシンへと向ける。

 

次の瞬間、けたたましい爆発音と共に大回廊が揺れた。落ちてくる砂粒と破片に誰もが天井崩れるのではないかと顔を青くするが。

 

「──嫌な予感はこれだったか。……お前、頭がおかしいのでは? 地下空間で対城宝具を放つなど、正気とは思えませんね」

 

土煙の中からアサシンが現れ、呆れたようにそう言い放った。どうやら、彼女が衝撃を吸収したことで崩落は避けられたようだ。

 

「何を考えているのですか、赤のセイバー! 味方もろとも潰す気ですか!?」

 

「お前は黙ってろルーラー。こいつは、オレの敵だ……!」

 

「何を言って」

 

憎悪の籠もった目でフードを被った女を睨みつけるセイバー。暴走したようにしか見えない彼女は、しかし洗練された太刀筋で剣を突きつける。

 

「フードを取れ」

 

「……は?」

 

「フードを取れと言ったんだ。てめぇのその声、その人の心に入り込む悪魔のような声をオレは一時たりとも忘れたことはない……ッ!」

 

『あれがアーサー王、いつかお前が倒すべき敵です。我が息子モードレッドよ』

 

『いつまで騎士ごっこに興じているのです! なんの、何のためにお前をアーサーの下に送ったと思っているのですか……!』

 

『……ああ、お前がその気ならば、良い。真実を教えましょう。お前はアーサー王の実の息子、あの王の玉座を手にするに相応しい、ただ一人の継承者なのです』

 

脳裏を過る声が、モードレッドを只管に苛立たせる。そう、彼女はよく覚えている。その声の主はアーサー王最悪の宿敵にして、彼女の実の母親。王に認められることがなかった、その原因となる血筋の源。

 

その名は。

 

「その忌々しい顔を晒せと言ったんだ。モルガン……ッ!」

 

「──ふむ、良いでしょう」

 

ひらりと、あっさりとその言葉通りに顔を隠していたフードが。正体を隠していたベールが解かれた。

 

現れたのは美しい女の顔。雪のように白い肌、銀のように輝く髪、湖のように冷たい蒼の瞳。

 

「1500年ほどぶりですか。久しいですね、我が息子モードレッドよ」

 

赤のセイバーの母親とは別の存在であるが、しかし紛うことなきブリテンの魔女。モルガン・ル・フェイ、その人であった。

 

「貴様ァァァ──ッッッ!!!」

 

「言われたとおりに顔を見せてあげたと言うのに、礼もなしに斬りかかるとは。まったく──悪いけれど、ここで殺される訳にはいかないんだ。モードレッド」

 

怒りのままにアサシンに剣を振るうセイバー。だが、その一閃は見えない二つの太刀筋によって弾かれた。

 

姿が変わり、男性となったアサシンが彼女の前に立ちはだかる。

 

「は!? 誰だお前……って、男にも女にもなるんだったか。……母上の男バージョンだぁ?」

 

「うーん、やはり私の知るモードレッドとは違うようだね。私はモルガンが男性化したわけではなくそうだな……モルガンの夫、とでも認識してくれて構わない」

 

「……マジで誰だよ!?」

 

荒々しい烈火のような力強い剣を振るセイバーとは対照的に、掴みどころのない風か、あるいは水のような剣でそれを受け流すアサシン。

 

まるで詩に謳われるような二人の騎士の戦いを、その場にいた全員はただ眺めていた。

 

あの戦いに考えなしに割り込もうとすれば、必ずやその代償を払うことになろう。頑丈さには自信があるルーラーもそう感じるほどの戦闘である。……というか、割り込んだら我を忘れた赤のセイバーに同士討ちされそうなので待機するしかないのである。そして矢を番えていたアーチャーも弓を下ろすしかない。今のセイバーが援護を受けるために、適切な位置取りをしてくれることを欠片も期待していないからだ。

 

一応、そう一応仲間なので、その背中ごとアサシンを撃つのは控えておくのが賢明である。

 

「先ほどの赤のセイバーのセリフを鑑みるに、彼女の真名は叛逆の騎士モードレッドですね。合っていますか、獅子劫界離さん?」

 

「合っていますよ畜生。俺が時計塔の教師ならお前さんに満点評価を上げてたところだ。フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアさんは成績優秀、自分の正体に関わる情報をペラペラ喋っちまうアホの英雄の真名も看破できる良い生徒ですってな。はぁ……」

 

ため息をつき、懐から取り出した煙草に火をつける獅子劫。心なしか、フィオレには彼のサングラスのフレームが彼の心を表すようにくたくたに曲がっているように見えた。

 

「しかし、アサシンの正体はドラコニオスではなくかのブリテンの魔女モルガンとその夫、だったのですね」

 

