アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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みんな、レイドはやったか? 私はfgo初心者なので初レイドに感動しています。たくさん素材をありがとう。特にQP。うめ……うめ……。


Apocryphaでしたこと【14】

 

 

「本当に広いのですね、この大回廊という場所は……」

 

フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは、入り組んだ水路を車椅子で進みながらそう呟いた。手に持った来客用の許可証(ライセンスキー)なるものを持ち、彼女は居住区画を探している。

 

キーを持っていれば、閉じられた扉を開けることができるし、限定的ながらも転移機能も使うことができるのだそうだ。遥かな過去にできたはずなのに、妙なところで近未来感があると思う。

 

「それにしても、まさかミレニア城塞まで筒抜けだったとは気づきませんでした」

 

車椅子を押してくれているアーチャーがそう言った。

 

先日アサシンから選択肢を提示された一同は、一度解散し再度個別に交渉することになったのだ。正直、世界の危機なんてスケールが大きすぎて頭がパンクしそうだったフィオレとしては助かった。あのまま矢継ぎ早に選択を迫られていたら、脳がオーバーヒートして何も考えられないままに頷いてしまっていたかもしれない。

 

そして先日、全員が来た道を戻って帰還しようとしたときのこと。彼はこう言ったのだ。

 

『帰りは転移して帰ると良い。来るときも、今度からはこの札を持っていればすぐに来れるよ』

 

衝撃の事実を暴露したアサシンを問い詰める間もなく、気がついたときには一行はミレニア城塞へと転移していた。

 

『き、貴様ら! アサシンを探しに行ったのではなかったのか!?』

 

気がついたときには、食堂に転移していた一同。人が突然現れたことで唖然として停止するホムンクルスたちの視線を浴びながら、次に飛んできた留守役のゴルドの声。彼の声を聞かなければ、全員夢でも観たのかと錯覚していたであろう。

 

目の前でトレイを持ちながら、自分たち以上に慌てて目を白黒させるゴルドの姿が彼らに冷静さを与えてくれた。自分より慌てている人を見ると、逆に落ち着けるものだ。

 

「バルカン半島全域に張り巡らされた転移装置、なんて反則級の代物です。流石はブリテンの魔女。かのキングメイカーマーリンのお弟子ですね。そんな彼女が、まさかアルトリウスの配偶者だったなんて驚きですけど」

 

そういえば、男性のアサシンの正体を聞いたときにルーラーが動揺していたが、あれは何だったのだろうか。

 

などとフィオレが考え込んでいると、何やら古代東ローマの地下道にあってはならないような重厚な金属の扉の前に辿り着いた。

 

「これがアサシンが言っていた昇降機ですか」

 

「これ、どこからどう見てもエレベーターではありませんか! どうして古代の地下水路にエレベーターが!?」

 

アーチャーが下行きのボタンを押すと、チーンと間延びした音が鳴り扉が開く。

 

「な、なんだか調子が狂いますね。いえ、バリアフリーなのはありがたくて良いのですけれど……良いのですけれども! はぁ、頭が痛くなりそうです。エレベーターがある古代の神秘の園とは一体……」

 

「そこまで変でしょうか。このような昇降機は、私が生きていた時代にはそれなりにありふれたものでしたよ。それこそ神々の神殿には現代の機械とよく似た設備がありました」

 

「ギリシャ神話は少なくとも紀元前の世界ですよね!? なんで機械があるのですか!?」

 

「私も詳しくは知りませんが、神々の遺物だとか、なんとか。規模の大きい物だとオリュンポスの神々の真体が座す天へと繋がる昇降機もあったそうですよ。私も死後それに乗せられて天に昇り、射手座になった気が……今の私は神霊でなく英霊ですので、そのあたりの記憶、もとい記録は曖昧ですが」

 

「ど、どんな世界観なのですかそれは。想像もできそうにありません……」

 

