「マスター! お願い助けて! ボクアサシンに殺されちゃう!」
ジークの目の前には、彼のサーヴァントであるアストルフォがいた。普段は剽軽な態度の彼も、今回ばかりは流石に焦ったように命乞いをしている。
何故なら彼は、アサシンによって縛り上げられているからだ。相互不可侵の契約はどこへやら。
釣られた彼の真下にはぐつぐつと煮えたぎる大釜があり、その前で無表情に中身を煮ているアサシンの姿は、さながらおとぎ話に出てくる悪い魔女そのものである。
「ライダーのマスター、ジークと言いましたね。さて、説明は必要ですか?」
「……ライダーが申し訳ない」
「なんでボクが悪い前提なの!?」
“どうせ何かやらかしたのだろう”と、ジークは確信の籠もった目で“離してー”とミノムシのようにプランプランと揺れるライダーを見た。
「死んじゃうから! このままだとボク、鍋の具材にされてほんとに死んじゃうからね!?」
「しませんが。お前を鍋に加えては薬効が下がりそうです。それに害を加えることは契約により禁じられていますからね。これはそう、ほんの余興です」
「ボクを吊り下げて何が楽しいのさ! この魔女! 悪魔! 鬼畜! 男なのか女なのかはっきりしないヤツ!」
最後のは君もだろう、とジークは思わずツッコみたくなったが、その言葉を放つことなく飲み込んだ。ギリギリと締め付けられたライダーが“きゅう”と鳴いて根負けしたように暴れるのをやめる。
「それで、彼は何をやらかしたんだろうか」
“はぁ……”と深く、ふかーく溜息をついたアサシンが事の次第をジークに説明し始める。
曰く、ライダーは許可証片手に大回廊を隅から隅まで探索していたらしい。まぁ、世にも珍しい安全な人工ダンジョンみたいな場所だ。彼が冒険心のままに動いてしまうのも無理はない。
「冒険はボクの本分だからね!」
そして行く先々でめぼしい物を見つけては勝手に盗み取り。
「ダンジョンに宝物は付き物でしょ?」
挙句の果てにはギリシャまで行って、地下にある神殿に無礼を働いたそう。
「古代ギリシアの神々の神殿は、中世においては異端のものとして破却されました。しかしそれを見過ごす私ではありません。濃い神秘を宿した建造物をただ破壊するだけなんて勿体ないでしょう? 私は生前それらを少しずつ地下へと移送したのです。その結果として大回廊ギリシャ区には古き神々の遺跡がごまんとある。それに対しあろうことかこの馬鹿は……」
「その、具体的には何をしたんだ彼は」
「なんか凄い神殿の柱に“シャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ参上!”って書いたよ! てへっ! ──
縛り上げられたライダーが苦悶の声を零した。
「ここは大地の底、現実と星の内海の狭間にある。下手をすれば消えたはずの神霊の残滓があるかもしれないというのに、その怒りを買うようなことを自分からするとは、本当に恐れ知らずと言うかバカと言うか。はぁ、この迷惑な外国人観光客並みのモラルしかないアホを早々に教育しなさい、ジーク」
「了解した。令呪を使うことも辞さないと誓う」
「そんなぁ」
取り敢えず実体化の禁止の処分を受けたライダーは、しょんぼりとした様子で姿を消した。その中性的な容姿も相まってなんだか小動物を虐めているような気分になるが、なんてことはない、これの中身は良いとこ害獣である。見た目に騙されてはいけないのだ。
「まったく、妖精並みに人に迷惑をかけるのが好きな輩ですね。忠告しておきますが、アレからは目を離さないように。今回は目を瞑りますが、次は飼い主として迷惑料を要求します」
「肝に銘じておく」
ジークはホムンクルスであるため、財なんて持っていない。もし金銭を要求されたらそのときはユグドミレニアか、ルーラーの手を借りることになるだろう。
……どちらに頼んでも、眉間に皺を寄せて、ため息をついて項垂れる姿が目に浮かぶようだった。
「話は以上です、下がりなさい」
