ギリシャのアカデメイア遺跡の地下空間、そこにある大回廊の一部、大図書館の一室に構えられた円卓を錚々たる面子が囲む。
円卓、とは言ってもアサシンが持っていた生前の円卓ではなく、本当にただの家具としての円卓でしかないが、本来相容れぬ時代の英霊たちが囲んでいるとただの家具もまるで聖遺物のように思えてくるのだから、不思議なものである。
「ふむ、第三次聖杯戦争のサーヴァントであり、この聖杯大戦に参加するマスターでもある天草四郎時貞か。とんでもないイレギュラーもあったものだね」
ルーラーからの説明を受けた男性のアサシンはそう言って、何やら考え込むように黙り込んだ。
閉鎖された水路に溺れて一時的に気絶した彼らは、目覚めとともに相互不可侵の魔術契約を結びこの席に座っている。そうでもなければ、アサシンはこの人数を相手に呑気に対談などしていられない。
狭い地下通路の中で交戦することで数の利を潰し、地の利で以て制圧、自身の優位を確保した後にようやく話を聞く……というのがアサシン二人の考えであった。
なお魔術契約のおかげで、もしくはアサシンが憎き母親の姿でないおかげで赤のセイバーは大人しく霊体化したままでいる。彼女が実体化したままではまた暴走して話し合いにならなかっただろう。そのことにルーラーは安心したようにほっと息をついた。
「はい、彼は大聖杯を用いて人類全ての救済を願うつもりです。そしてそれがどのような手段で以て達成されるか分からない以上、私たちはそれを阻止したい。彼が願う救済が、万人の想像する救済とは限りませんから」
「……なるほど、合点がいった。確かに、天草四郎のやり方は君たちが危惧する通りの手段だろうね」
「その言いようだと、彼の用いる具体的な手段があなたには分かっているように聞こえますが」
アーチャーの聡明な瞳がアサシンを射抜いた。
人類を救済する方法など、ギリシャ随一の知識人である
「貰った情報だけでも、ある程度推定できる。ふむ……呼び出されるサーヴァントが召喚主と似通った性質を持つことは、皆承知の上だと思うが、どうかな?」
ジークを除き、全員が頷いた。たとえ触媒を使ったとしても、呼び出される英霊はある程度召喚主と似た形質を持った者が呼び出されるのだ。
「ならば話は早い。天草四郎は第三次聖杯戦争に呼び出されたサーヴァントだ。であるならば呼び出したマスターがいる。彼の思考が読み取れないのであれば、似通った性質を持つだろうマスターの方の思考を推定すれば良い」
「待ってください。天草四郎は私と同じルーラー、そしてルーラーとは裁定者の役割を持ったサーヴァントです。マスターが存在したはずは……」
同じルーラーとして、ジャンヌ・ダルクである彼女が異を唱える。特異な例として彼女は依代に憑依することで現界しているが、それでもマスターを持たぬサーヴァント。ルーラーとは本来大聖杯の術式が呼び出す存在であり、マスターなど必要ないのである。
「裁定者の条件は聖杯にかける望みがないことと、中立であることだ。話に聞いた天草四郎がこれに当てはまるとは思えない。つまるところ、彼はルーラーというクラスであるが、聖杯戦争の裁定者ではない。呼び出されたエクストラクラス……と言ったところだろうか」
「しかし、そんなことがあり得るのでしょうか。本来呼び出すことのできないルーラーを呼び出すなんて」
「それができる存在がいるとすれば、それは大聖杯の術式に対する深い理解を持った存在に他ならないだろうね。……ここまで言えばもう分かるだろうが、十中八九天草四郎を呼び出したのはアインツベルンだろう」
聖杯戦争というシステムは、冬木の御三家が作り出したものだ。術式に必要な霊脈を遠坂が提供し、サーヴァントの制御に必要な令呪をマキリが提供する。
そして、聖杯戦争の根幹を成す大聖杯の術式を提供したのがアインツベルンである。
ルーラーという掟破りのサーヴァントを召喚できるとすれば、彼ら以外にあり得ない。そして呼び出されたサーヴァントは、主と同じ性質を持つ。
「そしてアインツベルンに呼び出された以上、天草四郎もまた同じ悲願を持つのだろう。つまりは──第三魔法『
魔法、それは魔術師が追い求める『 』に到達するための手段でもあり、結果でもある。その名を聞いた者たちは、やはりジークを除いて驚愕した。
「魂の固定化による、不老不死の法ですか!? まさか彼は、全人類に第三魔法を行使しようと? しかしそれは……」
ルーラーはその先の言葉を言い淀んだ。第三魔法の使い手は西暦前夜に世界から消えた。現代にその能力を正しく理解できる者は誰もいない。不老不死であると言えば聞こえは良いが、実際にどうなるかは未知数なのだ。誰も魂を物質化させたことなどないのだから。
