アーサー王(史実)がしたこと   作:妄想壁の崩壊

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Apocryphaでしたこと【16】

 

 

「はぁ──っ!」

 

一人の少女が木刀を握り、拙いながらも全力で動く藁人形へと一撃を繰り出した。

 

見た目よりもずっと幼い年齢である彼女は若き日の叛逆の騎士であり、母親であるモルガンによってアーサー王の姿を見せられ、そしてその姿に魅せられたその日から、こうして騎士になるべく日々努力しているのである。

 

“倒すべき敵”と、母は言った。だが彼女、モードレッドはかの理想の王を倒すためではなく、その背中を目指して剣を振るう。

 

「はぁ……ふぅ……今日は、このくらいで十分だろ」

 

息を荒げ、大地に転がる討ち果たした仮想敵(ゴーレム)の残骸たちに満足そうに頷いた彼女は、その戦果を己の母に報告しようと意気揚々と魔女の館に戻った。

 

「母上、今日は──」

 

今日はどれだけのゴーレムを倒したか。

 

今日はどんな技を身につけたか。

 

今日はどんな失敗をしてしまったのか。

 

そんな他愛もない報告を己の母に告げようとするモードレッドに対し、魔女は一瞥もくれず。

 

「ふむ……思ったより関節の動きが鈍い、肉体の成長が不均衡か? ……今夜は再調整をします。部屋に戻り、用意しておくように」

 

そう一言残して、また工房へと引きこもった。

 

再調整。人ではない彼女は、人よりも早く成長する。本来生命ではありえないその成長を可能とするのは、創造主である魔女の手による様々な処置によるものだ。投薬、魔術、手術……手段を問わず、彼女の肉体は幼さを忘れ去り、理想の王の写し身の如き肉体へと変貌していく。

 

「……はい、母上」

 

少女は独り廊下に取り残されたまま、俯きながらそう答えた。マメの潰れた手を保護するため、血の滲んだ包帯を巻き直し、ボロボロに刃毀れした木刀を丹精込めて手入れしていく。

 

母親の態度がおよそ人が我が子にするような扱いではなく、魔術師が道具にするような扱いであると彼女が気づくのに、そうそう時間はかからなかったことだろう。

 

あるいは、初めからそうだと分かっていたのかもしれない。

 

ああ、だからこそ彼女は、このブリテンを終わらせるであろうモードレッドはきっと幻想を抱いてしまったのだ。

 

母親がこうなのは、もう変えようのない事実であり、それに期待するだけ無駄である。

 

ならば、未だ見ぬもう片方、いるのかも分からない父親であれば、自分を見てくれるのではないかと。

 

だが幻想は。

 

所詮幻想であった。

 

 

 

 

「気が滅入るねぇ……」

 

現代において、モードレッドのマスターとなった獅子劫界離はため息とともにそう呟くと、懐から取り出した煙草に火をつけた。吐いた息とともに煙が魔女の館を舞う。

 

サーヴァントとマスターは魔力的なパス、つまり精神的な繋がりを持つ。彼がこうしてモードレッドの過去を夢に見るのも、これが初めてではなかった。きっと今頃はモードレッドの方も、獅子劫の人生を夢に見ているのかもしれない。

 

「だからって、こいつの夢はどうしてこう、全部が全部辛気臭いもんばかりなんだか」

 

もっとこう、楽しい夢はないのだろうか。年齢を考えれば、彼女はまだ子どもなのだ。猛獣の如き強面の獅子劫とて少年時代は何も考えず馬鹿なことをやらかした思い出がある。

 

……もっとも、魔女のもとにあってはそんな思い出を作ることが許されたとは思えないが。

 

だが、キャメロットに騎士として仕えたからには、その間の思い出もあって良いだろうに。そんな感情を吐き出すように、“ふぅー”と獅子劫がまた不味い煙草の煙を吐き出すと。

 

「この館は火気厳禁だ、セイバーのマスター」

 

不意に、廊下に声が響いた。おっかなびっくり飛び上がる獅子劫の視界に、工房に籠もっていただろう魔女の姿が見える。

 

まさか、夢を通じて自分を認識しているのかと冷や汗を流す獅子劫であったが、どうにも様子がおかしい。

 

まず服装が違う。ヴェールを被った妖艶なドレスではなく、ブリテンとは全く異なるローマの意匠を施したローブを羽織っていた。それに纏っている雰囲気も魔女特有の刺々しい雰囲気ではなく、どこか落ち着いた静かなる賢者……のような気配である。

 

「お前っ……アサシンか?」

 

魔女モルガンによく似た、しかし魔女ではない人物。つまるところ彼女は先ほど見たこの館の主とは別の側面、聖杯大戦に呼び出されたサーヴァントのモルガン(モーガン)であった。

 

「どうやってお前……」

 