姉よりは多少SFに詳しいカウレスがいたならば“は? ギリシャ神話に軌道エレベーター? そんなのあるわけないだろ!”とツッコミを入れていたことだろうに。

 

エレベーターを降りたフィオレは、アサシンに言われた部屋を探す。地下世界に住所なんて必要なのか疑問に思うが……これだけ大きな設備なのだ、かつてはそれなりの人数が暮らしていたのかもしれない。

 

「では、私は霊体化して待機しておきます」

 

「助かりました、アーチャー。ここまでありがとうございます」

 

そして、彼女が求める人物がいるだろう部屋の前に来た。気を使って一人にしてくれるアーチャーに感謝しつつ、フィオレはその扉をノックする。そして“はいはーい”と耳馴染みのある声が扉の向こうから響き、開かれた。

 

「カウレス」

 

「どわ!? ね、姉ちゃん、数日ぶり……」

 

扉の向こう側にいたのは、アサシンに連れ去られて行方不明になっていた弟のカウレスだ。

 

「良かった、無事だったのね。アサシンから聞きました。ランサーの心臓を移植され、吸血鬼になってしまったと……元気そうで何よりです」

 

変わりない様子の弟を見て、フィオレは安心したようにほっと息を吐いた。

 

いや、変わりないというのは少し語弊があるだろう。彼の瞳は空色から赤色に変わってしまっているし、目つきもどこか獣めいた野性味のある鋭さを獲得している。何故か上裸となっている彼の肌は死んでいるのではないかと錯覚するほど青白く、露わになった胸には痛々しい傷跡と十字の血痕が刻まれていて、首にはエレインの私物だっただろう環十字のロザリオがかけられている。

 

あのインドア趣味でもやしみたいに細かった体格も、明らかにヘビーに、もといゴツくなっている。少し男らしくなったのは不幸中の幸いかもしれない。

 

「というか、なぜ上裸なのですか。服を着なさい。まったく……」

 

「悪い。あー、まぁ、なんとか元気だよ。姉さんの方こそ、美味しそうで何より」

 

「ええまぁ。こちらは裏切ったキャスターの襲撃があったりでもう散々──ん?」

 

フィオレの思考と体が固まった。今、弟は何かとんでもないことを口走らなかっただろうか。

 

「待ちなさいカウレス、今私を見て何と言ったのかしら? 美味しそう?」

 

「い、いや“壮健そうで何より”って言ったんだよ。聞き間違えじゃないか?」

 

「そんな聞き間違いするほど私の耳は遠くありません! カウレス? 私の目を見なさいカウレス!」

 

車椅子の車輪を押して、一歩分前に詰め寄るフィオレ。姉の険しい視線から逃れるように、弟は必死に目を逸らす。

 

仕方ないだろう、本能なのだ。特に血縁者となると血の馴染みやすさも段違い、美味しそうに見えてしまうのも無理もなかった。

 

「この声、フィオレさんですか?」

 

そのとき、フィオレの声に釣られたのか部屋の奥からエレインがひょっこりと顔を出した。

 

「エレイン! ここにいたのですか。丁度あなたにも会いに行こうと思っていたのです。……それから、あなたも黒のランサーに襲われたとか。大丈夫でしたか?」

 

「えと、はい。カウレスくんが命をかけて助けてくれたので。えへへ」

 

“カウレスくんは命の恩人です”と、どこか恥ずかしげに告げるエレイン。それに対しカウレスは“そういうのは良いから”と、照れたように謙遜する。言葉を交わさずとも心が通じ合うかのように視線を交差させる二人の姿は、フィオレに疑念を抱かせるのに十分なほど意味ありげだった。

 

「二人とも、少し見ない間に妙に仲良く(・・・)なっていませんか?」

 

「え、い、いや。そんなこと、ないんじゃない、かなぁ……?」

 

“ぴゅーぴゅー”とエレインのドヘタな口笛が回廊に反響した。ローマン・コンクリートの壁は音がよく響く。

 

「そもそも、どうしてエレインがカウレスの部屋にいるのですか? ま、まさかその上裸の理由は……!」

 