「よく分からないが、不老不死になった人間はどうなるんだ?」
唯一知識が浅く、その分頭の内で思考を巡らせることのなかったジークが口を開いた。
「……天草四郎の願う通り、人類を苦しめる戦乱、飢餓、病、死といった苦難は消え去るでしょう。ですが、そうなってしまった人間はもはや人間とは呼べない存在です」
「ルーラーの言う通りだ。無限のエネルギーを持つとされる魂を剥き出しにされた人間は、完全に満たされて閉じた存在になる。他者と関わることのない存在であるが故に戦乱は起こり得ないし、無限のエネルギーを持つから食事も必要ない。永遠に変化もしないから死も成長もない。……言うなれば、後天的に根源接続者になるようなものだね」
根源接続者は生まれながらにして満たされている存在故に、その後の生を全うすることなくこの世を去るのだ。極稀に生きる適性を持った者たち以外は。アーサーも、体が丈夫であったが故に生き残った根源接続者の一人である。
それと同じように、もし後天的に人類が満たされた存在となったならば、その魂を宿してなお自我を保てる強靭な肉の器を持つ存在だけが闊歩し、その他大多数の凡人たちは姿を消す世界になるだろう。
「それは、果たして幸福なのだろうか?」
そう思うジークの疑問は当然のものだ。
誰も苦しまない、誰も悲しまない世界。その代わり、何かを得ることもない。
幸福とは何か、それは個々人に応じて千差万別のものであり、ホムンクルスである彼はおろか普通の人間でさえ普遍的な答えを出すことのできない究極の問いである。
「いいや、無だ。そこに幸福などという感情を感じる余地はない。陰と陽、負と正、不幸と幸福は二つ同時にあって初めて存在できるもの。零位置にはそれらは存在しない」
だが、アサシンに言わせてみればそれは唾棄すべき世界であるらしい。人となった彼としては、今さら全能に何の魅力も感じていないようだった。
その答えを聞いて、ジークはかつての自分を思い出す。ホムンクルスとして消費されるべく生み出された彼は、最初はそのことに何の疑問も抱いていなかったこと。
培養液に浮かんでいた頃に感じていたのは、無。何もない。喜びもなく、恐怖もなく、ただそういうものだと受け入れていただけ。
そこから彼は、キャスターの宝具の炉心となるべく魔術回路を使い捨てられていく仲間たちを見て恐怖を抱き、培養液の詰まったカプセルから一歩外へと踏み出した。
「俺は、ライダーとアーチャー、彼らの手を借りて外に出た。それから多くのことを知って、ルーラーにも会うことができた。……この奇跡に巡り合えたのは、俺が恐怖を覚えたからだと思う。だから、それを失くしてしまった世界は、きっと出会いのない悲しい世界なんじゃないだろうか」
「ジークくん……」
「マスター……」
ホムンクルスの少年の、人としての成長を感じ取ったルーラーとライダーの二人は感じ入ったように彼を見た。
「歩くのも覚束なかった彼が、よく成長したものです」
そして“人の成長とは、やはり素晴らしいですね”と、うんうんと頷くアーチャー。だが、そんな彼を胡乱な目つきで見つめる隣の席のフィオレ。
「……待ってください、アーチャー。あなた、彼に手を貸していたのですか? 私そんなことひと言も聞いていないのですけど?」
裏でそんなことをしていたのかと驚愕するフィオレの視線から、アーチャーはすっと視線を逸らした。最初から今までずっと裏切ることもなく、自分に忠誠を誓ってくれていた優等生のアーチャーが実は裏でこのホムンクルスの叛逆に間接的にとはいえ手を貸していたとは。
「……
「言わないでください……」
獅子劫の鋭いツッコミにフィオレが凹んだ。
黒のセイバーはジークに心臓を託して自害。黒のアーチャーは裏でジークの脱走を補助。黒のランサーはダーニックが原因とは言え暴走。黒のライダーはジークに鞍替え。黒のキャスターは純粋な裏切り。そしてアサシンはそもそも黒ではない。
もはや、全員黒のバーサーカーとカウレスに謝ったほうが良いのではないだろうか。
まぁ、獅子劫を除いたマスター五人が監督役に毒を盛られて正気を失っている赤の陣営もどっこいどっこいだが。
「んんっ、黒の陣営の評価についてはひとまず置いておくとして」
ルーラーが話を戻すべく咳払いをした。
「天草四郎の明確な手段が分かったわけですが、やはり私はそれを受け入れることは──」
「あなたはそうだろう、ルーラー。そしてホムンクルスの彼も意思は同じだと見える」
ルーラーとジークが頷くのを確認すると、アサシンはその目を残り二人のマスターへと向けた。