アサシンはこれ以上用はないと言わんばかりにジークから背を向けると、グツグツと煮えたぎった鍋を掻き回し始めた。
「聞いても良いだろうか。何を作っているんだ?」
「……薬ですが」
「何の薬だろうか」
「……魔術回路を刺激し、その立ち上げを補助する霊薬です。一時的なブースターのようなものですね」
「そうなのか。……調合に、魔術は使わないのか?」
いちいち背後から話しかけられて鬱陶しかったのか、アサシンは鍋の反対側に回ってジークと対面するような位置に立った。
「錬金術の良いところは、非魔術師であっても材料と工程を守れば成果物は同じところです。科学と魔術は本来、その大元を同じくするもの。そして錬金術と
名の知れた魔術師の英雄も、表の世界では科学者として知られることがある。ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススやレオナルド・ダ・ヴィンチはその最たる例であろう。
かく言うアサシンもまた、科学者として世界に影響を及ぼした人物でもあった。古代ギリシャが培った哲学や科学は中世においてイスラム圏に輸出され、それがルネサンス期に西洋に逆輸入されるという歴史の流れがある。この世界線においてその元となったアカデメイアの知恵を纏め上げ、編纂し、世に頒布したのが彼女なのだ。
もっとも、彼女の名は歴史には残っていないが。
「そうなのか。俺の知る錬金術とは少し違うような」
ジークにはホムンクルスとして、生まれながらに身に付いているものがある。その中の一つに錬金術の技があった。
「『
「なるほど」
「似たような概念として直死の魔眼がありますね。あれも物質そのものを根源的に理解し、そしてその
「な、なるほど」
熱が籠もったように、饒舌に語り出すアサシンに彼は気圧される。どうにもツボを踏んでしまったようだ。拍車がかかったように彼女の口は、次から次へと錬金術の講義を語り出す。
生まれつき知識が備え付けられていると言っても、所詮は必要最低限のもの。学がないジークは相槌を打ちながら、曖昧に返事をするしかなかった。
「……ふん、興味がないなら初めから聞くべきではないでしょうに」
「……すまない」
だが、彼女は人の心を覗く妖精眼を持っていた女。ルーマニアの、人の英霊として現界した今でこそそれは失ってしまっているが、しかし顔を見ればジークが何も分からずただ頷いていることなど丸分かりであった。
「前置きは良い、他に用件があるのでしょう。なんです? 聖杯に掲げる願いについてなら、お前とルーラー、それからライダーには何もないと聞いていましたが……やはり何か願いたいことでもできましたか?」
天草四郎に対抗するに当たって、それぞれ願いを抱える彼らは個別にアサシンと交渉することになっている。流石に世界の破滅を無視してまで己の願いを叶えよう、なんて者はいなかった。
その中でもルーラーとジーク、それからそのサーヴァントであるライダーは特異な存在であり、特段対価を求めることもなくアサシンへの協力を約束した。もともと対天草で利害が一致している、ということもあるだろうが……付け加えるならばルーラーはそもそも願いを持たず、ジークはホムンクルス故に聖杯に掲げるような大望がない。それほどの自我、つまりエゴを獲得するに至っていないのだ。
そしてライダーは……まぁ、うん。ライダーだから。“え、聖杯への願い? ないよ? だってボクはやりたいことは全部すぐやっちゃうし!”という感じなのだろう。ある意味一番幸せなヤツだ。全人類が不老不死になるより、彼のように理性を蒸発させたほうが世界は幸せなのではないだろうか。
アストルフォのような人間ばかりの世界……そのような地獄絵図を想像し、ジークはブルリと身震いした。それはちょっと、いやかなりご遠慮したい世界線である。
「いや、聖杯に願うような大した願いじゃないんだ。ただ、あなたに聞いてみたいことがある」
「私に? 魔術師でもないお前が聞きたいことだと? ……良いだろう、聞くだけ聞いてあげましょう。なんです?」