頬を朱に染め、口に手を当てるフィオレ。なんと、弟の方が先に大人の階段を登ってしまったなんて──。

 

「いや違うから。姉さん、これは治療行為のためだから」

 

「そ、そうです。治療行為なんです! これをやらないと、カウレスくんが完全に吸血鬼に染まってしまうんです!」

 

「怪しい。必死に否定しようとするところがなおさら怪しいです。ならば良いでしょう。その治療行為とやら、私にも見学させて貰いましょう」

 

怪しいものがないならば、隠す必要もあるまいとばかりにズカズカと部屋に入り込むフィオレ。全てを見逃さないと決意するその目つき、さながら思春期男子の部屋を検問する母親のようであった。

 

「はい、では見てますので、どうぞ」

 

「あの、姉ちゃん。見られてると恥ずかしいんだけど」

 

「ど う ぞ !」

 

有無を言わさぬフィオレの迫力に屈したのか、二人はため息をつき、その治療行為とやらを開始する。疚しいことは何一つないはずなのに、人目に晒されているだけでどうにもやり辛い。

 

「あんまりジロジロ見ないでくださいね。じゃあ、カウレスくん、今日の分の血を今から渡します」

 

ベッドの横の棚、その上に置かれた注射器を手に取るエレイン。彼女は自分の二の腕の血管を確認し、消毒すると同時に一息にそこに注射針を差し込んだ。

 

ドクドクと彼女の体内を流れていた鮮血が注射針を通してシリンダーに溜まっていく。

 

「ん……はぁ……エレイン、早く……」

 

血の匂いに当てられてか、ベッドの上でカウレスが苦しそうに呻いた。体の奥から湧き出る欲求に理性を溶かされつつあるその目は、暗い淀みを宿して蕩けている。

 

「ちゃんとあげますから落ち着いて。ん、はい、どうぞ。お待ちかねの私の血(ごはん)ですよカウレスくん」

 

採血を終えて、ゆっくりと針を抜き取り処置を施したエレイン。彼女は注射器からシリンダーを取り外すと、それをカウレスに差し出した。

 

“ありがとう”と礼を言い終わる前に、奪い取るかのような勢いでそれを受け取ったカウレス。彼はシリンダーの栓を開けると、ぐいっと一気にその血をあおった。

 

“ごくり、ごくり”と彼の喉が鳴る音だけが、静かな部屋に響く。そしてシリンダーが空になったときには、カウレスの瞳には再び理性が戻っていた。

 

「ご馳走様」

 

一滴も残さず味わい尽くすかのように、彼は赤く染まった舌で唇を舐めながらそう言った。

 

「えへへ、お粗末様でした」

 

そして言われた側のエレインは、まるで手ずから作った料理を褒められたかのように、嬉しそうに笑いながらその言葉を受け止める。

 

「おかわりとか……」

 

「だ、だめです。私の血は一日一本まで! それよりもほら、早く横になってください」

 

甘えたような上目遣いで乞われてもできないものはできないと、エレインは鋼の意思でそのおねだりをすっぱりきっぱり拒否した。吸血鬼になったばかりの青年の無自覚な魅了の魔眼の行使。それを彼女がレジストできるのは、ひとえに竜の心臓が生み出す膨大な魔力故だろう。

 

彼女は口を尖らせ不満げなカウレスをそのままベッドに横たえると、彼の胸にそっと耳を当てた。

 

「──Comanda(セット)

 

その呪言を皮切りに、エレインの膨大な魔力が皮膚を介して彼の心臓に流れ込む。

 

その様子を見て、上裸なのはこのためだったかとフィオレは納得した。他者への魔力供給は接触することが第一条件で、その繋がりが深ければ深いほど魔力の伝達効率も上がっていく。手を握るよりも、こうして胸に直接魔力を流す方が効率が良いのは当然だった。これよりも効率良く魔力を渡そうとしたら……まぁ、ちょっと男女間だとハードルが高い手法を取らざるを得ないだろう。