「“どうやって”? 私に魔術のいろはを教えたのが誰か、知らないわけでもないでしょう。夢に干渉するなど、容易いことです」

 

「夢魔マーリンの術というやつか。マスターとサーヴァントの間に入り込む程とは恐れ入るな。それで、俺に呪いにでもかけに来たのか?」

 

「違います。魔術契約により相互不可侵を結んだのを忘れたのですか? ライダーも貴様も、なぜ私がすぐ害を成すだろうと判断するのですか」

 

アサシンが心外だと言わんばかりに不貞腐れたように言う。だが周囲からすれば妥当な判断だろう。神代の魔女ともなれば魔術契約を無視して害するような手段を知っているかもしれないし、何より逸話からしてこの女は危険すぎるのだから。

 

「あいつに何か干渉する気か?」

 

サングラスの下から獅子劫の目がアサシンを警戒するように鋭く睨んだ。彼は無意識に令呪の刻まれた方の拳を握る。セイバーに何かすれば、令呪を使ってでも抵抗するという覚悟の表れだろうか。

 

「干渉……まぁ、干渉とも言えますが。しかし用があるのはセイバーにではなくお前です、獅子劫界離」

 

「断る」

 

「……まだ何も言っていませんが」

 

「“魔女は信用するな”って、あいつに言い含められているんでね」

 

「……非常に的を射た助言ですね。私としては業腹ですが」

 

“ある意味信頼されてる……? 皮肉かっ、うるさいぞアーサー”と独り言をつぶやくアサシンを胡乱な目で見つめる獅子劫。その手は既に懐にあるショットガンに伸びている。魔女に効くとも思えないが、ささやかな抵抗にはなろう。

 

「主従揃って私の話を聞く気はないと。……ならば仕方ありませんね」

 

アサシンはそんな獅子劫に目もくれず、すぐそこにあった扉に手をかけその向こう側の部屋へと入り込んだ。

 

「待て!」

 

銃を抜いて急ぎ後を追う。部屋の中にはモードレッドがいるのだ。夢の中とは言え、魔女ならば何か細工を施してもおかしくはない。

 

そのような懸念を抱きつつ、獅子劫は扉を蹴飛ばし部屋に突入する。銃を構えた彼が見たのは、モードレッドが眠るベッド横に静かに座るアサシンの姿だった。

 

彼女は扉を蹴破った獅子劫を咎めるように、唇の前で指を立て“静寂を保て”と言わんばかりの仕草をした。

 

「セイバーに何をした?」

 

「何も。そう険しい表情を浮かべるな。ここは夢の中、過去起きた現象をそっくりそのまま再現しているだけの幻に過ぎない。私が何か干渉したわけではありません。それから魘されているのは、いわゆる成長痛によるものです。もっとも、強制的な成長による痛みは自然のそれよりもずっと苦しいでしょうが」

 

そう言ってアサシンが手を振るうと、荒れていた呼吸が穏やかになり、モードレッドの表情が少し和らいだ気がした。それに呼応するように、獅子劫の纏っていた剣呑な雰囲気も解けていく。

 

「……理解できないな」

 

「はい?」

 

彼はアサシンとはベッドを挟んだ反対側にイスを置いて座った。どかりと音を立てて腰を下ろすと、疑念に満ちた顔でアサシンに問いかける。

 

「見れば分かる。今、あんたは目の前のセイバーの痛みを取っ払ってやったんだろう。何のつもりだ? まさかとは思うが、今さら子として情けをかけているつもりなのか?」

 

「まさか。夢の中で何をしようとすべては無意味です。情をかけるならばもっと別のやり方をしているでしょう。この行動は単に、こうすることでお前が私へと警戒を和らげ、少しは話を聞く気になるだろうと打算に過ぎません」

 

“現にそうだろう”と言わんばかりに、アサシンが獅子劫を見た。実際モードレッドに害を成さずむしろ彼女の苦しみを取り払う行動をしたことで、獅子劫は目の前の彼女への警戒のレベルを下げたのだ。椅子に腰掛け、ベッドを挟んで会話しているこの今の状況がまさにその証拠だった。

 

魔女は魔女らしく、計算高いらしい。

 

「……」

 

「……」

 

二人の間に静寂が満ちた。もともと双方ともに会話が得意な人間ではない。片や戦場を巡り渡る傭兵であり、片や誰かと心を通わせることもなくただ一人憎き相手を呪い続けた魔女なのだ。

 

獅子劫としては魔女の話など聞かんと言った手前、自分から聞き出すのは気が進まない。

 

アサシンとしては信用しないと言われた手前、それなりに気を使って頭の中で言葉を選んで口に出そうとしているのだが、どうにも心の内を言葉にすることができぬ様子である。

 

「魔術師にとって、子は自分の後継者だろう。……あんたのセイバーへの仕打ちは腑に落ちない」

 