「ホムンクルスの寿命を延ばす術は、あるのだろうか?」
その言葉を聞いて、鍋をかき混ぜるアサシンの手がピタリと止まった。
「アサシン?」
「……それこそ、聖杯に願えば良いのでは?」
「そうかもしれない。けれど聖杯は過程を省略するものだと聞いた。俺には、ホムンクルスの寿命を延ばす方法が分からない。だが、あなたなら知っているのではないかと思った。赤のセイバー──モードレッドを生み出したあなたなら」
魔女モルガンは、叛逆の騎士モードレッドの母親であると同時にその製作者でもある。モードレッドはただの人間ではなく、父王アーサーに対抗するために作られたコピー。ホムンクルスなのだから。
ジークの縋るような視線がアサシンを射抜く。その目に見つめられたせいか、それともモードレッドの名前を聞いたせいか。彼女は何かを考え込むように、静かに目を閉じた。
しばらくの間、部屋にグツグツと鍋が揺れる音だけが響く。
ジークには目の前の彼女が何を考えているのか、皆目見当もつかない。だが再び開かれたその冷たい瞳からは、いくらかの迷いや、後悔といった哀愁が漂って見えたような気がした。
「過程を理解していなければ正しい結果は出力されない。錬金術と同じ。……野放図に願望器を求めて亜種聖杯戦争などを繰り返す魔術師どもよりも、貴様はずっと賢いようですね」
アサシンが指先を振ると、棒がひとりでに鍋をかき混ぜ始めた。あとは放っておけば、勝手に霊薬が完成するという寸法である。彼女の言うとおり、錬金術に使う魔術は所詮過程を省略するものなのだろう。
「書庫へ向かいます、共に来なさい」
「……初めからああすれば良かったのでは?」
魔術で自動化できるならば、そうすれば良いのではと、アサシンの後を追って部屋を出る最中ジークは思った。だが、アサシンに言わせればそれは違うらしい。道すがら、彼女はその意気込みをジークに語った。
「手作りで作った方が効能が良いのです……体感ですが」
「体感」
「それに細かな調整は、自分の目で確かめてこそでしょう? 鍋の具合によっては、同じ調合が良いとは限りません」
「しかし、レシピ通りにやれば結果は同じと言ったのはあなたでは」
「……」
「アサシン?」
「……書庫に着きましたね。さて、生前に書き記した魔導書はどこへやったか」
誤魔化すように彼女は不自然に会話を切って、逃げるように書庫に入り込んだ。
実のところは様式美なのだ。あと趣味。鍋を混ぜると落ち着く。あの何とも言えない薬剤の香りと鍋の煮える音が堪らない。それを彼女にいちいち説明させるのは野暮というものだろう。
プリンターよりも活版印刷。電子書籍よりも紙の本。洗濯物は乾燥機にかけるよりも日干しにする。そういうこだわりを大事にしてこその人間ではないだろうか。
ホムンクルスであるジークには、そういう面倒を好む人間味は理解し辛いかもしれないが。
「さて、ホムンクルスの耐用年数を伸ばす、という意味ならその方法は幾らか存在します」
あっちだったか、いやいやこっちだったか。書庫を練り歩きながらアサシンは説明する。
「ホムンクルスはその用途に応じて、いくつかの機能を削ぎ落とされています。例えば消化器官、生殖機能、感情……あるいは体そのものも。お前は魔術回路を利用するために五体がありますが、例えば演算装置として脳を利用するだけならば体などいりませんからね」
ジークは脳幹だけが浮かぶ培養液を頭のなかで浮かべ、その光景に顔を青ざめさせる。魔力電池として使われていた頃ならいざ知らず、こうして地に足をつけて生きている今の彼からすればそのような存在として生み出されていた可能性というのは悪夢そのものだった。少しばかり、あのがなり声で短気で血糖値が高そうな体形の
「故に、その削ぎ落とした部分を補填すれば幾分か耐用年数は延長される。さらにその素体の素材もより高価で高品質なものと交換すれば、より延長される」
「……『耐用年数』という言葉は、あまり気分が良くないのだが」