 

しかしパスが繋がったサーヴァントとマスターならともかく、人同士の魔力供給は大した量を渡せないはずなのだが……エレインの膨大な魔力量で無理やりにそれを可能としているようだ。小さいコップにバケツで水を注ぐような行為であるため、溢れた魔力がどんどん部屋に満ちて行く。

 

そして、魔力(ガソリン)を注がれた心臓(エンジン)が動き出す。ほんの小さな鼓動が、ほとんど止まっていたような心臓がどくどくと唸り始め、カウレスの体が徐々に人間らしさを取り戻していく。

 

「ふふ、カウレスくんの心臓、やっぱり(あった)かいなぁ……」

 

その音を聞きながら、エレインは羽毛に触れるかのような優しい手つきでカウレスの胸に手を当て、その熱を感じ取るのだった。

 

 

 

 

──バタン!

 

部屋を出たフィオレが勢い良く扉を閉めたことで、その音が回廊に響いた。やはりローマン・コンクリートでできた地下道は音がよく響く。

 

「な、ななな何ですかあれは!」

 

彼女が部屋に出たのは、部屋の中に魔力が充満して気分が悪くなったからだ。決して寝台に眠る弟と、その弟の胸に顔を預ける幼馴染の背徳的な雰囲気に当てられたからではない。生娘みたいに、あのお色気空間から逃げ出したわけではないのである。

 

「捕食者と被捕食者、人と怪物の恋愛譚と言うものは得てして悲劇と語られるものですが、ええ、なかなかどうして」

 

「あ、アーチャー!? あなた、待機するって言っていたくせに野次馬していたの!?」

 

「はい、ケンタウロス(半馬)ですから」

 

何を誇っているのか分からないが、フィオレの直ぐ側に実体化したケイローン(賢者)は誇らしげに頷いた。

 

「……わ、私が知らない間に弟と幼馴染の関係がとんでもないことになってしまったようです」

 

治療行為である。決して、疚しい行為ではないはずである。だというのに、どうしてこうも見てはならないものを見てしまったような気分になるのだろうか。

 

「ふーっ、ふーっ、落ち着きなさいフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。私は新たなるユグドミレニアの家長。こんなことで動揺してはダメ」

 

雰囲気に当てられたのか、無駄に高鳴る心臓を叩いて深呼吸する。

 

「あれは治療行為、それに背徳感を感じるなんて私はおかし──いえ、吸血鬼に血を与えることは教会の教え的には悪徳でしょうし。逆に背徳と感じる私はある意味人として正常──じゃない! あああ! 頭が変になりそうですアーチャー!」

 

「どうどう、です。マスター、どうどう」

 

まるで興奮した馬を落ち着かせるようにフィオレの背中をアーチャーが撫でる。どちらかと言えば馬は彼の方だろうに。

 

「……ああ、どうしましょう。私は二人を人の道引き戻してあげるべきなのかしら。それとも認めてあげるべきなのかしら」

 

姉として、弟と幼馴染に彼女は忠告するべきなのだろう。“その関係、ちょっとおかしいですよ”と、“普通の女の子は血をあげたりしないし、血を飲まれて喜んだりしないですよ”と。

 

だが、この場においてはフィオレの方が少数だった。マジョリティとマイノリティは容易く入れ替わるものである。多数が正義だと言うのならば、今はフィオレが悪なのだろう。

 

「だけど、いいえ、やはりここは断固として糾弾すべきね。あなたたちのしてることは、もうほとんど男女の神聖なソレなのだと──!」

 

吸血鬼の吸血行為は、しばしば性行為に例えられる。吸われた側は強烈な快楽に襲われ、その感覚の虜になってしまうのだとか。そうやって血も身も心も吸血鬼に奪われてしまうことで、血を吸われた人間は眷属に堕ちてしまうのである。

 