その膠着状態を破ったのは獅子劫だった。マトモな答えが返ってくるとは思っていないが、彼は胸の内にあった疑問をぶつけてみた。

 

「……私は後継者など必要としていません」

 

「だが、魔術師ならば誰しも──」

 

「神代と現代では魔術師の文脈が異なります。現代の魔術師は『 (根源)』へとより近づくために、その刻印を子々孫々まで受け継がせる。だが私は『 』などには興味はない。……それに、私はモードレッドを子として扱ったことはない。この子は、アーサーを斃すための道具に過ぎなかったのだから」

 

アーサー王……正しくは、アサシンの知るアーサー王ではないが、その生き写しの如きモードレッドの顔をアサシンは見た。

 

幼い少女の顔、アサシンの知る男性のアーサーとはあまり似ていない。どちらかと言えばアサシン(モルガン)本人に似ているだろうか。それもそのはず、彼女の父親はモルガンと同じ母を持ち、その美しい容姿を引き継いだ女性のアーサー王だったのだから。

 

「ですが、髪は似ていますね。私が知る彼と同じ、大地に靡く一面の麦畑のような、空に輝く太陽のような黄金の色……」

 

そう言って彼女は、眠るモードレッドの髪に指先で触れた。

 

「……そもそも、私に真に子と呼べるものは居なかった。ガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス、ガレス、ユーウェイン、モードレッド……あるいはそれ以上。産んだか、作ったか、私の血を引く人間は多くいた。ですが、それだけです。あれらは私の血を引いただけの他人だった。あるいは、アーサーを貶めるための道具でしかなかった。魔術師として私は、目的の為に手段を選ばなかった」

 

「……」

 

「お前も魔術師ならば、その理屈がよく理解できるだろう」

 

魔術師は目的の為ならば手段を選ばない。現代において唯一の戒律は、神秘の秘匿、ただその一点だけ。神秘の秘匿が守られるならば、どのような悪逆にさえ手を染める。それが合理的で、効率的な手段であるならば。

 

獅子劫もまた、そのような魔術師の一人である。彼の一族は悪魔と契約し、没落した才能を再起させることを引き換えに獅子劫界離の代で滅亡を約束された存在だった。故に彼は子を生み出すことができず、それは魔術師にとっての死を意味する。

 

後継者を得るために、魔術師として彼は何でもやった。生命の神秘を冒涜し、短命で不完全な子を生み出したこともあった。

 

だがそれを諦め、聖杯という最終手段に望みを託すようになったのは、養子の娘が獅子劫の魔術刻印を継承する際に死亡したのがきっかけだろう。子を作れずとも、彼には過去、確かに娘がいたのだ。

 

「モードレッドは、アーサー王への対抗手段という意味では最高傑作でした。事実彼──彼女は国を滅ぼすまでに至った」

 

モルガンにとって、モードレッドは息子ではなく道具だった。感情が入り込む余地はなく、ただ理と効率にのみ従って接する物でしかなかった。

 

「その、はずだったのにな」

 

アサシンは苦しそうに顔を歪め、胸を押さえた。ブリテン島を離れ、帝都に至り、幸福を知り、伴侶を得て、初めて我が子(・・・)を抱いたときから、その痛みが胸から離れることはない。その痛みを形容する言葉を、アサシンは持たない。

 

かつてならばあり得なかっただろう信仰を抱き、神とやらに縋ったりもした。すでにこの世にいない相手のために、無駄な研究に没頭した。己の内にあった三つの人格は鳴りを潜めたはずなのに、突然錯乱して自罰的な行動を取ってしまい、家族に多大な苦労をかけたこともあった。

 

アサシンは不意に、静かに席を立ち上がると、壁に掛けられていた木刀を手に取った。モードレッドが訓練に使っていた、ただの草臥れた木刀である。

 

「それは?」

 

「この夢の起点のようです」

 

それはただの、訓練用の木刀だ。特筆すべき点があるとすれば、魔女が作り出したという点だけ。必要だったから、たまたま暇だったから、人里に行ってわざわざ買うのも面倒だったから、アサシンは手慰みに木を削り、強化の魔術を施して作ったこの粗悪な木刀を己の息子に授けた。

 

ベッドの上で眠る彼女が生きただろう汎人類史でも、きっとそれは変わらないのだろう。

 

彼女は感慨深そうに、何度も打ち付けられて剣の腹は窪み、刀身は刃毀れし、柄には血の跡が残った剣を眺め。

 

「今の今まで、こんな三流品のことなど忘れていました。作ったことを忘れてしまうくらい、適当に誂えた代物です。だというのに、本当に、よく覚えていたものですね」

 

その剣を胸に抱き、獅子劫に告げた。

 

「獅子劫界離、私が頼むのは伝言です。渡したい物があると、セイバーに伝えなさい」

 

 

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