「お前の気分など知ったことではありません。それと訂正しますが、耐用年数とは寿命のことを言っているのではない。分けて考えなさい」
“これか? ああいやこれは料理本か。こっちは、借用書か……”と、手に取った本を本棚に戻すアサシン。
「魔術で探せないのか?」
「……お前、本当に野暮というか無粋というか。ええ、ええその通り。魔術で探せます。一秒と経たず目的の魔導書は見つかるでしょう。しかし頭の中で場所を覚えているはずなのにすぐに魔術を使うのは、こう、どうかと思わないのですか」
一度思い出せそうになったのにすぐ答えを見たら、負けた気分になる。つまりはそういうことだ。意地である。
「すまない、よく分からない」
「ぐっ……」
合理的な説明はできないので、諦めて言われた通りにするアサシン。別に何かあるわけでもないのに、その胸にはほんの少しの屈辱と敗北感が残った。
「……話を続けましょう。ホムンクルスの耐用年数は容易く延ばせます。ですが、ある程度まで行くと頭打ちになる。それがつまるところホムンクルスの寿命です。そしてこれを延ばすことは非常に難しい」
魔術により完全に魔導書の場所を把握したのか、彼女は淀みなく真っ直ぐに目的の本棚へと足を進める。
「原因は不完全な魂にあります」
「不完全な魂?」
「そう、ホムンクルスとは人工の生命であり、そして生命が生命として成立するには魂が必要不可欠。しかし人類は人工の魂まで製造する術は持たない。それは第三魔法の領域か、あるいは未だ侵すことのできない種の存続という生命の神秘でしか成し得ない事柄だから。故に、ホムンクルスには出来損ないの魂が宿る。……肉体をどれだけ上等に拵えたとしても、魂の問題で大抵のホムンクルスは早死にします。肉体が万全と仮定して十年生きれば御の字、二十年を生きることはほとんどない。……その者が持つ魂の質、にもよりますが」
彼女は足を止め、一冊の分厚い魔導書を取り出した。生きたまま剥ぎ取った魔獣の皮を鞣し表紙としたその魔導書は、魔術に疎いジークであっても感じ取れるほどの代物である。
「それは?」
「私がモードレッドを生み出す
アサシンはもう一冊、分厚い魔導書を取り出した。今度の魔導書は外見だけなら、いたって普通のどこにでもある本に見える。
「……私がモードレッドが死んだ
「魂の存在証明?」
「はい。魂が劣化しているならば、それを補強すればホムンクルスは普通の人間と同等の寿命を得られます。例えば、生きた人間からの魔術回路の移植。魔術回路は魂に刻まれるものであり、正常な魂を持つ人間からホムンクルスに魔術回路を移植すれば、その分だけ魂が補強されます。……言い換えれば魔術回路を失った側の人間の魂はその分劣化する可能性もありますが」
ジークはそれを聞き、己の胸に手を当てた。その内に宿るのは英霊、ジークフリートの心臓である。それを受け継いだとき、彼がそれまでの脆弱さが嘘のように精強な体を手に入れたのは、ジークフリートの炉心が彼の魂を補強したためであろうか。
「それから第三魔法……魂食い……抑止力との契約……偉業を成し、英霊としてその魂を確立すること……などが挙げられますが、どれも理論止まりですね」
講義はそれまでだとばかりに彼女は首を振ると、二冊のうちの一冊をジークに差し出した。
「……お前はホムンクルスですが、既に英雄の心臓を経てその魂が補強されている。故にお前がホムンクルスの寿命の延長の方法を知りたがるのは同族のためでしょう。違いますか?」
「そうだ」
「では上巻だけで良いでしょう。ユグドミレニアの屋敷にいたホムンクルスはどれも数年、下手すれば数ヶ月程の命しか持たぬ者たちだらけ。ならば十年命を長らえるだけでも十分。魂のことなど考える必要はない」
ジークは黙ってその本を受け取った。確かに、彼の考えていた寿命の延長とはホムンクルスが人間のように八十そこらまで生きることではない。少なくとも世界に我ありと証明する年月を得られればそれで良かった。
「けれど、もし仲間が人のように生きられるのだとしたら、俺はその方法も知りたい」