エレインとカウレスがそのような爛れた関係になってしまえば、もう本当に取り返しがつかない。いやもう取り返しがつかない領域まで行っちゃってる気もするが、しかしどこかで歯止めをかける必要があるだろう。

 

「私が、止めてあげなければ──!」

 

彼女の決意とともに使命感にも似た熱い何かが心を満たす。その衝動のまま、フィオレが再び魔窟の扉を開けようとしたそのとき。

 

「フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア」

 

「ひゃああっ! あ、アサシン!?」

 

隣から声がかかった。黒……ではなく、本人希望の呼び方で呼ぶならビザンツのアサシンがそこにはいた。

 

「い、いきなりなんですか! 驚かさないでください!」

 

「すまない。話があって来たのだけれど、もしかして取り込み中だったのかい?」

 

困ったように眉尻を下げるアサシンに対し、フィオレは“すみません、少し気が動転していて”と謝った。

 

「ふむ、私は外した方がよろしいですか、アサシン」

 

「どちらでも構わないが、あなたも共に聞いてくれた方が、彼女の為にはなるかもね」

 

「私のため……?」

 

首を傾げるエレインに、アサシンは懐から取り出した丸められた羊皮紙(スクロール)を差し出した。

 

「君の願いはユグドミレニアの長として、一族を存続させること。それから魔術回路によって不能になった脚を治療することと聞いた。間違いないかな?」

 

「はい、その通りですが……これは?」

 

「魔術協会との講和文書だ。条件に納得できたならサインしてくれ」

 

「講和文書……?」

 

羊皮紙を受け取り、その中身を拝見するフィオレ。そこにはユグドミレニアの独立宣言の取り消しと、賠償金の支払い、それでもって魔術協会との敵対関係を解消する旨が記されていた。

 

「ば、賠償金!? こ、こんなとんでもない額払えるわけが……それより、いつの間にこのような取引を?」

 

「向こう側も監督役である天草四郎の暴走に手を焼いているということだ。それに一応、私は正教の聖人だからね。教会に仲介を頼んで話を通してもらった。おかげで一族の所蔵する聖遺物をいくらか失うハメになったが」

 

“聖遺物なんて持っていてもしょうがない。余計なものを処分できて良かったと思うことにするよ”と、彼は開き直ったように肩をすくめた。

 

「そ、そうですか。ありがとうございます。いえ、それはともかく賠償金などとても……」

 

ダーニックを失ったユグドミレニアの、これからの立て直しを考えれば金銭は幾らあっても足りない。賠償金に充てられるような財も、魔術協会からすれば取るに足らない二流品だろう。フィオレにはそれらが受け取って貰えるとは到底思えなかった。

 

むしろ、足元をみられて借金漬けにされて結局滅ぼされるのがオチではないかと。

 

「心配せずともこの話を持ってきたからには、払う当てがこちらにあるということだ」

 

だが、アサシンの描く未来はそうではないらしい。

 

「聞かせてください」

 

「では言わせてもらおう。ユグドミレニアの後継者をカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアとし、彼とエレインの婚約を認めてくれ」

 

「は──!?」

 

思わずひっくり返ってしまいそうになるが、なんとか転ばずに彼女は耐えた。何を言っているのだ彼は。魔術師にとって家の継承は魔術刻印、財産、地位を表す命よりも重いもの。それに口を出すなんて、もはや講和ではなく降伏のようなものだ。

 

「そ、それは体の良い乗っ取りでは……?」

 

「残念ながら違う、乗っ取るほどの価値をユグドミレニアには感じない」

 

「……それもそうでしたね」

 

悲しいが事実だった。エレインはドラコニオスの遺産を継ぐ唯一の正統後継者。わざわざユグドミレニアの家督を乗っ取る意味はない。というか、むしろユグドミレニアに嫁ぐなんて不良債権を買い取るようなものである。

 

「エレインはドラコニオスの後継者だ。婚約が成れば、最終的にその遺産はユグドミレニアのものとなる。賠償金など鼻で笑えるほどの財が手に入るだろうね。具体的にはこの大回廊、アカデメイアの蔵書、ギリシャの秘宝の数々、1500年の間に一族が作り上げた魔術礼装と魔術刻印」