「となると、君たちはどうか。獅子劫界離、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。お二方は魔術師であり、そうであるならば『 』を求めているはず。第三魔法は『 』に至る手段でもあるけれど……意思は統一されていると考えても良いのかな」
一応の確認として、彼は二人にそう問うた。
「ああ、言っておくけれど、天草四郎の第三魔法で人類が『 』に至ることはきっとない。神秘の法は普遍化することでキレが落ちるからね」
たった一人の魔術師が第三魔法を会得したならば、それを用いて『 』に至ることもできるだろう。だが、全人類にそれを行使したとなると魔法は魔法ではなくなり、結果的に劣化する。劣化した第三魔法では、不老不死であっても『 』に至ることは到底不可能なのだ。
「なら考えるまでもないな。俺もセイバーも、打倒天草については変わらない」
「そうですね、そもそもこれは一時的な共闘。天草四郎を打倒した後まで縛る必要はないでしょう」
フィオレはユグドミレニアとして大聖杯を奪取したい。獅子劫は自分の願いを叶えるために聖杯──厳密には彼の願いを叶えるなら小聖杯で十分なのだが──が欲しい。その過程として対天草四郎同盟を組む、というのがこのパーティの共通認識である。最後まで仲良しこよしをするつもりは毛頭ないらしい。
「……ルーラー、そして君たちは私たちの協力を求めにここへ来た。それに相違はないだろう?」
「はい、その通りで──」
「なら言わせてもらおうか。天草四郎が大聖杯で願いを叶えることはない。すでに仕込みは終わっていて、大聖杯はもはや願望器たり得ない」
“なんだって!?”、“それはどういう意味ですか!?”と皆が驚きの声を上げる。アサシンは矢継ぎ早に投げられた質問を澄まし顔で受け流すと、告げた。
「君たちの選択肢は二つ。私たちと敵対し何も得ずこの聖杯戦争を終えるか、私たちに協力しその
アサシンが手を振ると、騒然としていた円卓に静寂が訪れる。風の防音魔術により、誰も彼もがただアサシンの声に耳を傾けるしかなかった。
「さて、では私たちが抑止の輪より現世に現界した理由──」
ごとりと音を立てて、円卓の上に何かが置かれた。
一つは、この聖杯大戦において鋳造された、脱落した英霊の魂の受け皿。
一つは、エレインの母が隣国で獲得した模造品。汚染されていたソレを、アサシンが浄化したもの。
「──この世界が剪定事象になりつつある、という話をしよう」
二つの黄金の聖杯に、円卓を囲む彼らの愕然とした表情が反射していた。
◇
この世界は、聖杯戦争の術式が普遍化し、亜種聖杯戦争が世界各地で頻繁に執り行われるようになった世界だ。
神秘の法とは秘されることで力を増し、普遍化することで力を失うもの。故に魔術師は会得した魔術を後継者を除いて他者に見せることがない。基本的には。
そして聖杯戦争とは、英霊召喚という世界のシステムを魔術に落とし込んだものである。
英霊召喚とは、人理がいずれ来たる
それが普遍化し劣化した世界は、どうなってしまうのか。
英霊の神秘は、徐々に世界から消え去って行く。物理的にも、あまりに聖遺物が消費された結果、名のある英雄の召喚は不可能になりつつあるのだ。
そうやって劣化に劣化を重ねたシステムが、はたして
それだけではない。
聖杯戦争とは霊脈から魔力を吸い上げ、それを燃料に行う魔術儀式であり、その猶予期間は六十年だった。
この六十年は単なる猶予期間か? それとも、吸い上げるのにそれほど時間がかかるのか?
──否。
だというのに、第三次聖杯戦争の後の六十年間でこの世界では何十という亜種聖杯戦争が行われている。星は、限界までその生命を搾り取られていた。
異なる世界において、マナが枯渇した魔術師は月を目指した。
また異なる世界において、とある魔術師はマナの枯渇に抗うために願望器を求めた。
この世界に月の聖杯はなく、この世界に願望器の力を持った少女はいない。
故に、星と、そして人理の抑止力の呼び声に従ったアサシンは今を生きる彼らに告げる。
西暦2000年、
人理→獣への対抗策が普遍化して劣化し死亡。
星→マナを吸われ過ぎて死亡。
という捏造設定。いろいろと粗があるかもしれませんが、『亜種聖杯戦争なんてしてたら聖杯戦争の神秘は劣化するんじゃね? てか星も人理もやばくね?』と考えた次第です。
なおこのまま天草四郎が勝ったら全人類が魂を固定されて不老不死になり、第三魔法のためにマナを吸い上げられた地球は滅びるので全員強制的に宇宙に放逐→サーヴァントユニヴァース化だと思います。知らんけど。