「……お前は強欲だな、そして私は喋り過ぎた。ですが、良いでしょう。ただし上巻の分は協力への報酬だとして、下巻の分は対価を求めます」
「俺にできることなら」
「ユグドミレニアの錬金術師、たしか……ゴルドとやらがいたはずですね。そして彼はアインツベルンとの交流があると聞く。彼にアインツベルンへの仲介をさせなさい。戦後について、こちらから交渉したいことがあります」
ジークはでっぷりと腹を出した、かつてジークフリートのマスターであったゴルドを頭に浮かべた。彼は錬金術師としては平凡であるが、しかしホムンクルスを利用したほぼ無尽蔵の魔力供給という聖杯戦争
閉鎖的だった彼らは六十年前に虎の子の大聖杯を奪われた結果、仕方なく外部との交流をし続け再び大聖杯の鋳造を目論んでいるそうな。……そんな彼らが大聖杯を奪った張本人であるユグドミレニアに技術供与をしてるなんて皮肉ではあるが。
やることなすこと全てが裏目に出るのがアインツベルンのお家芸。ある意味仕方がない。これも全部彼らが持つ財宝、ラインの黄金の呪いが悪いのである。
「それで……俺は、具体的にどうすれば良いのだろうか?」
「……その手に持っているものは錬金術師なら誰もが求めるだろう至宝とも呼べる代物なのですよ。それをダシに動かせば済むでしょうに。それにお前も知識を得たところで、それを実行する錬金術師がいなければ話にならないはず。ああ、何故こんなことまで私が説明しなければならないのですか、まったく……」
己自身、らしくなく世話を焼いていることを自覚しながらも、アサシンは持っていた下巻を押し付けるようにジークに手渡した。
「ああ、ちなみに上巻を許可なく盗み見た者は漏れなく死ぬので気をつけるように。今はお前に貸し与えているので、見せる際にはお前が事前に許可を与えなさい」
「……もしかして、とんでもない厄モノなのか?」
「当たり前です。下巻はともかく、上巻は私が魔女の時代に書いたものなのですから」
何故かどこか誇らしげなアサシンに少し引きつつも、ジークは感謝の声を述べた。アサシンは“単なる取引です、礼は不要、さっさと行きなさい”と冷たく返す。
仲間のためにも、早いところゴルドに話を通さなければ。ジークはそう逸る心で書庫を出ようとして、その前に。
「最後に聞いても良いだろうか」
心に残った疑問を一つ、彼女に投げかけた。
「何故あなたは、ホムンクルスの寿命を延ばす研究をしていたんだ。それも、赤のセイバーが死んだ後に」
「──────」
書庫の本を無造作に選び取っていた彼女の手が止まった。
「俺の勝手な想像なのだが、この本は、もしかして──」
「……はっ」
アサシンは、無垢なホムンクルスの少年のその妄想を鼻で笑って一蹴する。
「当時は手持ち無沙汰でしたので、単に興味本位で研究していたにすぎません。その不愉快な妄想はやめなさい。殺したくなるでしょう?」
睨まれたジークは、逃げるように書庫を去った。廊下を進んでいるとタイミングを見計らってか、これまで口をつぐんできたライダーの声が彼の脳裏に響く。
『ねぇねぇマスター! アサシンって実は良い人なのかな? 口ではああ言ってたけど、意外と親切だったよね? だって“対価はアインツベルンとの仲介”とか言ってたけどさ、それって自分でできるじゃん! わざわざ対価として指定するなんて、まるで無理やり理由付けしてるみたい』
「そうだな。しかし、親切か。俺には親切ではなく、何か……別の理由で動いていたように見えたんだが」
◇
『モルガン』
「なんです、アーサー」
『やはり、彼女との交渉は君がするべきだと思う。私ではなく、君が』
「またその話ですか。お断りです。第一私ではアレも話を聞かないでしょう。交渉などできそうにありません。それに、アレは女だ。私の知る者ではない。平行世界の、赤の他人」
『けれど君は、したいことがあるんじゃないのかい?』
「……」
『我慢なんて、君らしくないと思うけれど』
「私、は──」