 

あまりのラインナップに目を白黒させて戸惑うフィオレ。値段をつけられないような価値あるものばかりだ。……それらが初めからユグドミレニアにあれば、そもそも聖杯大戦を起こさずとも魔術協会に対抗する組織をやすやすと立ち上げられただろう品々のオンパレード。

 

「あなたの一族には魔術刻印もあるのですか? ですが、エレインには何も……」

 

「彼女は竜の心臓の先祖返りだ。その能力だけで肉体(うつわ)の容量を使い果たしている。後付けの刻印なんて刻めるわけがないだろう。……エレインの母親は、彼女に魔術を継承できないことを悔やんでいたようだが」

 

「そうだったのですね」

 

「ちなみに魔女モルガンを始祖とする魔術刻印だ。それを引っ提げて時計塔に乗り込めば軽く貴族位をすっ飛ばして君主(ロード)の地位すら手に入れられるだろうね」

 

「──ぶふっ!」

 

フィオレはまるで札束で殴られたような衝撃を受けて思わず吹き出した。神代の魔女の直系の刻印、なんてほとんど宝具の域にあるものだ。時計塔でさえそのような刻印を持つ者は少ない。

 

「破格の条件ですね。破格過ぎていっそ怪しいくらいに。何か裏があるのではないですか、アサシン」

 

疑うような目を向けるアーチャーの言葉を、アサシンはひらひらと手を振って否定する。

 

「裏なんてない。私たちにとって利があるとすれば、それは婚約そのものだよ。……しかし出来ない、と言うならばこの話はこれまでだ。ユグドミレニアは単独で家の存続を図ると良い」

 

「か、考えさせてください」

 

流石に即決はできないのか、フィオレは猶予を求めた。すでに彼女の頭はぷすぷすと湯気を立たせているかのように熱を帯び、オーバーヒート気味である。

 

「聖杯大戦が終わり、私たちが退去するまでに答えを出してくれ。それと、これは魔術師としての君ではなく、エレインの友人としての君に言わせて貰う言葉なんだが」

 

アサシンの手がフィオレの肩に添えられた。フードから覗く碧眼の双眸が、彼女を射抜く。

 

「彼女には守ってくれる家が必要なんだ」

 

フィオレは悟る。この好条件は決してユグドミレニアの為ではない。エレインの為の提案なのだと。聖杯大戦が終わり、ユグドミレニアも崩壊すれば、エレインは魔術協会に成すすべもなく全てを奪われることになる。アサシンはきっと、それを危惧しているのだ。

 

「そのために、あなたはあなたの一族の全てを私たちに差し出すと?」

 

「そうだ。そして歴代の当主もきっとそれを望むはずだ。でなければ王朝を捨て去り、帝都を捨て去り、この地下世界で世を忍ぶ生活を続けるはずもなし。“過ぎたる力は身を滅ぼす”。私たちはすべてを手放したとしても、大切な人が生きてくれればそれで良い」

 

“どれだけの財を築こうとも、結局我が子には敵うまい。一族の者はいつだって、そのように天秤を傾けてきた”と、アサシンは言う。

 

フィオレは、そのあり方がまるでダーニックとは逆だと思った。彼ならば一族の者を利用し蹴落としてでも栄達を望んだだろう。後継者であった自分でさえも、躊躇なく切り捨てたはずだ。

 

そもそも最初彼は魔術協会と聖杯大戦など行うつもりはなく、ユグドミレニアの内側で聖杯戦争を執り行うつもりだったのだから。

 

「よく分かりました。私も、できることならば彼女を守りたいと思っています」

 

「理解してくれて嬉しいよ。それにユグドミレニア、というより、彼の姉である君にとっても悪い話じゃないだろう。彼が人として生きるにはエレインの血が必要だろうし。……加えて純粋に、二人は仲が良さそうだしね」