「あー、そうみたいだな。てことは、わざわざ書店で歴史書を買ったのは全部無駄だったってことかよ。クソ、あいつ分かってたら最初から言え……って男の姿しか見てないから分からなかったのか」

 

“なんだよ、ブリテンの魔女をルーマニアの英雄と勘違いって。こんだけ的外れな真名の勘違いをしたマスターは聖杯戦争の歴史上俺くらいかもな。はは”と、乾いた笑みを浮かべる獅子劫。その背中に“過ちは悪ではなく、人を成長させる糧なのです”とケンタウロスの優しさが染みた。

 

……実際はブリテンの魔女とルーマニアの英雄が同一人物というのが正解なのだが、さすがにそれを当てろというのは酷であろう。

 

「どうしたの、ルーラー? そんなに目を擦っちゃって。痒いの?」

 

「いえ、私の目にかのブリテンの騎士王であるアーサー(アルトリウス)・ペンドラゴンの名前が写っているので、幻覚かと思いまして。疲れているのですかね」

 

「多分そうだと思うよ。ほら、ボクら結構長い間地下探索してたしさ」

 

「ですよね。かのキリスト教的君主としても有名な騎士王が、その敵である魔女と同一の霊基を持った英霊なはずがありませんよね」

 

なにせ、ルーラーが自分のスキルを否定するくらいなのだから。

 

誰も真相を言い当てることないまま、戦いは続いていく。剣の質量がぶつかり合って火花が散り、回廊に鈍い金属音を響かせている。

 

「慣れてやがる、ってことはやはりお前はオレを知ってる奴だな」

 

そして体勢を整えるために一歩退いたセイバーが、敵対者の正体について思考を巡らせる。

 

「だがロット王じゃねえしウリエンス王でもねぇ。愛人のアコロンとかか? ……クソが、母上の夫とか候補多すぎて分からねぇぞ。てかお前よくあの女の夫とか自称できるな」

 

「ぐふっ」

 

モードレッドが何気なく零した妻の男遍歴に、アサシンの心が深く傷ついた。

 

「……もしかしたら、私はアーサー王かもしれないよ」

 

アサシンが戦闘の最中にとんでもない冗談(・・)を言ったせいで、セイバーは思わず吹き出しそうになる。今のはそれほどまでにアホらしい言葉だ。

 

「バカが、アーサー王は永遠に若き少年騎士(・・・・)だぞッ! てめぇみたいにマーリンじみた胡散クセェ声した騎士モドキじゃねぇ! だいたいあの魔女が父上を夫とするわけねぇだろうが。わざわざ国を滅ぼすためにオレを作った、不倶戴天の敵だったんだからなぁ……ッ!」

 

『ぐふっ』

 

そしてモードレッドの吠えた何気ない母親への罵倒が、アサシンの心を酷く傷つけた。

 

「つーわけで、母上もろとも死ね! オレの知らねぇ騎士モドキが──ッ!」

 

モードレッドの剣から、赤き魔力の奔流が迸る。

 

「まずい、いけませんセイバー! 本当に崩落してしまいますよ!」

 

「そんときゃてめぇの令呪で全員転移させろ、ルーラー!」

 

「そんな無茶苦茶な!?」

 

聖女の悲鳴が回廊に響くが、暴走した叛逆の騎士は止まらない。というか、こんなところで止まれる理性的な人物なら敬愛する父親に振り向いてほしいがためにその国を滅ぼしたりなんてしてない。

 

こと父親と母親に関しては彼女はライダーと同じく、理性が蒸発しているのである。

 

「かくなる上は令呪で強制停止を……!」

 

「セイバーには対魔力があるから一画じゃ足りないんじゃない? ボクの時もそうだったし。ね、マスター」

 

ライダーもまた対魔力のスキルを持っている。そのおかげで旧マスターにジークを殺すよう令呪で命じられても、ある程度抵抗することができたのだ。

 

「そうだな。そうだけど……あっけらかんと言うことでもないような気がするのだが」

 

「そんな、私にはもう彼女に使える令呪は一画しかありません。な、ならば赤のセイバーのマスター! どうかあなたが令呪を使って──」

 

背後を振り返るルーラー。令呪が二画必要なら、二画を宿している彼女のマスターにそう要請するだけだ。貴重な令呪とはいえ、彼も大地の圧力の抱擁を受けたくはないはず。

 

だが。

 

「残念ですがルーラー。彼は赤のセイバーの宝具連続使用により魔力を吸われて気絶しました」

 

そこにいたのは回廊の壁にもたれかかる気絶した獅子劫と、彼の容態を診て首を振るアーチャーの姿。

 

「……」

 