 

アサシンはそう言って扉を見つめて微笑んだ後、“もう一度いうが、聖杯戦争が終わるまでに回答してくれ”と言って霊体化した。終わるまで、というが実際には天草四郎との決戦前には答えを出さねばなるまい。まさか戦闘の最中に回答するわけにもいくまい。

 

羊皮紙を見つめながら、最後のアサシンの言葉にフィオレは弟と幼馴染の二人の姿を思い浮かべた。確かに仲睦まじい──いや、仲睦まじいと言えるほど生易しい関係か? どちらかと言えば退廃的で生々しい関係ではなかっただろうか?

 

フィオレが部屋を出てしまったから、部屋の中はカウレスとエレインの二人きりである。今頃どうなっているのか……吸血鬼が二人になってたらどうしよう。

 

確認する勇気がフィオレにはちょっと足りなかった。シュレディンガーの吸血鬼……。

 

「どうしますか、マスター」

 

アーチャーの声で、嫌な妄想を浮かべていたフィオレの意識が現実へと舞い戻る。

 

「……カウレスに魔術刻印を移植する用意をしなければいけませんね」

 

「では、彼に継承権を譲ると?」

 

「未熟かもしれませんが、それでも頼りになる弟です。きっと任されてくれるでしょう。それに、私も少し踏ん切りがつきました」

 

寂しげにもう動かなくなって久しい己の脚を撫でる。フィオレの脚が動かなくなったのは魔術刻印を継承したことが原因なのだ。それを手放せば、つまり魔術師としてのあり方に固執しなければ、また自分の脚で歩ける日も来ることだろう。

 

「良い決断だと思います。私も安心しました」

 

「アーチャーが? どうして?」

 

「あなたは魔術師に向いていないと思っていましたから」

 

「む、どういう意味ですか」

 

「あなたが魔術師とは思えないほど人間らしい、という意味ですよ。マスター」

 

そう言って朗らかに笑うアーチャーに釣られて、フィオレもまたくすりと笑みを零す。

 

「あー、この雰囲気を壊してしまって申し訳ないのだが」

 

「っ、ア、アサシン! また突然出てきて……って、今度は何ですか? まだ何か?」

 

非常に言いづらいそうに、アサシンは頭をかき、苦笑いを浮かべたまま告白した。

 

「吸血鬼となってしまった彼もエレインと同じで、肉体(うつわ)の容量を使い果たしてしまっているから、魔術刻印は継げないよ?」

 

「──えっ」

 

……。

 

「えっ? 本当に? なら私は脚をどうやって治せば……? 継ぐ相手もいないまま、先祖代々受け継いできた刻印を手放すのは流石に容認できませんし」

 

「余ったリソースを使って願望器で治療する……いや、世界の存続という願いにどれくらいのリソースを使うかまだ不明瞭だ。確約はできないな」

 

「そんな」

 

「まぁ、安心してくれ。代替案がある。上手く行けばモードレッド──赤のセイバーに君を治療してもらうよう頼んでみるさ」

 

「赤のセイバーですか?」

 

「しかし、彼女に他人を治療する逸話などあったでしょうか」

 

フィオレとアーチャーは主従揃って共に首を傾げる。

 

叛逆の騎士にはそのような逸話はない。彼女にあるのは精々がアーサー王と妖姫の間に生まれた不義の子であり、アーサーと国を滅ぼした大悪党という逸話くらいだ。

 

だが、それに対しアサシンは人差し指を立て自信満々に告げた。

 

「今はない。だが、彼女はきっとこれから獲得するとも。ありとあらゆる傷を癒やす能力をね」

 

──そしてその力は、今も湖底に眠っている。

 

 






この世界線だと本来あり得ざる吸血鬼と人間の混血種(ダンピール)にして、魔女モルガンから続く1500年モノの魔術刻印を受け継ぐ存在が爆誕する可能性があります。字に起こすとめっちゃ強そうだね。
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