「……先ほどのように、アサシンにまた衝撃を吸収してもらえば良いんじゃないだろうか」

 

「それです、ジークくん! 令呪を以て命じます! 黒のアサシン、どうか耐えてください!」

 

ジークの一言により、彼女はまさかまさかの敵のバックアップのために令呪を使った。

 

大きな揺れと眩い光が再びその場にいた全員を襲う。

 

そして令呪のおかげかは分からないが、赤い光の後に残った土煙の中から無傷のアサシンが姿を現した。

 

「勘違いはしないで貰いましょう。令呪がなくとも、アレの攻撃で死ぬ私ではありませんし、崩れる大回廊ではありません。……まぁ、一応、感謝はしておきますが」

 

肩を上下に動かし、粗く息をする女性となったアサシン。さすがに工房の中と言えど、二度も対城宝具を防ぐためには相当量の魔力を使ったらしい。

 

「まさか無傷だなんて。令呪による底上げがあったとは言え、対城宝具を防いでみせる……これが、ブリテンの魔女の実力」

 

行使された魔術の練度に恐れ慄いたようにそう呟くフィオレ。現代の魔術師が遠く及ばないとされる神代の魔術師、西洋世界においてその最後の一人であり、人類史五本の指に数えられる魔術師が彼女なのだ。そう思うのも無理はない。

 

アサシンの霊基と言えど、この程度できずしてどうする。と、アサシンとしては言ってやりたいところであるが。

 

『……なんと言いますか、酷く疲れました』

 

『精神的ダメージが凄い。これがアーサー王特攻と言うやつか……』

 

内心はこうであった。英霊と言えど精神は人。口撃はいつだって防御力を無視するものだ。クリティカルヒットしてしまえばこうもなろう。

 

『なんだか二回も凄い音がしましたけど、大丈夫ですかアサシンさん。私も加勢に行ったほうが良かったりします?』

 

『来たところで邪魔です、大人しくしているように』

 

『大丈夫だよ、私たちは無傷だ。……少なくとも肉体は』

 

『あ、はい。じゃあちゃんとお留守番してます。頑張ってください!』

 

カウレスを殺しかけ、すっかり慎重派になってしまった彼女は特に反論することなく念話を切った。

 

「……」

 

「……話を聞いてくれる気になりましたか?」

 

そして向かい合うルーラーとアサシン。

 

「ええ、はい。良いでしょう」

 

「ああ、良かった。改めまして私は裁定者のサーヴァント、ジャンヌ・ダルクと申します」

 

噛みついてきそうな問題児であるセイバーは魔力不足により実体化できず消えた。これでようやくまともな交渉ができそうだと、彼女は意気揚々と手を差し出し握手を求める。

 

だが、アサシンはそれを一瞥するだけ。

 

「ただし」

 

「え、えっと?」

 

ルーラーとアサシンの間に、透明なアクリル板のような魔力の壁が構築された。

 

「話を聞くのはお前たちを捕縛してからですが──“水門よ、閉じよ”」

 

呪文を唱えた途端、足元を流れていた水の流れがせき止められて、水位が急速に上がり始める。

 

「ま、待ってください! 私たちに敵対する意図はなく!」

 

「ちょっと! ルーラーは君のために令呪まで使ったのにどうしてこんなことするのさ!」

 

「不法侵入、窃盗ならびに破壊行為、その罰を与えるだけですが? 心配しなくとも、命まで奪いはしません」

 

なお後半二つは赤のセイバーとそのマスターの罪であって、ルーラーやその他のメンバーはただの連帯責任でしかなかった。

 

「やっぱりアイツ厄ネタだったじゃんかぁ! だから言ったんだよボク! あんなチンピラと仲良くすべきじゃな──ごぽぽぽ!」

 

サーヴァントは魔力で体を構築しているため、物質的には呼吸など必要ない。だが人である以上概念的には呼吸を必要とする。故に、普通の人と同じく水に沈められては溺れてしまうのが道理だった。

 

口から泡を零し空気を求めて苦悶する一行。やがて全員が一人残らず気絶し──。

 

 

 






「アーサー。もしかしてその、モードレッドの言っていたことで……気分を害したでしょうか」

『まぁ、そうじゃないと言えば嘘になるね』

「せ、生前はついぞ聞けませんでしたが。やはり、私を妻にするのは、嫌……でしたか?」

『……』

「アーサー?」

『いや、あまりに想像もしていなかった質問で答えに窮しただけだ。でも、はは、まさか。ありえないね。もし仮にそうだったとしたら、同じ墓に入るわけがないだろ』

「──────」

『この世界線で私が君の想いに応え、姉上と呼ぶことをやめたのは私がそうしたかったからだよ。……少しは安心したかい?』

「は……ぃ」

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